凍星奏雨*魔術師
雨葉ハジメ*魔術師
今日は丸一日快晴のようで、窓から差し込み日差しが丁度よくテーブルを温めている。ついテーブルに手を置いて、その平和な温度にあやかった。
ロンドンの街並みに溶けたカフェテリア。昼過ぎともなればあまり人は見掛けないようだ。なんという偶然か、私の前後のボックス席はがらんとしていて、視線すら寄越されないともなれば余程の特等席に座っているらしい。
まぁ、そんなわけはない。
テーブルを挟んだ向こうには人がやってくる予定で、三十分前から私の周りの環境は変化していない。簡単な人避けだ、遮音は待ち人が来てからでいいと判断し控えている。
ということから絶好の窓際席は軒並み、気の進まない事にさせてもらっているが、そうでなくとも空席の多い時間帯なのだから許してもらおう。
澄んだ黒色に浮かぶ氷を掻き混ぜて退屈を紛らわす。これからの事を考えれば退屈なんて感じてる暇もないのだが、危惧しておくべき問題が多いとそれはそれで頭がフリーズする。……一応様々な想定は済ませている、流石に他科の魔術師と会合するとなれば魔術師の若頭(?)としての振る舞いめいたものはおざなりにするわけにもいくまい。
これからやって来るのは時計塔伝承科の魔術師、雨葉ハジメ。今回の話が持ち上がる以前から顔見知りだが、時計塔においては半端に通じているような相手こそ危険視すべきと言える。
「……」
私は小首を傾げる。彼女に限って言えばそういった警戒は必要だろうか――勿論必要なのだが、時計塔の魔術師らしい探り合いを好むような相手ではないと思う。
好んでやる人物は少ないとしても、権力争いに積極的な印象はない。直接自分の利益になるような事以外は持ちかけない、ある種俗物的な立ち回りの魔術師だ。
だとすれば、この凍星奏雨の利益を求めているのが妥当なのだが、心当たりはまるでない。後ろめたい行ないを見れば、彼女と言えどそれを足掛かりにして口封じの何かしらを求めてくるのかもしれないのだが、最近は事件に巻き込まれた覚えもない。――そういうのは、これからだ。
約束の時間が近付く。
そう、これは彼女が求めた会合だ。詳しい話をする為の場所は私が提供されてもらった、快く許可した辺り余裕が垣間見える。
結界に踏み入る一人の少女。私は視線を向けず、その者が席に座るのを待つ。
「良い店だね」
「こういう時は、そうですね。……普段は人が多くて苦手ですけど」
「ふうん?」
純白の髪を携えた極めて小柄な少女が、向かいの席に腰掛ける。小学生と言われても納得するような背丈だが、その年齢は……年齢を聞いたら礼を失するくらいに重ねているだろう。
コーヒーで喉を潤し、二人が座る空間に消音の魔術を掛ける。こういった、そもそも気付かせない類の魔術はかなりの才があると自負している。彼女もそれを分かっているのか、勘ぐった様子はない。
「ところで、いつも一緒にいる彼はいないの?」
「ああ、置いてきました。必要になる話し合いをするなら、今すぐにでも呼び出せますけど」
「やだなぁ、怖い怖い。そんなんじゃないよ」
椒朔月。奴の家にとある問題が生じてから、そして私が魔術刻印を継いでから用心棒として付けている魔術使いだ。この会話はブラフやハッタリでもなく、実際に行先を伝えて適当に時間を潰させている。私に有事が発生しない限り、この場に介入することはないだろう。
裏を返せば、私が即死しない限り奴はここでハチャメチャをする。その事を知ってか知らずか、早々に本題を切り出す。
「私がしたいのは物騒なことじゃなくて、物騒なことでも助け合いをしようっていう話し合いなんだから」
……まさか。
「奏雨君、聖杯戦争に参加するんでしょ?」
どうしてそれを、と漏らすヘマはしない。牽制程度に相手の目を見つめて軽く思考する。
大方、触媒のツテだろう。多くの人の手に触れた遺物『在る贋作師の拡大鏡』には伝承科の人間も多少関わったと聞いた。この時期にそういったものを用意する魔術師の考えている事くらい、裏を取るまでもない、か。
「それは貴方に関係がない。となればそもそもこの話は無いでしょうね」
愉快そうに微笑む少女。この人は今、何に舌鼓を打っているのやら。
「腹を満たすのは好きだけど、腹を探るのは好きじゃないんだよー。……奏雨君、私と組まない?」
果たして、想定を重ねたという過去の私はこの可能性まで考慮していただろうか? いや、していたのであればここまで間抜けな瞠目は見せていないだろう。
「多分だけど相性がいいと思うんだよね。私達というか……私が喚び出す予定のサーヴァントは、奏雨君と」
「その補足には胸を撫で下ろしましたよ。じゃなきゃマッチングアプリより酷いお眼鏡の人をどう断るか考えるところでした。……相性がいいサーヴァント。っていうのは具体的に?」
「それを言うわけにはいかないなぁ。手の内を明かすようなものでしょ? まずは返事を聞いてから」
「それで頷くわけにもいかないんですよ。今の会話は、何にも発展しない平和的なものですけど……聖杯戦争ともなればそうはいかない。そもそも願望器は一つなんだから、組んだって最後は敵です」
困ったように眉を下げる彼女は、この反応を見越していなかったのだろうか。二つ返事で同盟を組まれるのも怖いと思うが。
「共存できると思うんだよねぇ、そこは。言っちゃうと、私は願いを叶える為に参加するんじゃなくてね。だから願いは奏雨君が叶えるといいよ、私は……おこぼれにでも喰い付くから、さ」
底無しの捕食者が相対している――非常に理解が長引いたと、言わざるを得ない。
どんなに幼い見た目だろうとも。どんなに直球な欲求で行動しようとも。
雨葉ハジメ。八代を股に掛ける貪欲の器はついに実り、五大元素全てを支配下に置く万能は、無邪気に縁取られた悪食へ形を成した。
度々忘れそうになるが、魔術師としての格は向こうが上だろう。
しかしゆめ忘れるべからず。私は孤高の狼ではない。
時空の摩擦で身をよじる餓狼だ。先人の死肉で飢えを満たし、あまねく争いから身を隠す生存競争のハグレモノ。
歴史に叛逆するなんて以ての外。全てに従い、全てを反故にし。全てを足掛かりにして、一の全まで生き抜く者。
悪食だろうと皿まで食わすまい。存分に腹を満たしているといい、日陰で飢えを感じていれば――それで私は充分だ。
それが生きているのなら――神様だろうと隠れ切ってみせる。
最上でなくとも、最果てへ。
「喚ぶ予定のキャスターは、あまり力技には向いてないと思います。何かを打ち破るのは不得意でしょうけど、何かを凌ぐのは得意かと」
「……?」
「触媒を譲る話でもないんでしょう? 組むと仮定して、相性の良し悪しを最も重視すべきはサーヴァント同士ですよ」
ここで易々と己の従者の情報を開示するなら簡単な相手だったが、味方になるかもしれない相手なら複雑怪奇で丁度いい。
理解者になる気は、毛頭ないのだから。
「…………うちのも、どっちかと言えば自分から攻めるってタイプじゃないかなぁ」
「不得意がそうだとして、私を使いたいのはそこを補う為じゃなく特技を活かす為ですよね。多分そういうのが本領ですよ、キャスターは」
「あれ、分かる?」
「勘です」
とは言うものの、私をスカウトする発想はやりたい事が明確にないと出てこないはずだ。
『どっちかと言えば』状況設定を他者に委ねた切り口、自分から話したい内容ではないように聞こえた。続く言葉が具体的ではないことからも、『攻める為に奏雨君の力を借りたい』なんて話の展開に持っていく気がないのは察するにあまりある。
そっからはまぁまぁあてずっぽうだ。実際、喚んでもいないキャスターの本領なんか知る由もない。なんならキャスターではなくセイバーで召喚されるのかもしれないし、私が想定している英霊ですらない可能性もある。あてずっぽうというか、最早ホラですらある。
「付くなら勝てる相手にです。勝ち方がない相手に付く道理はありません」
飲み干したコーヒーに急かされずとも、貪欲にして獰猛なる悪食は――その腰を上げる。