トリガーは日常の中   作:充椎十四

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その3

【君が肖像】

 

「神様になりたい」

 

 このところ元気のないヨーコから「相談したいことがある」と言われて押さえたのは創作和風料理屋の個室だ。最近増えてきたタブレットでの注文方式を取っているため店員に周囲をうろつかれる心配がないのと――ヨーコは肉より魚が好きだから。

 

 夕飯はもう食ったが十時を過ぎれば小腹もすく。あれも美味そうこれも食べようと注文し、お通しのキムチ三種盛りを食いながら適当な話をして過ごす。メンマはラー「メン」の「マ」竹だからメンマと言うのだ、なんて無駄知識をここで披露しないでいつ披露するというのか。

 そんなこんなで酒と料理が――揚げ物がまだだが――テーブルの七割を埋めたので、乾杯。

 

 神様になりたい、なんて突飛なことを言いだしたヨーコを見れば手にはお猪口。とはいえまだ店員が去ったばかりだし、呑んだとしても一口くらいだろう。

 サーモンのわさび漬け和えの皿を寄せてやるとヨーコは「あんがと」と軽く礼を言って取り皿に盛り始める。

 

「神様ねぇ……。オマエが宗教法人をやるなら信者は入れ食いだろうな。ああ、ハコの手配が必要ならうちのパーどもに声を掛けよう」

「あ、や、違う。オレ教祖じゃなくて神になりたいんだ、崇められる方。そう、我を崇めよ……」

「ハハ、そっち! それなら既にオマエは神だろ、オマエのライブ端から見たら宗教行事だぜ? 客とサビ一緒に歌ってんのとかは特に、声明やら賛美歌あたりっぽいよな」

 

 そう言えばヨーコは「んは!」と声だけは楽しげに笑った。

 

「知ってる!――でも、その熱っていつか冷めんだよな」

 

 オレあと数年もしたら「終わったコンテンツ(オワコン)」になるだろうからさ。――そのヨーコの言葉に思わず立ち上がる。

 重みのある椅子が大きな音を立てて倒れた。

 

 常に自信に溢れ肩で風を切って歩くヨーコがこんなことを言うなど、ありえない。何があった。

 

「……一体どうした。何がお前をそんな風に揺らがせた? お前の邪魔をするような馬鹿がまだ芸能界にいるのか?」

「揺らいでるとか邪魔な奴がいるとかそういう話じゃなくてさ。たんに、オレの賞味期限が近いのを、オレが自覚してるってことだよ。……とりあえず座れ、落ち着け」

 

 倒れた椅子を指差し訳の分からないことを言うヨーコに、テーブルを殴って迫る。

 至近距離で目を凝らしても、ヨーコの顔に酔いは見えない。冗談を言っているという雰囲気でもない。

 

「これが落ち着けるか!――どうしてそんな馬鹿なことを言い出した? 発表する歌のほとんどはミリオンセラーで、ラブソングの代名詞、性別を超えた美形ミュージシャンといえば先ず挙がるのは誰の名前だ? お前の名だろうが。ライブをすれば毎度満員御礼で、抽選に落ちた数多のファンを泣かせてる。

 ……言え、オワコンだなどと誰が言った。誰がそう思わせた? そいつを今すぐ潰してやる」

 

 そう言葉を重ねるオレから目をそらし、ヨーコは片手で顔を覆いため息を吐いた。

 

「誰に言われたわけでもないって。――あのな、想像してみろ。八十とかそのあたりの年になったオレが、もうとっくに張りがなくなってヘロヘロの枯れた声で、『想い出の歌、生歌のゆうべ』とかそんなタイトルの音楽番組で歌う姿を。そこに熱はあるか? 見てて熱くなれるか?」

「……はあ? まだお前は三十だろ、何年後の話をしてる」

 

 そんな遠い未来を心配して「自分はもうオワコンだ」なんて馬鹿げてる。人生百年時代だぞ。

 

「もう三十年過ぎた、次の三十年だってすぐ過ぎる」

 

 お猪口の無色透明な液体を一気に干すと、「いいから座れ、落ち着いて話ができない」とオレの肩を軽く押した。

 仕方なく椅子を起こして座る。

 

「……一昨年辺りからずっとだ。この熱狂をいつまで保てるのか悩み続けてる。残りの期限はあと五年あるのか、十年あるのかって」

「ヨーコ」

「そろそろネタは切れるし、次第に熱も冷める。……それをオレは舞台の上から見せられるんだ、鉄太。吐き気がするほど愉快な未来予想図だろ? 今ならドラッグに逃げるミュージシャンの気持ちが分かるってもんだ。

 怖いんだよ。ネタ切れの先に訪れるだろう、穴だらけで冷え切った客席が」

「ヨーコ」

「もう、オレには、ファンの皆しかいねぇのに」

「ヨーコ……」

 

 ヨーコは、老いる、枯れる、冷めると否定的な言葉ばかり並べ立てる。

 

 少年時代には脇目を振らず熱中できたのに、五年十年過ぎるうちに……なんてのはよくあることだ。金の問題、体力の問題、実生活の問題、そのほか様々な熱中できなく(・・・・・・)なる理由(・・・・)が増えていくからだ。

 とはいえそれは客側の事情であって、舞台に残されるヨーコにとっては「去っていかれた」事実だけが真実になる。

 

「オレは伝説になる。手を貸してくれるだろ、鉄太」

 

 ヨーコのオーラはむしろ輝かんばかりで、触れればそのまま吸い込まれそうな引力を放っている。この数年ほどは(かげ)っていたのに。

 

 『超新星爆発』の文字が頭をよぎる。そのボタンを押す権利を、オレにくれるのか。

 

 ――それから数カ月。

 地元神奈川の舞台で胸にバラを咲かせ倒れていくヨーコの姿を、有料放送の生中継が、余すところなく映している。

 どう、とヨーコが倒れる音が静かなそこに響く。客席から上がる発狂したような悲鳴。映像がぐらぐら揺れ動くのはカメラマンも混乱しているからだろう。

 

「お前のダチになりたかったよ、ヨーコ」

 

 親もダチも好きな女も手放して、「もう自分にはファンしかいないんだ」と自嘲っていた同類(ヨーコ)のために目を閉じた。

 

+++++

 

【楽園追放】

 

 アラサー祝いの名目でヨーコをメシへ誘えば、二つ返事で頷いてイタリアンを希望してきた――だが「高級料理屋(リストランテ)は大袈裟で嫌だ」と言う。

 また、料理名を思い出せず「イタリアンでふわふわのお好み焼きっぽいのあるじゃん、あれ食べたい」とか抜かしたから、フリッタータの美味いちょっといい飯屋(トラットリア)を探すことになった。自分の誕生祝いなんだからとあれこれ注文が多いし食い物の好みがうるさい。――牛肉は嫌だ、向こう側が透けて見えるくらい薄切りのプロシュートを食べてみたい、パテは嫌いだ、デザートにキャラメルやヌガーを入れるな、サクサクしたのが好みです、など。

 

 とはいえ、その程度の好き嫌いは常識の範囲内。他のS62世代連中のわがまま勝手と比べればあまりに平凡でまともな要求だからむしろ肩透かしを食らった気持ちにすらなる。なんせアレルゲンを除くより簡単だ。

 

 当日。貸し切りにした店内には陽気な歌がBGMとして流れているが、「イタリア語っぽい歌」だが歌詞は全く分からない。陽気だということだけは確かだから地方のオペラっぽいイタリア歌謡曲(カンツォーネ)なんだろう。

 お通し(アミューズ)、前菜、メイン――ヨーコが食べたがったフリッタータだ――と順に出される料理を食い、飲む。口直しの後に肉料理――本人の希望によりチキンソテーになった――が来て、店員に渡しておいたワインレッドの飲み物がようやっとヨーコの口に入る。

 

 ヨーコが目を丸くしてワイングラスを見下ろし、次にオレに目を向けた。

 

「ね、コレ、なに? ワインの良し悪しとか全然分からないしむしろ苦手なんだけど……なんか慣れた味っぽい気がする。気のせいかな」

「気のせいではないな、ワインじゃねぇから」

「マジか。なんてやつ?」

「ウェルチの濃いやつ」

「あー、濃いやつか。たしかに濃いな」

 

 ヨーコは人のいる場で酒をほとんど呑まない。オレと二人きりの場であれば、少しだけ。

 

「濃いウェルチうまー」

「肉を食え、肉を。冷めるだろ」

 

 全く困ってない顔で「それは困る」と呟き、やっとカトラリーを持ってチキンソテーと向き合った。

 

「――そういえば、ココを許したらしいな」

 

 コースも残るはデザートを残すばかりになって、今日一番訊きたかったことをようやっと話題に出せた。

 二杯ほどスパークリング梅酒を呑んだ今のヨーコなら答えてくれるかもしれないと思ってのことだ。顔が赤いし、さっきから少し口の滑りが良い。

 

「ん? ああ、ウン。許したよ」

「それはどうして。六年以上経ったからもう時効ということか? 優しいな」

「いやぁそんなんじゃない」

 

 へらへらと笑いながら手を振ると、ヨーコは酔って潤んだ目を細め、密談でもするように声を低める。

 

「九井くんって一途で夢見がちじゃん。そんで怖がり。だからだよ」

 

 ツラは可愛いくせしてこの男は、と、つい声を上げて笑った。ココが「許されると逆にいっそう罪悪感を覚えるタイプ」だから許したのか。

 

「悪魔め」

 

 吐き捨てた言葉は、オレの思っていた以上に機嫌よく響いた。

 

「鏡見ろよ鏡」

 

 これからますます谷底へ沈んでいくのだろうココのの未来を祈り、グラスのウェルチを飲み干した。

 

 

 

 

【本願成就】

 

 ヨーコが自宅で自殺した。第一発見者のマネージャーは警察に連れて行かれてから丸一日帰って来ず、それからまた一日してヨーコ――の遺体を引き取ることが出来た。引き取っていったのはヨーコの両親だが。

 

 ニュースになるより先にマイキーにヨーコが死んだことを伝えれば、マイキーはくろぐろとしたデカい目を丸くして「なんで?」と訊いてきた。

 『なんで』なんて、オレこそ知りたい――想像はつくとはいえ、それは想像でしかない。

 

「ヨーコはイザナと鶴蝶の兄貴分だって言ってたのに、二人を置いていったのか?」

「それは――」

 

 言葉に詰まる。兄貴分のつもりだから(・・・)死んだのではなど、軽々しく口にできるわけもない。

 

「兄貴って、なんで弟を置いてくんだろ」

 

 オレはその答えを持たない。

 

 ――ヨーコが平手政秀よろしく「イザナらを諌めるために死んだ」と分かったのは日付指定のメール便が届いたからで、イザナと鶴蝶は葬式のため朝から不在にしている。

 

 ヨーコから最後に何が届いたのか見ようぜと事務所に集まったのは元横浜天竺の面々だ。ヨーコと私的に関わりがあったのがコイツらだけだからとはいえ、S62世代ばかりなのには圧迫感が強い。

 『みんなへ』と書かれた手紙のコピーをそれぞれに配布する。悪筆とは言わないが癖の強い字が並んだそれを読み終えた灰谷兄は「ヨーコ犯罪嫌いだったしな」と呟き、灰谷弟は燃え尽きて文字通り灰のようになった。九井は表情が抜け落ちた能面のようなツラでふらふらと部屋を出てゆき、モッチーはため息一つ漏らしたのみ、ムーチョは真顔でスマホをへし折った。

 

「犯罪が嫌いだからと言って死ぬか? 極端過ぎるだろ」

 

 モッチーの疑問に答えたのは灰谷兄。

 

「ヨーコ、むかし性犯罪の被害に遭ってるからなァ。自分がその『犯罪者』の枠組みに入るってことが受け入れられなかったんだろー?」

 

 体のあちこち舐め回されりゃあ嫌悪感しかないよな、と肩をすくめた灰谷兄を見上げる弟の目はガンギマリに見開かれている。

 

「兄ちゃん、なんでそんなこと知ってんの……?」

「んー? あー、ドッキリ企画の時にオレが警棒プレゼントしたろ、アレでね。聞いたっていうか聞いちゃったっていうか?……聞いて気持ちのいい話じゃないから今まで言わなかっただけだよ」

 

 「あいつグニグニしてたりしっとりした触感のもの嫌いだったろ」と言われ、数年前テレビ番組でパン作りをした時にうーうー唸っていたのを思い出す。

 感触が嫌だったのか。

 

「……お、鶴蝶から連絡。ヨーコのメモリアルルーム作るから部屋一つ開けろって、大将が」

 

 灰谷兄がこちらにスマホの画面を向け、普段と変わらぬへらへらした顔でイザナからの指示を伝えた。

 

「どこの部屋にすんの? 死人のための部屋って風水的にどの方向が良いとか知らねーよオレ」

 

 手紙のコピーを筒状に丸めて手に持ち、灰谷兄が立ち上がる。

 

「候補あげとこーぜ。何にも決まってねぇってなったら大将キレんだろぉ」

 

 ――翌朝、事務所に現れたイザナは手のひらほどの木箱を大事そうに持っていた。

 

「なんだそれ」

「ヨーコの骨。カクチョーに昨晩連絡入れさせただろ、ヨーコのメモリアルルーム作るから部屋用意しろって。仏壇置くから」

「は? 骨? ヨーコの? まさかお前」

「盗んでねーよ。オレが骨上げした分そのまんま貰った」

 

 親族でもないくせに骨上げに参加した挙げ句、分骨までしてもらったのか。

 面の皮が厚いことだと呆れながらイザナの顔をふと見れば――イザナは、微笑んでいた。

 

「……こわ」

 

 何が嬉しかったんだ、あいつ。

 

+++++

 

 カクちゃんが退院したのは関東事変から十日くらい過ぎてからで、退院してすぐ一号――イザナくんのお別れ会が開かれた。

 灰谷兄弟がオーナーしてるっていう六本木のライブハウスは部屋の三方が花で埋め尽くされていて、献花台っぽいテーブルにイザナくんの写真が置かれてる。

 

 お別れ会に参加できるのは生前イザナくんと交流があった人と関東事変で関わった東卍幹部くらいだそうで、教室三つ分くらいあるライブハウス内はいい感じに空いてる。オレたちが受付を済ませたあとに何人も知らない顔が来て――追い返されてた。関係者か否かの判断は受付のヒトヨシさんやカクちゃんがやっていた。

 

 お別れ会の開始まであと三十分近くあるから、みんなグループごとに分かれてざわざわと喋ってる。そのグループそれぞれの中心になっていいはずの人たち……つまり灰谷兄弟とか「現代の動画でよく見た顔ぶれ」が会のスタッフとして黙々と動いてるのに、なんか変な気分だ。

 

 カクちゃんの話によると、お別れ会を終えたら関東事変での騒ぎについて自首する予定だとか。あの現場にはムーチョくんだけ残って、ムーチョくん一人だけ逮捕されちゃったからな……。一号と愉快な下僕どもの中でムーチョくんとモッチーくん以外のイメージって「犯罪スレスレ」「不謹慎」「我が道を行く」「常識にとらわれない」「バカ」だったのに、よく自首する気になったなって思う。

 けど、無関係なエマちゃんまで殺したんだ。実行犯は稀咲だけど反対したり止めたりしなかったなら償うのが道理だし、償う意思があることに少し安堵した。

 

 あと十分くらいって頃、ピアノの近くにYOKOがいるのを見つけた。千冬に「ちょっと離れるから」って言って東卍の集団を抜け、YOKOに声をかける。

 

「YOKOさんすよね! あのー……ええと、こういう場でするようなネタじゃないんすけど、未来のキミ? の指示だから……『ドーモ、転生者=サン』」

 

 目を丸くしたYOKOに小声で「オレは未来から来てて! タイムリーパーってやつで!」って早口で言ったら、YOKOの口がパクパク動いた。

 

「マジ……?」

「マジ、っす!……って言っても未来ってガンガン変わってて、オレのいた未来では一号生きてたしYOKOと一緒に動画投稿とかしてて……だから一号が亡くなったのマジで訳わかんねぇっていうか、あの、連絡先教えてください」

 

 間近で見たYOKOはガチで美少女で、緊張でワケ分かんなくなって考えてることがそのまんま口に全部出た。羊歩くんは「前世でYOKOだった」って言ってたけどホントにそうなのか、子どもの妄想の可能性もあるしと思うと余計に焦って早口になる。

 

「……はは、マジか」

 

 YOKOは片手でオレを押し止めるようなポーズを取ると、ポケットを探ってハンカチを取り出した。

 

「タイムリーパーかぁ。いいじゃん」

 

 目元を左右順番にハンカチで押さえて何度か深呼吸して気持ちを落ち着つかせてから、「あとちょっとで開始だから今はアレだけど、後で話したい。連絡先交換しよう」と言ってくれた。

 ケータイの赤外線を向き合わせるため伏せたYOKOのまつ毛が長くて、なんかドキッとする。

 

「花垣くん中身未来人なんだったら、将来のイザナのプロフィールは知ってる?」

「あ、はい!――はい、ウィキにも載ってましたし!」

「ウィキページまで出来てたのか、スゲーなァ……なら、イザナの好きな歌とか覚えてないかな」

 

 切れ長の目がオレをそっと貫いた。まるで心まで覗き込もうとしてるみたいな目だった。

 

「は、はい。何曲かは。ルフランと、Voyagerと、あと……えーっとFirst Love! とか! 早口の歌は好きじゃないって言ってました」

「ボイジャーか。それなら早く発表しておけば良かったかも――いや、しなくて良かったのか? ん、あー、もう始まりそうだし、会が終わったらまた来て。無理そうならメールで」

 

 そして始まったお別れ会の司会は中田さん。親しい人ってか親しいグループから順に献花していく流れらしい。恥✕恥関係の人たちはもう先に花を供えてるそうで、最初はカクちゃんだった。次に逮捕されたムーチョくんを除く横浜天竺の幹部で、それから初代黒龍メンバーだって言う人たち。オレたちは最後の方だ。

 

 室内を満たすBGMはYOKOのピアノ――S席一万円を越すライブしてる現役芸能人が弾くピアノだけど、お別れパーティーだと思うと逆に気が重い。何曲か知ってる曲が流れて、演奏が止まったと思ったら灰谷兄弟がYOKOが弾き語りできるようにかスタンドマイクを運んでた。五分とせずに設置が終わって、YOKOがマイクのスイッチを、入れた。

 

「えー……進行を止めてしまって申し訳ないです。私はイザナの幼馴染でYOKOと言います。――これから二曲ほど、私の最大の理解者であり……親友であったイザナに捧げます。が、録音や録画をしてニコ✕2とかに投稿するのはやめてください」

 

 一曲目はVoyagerだった。遠くに逝ってしまったイザナくんに捧げる歌らしい(・・・)選曲だなぁと胸がいっぱいになる。

 二曲目はオレも初めて聴くBeautiful Worldって歌だった。歌詞が優しくて愛情にあふれてて、ピアノの繊細な音と一緒になって――スゲーきれいな歌だ。

 

 YOKOが弾き語りを終えてまたBGMに戻ったあと、「なあ」って言って千冬がオレの脇を小突いた。

 

「YOKOさ……。黒川イザナのこと親友って言ってたけど、きっと付き合ってたんだろうな」

「へ?」

「だって『愛してたことを誇りにしたい』とか『君のそばで眠らせて』なんて言ってるんだぜ。どう考えても同じ墓に入りたいっていう告白だろ?」

「あー、まあ、確かに」

 

 小声でも近くにいるみんなに聞こえる声量だ。でも「男同士だろ」っていう突っ込みは、オレはもちろん誰一人として口にしなかった。

 YOKOの見た目が美少女過ぎるのもそうなんだけど、女装してるってことはソッチの性的嗜好なんじゃねぇのって疑惑が昔からあった。カナデへ公開告白するまでずっと同性愛者と思われてたんだよな……公開告白からの玉砕って確か二十歳の時だったっけ?

 

 ちょっと前までずっとイザナくんの写真を見てたマイキーくんは、弾き語りからはYOKOの方を見つめ続けてる。

 いまYOKOが弾いてる曲は、First love。

 

+++++

 

 現代に戻ってからマイキーくんに会えてない。会えなくても友達だとか、元気にやってればそれでいいとか、確かにそうなんだけど――黒い衝動を抱えて、一人で生きていくことを決めたマイキーくんを放っておけるわけがない。

 

 一虎くんもマイキーくんを気にしてて、アっくんたちにも手を貸してもらいながらマイキーくんを探す。マイキーくんにたどり着けないままじわじわオレの結婚式の日が近づいて、あと一ヶ月足らずで式というとき、アッと思いついた。尻ポケットからスマホ取り出して一虎くんに電話をかける。

 

「思いついたんだけど芸能界ってヤクザとかとズブズブだって噂あるじゃん! だから恥✕恥のYOKOならマイキーくんのこと知ってるんじゃないかな!?」

「オイオイ、こっちはなんの電話かって焦ったってのにそんな話かよ……。あのなタケミっち、YOKOがマイキーの連絡先を知ってる可能性はあるとオレも思う。けど、そうだったとしても、手段がないことに変わりはねえんだよ。どうやって連絡する? どうやって会う? 相手はあのYOKOだぞ」

「だいじょーぶ、オレYOKOの連絡先知ってるから! あっちがメルアド変えてない限り!」

「は? どういう繋がり?」

「じゃあ今から連絡してみる! また後で!」

 

 通話を切ってYOKOに送るメールを打つ。しばらく前にタイムリープから戻ってきたこと、マイキーくんと会えてないこと、梵天の幹部の――マイキーくん本人だとなお良いんだけど――連絡先を知ってたら教えてほしいってこと。

 

 文面を考えてる間に何度も一虎くんからの着信があったけど無視して書き上げ、送信! と思ったらまた電話がかかってきた。耳に当てる前に怒鳴り声がスマホから響く。

 

「タケミっちオマエなァ! 言いたいことだけ言って切るのはやめろ!」

「ごめんって一虎くん、でも思いついたが吉日って言うだろ? YOKOがいつメール見れるか分かんねぇんだし、はやく連絡するに越したことないと思って」

「ああ……もう、バカ! アホ! オマエがYOKOの連絡先知ってるとかも全部……ホント訳わかんねぇ……」

「えっと、なんか、ごめん」

「ごめんで済んだら警察いらねぇんだよ」

 

 一虎くんの口から出たとは思えない発言にちょっと笑った。

 

「オマエの知ってるメアドが今も有効なのかは分かんねぇけど……相手はあのYOKOだ、騙されるんじゃねぇぞ」

「え、あ、うん」

 

 このとき「あの(・・)YOKO」なんて変な言い方をするもんだなって思ったけど、YOKOはオレとは別の意味で人生2周目やってる仲間だし、一虎くんの「騙されるな」って意味不明な忠告は右から左だった。

 ここのところずっと忙しかったし、オレの結婚式も間近だし、現代に戻ってからも全然YOKOの活動を確認できてなかった。

 

 YOKOから『会おう』って返信があった3日後、待ち合わせ場所の喫茶店は貸し切りの札がかかってた。とりあえず店を覗き込んだら愛想の良い店員はいなくて、眼光鋭いムキムキがオレをギラリと睨んだ。こえー……。

 写真付きの身分証で本人確認されたり頭のてっぺんからつま先まで身体確認受けたり、物々しすぎるチェックを経て再会したYOKOは青白くて細い。

 

「や、十二年ぶり、『現代』の花垣くん」

 

 そしてオレは――オレが雑談で漏らした未来の知識がYOKOをこうしたんだと、知った。

 

『あ、この年はライブツアーしない方がいいっすよ。特に――らへんは……』

『毎年この時期に……』

 

 ソレ(・・)が起きたのがどのあたりなのか、いつなのか、被害の規模はどれくらいなのか。だいたいの予想をつけてしまったYOKOは、黙っていられずに、人に喋ったらしい。

 

「そして、やっぱり、起きた。……オレは新世紀の預言者らしいぜ? 笑えるだろ」

 

 ヒトの知識でメシを食わせてもらってきたからさ、またヒトの知識を得たなら、ヒトを救わないと、駄目じゃん。

 

 YOKOが何を言いたいのか、半分も意味は分からねぇ。でもYOKOが思い詰めてることは分かる。

 骨と皮みてぇな手に触れたら思ってた以上に冷たい。両手でヨーコの手を暖めながら、まっすぐ目を見る。

 

「ヨーコくん、オレはまた過去に行く――そして、アンタが耐えきれなくなってゲロっちまうことがないようにしてやる。約束する」

「……花垣くん」

 

 ぜってー助けてやる。

 

 マイキーくんも、ヨーコくんも、絶対に、助ける。

 

+++++

 

 ヨーコくんはマイキーくんの連絡先を知らなかったけど、マイキーくんがいる梵天の相談役・明司武臣のは知っていた。明司武臣――たしかリープ前はSENJUのマネージャーしてなかったっけ? 実の兄だからって言ってSENJUの賞金じゃぶじゃぶ使ったことで何度も炎上してたはず。

 SENJU繋がりで知ってるのかな。そう思って名前を出したら、ヨーコくんは目を丸くした。

 

「千壽ちゃんのことなんで知ってんの? 知り合いってわけじゃないだろ」

「だってそりゃ、SENJUは女子総合格闘技で四年タイトル防衛を達成した王者で、あの顔の良さっすよ。何度もテレビに特集されてたし……」

「千壽ちゃんは十年前に死んだよ」

 

 抗争で死んだんだ。

 

 ヨーコくんの言葉が、頭の中で像を作らない。だってあれだけ強くて、女子最強で、さっぱりした性格が老若男女に人気で……そのSENJUが死んだ? 十年も前に……?

 

「十年前の東京はそりゃもう酷い状態だった。マイキー率いる関東卍會、千壽ちゃんを頭に据える(ブラフマン)、マフィアのメンバーだったとかいう寺野南による六破羅単代の三つ巴で――二十三区内の治安はリオのカーニバルって言われてた」

「え、それ、どんな治安……?」

「やばい」

 

 やばいってことは分かるよ?

 

「知り合いが何人も死んでね、そのうちの一人が千壽ちゃんだった。詳しい話は教えてもらえなかったけど――撃ち殺されたってことは教えてもらえた」

 

 SENJUがイザナみたいに撃たれた?……日本で? 十年前の時点で稀咲はもういないのに、どうしてそんなことになったんだ。

 

「明石とはその時からの縁なんだ。好きになれない奴ってか会話してると腹が立つタイプのクソ野郎だからあまり連絡してないんだけど、梵天でアドレス知ってるのはそいつだけなんだよな……。マイキーくんには『オレの連絡先なんて知らないほうがいい』って断られたし」

 

 実はね、オレ、マイキーくんのことは昔から知ってるんだ。メジャーデビューしたばっかの時から応援してくれてるファンでさ、ライブに来たらいつもキラキラした目でオレらのこと見てた。

 それなのに、どうしてこうなっちゃったんだろうな。何がマイキーくんをああしたのか……大切な相手であればあるほど自分の近くに寄せ付けようとしないんだ。

 

 そんなヨーコくんの疑問に、オレも、答えを持ってなかった。

 

 ――店を出たとたん、強い視線を感じた。悪意と言うか害意と言うか、ネガティブで強い感情がぶすぶすと肌を刺す。

 視線の主を探したら、いた。店の入口は細い路地に少し入ったところにあるんだけど、その路地から大通りに出て車道を挟んだ向こう側、コンビニのスタンド灰皿の横にいる男。……あの顔、あの顎の傷、シオンで間違いない。一号の犬! 動画で見慣れたそれよりかなり荒んでるけど、あれは『斑目獅音』!

 

 どうしてあんな野良犬みたいな顔してるのか知らないけどこれはチャンスじゃないか――梵天には灰谷兄弟とムーチョがいるって聞いてる。同じ横浜天竺の四天王だったわけだし、今でも繋がりがあるだろ。きっと!

 大通りには車の通りは少ないけど途切れない。歩道に回って信号が青に変わるのを待つ間も何度かシオンのいる方を確認する。まだいる。オレにバレてないと思ってるのかめっちゃ睨んできてるし。

 

 歩道を渡りきったら目が合った。そこでやっとオレが自分の方に向かってるって気づいたんだろう、シオンはぎょっとした顔をして自分の周りを見回す。

 なんか逃げそうな雰囲気だ――逃げられる前に捕まえないと!

 

 走って、追いかけて、シオンの腕に抱き着くみたいにして飛びついた。

 

「斑目シオン! 頼みたいことがある!!」

「あ゛あ!? 人違いだわ! 離せ!」

「人違い? なら免許証見せろよ! 証拠出せっての!」

 

 オレたちを避けて人混みが割れた歩道で揉み合いになり、何発か殴られたしオレも頭突きしたり。警察呼ぼうとした人に「痴情のもつれです!」って大声だしてどったんばったん殴り殴られ。

 

「知ってるんだろ! 今でも!――天竺の人たちと繋がりがあるんだろ!?」

「ねーわボケ! 大声で喚くなクソが!! 無関係だっつの!!」

「嘘だ話してくれるまで離さない!」

「あ? はなしてくれるまではなさない……? は? どっちだよ!」

「教えてくれるまでこの手を離さない! バーカ! シオンくんのバーカ!」

 

 同音異義語で詰まる残念語彙力のシオンにしがみつき続けて、どうにか話のテーブルについてもらえることになって――シオンくんがヨーコくんの護衛の一人だと知った。

 

 ファミレスのボックス席でシオンくんの話を聞く。三天戦争と呼ばれている三つ巴の戦いで、シオンくんのいた六破羅単代とSENJUのいた梵は関東卍會に敗北――そして吸収。どんどん巨大に、そして悪の道に進んでいく組織にシオンくんはついていけなくなったらしい。マイキーくんが考える組織のあり方とシオンくんの思う「ワル」のあり方は違ったから、と。

 梵天を離れたいと横浜天竺からの仲間に伝えたシオンくんにカクちゃんが頼んだのが「ヨーコくんの護衛」という立場。ちなみにヨーコくん非公認らしい。

 

 それって護衛じゃなくてストーカーじゃ……?

 

「鶴蝶がよ……『このままじゃヨーコが自殺するかもしれねえ』ってすげぇ心配したわけ。あれが自殺するタマか? でもなんかスゲー予言とかもしたしよ、追いかけ回され続けてんの見てたら、なぁ? オモテの護衛じゃあヨーコに絡む連中ぶっ殺せねぇし、オレみてぇなのが一人いるのといねぇのとじゃ違うだろ」

 

 そうして梵天を離れてから今に至るまで、毎月二十万ほどが振り込まれ続けているらしい。週三日くらいの勤務でソレはかなり時給いいな……オレよりよほど貰ってる。正直言って羨ましい。

 

「抜ける時にアイツらの連絡先全部消したしなァ、オレからアイツらに会うツテなんてねぇよ」

 

 ――シオンくんでも無理で、ヨーコくんからは数日後に「メール送ってから三日待ったけど武臣からの返信がない。それがあっちの答えなのかも」とメールが届いた。

 

 オレが、自分でなんとかしないと。ぜってぇマイキーくんに会うんだ。

 

+++++

 

 屋上から投身したマイキーくんと手を繋いで戻ってこれたのは、十二年前じゃなくて十年前の世界だった。オレはなんと高校生! 高校生活なんて初めてだし混乱するかと思ったけど案外いけた。同じ高校に進んでた千冬のおかげだ。

 でも、この年に起きる抗争でSENJUが死ぬらしいから高校生活を満喫なんてしてらんねぇ。仲間集めだってことで元東卍のみんながどうしてるか見ていくなかで……だけど、みんなを誘うのは駄目だって思った。

 

 みんな、今の生活がある。叶えたい将来の夢がある。巻き込んじゃいけねぇ。

 

 バブの修理を頼んでたドラケンくんからの連絡を幸いと、ドラケンくんとお互いの情報を擦り合わせながらバブで公道をトコトコ走ってたら――襲撃を受けた。シオンくんが言ってた「ブラジル帰りのヤバいヤツ」、南って書いてサウスって読ませてるこだわり派。なんて意味かよく分かんねぇけど英語かブラジル語だろう単語が口癖っぽい。

 

 あっという間に寺野南含む六破羅単代の奴らに囲まれたし、そこに梵の人たちもやってきて雨男(自称)の金遣い荒い兄・明石武臣から「梵に入れ」とか嬉しくない勧誘を受けたし、解散できたと思ったらドラケンくんから「オレは梵に入ってる」なんて告白。一晩の間に受け取りきれる情報量越えてるよ……。

 

 そんで梵に入ることになって、SENJUもとい千咒と知り合ったと思ったら買い物の荷物持ちに抜擢――抜擢って言って良いのか分かんねぇけど――された。

 原宿を引っ張り回されてへとへとだよ、ホント。女の子の買い物ってこんな体力使うもん? それとも千咒が体力気力オバケなだけか?

 自販機のミントアイスを「スースーと甘いの、うまい!」って満面の笑みを浮かべる千咒は年相応に幼く見える。

 

 ――そうだよな。今の千咒は総合格闘技で「日本一強い女」やってるSENJUじゃない、高校生の女の子なんだ。強くても、梵を率いてても、まだ子どもなんだ。

 この笑顔が抗争のせいで消えるなんて駄目だ。そう何度目かの覚悟決めて、千咒からアイスのゴミを受け取る。

 

 その瞬間、バリッと浮かぶ情景。雨のなか撃たれて倒れる千咒を抱きしめる自分と、血の気のなくなった顔で「約束守ったぞ」と柔らかく微笑む千咒の姿。

 

 何だ? 今オレが見た映像は何だったんだ。

 

 数日後、その映像はまたオレの視界をジャックした。――オレが見ていたのは、未来の映像だった。

 

 そのおかげでというべきか、千咒は救えた。千咒の未来は変えられた。

 なのにオレをかばったドラケンくんが……ドラケンくんが、死んじまった……。

 

 ドラケンくんが殺されたって報告受けてか現場に現れたマイキーくんも、雰囲気がすっかり変わっちまってた。ピリピリしてるって言うか、奈落みたいって言うか。

 寺野南はマイキーくんが殴り殺しちまって、オレ自身もマイキーくんに殺されるところだった。病院に担ぎ込まれてから三日眠りっぱなしだったって言われて、入院期間はなんと一ヶ月。

 

 あまりにも、あんまりだ。酷すぎる。

 

 どうしてこうなるんだよ。マイキーくんにとって「大事なもの」がどんどん掌から零れ落ちていくのは、なんなんだよ。

 真一郎くん、場地くん、エマちゃん、イザナくん、ドラケンくん。マイキーくんにとって身近な家族やダチが次々奪われてって……まるで死神にでも憑かれてるみたいだ。

 マイキーくんの心をぐちゃぐちゃにして闇に落としたいっていう超常的な力が働いてるように思えてならねえ。

 

 「黒い衝動」ってなんなんだよ、一体。

 

 マイキーくんは人を殺しちまったから、もう引き返せねぇところに行っちゃった。それは分かってる。でもオレは場地くんから託された。エマちゃんから託された。ドラケンくんから頼まれた。

 それに……

 

『今日からオレのダチ!! なっ♡』

 

 そう言って掬い上げてくれたマイキーくんを、諦めたくねぇ……!

 

+++++

 

 オレを助けるために千咒が梵の負けを認めて梵を解散させて、頭の寺野南を失った六破羅単代は関東卍會に吸収された。

 関東卍會と対抗できる組織は一つもなくなっちまった。

 

 でも。ないなら、作ればいい。

 

 千冬、八戒、イヌピーくん、三ツ谷くん――みんな。平穏を、堅実な「今」と「将来」を放りだして集まってくれた二代目(・・・)東京卍會が、マイキーくんと関東卍會をぶっ潰す!

 

 抗争直前、決起集会のためみんなにいつもの神社へ集合をかけた。集合時間よりはやく来てくれた面々と階段に座ってだべってたら千咒の手元に赤い色が見えて、コミュ力高い山岸が「それ何?」って聞きながら千咒の側に寄る。

 

「コレ? リスバン! トモダチからもらったんだ、いーだろ?」

 

 千咒は嬉しそうに袖をまくって手首を出した。赤いリストバンドには恥✕恥のマークが刺繍されてる――公式グッズかな。

 公式マークの、恥って字の「耳」と「心」の間に✕って入ってるの好きなんだよな……音楽(耳)と心が掛け合わされて繋がってるの、なんか良いじゃん。

 

「それ恥✕恥じゃん」

「ワーなんか懐かしーな! 爆音はもう勘弁だけど」

「オレもそのグループ好き。いーなー」

「マイキーのアレ、マジ鼓膜破れるかと思ったワ……」

 

 千咒を囲んで、和気あいあいと話に花を咲かせる。

 

「この抗争が終わったら、ジブン、歌手やろうかなぁとか思ってるんだ」

「ぅぇッ!? えっちょっ」

 

 千咒がいかにも死亡フラグなこと言い始めて、止めるかどうしようか困って右往左往してる間にフラグを立て終わってしまった。

 

「このリスバンくれたトモダチはバンドやってるんだ。一緒にカラオケ行ったとき、その人のバンドでボーカルやらないかって誘われてさ。あ、だからって言っても、喧嘩っていうか、今習ってる総合格闘技を辞めるつもりはないぞ?……歌って戦える格闘家って面白そうだから、ジブン、どっちもやりたいなって思って」

「いーじゃん」

「なんてバンドだよ」

「マジかぁ、応援するわ今のうちにサインくれ」

 

 千咒の「恥✕恥。ヨーコさんが誘ってくれた」って言葉に、みんな「えーっ」て叫びながらひっくり返った。ヨーコくん千咒とは知り合いだって言ってたけど、恥✕恥に勧誘してたのか。

 

「千咒の歌聴いたことねぇけど……誘われるくらいってことはすげぇ上手いんだな」

「じゃあ今のボーカルのYOKOはどうすんだろ、キーボードに集中かな」

「ダブルボーカルなんじゃねぇの」

 

 きっと、関東卍會との抗争はこれまでの中で一番でかいモノになる。だけどみんな笑顔で明るくて、負けるなんて一つも思ってなくて、将来とか明日とかそういうのを信じてる。

 

 ――この輪の中に、マイキーくんを取り戻す。ぜってーに。

 

 そして始まった抗争のさなか、真一郎くんがオレの前のタイムリーパーで、真一郎くん経由でマイキーくんが呪われて「黒い衝動」に苛まれるようになったんだって知った。……その呪い全部受け止めてやるって腹括った。

 刀が貫通した腹が熱い。焼けるように熱い、けど、黒い衝動ごとマイキーくんを抱きしめる。

 

 次は君がリベンジするんだ、マイキーくん。

 

+++++

 

 少年刑務所(ネンショー)から出所したオレを迎えに来たカクチョーが、駅に向かう道すがら「そうだ!」と声を上げてオレを振り返った。

 

「イザナと会えたの嬉しすぎてうっかりしてたぜ――次の土曜に慈善団体主催のチャリティライブあって、そこにヨーコたちが参加するんだ」

 

 カクチョーがいそいそとショルダーから取り出したのはペラい入場チケットだ。

 

「オレは部活の用事で行けねぇんだけど、イザナ行ってやれよ」

 

 カクチョーの言う「チャリティーライブ」ってのは土曜の朝十時から、場所は都内のでかい公園だがバイク使えばわりと近い。

 

「しゃーねーな……顔出してやるか」

 

 オレの分のチケットの用意ご苦労、とカクチョーをかいぐり撫でて、数日を美容院やら服屋やらで潰して――当日。

 

「なんでお前がドラムやってんだよ」

 

 出演者用休憩スペースのパイプ椅子に座って汗を拭ってるカクチョーのむこうずねを何度も蹴る。

 

「いてっ、いてっやめてくれって。あのな……だからァ蹴るの止めてくれってば。あのな、ナカタはもう社会人だろ。社会人1年目はバンド活動やってるヒマも余裕もないからって、代わりにオレが入ることになった。それで今日がライブデビュー!……どうだった?」

「下僕のくせに生意気だ。オレに黙ってバンド加入なんて百万年はえーんだよ」

「ええ……」

 

 めっちゃ練習したんだろうと分かるくらいに上手かったが――ムカつく。オレの知らねえ間に新しいことすんな。

 

「それならイザナも楽器やりゃあいいじゃねえか。ヨーコ絶対喜ぶぜ」

「楽器? 楽器なァ……」

 

 興味あんのはギター。奏のやべぇヌルヌルした動きを真似できるかって訊かれたら「無理だろ」ってフツーに答える自信があるが、やっぱバンドの華っつったらギターだろ。

 でもギター二人もいらねぇし、奏が圧倒的過ぎる。だからっつって妥協で他の楽器やんのもイヤだ。

 

「……すまねぇイザナ。考え止めさせて悪いけど、ヨーコたちが戻って来んの遅すぎねぇか? 心配だ」

「確かに。何か問題が起きたのかファンにでも捕まったか……行くぞ、下僕」

 

 ドラムとかのデカい楽器は今日はレンタルで、後で業者が片付けに来るらしい。キーボードやギターの持ち運びしやすい楽器類はヨーコたちの私物だから車まで起きに行った――んだが、帰ってこねぇ。

 そんで、休憩スペースから駐車場へのルートを周囲を見回しながら歩いた……ら。

 

「お願いします! メジャーデビューしてください!」

「だからしねぇって言ってんだろ……」

「お願いします、後生です!」

「同じ言葉しか繰り返せないのかお前は」

 

 裏口を出てすぐのとこで、見覚えのある顔が涙と鼻水撒き散らしながらヨーコの足に縋り付いていた。たしか名前は花垣とかいったはず。

 荷物がないから休憩スペースに戻るところで花垣に捕まったようだ。

 

「あれ、バカミチ……?」

 

 隣で下僕がなんか呟いたが、そっちを振り返る前に花垣がワンワンと叫んだ。

 

「世のため人のため世界平和のため恥かけ恥のメジャーデビューが必要なんです!!」

「そりゃあワールドワイドだな……」

「なあボク、そろそろヨーコから手を離してくれないかな?」

「貴方がデビューすることで救われる命があるんですよぉ!! 日本の未来のためよろしくお願いします!」

「ぶはっ」

 

 なんだその「救われる命がある」「日本の未来のため」って。そんな勧誘初めて聞いたわ。平和のためとか未来のためとか救われる命があるとか――壮大過ぎる言い回しが気に入った。おもしれーもん。

 

「なあヨーコぉ、そいつお前らのファンなんだろ? ファンにそこまで言われたらミュージシャン冥利につきるってもんじゃねぇの」

 

 ヨーコは「歌で金を稼ぐ気はない」とかなんとか言ってるが、歌うのが好きなことも、華やかな舞台の上を楽しんでることも、知ってるっつーか、見りゃ分かる。

 

「デビューしてやったらいいだろ。オマエの歌で世界を救うとか、オレはいいと思うぜ」

 

 とはいえ奏は高校卒業したら児童福祉か老人介護のどっちかに関わりたいとかで看護学校に進む予定。

 ヒトヨシは「音楽で食えるようになるとは思ってない」とかで、サラリーマンになるんじゃないかなって適当すぎる答え。

 たしかにマァ二人とも芸能界向きじゃねぇんだよな……。奏はコミュ障で人見知り、自己主張強いやつばっかいそうな芸能界でやってけるタイプじゃない。ヒトヨシは単純に実力が足りない。あと華もない。頭もあんまり良くねぇし、いいのは性格だけ。

 

 つまり、ヨーコだ。ヨーコのソロデビューしかねえ。そう確信したオレらは花垣側に付いたが――ヨーコはメジャーデビューに頷かなかった。

 

「だってさ、解釈違いなんだわ」

「はい?」

「これって奏ちゃんが音楽の力に目覚めてメジャーデビューからのスターダムを登り詰めていく展開じゃん、普通に考えて。なんでオレがデビューする話になってんの? そういうの解釈違いなんだわ……オレは『世界に名を轟かせるギターヒーロー』の踏み台になるために頑張ってきたんだが? そういうのちょっと違うと思います」

「オマエ何言ってんの?」

「そうですよね……ヨーコくんはそう言うと思ってました」

「オマエこいつの何なんだ」

 

 「奏がデビューするならともかく自分がデビューするのはなんか違う」と言いたいらしいヨーコと、その主張に何故か訳知り顔で頷く花垣。

 

「奏さんがメジャーに出たがらないことも分かってました……。くっ、マイキーくんごめん、オレでは二人を説得できなかったよ……!」

「んっふ」

 

 ヨーコが咳を我慢したみたいな変な声を出した。

 

「また説得に来ますね……今日は引きます……」

「おー、面白かったぜ。もう来なくていいけどな」

「バカミチ、連絡先ィ! おい、バカ!」

「あっ」

 

 幼馴染だというカクチョーと花垣が住所を伝え合って終わりというなんとも締まらないグダグダとした解散の後、オレとヨーコ二人で公園の中を歩く。ネンショーではどんな生活してたかとか、どんな奴と会ったかとか、そんな話をしながら公園の外周をぐるりと回る。

 

「……なあ」

「うん?」

「オレがオマエのその『ギターヒーロー』になってやるって言ったら、どーすんだよ」

 

 ヨーコの方を見るのがなんか恥ずかしくて、真っ直ぐ前だけ見てしゃべる。

 

「オレ、ギターをやりたいと思ってる。ギターのオレと、キーボードのオマエと、ドラムの鶴蝶。三人いりゃバンドの体をなすだろ? そんでオレが世界一を獲る」

 

 前に腕を突き出して、宙を握った。のに。

 

「気持ちは嬉しいけど、難しいな」

 

 期待してた言葉じゃなくて目を見開いてヨーコを振り返り睨む。

 

「あ? オレならギターすぐにプロ並みンなるが?」

「ギターの技術じゃなくてさ、他に理由があんの。でも、そうだなあ」

 

 ヨーコが人差し指を立てて指をぴょこぴょこ左右に振った。

 

「十年後、同じ言葉くれね? そしたら……オマエを絶対に、世界一にしてやる」

 

 なんで十年後なのかとかこの時のオレには全然分かんなかったけど――十年経ったってオレの気持ちは変わらねぇと思ったから、「仕方ねえな」と頷いてやった。

 

「ゲーノージンになったら気軽に会えなくなりそうだな」

「そんなことないない、案外そこら辺歩いてるもんだぜ」

「そんなもんか?」

「そんなもんさ」

 

 外周を回りきって、チャリティーライブ会場の裏口に戻ってきた。

 

「なあ、オレと奏以外のギタリストに浮気したらブッ殺すからな」

「気がはえーわ。十年待てよ」

 

 ――二年過ぎ、三年過ぎる間に気づいたことがあった。

 悪名は案外消えない。

 

 四年過ぎ、五年過ぎて世の中がなんとなく見えてきた。

 ダチの飛び込んだ世界は、一人で渡るには少しきつい。

 

 六年過ぎ、七年過ぎて「十年後」の意味を知った。

 アイツはオレの起こした事件が「十年一昔」のモノになることを願ってるんだ、と。

 

 八年過ぎ、九年過ぎ、十年が経った。

 

「あー……『兼業で世界一獲るギタリスト』ってのは、どう思う」

 

 外周をただ歩いただけの思い出しかない公園はいま出店で賑わってて、歩道を挟むようにして店が並んでるなかを大量の人が歩いている。なんかのフェスティバルが開かれてるらしい――とはいえ、主催者と出店者専用の駐車場に人の姿はない。

 

 離れた喧騒がわずかにざわざわと聞こえるそこで、今や『芸能界一の問題児』とも呼ばれるダチに正拳突きみたく右手を突き出す。

 やべえ、手、めっちゃ震えてるわ。

 

「いいね、それ。世界中の専業アーティストに喧嘩売ってんじゃん。イザナらしい」

 

 ばっと顔を上げる。右手を両手で包まれる感覚と、ニヤリと笑んだダチの顔。

 

「なんか食いながら話そう。何食う?」

「……肉、食いてえな」

「じゃあ牛肉串にするか。入口からここに来るまでに牛肉串の出店三軒は見た」

「……あとフランクフルトとイカ焼きと焼きそばとたこ焼き、鮎の塩焼きも食いてぇ」

「出店のメシ類ほぼ制覇じゃん。分けっこしようぜ」

 

 肩を並べて、人混みの方に爪先を向ける。

 

「オレらでグループ組むならさあ、名前何がいいと思う? モーニング息子とか?」

「朝にムスコとかウケ狙いだろソレ。長く使うグループ名でウケなんて狙うんじゃねえよ」

 

 オレたちも人の波の一部になり、流されるまま道を歩く。

 

「『人間失格』とかどうだ」

「いいじゃんそういうの好き。じゃあ第一候補それね」

 

 ――恥の多い人生を送ってきました、なんてな。

 

++ここから番外編++

 

【亀の如き男】

 

 豚肉が嫌いだった。割引シールの貼られたパックの豚コマを、お袋が一枚一枚ちまちまと広げながら焼いているのが――「貧乏」の象徴に見えた。

 

 ちびた鉛筆を使ってるヤツはクラスの中でオレ以外に何人もいたし、菓子の缶を筆箱にしてるヤツ、一年中シャツと半ズボンってヤツ、近づくとなんか臭いヤツもいた。だからその程度(・・・・)は貧乏なんてものの証拠じゃなくて、ありふれた違い(・・)だった。

 夏休み明けの始業日、白いシャツを着てパリッとしたズボンを履いたヤツが「夏休みにね、ママと映画館行ってきたんだ」と話すのが聞こえてきた。

 

「ママはなんでか変な顔してたけど、すっごく面白かったよ」

 

 白いライオンが主人公のアニメ映画を観に行ったらしかった。オレにとって、映画ってものは金曜や土曜の夜にテレビで見るものだ。映画館、なんだそれ。

 

「なあ、オマエらエーガカンって行ったことあるか?」

「なーし」

「オレもねー」

 

 よくつるんでるヤツらがそう答えたのに、ホッとした。

 

「てかさ、エーガカンってどんなトコ? トショカンみたいなトコならオレぜってーいかねー」

「げー。シショのババアうぜーし、そんなならオレエーガカンなんて行かなくていいや」

 

 エーガカンが何なのか分からないまま始業式を終えて、家に帰ってからお袋に尋ねた。「エーガカンって何」と。

 

「映画を見られる場所のことだよ。ただしテレビと違って、お金払わないと見られないからね」

「ふーん、それってどんくらい?」

「一回観るだけで1800円。アンタのお小遣い六回分だよ」

「えーっ」

 

 テレビで見ればタダなのに映画館で観ると六回分――つまり半年分の小遣いが取られるなんて、とんでもない場所だと思った。鉛筆と消しゴムを買う金も300円の小遣いから出せって言われてるのに、半年も小遣いナシになんてなったら悲惨だ。

 とはいえ、それが「貧乏のせい」だなんて思わなかった。エーガカンが何なのか知らなかったのはオレだけじゃないし、テレビで見る映画に不満なんてなかったからだ。

 

 だが、小3の頃だ。クラスのなよなよしたチビとペアで新聞づくりをすることになった。そいつん家は「いつでもママが家にいる」から「いつでも友達を家に呼べる」とかで、そいつの家でやろうって話になった。

 

 そいつの家は一戸建てだった。外壁はピカピカしたクリーム色。

 オレの家は集合住宅だ。外壁は古びて黒ずんでいて、あちこちにひび割れが走っている。

 そいつの母親は専業主婦だった。いつもウチにいて、そいつが帰ってきたら「おかえり」って言うらしい。

 オレの母親は働いてる。週に三日は夜遅くに帰ってくるから、オレが「おかえり」って言ってる。

 

 そいつの家や親は、オレの家や親と全く違っていた。オヤツだっ言っててソイツの母親がチョコチップクッキーを出して、オレンジジュースも飲んだ。

 フローリングの床、脚の長いテーブル、椅子を使った生活。柔らかいピンク色のトイレットペーパー、棚に置かれたポプリ。

 

 そして、ドラゴ◯ボールのカッケー筆箱から出てきた、柄の長い鉛筆。

 

 オレが暮らしているのは集合住宅や長屋ばかりの地域だったし、集団登校で通るのも似たような雰囲気のトコ。同じ学校にこんなヤツがいるなんて思ってもなかった。

 こんなに違う暮らしをしてるヤツがいるなんて、想像すらしたことがなかった。

 

 その日の晩メシは肉野菜炒めで、お袋は豚コマ肉をちまちまと一枚ずつ広げてはフライパンに乗せて焼いていた。全部一度に焼いちまえばいいのに。

 みみっちいその作業が「貧乏」の象徴に見えた。

 

 ――6年の家庭科で肉じゃがを作るまで、豚肉も豚肉を焼くお袋の背中も嫌いだった。

 

 勘違いに気づいた時にはもう世を拗ねて不良の道に走ってたが、だからといってカタギに戻る気は起きなかった。不満や不安は暴力と暴走行為で晴らしていたから普段は逆に落ち着いて、柳のように穏やかに過ごせたのだ。

 と言いつつ、喧嘩で頭に血が上り喧嘩相手を物理的に再起不能にしちまったんだが。

 

 傷害でパクられ入ったネンショーは案外過ごしやすい所だった。刑務官から監視されてることと毎日代わり映えのないルーチンなのは仕方ないとして、風呂は同じ敷地内だから濡れずに行けるし、体調を崩せば医者の診察を受けて薬をもらえる。健康的な給食、屋外運動、座学。

 植物みたくなりそうなその世界に飛び込んできた銀色は――鮮やかで、強く、眩しかった。

 

 この星についていきたい。そう思った。

 

 退所して少しした日、ネンショーで一緒になった連中全員まとめて呼び出されたと思えば「チャリティライブ行くぞ」とその場で伝えられる。

 別のチームへのカチコミでも、六本木のクラブに行くでもなく、なんとチャリティーライブに行くという。似合わねぇにもほどがある。

 

「オレのダチがシンガーソングライターとしてメジャーデビューすることンなってな。インディーズとして最後のライブだから盛り上げてやりてぇんだ」

「イザナ……」

 

 「そんな心遣いができたのか」という声が聞こえた気がしてモッチーを振り返れば、目をすっと逸らされた。コイツ、あえて誰も口にしなかったことを。

 

「イーネ、行こ行こ。やんのってライブなんだろー? チャリティーって頭についててもフツーのとマァそう変わんないっしょ」

「大将フライヤー持ってる? 何時からのなんてヒト?」

 

 元々音楽系統に興味関心の強い灰谷兄弟が頷いたことで、七人でバイクを転がし会場へ。

 

 上手いのか下手なのかすら分からないフォークソング歌手、人気グループの割と上手いカバーバンド、メンバーの雰囲気も曲の雰囲気も薄暗くてよく分からんバンド……盛り上がったり盛り上がりそこねたりしつつイザナのダチ――恥かけ恥の番を待つ。

 今日のライブグッズの売上はすべてチャリティーに募金されるとかで、グッズを売る区画には常に何人か客がいて、タオルやらシャツやらというグッズを買っている。

 

 ――そしてオレは、運命の女に出会った。

 

 着物っぽいゴテゴテしたワンピースから手足がひょろりと伸び、ストレートの黒髪をなびかせている、大きく口を開けて歌う女。

 

「会いに行くよ」

 

 爛漫な笑みを浮かべてそう歌う女に、ストンと、転がり落ちるような恋をした。

 

「好きです。あなたに惚れました」

 

 出番から二十分ほどしてグッズ売り場に顔を出した女――恥かけ恥のヨーコの手を、長机越しに身を乗り出して、ぐっと握る。

 ヨーコは目を丸くしたと思えば照れたような困ったような笑みを浮かべ、小首を傾げて「ええっと」と逡巡した。

 

「……ごめんね。気持ちは嬉しいけど、そういうの募集してないんだ」

「そうすか。じゃあ募集開始まで待ちます」

「あ、うん……そう?」

「はい。あ、タオルください。二枚」

 

 手を離せばヨーコはほっとした顔をして、奥の段ボールから袋入りのタオルを二つ取りだした。その間にトレーに代金を乗せる――さらば野口。

 ヨーコ手ずから渡してくれたタオルを両手で受け取る。後ろから「そつぎょーしょーしょ、じゅよー」という獅音のクソみてぇな声が聞こえて頭の血管がキレそうになるが、間近で見ればよりいっそう可愛いヨーコの顔で全てを許した。

 タオルを抱きしめイザナらの下へ戻ったオレに、鶴蝶が心配そうな目でおずおずと声をかけてくる。

 

「なあムーチョ、本気か? 本気でヨーコに惚れたのか」

「本気だ。一目惚れだ」

 

 頷いたとたん、弁慶の泣き所に靴の爪先が突き刺さった。イザナだ。何度も同じところを狙って蹴られる――痛い。

 

 だがそれより何より、イザナが黙ったままなのが怖い。瞳孔の開ききった目で見つめながら蹴られ続けるのはそこらのホラー映画よりよほどホラーじみていて、まだ昼前で明るい屋外のはずなのに薄暗く感じられるし寒気もする。

 灰谷兄弟の「大将やば……」「こわ……」という引きつった声も聞こえる。

 

 どうにか直立不動でその蹴りと視線とを耐えきったことで、一応は認められたらしい。

 

「いいか……ヨーコのファンなったンなら、ヨーコに迷惑かけるな。許しもなく手を握るな。近寄るな。むさ苦しい」

「……ウス」

 

 「むさ苦しい」は罵倒でしかなかったが、頷いた。

 

 それからオレは、鶴蝶から借りた恥かけ恥のCDを繰り返し聴いた。歌詞カードに男声ボーカルが誰なのかは表記がないが女声ボーカルは間違いなくヨーコだから、女声ボーカルのものを何度も再生してヨーコの姿を思い描く。元気良く跳ねる黒髪、くしゃりとした満面の笑み、よく伸びる歌声、色とりどりの歌詞。

 ラブソングが多いのはヨーコの好みだろうか。可憐だ……。

 

 ――ヨーコのメジャーデビュー曲は、ラジオFMで聴いた。そして同時に、ヨーコの性別が男だとも知った。

 グッズ売り場でのヨーコの態度と、オレを嘲笑うことのなかったイザナの言葉を思い出し、なるほどと頷く。

 

「ヨーコは同性愛者だったのか」

 

 そしてイザナは「理解のある友人」なのだろう。だからオレがヨーコに惚れたの腫れたのと言っても馬鹿にしなかったのだろう。いつものイザナなら「あいつは男だよ、バーカ」とか言いそうなところだから。

 だが、困った。オレは同性愛者じゃあない。

 

 じっくり悩むには邪魔なラジオを切って長考するも、さっきラジオで聴いたデビュー曲が耳の奥で繰り返し繰り返し流れ続ける。

 

『恋しちゃったんだ、たぶん』

 

 決めた。今すぐ決めないことを、決めた。

 この恋の進退は、冷静になったオレに判断を任せよう。

 

 

 

 

 《このあと普通にファンを続ける》

 

 

 

 

+++++

 

【冴えない空、騒音】

 

 母ちゃんに連れられて買い物に出た帰り、通りすがった空き地は湖になっていた。水はけの悪いとこに梅雨らしい雨が続けばそうなんのも道理で、冴えねぇ色した空がそのまんま水面に映ってた。

 無性にソコに飛び込みたくなって母ちゃんの手をほどいて水たまりに向かおうとしたら襟首を掴まれて引きずられ、抱えられて帰ったんだったか……。物心ついた頃のはずだ。3歳か4歳あたりだな。

 

 小学校入っても空き地は空き地のままで、いつまで経っても空き地だった。理由は知らん。

 誰も使いたがらねぇトコだからオレらが使っても誰も文句言わねぇ。自然とつるむようになった連中でそこにチャリを並べた。

 

 センコーはうるさいけど遠足は楽しいし、給食食わねぇと母ちゃんが「給食費!!」って怒鳴りながらフライパン振り回すから学校には行った。でも行事がない平日は給食のあと学校抜け出すのがほとんどで、集合場所はいつも同じ空き地。

 そこで駄菓子屋で買った菓子を食いながら――オレはキャベ太郎とかそこらへん、一人はねじねじゼリー日替わりで別の色食ってて、もう一人は酢イカいつまでもしゃぶってて、最後の一人は水飴ふわふわにすんのに全力傾けてる――ダベるのが、オレらの日常だった。

 

「給食残すともったいないとか言ってさぁ、センコーマジうぜぇよなー」

「えー、でも給食わりと美味いじゃん? おれ、グリーンピースとピーマン以外食ってる」

「ピーマンはな、ダメだよな。あんなの毒だろ。美味しいとかいうヤツ信じらんねぇもん。でもグリーンピースはオレ牛乳に入れて飲んでんよ」

「アレしたらまずいだろ、逆に。残しゃいいんだよ。オレんち給食フケると母ちゃんが『きゅーしょーくひー!』とか怒鳴るからしゃーなしで食ってる」

「ヒョーショージョーじゃん!」

「きゅー! しょーく! ひー! ひぃ、やべぇモッチーの母ちゃんやべー!」

 

 そんな中身のない会話で盛り上がる、何にもない空き地がオレらの楽園だった。

 

 暑い夏の日、一人――大樹が「目がおかしい」と言い出した。

 

「なんか目ェチカチカする……」

「マジで? 目? 目って大丈夫かよ」

「だいちゃんどうしたんだよ」

 

 みんなで大樹を囲んでてんやわんやしてたら、空き地の隣の工場のおっさんが「ばかもん、光化学スモッグ注意報でとろーが!」と大声でオレらを呼びつけた。

 

「日陰入れェ、光化学スモッグ注意報が出たら屋内に逃げろと教わったろ!」

 

 金属加工の工場ってトコに入れてもらって冷たい麦茶もらった。金属が削られるギャリギャリって音がすげーうるせえ。

 

「おっさん、なんでコーカガクスモッグ注意報の時は家の中入んの!」

「なんでって……そりゃ、汚い空気が太陽の光で、えー、進化するんだろーが! そしたら目がチクチクすんのさ!」

「え、空気って汚いの?」

「なんで汚いって分かんの!」

「汚いから汚いんだよ! だが、しゃーないことだ! ここらは工場の街だからな! おまえらのよくいる空き地もな……元々がクリーニング工場だから、薬品がなぁ」

 

 砥石の音に負けねえように怒鳴りあって――それから光化学スモッグ注意報には従ようになった。大人の言うことは従う時もあり従わない時もありで、空き地の隣のおっさんの言うことだけは聞いた。

 

 その程度の気楽で適当なラインにいた。悪ガキだったが、不良というには微妙なトコにいた。

 この頃は。

 

 中学上がる前にぐんと背が伸びた。背ばっか伸びてヒョロヒョロなのが嫌で飯を食いーのチャリを漕ぎーのしてどうにか体重を増やし、この調子でデカくなったら身長二メートル超えるかもなんて思ってたんだが……タッパあって悪ガキやってると、かなり目立つ。悪目立ちの方だ。

 中学入った途端「生意気だ」っつってセンパイ連中に因縁つけられて呼び出し食らった。

 

 教室から三年がいなくなったあと、ダチがわらわらとオレの机を囲んで次々話しかけてくる。

 

「モッチー大丈夫かよ、相手三年だろ」

「ブッチした方がよくねーか」

「それかセンコーに言いつけてやろうぜ。三年が集団で一年一人呼び出すとかよー、フツーに考えてやべーもんよ」

 

 リンチする気満々の呼び出しだ、心配するのも分かる……が。

 

「大丈夫だろ、オレの方がガタイいいしよ」

「ならオレらもついてくよ」

「戦力は多い方が良いだろ」

「いらねーよ。あー……まあ、センコーすぐ呼べるように上から見ててくれね? エモノ使われたら流石にな……たんこぶじゃ済まねえし」

 

 呼び出された先、ごみ焼却炉の周りは日陰で薄暗くじめじめしていた。三年が四人ばかし、靴底のガムみたくネチャネチャとした笑みを浮かべながらオレを待っていて、「上下関係を教えてやる」だのなんだのと言ってオレの左肩を殴った。

 ――その殴られると同時に体を揺らし、ガラ空きの横っ面に向かって 力いっぱい 拳を振り抜く。

 

 人体が、ゴミ袋みたく吹き飛んだ。焼却炉に向かってポーンと飛んだ。

 

「へ」

 

 思ってたのと違って、軽かった。簡単だった。あっけなかった。

 頭が真っ白になってそのまま動きが止まった。三年がバウンドして転がったのまで見届けて、なんでか口が横に痙攣して、腹から湧き上がってきたのは笑い声だった。訳わかんねぇけど笑った。

 

「は――ははは!」

 

 笑いながら四人をタコ殴りにして、それから毎日のように襲撃してくる連中みんなブチのめしてった。殴れば殴るほど強くなってくのが分かって――面白くなった。

 暴力は圧倒的だ。人を惹きつける力を持ってる。強えはすげえ。強えはカッケー。だからオレはすげえしカッケー。

 

 中二のとき公務執行妨害でパクられてネンショーに入り――そこで「一番すごくてカッケー男」と出会った。一番凄くてカッケー男、イザナには人を惹き付ける何かがあった。

 

「ダチのグループは恥かけ恥だよ。そこのキーボードとボーカルやってるヨーコってヤツ」

 

 ネンショー出てから初めて全員集まった日、そのイザナから聞かされたグループ名に白目を剥く。

 知ってる、オレそいつ知ってる……(男からの)告白百人斬りしたってことも知ってる。今じゃ何人達成したのか知らねぇけど知ってる!

 

 ――恥かけ恥のリーダーでボーカルの今林ヨーコは川崎の超有名人だ。学校に女子制服着てって「オレがスカート履くことで『可愛ければ男でもいいかも』って血迷うのと、オレがズボン履くことで『俺は男が好きだったのか?』って苦悩するの、どっちがマシだと思いますか」発言で生活指導を絶句させたって話は隣中のオレらにも届いてる。そんでスカート履き続けてる猛者。

 

 ツラはマジで可愛いらしい。記念に告白しに行ったダチから聞いた。「いい匂いもした」そうだ。

 

 スカート男がイザナのダチ――どういうダチなのか聞きたいような聞きたくないような、もどかしい気持ちを抱えながら会場にバイクを走らせた。集合場所が会場から車で二十分のトコだったんであっという間に会場に到着。

 天気予報では雨は降らねえって話だが空にはうっすら雲がかかってて、屋根ありの駐車スペースを探したんだが、どいつも考えることは同じらしく既に埋まってた。ゴチャゴチャ詰め込まれてるのを退かすのも面倒くせえ。

 

「オイ、恥かけ恥見たら解散でいいよな」

 

 イザナを振り返れば、同じ考えだったらしく即許可が出た。

 

「許す」

「よし、さっさと見てさっさと帰ろーぜ」

「りんどー恥の出番何時ィ?」

 

 そうしてサクサク会場に向かったわけだが、クソみてぇなことに、入口近くに余所行き着たババアがわさわさ集ってやがった。なんか見た目だけで化粧臭そうだ。

 だから嫌なんだよな、こういう「ボランティア」とか「チャリティー」ってやつ……香水だか芳香剤だか知らねぇが鼻につく匂いぷんぷんさせてんのが五人十人いりゃあもう悪臭だ。その悪臭の塊が一斉に近づいてくんのも、寄って集って要らねぇ世話焼こうとしてくんのも、マジでキメェ。

 

「……ここに入んの?」

「あのババア共は無視しろ。無視すりゃそのうちどっか行く」

「えー、オレもう帰りてーんだけどー」

「ハ?」

「なんでもなーい」

 

 入口をさっさと抜けて会場に入り、何グループか適当に聞き流して――恥かけ恥の番が来た。

 

 これまで話にしか聞いたことがなかった奴らの演奏を、表情が分かるぐらいの距離で聴く。

 

 ドラム、ベース――それより何よりギターがヤバい。イントロ聴いただけで呑まれるなんて初めてで酔いそうだ。

 そこに歌が乗り、ようやっと一息吐く。自己主張強すぎのギターを歌声が中和してる……いや、「凡人レベルのベースとドラムを食い尽くしそうな超人ギターに、バランサーのボーカルが手綱掛けてブレーキ踏みしめてる」って方が近いか。

 

 曲が空中分解してねぇのがむしろ不思議なバンドだ。暴れギターに引きずられ、凡人ドラムとベースを引っ張って――大岡越前の子争いかよ。あいつ、そのうち両腕が引きちぎれんぞ。

 

 ――いや、そうか、引きちぎれる前にソロデビュー決めたってことか。

 

「あのギターさあ、ぶっちゃけオナニープレイじゃね? 技術あるだけにタチ悪いヤツ」

「ほんとそれ、バンドクラッシャー感あるわー」

 

 ギターの暴走をどうにか抑え込んだ一曲目が終わり、二曲目への合間に灰谷兄弟がギターを批判した、が。

 

「奏は上がり症でな、ライブの一曲目はたいていああなる。だから、あいつが調子を取り戻す二曲目からが本番だ」

 

 イザナが自信満々にそう言ったから、二曲目を聴いてやるかと顔を正面に戻す。

 

「二曲目行くよっG◯D knowsッ!!」

 

 ギターは超絶技巧をそのままに、調和という概念を思い出した演奏に変わった。クソ上手ぇ……文句つけらんねぇわ、これは。

 ボーカルの歌もまっすぐに伸びて広がってく。さっきまではかかと踏ん張ってブレーキかけてたのが身軽ンなって、やっと「らしさ」を出せたんだろう。

 

 終いの三曲目への一呼吸、隣のトーテムポールがガチモンのトーテムポールになってるのがふと気になって、様子を窺った。

 ダメだ、血迷ってやがる。ありゃ男だぞ。

 

「……ムーチョ、大丈夫か?」

 

 へんじがない。しかばねかテメーは。そしてすぐ始まる三曲目。

 

「曲がり、くねり――」

 

 ボーカルは――今林はガキみてぇな笑顔で両腕を大きく広げてくるくる回っている。

 今林が指差す先、冴えない色した空が、なんでか輝いて見えた。




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