小学校から付き合いのあるダウナー系幼馴染ちゃんから、湿度高めな愛情を向けられているのを僕は知っている   作:熱帯雨林

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遅れました。
あといつのまにか評価に色がついてました。
ありがとうございます!


君との夜②

 最初麗が何を言ってるのか理解出来なかった。

 僕はショートしかけた脳内回路を必死で修復し、言われた言葉を反芻する。

 

 ――一緒に寝る?――

 

 うん、思い返しても恥ずかしさから顔が赤くなる。僕はチラリと麗に目を向けたが、彼女はただ薄く笑うだけ。顔はほんのりと赤いが、僕ほどじゃない。あくまでも自然体にしか見えない。何だその強心臓はと文句言いたくなる。

 

「はぁ――ふぅ、麗……なんでここに?」

「ちょっと様子見しようかと」

「だからって……こんな真似しなくても」

「こんな真似って?」

 

 麗はジリジリと寄ってくる。僕は逃げたいがすぐ後ろは壁である。逃げれる訳がなく、すぐに麗に捕捉された。ただ隙間なくぴったりくっついてる訳じゃない。ほんの数センチだけ距離を空けてくれた。

 

「どんな真似か言って?」

「……っ!」

 

 ポショリと言った彼女の吐息が耳朶に触れる。僕は未だかつてないほど、顔が赤くなっているに違いない。だけど負けたくない、僕はキリッと顔を引き締めて彼女の目を睨む。

 

「麗、ちょっとどうしたんだ。今までこんな事しなかっただろ」

「そう、だから趣向を変えてみた。グイグイ攻めたら透はどう反応するのかなって」

「なんだそれ、揶揄いたかったの?」

 

 そう言ったら麗は僕の手を取った。

 じんわりと手汗で湿っていた。

 

「揶揄いでもこんな事しないよ?」

「ぅ……」

「透だけにしかしたくないもの」

 

 ダイレクトに伝わる言葉と感情が、僕の理性を溶かしていく。だけど絶対に手を出すみたいな真似はしたくなかった。それをしたら何もかも終わりなのだ。小学校から続く安定した関係は僕にとって何よりも落ち着くし、それ以上になる勇気が持てなかった。

 

「麗……僕」

「ああ、待った」

「え」

 

 とりあえず僕が何か言おうとしたら、麗が人差し指を僕の口に当てて防ぐ。一体何だと言うのか、出鼻挫かれたような気がして僕は恨めし気に麗を見た。

 

「ウチ、透が何となくどう考えてるか分かるから」

「え」

 

 何だそれ、超能力者か。

 

「透は今の関係性を続けたいんでしょ」

「……うん」

 

 ニコリと麗は笑う。

 

「透って結構慎重だもん、何をするにも一歩遅れてる。用心深いのはいいけど、行き過ぎるとチャンス失くすよ?」

「耳が痛すぎる話だ……」

 

 ゴロンと麗は寝返りをうち、ジトっとした目で僕を睨む。チャンスを失くすと言われて、僕は何故かさぁ……っと血の気が引いていく感覚を覚えた。何でそう思ったのか、自分でも理解していなかったが、麗は何だか面白そうな目へと変えて見ていた。

 

「まぁでも、ウチはいつでも歓迎。待てるから」

「……何が?」

「何でしょうか! 当ててみてよ」

「……いやいい」

「ふーん……」

 

 麗の視線がすごく痛い。

 ああ……チキンだって言われたって仕方ない事を僕はしている。その自覚ぐらいはあった。

 

「まぁ……この関係性のままズルズル先に行くのも良いけどね」

 

 そう言って麗は勢いよく僕に抱きついた。

 心臓は飛び出そうなぐらい動き出し、僕の頭はグラグラしてまともな事を考えられなくなっていた。やばい、本当にやばい。自分が自分じゃなくなりそうで、心の底からありったけの感情が湧き上がりそうになっていた。

 

「麗……! マジで洒落にならない……!」

「……だってその方が燃えない? 付き合ってる訳じゃないのに、親友で幼馴染の関係性のまま……先に進んだ関係って」

「……!」

 

 麗のセリフはなけなしの理性と焼き尽くすには充分は言葉だった。幸か不幸か……姉からは()()を渡されている。麗も期待感に満ちたような目を向けている、後はもうラインを踏み越えるだけ。

 

「麗……」

 

 やめろ――と理性が訴えたがもう遅い。

 僕が手を伸ばした後、視線を少し動かすと――

 

「ぐふふ……」

 

 少しだけ開いたドアの隙間から、いやらしい目をして覗き込む姉がいた。目と口は綺麗な弧を描き、涎でも出そうな勢いだった。

 

「愚姉……」

「ぇ」

 

 流石に麗も予想外だったのか、急いで振り返る。そして気色悪い笑みを浮かべた姉とバッチリ目が合った。すると麗はみるみるうちに顔を赤くしていく。いやもはや身体全体が赤くなっている。首筋なんか日焼けしたのかと勘違いするレベルで赤い。

 

「あ、私に構わずごゆっくり……。だけど声は控えめに〜」

「待って涼風さん!!」

 

 珍しく慌てた様子で麗が僕のベッドから飛び出していった。さっきまで僕の脳を溶かしかけた熱は一瞬で冷めて、溶けかけた理性は冷却されて復活した。

 

「あぶな……かった、はぁ〜……」

 

 深く息を吸って吐く。

 身体に籠った熱を搾り出し、やっと落ち着いた。

 ただ僕は心なしか残念に思ってしまった。

 

 

     *   *   *

 

 

 それから30分ぐらいして、疲れた様子の麗と爽やかな笑みを浮かべた姉が戻ってきた。何でも麗は姉に対して必死に詰め寄っていた。多分あれは誤解なんだと言い訳している。ただ当事者が言うのもあれだが、あの状況を見て勘違いですって言うのは絶対に無理がある。

 

 一応姉はそこそこ恋愛経験がある。モテる部類かは興味ないから知らないけど、今まで3人ぐらい彼氏を連れてきた事があった。そんなベテランを前に、ベッドで見事にハグする男女をみたらどう思うか。

 

 完全におっ始める気だ……って思うのも無理はない。

 

 ただあくまでも未遂で終わった話だ。

 姉を無理矢理言いくるめた麗は再び僕の部屋に戻ると、ズビシと僕に人差し指を突き立てた。

 

「夜更かしでゲームするよ」

「お、おう」

 

 このモヤモヤを晴そうと麗は対戦ゲームで、ストレス発散を提案した。僕も色々とむしゃくしゃとしていたので快く承諾した。

 

 そして今や――

 

「あ! ずるっ! アイテムばっか使わないでよ透!」

「別に使っちゃダメってルールないし」

「うざっ! 遠くからチクチクやってくんな!」

 

 某大乱闘ゲームにて僕は遠くからひたすらレーザーガンを撃ち、麗が操るキャラをしばく。麗のゲームの腕前はそこまで上手くない。いわゆるエンジョイ勢みたいな立ち位置だから仕方ないのだが、僕は割とそこそこ強くなりたくて練習までしている。そんな僕を前に麗が勝てる術は……ない。

 

「はい! これで……終わり!」

「ああっ!」

 

 良い感じでダメージが溜まったタイミングで、僕は麗の操るキャラをぶっ飛ばす。一瞬でステージの端まで吹き飛んだ麗は、ドカンと見事に爆散した。

 

「むむむっ、悔しい……透のくせに」

「ふん、まだまだ僕に勝とうだなんて甘いよ」

 

 いつも何かと翻弄されがちな僕だが、ゲームだけは違う。

 ここは僕のステージであり世界だ。全ては僕の思い通り。めちゃくちゃ虚しくなってきたが……気のせいだと割り切ろう。

 

「くそ……違うキャラにするかー」

 

 そう言って麗はうんうんと頭を悩ませながら、沢山いるキャラを吟味していた。鬱憤ばらしでやったゲームなのに、気づいたらすっかり夢中になっている。夜遅くまでこうやって遊ぶのも、今思えばかなり久々かもしれない。

 

 男女の関係とか全くない、極めて清い関係性の時を思い出す。ゲームや外に出て鬼ごっこしたり、本当にキラキラした思い出だ。あれは本当に楽しかった。

 正直人生で最も幸せな瞬間かもと思っていた。

 

 だけど段々と成長していくにつれて、友情の中に別の感情まで混じるようになった。それが顕著に出たのは麗だ。麗は一度目が覚めたらもう止まらなかった。思わせぶりな態度や振る舞いをして、思春期真っ只中の僕を打ち崩そうとしてきた。

 

 最初こそ困惑したが、今じゃ段々と自然になってきた。

 僕もそんな麗に違和感や忌避感も感じなくなってきた。

 

(はぁ……すまない麗。僕もどうしたらいいかわからないんだ)

 

 臆病者だ。

 自分の周りの世界が変わる事を、酷く恐れている愚か者。僕はもっと節操なしなら、悩み苦しまなくて済んだかもなと自嘲する。

 

「透」

「……ん」

 

 つい上の空になっていた僕を、麗は呼びかける。

 

「今日は……ごめんね」

「え」

「だって……嫌だったでしょ?」

 

 しょんぼりとする麗を見て――僕は即答する。

 

「嫌じゃなかったよ」

「え……」

「あ、いや、えっと……その」

 

 何言ってんだと思ったが、もう止まらなかった。

 

「ぎゃ、逆に嬉しかった」

「そ、そう……」

 

 2人ともキャラが止まっていた。

 何故だろう、さっき抱き合った時よりずっと恥ずかしい。

 

「何で麗が恥ずかしがるんだ、仕掛けた側なのに」

「う、ウチも割と勇気出したもん。悪い……?」

「悪くない……」

「へぇ〜」

 

 麗は何だか妖しい笑みを浮かべる。

 しまった、つい言ってしまった。

 

「じゃあさ……透」

「な、何」

 

 ゴゴゴゴと麗の背後でとんでもないプレッシャーが、まるで炎のように激しく揺らめく。やばい、言質を与えてしまったと僕は汗をダラダラ流す。

 

「次家行ったら、続きしようか」

「はぁ……っ!?」

 

 僕は慌ててコントローラーから手を離して驚く。さっきまで冷静になっていたのに、一瞬で茹った思考回路に戻る。つくづく自分は思春期男子だと思わされたが、この発言はまた別のチャンスを齎していた。

 

「隙あり」

「あっ」

 

 麗がキャラを操り、僕のキャラを奈落に突き落とした。

 見事に成す術なく落ちていく僕のキャラ。心なしか未来の僕を暗示しているような光景だった。

 

「やったー、これで追いついたね」

「ひ、卑怯な……」

 

 麗はクスクス笑う。してやったりといった表情だ。

 

「油断するからだよ」

「くっ……」

 

 耳が痛い話だ。

 

「でもさっきの言葉は本当だよ」

「ぇ」

「さ! 次のラウンドも張り切っていこ」

「ちょっ! まっ!」

 

 またもや放たれた爆弾発言によって、集中力を切らした僕はそのまままた負けてしまった。それから僕らは姉からいい加減寝ろと言われるまで、2人してはしゃぎながらゲームして遊んだ。この時ばかりは昔に戻った気がして……本当に楽しい瞬間だった。

 

 

      *   *   *

 

 

「いやーお世話になりました」

「また来てね麗ちゃん」

 

 翌朝、麗は自宅へ帰る事になった。

 何でもこれ以上ダラダラして世話になるのは忍びないとのこと。姉と僕はそこまで気にしていないが、仕方ないだろう。引き止めてしまったら親御さんも心配するし。

 

「ぜひぜひ、その時はちゃんとお泊まりモードで行きます」 

 

 艶っぽい笑みを浮かべる麗。

 そんな顔しないでくれ。

 

「……透、お父さん達に防音工事も頼んでおくから」

「気持ち悪い気遣いするな……」

 

 この中で1番酷いのは姉だ。

 どうやって記憶を消し飛ばすか、考える必要がありそうだ。

 

「あ、透……せめて麗ちゃんを駅まで送りなさいよ」

「そのつもりだよ、最初から」

 

 姉に言われるまでもなく、僕は麗と一緒に玄関を出る。このままさようならは良くない。ちゃんと送っていくまでが僕の役割だ。

 

「いやぁ楽しかったな〜……!」

「それは同意するよ」

 

 駅まで僕らは徒歩で足並み揃えて向かう。

 最初放課後デートだけだったのに、すっかり泊まりにまで発展してしまった。予期せぬハプニングだったけど、今思えば悪くなかったかもしれない。

 

 ただ何というか、色々関係性がズブズブと深みにハマっていくようなイベントが起きてしまったが……過ぎたことは仕方ない。割り切らないとずっと悶々としてしまう。

 

「ねぇ透」

「ん……?」

 

 ゆっくり歩いていく中で、麗は前を向いたまま口を開く。

 一体何を話すのか緊張してしまう。

 

「次はさ、遊園地とか行きたい」

「……おぉ」

 

 あ、良かった結構普通な事だ。

 人知れず安堵した僕は「もちろん」と言った。

 

「後はさ、水族館とか動物園、プラネタリウムとか。沢山行きたい」

「お、おぅ……沢山行きたいとこあるな」

「どう?」

 

 コテンと首を傾げて麗は聞く。

 

「ああ、全部行こう」

「ふふ……約束だよ」

 

 そう言って麗と僕は軽く談笑しながら駅へ向かう。遊園地や動物園、うん……きっと麗と行ったらめちゃくちゃ楽しいだろう。今思えば僕らはずっと狭い範囲の中で遊んでばかりで、色々な商業施設とか行かなかった。本当にそれは勿体ない事だった。

 

(そうだな、もっと2人で楽しい思い出を作ろう)

 

 高校生は3年間しかないのだ。

 この大切な期間を余す事なく、麗と楽しみたい。沢山の思い出を作り上げて、もっと色々な麗を知りたい。

 

「約束だ、麗」

「うん」

 

 そんな風に話していると、あっという間に駅前にたどり着いた。今日は土曜日なのもあって外出に向かう人たちがワラワラと改札付近を行き交っている。親子連れも多いし、非常に平和な光景だ。

 

「んじゃ、また学校で」

「うん。あ! ラインは送るから」

「はいはい、って言っても毎日チャットで話してるじゃん」

「何かこう、帰宅する瞬間ってチャット区切りやすいタイミングじゃない?」

「んな事しないよ……」

 

 麗はジトーっとした目を向ける。

 僕がいつトークをやめたのだろうか。彼これ2年以上はチャット毎日してるのに、今更すぎる。

 

「じゃあね」

「うん」

 

 そう言って麗は手を軽く振る。

 はっきり言ってめちゃくちゃ名残惜しいが、仕方ない。僕は麗がきちんと駅のホームへ向かうとこまで見届けた。

 

「ふぅ……」

 

 小さくなっていく背中、それが見えなくなってから僕は一息吐く。

 

「また……ね」

 

 早く学校の日にならないかなと思いつつ、僕は踵を返して自宅へ戻る。きっと次の学校からはほんの少しだけ楽しくなる。そんな予感がしていた。

 

 

       *   *   *

 

 

「……ふぅ」

 

 一方で駅のホームにて電車を待っていた麗は、一息吐いた後にカバンの中を覗き見る。昨晩……ゲームが盛り上がりすぎて、透の姉から注意されて部屋から出る途中、麗の目に()()が目に入った。

 出ていく一瞬で麗は素早く机の上にあったそれを取り、ズボンのポケットの中にしまい、何とかカバンの中に入れたのだ。

 

「……」

 

 麗は黙ってカバンの中に手を入れ、それを取り出す。

 良かった、忘れてなかったと安心した。

 

「次……ね」

 

 そんな溢れんばかりの感情が渦巻く麗が手の中にあるもの、それは涼風が透に渡した避妊具だった。

 




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