――遺声独唱庭園《アリオーソ》
普段の純白な外套から一転、《霊皮の外套》は効果こそ有用だけど、着心地が悪い。
クエストの為にやむなく着ていたが、移動中くらいは脱いじゃおうか。
そんな考えが、過ぎって――そのまま通り過ぎる。
足元の『狼魂・シトラス』が感知反応を見せた。流石死者の蔓延る霊園エリア、霊へのスキル強化補正が掛かりすぎて、反応されても私が見つけらんないぜ。
幸い方角は分かった。
隠密補正の《霊皮の外套》があるのを良い事に、私は消音スキルを発動して迫った。
(あの姿は……)
考えるより先に、私は行動へ移していた。
記憶と装備が違う。けど、特徴は押さえてある。
それで充分、追う価値はあった。
彼女は足を止めた。
茂る草葉の代わりに青い炎が奔る地面。そして地面からは、生物上考えられない大きさの骨が生えている。
大体三十メートル強か。障害物がどんどん少なっていくせいで、思うように近付けない。
いっそAGIに物を言わせて強引に……いやぁ、剣呑すぎる。出来る限りは温和になるよう、努めていきたい。
深い夜、星すら光を届けない中では、生気のない青い炎だけが唯一の光源だった。
それでもどうしてか。
彼女は兜を付けている。万一にもあり得ないのに、どうしてか。
振り返った彼女と――目があったような気がした。
(気付かれた、この距離でか!)
私の姿を認めた途端、彼女――雨葉さんは、持っていた大鐧を振り上げた。
地面に叩き付けられる重い一撃。この地表は高いエリア保護補正が掛かっている。
起こるのは崩壊ではなく――爆発的に舞う砂煙。
「シトラス……!」
足元の狼魂が足へ憑りつく。
その気ならもう、手段は選べない……!
「――速いねえ。白金みたい」
「ちょっと受け取れないですね。アレにはもう、追いつけない」
骨を蹴り進んだ不敬を、この地に眠る者は許してくれるだろうか。
ともあれ幸いだった。私の機動力で追い付けたことも幸運だし、往く道を塞いだら観念して貰えたのも、幸運だ。
「……いつから尾けてたの?」
私の徳をかってくれてるな。
後ろ暗い手段を取ったのは私なのに、聞いてくれるなんて。
「割とすぐ気付かれましたよ。うちの子が、ここらに用あったんで」
「そっかぁ。じゃあ頑張ってね。久しぶりに元気そうな顔が見られてよかったよ」
「私は見れませんけどね……っ」
兜で顔見えないもん。……ジョークはウケなかったみたい。
先の疑問は義理立てと、まぁ多分、私の仲間を警戒したものなんだろう。
実際、元から彼女を尾行する気なら、私は間違いなく塩宮さん達に連絡をした。
それが困るのは、もう分かる。察するとかじゃない。
――浮かんでいるレッドカーソルは、人に見られたくないに決まっている。
私も、視線が吸われないよう注意するので手一杯だ。
『闇鍋の大食い娘』が尚も活動を続けた、なんて信じられない。思いもしない。
ではなぜ染まったか。
……想像出来るものじゃない。どんな答えを見付けようと、妄想でしかない。
なら聞くか?
――ありえない。
そんなこと、逆鱗をなぞるのとなんら変わらないだろう。
友人を探るもんじゃないなぁ。
「あの……」
杖を外套の裏へ閉まった。
レッドプレイヤーの前で武装を手放すなんて、考えられないことだ。
……友人を警戒して武装するなんて、一層考えられないことだ。
「戻ってきませんか?」
「……知ってるよ。奏雨君もギルドを抜けたままだって」
そのことじゃない。耳が痛い話だ、もしかしたら牽制のつもりかもしれないな。
バカげた提案を聞かないでおく。そういう、表明と牽制。
もしそうだとしても、私は首を横に振って、答えた。
「――表舞台に。いや、ただ戻ってくるんじゃない。攻略へ参加してほしいんです」
重装の、面を隠したプレッシャーはどうにも慣れない。多分この先もそうだ。人の顔色を見る私は、やり方を変えられないだろう。
沈黙は重い。
言ってから気付いたけど、私の言葉は如何せん軽すぎた。
誰が好き好んで独りになりたいだろう。
ましてや、あんな奇天烈なドッキリに乗っかるほど、人と関わり合うのが好きな彼女が。
「――私はレッドだよ。戻る戻らないじゃない、居たらいけない存在なの」
分かるでしょ? と、暗に告げてくる。口に出さなかったのは、なんとなく、私が非難と聞き違えない為に配慮してくれたように思える。
いや……どうだろう。
考えすぎな気もする。
ただ、是非は関係ない。
レッドカーソルというだけで、言動に曰くが付く。意味を見出してしまう。
その思考に良し悪しは関係ない、とにかく邪推に晒されることを今しがた、私が体現してしまったのだ。
「……でも」
塩宮さんがどんな顔をして周囲に椒の擁護をしているか、納得させているか。面が分からずとも理解出来る。
レッドの力でもいい。前線への戦力がまるで足りないんだ。
「貴女の力が必要です。
……このふざけた世界を終わらせる為には、力のあるプレイヤーが働かなくちゃいけない。
MMOというリソースの奪い合いを認めた人の、義務ですらある」
言葉が強いのは分かってる。義務だなんて、思っていない。
彼女はどうだろう。私が思ってもないことを口走ってることに、気付いているのだろうか。
もうすっかり話さなくなってしまった。
変化として受け取られても、否定なんかできっこない。
「……素敵な考えだね。ノブレスオブリージュってやつかな」
その寂しげな声で――もう、答えは分かったも同然だった。
「でも、それは強要するものではないよね」
「…………。ですね、間違いないです」
彼女は、空を指で切る。ウィンドウ操作だろう。
レッドプレイヤーが目の前で何かしている。そんな様子に私は警戒一つせず、ただぼんやりと眺めていた。
……後悔の処理をしながら。
「一つ、約束してほしいな」
「なんですか?」
「内緒にして、……私に、もう関わらないでほしいんだ」
ここまできて首を横にふれば、どれほど彼女を踏みにじることになるだろう。
私にとってそれは、かつて馳せた偉大なる竜の骨を踏みにじるより、よっぽど重い。
「……わかりました。まぁ、この世界を攻略しようって言うんです。もしかしたら」
「うん。次会っても、それは悲しい偶然だね。……ありがとう」
彼女がウィンドウ操作をやめたのを皮切りに、片方の手に光が募った。
顕在化したアイテムはここからじゃよく見えない。手に収まる小さなもの、というだけ。
「これは約束のお礼」
そう言って彼女は、出したアイテムを私に放った。
手に取った感触は硬い。
見れば、爬虫類の瞳のような、そんな宝石だ。
「きっと、奏雨君の役に立つよ」
「……ありがとうございます」
そろそろ潮時だろう。
後悔が少し、尾を引いてしまっているらしい。私は早口気味に言った。
「じゃあ、行きますね。私の足じゃ、またすぐ会っちゃうかも」
笑えない冗談だ。……彼女にとってどうだったのか。それを確かめることなく、私はこの場を後にした。
別に、考えてみれば、急いで離れる理由もないのに。
走る間、私は何度も深く息をして、乾いた空気の味を確かめていた。
『義務ですらある』
理屈を使った論調は、間違いなく悪手だ。
人に言われるまでもないだろうに。
そんなの、介するべき仲でもなかったろうに。
私はただ恐れてしまった。
……もし理屈なんて関係なく、ただ仲間として肯定した時。
そう、友達だから一緒に行こうって言って――そして、それが断られてしまった時。
友達と言ったことを後悔してしまう、どうしようもない奴になってしまうことを恐れたんだ。
ハジメちゃんは竜の遺骸目的でやってきてます。
青い炎は、死して尚も残り続ける竜の息吹。