闇鍋の具   作:凍星 奏雨

2 / 33
アルマメント・ボックス

 ()ち出された青い星を見届け、塩宮は聞かせるでもなく呟いた。

 

「さて、私は持ち場に戻りますか……」

「お疲れ様でーす!」

「愛凪さんも頑張ってください」

 

 そう言ってエレベーターの前で振り返った塩宮は、その雄弁な銃口を見て微笑む。

 狙撃銃を肩に担ぎ、愛凪は仲間を見送った。

 ハツラツな表情が僅かに冷える。

 

 屋上の縁で膝を立て、狙撃銃を膝の上に乗っける。

 スコープは住宅街を写し、即座に移り――公園、学校と、スコープ自体に異常がないことを確認していく。

 愛凪の右耳から落ち着いた青年の声が聞こえる。

 

『敵影確認出来ましたー。遊撃部隊が間に合ってないので、まぁ出来る限り減らしてもらえると』

「了解っ!」

 

 累の声が届いたと同時に、愛凪の耳元――否、脳内に直接マーキング音が鳴る。

 

『十二時、歩道橋下』

「具合良好、撃つぜーっ!?」

 

 スコープを覗いた愛凪の視界には、スーツのようにフォーマルで統一感のある服を纏った人物達が走っているのが見えた。

 また、その人物達に赤点でマーキングされたのも。

 車通りの皆無な車道を駆ける同業者――マフィア達。

 風はなく、守るべき民間人も寝静まって居ない。

 先ずは後方の男へ狙いを定める。

 

「――――!」

 

 弾丸が男の肩口を貫く。致命ではない――ズレたか? それも否。ファミリーが誇る雷の守護者は随一の射撃能力を保有する。

 正確無比な射撃によって、男は死なず活きない傷を負わせた。

 絆に厚いファミリーは決して仲間を見捨てない。愛凪は先ず陣形丸々一つ分、遊撃性能を引き落として見せた。

 先んじて轟く銃声、崩して護る戦い方こそ、ペントラファミリー雷の守護者の戦い方であった。

 

 

 

 滑走する紅蓮。

 黒々とした路面を赤い炎が奔った。

 死ぬ気の炎を原動力としたバイクは、乗車している者の波動を反映し、その軌跡を見る者へ焼き付ける。

 嵐の守護者は、己が来たことをありありと示すように、敵マフィアの軍勢に立ちふさがった。

 

「テメェら、何処に喧嘩売ってんのか分かってんだろうな」

 

 タイヤが擦れ、赤き炎が立ち昇る。

 道を塞ぐように停まったバイクに乗っているのは椒朔月、ファミリーの中でも根深くこの土地――日本を護っている男。

 

「勿論です。攻める……おっと。交渉する先が分からない阿呆など此処にはいませんよ」

「ふぅん、交渉ね」

 

 バイクから飛び降り、椒は帯刀している柄に右手を置いた。

 

「聞いてやるよ、ファミリーの守護者として。一体何を交渉するって?」

 

 軍勢の中央にいるのは、一人白スーツのような装備を纏った金髪の男。等間隔に切り揃えられた髪は、神経質そうな印象を抱かせる。

 彼が軍勢のリーダー格なのか、一歩前に出て答えた。

 

「勿論、守護者ならお分かりでしょう? アナタ達が独占している(ボックス)兵器をお譲りして頂くのです」

「独占だァ? 馬鹿言うじゃねえか、これはうちの技師が作り上げた傑作だ。テメェらに分けてやる義理は何処にあンだよ」

「それもお分かりなはず。匣技術とはかけがえのない超技術。多くの金を、人を、血を動かす希望の星。財産は一つに留めるべきではない」

 

 そう言って金髪の男が懐から取り出したのは、椒にもすぐにピンときた。

 仲間も愛用している、黒鉄色の拳銃。

 夜の空気が緊張に晒される。

 

「くだらねえ……」

「なんです?」

 

 溜め息交じりに呟いた言葉は、風に流され、男の耳には届かなかった。

 元より聞かせる為の言葉じゃない。

 この男に突き付けるのは、そんなヤワな言の葉ではない。

 

「分かってんなら、いい。分かってんならな……」

「……?」

 

 椒の覇気に、引き金を確かめる指が怖じる。

 滲む汗は、昼頃の熱気がしつこいからではない。

 分からなかった。

 男は『それ』を知らなかった。

 

「……俺らに交渉しに来てんだもんな――?」

 

 耐えきれなかった。

 銃口が火を噴き、歪な意気の根源を撃ち抜こうと奔る。

 

 赤い閃光。

 次いで、軽やかな金属音がパラパラと落ちる。

 

「――死ぬ気で言葉を届けるつもりで、来てんだよなァ……!?」

 

 解き放たれた赤い刀身は、見違えることなく銃弾を捉え、分解(・・)した。

 

 

 

 バイクを道の隅に停め、赤髪の青年は所在無さげに通信を聞いた。

 

「あいつもう接敵したのか……まさかバイクごとじゃないだろうな」

 

 もし破損した時の修理費は……と数え、奏雨は考えるのをやめた。

 

「……寒くなってきたな」

 

 何処か嬉しそうに、彼は杖を弄んだ。

 藍色の宝石部を握り込み、ふらふらと杖の先を彷徨わせる。

 

「――貴方もそう思いませんか?」

 

 ピタりと硬直した後、杖を宙へ指した。

 先にはひと気のない駐車場。一寸先の闇へ、奏雨は独り問い掛けた。

 

「…………ほほう? よくわかったな。この霧外套(ネッビア・マンテッロ)の隠密を破るとは」

「その顔は……」

 

 夜へ滲み出したのは、藍色のオーラを放った外套を纏う男。

 寒色系のオッドアイ、鼻高々としたその顔を奏雨は、ペントラファミリーの守護者は、見覚えがあった。

 解散前に累から共有された要注意人物。

 

「グリージョファミリーの幻術使い、アッティーリオ。いきなり幹部とは、私も運が良かったです」

「ほほう? 確かに我らがファミリーの構成員はみな強力だ、侮れまいよ」

 

 アッティーリオの外套が、藍色の朧となって消えた。

 長い腕を広げ、男は調子よく続ける。

 

「一介の構成員にやられるより、名のある者にやられる方が光栄だと見た! ほほう、握手くらいならば応じよう!」

「寒くなったか聞いてるんですけどね」

 

 伸ばした腕から力が抜け、キョトンと目を瞬かせる男。

 

「……大事なことかね。確かに日本の夜がここまで冷え込むとは思わなかったが――」

「安心しました」

 

 無理矢理言葉を断ち切って、奏雨は微笑む。

 反してアッティーリオの目が鋭く光った。

 

「――ほほう」

 

 男は掌で融けた雪を見つめる。

 指には、ペントラファミリーの装備するリングとは意匠の違う指輪がはめられている。

 

「早く(ボックス)を出したらどうですか?」

 

 奏雨が一歩距離を詰める。

 もう一人の奏雨が、横から囁いた。

 

「まぁ待ちませんけど」

 

 背後に現れた三人目の奏雨が、杖の先端でアッティーリオの身体を貫いた。

 吹き出す鮮血と藍色の煙。

 それらは降り積もっていく雪に逆らい、上昇していく。

 やがて人型を縁どったかと思えば、奏雨達を見下ろす形でアッティーリオの身体が宙に浮いた。

 

「ほほう。優れた術士だ――だからこそ惜しい、私の手にかかれば凡てが無いも同然!」

 

 アスファルトに大きな穴が開き、奏雨達は雪と共に奈落へ落ちる。

 

――凡てが無い。それは貴方自身もそうなんですかね?

 

 奏雨の声がこだまする。

 次の瞬間、アッティーリオの頭上になだれこむ雪の塊。

 たまらず潰され、アッティーリオもまた奈落へ飲み込まれていく――。

 

 霧の守護者、透徹した幻術使いの冷ややかな欺き合いが始まった。

 

 

 

 広大な敷地にポツリと佇む小さな少女。

 運動公園を戦場に選んだマフィア達は、その土地の名に構わずまるで動かない。

 まるで、ヘビに睨まれたカエルのように。

 

「雲ヘビ――セルペ・ディ・ヌーヴォラ」

 

 少女、雨葉が呟いた。

 背後にはとぐろを巻く巨大なヘビが、紫色の炎を纏って佇んでいる。

 実状、睥睨されただけで多くのマフィアがその身を硬直させた。雲ヘビ(セルペ・ディ・ヌーヴォラ)によって恐怖心を膨張させられたマフィアが、次々と武器を落とす。

 

「うんうん。一応うちは非殺傷でいけるといいね~って方針でさ。こうして足切り出来る(ボックス)があってよかったよ」

「傲慢ね。一対一になったら、私に勝てると?」

「そうは言ってないよ? ……十対一でも百対一でも、君に勝てるとは思ってたけど」

 

 立ち竦むマフィアの中に一人、気丈な赤髪褐色の女がいた。

 グリージョファミリーの遊撃隊長、ルチャーナ。

 ここを通せばすぐそこに、ボスや仲間のいる拠点がある。『守護者』として、攻撃の要をここで潰さなければならない。

 ……そんな使命感とは、到底無縁そうな表情で、青筋を立てるルチャーナに雨葉は言った。

 

「それリングだよね? やっぱり幹部にもなれば匣持ちがいるんだねぇ」

「そうさ。匣兵器はアンタらの特権じゃない。今更改めたって遅いよ」

 

 立てた握り拳に、嵐の赤い炎が宿る。

 それに応じるように、雨葉も右手を浮かせる。

 その様に、ルチャーナは目を剥いた。

 まさか雲蛇を出されて、今更リングを持っていることに反応したわけじゃない。

 

「なん……、そのリングは……?!」

「うん? あぁ、心配せずとも、人差し指(これ)以外は大したことのないランクだよ」

 

 雨葉の言うことは確かで、歪な同心円のシンボル*1の意匠のリングが人差し指にあるだけで、中指、薬指のリングは特筆する要素のない低精製度のリングだ。

 だが、異なるリングを装備していることそれ自体が、ルチャーナの頬に伝う汗を誘った。

 

「……ッ! 毟り殺せ、嵐ヤドカリ(パグーロ・テンペスタ)ッ!」

 

 匣をわし掴んだルチャーナによって開匣されたのは、人型大のヤドカリ。

 分解の性質を持つ嵐の炎に包まれた匣兵器は、何に妨げられることなく猛追し、その爪を振りかざす。

 一方の雨葉は、逃げる素振りもなければ、雲ヘビも戦闘に介入しない。

 ただ手に僅かな力を籠め――中指のリングに青い炎を灯した。

 

雨アメーバ(アメーバ・ピオッジャ)

 

 雲の守護者の眼前に青い靄が放たれ、爪の動きを緩慢なものとした。

 

「わっと……。振り抜いてくるとは、流石だね」

 

 青靄……不定形な雨の匣兵器、雨アメーバは嵐ヤドカリの攻撃を沈静させた。盾としての運用が主だったが、これは流石の突破力というべきか、嵐ヤドカリの前に雨葉は間断なく後退せざるをえない。

 

「フン、雨の波動が使えても、そんなんじゃうちの嵐ヤドカリは止めらんないよっ!」

 

 続いて雨葉は、薬指のリングに赤い炎を灯す。

 それはルチャーナの見せた波動と同じ、分解の力を持つ嵐の炎。

 開匣された匣から、今度は生物ではなく武器そのものが飛び出す。

 雨葉の右手に握られた、赤い刃を帯びた食用ナイフ。目を見張るのは、ナイフに不相応な60cmもの刃渡りだろうか。

 

「よーく抑えててね~っ」

 

 意思は計れずとも意志のある雨アメーバへ語りかけ、嵐の爪の動きを観察する。

 数回躱してのちに、雨葉の身体を丸々吹き飛ばしそうな横薙ぎが放たれた。

 沈静により緩慢となった爪を、潜り抜けるように回避し――すれ違い様、接合部を断つ。

 

「なっ……」

 

 分解の嵐の炎。それは雨葉にとって、切り分け咀嚼し、消化するための手段。

 ボスへの襲撃すらも突発バイキングとしか思っていない。

 ましてや他の守護者が見せる、守護者としての責任なんて欠片もない。

 気ままに浮かび増長する、まさしく雲のように。

 

 

 

 ……して、人魚雷着水後。

 

「ふぃー……んん? ゲッ、もう来てるっ!?」

『数多いですねー。これ、もしかしたら本命の戦力かもしれません』

「ええ! ヤバいじゃないですかそれ??」

 

 ヘルメットに備えられた通信機能で、累と連携を取る渚沙。

 夜の昏い海を滑るボートが十隻、更には匣兵器で独自に泳ぐものや回遊する生物兵器。

 それらが一挙に、ぷかぷか浮かぶ渚沙へ矛先を向けた。

 

「かッはははァ! なんだあれ一人かよ! 泣かせるぜペントラファミリィ!」

「いっそいない方が良かったろ! 犬死に、海の藻屑だぜ!」

「「「がはははッ!」」」

 

 船員の下卑た笑いは渚沙の耳にも届いた。

 よく笑いよく戸惑い。彼女の表情はコロコロと変わるが、それは基本的に無害なものだ。

 基本的に。

 

「……」

 

 ファミリーを脅かす、品のない敵。

 覚悟を表情に出した渚沙は、洗い流すことを決めた。

 この街を踏むに相応しくない敵を。

 汚らしい侵攻を、自らの覚悟で雪ぐことを決めた。

 

 渚沙は豪奢な装飾の匣を掴んだ。

 そこに彫られているのはヒレ。

 ファミリー幹部が持つ七つのリング――精製度Aランクのペントラリングをもってして、ようやく開匣()けられる匣兵器。

 

雨混装(アルマメント・ピオッジャ)――開匣っ!」

 

 高らか*2な声と、匣からあふれ出る青色の光。

 マフィア達の目を焼く中で、その雨の炎は渚沙自身へ纏わりついた。

 

 混装匣(アルマメント・ボックス)――それはペントラファミリーの三大技師、塩宮、累、シジミーの手によって作られた屈指の傑作。

 その最大の特徴は、使用者の身体に結び付けられる匣兵器であること。

 

 青い光が晴れる。

 波間の上に立っていたのは、青い半身を持つ雨の守護者。

 

「ありゃ……人魚か……?」

「これがペントラファミリーの匣兵器か。ハッ、何かと思えば、結局一人なことに変わりねえ! お前ら――」

 

 海が渦巻く。不自然な程に、怒りを体現した現象だった。

 

「ッおい! 兵器をあの女に」

「やってらァ! けど動かねえ!」

「はあ!? 兵器が臆するかよっ」

 

 ボートを飲み込む黒渦は、どんどんと勢いを増す。

 

「私は雨の守護者……私の仲間に、貴方達のような汚れた人を触れさせないっ!!」

 

 海が弾ける。

 爆音と共に吹かれた海水は天高く人々を撃ち上げた。

 

*1
鯖アイコン参照

*2
ヘルメットでくぐもっている




どちらかというとハイライト集みたいな、今パロはそういう話が続きます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。