リリカルな百合ハーレム   作:ごまさん

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文体をやらをコロリと変えてみました。
始めての百合以外の視点です。
読みにくかったらごめんなさい。


すずかと契約

 

 月村すずかは漠然と退屈だった。

 別に日々の生活にこれといった不満は無かった。朝起きて、姉と共に朝食を食べて、お茶でも飲んで。姉を学校に見送ってからは自分の専属メイドのファリンと広大な敷地面積を誇る庭に出て、散歩したりして。それに飽きたら家に戻って本を読む。お昼を食べて、天気が良かったらテラスで紅茶でも飲みながら読書の続き。姉が帰ってきたらたまには勉強を教えてもらって、夕飯を食べて、風呂に入って。部屋で本を読んで寝る。そんな毎日。それだけの毎日。

 すずかには活字フリークの気があり、これといって読むものは定めていないが、主にファンタジーなどの非現実的な要素の強い物語を好んだ。特に人ならざるモノが幸せに成るストーリーが好きだ。自分にもいつか自分だけの王子様が現れて、自分の全てを受け入れてくれるのではないか。そんな夢を抱けるから。精神的な成熟の早いすずかは幼いながらにそんな夢見る乙女だが、成熟が早い故にそんな都合が良い事は起きないと心の何処かで諦めてもいた。

 しかし殆ど敷地から外に出た事の無いすずかは外の世界を知らないが故に希望も抱けていた。そんな自分の中にある天秤に、希望という重石を乗せて、自分を明るい気持ちにしてくれる物語が大好きだった。

 逆に英雄譚などは大嫌いだった。怪物が討伐されて皆が喜んで終わるストーリーでは、どうしても怪物の側に立って物を考えてしまう。この怪物には何か事情があったんじゃないか。どうして誰も怪物の話を聞いてあげないのか。怪物が殺されて皆が喜ぶハッピーエンド。まるで自分の存在を全否定されているように感じる。いつか自分の元にも英雄がやってきて、討伐されてしまうのか。言い分も聞いてもらえないのか。自分が死んだら皆が喜ぶのか。自分が死ねば皆が幸せになるのか。英雄を引き立てる為の舞台装置。吸血鬼など、その最たる例だ。そう思うと怖くてたまらない。偶々読んでしまったヴァンパイアハンターの少年が主人公のその物語は、ビリビリに破って捨てた。その本が存在するだけでも耐えられなかった。

 閑話休題。

 兎に角すずかの世界は酷く狭かった。外に出ないのだから当然だ。それを漠然とつまらないな、と感じていた。だから入学の日が楽しみだった。

 入学式が目前に迫っている。これからすずかは外に出る。すずかの世界は一気に広がる。すずかは嬉しくてたまらなかった。

 何を見に行こうかな、本に乗っていた事は本当なのかな。友達とか出来たりして。ホントはいけない事だけど、ちょっと買い食いしてみたり。家に呼んだり、お呼ばれしたり。お泊りなんてのもあるかも。それで素敵な恋なんてしてみたりとか。好きになるならどんな人かな。ちょっと強引な所があって、でも優しくて。妄想はどんどん膨らんで行く。

 この時のすずかは、まだ見ぬ世界への不安よりも希望が大きかった。小学校の入学試験の時に外に出た。あらゆる物が新鮮で、楽しくて仕方がなかった。その日は直ぐに家に帰ってしまったけれど、じっくりと見に行きたいと思う物が山ほどあった。

 

 でもそんなすずかの希望は幻想でしか無かった。

小学校の入学に当たって姉から強く言い含められた事がある。

“吸血種だと知られてはならない”

 どうして、とすずかは思った。

 どうして隠さないといけないのか。いや、理知的なすずかにはすぐに分かってしまう。分かってしまった。

 冷や水をかけられた気分だった。見事に幻想をぶち殺された。かつて読んでしまった吸血鬼を討伐する英雄譚。アレを読んだ時の感情が一気に蘇って来た。

“異端は排斥される”

 その本に出てきたヴァンパイアが死ぬ間際に言っていた言葉だ。だから自分達はこのような生き方をするしか無かったのだと。

 何故か。怖いからだ。自分達の理解の及ばないものが、人間は怖くてたまらない。いつ自分達にその牙が向くかも分からない。だから排除する。とても簡単な理屈だ。

 もしくは化け物である自分達はもっと酷い目にすら遭うかも知れない。幸いと言うべきか、いやこの場合は不幸にもと言うべきだろう、すずかも姉も、一族の女性たちは基本的に見目麗しい。それを目の前にした男が好きにして良いという免罪符を得れば、どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。最悪の場合は性処理道具。最も楽観的に考えても、実験動物、飼われる未来。人は未知を恐れるが故に未知を理解し支配しようとするのだから。文字通りの動物だ。そこには人権など有るはずも無い。

 でも実際は英雄ぶった民衆に“皆の為”を免罪符に自分達を好き勝手に甚振った後に排除される方が早いだろう。

 吸血種であることを脅し文句に使われる心配をしなくて良いのはせめてもの幸いだ、と姉は言う。その目的が金にしろ女の身体にしろ、自分達にはそれを跳ね除ける程度の力なら有るのだから、と。何かあったら助けられるから、と。だから心配しなくて良い、と。

 しかしすずかはそうは思わない。自分達よりも力の強い人はいるものだ。そんな人に脅されたら、と考えるとすずかは怖くてたまらない。化け物に生きずらい世の中になったものだ、なんて笑えないジョークまで浮かんでくる。

 絶望的な気分だった。

 もう外になんて出たく無かった。あんなに楽しみにしていた外の世界は恐ろしいものでしか無くなった。自分の存在を許さない世界なんて無くなってしまえば良いとすら思った。

 学校に行きたく無いと駄々をこねた。わざと病気になれば行かなくて済むのかと風呂上りに濡れたまま全裸でまだ寒い庭に出て、踊ってみたりもした。すぐに能面のような表情で死んだ魚のような目をしたノエルに見つかって家に引きずりこまれたけど。

 そんなすずかの抵抗も虚しく、入学式の日がやってきた。すずかの身体は思ったより頑丈らしく、病気になんてなれなかった。そもそも育ちが良く、お行儀の良いすずかに病気になる方法なんて殆ど思いつかなかったし、あまり過激な事はする勇気も無く、極めて中途半端な抵抗だったが。

 虚ろな目で車に乗り込んだすずかは引きこもる事を諦めた。姉とメイドの手から逃れるのは、幼いすずかには不可能だった。姉は自分の言葉ですずかがこうなってしまった事を悔いていたが、姉は何も悪くない。アレは言わなければならない事だったから。むしろその程度の事にも気がつかずに浮かれていた自分が悪いのだ、とすずかは思った。

 さて、引きこもる事は出来なくなった。ならば次善の策として、せめて目立たないように暮らして行こう。森の中の草木の様に。炉端の石ころの様に。皆にとっての背景に成り下がるのだ。“あれ、あいついたっけ”とか言ってもらいたい。寧ろ最高の褒め言葉だ。そうして誰にも気に留められずにやり過ごせば、自分の秘密が知られる事も無い。

 すずかはこの時に本気でそう思っていた。すずかの容姿は目立つと言っても、根暗で隅で本ばかり読んでいる女の子をいつ迄も気に留めたりしないだろう、と。しかしそれは無茶がある。余り外に出た事の無いすずかには分からなかったが、幼い今ならばともかく成長していけば美少女になることは明白なすずかに目立つな、という方が無理がある。

 某百合ハーレムを企てる何処かの絶世の美少女のように人々の目を老若男女問わずに悉く惹きつけて、女性には悉くコンプレックスとトラウマを植え付けアイデンティティ崩壊の危機を迎えさせ、男性にはSAOの屹立を促し、彼らの目から見る他の女性の魅力ステータスを2段階ほど引き下げるような魔法じみたいっそ印象操作系のレアスキルなんじゃないかと思うほどの暴力的な美貌こそ無いものの、十二分に美少女なすずかが物静かに隅で本なんて読んでいれば、生来の気品とあいまって根暗な文学オタクではなく、物静かな深窓の令嬢とカテゴライズされるだろう。世界は容姿一つでかくも不平等なのだ、すずかにとっても都合の悪い事に。

 閑話休題。

 兎に角目立たずに背景に徹することを誓ったすずかの小学校入学式は奇跡的にも割りと成功を収めたと言って良い。

 というのも新入生の中に何かの冗談じゃないかと思われる程の、全身からキラキラしい謎オーラすら見えてくる錯覚すら覚える超が五つぐらいは付きそうな美少女がいて、皆の視線が彼女に吸い込まれたため、すずかの印象が薄れてくれたのだ。

 始めはすずかもそんな彼女に目を奪われて、顔を赤らめながらつい彼女とお近づきになってみたいな、などという欲求が生まれてしまったが、ここで自分にかけた盟約を思い出す。あんな子に関わったら確実に私まで目立つ、と。現に彼女だけでなく、その近くでまるで恋人のように抱きついてはにかんでいた、茶髪のくりくりとした目が愛らしい女の子と金髪の勝ち気そうな女の子まで、すずかを始めとした入学式に参加した生徒は殆ど皆が名前まで覚えてしまった。

 黒井百合、高町なのは、アリサ・バニングス。

 私は背景、私は景色、自分にそう言い聞かせ、蛍光灯に群がる虫の様にフラフラと近づいて行こうとする自分を叱咤して、彼女達には決して近づくまいと誓った。

 それに、この状況はすずかにとって大変都合が良い。自分が十分可愛い部類に入ると自覚しているすずかは、しかし自分以上に美しい彼女がいてくれれば、上手い具合に隠れ蓑になる、と考えた。

 そうして衆目を集めてくれる彼女に感謝をしながら、月村すずかは帰りのノエルが運転してくれる車の中で一人ニヒルにほくそ笑んだ。

 チラリと自分を見たあの美少女とバッチリ目が合った事も、ニッコリ微笑まれた事も、その目に獲物を狙う獣のような獰猛な色を感じたのも、全て気のせいだと思うことにした。

 

◇◆◇◆◇

 

 どうしてこうなった。どうしてこうなった。どうしてこうなった。

 いっそ全てを忘れて小躍りでもできれば楽なのだろうなと、どっちにしろ正常ではない思考で月村すずかは考える。早朝の屋上。目の前の少女に抱きついて、必死に首筋に顔を埋めて、じんわりと滲み出してくる赤い液体を恍惚とした表情で必死にぺろぺろと舐め取りながら。でもまぁ幸せだからいいかなぁと色々とダメな方向に思考が向かっていたが。

 

 そう、事の起こりは昨日の朝。

 入学式から一週間程経ち、入学のゴタゴタもある程度落ち着いて、授業内容も通常のものに入り始めた頃。

 その日も何時もの様にひっそりと学校に行きひっそりと背景に徹しよう。幸いな事に例の3人と同じクラスなので、自分が特別目立つという訳でもない。

 そんな事を考えながら登校したすずかは、今日も誰もいない下駄箱に辿り着く。すずかは朝早くに登校して、図書室に向かうのが日課だった。

 そこでふと自分の下駄箱に手紙が入って居ることに気がついた。

『朝7時15分、屋上で待つ』

 何かの悪い冗談かと思った。いや、思いたかった。人違いであってくれと封筒を裏返せば宛名には月村すずか。冗談じゃない。告白なんてされれば目立つじゃないか。そもそもなんでこんな早い時間設定なの。私がこの時間にいる事を知ってる訳?    ストーカーなの?    しぬの?

 完全に混乱した思考回路で、しかし足どりはフラフラと屋上に向かっていた。お利口で育ちの良いすずかは人からの手紙を無視する事ができなかったのだ。

 さて、屋上に上がったすずかは、そこに居た予想外も良いところな人物に思考を停止した。

 そう、そこで悠然と待っていたのは例の超絶美少女、黒井百合だった。

 早くもクラスで女王のような存在となり、逆らう者など居なくなった彼女の不興を買ってしまったのだろうか。だとしたらそれは何と恐ろしい事か。そう戦々恐々としながらも、ついその美しさに見惚れてしまうすずかに対して、彼女は花の咲いたような微笑みを浮かべてこう言った。

 

「すずか、あなた吸血種よね」

 

……。

 

 今度こそ完全に思考が停止した。

 言われた事が理解できなかった。

 え?    え?    なんで?    と思うだけの頭のキャパシティもない。文字通り何も考えられない。ただ、頭の中でついこの前に見たアニメに出てきたウサギとネコを足して二で割ったような耳毛リングの胡散臭い謎生物が「わけがわからないよ」とやたら可愛い声でループするのみだった。

 するとすずかに考える間を与えないとばかりに目の前の美少女は再び声を発する。

 

「エサよ、食べなさい」

 

 そう言って少女は、なんと自分の左手の指先を切って、すずかに突き出して来たのだ。

 今だに「わけがわからないよ」が頭の中で連呼するすずかはポケーっとその光景を見ているしか無かった。

 その時フッと一陣の風が吹く。すずかにとって向かい風のそれは、少女にとっては追い風だ。必然的に少女の花のような香りに混じって鉄の香りが漂い――――

 

 すずかの意識はそこで途切れていた。気がついた時には膝まづいて、何かを必死に舐めていた。なんだろうか、これは。この口に広がる濃厚でかつ繊細な味わい。鼻を抜ける香りは100年物のビンテージワインよりも芳醇で、かつ突き抜けるように爽快な香り。この世のありとあらゆる美味を濃縮したような味わい。この世の物とは思えない。こんなに美味な物がこの世にあって良いものか。いや、ない。逆説。一瞬で舌が肥えてしまった。これから先に食べるものが全て不味く感じてしまいそうだ。圧倒的な多幸感。もしかするとここは天国か。私は死んだのか。でもこんなに美味しい物を味わえるなら死んでもいいかも。そうとすら思える美味。飲むだけて全身の細胞が活性されて、身体が熱くなるような、何でも出来そうな全能感。全身が性感帯に変わり、優しく愛撫されているような絶頂を齎す。自分の背中にツバサを授けられていても、疑問にも思わないだろう。今ならトリコ某の気持ちがよくわかる。ご飯食べただけであんなになるわけないのにね、とか馬鹿にしてごめんなさい。これがセンチュリースープか。とにかくやめられない止まらない。ぺろぺろぺろ。

 

 それから5分程して、十分に堪能したからか、漸く少し考える余裕が出てきた。ぺろぺろ。

 まず私が今飲んでいるこの極上の液体はなんなのか。少し考えてみる。舐めるのは辞めないけど。ぺろぺろ。

何かこれと似たような物を定期的に飲んでいた気がする。いや味的に言えば月とスッポンどころじゃ無いくらいに違うから、同じ物だとは認めたくないけど、えっと、たぶんこれは、そう、アレだ。血液パックだ。ぺろぺろ。

 アレ?    アレレー?    おかしいなぁ。血液パックってこんなに美味しい物だったっけ?

 いや、そんなはずは無い。じゃあこれは何なのか。とりあえず直前の行動を思い返してみる。

 確か、朝登校すると下駄箱に手紙が入ってて、屋上に呼び出されて、美少女がいて……そこから先を何も思い出せない。ぺろぺろ。

 分かった事を整理してみよう。

 今舐めている極上の美味は輸血パックじゃない。でも似たような傾向のナニカ。

 自分は恐らく屋上にいる。

 屋上には恐らく自分と美少女しかいない…………

 サァァァァと音が出そうなほどすずかの顔色が真っ青になったのが自分でも分かる。頭から氷水をぶっかけられたかのようだ。ぺろぺろ。

 もしかして。もしかして!    もしかして!!

 すずかはソロリソロリと目だけを動かし、辺りの状況を確認する。こんな時にも止まってくれない舌が恨めしい。ぺろぺろ。

 そのまま視線を上に持ち上げてみれば。

 微笑む絶世の美少女とすずかの目があった。

 色んな意味でくらくら来てしまう。

 どうしよう。どうしよう。どうしたらいいんだろう。早速姉の言いつけを破ってしまった。

 とにかく話をしてみない事には始まらない。すずかは咥えていた物から口を離した。舌先が名残惜しそうにチロチロ動くが、それを意思の力で封じ込めて、真っ青になったすずかはフラフラ立ち上がる。

 足に力が入らない。すると何を思ったか目の前の美少女の手がスルリと伸びて来て、驚く程に流麗な動きですずかは何処かに寝かせられた。どうやらベンチのようだ。あっと言う間も無い早業だった。

 頭の下には何か柔らかい、これまた至高のマクラがある。目の前には微笑ましげに、大切な宝物でも見るようにすずかの目を覗き込んでいる美少女の顔が。これはどういう体勢だろう?    いや、まさかとは思うけど全国の男子の夢、現代社会に残存する幻想、ヒザマクラ?

 もう訳が分からない。分からないことだらけ過ぎて笑えてきた。すずかの顔が笑みの形を作る。すると目の前にいる美少女が嬉しそうに微笑んだ。

 あぁ、なんて綺麗なんだろう。目の前で美少女が笑っている。ならばそれはきっと素晴らしい事だ。それでもういいじゃない、月村すずか。

 もう何もかもがどうでも良くなってきた。どうでも良くなると途端に冷静になる物で、すずかは悟りの境地に至った心境だった。

 すると目の前にある美しい顔の綺麗な唇が動いた。それだけで艶めかしく感じてしまうのはなぜだろう。

 

「ねぇ、美味しかった?」

 

 何が、とは言わない。すずかも冷静になると同時にほぼ完璧に状況の把握をしていた。

 その冷静な思考が語っている。誤魔化しても無駄だ、と。

 ならばあの極上の美味を与えてくれた少女には、正直な感想を語るのが、せめてもの礼儀というやつだろう。

 

「うん、すごく美味しかったよ。今まであんなに美味しいもの、食べたことなかった」

「そう、まぁ当然よね。私の血なんだもの。不味い訳がないわ」

 

 無茶苦茶な暴論だ、とすずかは思ったが、しかしそれが真理な気もする。目の前の絶世の美少女の血が不味い訳が無いのだ、と訳も無く納得してしまう。

 

「それで、私は貴女の秘密を知ってしまった訳だけれど、どうしましょうか」

「うーん、一族の規律に則るなら、生涯の伴侶になるか、記憶を無くしてもらうかなんだけど……」

「記憶を無くすなんて私、絶対にいやよ。自分の中身を他人に弄られると思うと、ゾッとするわ」

「じゃあ、生涯の伴侶になってもらうかだけど……」

 

 それは無いだろうなぁ、とすずかは思った。

 因みにすずかは知らなかったが、生涯の伴侶というのは観念的な物で、要するに裏切らないと約束してくれれば、そして夜の一族がそれを信じるに値すると認めたならそれで良いのだ。裏切ったら一族全員で報復するよ、という契約である。

 

「いいわよ」

「え?」

「私と生涯のパートナーになりましょう、すずか」

「……え?」

「これは契約よ。私は貴女のこれからの人生を全て貰う変わりに、私は貴女に会える日には血を分けてあげる」

「え……?    え……?」

 

 それはとても魅力的な提案だった。またあの美味を味わえるなら、全てを投げ出しても良いとすら思える。それ程までに暴力的な美味だったのだ。

 しかし冷静な部分で思う。こんなにあっさり決めて良いのだろうか、と。

 実を言うとこの契約には裏がある。

 すずかの人生は貰うと言っているが、百合は人生を捧げるとは言っていない。つまりすずかのこれからの人生の対価としてちょっぴりの百合の血を差し出し契約するというのだ。詐欺もいいところである。

 しかしそんな事は思いもよらないすずかが、見当違いな事をツラツラと考えていると、考える暇など与えぬとばかりにすかさず美少女が微笑んで口を開いた。

 

「ねぇ、すずか。私はすずかが欲しいわ」

「え……?」

「大好きよ、すずか。私の物になりなさい」

 

 すずかはつい赤面してしまう。家で本の虫だったすずかにとって、こういうシチュエーションは何度も読んできて、憧れだった。少女マンガの『俺の物になれ』というフレーズに何度悶えたかも分からない。しかし化け物である自分にはきっと訪れる事の無い幻想だと諦めていた。それがこんな簡単に手に入る。夢かなにかかと疑ってしまう。

 まさか相手が美少女だとは、思いもよらなかったけれど。

 

「えっと?    で、でも私たち、殆ど話したこともないし……」

「これから話し合って、お互いを知って行きましょう」

「わ、私は……ば、化け物だよ?   さっき血を吸っちゃったの知ってるでしょ?」

「関係ないわ。私は貴女が欲しいの」

「え、で、でも……」

「美味しい血が貰えて、可愛いパートナーができて。すずかには何の不利益もないと思うけれど?」

 

 そう。それなのだ。

 女同士というのはこの際置いておいても、この話しは美味しすぎる。と契約の穴に気がついていないすずかは思うのだ。

 自分を化け物だと知っても動じないどころか、自分を欲しいとすら言ってくる。この子は何が目的なのだろうか、と勘繰ってしまうのも無理は無いだろう。

 いくら考えた所でいきなりの愛の告白に動揺しまくりなすずかでは、何に思い至る事も無く、浅い思考をグルグル繰り返すのみだが。

 しかし美少女は、そんなすずかの思考を読み取ったように、すずかの耳元に口にを寄せて。

 

「私はすずかが大好きよ。貴女が欲しくてたまらないの。理由なんてそれだけで十分よ」

 

 脳味噌がとろけるような甘い声でこんな事を言ってくる。

 こんなの、反則だよぉ……とすずかが思ってしまうのも無理はない。

 実はすずかはこういうちょっと強引なシチュエーションが好きだった。というか、家にあった少女マンガを読んでからずっと憧れていた。

 さっきから心臓はドキドキしっぱなし。鼓動が相手に聞こえてしまうのではないか、と思う程に煩い。

 顔どころか身体中が火照って熱い。クラクラする。

 彼女の言葉が嬉しくて堪らない。

 自分を彼女のモノにしてしまいたい。

 彼女に支配されたい。

 そうして自分は彼女の血が無いと生きられない愛の奴隷。

 有り体に言えば目の前の美少女に恋をしてしまった。

 すずかはこう言う事に耐性がないどころか、今の今まで友達の一人すらもおらず、コミュニケーションの経験値が圧倒的に不足しており、また多少は冷静になったとはいえ怒涛の展開の連続で脳が麻痺してしまっていたこともあって、コロリとやられてしまったのも無理もないだろう。

 思わずすずかはコクコクと頷いてしまった。

 すると彼女は思わずゾッとするような妖艶な笑みを浮かべて、耳元に口を寄せたまま、例の脳を溶かす魔法の声で。

 

「ふふっ、ありがと、すずか。契約成立ね。愛してるわ」

 

 そう言うと耳元から顔を離し。

 ゆっくりとすずかと顔と顔を近づけて行き。

――ゼロになった。

 

ちゅっ……ちゅぱっ……ちゅるっ……んっ……ぢゅるるっ……♡

 

 深い深いキスをした。

 月村すずかの将来が決定した瞬間だった。

 

 その後の事は正直ボケっと夢見心地で正直な所余り良く覚えてはいない。

 気がついたときには一日の授業が終えていた。

 とりあえず家に報告するのは待って欲しい、と頼まれた事は覚えている。

 一緒に挨拶に行きましょう、と微笑んで言われてしまえば恋する乙女のすずかは否やとは言えない。

 何かハーレムを作るけれど、あなたへの愛は変わらないから許容してね、とか言われてコクコク頷いたような気がしないでもないけど。

 次の日曜に家には招く事になっている。とても楽しみだ。

 手に入るはずが無いと諦めていた幸せがいきなり舞い込んできて、とりあえず月村すずかは幸せだった。

 




このすずかさんはちょっとはっちゃけてますね。
今回は怒涛の展開の連続で頭を麻痺させて押し切る、という力押しのゴリ押しもいい所な作戦です。
でも恋愛への耐性とかが皆無な年齢なので、搦め手よりも力押しが最も有効で、かつ効果的です。
その上百合はゴリ押しが案外嫌いじゃありません。
搦め手も勿論大好きですが。
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