凍星奏雨*主
林道華燐*術
椒朔月*魔術使い
彩音恋葉*主
稲守菜那花*狂
月詠マキナ*主
香椎小紅*剣
聖杯戦争がこれより三日目を迎えようとしている真宵の刻。駐車場を含め相当な広さを所有するショッピングモールのレストランに彼はいた。
地下駐車場含め五階建てのモール内は酷く閑散としている。それは時間帯だけがその理由ではない。
ある都合で閉館したショッピングモールはなまじ規模が大きく、取り壊すにも再利用するにも、予め大きな予算を求める土地となっている。それゆえ半端に維持された建物だけがそこに鎮座していた。
違法であることは言うまでもないが、人をあらかじめ別の場所に
そこまでして陣取ったショッピングモールだが、ここを聖杯戦争中の陣地にしているわけではない。
言うなれば作戦拠点且つ戦場を誂えたに過ぎなかった。
「キャスター、結界の調子はどう?」
「心配性だなぁマスター。変わりなくだよ、《人惹きの結界》を半端に隠蔽して一般人以外を招く……大胆不敵だねぇ、よくやるもんだ。それに、ボクの魔術と自分の魔術を無理なく組み合わせるのも上等」
「結界術はうちの命題みたいなところはあるし……チューニングはキャスターがした。私は何もしてないよ」
見えない肩をすくめるキャスター。
緊張感があるのは結構だが、それにしたって召喚以降、奏雨の一息つく場面がとても少ない事を彼女は知っている。
平均の魔力量でサーヴァントをまかなうのは、聖杯の力により実はそう難しくもない。なのだが、キャスターの『技能』がどれほどの魔力を消費するか測りかねている奏雨は必要以上に霊体化で行動することを命じている節がある。人の顔を見てコミュニケーションをする、という基本的な友好を気にも留めずに。
責任感の裏返しであるからに、キャスターも気を悪くする事はないが、それにしたって今の凍星奏雨には愉しさがない。如何に従者と言っても愉しくない事はやらないのが彼女元来の性質である。
「今晩は動きがない限りこのまま行くけど、朝を迎えても変化がないなら痕跡を潰してここから離れよう」
「そう? 忍耐力には見込みがあると思っていたんだけどなぁ」
「そういうのじゃない。でも、聖杯戦争は実際の戦争とは段違いに規模が小さいから」
「小さい、ね」
奏雨は小さく頷く。
たかだか七人と七騎の使い魔が殺し合うだけだと、彼は言う。
話の本題はつまり、戦争ほどの人数が居ない分状況も早く進むという事だったのだが、歴史の英雄と魔術の精鋭をかき集めた魔術儀式に規模が小さいと言い放つマスターは、キャスターから見ると不遜に映る。
物事を単純化して解釈する側面がこうして現れることもあれば。
「実際の戦争、なんて魔術師が言うセリフじゃないよ。もしかして予習でもしてきたぁ?」
『予め』の積み重ね、実直な側面も潜んでいる。
生真面目さをからかった口振りに少年は目を逸らす。魔術の鍛錬ならまだしも、土台となる知識や思考手段を事前に模索していたというのは、なんだか気恥ずかしい思いだった。
彼は話を切らず、それとなく転換していく。
「予習なんか、そりゃするよ。私以外にも時計塔の魔術師が三人参加してるんだ、調べるものには事欠かない」
「ふぅん?」
「植物科塩宮るれあ、鉱石科彩音恋葉、伝承科雨葉ハジメ。
特に塩宮るれあは優勝候補の一人だと思う、彼女の魔術家系は根強く、彼女の実力に裏付けされてる。なにより昨今の魔術師に珍しく武闘派だ。元々の能力が聖杯戦争に向いてる。早くクラスを特定したいところだけど」
「三人目はコンタクトがあったんだっけ」
「ああ……敵にする以上に、味方にするのが怖い人だよ。分かりやすいけど、その分かりやすさに裏があるような」
同盟の申し出も、今となれば思い出に近い。事前に聖杯戦争へ注力していた奏雨にとって、この一年は以前の人生と比べて遥かにライバルを意識していた時期である。
それも決算されると思えば、清々しいような気もした。
「二人目の彼女は――」
「待った」
鈴の音のように細い声が、警鐘のようにはっきりと放たれた。
席を立つ奏雨。脳がはっきりと戦闘用に切り替わる。
「キャスター、アレを」
「お勧めしないよ。ボクの宝具は、人を英雄に担ぎ上げる為の物だ。ボクが退去するまで代償はマスター、キミを蝕む」
沈黙――二の足を踏んだのは否定できない。暗にキャスターが伝えたかったであろう、急ぎ過ぎているというのもその通りだ。
勝つ為の手段を尽くさずにはいられなくとも、奏雨にとっての勝利条件はこの夜ではなく、聖杯戦争そのものを制する事。履き違えていた浅慮に溜め息を吐きながらも、一つ抗議を見せておく。
「この期に及んでも引き留めるなら、なんでアイツには渡したの?」
「魔物なんて嫌悪されて当然で、彼は魔の者に情をかけるような人間には見えなかった。代償の噛み合いというやつだよ。仮にアレを担い続けても、彼の人生にさしたる影響は……まぁ、多分ない。それに突破力が欲しいって言ったのはマスターでしょ?」
「……」
キャスターは多くを語るようで、積み重ねた言の葉の底に沈殿した本音をわざわざ晒し上げる事はない。こうして話している時も伝える必要のない本心を言葉で覆い隠している。
マスター以外の代償は知ったこっちゃない。と付け加える偽悪的振る舞いを、一応自重出来るキャスターであった。
時に人惹きというのは、違和感を覚えさせずに人を特定の地点へおびき寄せる一種の暗示なのだが、その来客に関して――暗示が成功していたかは疑わしかった。
好奇心は猫を殺す。魔術師の中でそれが警告を意味する言葉になるかは微妙なところだが、少なくとも彼女自身に言い聞かせるにはピッタリの文言だと言えるだろう。
「この辺りだと思ったんだけど……」
「――――」
和装に身を包んだ少女を従え、柔らかな髪質の白房を揺らす、これもまた少女が、古びたコンクリートのお城を見上げる。
奏雨がたった二人の従者を配置した、陳腐でみすぼらしい現代の城を。
和装の少女――バーサーカーは不安げに主を見上げる。言葉は寝息のようにすり抜け、塔の無い現代では意味を為さない。
「大丈夫大丈夫。ほら、逃げるだけなら絶対出来る……でしょ?」
似非平和主義者。彩音恋葉がその敷地に踏み入れる。
この場を誂えた者としては、あくまで使い捨ての城塞。霊脈の力も無く、無駄に広い空間を有効活用できる上質な魔術師でもない奏雨は、敷地の改造をただ一つ、侵入者を封じる事を重視した。
今しがた入ってきた空間に透明な壁が出来ている。恋葉は冷たく熱を持った空間に触れて、それから変わらず前に進み直した。
『これなら大丈夫――潜り抜けられる』
案ずるように眺めてくるバーサーカーへ、念話で宥めた。
「やぁ、ボクの胎の中へようこそ」
開けた駐車場の中央に、桃色の燐光を携えて英霊が姿を現す。キャスターは、その手に拡大鏡の付いた杖を持っていた。
彼女が杖を掲げると、無骨で貧相極まりない、グレースケールな空間が――奥ゆかしく妖美な、薔薇園と相成った。
「――っ!」
それに伴ってショッピングモールが雲隠れする。コンクリートではなく土を踏む感覚になり、薔薇の芳香が鼻を通り抜ける。
自分に何かされたような覚えはない。瞬間移動ではないと恋葉は判断するが、だとして対処に困る妙手である。
固有結界、という単語が頭をよぎる。
だが、詠唱や真名開示の素振りはなかった。上を見上げればさっきと変わらぬ月が浮かんでいるし、よくよく見れば変更前の地形と類似する変更後の花園の造形。全くの異世界というようには見えない。
幻術を現代風に置き換えた……テクスチャーチェンジ。彼女がその答えに辿り着くには、もうしばし時間を要する。
間髪入れず状況が動いた。
その目的の為開戦の火蓋を切り損ねたバーサーカー陣営、先手攻撃はキャスターの手に渡る。
蛍光色の桃色を纏った一縷の光が、瞬きの間にバーサーカーの頬を掠めた。続いて空中から切り込むように恋葉の足元へ、背後から背中を貫くように、光線が縦横無尽に襲い掛かる。
二撃目――つまりマスターへの攻撃意思が確認出来てから、バーサーカーの行動は早かった。
続くマスターへの直接攻撃を、自分から這い出る闇夜で防ぐ。岩へ叩き付けられた雨粒の如く、光線は闇に阻まれた。
闇――否、影が自身とマスターを取り囲む。そうして段々と数を増やす光線から身を護った。
二人を包む黒い球体を見ながら、こんなスイーツがあったなと思うキャスター。
いったいどのような英霊なのか未だ判別は出来ないが、その力には仮定を作れた。影を媒介にする創造性に長けた護り、それならば矛は。
「砕き――融かし――」
その言葉にキャスターは気付かない。光も音も遮る影は、しかし一点の正円を開いた。
絶対なる黒球、その内側が、苛烈な緋色に照らされている。
「――塗りつぶせ、
稲妻のようにささくれだった軌道で襲い掛かる緋色の閃光。彩音恋葉の持つ、数少ない高火力魔術が、キャスターを真正面から迎撃した。
様子見では済まさない。済ませられないと判断したその速さは称賛に値したが――運の悪さは同情に値する。
率直な魔力の攻撃であれば、偽証宝具《
迫り来る緋色に杖を向けたかと思えば、けだるげな動作で横薙ぎに振る。ガラ空きの胸に光が轟く形となるが――ガラスを撫でる水滴のように、透明な何かに沿ってキャスターを避けていった。フェイントをかけた急襲! とはいかず、わざとらしく逸れた緋彩が薔薇実る花壇へ着弾した。
爆発音に近しい轟音が重く響き、それで呆気なく終わる。
「低ランクの対魔力くらいなら、ちょっとは効果があったかな? でもごめんね、マスターが見てる中で手を抜くわけにもいかなくてさ」
『余計な事は言うな』と頭に響く声を無視して、着弾地点を一瞥するキャスター。
塗り替えたテクスチャ自体に綻びが発生している。致命的ではない、そもそもテクスチャを変えた事自体に見た目以上の意味はないため、そこは問題がなかった。
――魔術を蝕み壊す性質がある。向き直り、壊すというよりは塗り替える方が適切か、と改めた。
呆気なく躱されたことに少なからず動揺が見られる。これが通常攻撃なら少々手をこまねいたかもしれないが、頼みの綱になる攻撃ならば連発はないだろう。連発されたところでサーヴァントである自分が負ける未来は見えないが、万が一はある。
魔術を放つ為に開けた穴は塞いでいない、影の殻にこもる二人を愉しそうに見つめ、キャスターは次手を促す。
「素直に、サーヴァントに戦わせなよ。魔術師がボクらを倒せるワケないんだからさ」
「……私は倒しに来たんじゃないので」
「んん? あぁ、誘い込んだんだもんね。逃げたい? どうしよっかなー」
手に持った杖でトントンと肩を叩くキャスターの素振りは如何にもわざとらしい。口ではそう言いつつも、気まぐれで二人を逃がすなんて事はしないだろう。それが分かっている奏雨も傍観している。
そして、そんなのは不要と断じる恋葉。
「じゃなくて。一般人を巻き込んでいるのを、止めさせに来たんです」
「……?」
「一般人を誘い込んで……魂を奪う。私を此処におびき寄せたのも
強い目付きだった。
キャスターとしては聞いていない話だが、奏雨が提案した方法だ、もしかしたら裏ではそうしていたのかもしれない。
奏雨としては聞いていない話だが、キャスターが展開した結界だ、もしかしたら裏ではそうしていたのかもしれない。
事実は後で確認を取る――奇しくも判断は同期した。それ故、どちらの思考も空振っていることに気付くのはもう少し先の事になってしまったのだが。
「一般人ねえ。キミに関係あるの? あ、エサが必要なのかな。如何にも……虫一匹殺せなさそうだもんね?」
「――!」
バーサーカーの影が揺れる。攻撃能力が欠如しているのは事実だ、認めざるを得ない。そこを突かれて逆上する場所に、彼女の誇りは置かれていない。
問題は、戦意の愚弄。
「それこそ、関係ないんじゃないですか」
影が、凪ぐ。
密やかに取られた掌から緊張が滲んだ感触を覚え――狂戦士は、自らの狂気に準じる。
どう言われようと、どう介入されようと、やはり自分は守護者である。
守る事以外どうでもいい。そもそもどうでもよかった、戦意ですら彼女にとって、然したる誇りではない。
バーサーカー《ガーディアン》のプライドは、ただ守る事だけに回帰する。
「やめないなら、私は……!」
恋葉の右手はブラウンのグローブを付けている。無論魔術礼装のそれは、今や赤黒く染まっていた。
それも無理はない。続けざま二発目を装填すれば、掛けられていた魔術保護が溶解するのだって承知の上だった。
宝石を握り込み、魔術のイメージを追想する直前。恋葉に二枚の記憶が横切る。
画材屋さんの店主。初めて会った、特段深い関係でもないおじさん。気の良い、善良な一般人。
そしてその人が……かどわかされ、路傍で血を流している様子。
「――――!」
「砕き――融かし――」
緋色の魔力が黒色に包まれる。
影は共鳴し、緋石は受容し、混ざり合ったその魔術は正統な破壊力を得る。
「厚く――塗り潰せっ、
先程より遥かに素早く、純朴なる破壊力を伴って放たれた黒緋の流星。
杖を振りかざす余裕もなく、キャスターへそれは着弾する。
赤く振り撒かれた煙の中では、毒性を用いて破壊に至る副次効果がキャスターを襲っている。
そのはずだった。
「景色が戻った……?」
キャスターが倒れるのと同時に、場所が先程の駐車場に戻る。それに伴って、彼女を囲い込んでいた影がバーサーカーの元へ還っていった。常時張り続けるには魔力が厳しく、ただでさえバーサーカーである以上大技を連発した恋葉にこれ以上負担はかけられないと判断したのだ。
それが命取りだ。奏雨は内心で呟いた。
《戦慄の魔眼》
「っ――!」
魔術の反動で嫌な脱力感を覚えていた恋葉の身体が泡立つ。暴力的な寒気が身動きを縛り上げる。
何かが後ろにいる。
その核心に反して振り向く事すら叶わない。
冷徹にして冷血の隠形が、少女の背後を取った――
「……マジか」
奏雨の隠密は完璧だった。キャスターの
でなければこうして背後を取れるはずもなかったというのに、あろうことかバーサーカーは、己のマスターの危機という事実だけで迫り来る凶刃を影で防いでいた。
びくともしない黒色に悪態を露わにして飛び退き、倒れたキャスターと自分で二人を挟んだ。
倒れていた、キャスターと。
偽証宝具《蓬莱の血清》
つくづく運が悪い。
力押しに弱いキャスターだが、その多岐に渡る手段の中には毒をものともしない治癒能力も存在する。
尤も、多岐に渡る手段というのも消費する魔力に目を瞑った話だ。
魔眼を使い、事前に結界を貼り、今しがたキャスターに持っていかれた魔力を鑑みると、奏雨が実際に取れる方針も絞られてくる。
立ち上がったキャスターを見て分が悪いと思わせられれば良いが、やり取りを聞くにそれで腰が引ける相手でもないだろう。
もう少し魔眼でハッタリを効かせたかったが、バーサーカーがどこに反応するかもわからない。何より自分の魔眼の魔力生成量は著しく低い、易々と使い潰せるものではなかった。
ゆっくりと瞬きをして、少女の束縛を解く。
揺さぶりは我がサーヴァントの専売特許ではないと、その背中に問いかける。
「こっちは必死なんだけど……貴方は、聖杯に何を望むんですか」
唐突に投げかけられた意図の分からない質問。まさか道を譲れという脅しのつもりなのだろうか……恋葉は沈黙を貫く。というか、バーサーカーの強化まで施した魔術をあんなにあっさり凌がれてしまった事のショックが、未だ残っていた。
自分は工房に引きこもっておくべきだったのだろうか? 情に動かされるべきではなかったのだろうか。
願い……バーサーカーに告げた言葉が心中で反響する。
自分は、工房に引きこもっていた方が良かったのだとして――その願いは、希望は、報いてくれるだろうか。
その時人が朽ちる事に目を瞑った自分が、目を見開いて英雄を描くのだろうか。
ここで願いを恥じるのは、早いにしろ遅いにしろ、今ではないと恋葉は信じる。
「英雄を
「――」
奏雨はバーサーカーに視線を移す。狂化の影響か、喋れない彼女の願いを聞き出すのは不可能だろう。恋葉の口から聞くというのもまた、相当に難しいはずだ。
姉妹の魔術師、落ちこぼれのアベレージ・ワン。かじった程度の情報でも、既に充分心を締め上げる用意は出来ている。
息を吸い、心を冷やす。
「それじゃ、家族は浮かばれないだろうなぁ。いったい何処まで親の期待を裏切るんだか」
その点、ある種開き直りを見せている恋葉には寝耳に水のような話だったが、躊躇いを排除した奏雨はこの程度で矛を収める気は一切ない。
悪意無き糾弾が始まる。
「後継者にならないっていうなら、いっそ時計塔から去ればいいものを。魔術師以外の生き方が出来ると思うなら、妹の為にさっさと姿を消せば、貴方の妹も今ほど苦しまずに済むのに」
「苦しまず……?」
恋葉はその苦しみを、抱えているという感情を知らずここにいる。
奏雨もまた知る由も無かった。つまり――でまかせ。
「中途半端に責任を先送りにして、環境を言い訳に出来る状態に甘えている。そんな貴方に姿を見せる英雄が、どれほどいるんでしょうかね。あぁ、いや……勝たせる責務を放棄した、意気地なしのバーサーカーか」
怒れ、崩れろ。鉄面皮に潜む切実な願い。切実というにはいささか穢れた手段を用いているが、その実こうでもしないと綻びを見出すのは困難にある。
恋葉の見せた攻撃を、潜んでいた奏雨は直視していない。いないというのに、その破壊規模は自分より上だろうと判断出来てしまえる。それほどまでに奏雨は突破力に欠けている。
だからこうして、踏みしめられた雪のように、汚く冷たく、相手を穢し崩すしか手はない。
否、策を講じる手間を省いたとも言えるだろう。彼なら、この場を用意した彼なら正々堂々魔術戦を繰り広げる為の作戦が用意できたはずだった。
偽悪的、と擁護するには、恋葉に向けた諸刃は鋭すぎる。
「――――、――」
それに比べて……奏雨の想定は酷く鈍い。バーサーカーは揺るがない、決して揺るがない。
自分の名誉に頓着せず、自分の能力を痛い程理解し、自分の使命に準ずる。
どうあっても守る。最早それがマスターの本位でなくなっても、守護欲はとうに秤を狂わせていた。
とはいえ、恋葉の迷いは捨て置けない。
キャスターはそこを突く。守護者というのならマスターの心まで守るのだろう、マスターの栄誉の為の力を見せてくるだろう。そうでないのなら――彩音恋葉が孤立するだけだ。
狂戦士に口はない。
「うちのマスターは随分と口が悪いよねえごめんね? ま、だからボクが喚ばれたのかもしれないけど。それを言うなら……無力な魔術師に無力なサーヴァントっていうのもそれらしいか」
「私、は……」
「気付いてる? 元からキミらはどん詰まり。マスターであるキミは存分に恨む権利があるよ! 今も立って見ていることしか出来ないサーヴァントの事をね!」
「っ……彼女はそんなんじゃ!」
激情の発露を見逃さない。
キャスターの光線がバーサーカー側の側面から幾つも飛んで来る。ガードの方向を絞る為、一方向を徹底して打ち込み続けた。
バーサーカーの曇りなき狂気は全弾を闇に喰らう。
「キミが弱いからバーサーカーは案山子にしかなれない。バーサーカーが弱いから、キミは何も出来ない」
「そんな事ない、この子は弱くない……!」
彩音恋葉の左手が赤く輝く。
この決断が勝利を呼び寄せるのなら。この手で運命を描けるのなら。
自分だけなら構わなかった。自分が弱いのは知っていた、言われたことは全て言われるまでも無かった。でも彼女、バーサーカーまで弱いと言われるのは我慢ならない。
その枷が邪魔をしているのなら。その手で運命を斬り裂けるなら。
ならば解き放とう。
バーサーカーの綻び、マスターの自棄、それらを望んでいた奏雨達にとって、予想外にして埒外の一手。
キャスターの攻撃は警戒されている。火力も手段も一手遅い。
奏雨の攻撃は、間合の離れた今、速さが致命的に足りない。
妨害の手立ては。
「バーサーカー!」
心の中でごめんと告げて、言葉を続けるはずだった。
『塗り替わって』と命ずるはずだった。
妨害の手立ては――ただ、一つ。
椒朔月の介入。
「ハァッ――!」
太刀を用いた迅速なる突きが恋葉へ向けられる。加速、一太刀に全てを賭けた無謀な変速が命運に立ち向かった。
隠密礼装をたなびかせた闇討ちの一閃が――突き刺さる。
「――――」
「……オイオイ」
影へ突き刺さり、刃が止まる。
恋葉の首目掛けたそれは影に阻まれ、バーサーカーが間に立ち塞がり、さらなる追撃すら抱きかかえられた恋葉には届かない。
そもそも追撃の手は、著しく鈍い。最早敬意すらあった。伊達ではないその振る舞いに。
確固たる意志。完膚無きまでに守護の勝利であった。
凍星奏雨は最後まで見当違いだった。揺さぶりが利くのは未来のあるもの、今を生きる者である。
既に通過した死者に、取り付く島なんてなかったのだ。
「あら――」
であれば、かの者のマスターであれば揺さぶりとやらが有効なのだろうか?
「ふふ、混ぜてもらおうかしら」
セイバー《ノーライフ・クイーン》
及びそのマスター、月詠マキナが介入する――。
恋葉ちゃんが追うべきだったのは香椎さんです。
吸血鬼による魂食いとバッティングして、いわれのない非難を受けたキャスター陣営だけど、普通に仕返しじゃ済まないレベルの暴言を言っている。
本当にごめん。
工房に引きこもった恋葉ちゃんをどう表に出すか......と戦闘でどう動きを見せるかが課題でした。