添削してないので変な点あれば教えてください。
《不朽鏡界》――辿り着くには高レベルが前提とする都市の傍に現れたダンジョン。例の
ダンジョンの目的地は存在せず、その他にも大きな特徴が複数ある。
俗称ミラーダンジョンの通り、ダンジョンに登場するエネミーはモンスターではなくプレイヤー自身。プレイヤーが敵役を行なうPvPではなく、装備やステータスを複製して独自のアルゴリズムで自律するというものだ。
ミラーダンジョンは過去にも類を見せており、デスゲーム化に準じた悪趣味ではない。デスゲームが悪趣味だというのは、趣味と称する事すら憚られる悪意なのは――言うまでもないが。
そして特徴二つ目。ダンジョン報酬は無し。スコアアタック用ダンジョンでは高難度でも泡銭程度の報酬というのが通例なものの、このダンジョンはそういった趣でもない。目的地がないこのダンジョンでは、エネミーを倒す事のみが目標である。そして、プレイヤーはエネミーのドロップを求めるのが常。
《不朽鏡界》において、エネミー……つまりプレイヤーの複製からは、複製元のアイテムがドロップする。特殊条件で入手するユニークアイテムを除いて例外なくドロップ対象という事が知れ渡った今、不朽鏡界には無数の鏡像が蔓延っていた。
『クリア条件:エネミーの撃破0/1』
ダンジョンに足を踏み入れた凍星奏雨は、同時に自動受注したクエストに目を向けた。自分で増やした分、どれか一人は減らすのが義務付けられているのだろう。さもなければ今頃、レアアイテムを持たせた弱小プレイヤーに出入りさせた後、高レベルプレイヤーが駆逐する占領狩猟が行なわれている。
クエスト報酬は今しがた沈黙した転移門の起動アイテム。報酬は正真正銘ドロップ品のみ、というわけだ。
洞窟から抜ければ山の中腹に出て、山を下りれば遠くに街が見える平野に出る。つまり、マップも現実の鏡像を意味する。流石にゲーム内全域とはいくまい。けれど、例え現存プレイヤー全員を収容しきれる空間は充分あるのだろうな、と思う。
奏雨はウィンドウを操作して、あるべきコマンドを探す。以前消失したログアウトを今更探したわけではなく、テイマー用クエストの報酬である。
「やっぱり、か」
テイムモンスターの転移は不可能らしい。スキル感覚ではなくウィンドウ操作を要求する辺り、やはり手数を増やす重要さは開発も理解しているようで。
複製された時の挙動を読めない為、連れてきたテイムモンスターは一匹。《利運》《クローバーハント》を持つ幸運の白蛇、ディク・フルーカー・ラスネークのみ。もし複製されても、それほど痛手ではない。逆に戦闘を支えてきた鴉魂などがいないのは痛手と言えるだろう。――一か月前の彼ならば。
続いてメッセージを確認する。こちらも予想通り、出るまでは他者との会話が不可能となっている。これは従来の高難度と同様だ。
少年はそうしてウィンドウを閉じ、戦意を見せ――五時間が経った。
「マジでアイツ……!」
場面はダンジョン外。憤りを見せる鬼面の男は、メッセージボックスに送られた文面に拳を握る。
差出人は凍星奏雨、フレンドだというのにステータスなどが知れない状態にあるのはダンジョンに――文面通りになっていると椒朔月は推察する。
『今から《不朽鏡界》行くけど来る?』
無論、椒は友人に誘われたら怒りを感じる体質ではない。問題は、続いて十分後に送られたメッセージにある。
『行ってくるわ。気にしないでいいよ』
トラブル防止の為メッセージの消去は出来ないが、もしも可能ならば勧誘は跡形なく消去されていただろう。容易に想像が出来るというのもまた、怒りを促進させた。
すぐに反応出来なかった事に初めは悔いるが、やはりこの件において
声色からはありありと、しかし鬼面からは一切、その怒りは伝わってこないのが少々シュールだ。そして同じく表情の伝わらない一人のプレイヤーに、一通のメッセージが今しがた送られた。
五時間と、三十分。
獣人用スキル《強化脚力》を駆使して、狼耳の少年は平野を駆ける。五時間半の間スポーン地点すぐの場所で燻ぶっていたわけでは勿論無い。
「幸運が裏目に出てんな……!」
高AGI剣士ビルドの獣人が背後にピッタリと張り付いてくる。時折投擲される短剣をエンチャント済の杖で弾くが、その度距離が僅かに縮まる。いたちごっこにもならない競争は、決して増援を願った遁走ではない。
視線をゲームUIの一つに合わせていた彼は、何かを見つけたように眉をあげる。それからというもの行動は迅速だった、すぐさま杖に魔力を吹き込み始めたかと思えば、予め想定していた迎撃を凌ぎ呪文を成立させる。
速さ重視の魔法を打ち込んで体勢を崩したところに、火力目的の氷魔法を至近距離で命中させる。中堅レベルの複製体は凍結し、手抜かりなく放たれた刺突スキルでパーティクルと化す。
ドロップ品は防具の一部とアクセサリー。出回る事の少ない獣人用アクセサリーという事に胸が軽くなるのを感じながらも、すぐさまこの場を離れる。疾駆の最中に眉を落とした彼の表情を見る者はいない。
勝負を決めたのは至近距離で放った防御困難の火力魔法だったが、じわじわと追い込まれたフリをしていたわけではない。多少の駆け引きは存在するが、追い駆けている者の油断を再現する程機微で人間味にあふれたアルゴリズムは設定されていない。つまり、距離を詰められる前に自分から詰める事が出来たのだ。
勿論反撃という形が如何に爽快で、自分にも合っている手段だとしても、格下の相手に拘った倒し方をする余裕は今の彼にない。
そうせざるを得ない事情――MP切れである。
時には多対一も可能とする魔法使いは、故にリソースを必要とする。ドロップ品を回収する目的で潜ったダンジョンだが、奏雨は準備不足と判断不足のどちらも認めざるを得ない。ドロップ品でまかなえると思った回復アイテムは、連れてきたテイムモンスターの効果もあって高額装備や底辺アクセにすげ変わっている。
圧迫感を覚えるアイテムストレージにMP回復はごく僅か、それも全快する決戦用アイテムだ。エリクサー症候群もよぎるものだが、実際現状では使ってもそれが攻略の糸口になるか怪しい。
強力なエネミーが、場合によっては数十体いる環境のダンジョンには妥当な設定がある。彼は身を粉にしてそれを暴いた。
一人のプレイヤーに向けられるヘイトには限度がある。恐らくは三体、ヘイトを向けている複製体の合計レベルに応じて更に増える事もあるだろうが、体感そんなところである。尤も、反撃性のヘイトはこの例ではない。フィールドを覆う魔法を撃てば一斉にヘイトをかき集める事間違いなしだ。
逆に言えば三体までは、高レベルプレイヤーの鏡像が自分を殺しに来るという事。奏雨は身近な好戦的プレイヤー三人(白金、蒼星、月詠)が一斉に自分を殺しに来る絵を想像し、デスゲーム化以来感じなかった程の辟易を覚える。
MPを全開にしても無策では勝てない状況があるにしても、彼は何故ここまで断定的に動くのか。培った安全マージンから来るのも一つ。だが、奏雨に言わされれば断定的なのではなく――断定したからだ。
テイムモンスターでドロップ品に思わぬ変調が訪れた事が不幸なら、彼にとって最も幸運だと言えるのは
妥当と思えるだろうが、プレイヤーにエネミー判定はないのだ。
やはり妥当と思えるだろうが――エネミーを対象とするスキル《餓えし賢者》が複製体にも効力を発するとなれば、当時の奏雨のように驚く者もいるだろう。エネミーの情報を開示するパッシブスキルで彼は断定したのだ、帰路に存在するエネミー二体の90という絶望的なレベルを。
迂回する選択肢もあるが、目的まで遠大なルートを今のMP状態で駆け抜けられるか怪しい。帰還地点は山、つまり森を介すのも大きい。平野で狩りをしている彼は暗所閉所で遭遇する隠密ビルドを警戒していての行動を取っていた。迂回すればその試みも無意味と化そう。
見えたエネミー情報はビルドを断定するに至らない。ここで、彼は機動力で優位を取っていると賭けて疾走する手もあるが――運悪くエネミーの感知範囲に足を踏み入れた奏雨は、急を要する課題に見舞われる。
「マジかよっ……!」
見知った姿を確認した頃には戦闘は避けられないでいた。思考中、更には五時間半に及ぶ連戦で消耗したというのもあり、隠密看破を怠ってしまっていたのだ。
加えて《強化聴覚》では相性が悪い隠密。《忍足》で接近した修羅が凍星奏雨に肉薄する。
鬼面の男、椒朔月の襲来。仮面越しでも伝わる覇気の無さに反して、剣筋は一振りごとに命を散らす勢いだ。
隠密を事前に看破出来ないのでは開けた場所を選んだ理由が無い。木々を使った立体機動も平野に生えた数本では難しい。幸いHPにはかなりの気を配ってきた、いなし切れずにダメージを負うも、それが直接の死因となることは遠い話に思える。だが、このまま斬撃と刺突のやり取りをしていても劣勢なのはこちらの方だ。与え合うダメージの総量に大きな隔たりがあり、それを分かっている奏雨も別の土俵で勝負したいところだが。
自動MP回復ではまかなえない魔法でなければこの場を打開出来ない上に、物思いにふけって決断を下せていない彼はMP回復アイテムを使えていない。
構わない――そう、奏雨は牙を露わにする。
奏雨にはドロップ品以外にもう一つの目的があった。窮地の打開の経験は易々と積めない、故に極限でイレギュラーなこの場で打開能力を更に上げようという魂胆だ。ステータスが存在するからこそ輝く無二のプレイヤースキルをもってして、前線での価値を証明する為に。
指揮官役は向いていない。カリスマも責任に耐える精神も足りていない。だが、状況のコントロールなら。戦況の推察と流れの舵取りなら。……生きる世界が変われば、アイデンティティも必要とする。道理ではあるが、生きにくい彼である。
口角をあげたのも空元気ではなかった。ましてや死に場所を見て喜ぶ世捨て人でもない。奏雨の残存MPには、言っている以上に余裕がある。勿論、剣戟の間に補充する裏技なんてない。つまり、見方を変えただけだ。
倒す程のMPはないが、一時的に退けるMPとしてみれば悲観するのもまだ早い。勝利条件は一時的に、回復アイテムを使用する事へ変更された。
生半可な魔法では歯牙にもかけないだろう。チャンスは少ない。
後方へ大きく跳ぶ。椒のステータスなら距離を詰めるのには困らない、むしろ勢い付けさせる悪手にも転じかねないが、奏雨の狙いに逃げはない。
《
横薙ぎに振った杖の軌道に準じた氷の刃が、椒の進行方向へ着弾する。偏差に失敗したようにも見えるものの、《氷閃花》の特徴は着弾時にある。ワンテンポ遅れて、着弾地点に氷晶が咲いた。躓くのを避けて跳躍する椒は、妨げられることなく接近を続ける。
《氷結領域・中》
地面に突き立てた杖から正円の氷が広がる。発生した冷風が奏雨を中心にして外敵を反発した。空中にいる椒は巻き起こった風に阻まれ、受け身を取る。見上げた鬼面の裏で光る瞳は――ポーションを咥える少年が向ける、杖の切先を睨んだ。
「凍て狂う大地は我が磐座。其の眼差しに跪け」
《天蝕・氷雪》
その場の氷雪を用いた攻撃魔法、消費MPは使用する氷の規模で変動する。計算していたわけではない奏雨は、その事実に苦笑を見せた。最早、初期魔法の《氷の矢》すら撃てない程きっかりと、MPが全損している。
そして、ゼロから満タンへジャンプアップ。この攻撃で倒せれば御の字だが、やはり椒はピンピンとしている。使用した氷からして一割も減っていないだろう。
これでイーブン……とはならないのがこの戦場だ。
「分かってんだよなぁこれが!」
二人と距離を取った箇所で、その男は大槌を構える。両手でめいっぱい持ち上げた大槌を――その場で振り下ろす。地面を割って対象を攻撃する《アース・クラッシュ》が奏雨に襲い掛かるが、事前にモーションを見切り、そのスキルの射線から退避を済ませていた。
二人目のエネミーは鈍重で、椒との連携には向いていない。これなら――
《縮地》
「――ッ!」
咄嗟に杖でガードするも、移動先に回り込んだ椒は既にスキルのモーションを成立させていた。大きな衝撃が杖越しに伝わり、その剣を振り抜かれる。振り抜いた軌道がそのまま被撃感覚に繋がっている――ガード仕切れていなかった、それもHPの半分は持っていかれるくらい不完全に。
《ジェットステップ》
完全初見の大槌男が迅速に追撃を放つ。開いた距離をもってして無害と思っていたエネミーだが、瞬間機動スキルがあるなら話は別だ。一撃の重たい大槌は流石にガードが成立しない。
「《氷槌》!」
杖を下から切り上げるように振ると、現れた魔法陣から高い質量の氷塊が大槌を食い止める。否、減衰した大槌はそれでも奏雨に命中した。
HPが四分の一にまで下がる。その事実をもってしても、絶望にはまだ早い。
椒に配られた切札。例え斬るべきプレイヤーがその場から消え去ったら――エネミーは生存の為に、周囲のアルゴリズムを壊し始めるであろう。正しく幽鬼のように。
《修羅》
掠り傷すら許さない死線が、奏雨の前に立つ。
《強化脚力》も《縮地》相手では大したアドバンテージにもならない。目的地を一瞥し、椒に向かい合う。
否――
この場においては既に、エネミーであっても椒ではない。
《千枚透し》
エネミーは自分の業をものともせずに避ける。長距離狙撃にも似た点の攻撃だ、無理もない。理想が今の一撃で倒す事だとしても、そも椒にとっての目的は、他にある。
「ッ!」
一か八かの疾走。勿論目的地は脇差の結んだ沿線先。その先にいるレベル90代二人はこの際気にしない、下手すれば今の《千枚透し》で目を付けられているかもしれないが、それでも二人ならやりようは幾つかある。
速度の差を後ろ手で放つ魔法で誤魔化し、接近する。
そう時間もかからず姿が見え始める。ここで奏雨は思い出したように《狩人の眼》、ズーム視野を使用した。
見えるのは交戦中のプレイヤー達。思っていた通りレベル90代と剣を交える椒と――
「なるほど、そりゃそうだ」
ギルドを担いし名タンク、塩宮るれあ。
「お前さ」
「うん」
「本当……マジで本当にバカ」
「今回ばかりは右に同じく……」
「割といけてたんすよ」
クソデカ溜め息が最寄りの都市に溶けて消える。無情にも喧騒は聞き入れる事なく、奏雨も慣れた顔だ。
凍星奏雨がダンジョンに入って約六時間、ランナーズハイに似た解脱感がその身を浸している。今の彼ではどんな言葉も響くまい。一度見殺しにして痛い目を見させるという手段がどれほど平和的だったか、椒は身に染みる。
あれからレベル90代の複製体を全部で三人程、塩宮が抱え、それを横から二人が殴り殺すというお手本のような攻略を済ませた三人。後から現れた(というか道中に居た)塩宮をスルーしての今。奏雨の連戦を鑑みて、椒と塩宮は多くの言葉を飲み込む。
「ま、収穫はかなりあったし、しばらくいいかな」
「じゃなくてさ」
「分かってる。誰か呼ぶよ」
この場合の『呼ぶ』が同行させるのか声を掛けるだけなのか、若干判断つかないままでいる椒へ、一つのアイテムが贈られる。
「んで、これはお礼って事で」
「《
まんざらでもなさそうな声色。太刀属性ながら一部魔法の媒介にもなる武器、言わずもがなドロップ品である。一ミリも絆される事はないが、それはそうと懐へ納めた。
この世から姿を消したプレイヤーの名刀という事を、塩宮は告げずに見ているのみであった。