説明しよう。ススーロ褒めちぎり隊とは、読んで字のごとくススーロを褒めちぎって照れさせようという、尊大なる目標を胸に活動する隊のことである。(隊員数一名)
隊を発足した理由は、先日医療部の新人に褒められて赤面したのがかわいかったからである。表面上は恥ずかしがっているが、耳をピコピコさせているほど喜んでいるのが垣間見えて微笑ましかった。
その耳がとてもふわふわしていたのが印象的だった。
褒めちぎり気分よくさせて、あわよくば耳を嗅いでやりたい、吸ってやりたい、啜ってやりたい。そんな邪な心があってもいいじゃない。人間だもの。
恥ずかしがらず、さあみなさんご唱和ください。
ススーロを啜ろう!
◆
書類仕事を終えた私は、思い立ってすぐさま医療部へと向かった。
「あ、ドクター」
ちょうど医療部のドアでススーロと鉢合わせる。
「ススーロか。これから定期健診?」
「うん」
鉱石病患者の定期健診は彼女の大事な仕事の一つだ。時間はある程度決まっており、ほぼ日課のようになっている。つまり、彼女が医療部から離れる時間でもある。
「もしかして体調が悪い? ダメだよちゃんと寝ないと」
「いや、今日は用事があってね」
「なら安心なんだけど、この前は朝まで仕事をしているのを見たからね。疑ってしまうよ」
「う……」
「いい? 医者は治療や異常がないかを診られるだけなんだ。予防するのは個人がやるしかない。いくら仕事を頑張っても、もし倒れたりしたら結局支障を来すんだよ?」
「すみません……」
自分よりもずいぶん小さい子に、まるで保護者のように叱られている。根底には心配や優しさがあるとわかるから、とても心が温かくなる。決してそういう趣味があるわけではない。
「今後は気をつけるんだよ。じゃあ行くね」
小さい体は反転し、病室へと向かっていった。そんな背中をありがたりながら見送った。
「何をしているんですかドクター?」
はっとしてドアの方を見ると、そこには怪訝な表情をしたフォリニックがいた。
「ニヤニヤしてて怖いんですが」
「い、いや何でもない」
慌てて首を振って取り直す。
「何の用事です? 今日の健診はなかったはずですが」
「実はススーロに関して頼みがあってだな」
「ススーロさん?」
と、彼女が向かった廊下の先を見る。
「頼みって何です?」
「何、簡単なことだ。彼女を褒めてほしいんだ」
二人しかいない通路がしんと静まりかえる。
「いや、よくわかりませんよ。褒めるのは別にいいんですが、褒めろと指示されるのは何か違う」
「別に難しいことは言ってない。普段頑張ってる彼女を労ってやりたいだけだよ」
「理屈はわかりますが、急な提案がちょっと怪しい」
フォリニックが目を細める。
「何が怪しいって? 他の人に褒めてほしいという気持ちのどこが怪しいんだ。言ってみて?」
「えっと、それは」
「この前新人に褒められたのを嬉しそうにしていたから、もっと褒めるべきだと思っただけだよ。どこにやましい気持ちがあるって言うんだ」
数秒沈黙し、こほんと咳をする。
「疑ってすみません。新人が褒めていたのは直に聞いていましたが、それを耳にして嬉しそうにしていたんですね。なんだか微笑ましいです」
「やってくれるね?」
「もちろんです。狙って褒めるのは逆に難しいでしょうが、やってみましょう」
フォリニックは軽く会釈をし、室内に帰っていく。私も目標を終えて、きびすを返して執務室に戻る。
ススーロは頑張ってる。彼女の八面六臂の活躍はみなさんもご存じかと思われる。特に印象的なウォルモンド、彼女の秘録も含めたストーリーが記憶に新しいが、影で活躍したものを含めれば枚挙に暇がない。
そんな彼女を褒めるのは当たり前である。何も間違ってはいない。それで得られる副産物を妄想しながら、その日は夜まで仕事をしていた。
そして次の日、
「ふんふんふん」
執務室を出て所定の位置にいると、鼻歌を歌っているヴァルポの女の子が向こうから歩いてくる。
「あ、ドクター」
私に気づくとファイルで顔を半分隠す。だが照れた表情はしかと見えた。
「ずいぶんご機嫌だな。一体何があったんだ?」
「そんなに顔に出てた? 実は、同じ医療部の人から褒められたんだ」
案外簡単に自白した。尊敬している人からの褒めだから素直なのかもしれない。
「ドクターはどうしてここに?」
「運動がてらの散歩だよ」
「運動を心がけるなんて感心だね。じゃあ私は、今日も健診に行かないと」
ススーロを見送り、その足でまた医療部に向かう。今度はフォリニックではなく他のスタッフに頼んでみた。彼女の人徳もあるからか、みんな快く引き受けてくれた。
結果は大成功だった。翌朝所定の位置につき、今度は声をかけず影から見守っていると、にまにまとしているススーロを見た。
こうなったら医療部以外にも輪を広げよう。そう思った私は、まず同じヴァルポであるスズランに頼んでみることにした。
「ススーロお姉さんを褒めるんですか?」
「ああ、ぜひ労いたいと思ってね。できたら他の人にも頼んで欲しい」
「いいですね。そんな提案をしてくれるドクターさんは素晴らしいです!」
「……」
その日は罪悪感に苛まれ寝込んだ。
地道な活動をして幾日が過ぎる。そしてある日、いつものように所定の位置にいると、ススーロの様子がおかしいのに気づく。壁におでこをつけ、頭を抱えているのだ。
「うう……なんだか最近おかしいよ」
近づいてみると、そんな声が聞こえた。
「どうしたんだい?」
「あ、ドクター」
彼女はこちらを見ると、慌ててしゃんと立つ。
「なんか、最近みんなに褒められるんだ」
「いいことじゃないか」
「数がおかしいんだよ。出会う人出会う人みんなが褒めてくるんだ」
作戦が功を奏している。
「もちろん嬉しいよ。嬉しいけど、普段とは違う状況に戸惑っててさ」
「何もおかしくないよ。それはススーロが頑張っている証拠さ!」
「え?」
「ススーロの頑張りを見ればまだ足りないくらいだ」
耳がピクッと動いた。
「か、からかわないでよ」
「何もからかっていない。これは本心だ。その若さで医療に邁進する様は尊敬するくらいだ」
だんだんと頬が紅潮していく。
「ドクターもおかしいよ。みんなして私をからかって……もう行くね!」
「どこに行くんだい?」
「え?」
「今日は秘書の仕事があるでしょ?」
「……そうだった」
もちろんこの流れは計画済みだ。
というわけで執務室に行くと、今日も今日とて書類が机にタワーのごとくたまっている。二人してため息をつき作業をするが、その間も褒めは欠かさない。
「いやあススーロがいると仕事がはかどるなぁ!」
「わかったから」
「癒やされる!」
「仕事と関係ないじゃん」
「いつも体調をきづかってすごく優しい!」
「静かに仕事して!」
色々ありながらも仕事をやりとげる。
「ああ、今日もしんどかった……ん?」
疲弊した体を背もたれに預けると、ソファでうつらうつらとしているススーロが目に入った。
「ススーロ」
「あ!」
うつむきかけた体を起こし、寝ぼけ眼でこちらを見る。
「ごめんね。ちょっと寝落ちしそうになっちゃった」
「もしかして、だいぶ疲れてる?」
「いや、疲れてない。疲れてない……と思う」
「普段の業務にくわえて今回の秘書の仕事だ。疲れるのも無理はないよ」
まぶたが重くなったような表情で疲労度合いがわかる。
「提案がある。仕事も終わったし、執務室でちょっと眠ってみたらどうだ?」
「え? いやこんなところで寝るなんて行儀が悪いよ」
「私が許可する。そのソファでいいから眠るんだ」
「でも……」
「医者なら昼寝の重要性は知っているだろう。自分の体調をいつも気に掛けてと言ってるのに、ススーロ自身がその姿を示してくれないとダメじゃないか」
「うう……」
困った顔に乗じて耳が下がっていく。
「わかったよ。寝るよ」
「それがいい。素直なのが一番いい」
「じゃあ私からも提案するよ。ドクターも一緒に寝ようね」
「え!」
「私の隣で、ほら」
ポンポンとソファを叩く。
「二人で眠れば共犯になるからね」
いたずらっぽく微笑んだ。
「あ、ああ……わかった」
若干緊張した感じで隣に座る。するとススーロはすぐさま、私の肩を借りるように頭を乗せた。
「すぅ……」
すぐに寝息が聞こえてきた。仕事を終えた安心感なのか、それとも疲労がたまっていたのか、いずれにせよ限界が近かったわけだ。
今、ススーロの頭は私の肩に当たっている。すると必然的にあの耳が目の前に現れる。横にピンと伸びた、毛に包まれた耳。
嗅ぎたい、吸いたい、啜りたい。だが……
私は正面を向いた。
さすがに寝込みを襲うのは違う。昼寝を提案したのは紛れもなく良心からだ。本当に疲れているのは仕事中の様子を見ていればすぐにわかったし、それでもきっちりと仕事をして迅速に終わらせてくれたのだ。ならばこのまま眠らせてやろうじゃないか。医療部の過酷なスケジュールの中、降って湧いたような秘書の空き時間だけでも静かに休むべきなのだ。
だから変なことは一切しない。目の前にあるふわふわなんかに、絶対に負けない。
……
…………
……すんすん。
「うわ!」
ススーロが飛び起き、耳を押さえてささっと向こう側に移動した。
「な、なんで耳に顔を当てたの!」
「我慢できませんでした」
「え、どういう意味?」
「実は前々からススーロの耳を触りたかったんだ」
「ええ……」
「触るだけじゃなく、ほわほわの耳を啜ってみたかったんだ!」
「啜るって何さ。麺とか液体にしか使わない表現だよ」
「液体なんだが!」
「何が!」
自分でも体が勝手に動いたことに驚いている。本当に何もしないと誓ったはずなのに、耳の魔力は恐ろしい。
「私の耳が気になるの?」
「気になる!」
「そんなに気になるんだ」
うつむいて恥ずかしそうな表情でこちらを見る。
「なら……」
そう言うと、座ったまま近づいてくる。そして何を思ったのか、私の足の間に座ってきた。
「嗅ぐのはダメだよ。だけど、マッサージならいい」
「え、本当に?」
「いいよ。でも嗅がれるのは恥ずかしいから絶対にやめてね。もしやったら逃げるから」
「わ、わかった」
情けないのだが、いざぐいぐい来られると戸惑ってしまう。よもや自分から来るとは思ってもいなくて、まだ心の準備ができていない。
目の前には耳がある。車で言うならハンドルの位置にある。少し上下に動いているのは、脈なのか感情を表しているのかはわからない。
意を決して、耳を触る。
「ん……」
あ、やばい。変な声を出さないでほしい。
なんとか平常心を取り戻しつつ、手の感触に意識を集中させる。
ふわふわだ。もうダメだ。手がなでることをやめてくれない。一生この毛触りを堪能したい。
「ドクター。もう少し優しく……」
「わ、悪い」
欲に一瞬負けてしまったが、さすがに罪悪感が勝ってしまった。
邪な気持ちはあったが、さすがに仕事の後に疲れているところをどうかしてやろうという気持ちはない。さすがにそんな弱みにつけ込みようなことはできない。ここからは心を入れ替えて疲れを癒やすのに専念しよう。
「んん……気持ちいい」
どうやら耳にいいツボがあるようだ。やはり疲れがたまっているのだろうか。
医者は徹夜をしても治療に専念することがある。ススーロが医学生の時には鉱石病が発生し始めた時期だったから特に大変だったと聞く。もふ。医学生の頃から鉱石病と向き合い、ロドスに加入した後もすさまじい精神力で教えを吸収し、患者と向き合った。ウォルモンドの活躍も記憶に新しく、彼女がいなければもふっと被害は広がっていただろう。
この小さな体のどこにそんな精神力と体力があるのだろうかもふ。自分の業務で精一杯のもふなのに、記憶障害の私にとても気を遣ってくれてもふ。だから労ってもふやりたい。彼女にもふ一時の安らぎを与えたい。
もふもふもふもふもふ……。
「んああああ……」
情けないススーロの声が聞こえても、手を止めることはなかった。
「ドクター。失礼する」
なじみのある声が聞こえてきて、動作と思考が停止する。もしかしたら脈や心臓も止まったのかもしれないと思った。
「何をしているんだ。ドクター?」
そこにはケルシーがいた。こちらを豚を見るような目で見ていた。
「い、いや。違う」
耳を離した瞬間、ススーロが左膝に倒れた。
「ドクター……そんなに強くしちゃダメ……」
膝が熱く感じるくらいに赤面して、吐息も絶え絶えに言った。
「私の同僚に何をしているんだ?」
「ご、誤解です!」
「何を弁明するつもりなんだ? 話は医療部で聞こう」
「何もしてません! えっちょっと待って! こんなところでMon3trを出さないで!」
弁明の余地なく、ケルシーに無理矢理連れて行かれた。
その先の記憶はない。何でも医療部から悲鳴が聞こえてきたらしいが、何も覚えてはいない。覚えているのは直前に触った耳の感触だけである。
とんでもない目に遭ったが、その分の見返りがあった。
「ドクター。今日もツボ押しお願いできるかな?」
今日も執務室に来て、頬を赤らめて角から尋ねてくる。どうやらススーロも気に入ったらしく、たまに訪ねてくるのだ。
記憶を消すほどの苦痛と引き換えに、合法的に触れる権利を得た。その権利を行使し、今日ももふもふを堪能していくのだった……。