小学校から付き合いのあるダウナー系幼馴染ちゃんから、湿度高めな愛情を向けられているのを僕は知っている   作:熱帯雨林

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ねぇ、放課後空いてる?

「透」

「ん?」

 

 1時間目が終わり、まだ眠気を引きずる僕は欠伸をしているといきなり麗に声をかけられた。昨日はちょっといつもより遅くまで起きてしまった。ついつい動画サイトを見ていたら、予想以上に時間が経っていたのはよくある話だろう。

 

「今日の放課後、デートしようか」

「……ん?」

 

 教室の中が未だ喧騒で賑わう中、麗は顔を近づけてボソリと言った。普通の――いや異性に耐性がない男子高校生なら即死しかねない、囁くような声が耳朶に触れる。

 だが僕はこういった麗の大胆な行動には、ある程度慣れていた。頻繁にやって欲しい訳じゃないが、何回かやられたらもう慣れてくる。

 

「どうしたんだ急に」

 

 僕は麗に問う。

 

「涼風さんさ、誕生日近いでしょ?」

 

 ああ、確かに姉の誕生日は近い。

 春に生まれた彼女は今年で20になる。余談ではあるのだがちょっと前から20で成人だねと言われていたが、今ではもう18歳から成人扱いというのもあってか、我が家ではわざと声を大にして「やっと成人になったわ〜」と出来るだけ若さを維持しようとしていた。

 

 全くもって無駄な足掻きである。

 話がめちゃくちゃズレたが、とにかく姉の誕生日は近い。

 

「うん、近いよ」

「だから一緒にプレゼント選びに行きたいなって」

 

 ダメかなと麗は眉を下げて聞く。

 断る理由なんてなかった。

 

「勿論」

「やた」

 

 麗はクスリと笑い、静かに喜ぶ。今日はちょっといつもより平和な日になるかもなと、僕は安堵していると前の席にいた風間が急に親指をグッと立てた。

 

(な、何だ急に……まあありがとう)

 

 何故グーサイン出したのかは知らないが、とりあえずありがとうと言おうとする――が、風間は立てた親指をいきなり下に向けて一言。

 

「爆発しろよっ⭐︎」

 

 爽やかな嫉妬だった。

 青筋がピキィと額に奔り、あふれんばかりの嫉みが僕にまで伝わってきていた。

 

(何で僕はそんな風に言われなきゃいけないんだよ……)

 

 全くもって理不尽だ。

 僕は朝からげっそりしながら、風間からついに一歩進みやがったのか、詳しく聞かせてくれとせがまれる羽目になった。

 とりあえず麗には、次から約束事をするなら目立たない所でお願いして欲しいと、新しい条約が結ばれる事になった。

 

 ただそんな一悶着はあれど、僕はなんだかんだで楽しみだったりする。

 

(デート……か)

 

 中学時代は散々一緒に出かけてきたから慣れたもんかなと思っていたが、色々僕自身が成長した事によって緊張感が新たに出てきていた。

 

(変に思われないよう、気をつけなきゃな……)

 

 そのまま僕は、今日全ての授業が終わるまで放課後デートの事で頭がいっぱいだった。

  

    *   *   *

 

 そして放課後、僕は麗と共に教室を出た。

 麗はいつにも増して穏やかな表情をしており、いつもより綺麗になっているように見えた――が、そこで僕は気づいた。

 

「麗、ちょっと化粧のテイストとか変えた?」

「ん……? そう思う?」

 

 と麗は試すような目を向けた。

 間違ってはいけない――僕は今、どちらかの線を切ったら爆発するという緊張感に襲われた爆弾処理班の如く、顔をはちゃめちゃに強張らせた。

 

「うん……化粧詳しくないけど、雰囲気とか違うなって」

「ふふ、正解。実はいつもよりナチュラルを意識してたんだよ」

 

 麗はやっと気づいたか、やれやれと言ってため息を吐く。罪悪感が湧くが、言葉に反して彼女はかなり嬉しそうだった。

 

「中学の時なら、透は気づいていないからな〜」

「……いやいや気づくよ」

「気づかないよ、絶対に」

 

 僕はどれだけ見てきたんだと続けようとしたが、麗の一言によって断ち切られる。その瞳には強い光があった。底のない闇などではなく、まるで希望を見い出したような雰囲気が出ていた。

 

「中学の時と、今の透は……ウチに対する目線が変わってきてるんだよ。きっと」

「そう……かな?」

「そうだと思いたい気持ちもあるけど、ウチは確信してるよ」

「何を?」

 

 下駄箱まで辿り着き、僕らは2人して靴に履き替える。麗は意味もなく、ひらりひらりと身体を回しながら楽しそうに言った。

 

「透がウチと一緒になる瞬間」

「……一緒になる……?」

「これ以上は機密情報に触れるから、ここまでだけどね」

 

 何だその機密情報、ハッキングでもして理解したい。何てアホな事すら僕は考えてしまうぐらい、今の麗はいつもよりも何だか大人っぽく見えていた。

 小学校、中学校、そして高校生になった僕らは今大人の一歩手前まで来ている。最初は駄々っ子で子供らしい子供だった麗も、今では見る影もない。

 

(それに加えて僕はどうだ)

 

 知識は増えた、身長だって伸びた。

 出来る事は増えたけど、成長はまるでしていない気がする。心や精神が肉体に追いついていない気がしていた。

 

「――! ねぇ! 透?」

 

 ふと心配そうに覗き込む麗。

 僕は思わずドキリとした。

 

「……ん?」

「さっきからずっと呼んでたんだけど」

「あ、ああ……ごめん、考え事してた」

「ボーっとしてたら事故るよ」

「ああ……悪い」

 

 気づけば今僕らは学校からちょっと離れて、大人が行き交う都会の中に入っていた。このまま真っ直ぐ行けば、若者向けの雑貨屋とか洋服店、大人気飲食店のチェーン店舗が並ぶ繁華街に辿り着く。首都圏内の学校だからこそ、こうした場所にすぐ行けるのはかなり嬉しい。

 

「ちなみに麗は何見ていく予定なの?」

「いきなり目的達成したら、長く出かけられないでしょ。だから最初はウチらの買い物しよう」

 

 と麗はいきなり僕の手を取ると、所謂恋人繋ぎをしてきた。あまりにも素早い手繋ぎ、一瞬の隙を突いてくるとは……まさに達人級だ。

 と間抜けな事を思ってる場合じゃない、今までこんなしっかり握りしめた事がなかった僕は、目を見開いて驚いた。

 

「……ぅお!」

「そんな驚かなくても」

「い、いやいきなりはびっくりするよ」

「いーじゃん、サプライズだよ。それとも……嫌?」

 

 その質問は狡い気がする。

 僕はほんの少し顔が熱くなる自覚を覚えつつ、麗の不安を払拭すべく首を横に振る。

 

「ふふ、よかった」

「……はぁ」

 

 嫌な訳ない、むしろ嬉しいぐらいだ。

 でも心臓に悪いし、最近特に僕が意識する瞬間が増えてしまっている。

 

(触れてる手の感触で、夢を思い出してしまう)

 

 熱を出した時に見たアホな妄想、あれは間違いなく気の迷いだ。だけど触れられた感触は夢だったのかと疑問に思うぐらい、生々しかった。

 

「ふふ、透の手汗すごいね」

「春先は暖かいからな」

 

 緊張感でなんて言える訳ない。

 

「確かに、これからもっと暖かくなるから……汗ばむのも無理ないか」

「所でこれから麗は何処から寄るつもりだ?」

 

 早めに話題を逸らさないと、うっかりボロを出してしまいそうだ。話を切り替えて違う話題を出した後、麗は「んー」と艶やかな唇に指を当てて、パッと表情を明るくする。

 

「まずはあそこの服屋さんに行かせて」

 

 彼女が指差す先には数多もの商業施設が入ったファッションビルがひとつ。僕の視界にも如何にもな女子高生が沢山いるのが映っていた。

 

「僕……入りづらいなぁ」

「腕も組んでいけばカップルだと思われて逆に入りやすいかも」

「……逆に?」

 

 どこが逆なんだと言う前には、麗は既に僕の左腕をガッツリホールド。僕は自己暗示で五感を遮断して覚悟を決める。今日は決して不純な感情は抱かず、ただ愚姉の誕生日プレゼントを何にするかだけを考えろと、ひたすら頭に擦り込ませる。

 

「ヨシ、イコウ、レイ」

「何故片言?」

 

 君のせいだよ――とは言えず、僕らはおしゃれ極まった空間へと突入していった。

 

     *   *   *

 

「も、もはや……異世界かな」

 

 ビルに入るやいなや、僕は唖然としてしまった。女性用の服屋ばかりだから当たり前なのだが、居づらさが半端じゃねぇのだ。野朗なんて当たり前だが全然いないし、何なら他校に通うちょっとチャラついた女子高生がちらほらこっちを見ていたりする。

 

 すみません、僕は連れられてきただけで疾しい気持ちはないんです。

 

「ウチはね〜……」

 

 麗は僕が羞恥心と気まずさの2人を相手に戦っているとは知らずに、何故かランジェリーショップへと連れていく。絶対に悪意があるし、僕の顔はムンクみたいになっている。

 

「こういうのとか透好きそうじゃない?」

「……下着を選ばすな」

「ふふ……」

 

 なんか色々と刺激的な下着を手に取っては、僕の前に翳す。こいつは悪魔か何かだと思う。僕はこれ以上尊厳を破壊されない為にも、顔を逸らしながら言う。

 

「ちゃ、ちゃんと探そう」

「仕方ないなぁ」

 

 僕が悪いみたいな言い方するな。

 

「さて……真面目な話になるとね」

 

 あれみたいかな――と麗は僕の手を引っ張る。

 向かった先は男の僕でも入りやすいカジュアルな洋服屋だ。

 

「あれなら入りやすいでしょ?」

 

 澄んだ瞳で見てきた彼女を前に僕は静かに頷き、洋服屋に入る。値段は意外とリーズナブル、恐らく万人向けに手を伸ばしやすい価格にしているのだろう。

 

「今思えば透とこうやって洋服選びに行くのって、意外になかったよね」

「確かに、普段ならちょっと寄り道して喫茶店行ったりとか、駄弁りながら遠回りに帰ったりするよな」

 

 世間一般的な幼馴染がどう過ごしているかは知らないが、付き合いが長い僕らはただ一緒にいるだけでも、ある程度満足してる部分がある。何気ない話をしながら歩いたり、ゲームしたり、飯を食ったり。本当に普通なことなのに……すごく楽しいのだ。

 

「でもある程度パターン化してたからさ、もうちょい彩り欲しくならない?」

「……そう、だな」

 

 すまない全然出かけるタイプじゃなくて――僕自身外へ遊びに行くレパートリーが少ないため、決められた内容にしとけば安牌だろうと考えてしまう節があった。新しいことをするのに、ちょっと不安を感じてしまうからだ。

 

「ウチらはもう高校生だよ、透」

 

 悩まし気にしている僕を見かねたのか、麗は優しい笑みを貼り付けて言った。

 

「もっと……攻めていこ、ね」

「う、うん……」

 

 だからそんなねっとり言わなくても大丈夫だよ。

 

      *   *   *

 

 それから僕らは洋服店だけじゃなく、久々にゲーセンに行ったり、僕自身が欲しかった文房具や雑貨を巡った。途中あまりにも気分が乗ってきたせいで、うっかり我が姉の誕生日プレゼントを忘れかけたが、忘れずに購入。

 

 麗は姉が洋服好きなのを知っているため、春先から夏にかけて着やすいシャツを3枚ほど。中々奮発していたが、日頃の感謝を踏まえたら安いものだよと麗は言っていた。

 

 対する僕はと言うと、姉は食い意地を張っているからデパ地下に寄ってケーキを購入。普段だらしなくとも、いざって時はちゃんと姉ムーブをしてくれるから、プレゼントらしいプレゼントにしてみたのだ。

 

 途中麗からは「素直じゃないね」と言われたが、何も反論出来なかった。

 

 一通りの買い物やお出かけを済ませて、すっかり夕方から夜の手前にかかる時間で、僕らは駅構内にいた。

 

「ついつい買いすぎたかも」

「……ああ、後時間も……ちょっと見てなかったな……」

 

 あまり遅いと間違いなく補導されてしまう。

 更に悪い事に、僕はまだここから帰るには近いのだが、麗はそう言う訳にはいかない。

 急行で帰っても40分弱、駅についたら徒歩で10分弱。帰る頃にはすっかり夜中になってしまう。

 

「麗、家まで送ろうか?」

 

 流石に夜道を1人で歩かせる訳にはいかない。

 僕は真剣な表情をして言う。

 

「んー……大丈夫だよ」

「本当か?」

「何〜? 心配してくれてるの?」

 

 ニヤニヤしながら聞いてくる麗。

 揶揄う口実が出来たと言った表情だ、だけどこの時の僕はかなりマジだった。

 

「当たり前だろ」

「……」

「僕の大事な人なんだから」

「――」

 

 そう言った瞬間、麗は石化した。

 僕は「あ……」と掠れたような声が漏れ出てしまい、漸く自分がくっさいセリフを吐いていた事に気づく。

 

「あ、と、その……悪いいきなり言って……っ!」

「透――」

 

 麗は少し顔を伏せた後、穏やかな顔を向けた。

 

「嬉しい」

「……っ」

 

 混じりっ気のない、麗の好意が込められたような言葉が僕を穿つ。今までこんな風に動揺することはなかったのに、たった一言で心が揺さぶられてしまった。

 

「ウチもね、透のこと大事に思ってるよ」

「う、うん」

「透はね、ウチ自身より大事なんだ」

「……自分よりも?」

「うん」

 

 雲行きが怪しくなってきた。

 

「透のためなら、ウチは全て捧げたっていい。身も心も……魂も」

 

 麗はただ前を見ているだけだ。

 こっちを見ていないのに、抉り込んでくるような甘い毒が僕の心を侵食してきている。トキメキなんかとは違うと、僕ははっきり断言出来る。

 

「……そ、うか」

「今はこのままでいいよ、ウチは」

「……っ」

 

 言ってる意味は分かる。

 

「実際こうした絶妙な関係性、嫌いじゃない自分もいるし……ね」

 

 ニヤリと意味深な笑みを向けられた僕は、必死に目を逸らす。迂闊に踏み込んだらもっと掘り下げられそうだ、それだけは勘弁したい。

 

「な、何の事やら」

「わかってる癖に」

 

 つくづく麗には敵わないなと思っていると――

 

《――線に遅延が生じております》

 

 ――突如駅構内にアナウンスがされる。

 

 僕らが乗ろうとしている路線だ。

 一体何が起きたのか電光掲示板を見ると、どうやら沿線火災が起きたらしい。それはかなり重大なトラブルだが、どれだけ待つ羽目になるのだろうか。

 

「どうしよ、どれぐらいの時間止まっちゃうのかな」

 

 麗も不安そうに時間を見る。

 人身事故が起きた際もかなりの時間、足止めされたりする。そうなると麗の帰宅がますます遅くなってしまう。

 

(僕は徒歩で行けるから……いいけど、麗を置いていくなんて真似は出来ない)

 

 ならどうするか――必死に考える中で、僕が出せる案は何とも難しい内容だった。

 

(でも……麗の為なら仕方ない。大丈夫……僕に他意なんかないんだから)

 

 そして僕は心の中で何度も言い訳して、麗に話しかける。

 明日は土曜、学校もない。もし麗に予定があればその限りではないが、僕は既に口に出していた。

 

「ねぇ……麗」

「ん?」

 

 麗の綺麗な目が僕を捉えた瞬間、僕は言った。

 

「良かったら……家に来ない?」

 

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