目に毒なほど、澄ました輝きを放つダンジョンの奥には、二つの『皿』が浮かんでいた。
直角の崖の向こうで浮かぶ大きな『皿』は、大体……駅と電車の間くらいのスペースが空いている。
十二宮神殿天秤座――の子ダンジョン。
発見の為の足がかりと言ったところだ。
装備の準備を済ませた五十四人のプレイヤーが、皿の前の大きな広間にいる。
「――皆さん、準備は出来ていますか」
うち一人――レイドリーダーを務める堅牢堅固の『不落城』塩宮るれあが、軍勢の前で振り返る。
思い思いが意気を発する中、何処か気乗りのしていないような様子を見せるのは、大体いつものメンツだ。
性質上組まざるを得なかった、そんな表情をしている『神速の担い手』白金縁。
名指しされちゃ断れる義理じゃない。『修羅』椒朔月。
ウオオと叫ぶガラじゃないぜ。『魔導極めし者』月詠マキナ。
上に同じな『虚ろう獣』の私。……は、残念ながらウオオと叫んだ方が良さげなのでうおおと言うだけ言ってみる。
このメンツが“いつもの”なんて、ギルド設立初期ぶりの表現だ。侘しいと肩を落とすべきか、誰かを喪った結果ではないことに安堵するべきか。
「先遣隊、そして情報収集を担当した皆さんのおかげで、ようやく『天秤』への道が見つかりました」
うんうんと頷く月詠さん。
「そして、道の歩き方も。事前の打ち合わせ通り、これからはレイドを二分します」
なんとなく空気を感じ取ったので、私は前に出る。
思い思いに集まる五十二人と、『皿』の前に立つ二人のプレイヤー。
やれるならやる、は世界が変わって以降、信条に近い位置にある言葉だ。
これが神殿突入ならまだしも、このダンジョンは発見に繋がるであろうダンジョン。
軽んじるつもりはないが、前座である。
気負う必要はない。
「はぁぁ……」
「…………」
「あっ。……じゃあ、これからレイドの再結成処理をします。[A-2][B-2][C-2][D-2]のパーティリーダーはこちらに」
「残る四パーティのリーダーはそのままでお願いします」
まぁ、気負うよ。そりゃ。
A班は前衛バランサー。B班は前衛ダメージディーラー。C班は後衛ダメージディーラー。D班はヒールやタンクの補助系統。塩宮さんが率いるのは[〇-1]で、私が先述の通り。
タンクが補助の一部扱いなのは、侘しいと肩を落とし、喪った結果だと嘆くべき事案である。
四人のリーダーに申請を飛ばす中、[C-2]のリーダーである月詠さんが、不敵に笑った。
「私達の命、預けましたよ」
「塩宮さんじゃないんですから、背負え切れませんよ。道案内に奔走するだけです」
なんて苦笑する。
白金と椒はB班だが、パーティは違うしリーダーでもない。
戦力偏重を鑑みて、白金は塩宮さんの下。椒は私の下で動くことになった。
二人ともパーティ指揮なら難なくこなせる腕なのは、闇鍋にいた者なら誰でも知っている。だが……指揮と士気を天秤に乗っけてみると、だ。
独走のアラクネ(群れるモチベ無し)とレッドキラーの覆面をパーティリーダーにするのは、リスクを鑑みると……。と落ち着いた。
あーあ、雨葉さんやごんさんが居れば、私の指揮の士気も上がるのに。あの人達を動かせるなんて、それはとても楽しかったろう。
まぁ、皆の前でグズるわけにはいかない。さっきおもっくそ溜め息吐いちゃったけど。
レイド申請が通り、私は晴れて凍星班のレイドリーダーになる。二十六人だから確か……小隊級戦線かな。
準備を終えたことを示す代わりに、私は塩宮さんへ向く。
「改めて確認しますね? 私達は両の天秤に乗り、二手に分かれて攻略する」
「そうです。天秤座らしいと言いますか、双子座のような気もすると言いますか。ともあれ、同時に二方で攻略することで、神殿発見に繋がる鍵が現れるはずです」
この鍵とは物理的は意味ではないだろう。手掛かりにすぎない。
言ってしまえば、ここを攻略したところで神殿には直結しない――数ある手掛かりの一つを確保するだけで終わるのかもしれない。だが、わざわざ気落ちするようなことをレイドリーダーが言うわけにもいくまい。
「そうです、行く前に、これを凍星さんへ渡して置きます」
言って、塩宮さんは薄灰色のポーションを渡してきた。
『天邪鬼』松林檎印の、静音ポーション。
なるほど。
目の前で塩宮さんが服用して見せる。
「ええ。拡声薬です」
「名前あぶなっ」
レイドリーダーには嬉しい薬だ。ありがたく一杯。
「――さてっ!!!!! …………声量間違えました!」
笑ってくれて命拾い。
「ふぅ。さて! 私に預けるのが不安な人もいるかもしれません。ただ、少し私の取り柄だけでも聞いていってください」
横目*1で一瞥した後、塩宮さんも自分の小隊の纏めに入った。
「――生きること。生存力に関しては、死が重くなる前からずっと、私の些細な取り柄でした。
今日この場で、皆さんの為に使えることを誇ります」
私は、宙に浮かんだままの『皿』へ向く。
「死と対等になるものはありません。――死の責任は、取れません。
でもきっと必要ないでしょう。
私が背負う責任は――貴方達が進む道を、確かめること。
道さえ合っていたら……皆さん、安心して、私についてきてくれますね?」
振り向けばそこには、各々武器を掲げる小隊メンバー。
椒も、柄頭に手を置いて……うん、なんとなく分かる。面の奥では笑ってるだろう。らしくないことをしている、とせせら笑っているのかもしれないが。
死んだ顔をして天秤に測られるより、幾分良い。
「凍星さん」
「ですね、行きましょう」
小隊長が先導する形で、小隊は二分。それぞれ『皿』に乗っかる。
三十人弱が乗ってギリギリか。と言ったところ。多分ここまで大規模じゃなくてもいいのだろう。ただ、それは『連合』ひいては塩宮さんの方針じゃない。
ふと、別の『皿』に乗っかる白金の横顔を見た。
……いつもの立場ならまだしも。私語は控えるか。
「凍星さん」
「?」
「ご武運を」
「……塩宮さんも。言うまでもないでしょうけどね」
「護ることが、些細な取り柄ですから」
笑いの混じった声で、彼は言った。
それが些細なら私の取り柄はいったい……?
と、がくんと身体が傾きそうになる。
天井と奈落から、星のような碧色の光が湧き出てきた。
情報通り二つの『皿』は上下に向かっていく。塩宮皿は上へ、凍星皿は下へ。
思わず上を見てみれば――天井が横にズレて、上層への隙間が出来ている。光はそこから漏れているものだ。
「やはり、罪深い方が奈落へ……」
椒を横目で見ながら、月詠さんは言った。
「なんも言えねえよそれ……」
「すっ……ごい言い草。偶然ってことにしておきましょうよここは」
冗談めかして肩を持っておく。いやぁすごいなこの人、ボケの胆力が。
分厚い床だと思っていたが――私達が崖の底へ潜った頃、天井がズレて隙間を作ったように、崖がズレて隙間を潰してしまう。相変わらず眩い碧色が下から湧いていて、暗闇に閉ざされることはなかったけれど。
この先を攻略しない限り、戻っては来れないと見るべきか。
みんなに緊張が走る。強張った空気をほぐすか、と口を開いた直後だった。
ビシり。
『皿』から亀裂音がした。
そして舌を噛む。然して痛さに構っていられない状況が――『皿』の上で
「……っ! 班を均等に! 偏るな……偏るなっ!」
『皿』が割れて――五十四人のプレイヤーは、十四人に削られた。
二分した皿の片割れは、光に呑まれて転移した。
光が晴れた先では、比べ物にならない程大きくなった『皿』の足場が、これまた分割された形で私達を乗せている。
壁や天井で塞がれている様子はない。変わりに宇宙空間が広がっている。確かめてみれば、透明な壁で守られているらしかった。エリアオーバーの心配はないと見ていいだろう。
「……大丈夫。これがダンジョンの想定と踏まえて、塩宮さんは最善手を打った。可能な限りで適切な戦力を、今回の攻略に割り当てられています」
やっぱり完全にバラけるのは無理だったか。補助隊――D班が眼に見えて少ない。
めぼしいのは椒がいることか。
「あ……!」
誰かが溢した。視線を追えば、『皿』の亀裂の先、無尽蔵に広がる宇宙空間に、碧色の光が生まれている。
星が死ぬような光景だった。
光が空間を埋めた後――遠く、光の中心点で――『皿』の片割と、分隊規模になったパーティが見える。
「白金だ……。とことんまで、シャッフルされたみたいですね」
塩宮さんの姿は見えない。
多分、ここからでは見えないところでは、同じく分断した『皿』同士、塩宮さんと月詠さんが視認可能な状態にあるんだろう。
考えてる間にも、白金がこちらに《スパイダーフック》を使用し、その前に自身が経つ『皿』の透明な壁に阻まれているのが見えた。
互いに物理干渉は不可能っぽいが、他は要検証と言ったところか。
「奏雨」
「あぁ……分かってる」
割れた『皿』……半月と呼ぼう。半月の先端、私達の向かい正面で、碧色の魔法陣が展開された。白金サイドの半月でも、同じことが起きているようだ。
ボスエネミー、容赦がないようで。
「皆さん構えて! 戦闘方針は近距離偏重で行きます!
A班はヘイトを買って、D班補助部隊は、向かいの『皿』への干渉とその補助を!」
多分、白金も月詠さんも分かって引き受けてくれたな。
司令塔が固まることを避けてくれた。
実際に、月詠さんは私が声をかけるより先に、椒や私と離れて――向かいの『皿』に陣取ってくれた。
白金も多分、やるような奴だ。
「攻撃の軸には椒を置いて、全体指揮は変わらず私が引き受けます。――前衛、前進……っ!」
……負け惜しむような話だが、やはり主力タンクがいないのは厳しい。
塩宮さんを欠いているのはこの際問題じゃない、元々そういうつもりで、少し厚めにタンクを貰っていた。
けれど分断によって、その多くのタンクが月詠さんサイドに流れたのだ。こっちが近接偏重な分、多分正しい配分ではあるのだが――問題は、こちらにも相応に後衛がいるという点だ。
「くうぅっ……!!」
「ぐぁッ、すまんッ!!」
前衛バランサーが、
タンクと交互に守衛へ周り、ヘイトコントロールをしていたが――まずい。態勢が崩れてヘイト値が更新されている。
「まずいっ、ヘイトスキル――」
遅かった。振り返った先、後衛のヒーラー一人に照準を合わせ、宇宙から無数の蛇が飛んでくる!
私は駆けだした――何故だろう。多分追いつけると思ったからだ、蛇が届くより早く、私のAGIなら届く。
庇うつもりなのか、私は。
「――――ッ」
視界の端に鬼面が見えた。
私達は一斉に駆けていた。
けれど――多分僅差だ。
椒には《縮地》がある、瞬間的な速度では私に勝る。けどこれだけの距離じゃ、《縮地》の短い射程ではきっと届かない。
僅差で私が、たどり着く。
庇うつもりなのか?
あれに食われたら最後、前衛職でさえ瞬く間に体力を貪られる。
きっと後衛の耐久じゃ死ぬ――そう直感したから私達は駆けたんだ。
私が庇うのか?
私が身代わりに――――。
――違う。
その自己犠牲で助けられるのはたった一人だ。
私を欠いて攻略が出来る保証が出来ない!
頭に一つの案が弾けた。
本当に?
……本当に、椒へ?
よりによって『痛覚遮断無効』のある椒へ――――ッッうるさい!
「っ、椒!」
拡声薬の効果なんかとっくに切れた。私はあらん限りに絞り出して、右足に力を籠める。
「ッ――! あァ!」
――体術スキル《人獣・牡丹》
一歩減速した結果、椒が前に出る。
そして奴は、一切迷わず跳躍した。
「……っっ」
椒の足へ――私は蹴り込んだ。
声もなく放たれた椒の身体。
私の体術スキルは、パリィ用など、ダメージソース外での運用が主だ。椒に大したダメージは入らない。
問題はその先。
私達は選んだ。
視界の先で、椒はロックされていたヒーラーを突き飛ばす。
次の瞬間……椒の身体に十数匹の蛇が嚙みついた。
「――ッッッァア!!」
怖れるな、退くな。
全員生還を――私と椒は選んだんだ。選択の始末を付けろ、リーダーとして!
「後衛ッ蛇を剥がせ! 前衛は私に続いてボスを――」
……頭の端に違和感があった。
半月であることの、不十全な戦場。
けれど振り向いてボスを見た時、その閉塞感がなかった。
「……っはは。流石、“担い手”」
天秤は満ち――功罪を示した者共が合流する。
「――――!」
ソラを舞うアラクネ。
白金縁が刻み――天秤に残るものを、正しく剪定した。
塩「いや……流石ですね月詠さん」
月「そりゃ勿論、