凍星奏雨*主
林道華燐*術
椒朔月*魔術使い
蒼星乙女*主
時崎奏*槍
白金縁*主
月華聖*弓
山中に広がる呑気な平野が次々に貫かれる。桃色の燐光が草花に降りかかり、土が舞い散る。
近くのこじんまりとした天文台にまで流れ弾は往く。一般的な建造物に大きな被害を出さないのは魔術師としての常識だが、いまもって非常時に、気にしてもいられなかった。
青いドレスを身に纏う赤髪の麗人が、手に持つ鎌で深紅の月を描く。
慣れない得物を振りかざす相手に手をこまねきながらも、俊敏な動作で回避に徹する椒。
「……っ」
青髪をなびかせた両槍使いの乱舞が、その空間に戦跡を刻む。
黒い泥で造られたようにも見える一本の槍が、同系統の螺旋を持ってしてどうにか凌ぐ。
俺は。
キャスターも椒も果敢に戦う中、私はどちらにも介入出来る手立てがない。
魔力が足りてない。身体の奥底から寒気がする、耳鳴りがする。
対魔力を備えたランサーに、キャスターはやむなく偽証宝具を用いた白兵戦でしのぎを削っているが、偽証宝具のコストはキャスターがまかない、キャスター自身のコストは私がまかなう。マスターとしての責務が……破綻しかけている。
「所詮紛い物ね」
大振りの横薙ぎでキャスターの華奢な身体が吹き飛ばされる。
視界の端で流星が映った。
「っすまん奏雨。キチぃ……!」
私の前まで下がる椒に目を向けると、その正面には衛星軌道を描く青紫色の光が蒼星乙女を囲っていた。
剣戟の腕が同等だとしても、この
仕組まれた。
まるで分かっていたかのように、ピンポイントで結界が組まれている。それも星々の力を存分に使えるこの真夜中に。
「ようやく顔を見せたと思ったら……こんなに強いのに、どうして今まで鳴りを潜めてたんだが」
「どうしてだと思う? シンキングタイムはあげられないけど、今ここで君達を迎え撃ってる理由なら――そう視えてたからよ?」
蒼星の操る光が周回半径を広げ、私達に襲い掛かる。緻密に組み上げられた魔術は、今ここで相殺できそうにもない。
避けながら目を配る。
唯一相殺できるとすれば――
「技量降霊――彫像――!」
「甘いわ」
達人の手さばきで黒槍を操り、猛攻を掻い潜った唯一の隙へ穿たれた。
かと思えば青い光を薄く身に纏い、人の身体ではありえない挙動で背後に移動する蒼星のランサー。まるでそれは、時を遡るような。
キャスターの操る武装は随分と燃費が悪いらしい。
そもそも、この地ではマナが扱いにくいのだ。
恐らくは蒼星の策略。元々の魔力量に加えて『選別』により影響を受けにくい椒は軽微な負担だが、普段の魔力をマナ頼りにしている私は致命的すぎる。
この場を覆す魔力を必死に維持するだけで精一杯だ。キャスターの第二宝具は未だ使えない、何処かで反撃に転じるだけの隙を作れれば、そこからマスターを集中砲火に。
「マスターッ!」
キャスターの力強い声。
なんだ? ランサーはキャスターの相手をしている、今もどこかつまらなそうな表情で追い詰めている。
蒼星は……どこかを見ている。眉を顰めた横顔を見て、私はようやくその方向、山頂と反対側の開けた夜空へ目線をやる。
今にも――深紅の彗星が。
足が動かない。
「馬鹿ッ」
「っ」
すぐ傍の椒に手を引かれて直撃を免れる。
だが、すぐ足元に極小の紅が着弾した。
今しかない今、今を生き延びないと次は無い――ッ!
「
「
強い風が巻き起こり、放たれた深紅は地面に小さな、ほんの小さな凹みを残し沈黙する。
聞き間違いでなければ、見間違いでなければ、今蒼星乙女は私達を守ったのではないか。
私の魔術だけでこんなにも破壊を収められるつもりもなかった。私は顔を見上げる、もしや相手をつり出すための時間だったのかもしれない。
優雅に鎌を構え直し、そして――椒と肉薄する。
「獲物は横取りされたかねェか!」
「そういう事っ」
蒼星の外周を巡る光が椒に迫る。私は懐から短剣を引き抜き……一縷の迷いの末、腕を突き出してその力を呼び起こす。
『凍結励起――対象――軌道線』
不可視のレールを思い浮かべ、そのレールを凍て付かせるイメージ。
巡る全てではなく、天体のひとかけらだけが今、脱落するように空想を固める。
幾つもの軌道のうち一つ、椒へ届く動線の光が止まった。
「よし……」
「――ッラァ!」
力の勝負なら椒に分があるか。一度突き飛ばした後、加速された踏み込みで更に押し込んでいく。
まずはこの領域からマスターを追い出そうとするつもりらしい、賢明だ。
加勢に加わろうとした頭に響く、心底歯噛みした念話。
『ごめんマスター、もう宝具を使うしかない……!』
振り向くと、そこには黒い泥で造られたような――ラウンドシールドで攻撃を辛くも防ぐ姿があった。槍は破壊されたか、新しく生成した分の魔力は向こうが出しているとして――とても、綻びが生まれるような状態じゃない。
と、向こうのランサーがこちらを一瞥する。
いや、見たのは主だ。椒の狙いに気付いたのかもしれない。
ランサーは口元を動かし、何かを呟いた。そして右手に持つ槍を持ち替えて、まるで投擲するような――?
――まるで、じゃない!
「白日に晒せ……」
「椒を護れ! キャスターッ!」
手の甲が熱を帯びる。ランサーの正面にいたキャスターが光に包まれ、その眩さが収束する時には椒と背中合わせになるよう転移していた。
彼女が右手に持つ偽証宝具『戦乙女の献身』が黒色を引きはがし、清純なる光をもってして投擲された槍に立ち向かう。
「偽名解凍――
幾重にも束ねられた聖なる光の盾が槍を受け止める。そして背後で行なわれた熾烈な激突に気を取られそうになる椒を素早く抱きかかえ、私の元へ馳せ参じた。
俊敏のパラメータを超えた令呪の効能は、役目を果たされた今キャスターの身体を後にした。
残り二画。
槍は巻き戻るように柄からランサーへ戻って往き、何事もなさそうな顔でそれを回収する。
このままジリジリとやっても勝てない。キャスターが火力を出せない以上ランサーを打ち破れる相手は、私達の陣営にいない。
……いや。
キャスターが火力を出せるのなら、勝てるという話。
その手段なら一つ、たった一つだけある。
次なる刺客を破る為の順当なる勝ち上がりの手段が。
「椒、お前に託す」
「はっ……はぁ!?」
私はおもむろに椒の刀身を掴む、それには思わずキャスターも目を見張って振り返り、蒼星達も性格を表した顔を浮かべて静観する。
左手がザックリと切れる。凶行に走った私を制する椒だが、それを力強く制し返した。
「これしかない。――ここに願いを委託する」
偽臣の書、マスター権限の代行を証明する朱き本。
この話を聞いて……吸収の力を持つ椒の剣ならばと、思い立った。
血で穢れた剣が、次第に朱く光を放つ。
私が譲り渡す時に限り、椒朔月担う剣こそ、願いの紋章となるだろう――!
「時間がない。五秒だ!」
「……っくそ。キャスター!」
深紅の光を放つ刀剣で、奴はキャスターへ指し示す。そうだ、それでいい。
蒼星はサーヴァントを待機させて、自らが止めに入った。あくまで享楽ということか、舐められたもの……とは言わないでおこう。事実、私なら蒼星一人で充分、五秒も要らないだろう。
それもマスターだった時の話に限るが。
「
疑似空間遮断。形相な言葉の割にその本質には一ミリも届かないが、五秒間一人の魔術師を届かなくさせるくらいは造作もない。
水色を極限まで薄くした壁が円柱形に、私達を覆い護る。
「――――告げる。汝の身は我の下に、我が命運は汝の法に!
聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら――――」
私は時代をも防ぐ防衛者。誰も通さない、誰にも害されない。
元より、孤独とされる者だ。
「――――この手を取れ!
汝の灯火にて、我らが命運を照らし給え……!」
「承諾しよう。椒朔月――
キャスターの名に懸けてキミを護る」
氷壁の如き空間から引き下がる蒼星乙女。愉しげな表情は曇る事を知らないようだ。
溜め息を吐くランサー。今に、その余裕を剥がしてやろう。
主役は私じゃない。元より私は世界の主役じゃない。
ひたすらに裏を掻く餓狼、今よりその執念を存分に解き放ってみせようか。
「第二ラウンドだ。頼むぜ椒、俺の願いを担いしマスター」
椒朔月*主
林道華燐*術
凍星奏雨*魔術師