闇鍋の具   作:凍星 奏雨

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闇鍋支部 大規模侵攻②

「どうするー? そろそろバラける?」

 トリオン兵の群れは薄くなり、次第に左右から出現音が聞こえ始める。地道に削り守るのが飽きてきたところにそれらしいきっかけも出来、雨葉は切り出す。

「ですね。アリな気がします」

 応じたのは奏雨。先刻合流し、イルガーの周囲を跳ぶ月詠に心許なさを覚えつつの発言だった。

『ですね……。折角ですし、うちの部隊で月詠さんを拾いに行きましょうか』

『じゃ、椒と奏雨はこのまま軽く遊撃で』

 各々二人の隊長に異論はなく、それぞれがレスポンスを返す。

前衛(フロント)居ないし彩音はこっちで貰っていい? まっ月詠(あのひと)をフロント扱いも微妙だけど」

「物扱い……」

『いいよ』

 松林による引き抜きは白金が呆気なく快諾。これまた異論無し。

 本部側に切り込み、月詠との合流を目指すのは雨葉、松林、恋葉、追って塩宮。

 変わらず周囲への遊撃を続けるのは奏雨、椒、白金。

『んじゃ内線パターン作っときますか。第一と第二プラスアルファで』

『サンキュー夜雲。よーし行くぞ」

「折角なんで途中までは私と恋葉さんのグラスホッパーで行きましょう」

「えっ飛ばせるかなぁ……」

「まぁ最悪私だけで四人飛ばします……」

「私は自分で飛べるよっ!?」

 三人と肩を並べ、バックワームを解いた塩宮。人に使うなど経験が僅かの恋葉だったが、松林に急かされ準備に取り掛かる。

「そんじゃ御三方、おたっしゃでー」

 雨葉が言い残し、臨時部隊は二分された。

 グラスホッパーで直角に下降し、顔面を大根おろしにさせられる松林を添えながら。

「あっごめーん!」

「おいテメゴルァッ!」

「え? お達者は残された(こっちの)台詞じゃね……?」

「まぁほら、人数いないしさっさと動こう」

「うぅん……まぁ」

 それから月詠マキナ、イルガー撃墜の吉報が聞こえるまで時間は掛からなかった。

 物々しい花火を背に落下する月詠をしばし見上げる雨葉、恋葉。

「うぉいよそ見すんな!」

 恋葉が居ると途端にツッコミに回るんだなぁ、と少し呑気な塩宮。月詠という着火剤が帰還することに多少複雑な思いを抱きつつ、松林の弾幕にアイビスの重厚な弾を交える。

 砲撃用大型トリオン兵、バンダーが音を立てて崩れる。

 同時にイルガーの外郭の破片を共にして月詠が帰還。尚、歓迎する雨葉恋葉(ちびっこ)の元ではなく、瞬時に塩宮の背面へ。

「どうも。いやぁ、楽しかった」

「うわっっ」

 テレポートを咎める隊員は別行動中なのを良いことに、ご機嫌そうな黒髪黒肌。

 超火力銃手の生還により、盤石な高火力を要する闇鍋第二プラス恋葉。このまま侵攻をやり過ごせるか、と指揮官に安堵の溜め息が漏れたところで――ピシり、とトリオン兵の死骸が罅割れる。

 それに程近いのは松林。よっていち早く振り向き、ダメージの蓄積が反映されたのではないと気付く。通常弾(アステロイド)で砕き、アイビスが撃ち抜いた大型トリオン兵の体躯は闇夜を内包していて、人を喰ってもいないバンダーの体内に見知ったものを覚えるはずはなかった。

 しかし、確かに松林は暗黒の中から既視感を纏うナニカが這い出るのを見た。

 白い外角、大口の中に不気味な眼球。

「おいなんか知らん奴出てきたぞ」

 大きく下がり、ちびっこへ合流する松林。片手にキューブを展開したはいいものの、知識のどれにも当てはまらない異様なトリオン兵を前に眉を落とす。

 直立した時の図体は三メートル強。二足で立ったそれは、手の甲にかけて大きく分厚さを見せる腕が、足元まで垂れ下がっている。頭からは二本一対の細長く、言ってみればウサギの耳のような器官が伸びていた。全体的に緩やかなシルエットと反し、背面は頭部まで頑強な装甲に覆われていると見てとれる。

「警戒!」

 毅然と放つ言葉と弾丸。アイビスを構え、塩宮隊長はいち早くデータ収集へ移行する。

 重装甲に対抗する為の火力型狙撃トリガーがトリオン兵共通の弱点へ向かう。それを未確認トリオン兵は見向きもせず、左腕で弾いてみせた。反動すらもなく、降りかかる水を除けた程度のそれだった。

「うお」

 流石にノーダメージ見せられてはたじろぐ……というより困惑の勝つ表情を浮かべた松林。

「作ってわくわく合わせてわくわく……」

 袖で隠れた手元をわきわきさせ、雨葉は二つの立方体を押し付ける。二つの炸裂弾(メテオラ)は一つの合成弾へと生まれ変わった。

 思惑を察した塩宮、松林。情報量を清算しきっていない恋葉。ほくそ笑む月詠。

強化炸裂弾(ジャックター)!」

「様子見ーっ!」

 塩宮の絶叫は爆音に掻き消される。自由奔放な射手に頭を悩ませつつも、ちゃっかり撃ち手の雨葉を遠隔シールドで護っているのだが。

 巻き込まれ慣れていない恋葉を、全方位にシールドを纏った松林が抱えて後方に離れる。強大な爆風に莫大な轟音、イルガー顔負けの爆撃を分割無しの丸々一つ。これで耐えてたらどうにもならんと射手二人は思う。

 白煙立ち込める中、そのシルエットは万全だった。

「「え? どうにもならんくない?」」

「いやいや……」

 塩宮、月詠の前に並ぶちびっこと引率。

 クレーターの出来た地面に立ち、腕の二本で身を護る、その程度で耐え凌いだトリオン兵に月詠の身体が湧き立つ。

 ホルスターに手をかけ、その男は前に出た。

「私の出番ですかねぇ」

『夜雲、なにアレ』

 不味かったら隊長がなんかするだろうと、松林が通信を飛ばす。

 一方で、本部からの情報を洗っている夜雲は苦笑い。

『んー分からん……ただ、各所で同じ個体が出てるらしい。仮称新型』

『ほーん』

 分厚い腕を支える強靭な脚力が、地を蹴り砕いて部隊に接近する。新型トリオン兵はその右腕を振りかぶった、実に人らしく、より暴力的な側面を強調して。

 同じく走り出したのは月詠。ホルスターを抜いた次の瞬間には――二丁四発、徹甲弾が新型へ襲い掛かる。瞬く間に放たれた弾丸は闇鍋支部随一の射撃速度を誇り、剛腕での防御を許さない。

 だが。

「硬いですね」

 頭部に二発、腹部、脚部に一発ずつ。ダメージが現れたのは頭部に僅かヒビが入った程度のもの。それでも初ダメージと言える躍進の一手ではあるが、前に出てきた銃手へ手痛い一撃が放たれる。

「「グラスホッパー」」

 飛翔する月詠。新型へ直行する恋葉。青く光を帯びたジャンプ台がそれぞれの思惑を叶え、月詠は回避、恋葉は迎撃に事を運ぶ。

 短刀故に潜り込まねばならないリーチの欠点。それも高速で懐に潜り込むのであればさほど痛手ではない。

 攻撃箇所は直感、先んじてヒビを入れた例に従い、振り上げる形で頭部に一撃を入れ込む恋葉。

 ガキン、と嫌に響く硬質音。口を閉じ歯を模した装甲が露わとなって、斬撃を弾いてみせた。

「いけっやれ! そこだ!」

「ヒュー! 輝いて見えるね!」

「戦いなさい射手共(シューターズ)

 塩宮の叱咤を他所に恋葉は「ひーっ!」と情けない悲鳴をあげ、グラスホッパーによる離脱に成功。ヒットアンドアウェイが基本の恋葉は案外しぶとい。

「つってもこれ彩音持ってくるのミスったかもなぁ」

 二人の前衛が一時離脱したところで、射手の手堅い通常弾(アステロイド)と塩宮のアイビス。が、いましがた大きく跳躍した新型を撃ち落とす構図では、どうにも決定打がヒットしない。

 塩宮の指示で三々五々に散る中距離組。左右に分かれた射手を見逃して、新型の着地点は塩宮となる。

 グラスホッパーで距離を取れば、狙撃手としての仕事は全うできる。しかし指揮官としてのフォローを十全にこなせるかは怪しい。ここは、恋葉が実行していた自己判断にゆだね、塩宮はその場に留まり身体を伏せる。

「エスクード」

 宙から来襲する新型を迎撃する形で出現する大盾のトリガー。実体化された壁は新型の胴につかえる形で、塩宮への攻撃を阻んだ。

「恋葉さん!」

 塩宮は空に向かって叫ぶ。呼応するように滲み出たのは、透明化(カメレオン)を解除した彩音恋葉。彼女は塩宮の前に立ち塞がるようにして降下、手に持った短刀を振り下ろす。

 再び、新型はその口を閉じる。

「あっ!?」

(彼女の不意打ちに音は無かった。……あれは耳じゃない、レーダーか!)

 強く歯を模した防御を合わせた時、塩宮は新型の頭部に生えた一対の器官が反応したのを確認した。それを通信に乗せ、状況を好転するよりも早く、新型は攻勢を続ける。

 飛び上がるようにして盾から垂れ下がる状態から脱し、エスクードを挟んで着地。

 間髪入れず跳躍するトリオン兵と恋葉。

「待っ……!」

「えぇっ?」

 塩宮の静止もやむなく、エスクードの上空で近接がかち合う。むしろ、半身振り向きかけの状態で新型へ挑んでしまった分、恋葉はかなり厳しい状態である。

 奔放ながらも射程がある三名は取り返しが効くが、弧月、それもリーチを縮めた彼女を引き留める方法は無かった。

 繰り出された斬撃を手元から掴み、トリオン兵の剛腕は華奢な右腕を――引きちぎる。

「えっ、え、え?」

 エスクードに着地し、少女の身体をもう片方の剛腕で掴み取るトリオン兵。吹き出す黒煙に紛れて見える、感情のない表情へ、恋葉は捕食者の愉悦を幻視した。

 月詠マキナが素早く新型の正面を狙える場所へポジショニングするも、恋葉を傷付けずには効果的な部位を狙えない。逡巡が生んだ一瞬、新型のそれ(・・)の方が早い。

 トリオン兵の腹部がガパりと開く。胸部が二つ、下腹部が一つに分かれて開いたそこには空洞が不気味に用意されていた。空洞の側面には虫の手足を連想する長細い形状のものが線対称に備えられていて、恋葉の身体を迎え入れるように伸びる。

「グラスホッ……出れなーいっ!」

 体内に引き込まれる恋葉の絶叫に、銃声が重なる。その時既に、恋葉の顔面がはじけ飛んでいた。

 腕の中から何かが上空へ打ち上がる。

《彩音恋葉・緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

 闇鍋支部作戦室、一人がデスクに座る空間に、ボスっと布で埋もれる音が聞こえる。

「は、はーっ! なにあれ……」

「お疲れー」

 画面を注視したまま、生身で合流する少女をねぎらう夜雲。

「塩宮さんがアイビスで飛ばしてくれたっぽい。……おかげで装甲がなんとなく透けてきたし、ナイスファイト」

「うぇぇえ……うーん」

 なにやら釈然としない様子ではあるが、次第にモニターを覗き見る恋葉。

 画面の中には、未だ戦っている塩宮隊。別箇所でトリオン兵を撃破している白金隊。

 そして――白金隊へ急速に接近する松林檎。

「えぇ……」

「えっ……」

 

『彩音飛んだ? ……これ、椒と奏雨に新型のこと伝えていいよね』

『伝えてなかったんだ……』

 やや困惑混じりの夜雲。もしも先んじて伝えれば、椒辺りがノリノリになる可能性もある。精彩を保つ為にも隊長で情報を一旦抱えるのは悪くない判断だった。しかし仲間がやられた以上、その分でもなくなった。

 白金の通信よりも音に聞こえるのは夜雲の通信だった。

『檎が飛んでくから拾って』

「おい変な通信来た」

「またグラスホッパーで可哀想なことされてる?」

「いや……」

 家という家を破壊して一直線に瓦礫を残していくトリオン体。

 それは剛腕によって吹き飛ばされた松林のものだった。

 急速接近するレーダー反応を、三名視界に捉える。

「「え?」」

「――――ぉぉぉぉおおおおおお!」

「椒シールド!」

 屋根に登っていた白金が叫ぶ。数秒と待たずにすれ違ってしまう前に、松林を受け止める術があるとすれば。

「え」

「レイガスト!」

「あぁそうか!」

 奏雨に背中を叩かれ、椒は弧月を鞘に納める。片手に持ったレイガストの形状を上が短い台形へ変え、地面に突き立てる。

 正面の住宅がぶち抜かれ、人間弾丸が露わとなる。丸腰の彼がレイガストにぶつかると、鈍い音と共に若干上へ打ち上がり、かろうじて着地を決めた。自動車に撥ねられたらこうなるのかなぁと奏雨は思う。

『大丈夫ですか松林君!』

「おぉん……何に当たった……? 一応無事』

 ぼやきながら通信を返す松林。

「な、何が……」

「えーっと。向こうで新型トリオン兵が湧いたみたい。それに飛ばされてきた……んだよね?」

「いやもうマジなんで僕の今回の役回り散々なんだよ……!」

『今回の主人公枠なんでしょ!』

『マジでなんの話?』

『え、ほら……困難がある方がさ』

『黙れよもう』

 恋葉の茶々をねじ伏せ、自分が吹っ飛んできた方へ視線を向ける松林。

「これ戻るのめんどくせぇ……」

『か、帰ってこれます!? というか、白金さん達ヘルプください……!』

「え、俺に任せて」

「おん?」

 嫌にノリノリな椒を訝しむ三人。シールドモードのレイガストを前に突き出しながら、彼は続ける。

「――――――」

「「「馬鹿じゃないの?」」」

「えーっ、天才だろ」

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