闇鍋の具   作:凍星 奏雨

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凍星奏雨活動記録-Ver.Extra3.0

 

――雪鳴りの森林

 

 夜が深い高レベルマップ。

 いや……もうこの世界では、推奨レベル70は高レベルマップと言えないか。

 それに、森の中ならともかく、今私がいる場所で高い危険性はない。

 

 この森ではよく風が吹く。暗がりに、木々の葉がどよめくのだ。

 その都度しゃらしゃらと鳴る雪氷の音こそ、マップ名の理由。

 そして、私がよく来る理由だ。

 

 森の奥深くまで進んでいくと、月と話せる小高い崖がある。

 ……このゲームでは本当に、何処かで月と話せそうだな。

 単に月が近いだけだ。空気も澄んでいて、星がよく見える。

 背後には雪氷の奏でる音色が、正面には冗談みたいに明るい宵空が、このマップの端にはある。

 攻略が煮詰まってきた頃、私はこの崖に座ってUI表示をオフにする。

 攻略直後ではいけない。折角解禁されたダンジョンやクエストを放ってまで、ここに憩いを設けることは出来ない。

 だから攻略の目途が経った辺りで、私は現実を再確認する。

 

「……。……――――♬」

 

 アカペラで歌うのは、数年前に出た、好きなアーティストの新曲。

 多くのアプリと連携していたこのゲームも、デスゲームとなってからは、外の世界の情報をシャットダウンされてしまった。

 今はただ、記憶を頼りに、曖昧に歌うことでしか確かめられない。

 

 一際強い風が吹いて、私は口を閉ざした。間違って落ちぬよう、手をついて支える。

 もし仮に落ちても獣人が取得条件の《滑落回避》と、すぐ傍に控えさせている『狼魂・シトラス』が持つAGI強化スキル《遥か遠き遺志》があれば、持ち前のAGIも込でどうにか無事に済むとは思う。

 が、こんな綺麗な景色の幕切れがそれではつまらない。

 

「もっとアクセスが良ければな……」

 

 攻略効率のことを考えると、拠点は都市系に構える方が良い。人の多さからトラブルに苛まれることもあるけど、辺境の街で巻き込まれるよりマシだ。

 本当なら寒くて人の少ない街に、拠点を構えたままでいたかった。

 そうすればこのマップにも行きやすいだろうに。

 

 歌を仕切り直す気分にもなれず、一度ウィンドウ操作を経て、私は一つの厚い本を出した。

 ページを捲っていけば、1/3ほどで、無地の羊皮紙ばかりが続いていくようになる。

 それから少し遡って、記載がある最新のページに止まった。

 内容はつい昨日の攻略内容。ボスの下見と、帰りしな遭遇した些細なトラブルが書かれている。

 所謂日記というやつだ。

 

 今みたいにUIを消していれば猶更のこと、最近は、帰るべき本当の現実があることを忘れてしまいそうになる。

 でも違う。

 違うべきだ。

 最終、私達はゲームをクリアして帰る為に、励んでいる。

 そのことを確かめられるよう、私は日記をつけるようになった。

 日々を覚える為というよりも、日々を残す為。

 もし帰れたところで、このサーバーのデータがサルベージされるのかは分からない。

 だが、出来るかどうかに関わらず、やる価値はあると思う。

 

 痛みがあって不自由で、壁も登れない現実に戻った時、この世界のことを伝える為に。

 

 ……そうしたら、あれほど板で叩かれていたギルドも、面目躍如となるかもしれない。

 『連合』主導者――塩宮るれあ。

 『智慧の実商工会』ギルドマスター――松林檎。

 『孤高の尖刃』――白金縁。

 月詠さんもそうかな。あの人の回している情報がなければ、もっと滞っていたかも。

 

 しかしなぁ。

 『人斬り』――椒朔月。

 『死神』――蒼星乙女。

 彼らと差し引きで、どんな評価になることやら。

 まさか、伝え書く上で身内贔屓はしていられない。

 勿論逆も然りだ。

 今や必要悪にすら成りかけている『レッドキラー』を、公平に書かなければ。

 彼らが手を汚すことで、救われた命も間違いなく、あるんだろう。

 

「…………」

 

 それはそうと、だ。

 ともあれ、本が飛ばされては敵わない。再びウィンドウを弄ってインベントリにぶち込む。

――そんなところで、傍に控えていたシトラスが唸り始めた。

 

「なんだなんだ」

 

 この崖までくるエネミーはそういないが……完全にいないでもない。乱性プログラムが働く個体は幾らかいる。

 或いは。

 シトラスのパッシブスキル《手懐ける恩讐》か。

 こっちもあんまりないが、完全にないでもない。

 

 戦闘用プリセットを選択して、私は立ち上がり――振り向いた。

 後者か。

 

「四人! 何の用ですかーっ」

 

 隠密の練度――いや多分故意だなこれは。濃度が違う。

 やや低い隠密性と、高い隠密性を同じパーティに入れて、油断を誘っている。

 わざわざこういう対策札をバラす理由がない。成果が実っているのか否か、《手懐ける恩讐》の効果――隠密看破*1を知らない人は、結構多い。

 テイマーが少なけりゃ、魂持ちは更に少ないし。

 

「あてずっぽうってわけでもねえなァ。リソースの無駄だ、解け」

 

 森の奥からやってくるのは四人のプレイヤー。

 ……うち一人は軽犯罪者(オレンジカーソル)。残る三人は真っ赤も真っ赤、殺人者(レッドカーソル)だ。

 恨みの心当たりはないなぁ。

 ただ……享楽で動く殺人者の割には、このマップは狩り場にする適性が低すぎる。

 恨みではないが、私宛てではあるな。

 

「……何円かかってます?」

「あー? ……六文」

 

 リーダーであろう男はしたりと笑う。

 こっちはあてずっぽうだったんだけどね。言ってみるもんだ。

 ……懸賞金。

 多分、動かしてるのはグリーンカーソルのコミュニティだろうな。攻略勢やレッドキラー辺りを対象にでもしているんだろう。

 メリットはある。

 この電子の牢獄で天寿を全うする――その望みを叶える為には。

 

「キミ、気にしてる暇ある?」

 

 半笑いで、細身の女が問いかけた。

 あんまない。

 

「んー、まぁ。攻略組(フロントランナー)ですからね。私は」

「へえぇ。それじゃあ多勢に無勢で崖を背負った攻略も、経験済みってわけだ!」

 

 それもあんまない。

 

「そうだなぁ……命乞いって聞いてくれます?」

 

 ゆっくりと近付いてくる四人が、示し合わせたかのようにピタりと止まる。

 そして――響く哄笑。

 

「っっはははははァ! いやぁ、そうだなぁ。言ってみろ、手抜いてやるのもやぶさかじゃァない」

「毎度。……このマップには夜間限定のレアシンボルがいるんですよ、強いけど。月が満ちてる今のうちなら、探せばいるかも」

「ふん、そりゃ良い事聞いた。アンタの後で狩っておこう」

 

 言ってみるもんだなぁとはならないか。

 虹鯨は見せたくないな。契約履行を確かめる為に誰かが見ている可能性だって、万に一つはある。

 本気で迎撃するとしたら【――検閲済――】辺りが必要になってくる。

 けど、それはより一層見せたくない。

 私にとってはユニークスキルよりも伏せておきたい情報だ。

 それに――殺してしまうかもしれない。

 

「穏当にいきません?」

「くどい」

 

 愉しげな男だと思ったが、弁えているようだ。

 従う三人も油断の色はない。

 ここまでかな。

 ジョークがウケてくれたおかげで、マップ警戒度は無から上昇しているだろう。こうなればモンスターのプログラムは乱性に関わらず、恣意的な働きが加えられる。

 

 私は左手で、自分の喉に触れた。

 喉の締め方を調整するように、やや力を入れて――

 

 

「はぁ……、っ……ゥウルルルゥゥゥウウ!

 

 

――ウェアウルフ上位スキル《孤狼の呼び声》

 

「何?」

「おい待て、なんか……」

「スキルか? オレに異常はないぞ」

「バカ、聞こえないのか……」

「んっんん……あー」

 

 彼らに咳払いの声は聞こえただろうか。

 森のざわめく中で。

 

「お前、今……!?」

 

 私は黙って、杖を外套の裏に仕舞う。

 上位スキルだなんて、呼び声だなんて言っておいて、使う頻度はそう多くない。

 以前の世界ならまだしも――モンスターを誘き寄せる遠吠えなんて、使えたもんじゃない。

 

「MPK……って知ってます? 知らないわけないですか、これは命乞いになりませんね」

「テメェ、道連れにする気か!」

「道連れ……?」

 

 私は数歩下がった。

 ……身体が傾く。

 

「私の道を使うならどうぞご自由に。後追い(スカベンジャー)には慣れてます」

 

 景色が宵空へ向く直前、茂みの中から覗く夥しい眼光が見えた。

 多勢に無勢で崖を背負った攻略頑張って。私を殺せるくらいならどうにでもなるでしょう。

 うーん。もう少し捨てセリフを残しておきたかったな。

 

 なんて考えている間に――私は空中に躍り出た。

*1
嗅覚・聴覚指定。

特定マップでの効力増加。

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