「さて、私は持ち場に戻りますか……」
「お疲れ様でーす!」
「愛凪さんも頑張ってください」
そう言ってエレベーターの前で振り返った塩宮は、その雄弁な銃口を見て微笑む。
狙撃銃を肩に担ぎ、愛凪は仲間を見送った。
ハツラツな表情が僅かに冷える。
屋上の縁で膝を立て、狙撃銃を膝の上に乗っける。
スコープは住宅街を写し、即座に移り――公園、学校と、スコープ自体に異常がないことを確認していく。
愛凪の右耳から落ち着いた青年の声が聞こえる。
『敵影確認出来ましたー。遊撃部隊が間に合ってないので、まぁ出来る限り減らしてもらえると』
「了解っ!」
累の声が届いたと同時に、愛凪の耳元――否、脳内に直接マーキング音が鳴る。
『十二時、歩道橋下』
「具合良好、撃つぜーっ!?」
スコープを覗いた愛凪の視界には、スーツのようにフォーマルで統一感のある服を纏った人物達が走っているのが見えた。
また、その人物達に赤点でマーキングされたのも。
車通りの皆無な車道を駆ける同業者――マフィア達。
風はなく、守るべき民間人も寝静まって居ない。
先ずは後方の男へ狙いを定める。
「――――!」
弾丸が男の肩口を貫く。致命ではない――ズレたか? それも否。ファミリーが誇る雷の守護者は随一の射撃能力を保有する。
正確無比な射撃によって、男は死なず活きない傷を負わせた。
絆に厚いファミリーは決して仲間を見捨てない。愛凪は先ず陣形丸々一つ分、遊撃性能を引き落として見せた。
先んじて轟く銃声、崩して護る戦い方こそ、ペントラファミリー雷の守護者の戦い方であった。
滑走する紅蓮。
黒々とした路面を赤い炎が奔った。
死ぬ気の炎を原動力としたバイクは、乗車している者の波動を反映し、その軌跡を見る者へ焼き付ける。
嵐の守護者は、己が来たことをありありと示すように、敵マフィアの軍勢に立ちふさがった。
「テメェら、何処に喧嘩売ってんのか分かってんだろうな」
タイヤが擦れ、赤き炎が立ち昇る。
道を塞ぐように停まったバイクに乗っているのは椒朔月、ファミリーの中でも根深くこの土地――日本を護っている男。
「勿論です。攻める……おっと。交渉する先が分からない阿呆など此処にはいませんよ」
「ふぅん、交渉ね」
バイクから飛び降り、椒は帯刀している柄に右手を置いた。
「聞いてやるよ、ファミリーの守護者として。一体何を交渉するって?」
軍勢の中央にいるのは、一人白スーツのような装備を纏った金髪の男。等間隔に切り揃えられた髪は、神経質そうな印象を抱かせる。
彼が軍勢のリーダー格なのか、一歩前に出て答えた。
「勿論、守護者ならお分かりでしょう? アナタ達が独占している
「独占だァ? 馬鹿言うじゃねえか、これはうちの技師が作り上げた傑作だ。テメェらに分けてやる義理は何処にあンだよ」
「それもお分かりなはず。匣技術とはかけがえのない超技術。多くの金を、人を、血を動かす希望の星。財産は一つに留めるべきではない」
そう言って金髪の男が懐から取り出したのは、椒にもすぐにピンときた。
仲間も愛用している、黒鉄色の拳銃。
夜の空気が緊張に晒される。
「くだらねえ……」
「なんです?」
溜め息交じりに呟いた言葉は、風に流され、男の耳には届かなかった。
元より聞かせる為の言葉じゃない。
この男に突き付けるのは、そんなヤワな言の葉ではない。
「分かってんなら、いい。分かってんならな……」
「……?」
椒の覇気に、引き金を確かめる指が怖じる。
滲む汗は、昼頃の熱気がしつこいからではない。
分からなかった。
男は『それ』を知らなかった。
「……俺らに交渉しに来てんだもんな――?」
耐えきれなかった。
銃口が火を噴き、歪な意気の根源を撃ち抜こうと奔る。
赤い閃光。
次いで、軽やかな金属音がパラパラと落ちる。
「――死ぬ気で言葉を届けるつもりで、来てんだよなァ……!?」
解き放たれた赤い刀身は、見違えることなく銃弾を捉え、
バイクを道の隅に停め、赤髪の青年は所在無さげに通信を聞いた。
「あいつもう接敵したのか……まさかバイクごとじゃないだろうな」
もし破損した時の修理費は……と数え、奏雨は考えるのをやめた。
「……寒くなってきたな」
何処か嬉しそうに、彼は杖を弄んだ。
藍色の宝石部を握り込み、ふらふらと杖の先を彷徨わせる。
「――貴方もそう思いませんか?」
ピタりと硬直した後、杖を宙へ指した。
先にはひと気のない駐車場。一寸先の闇へ、奏雨は独り問い掛けた。
「…………ほほう? よくわかったな。この
「その顔は……」
夜へ滲み出したのは、藍色のオーラを放った外套を纏う男。
寒色系のオッドアイ、鼻高々としたその顔を奏雨は、ペントラファミリーの守護者は、見覚えがあった。
解散前に累から共有された要注意人物。
「グリージョファミリーの幻術使い、アッティーリオ。いきなり幹部とは、私も運が良かったです」
「ほほう? 確かに我らがファミリーの構成員はみな強力だ、侮れまいよ」
アッティーリオの外套が、藍色の朧となって消えた。
長い腕を広げ、男は調子よく続ける。
「一介の構成員にやられるより、名のある者にやられる方が光栄だと見た! ほほう、握手くらいならば応じよう!」
「寒くなったか聞いてるんですけどね」
伸ばした腕から力が抜け、キョトンと目を瞬かせる男。
「……大事なことかね。確かに日本の夜がここまで冷え込むとは思わなかったが――」
「安心しました」
無理矢理言葉を断ち切って、奏雨は微笑む。
反してアッティーリオの目が鋭く光った。
「――ほほう」
男は掌で融けた雪を見つめる。
指には、ペントラファミリーの装備するリングとは意匠の違う指輪がはめられている。
「早く
奏雨が一歩距離を詰める。
もう一人の奏雨が、横から囁いた。
「まぁ待ちませんけど」
背後に現れた三人目の奏雨が、杖の先端でアッティーリオの身体を貫いた。
吹き出す鮮血と藍色の煙。
それらは降り積もっていく雪に逆らい、上昇していく。
やがて人型を縁どったかと思えば、奏雨達を見下ろす形でアッティーリオの身体が宙に浮いた。
「ほほう。優れた術士だ――だからこそ惜しい、私の手にかかれば凡てが無いも同然!」
アスファルトに大きな穴が開き、奏雨達は雪と共に奈落へ落ちる。
――凡てが無い。それは貴方自身もそうなんですかね?
奏雨の声がこだまする。
次の瞬間、アッティーリオの頭上になだれこむ雪の塊。
たまらず潰され、アッティーリオもまた奈落へ飲み込まれていく――。
霧の守護者、透徹した幻術使いの冷ややかな欺き合いが始まった。
広大な敷地にポツリと佇む小さな少女。
運動公園を戦場に選んだマフィア達は、その土地の名に構わずまるで動かない。
まるで、ヘビに睨まれたカエルのように。
「雲ヘビ――セルペ・ディ・ヌーヴォラ」
少女、雨葉が呟いた。
背後にはとぐろを巻く巨大なヘビが、紫色の炎を纏って佇んでいる。
実状、睥睨されただけで多くのマフィアがその身を硬直させた。
「うんうん。一応うちは非殺傷でいけるといいね~って方針でさ。こうして足切り出来る
「傲慢ね。一対一になったら、私に勝てると?」
「そうは言ってないよ? ……十対一でも百対一でも、君に勝てるとは思ってたけど」
立ち竦むマフィアの中に一人、気丈な赤髪褐色の女がいた。
グリージョファミリーの遊撃隊長、ルチャーナ。
ここを通せばすぐそこに、ボスや仲間のいる拠点がある。『守護者』として、攻撃の要をここで潰さなければならない。
……そんな使命感とは、到底無縁そうな表情で、青筋を立てるルチャーナに雨葉は言った。
「それリングだよね? やっぱり幹部にもなれば匣持ちがいるんだねぇ」
「そうさ。匣兵器はアンタらの特権じゃない。今更改めたって遅いよ」
立てた握り拳に、嵐の赤い炎が宿る。
それに応じるように、雨葉も右手を浮かせる。
その様に、ルチャーナは目を剥いた。
まさか雲蛇を出されて、今更リングを持っていることに反応したわけじゃない。
「なん……、そのリングは……?!」
「うん? あぁ、心配せずとも、
雨葉の言うことは確かで、歪な同心円のシンボル*1の意匠のリングが人差し指にあるだけで、中指、薬指のリングは特筆する要素のない低精製度のリングだ。
だが、異なるリングを装備していることそれ自体が、ルチャーナの頬に伝う汗を誘った。
「……ッ! 毟り殺せ、
匣をわし掴んだルチャーナによって開匣されたのは、人型大のヤドカリ。
分解の性質を持つ嵐の炎に包まれた匣兵器は、何に妨げられることなく猛追し、その爪を振りかざす。
一方の雨葉は、逃げる素振りもなければ、雲ヘビも戦闘に介入しない。
ただ手に僅かな力を籠め――中指のリングに青い炎を灯した。
「
雲の守護者の眼前に青い靄が放たれ、爪の動きを緩慢なものとした。
「わっと……。振り抜いてくるとは、流石だね」
青靄……不定形な雨の匣兵器、雨アメーバは嵐ヤドカリの攻撃を沈静させた。盾としての運用が主だったが、これは流石の突破力というべきか、嵐ヤドカリの前に雨葉は間断なく後退せざるをえない。
「フン、雨の波動が使えても、そんなんじゃうちの嵐ヤドカリは止めらんないよっ!」
続いて雨葉は、薬指のリングに赤い炎を灯す。
それはルチャーナの見せた波動と同じ、分解の力を持つ嵐の炎。
開匣された匣から、今度は生物ではなく武器そのものが飛び出す。
雨葉の右手に握られた、赤い刃を帯びた食用ナイフ。目を見張るのは、ナイフに不相応な60cmもの刃渡りだろうか。
「よーく抑えててね~っ」
意思は計れずとも意志のある雨アメーバへ語りかけ、嵐の爪の動きを観察する。
数回躱してのちに、雨葉の身体を丸々吹き飛ばしそうな横薙ぎが放たれた。
沈静により緩慢となった爪を、潜り抜けるように回避し――すれ違い様、接合部を断つ。
「なっ……」
分解の嵐の炎。それは雨葉にとって、切り分け咀嚼し、消化するための手段。
ボスへの襲撃すらも突発バイキングとしか思っていない。
ましてや他の守護者が見せる、守護者としての責任なんて欠片もない。
気ままに浮かび増長する、まさしく雲のように。
……して、人魚雷着水後。
「ふぃー……んん? ゲッ、もう来てるっ!?」
『数多いですねー。これ、もしかしたら本命の戦力かもしれません』
「ええ! ヤバいじゃないですかそれ??」
ヘルメットに備えられた通信機能で、累と連携を取る渚沙。
夜の昏い海を滑るボートが十隻、更には匣兵器で独自に泳ぐものや回遊する生物兵器。
それらが一挙に、ぷかぷか浮かぶ渚沙へ矛先を向けた。
「かッはははァ! なんだあれ一人かよ! 泣かせるぜペントラファミリィ!」
「いっそいない方が良かったろ! 犬死に、海の藻屑だぜ!」
「「「がはははッ!」」」
船員の下卑た笑いは渚沙の耳にも届いた。
よく笑いよく戸惑い。彼女の表情はコロコロと変わるが、それは基本的に無害なものだ。
基本的に。
「……」
ファミリーを脅かす、品のない敵。
覚悟を表情に出した渚沙は、洗い流すことを決めた。
この街を踏むに相応しくない敵を。
汚らしい侵攻を、自らの覚悟で雪ぐことを決めた。
渚沙は豪奢な装飾の匣を掴んだ。
そこに彫られているのはヒレ。
ファミリー幹部が持つ七つのリング――精製度Aランクのペントラリングをもってして、ようやく
「
高らか*2な声と、匣からあふれ出る青色の光。
マフィア達の目を焼く中で、その雨の炎は渚沙自身へ纏わりついた。
その最大の特徴は、使用者の身体に結び付けられる匣兵器であること。
青い光が晴れる。
波間の上に立っていたのは、青い半身を持つ雨の守護者。
「ありゃ……人魚か……?」
「これがペントラファミリーの匣兵器か。ハッ、何かと思えば、結局一人なことに変わりねえ! お前ら――」
海が渦巻く。不自然な程に、怒りを体現した現象だった。
「ッおい! 兵器をあの女に」
「やってらァ! けど動かねえ!」
「はあ!? 兵器が臆するかよっ」
ボートを飲み込む黒渦は、どんどんと勢いを増す。
「私は雨の守護者……私の仲間に、貴方達のような汚れた人を触れさせないっ!!」
海が弾ける。
爆音と共に吹かれた海水は天高く人々を撃ち上げた。
どちらかというとハイライト集みたいな、今パロはそういう話が続きます。