人体冒涜
関東某所。昼過ぎの平日。
『窓』に送ってもらった道中、人通りは微かなものだった。
東京からだとまぁまぁ長い道のりにいて、私は回想する。
――呪詛師の討伐ですか。
お鉢が回ったのは二日前、任務から帰ってすぐのことだった。
なんでも事情が面倒らしかった。
基本、呪詛師は高専のように教育を受けることなく、粗削りのまま呪術を使用する。よって、実力はせいぜい準二級止まりがベターと言える。
だがその呪詛師、
術式は不明、確認されていない。では呪力操作で民間人へ害をなしているのか? その答えは、部分的に合っている。
卯敷はそのどれでもなく――他者の回復を可能とした呪詛師。
――討伐の必要ありますか?
肯定。
既に交渉は決裂、呪術規定に則る気は毛頭ないとのこと。
そもそも私に疑問は、他人を癒す事しかしないなら、見過ごしても構わないのでは……よしんば叶わずとも、討伐という手荒い真似をする必要はあるのか、という話であった。
これまた肯定。
然るに宇敷佐武郎は闇医者であった。
俗称とすれば妖術師か。代償様々な不調を不思議な力で完治させる代わりに、高額の請求をする妖の者。それが、近所に伝わる妖術師卯敷佐武郎だった。
それでもと、口から希望を並び立てることは出来たが――上からの命令、その一言で始末を終えられたはずの『窓』に私は敬意をもって承諾した。
車が停まり、右手側には深い緑の山が見えた。登山客はいないが、人の通ったとおぼしき道はある。
制服は置いてきて、外套に隠すように呪具を持ち込む。『帳』も降ろすことなく、私は単身で乗り込んだ。
険しい山道は、それでもと救いに縋る者への試練に思えた。木々の感覚はさほど密でもなく、時折動物が覗いているのも分かる。最低限呪術師、これくらいで息は切れないが、足腰へ負荷が掛かるのは違いない。
しんどい坂に腹を立てながらも、この任務へ割り振られた理由に合点を利かせていた。
生得術式『荼毘送り』はその性質上、呪霊よりも遥かに人間への効力が望める。
この後もきっと、生者を相手にする掃除屋的側面で働くことになるのだろう。
十分くらいノンストップで歩いたところで、なにやらそれらしい小屋があった。木造で、一軒家並に大きく庭もある。
パッと見は人里離れて自給自足をする風変わりな家だ。カメラも見たところなさそうだ。
生憎、奇襲に長けた即効性のある破壊は、私の能力に持ち合わせていない。
故にこうして、救われたい一般人を装ってきたのだ。
控えめに扉を叩く。
「すいませーん……」
声を絞って、生気のない声を演出。得意だぞ、今めっちゃ生気ない。
呪いなんか祓ってあるわけないもんな。なんて思いながら主を待つ。
遅い。
物音は少し聞こえたけど、近付いて来る気配が無い。寝ていたのだろうか。
「すいません……」
声を出さない代わりに、ささやかながらもしつこく扉を叩いている。
ぎし、ぎし、ぎし。
床の悲鳴が近付いて来て、手を止める。
確かに扉の前で音が止み、表情の作り方を考えていると。
――刀が扉を突き破ってきた。
「っな!?」
横に飛び退いてどうにか躱すも、折角用意してもらった一般人装いの服は切れてしまう。心臓の横、左脇腹に痛みが滲んで思わず抑えるが、出血はそれほどでもない。
ここで反転術式を使うよりも、我慢する方が得策と思う。
問題は何故バレたか。
刀が突き刺さったままの扉は沈黙している。辺りを見渡すが、伏兵が潜んでいるようなものでもなかった。
相手の術式か? 何処かに目があるのか、それとも。
「あぁっくそ! 抜けねえ!」
扉が蹴破られた。
……現れたのは黒い長髪の男。事前情報通り、前髪で半分隠れた顔と生活感の滲み出る服装。だるだるのスウェットを着ながら刺殺しようとしていたとは、倫理観もかくや。
状況がこうもなれば演技も何もない。息を吐いて、臨戦態勢に移る。
男は扉を踏み、カブでも抜くんですかという勢いで刀を抜き取った。
あれだけ雑に扱っても、木漏れ日の光を照らす刀身。呪力操作に長けているのか、それとも呪具か。
「あれ、ここってなんでも治してくれるとこじゃないんですか」
「だってお前客じゃねーもん」
酷い猫背で刀を背に反りを置く男。値踏みするような視線にたじろぎそうになった足を堪え、目を細めた。
今からこの人間を、私は殺すのだ。
背面に隠した鉄扇に手を伸ばす。
「どこで分かりました」
「あの山で息切らしてねえなら、呪術師だろ。もしそうじゃないなら、そうなってから治せばいいもん」
しゃがれた声で背筋をなぞってくる。
いやに冷ややかで、倫理の飛んだ発言。
問答は不要だ。
右手に鉄扇、左手にぬいぐるみ(人型)。
トンチキな見た目だな、と思う。きっと相手も思ってる。
葉の擦れる音が止んだ時、幕は切って落とされた。
「御用ォはなんですかぁ!?」
「くーびーくーだーさいっ!」
振り下ろされる刀を鉄扇で横に弾き、掻い潜る。長身の男へ当身するような形で接敵。
奴のサンダルが視界の下で持ち上がるが、それよりも、こっちの方が早い。
葬送呪術『荼毘送り』
射程圏内――発火。
「うおっ」
「反応おかしいだろ……」
突き出された蹴りを下げた腕で受け止め、距離が離れる。
紫炎に包まれた男を負のエネルギーが更に覆う。
相当な呪力量。他者に使う反転術式はその呪力消費量も遥かとされるが……名を馳せたのは伊達じゃないらしい。おびただしい呪力でかき消された紫炎が残したのは、毒素に蝕まれた呪詛師。
精々呪詛師だ。決めきれなかったとして、何も問題はあるまい。
「いやなんで生きてんだよ……」
「俺天才だからだもん」
口端から滴る血を拭って、男は笑う。
私の術式には二段階の工程が存在する。
発火、言わずもがな燃焼によるダメージ。表面上を着火しているので対内に重篤なダメージを負わせるのには時間を要する。
だが、火さえあれば煙は立つ。
呪力によって着火されたその身は、毒素をバラまく死の肉体と化す。超至近距離で吸い込んだ毒性の煙により、人間の体内を破壊していく寸法だ。
だと、言うのに。
目の前の男はチリチリと火傷を見せながら、しかし瞬時に解毒したらしい。
これじゃ人間キラーもお涙頂戴、ジェイソンも同情沙汰だろう。
「どーしよっかな……燃やすか、森」
「やってみなよ」
言ってる間にも刀身が迫る。突きを鉄扇で弾き、横薙ぎを受け止める。
膂力だと少し分が悪いか。だが、剣の間合なら射程内だ。
「私の術式射程は約二メートル。人体を介して着火させる、まぁつまりさ」
「退かねえよォ!? 効かねえもん!!」
だからなんでだよ。
炎を纏いながら、男は刀に力を入れていく。
このままじゃ押される。毒は期待しないにしろ、このまま炎でじわじわ勝つというのも難しいか。
左手の人形を男に投げつけ――更に着火。
「人体っつったじゃん……」
「合ってはいる」
流石に二重はキツかろう。
体勢の崩れた男を畳みかける。刀を大きく弾き、鉄扇を存分に振り被り――首を断つ。
「浅いな」
「っっ痛ぇ~~」
首の付け根を穿つ、身体自体にタネはないのか、強度は標準。
この頃には紫炎も収まり、男の身体は回復――否。
確かに、弱点である首はすぐにつながった。反転術式の範囲内だ。
だが、火傷が治っていない。
何故治さない? 毒を排除出来る精度の反転術式をもってして。
「っ……!?」
腹を一突き。
背後から、何かが伸びている。血にまみれたそれは、微かに白い表面を見せる。
硬質で、白くて。
「はいドボン……手札は伏せるもんだよねぇ」
思い切り抜かれ、口から血が溢れ出る。腹からも。思わず膝が崩れる。
男が近付いて来るのが分かるが、迎撃に回す余力はない。
伏兵の気配では無かった。背後の何か、その正体に頭を回しながら、同時に反転術式を回す。
「……嘘、マジか」
「驚かんでくださいよ……みじめになりそうだ」
肉付けされていくのが分かる、痛みが癒えていく。
足元を何かが走った。
生き物は迫る男の足元に寄っていき――足に吸い込まれていく。
一瞬見えた。
ひとつ目で肌色の、地面を這うナニカ。
「そういうアレか……」
「んま、首落とせば終わりだもんね」
うなだれる私の首を切るには、必ず横薙ぎになる。
地面を蹴って後ろに飛び退き、左手をついて更に距離を取る。
男は驚いた顔で何か言っている。再生速度は速い方だ、感心でもされているんだろうが、今は耳を傾ける気にならない。
色んなものが繋がった。仮定と仮定が点として浮かび上がる。
もしもそうなら、ゆくゆくは勝てなくなる。
「相性悪かったなー……」
判別の付かない術式。
卓越した呪術センス。
尋ね人を遠隔で見る目。
再生した毒、後回しにされた火傷。
白くて鋭利なもの。肌色のもの。
もしも、そうなら。
持久戦も剣術勝負も必要ない。男に、これを打開する術はない。
「人を弔う為の火に呪いを込める術式って……逆転したらどうなると思います?」
「化け物を救う水?」
「なんかズレてんな……」
立ち上がる私を、ニタニタと見つめる男。
勘付いたことに気付いていないし、今の会話で思い当たるものもないらしい。
「間違えました。反転っていうべきでしたね、これ」
「…………?」
「火の反対なら水かもですけど、燃やすの反転なら?」
所詮は浮世離れの呪詛師。
幾年生きようと、通じるのには足りないだろう。
「術式反転――白奪」
男の身体に纏わる蒼い琥珀は、即ち焼却の反転、冷凍。
呪力で守っている男の上からたたき潰すのだから、呪力消費も相応。だから、対人では封じ手にしておいたものだ。コスパが悪い。
ただ、せこせこ『弔寵』を連打するより、これ一発で決める方が数段楽だ。散々術式開示に付き合って貰った甲斐もあって、口から下を残した男は精一杯に憎しみを作っている。
「な……弔いの術式っ、嘘……」
「まぁ思いつかないですよねそりゃ。だって――『身体のスクラップアンドビルド』の反転なんて、思いつきもしない」
憎しみをかき消す驚きで、男の口はひん曲がる。これは一般人を騙すことばかり考えて、心理戦を放棄した呪詛師の負けだ。
勝者は高らかと、暴かせてもらおう。
鉄扇を喉元に突きつけて述べる。
「術式があると思ったのは扉越しに斬撃を貰った時。息が切れてないって、扉越しになんで分かりますかね。
どうやら扉から離れていたみたいですけど、それから扉に近付くまで一度も引き返したような音は聞こえませんでした。
だから、この時点でその刀を持ってきていたことになる。
もしかしたら訪問客全てに刀を見せつけていたのかもしれないですけどね。でも、その割には初撃、鋭すぎるんですよ」
腹の風穴と一緒に直した、心臓の横の傷。
もしも躱さなければ心臓一突きで、もしかしたら死んでいたかもしれない。
この男は、初訪問の私の心臓が見えていた。
「この時点で術式を疑ってました。
身体に関係すると分かったのは火傷を治さなかったこと。正確には、反転術式の天才じゃないと判断してからのこと。
毒の分解は繊細で、並の反転術式なら取り除くのは困難。だからこそ巧い呪詛師なのかと思えば、火傷は治さない。
火傷まで完治してたら、流石に押されてましたよ。鉄扇じゃ分が悪い。
だから、毒は別の要因で癒したのだと解釈しました。そもそも効かない体質っていうのは、最初に否定されてるし」
それが切札を切る後押しにはならない。
致命的に決定的だったのは、やはり奇襲。
「こう考えれば伏兵も簡単なことですよね」
「…………!」
「前髪で隠してるその眼、最初何処にありました?」
身体を作り替える術式は更なる解釈が必要になる。
デフォルトで備わってるとしたら、それは身体を操る術式か。
「身体の中を操って毒素を無害化した。
眼球や骨を使った自律生物を放った。
……身体を作り替え、永い間生きた。
こんなもんですかね。間違ってます?」
「長くは、生きてない少なくても……百はいってない」
「あんまかわんねー」
肉の感触が掌に伝わる。
男の口から淀みなく吐き出される血液が鉄扇へ落ちる。
そして勢いよく、引き抜く。
それから大仰に後ろへ下がり、ぬいぐるみの一体を即発火。鉄扇を広げ、炎へ向かって大きく扇ぐ。
「身体の操作――血も身体の一部。警戒してないわけないでしょう」
自律して動く鋭い血液も、炎に飲み込まれ消えていく。鉄扇についた血液も紫炎で清めた形となった。
自分の術式で長生きが出来ると気付いた男が、才能にかまけてあくどい金稼ぎ。
もしかしたら自分は賢いと錯覚した瞬間も一度や二度じゃないのかもしれないが。
「術式持って暴れてる呪詛師とあんま変わんねえんだよなぁ……」
『窓』に連絡をし、私はその日のうちに帰って寝た。お風呂は入ったけどご飯は食べられなかった。