モリアーティが見たら頭抱えます。
固有結界『疑似虚構世界SE.RA.PH』は青く白線が引かれた、なんとも簡素な代物だった。周りに建ち並ぶ巨大なビルはどれもが均等に建設されておらず、ナローが案内した城の中はその巨大さとは裏腹に二階もないハリボテの建造物だった。豪奢な椅子と机は絵画の絵柄がアニメ化したように安っぽい。
「…どう思う、ライダー」
「
ディルムッドの問いにイスカンダルは髭を撫でた。漸く会えたナローが従うマスターは、彼らから見て異様であった。体幹が安定しない。サーヴァント達に大きな反応を示す。配られた茶菓子もたまごボーロであり、ひっきりなしに溢していた。
正気ではあるが、挙動があまりにも幼い。ナローが手ずからお菓子を振る舞う様は雛鳥のようであった。イスカンダルは自身のたまごボーロを鷲掴みにして口に放り込む。口当たりの良い、優しい味が広がった。
「傀儡か、そもそも偽物か…」
「本物ではある、筈だ」
妙に確信を持って断言したディルムッドにイスカンダルは無言で理由を促したが、彼は首を横に振った。ディルムッドも根拠のない判断だったからだ。同じく仕えるものとしてナローへの目線が偽りでないように見えたのだ。
イスカンダルは彼の直感を信じた。信じ、そしてそれが正しいからこそ彼らは英霊だった。十重二十重に偽装したナローの嘘をこじ開ける。器や詐術でナローに負けるサーヴァントはここには居ない。ナローが出来ることは事実で脅すしかなかった。
一発芸しかないナローの立場は他の陣営が想像するより遥かに危うい。ナローの武器は持参した銃火器一式のみであり、それ以外の攻撃手段がない。圧倒的に火力が不足しているのだ。宝具も燃費が極悪のサポート系に、
ナローの目的は婚活である。現世で新たなパートナーを見つけるのが彼の最終目標である。冬木の聖杯は彼の欲にとことん合わなかった。汚染された聖杯は露悪的に願いを叶える。逃げすら封じられた弱小サーヴァントの八つ当たりの結果が今の惨状だった。地獄で
─つ、次こそは…つぎこそはぁぁ!
なお、
「じゃあ、ライダーさん。後はよろしく」
「うむ、感謝するぞ、アサシンよ」
専守防衛しか策がないナローは場の有利を手放しで捨てた。掴みどころがない、というより忙しくて余裕がないと評すべきか。マスターの口元を拭うナローにイスカンダルは肩をすくめた。
「お主は参加せんのか?」
「聴きはするけど別に。君達と違って俺は
いかにも介護している風にナローは
「ふぅむ。…フフン。参加するなら構わん」
「(なんなんだよあの笑い…やめてよこちとら頑張ってるんですよ!?)」
「(少なくともギルガメッシュさんにはバレてるようです。…白野ちゃんを狙うのはちょっと犯罪的では?)」
ナロー達が内心てんやわんやする中、イスカンダルは両腕を大きく広げて机を叩いた。イニシアチブを取るための慣れ親しんだ行為である。全員の視線が集まったのを見計らい、彼は歯を見せて笑みを浮かべた。
「これより、我らの聖杯問答を始める。酒杯を交わし、各々が格を見せつけ合えば、剣に屈するまでも無く相応しき者を知るであろう。己こそが聖杯に相応しい、と名乗るのであれば。相応の格を我らに、なにより自分自身に刻むがいい」
「…何だ、その話し振りは」
今まで沈黙に徹していたアルトリアがイスカンダルに眉を顰めた。
「この会議はアサシンを問いただす場ではないのか?何故私達の主張をする必要がある」
「だからこそだ、セイバー。我々は互いの望みを知らん。目的も知らん輩に
アルトリアは返答しようと口を開いて、無言で閉じた。マーリンに似た気質の奴に説得は無駄なのではと確信していたが、それでも口に出さなかった。死にかけから脱して色々頭が冷えた結果、彼女は主義主張に少々自信が持てなくなっていた。
その弱々しく張り詰めたアルトリアを観てギルガメッシュはワインを片手に脚を組んだ。目の前のたまごボーロはいつのまにか原初のたまごボーロに変貌しており、白野の前にお代わりとして飛んで行った。
「馬鹿馬鹿しい──問答など不要だ」
「金ピカの。そりゃなぜだ?」
「全ての財宝は
ギルガメッシュの暴言はあまりに堂々としていたためにマスター達は一瞬それが正しいと思ってしまった。ふざけた物言いにアルトリアが苦言を発しようと口を開く前に、ナローは指を鳴らした。
「じゃあそれで」
『ルール⑨ ギルガメッシュはルールになる』
「よし、け「待て雑種よ」──何です?」
何か邪悪な所作をしたナローの手をギルガメッシュは全力で掴んだ。みっともなく身を乗り出した彼の鎧はたまごボーロが粉まみれになって汚れていた。尚も腕を動かそうとする彼の手をテーブルの上でうつ伏せになって防ぐその姿に王の威厳は何一つ無かった。
「確かに
「裁定者に自我は不要では?(暴論)…大丈夫!珍しく俺がパーペキな!あっ!ちょっと!イケる、ルーラーイケるから!」
「
十分後。
「……。……………
最終的に
「そこの
「つまり器が欲しいと。…中身は空でも構わんよなぁ?」
「
ギルガメッシュの言葉にイスカンダルは哄笑した。聖杯戦争に投じている身で勝ち残れとは、当然のことに何を言っているのだと笑った。ナローは何故笑うのか理解できずに首を傾げた。
「そう言う貴様はどうなのだ、ライダー」
「余か?余は─受肉だ!」
「はぁ!?お前、そんなものに聖杯を使うのかよ!?」
ウェイバーのツッコミにイスカンダルは肯定した。指を天に向け、指しようがない彼方の地点を指差しながら彼は宣言した。
「余は地の果てを目指して遠征を続けた。生憎
興奮が抑えきれずに腕を組むイスカンダルは子供のようだった。彼の有り様を見て何かを指摘する存在はいなかった。夢を見て行動した彼を無謀だと理解しても、それは悪にはならないと納得したいからだ。
肩書は人を盲目にする。ただの
「──私の願いは
アルトリアは重ね澱んだ経歴を捨てて本心を出すことができた。
「…つまり、過去に滅んだ国を甦らすと?」
「
アルトリアは苦しげに下を向いた。目に入るのは散らばったたまごボーロだった。あの食べ物を捨て置いて何とも思わない飽食の世界に、彼女はブリテン島の限界を悟っていた。
「私の国、ブリテンは神秘を
我が国に
「最終的に一割になるのは当然だ。生き死ににとやかく言いたくはない。だが…だけど!
「故に誤魔化しか、セイバー」
「ああ。
アルトリアの宣言に王達は彼女が正しく『王』だと確信した。中でも、ディルムッドは消費される側故に感動して頷いていた。
「なるほど、貴方は確かに王のようだ。我ら戦士は死後の保証あれば万全の憂いなく。その願いを奪わねばならぬのが残念で仕方ない」
「そんなら自害すればいい。枠が空いて俺も楽になる」
「それはできない。俺はケイネス殿に願いを捧げた身。ケイネス殿の願いをドブに捨てるわけにはいかん」
相変わらずナローは他の参加者の願いに興味もないようで、夕飯の為に白野にランチョンマットを準備していた。その欲の無さはある種ディルムッドが徹しきれなかった理想であった。
「ならばアサシン、お前の願いは何だ」
「婚活」
ディルムッドはあんぐりとした顔で呆然とした。その他のサーヴァントも困惑の表情が強い。ナローは幸せな連中に青筋を立てた。大半が諦観で構成されるアサシン霊基の珍しい怒りの感情だった。
「お前らみたく星を殺しても次がある連中はくだらなく感じるだろうが。恋仲になれるヒトは!無駄に!増えない!非殺傷は当然!恋人募集中!そのためなら死ぬ気でルール整備くらいするよ!この殺人鬼ども!」
「の、のう坊主。あのアサシンは何故あそこまで苛立っておるのだ」
「ナローは生前妻と不仲…凄い不仲で。全財産の九割は妻のエレナに使い潰されたって逸話もあるんだ」
「ほう。可哀想な相手を掴んだのだな」
イスカンダルの同情にナローは歯を剥いてキレかけた。隣の
「ねぇ、ナロー」
「どうした、マスター」
「この人達は冬木のことはどうでもいいの?」
白野の問いに皆が口を噤んだ。聖杯戦争の前提条件やら、
人に迷惑をかけて気分が悪くならないのかと言う、魔術師の道徳に語りかけるものだった。
「そうじゃないか?」
「何で?」
「特別だと思い込んでるから」
ナローは白野の皿にお粥を注ぎながら回答した。
「魔術やら武術やら『お力』を持つ輩はみーんな欲張りになる。叱られない環境は寛容さを消す。誰かのおかげが消えた連中の吹き溜まりが此処さ」
「殺し合う必要はあるの?」
「
白野の目が辺りを見渡した。その眼は人を見定める鑑定であり、持たざる者である筈の彼女が格上だと理解せざるを得ない
「愚かさ故よ。そこな被害者は我らに愚痴をだしたくてしようがないらしいぞ?」
TVにいる彼
『ワレワレは◼︎◼︎された冬木の統合人格です』
『ワタシは
『六十年の愚かしさをワシは体験していました』
『ワレワレは何者も拒みません。─故に、力を持った──を』
それは、ある種当然の帰結だった。
統合人格は何処までも人間であった。被害者である彼らは容易く憎しみが浮かんだ。正しき怒りは浄化の枠を超え、背後にあった大聖杯から大量の泥が溢れ出た。泥はアバターへ迷いなく進み、彼と彼らは混ざり合った。
「あー、時間切れかぁ」
ナローは魔法少女ルールが一部取り込まれたのを残念に思っただけだったが、その他の参加者は訳がわからない。素早く危険を判断した切嗣は銃口をメアリーへ向けた。
「アサシン。単刀直入に聞くが──アレは、何だ」
「俺達の敵だよ」
銃口は下がらない。ナローはとぼけるアインツベルンに非難の目を向けた。
「だから、
銃口が下がる。が、切嗣の疑問は途切れない。全員がナローの内容を把握出来ていない。ナローが抱えた大前提を、聖杯戦争のマスターは誰一人理解していなかった。
「…、……?
ナローの発言にようやく全ての陣営が彼の不合理さの理由を知った。
ごぼり、ごぽりと統合体は黒い泥を中に含み、何もないはずの黒い体の全体から赤い血が噴き出た。上着を脱ぎ捨て、ワイシャツから浮き出るのは全身を覆う蠢く刺青だった。妖しげに光り輝く身体をニヤニヤと見つめながら、顔を生やした彼女は怒り狂った笑みをただただ浮かべた。
『どうもー♪
アンリマユ(裸ワイシャツ透け刺青褐色ぐだ子)