闇鍋支部 大規模侵攻①
「これなら合流しなくても良かったな」
「まぁ、他がまずいなら本部から通信来るよ」
弧月を携えた椒、奏雨が黒煙の立つモールモッドを背に話す暗雲の下。
大規模侵攻の開始から十数分、各々日常に居た場面から続々と戦場へ集まり――
「でも背中撃ちそうで怖いんだよなぁ」
「分かるー」
「あぁまずいかも」
松林、雨葉。
「僕合流してくれないと困る……」
「蒼星さん達は都合つきませんでしたからねぇ」
恋葉、月詠。
『ちょっと、まだまだ来ますよ』
『ちゃんと手綱握ってよ』
「私に言ってる? うちの隊長はお前でしょうよ」
『遠いし……』
塩宮、白金。
総勢八名闇鍋合同臨時部隊が、近界民の群れを駆除している最中だった。
否。
『あのー皆さん、一応これ戦争みたいなものなんですけど緊張感とか……』
夜雲累。闇鍋第一第二兼用オペレーターである。
総勢九名、相対するは数十体のトリオン兵。
攻撃手や万能手を差し置いて前に出るのは、支部が誇る高トリオン射手。
「「
松林、雨葉両名による滅多撃ち。一発は跳ね除けるモールモッドの装甲も、幾重に撃ち込まれればなすすべもない。
手持ち無沙汰な椒や恋葉を差し置き、奏雨はレーダーに視線を配る。左右の道にも複数トリオン兵が現れたようだった。
「彩音さんと椒は二人についてて。月詠さんは借ります」
「あい」「ん」「おや」
『右は狙撃に任せてよろしい?』
『よろしい』『了解です、っと』
「左抑えに行きましょ。夜雲さん、一応こっちのナビ厚めにお願いします」
『はーい』
弧月を鞘に納め、大通りを左に外れる奏雨。それについていく月詠。
去り際に射手陣へ言葉を残しつつ。
「んじゃ任せますね! なんかあったら言ってください。あと
「
「おいこっちも前見えなくなるだろ」
そこそこ不安になりつつも、はぐれ者狩りへ出立する奏雨。
左の通りにはモールモッドが僅かとバムスターがささやかに。数分もすれば合同隊と合流出来るだろうという目算だった。右の通りには背の高いトリオン兵、バンダーが今しがた目を潰され沈んでいるのが見える。狙撃用トリガーでモールモッドは少々手間なので、これで良かったと思う。
後方に狙撃手二名がいることを穏やかに思い、奏雨は正面の敵を見据える。
「まぁ、前線は肩並べる感じで行きましょう。最悪射線に出ちゃいそうなので」
「奏雨さんが合わせてくれるんでしたら」
「頑張りまぁす……」
「ふふふ」
なんてことは言ってるが、反射神経で命を繋ぐ超刹那型銃手の月詠マキナ、たかだか視界に飛び込まれた程度で撃ち損じることはないだろう。
奏雨の
「トリオン怖いのでテレポーターは温存しときましょ」
気楽に鼻を鳴らし首肯を示す月詠。迫るトリオン兵に顔色変えず弾を撃ち込んで、残るは二匹。どちらも奏雨側に寄っており、手出しに困る射線だった。
思いの外集られたことに眉を下げつつ、右手持ちの弧月を水平に構える。狙うは弱点の上寄りに。
「旋空弧月」
二匹のうち、前面に寄っていたモールモッドの前足が落ちる。振り上げた際に露わとなった接合部を適切に狙い、伸びる斬撃が一匹を半ば無力化してみせた。
チームに弧月使いの居ない月詠は味方視点の旋空弧月が見せる射程と火力の横暴さに感心しつつ、もう一匹のモールモッドへ
突如奏雨は弧月を取り落とす、かと思えば二本の刃を振り上げるモールモッドへ猛追。その様を見て月詠は銃口を下げた。足を撃ち抜きでもすれば、そのまま貫通して奏雨の胴体をぶち抜きかねない。丸腰の仲間へ、試すように笑みを浮かべる。
無慈悲に振り下ろされる刃。手空きの奏雨は身軽さに任せて無鉄砲に距離を詰める。
集中シールドによる
叩き割るまで相克し合うのは不毛だと刃を再び振り上げたモールモッド。その右前足が宙を舞う。特有の破裂音を響かせ放たれた
そうして開いた右へ身体を滑り込ませながら、奏雨は手の甲を延長させるように第二のブレードを誂える。
自在の刃、スコーピオンが一手早い。すれ違うように弱点をなで斬りにしたことで、一匹が活動を終えた。もう一匹、前足を削いだ個体へ奏雨が身体を向けた時には、月詠が正面から眼球じみた弱点を破壊している。
「助かりました」
「いえいえ。お互い様ですよ」
こうしてると物腰柔らかな良い人なのにな。とか思う奏雨。
『えー皆様、上をご覧ください』
気だるげなトーンでバスガイドのような口上。通信越しのオペレーターも、言っておきながら緊張感があんまりない。
『うわ』『んんーっこれは……』
『爆撃トリオン兵、イルガーでございます』
「暢気すぎませんうちのオペレーター」「楽しくなってきましたねぇ」
街に影を落とす数十メートルの巨体は遥か上空に。狙撃手陣もこれにはげっそり。
住宅を挟んだ中央通りでも、少女の声がはっきりと聞こえる。笑い声と半ば絶叫、ここは遊園地かと奏雨は思う。
苦笑いで空を見上げ、狙撃手二人へ通信。かく言う間にも爆撃が始まり、トリオン兵どころの騒ぎではなくなってきた。
『一応。堕とせます?』
『んー流石に』
『ちょっっと遠いかなぁ……
『ですよねぇ』
合同部隊の手札を鑑みる奏雨。思考を重ねる度に一縷の望みが存在感を大きくしているが、オペレーターの追報が無残にも撃ち砕いた。
『近場で迎撃に行ける部隊いないですね、これは』
「……」
『これさぁ』
音声通信を続けるのは白金。提案するトーンにどことなく続きを察し、奏雨も内心頷く。
『マキナさんに行ってもらうのが早くない?』
『早いというか、それしかなくない? グラスホッパー持ち他にいないし』
『恋葉さん……』
『あぁー、まぁ、どのみちです! んじゃ、そういう感じで白金よろしく』
突っ込む塩宮と、グラスホッパーに打ち上げられてたった一本の短刀を構える恋葉を想像する奏雨。かぶりを振って隊長に結論を促す。
通信が合同部隊に切り替わる。周回軌道に準じるイルガーの爆撃は遠のき、中央通りでは再びトリオン兵との戦闘が始まっていた。
『通達ー、マキナさんには良い感じにイルガー堕としてもらって。奏雨は他の人と合流。爆撃は防げる人が遠隔シールドで止めて』
『一応口開いてますんで。予測ルート送っておきます』
「ほほう」
ホルスターに収めた月詠が上空を見上げた。嘲笑うように大口を開けたイルガーが、今も別箇所を爆撃して回っている。
「前の記録だと、まずくなったら落下自爆する感じみたいです。やるなら正面から」
夜雲に送られたルートを検分しながら、月詠は頷く。
「んじゃ……」
軽い別れの言葉を残し、月詠の姿が消える。幾つものグラスホッパーよりは一回のテレポートが安いと踏んだのだろう。
弧月を拾い上げ、鞘に納めた奏雨が合流しに向かう。
これからすぐに撃墜の吉報が寄越されることになるのだが、遥かな凶報により打ち消されるのだった。
「おいなんか知らん奴出てきたぞ」
一歩二歩、大きく離れ往く松林。
視線の先には二足剛腕の三メートル級未確認トリオン兵。
後の呼称は――ラービッド。