メンテナンス上がり。ギルドハウスに集ったのはギルドマスター白金縁、それから大学生組四人。加えて蒼星乙女。
平日昼間の集まりとしては上々、と白金は頷く。
「こんなもんかな?」
「ですかね。じきに月詠さん辺りは来そうですが」
「まー、もう初めていんじゃね?」
奏雨の呟きに、塩宮、椒と続く。
庭園に敷かれた水路から顔を出す渚沙も、
「お、行きますー?」
と、皆々アプデ内容を検討したく浮ついた様子を見せる。
白金の号令により向かったのは、指定ギルドランク以上のギルドハウスに増設出来る『闘技場』だった。
円形のフィールドを閉ざす扉の前に立ち、白金がウィンドウを操作する。
そのすぐ後ろ、奏雨は覗き込みながら言った。
「設定するのはこのタイミング?」
「入ってからみたい。一先ず『観戦:無制限』で開けちゃうね」
「ええ「はーい「お願いします「お願いしまーす「あいあい」
重い扉の音が軋み、開け放たれる。
見物席への道を他所に六人は、広々とした円形の戦場へ歩く。
その身を浮かせた人魚、渚沙が明るい声で言った。
「いやー待望、ですね! 私もう久しぶりですよ、人型なんて!」
「別ゲーやんないんです?」
「時間が……」
「あぁー……」
聞いた奏雨も、同じ理由で別のゲームには手が及んでいない。
二人の会話を受け、そういえば、とウィンドウを弄る白金に椒が話し出す。
「白金も久しぶり?」
「んー。まぁ、そうね」
「ヘタすりゃベータぶりかもね」と奏雨
「かも」
知らない話を傍らに蒼星は呟く。
「私は……そんな変わらない……」
「でしょうなぁ」
「んふふふ、いやぁあおほしさんはそうだろうなぁ」
「……しおの、素顔……?!」
「いや言っちゃなんですが言うほどレアじゃないと思いますよ……」
短い相槌を繰り返していた白金の姿が、突如青白い光に包まれる。
それまで思い思い雑談にふけていた五人の視線を集めた先、光の晴れた場所には。
五体満足、それほど長くもない二本足の生えた、白金縁がいた。
「「おお~」」
「足がある……!」
「いや足は元からある……」
「そう、足がないのは私だけ」
腰には直剣。装備も、ある種見慣れたものではあるが――白金が装備しているところは見たことない防具だ。
なるほどね、と呟いた後、白金の姿が再び光に包まれる。
元々のアラクネ姿、武器防具も戻った白金が五人へ振り返った。
「まぁ、大体わかったかな。あー一応、奏雨」
「こっちからじゃ操作出来なそう」
「あぁ、やっぱり」
「な、何か分かったらしい……!」
二人が言葉を端折るのはいつものこと。渚沙以外は特に意に介さず、塩宮が話し始めた。
「じゃあさっそく? ですかね」
「お、やる? やろうぜ」
「はーい。ヒューマンのLv50でいいよね? 色々変えられるけど、まぁ追々、ということで」
今回の更新内容も、やはり流石というべきか、ひとことで語り尽くせるものではなかった。
その中でもギルドの闘技場に絞った話で言うのならば、念願の機能が追加されたと言ってもいいだろう。
仮想訓練システム。
要は、プレイヤーのステータスや種族、装備などを任意に変更してデュエルが行なえるというものだ。
白金の確認に応じ、六人は青白い光に包まれ――個性が引っぺがされた。
「私とか、耳禿げるくらいですけどね。うわ聞こえ方が変わってちょっとキモい」
「俺も……ああ面ねえや」
「はい」
「なんか……本当にしお?」
「なんですか??」
「足があるー! 久しぶりだなぁ~足!」
「カニバリズムの発言」
「違うが?? 違いますが??」
「はいはい」
パンパンと、再びヒューマンに変わった白金が手を叩いた。
「で、どうする?」
「……三組作って、邪魔んならないようやる?」と奏雨
「いや~~~っ……」
「無理でしょ」
掃き溜めからの総スカンに「私もそう思う」と頷く奏雨。
「組み分けは作ってもいいんじゃない? 私は誰でもいいわよ」
「えっっ、あー、お手柔らかに」
「まぁ純近接と比べたら、アバターどころじゃないアウェーがあるでしょうけど……それで言うと私も大概……」
「いや塩の守り崩すの大変だろうけどなぁ~」
言ってる割には随分と愉しそうな椒。
現在ステータスを確認しながら、奏雨は白金に横目で、
「ぐっぱーとかでいいんじゃない?」
「いっか。……ん?」
「三対三じゃん」
「あっ。……チョキも入れよっか」
結果(9回目)
グー:奏雨、蒼星
チョキ:渚沙、白金
パー:塩宮、椒
「な、なるほどね??」
「なんですかその反応、魔法使いの私だけは勝てるとか思ってましたか!」
「いやっ違いますよかなめさん!?」
「やる気あるなー渚沙さん」
「違くて!」
「まぁ、マキナがログインしてるみたいだし、合流したらそっちとやるのでもいいんじゃない?」
(((あの人の方が容赦なさそうだけどな……)))
「あの人の方が容赦なくない……?」
(((言った……)))
蒼星の発言に苦笑しながらも、奏雨は順番決めを促す。
こちらは先程より滞りなく進んだ。
(武器はグレードソード+3か。スキルも普通でSTR微傾倒、丸いステだなぁ)
柄頭に手を乗っけ、奏雨はウィンドウを進める。
デュエル申請。対象は視界の先に佇む、赤髪のヒューマンへ。
「どうなりますかねー」
カウントが始まる中、渚沙の呟きに塩宮は苦笑した。
口に出すのは不躾だが、後衛職と、よりによって近接のエキスパートがマッチングしたのは少し色の悪いめぐり合わせだろう。実際、魔法職二人か、よしんばそうでなくとも、前衛ではありつつダメージディーラーではない、自分と組む方が良かったのではないか、と塩宮は考える。
ただ、旧知の二人が黙っているのは、同じ考えに馳せていたからではなかった。
話す間もなく、カウントは0に至る。
抜き放ったグレートソードを構え、走る奏雨。
普段のパッシブがなくとも、慣れたものだと静寂に立つ蒼星。
振りかぶる奏雨の剣には見覚えがあった。二連撃斬撃スキル、検討を付け、蒼星は受け流す構えを取る。
「――ッ」
鋭い音が響き渡る――軽い旋回で弾くように放った一撃は、スキルアシスト無しの一閃。
「はっはぁ! 行きますよ蒼星さん!」
「やってるね~」
「どうも。今は蒼星さんと凍星さんがやってます」
「おさかなさん貴方……アイデンティティが」
「やめて!?」
「白金、二人も」
言った椒は、フィールドを見下ろしたまま動かない。
渋々そうにウィンドウを弄り、現れた――雨葉と月詠の姿が変わった。
「およ? ……うわっ違和感! 目線が高い! えっこれ元のパッシブは?」
「ないよ」
しょぼくれる雨葉はさておいて、あまり変わりのない月詠はくつくつと笑う。
「にしても、あの二人は見下ろすと見分けがつきにくいですねえ」
「確かに」
「拮抗してますしね……」
「ほむ。やっぱりステータスが同じだとそんな感じ?」
「も、ありますが……」
(嫌な攻め方をしてくる……)
「けど、それはこっちの分野」
「っ!」
斬撃を受け流し、軽やかにダメージエフェクトを刻む蒼星。
体力差はやや奏雨が押しているが、その差も段々と縮まっている。特に、数回剣を合わせた時点で、反撃の動きは手慣れていた。
奏雨の思考に余計なノイズが走る。
(案外やれるぞってところを見せないんだけどなー……)
「来ないなら、こっちから行くわよ」
「むしろ助かります」
強がりにも近い言葉を笑って放ち、守勢に回る奏雨。
伊達や酔狂で近接パリィ用のスキルを使ってない。そう言いたげに剣閃を捌く。
ただ、誤算はあった。
レベルで誤魔化していた基礎防御力が、一気にグレードダウンしたことで、被撃ダメージの計算にズレが生じ始めている点。大層な表現をしたが、言うなれば掠った時のダメージが思いのほか高い、と若干間抜けた誤算である。
「かなめさんも食らいついてますねえ。我々では少し、手が余るかもしれません」
「ヘタな謙遜を……」
「一応魔法剣士だろあんた」
「おや、一応とは失敬な」
ほら、と笑いが起こる中でも、金属音に意識が引き戻される。
アバターに慣れた頃合いか、目に見えた被弾が少なくなってくる。停滞気味の戦いを見て、椒はぼそりと言った。
「まぁ元々、奏雨の得意分野というか」
「得意……まぁ得意か」
若干首を傾げる白金。
「別ゲーじゃガンガン前に出ることもあったし。素で色々使ってたしなぁ」
「ほへー……」
(崩す手が少ない……窮屈だなぁこのアバター!)
時折、本来取得していたスキルを不発させながら、奏雨はじりじり劣勢に追い込まれていた。
目で追える蒼星乙女、という違和感もさることながら、然程積めないはずの正面戦闘経験でありながら、随分軽やかに戦ってくれる。
下手にスキルを撃てば硬直に最大効率の火力を重ねてくるだろう。アバターが変わっても、プレイヤーそのものに縫われた脅威度が剥がれることはない。
「動きが鈍ってる」
「気圧されてはいませんよ、普通に押されてるだけです」
相手の剣先に突きを合わせて、奏雨は仕切り直しを図る。
しかし、剣が押し返される中で蒼星は身体を潜り込ませ、更に距離を詰める。分かっていた、このアバターで距離を取ってもジリ貧になるだけで何も変わらない。今の流れを変えられるより、強引に継続した方が制圧出来ると。
突きで伸ばした腕は、守勢に回るのに時間が掛かる。対して向こうは、すれ違い様に切ればアドバンテージを継続出来る。
(致命部位は避ける……)
奏雨の思考通り、弾かれたのを反動にし再度切りつけた。
盾などないが腕で受ける。心臓部を切られるより、腕にダメージを散らす方がクリティカルを踏まずに済むからだ。
背後を取った蒼星が本命の一撃を構える。
「ッ!」
初速重視の《アクセル・スラッシュ》が奏雨を捉えた。
縦に閃く青い斬撃。
響くのはデュエル終了の鐘ではなく、軽鎧のはじける音でもない。
一際強い金属音が、地を走り、土煙を呼ぶ。
「よく受けたね」
「これだけ気を付けてたんで」
「へえ、別のスキルを使ったら?」
「最大最速ならこれでしょう? ……っ!」
鍔迫り合いにも満たない。両手で柄を握り、遠慮なく押し潰す蒼星の目には、苦境を惜しげもなく表情に出す奏雨が映った。
ガキン、と奏雨のグレートソードにヒビが入る。
「……。――ッ!」
突如重さが無くなる――蒼星の刃が離れた。
「っく……」
無骨な蹴り上げが蒼星の腹部に突き刺さり……体勢がのけ反る。間髪入れず詰めた奏雨は剣を前に出し、蒼星もまた、置かれた状態に惑うことはなかった。
だが所在なき剣の軌道の前には、防ぐ先もなかった。切るつもりのない刃を揺らしながら肉薄する奏雨は、グレートソードの鍔を、蒼星のグレートソードの鍔に引っ掛ける。
「っ!」
腕を使い引き寄せる最中、蒼星の身体へ再度蹴り――今度は膝蹴りが突き刺さる。
勢いを逃がすよう力を調整し、蒼星は大きく後ろに退避する。奏雨もそれを深追いすることはなかった。
「……足癖の悪い」
「手癖も悪くいこうと思ったんですけど、流石に手放しませんでしたね」
「当たり前でしょ? 戦士の前で、剣は捨てない」
(体術も刀取りも、もう通用しないかな)
しかし、体力差は再び明確な差がついた。
奏雨の顔に、歓びが滲む。優勢への安堵? 否、対等な近接戦闘への歓びだ。
「――まぁ、ダメでしたね!!」
――デュエル結果
Win 蒼星乙女
Lose 凍星奏雨
観戦席へやってくる赤髪二人に細やかな拍手が送られる。
「ナイスファイトー」
「ぐっじょぶ、良い戦いでした」
「雨葉さんが大きい! なんか怖い!」
「ええ!? そ、そう……!!?」
「ね、思うよね。あのムーブって小さくないと怖いんだ……って」
「アバター差無くしたらこうなったよね」と白金
呑気な椒、奏雨を置いて、塩宮は健闘を称える。
「いいもの見れましたね」
「あら、しおの手本になれた?」
「ええ、大分」
「あのー、思ったより耐久値がないです武器の。気を付けてくださいね」
「思ったけど、奏雨受けすぎじゃない?」
「楽しくなっちゃって……避け主体じゃ時間掛かるし」
ヒビの入った武器では火力が落ちる。巻き返された最も大きな要因だった。
なにやってんだか、と言いたげな目線を伏せ、白金は月詠と雨葉を視界に入れる。
「さて、次は」
「あーそういえば渚沙さん、同じ魔法使いなら勝てるかもって!」
「言ってませんが!!??」
「おや……それは、それは」
「だから言ってませんって!」
「ではお次は我々と、おさかなさんということで……」
悲鳴もむなしく、二戦目は月詠、渚沙と相成った。
カウントの鳴る中、先の戦いを引きずってるのか、座らず縁に肘を乗せて、奏雨は静かに観戦していた。
そして突然渚沙が尻餅をついた。――残り五秒。
「えっ「んん?「ええ……「あぁ?」
「……貴方何やってるんです?」と無常にも剣を抜く月詠。
「勝者、月詠マキナ……?」
「戦わずして勝ったな……」
「始まらずして、なんだよなぁ」
「あのー、元人魚だからあの人……」
茶化すにも腰が入らない雨葉達を、奏雨が見上げる。
初歩的なアバター操作に囚われている間にも、デュエル開始の音が鳴った。
それから終了を告げるまで、然程時間は掛からなかった。