闇鍋の具   作:凍星 奏雨

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凍星奏雨活動記録-Ver.Extra2.6

――殺さなければならない(■■■)

 

――罪を裁け(■■■■■■)

 

――何故ボスがこ――罪を裁け(■■■■■■)

 

――殺せ()

 

 時間と共に大きくなる幻聴。

 ボス――堕貞狐丘のモーションを見切り始めた反面、音にまつわる予備動作を拾い損ねることが多くなってきた。

 術者が未熟だから起こるのだろうか。

 或いは、当時もこうだったのかもしれない。

 処刑魔法を引き起こす術者もまた、人柱にすぎないと。

 余計な思考を切り取って捨てる。

 

「……モーションが変わった? まだ……」

 

――助けてください(■■■■■■■■)

 

――罪を裁(■■■■)――攻撃来るぞ!

 

「嘘だろッ!?」

 

 壁走りをやめ、堕貞狐丘の視線の先を見下ろす。

 幻聴に混じる果敢な声。

 初見の激しい猛攻を侘しい人数で耐える、四人パーティの姿がそこにはあった。

 

(まさか、私がここに巻き込まれたのと同じように……!?)

 

『不意打ちな分、時間はくれるのか……』

 

 なにもない廊下は一転して、ボス部屋への監禁に移り変わった。

 どうやら、道に合流したプレイヤー全員問答無用で巻き込む形らしい。

 

「強制デバフか……!」

 

 重盾が歯ぎしりをする。

 ヘイトシステムが本懐を働く。堕貞狐丘の矛先――矢の先は乱入者たる四人へ向けられた。

 総じて十四本が堕貞狐丘の辺りに浮かぶ。

 

「多い……っ」

「俺の後ろに!」

「片方は撃ち落とすよっ!」

 

 重盾と魔法使いが同時に得物を光らせた。

 

「――ダメだッ! 魔法は撃たないで!」

 

 杖を握る腕は反応を見せた。けれど遅い、射出された矢に向けて、雷撃が迸らんと杖が灯った。

 天井を踏み切り、奏雨の身体は真下へ放たれる。

 

(矢より速く――ッ!)

 

 重ねるは妖蜘蛛の朧。

 孤高を走る最も身近な電光石火。

 人を逸した速度の刃、下から見上げた記憶を投射する。

 

――《真白裂き・光声》

 

 真の雷よりも早く、その白雷は舞い下りた。

 四人の前で白色が景色を切り裂き、斬撃を免れた矢も重盾に弾かれる。

 

「避けて――」

「ッ……」

 

 本来は矢を撃ち落とすはずの雷撃が、奏雨を後ろから撃つ。

 予見出来ていなかったわけではないが、スキルモーションの硬直には抗えない。

 随分張り切った威力だ、奏雨は想定以上のダメージに苦笑する。

 多分、虹鯨の魔法耐性がなければ死んでいただろう。

 

「大丈夫です。……っ!! 雷は効きにくいんです。スキルの事情でね」

 

 場には困惑しかなかった。

 なにもかも相応しくないボケを置いて、堕貞狐丘は攻勢を続ける。

 

「ぬおぉッ!」

 

 空気の読めないゲーミングウェアウルフごと重盾が庇う。

 ただ、塩宮と比べるのは些か残酷な話ではあるが――ガードの動きは酔歩によく似た、たどたどしいものである。

 それも当然。初見の激しい派生に、連携したことのないプレイヤーもまとめて庇っているのだ。適性防御(ジャストガード)が取れなくて当たり前の状況だ。

 

(一本飲める余裕は出来たか。でも……)

 

 回復薬を服用するも、体力は半分に満たない。動転下ではこの程度の効力か、と諦めに近い納得を挟んだ奏雨の表情に、意外と言いたげな驚きが映る。

 追加の回復。思わず後ろを振り向けば、杖を持ったしとやかなエルフが、やや困惑気味に微笑んだ。

 

「ヒール、助かります」

「あ、よかったです。お返事がなかったので勝手にしちゃいましたが」

 

(……プレイヤーの声も拾えてない。このままじゃ連携どころじゃないな……)

 

 連携したことはないが、見覚えはあった。

 前線の攻略で見たことがある。

 それに……。

 

「?」

 

 有翼種の前衛。彼にはより印象があった。

 

「私はもう大丈夫です。皆さんは自分の身だけを守ってください」

 

 静止の声も幻聴に搔き消され、盾の裏からウェアウルフが抜け出た。

 引っ掻きが奏雨を襲うも、四人が予想した結果を大きく裏切る。

 いや、一人は合点がいったように呟いた。

 

「ユニークスキル……」

 

 物理攻撃はすり抜け、他の属性は身を翻し躱す。

 絶え間なく攻撃をしてヘイトを稼いでいるつもりだが、やはりいるだけで多少のヘイト値は溜まる。むしろ前線非参加という理由で、堕貞狐丘はルーチンに則り四人へ攻撃した。

 口頭で全てのモーションに対応させるのも、このまま継戦して残るHPゲージ一本を削り切るのも、現実的ではない。

 長引かせれば長引かせるだけ、奏雨の肩に重責が座るだろう。

 

――間違えれば死者が出る。

 

 神代魔法を超えるダメージソースでもなければ、とても。

 

(これだけは見せたくなかった……だから、一人で潜ってたのに)

 

 或いはただの四人パーティなら。

 実際には一人、些細な影響力でありながら、奏雨にとっては今後の立ち回りを大きく変えなければならなくなる相手がいる。

 

(間違いない。彼は月詠さんの顧客だ)

 

 いや同業者だったかな、と……有翼種の前衛を見下ろして、けれども観念した。

 時に情報は命を左右するほど重い。

 ……命より、重いものはない。

 

「しょうがない。売られるより先に売りつけておくか……」

 

 使うと決めた以上、耳障りな幻聴に付き合う必要はない。

 着地して素早く地面を叩き、奏雨は唱えた。

 

「閉廷」

 

 デバフアイコンが一つ消え、地面を統べていた遥かな奥行きが消失した。

 『神代魔法:黒の咎』が終わりを迎える。

 重ねて始まるのは、賢者が果てに見た――凡てを焚き流す魔法。

 

 

――《虚ろわぬ轍》

 

 以後、或る魔法のMP消費を三割減少する『虚ろう獣爪』二つ目のスキル。

 

――《無我たる疑臓》

 

 以後、或る魔法の反動デバフを無効化する『無芯のタイピン』のスキル。

 

 

「『虚ろう獣』の名をここに告げる――」

 

 以後、或る魔法を解禁する『虚ろう獣』の称号効果。

 

 

 

――書庫に訣別を、果実に泥を。

 

 

 その声に応じて、奏雨の杖が輝きを帯びる。

 無属性特有の、灰色がまとわりついている。

 

 

――智慧は望楼の為非ず。

 

 

 灰色は身を寄せ合い、その光を暗く、暗く染めていた。

 堕貞狐丘が奔り紫光が刻まれようとも、

 奏雨の体が弾け虹色が拡がろうとも、

 その色は銀河を呑み込む孔のように、暗く、絶対的だった。

 

 

――爪牙は征服の為非ず。

 

 

 招かれざる四人は、見届ける他なかった。

 どのような背景があれば、あれほど空々しく、虚しい光を扱うのだろうと。

 

 虚言(そらごと)同然の詠唱に無稽(むけい)な魔法陣が応える。

 突き出された杖の先に広がる魔法陣は、辺りの色を吸い込み、黒々と座した。

 爪牙は虹を手探り、鬼火は陣が遮断する。

 

 

――喜ばず、怒らず、哀しまず、楽しまず、

 

 

――肯わず、促さず、受け入れず、頷かず、

 

 

――ここに、焚失すべき裏を裏返す。

 

 

虚無属性(・・・・)魔法――大賢者の遺稿







次回エピローグ。
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