輝く刺青の艶やかさと異なり吹き出した血は未だに止まらない。下半身は泥と一体化したように膝下から同化しており、動くことさえままならない。流れる血を埋めるかのように入り込む泥は滝に見えた。半死の彼女は血痰まじりの血反吐を吐いて尚、ニッコリと
『ゴブッ…あはは。生身はやっぱり痛いなぁ。
霊基はナローよりも弱く、そのステータスはオールE-。ケイネスの判断では礼装さえ用いれば己でさえ勝ち目が見えるほどのか弱さだ。
『私達はとても、と〜〜〜っても怨んでるよ〜!?ええ。八つ当たりしたいくらいに。今は
アンリマユは殺戮に特化したサーヴァントである。
アンリマユは踏み潰されし弱者である。
彼女には目的を達成する力はない。彼女が使われるのはいつだって不要な犠牲を生み出してからだった。
今回もまた、嘆きを糧として彼女は
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門外漢な俺が何故解説をしなければならないのだ、とナローは苛立っていた。
彼は今回召喚されたサーヴァントである。その上野良マスターの手綱の元にある自身は彼らより余程収集範囲は狭いはずである。なぜ己がキャスターもどきなどしなければならないのか。
コイツらは本気で聖杯を取るつもりがあったのかとナローは会議中いつも感じていた。
「おそらく初回の聖杯戦争は正しく
アイリは聖杯戦争の一回目が無惨な仲間割れによって失敗したのを知っている。しかし、その理由を理解しようとはしなかった。負けた結果。得た薫陶。本来至上命題として掲げたならば行うべきそれを、御三家は何一つ行えていなかった。
「魔術師は根源が夢だったか?俺の眼で見た限り、大体サーヴァント七基で一人分の孔が空く。まあ、枠が足りなかったんだろうな」
根源への挑戦状はマスターに、残った魔力はサーヴァントの願いに。惜しむらくは開けた孔の広さだっただろう。六十年は人には余りにも妥協できない。御三家の才媛がそれぞれ本気を出した結果、聖杯は実現しなかった。
「ただ、令呪が出来てサーヴァントを贄に出来る二回目からは別だ。何せ
魂自体が上乗せされる以上、願いの数は開催ごとに増える。三回分の願いのチケットは御三家で共有するに充分な内容だ。本来の理想である
「必要なのは魂を操作出来るキャスター。そして
サーヴァントの生態に魂喰いがある以上、キャスタークラスが魂を移行することは難しいことではない。小聖杯を複数抱えてポン付けすればそれで願いは達成である。ナローの物言いにウェイバーは机を叩いた。
「だけど御三家はキャスターなんか召喚してないじゃないか!談合してるなら誰かがキャスターを抱えた筈だ!」
「間桐家が衰退したからだ、ウェイバー」
苦虫を噛み潰した顔でケイネスが答えた。彼はこの聖杯戦争を考えた先人に敬意を隠せない。失敗を前提に確実なる根源到達への道筋を形作るのは並大抵な手腕ではない。だからこそ、
「この局面に来てまで間桐は何一つ動かない。いや、動けないのだ。枯れ切った間桐は聖杯を…根源を諦めたのだ」
時臣は旧友である雁夜を思っていた。出奔した彼を時臣は率直に言って蔑んでいたが、この聖杯戦争の彼を見るにそれは誤りだと理解した。彼は
手元のワインを燻らせて時臣は友に黙祷した。自身が間桐ならば
「…遠坂としては密約は交わしていないと回答しよう。因みに、間桐家には私の娘が養子となっている。翁の年齢を考えると…おそらくは…」
「間桐は遠坂の傘下に付く、と」
「そしてそもそもだが──受け皿はアインツベルンが作成している」
全員の目線がアインツベルンへ向いた。切嗣は手にある拳銃を乱暴に床へ叩き投げた。彼は気が抜けたように椅子に倒れ込み、肘をついて頭を抱えた。
その光景を見て、何となく予想していた事実に、全員が溜め息をついた。
「生憎だが、僕もアイリも
「…ま、それが答えよな」
ギルガメッシュの嘲笑に魔術師の誰もが無言だった。
「アサシンよ。ならばあのアンリマユは何のために召喚されたのだ?」
「…約定破りを防ぐため、だな。俺も現代の魔術師には疎いが俺の時代には人形師という魂を移動できる技を持つ連中がいた。アインツベルンが小聖杯さえ拵えたら大聖杯から抜き出して叶えられる。だから第二次…に、は…」
言い切ろうとしたナローの口はアイリを見て止まった。隣の切嗣も信じられないものを見る目で妻を見ていた。彼女は非常に、非常に気まずげな表情で椅子の下に隠れた。
「アンリマユは第三次にアインツベルンが呼びました…」
「馬鹿だったかぁ〜」
全員が各々の仕草で落胆した。なまじ初代が拵えたシステム自体に穴が無いのが余計にやるせなさを感じさせた。ため息を、舌打ちを、苛立ちをしたのは誰だったか。皆が無意識でやったかもしれないと思う空気が流れた。
「─頭が痛くなってきた…」
「奇遇だなウェイバー。私もだよ…言いたくないが…極東の猿と…いや、猿に失礼だな…」
「のう、金ピカ。お主、本当に宝として収めるのか?こちとら機能すら怪しくなってきとるのだが」
「
張り詰めた空気は既に無かった。詐欺師に騙された被害者達の話し合いが此処だった。
何となしに惚けた空気を張り直したのは液晶に映し出されるアンリマユだった。バン!ともたれかかる様に叩いたのは半透明の結界。魔法少女フィールドの一部を乗っ取り顕現した彼女は大聖杯故に移動することができない。死にかけに見える彼女は虚空と独り言を垂れ流していた。
『冬木市警だ!!貴様らを逮捕する!あは!嘘です、二階級特進してます!あーけーてー』
画面でアンリマユが扇情的な仕草で結界を叩く。耐性のないウェイバーの顔が赤くなるが、彼女の背景にある泥を見てすぐさま青くなった。泥は黒く、小さな顔が無数に浮かんでいた。口は忙しなく動き、その漣が泥の動く音ではなく、泥中の誰かが集団で囁いていることに気付いた彼は思わず叫び声を上げた。
その顔は。憎んでいた。恨んでいた。怒っていた。泥の発生源は顔から零れ落ちる血涙だった。彼女が結界を越えていないのが不思議なほど、その圧力はウェイバーの肌を通して脳内に染み渡るような殺気を与えた。
「なんてものを召喚したんだ…!」
クラス─ビースト。
人類の原罪が生み出した自滅機構。英霊召喚の元となる、人類種の癌細胞。ウェイバーはその類稀な観察眼によりその危険性を直感した。
「……アサシン」
アルトリアがビーストの痴態から目を離さずに問いかけた。無礼な行為は誰も指摘するものはいない。一番情報を持つのはナローであり、最も武力を求めていたのも彼だからだ。
「
「今まさに間違ったばかりなんだが」
「貴方以外に見識の深いものはいない」
「何で
もしかして一番真面目に参加していたのは間桐だったのだろうか。ナローの策をガン無視したことと言い、無才なりにつよつよサーヴァントを決めてたことと言い、見逃した老人のボケで全部台無しになった感が凄いとナローは思った。
「俺は。あー、少し賢きアインツベルンは横から掻っ攫う可能性を潰すと考えた。サーヴァントが入った大聖杯を放置するのは正気の沙汰じゃない」
「かといって六十年守護するのは対費用に見合わない。ならばどうするか。─抑止力に任せれば良い」
「抑止力に?」
「抑止力も優先度がある。
如何に無への回帰の要因である根源到達も、全人類には敵わない。数人が根源に行くだけで被害が皆無になるのであれば、抑止力は全面的に聖杯戦争の味方となる。
「サーヴァントが一流も一流なのも後押しを受けたからじゃないかな。強者が気まぐれに大聖杯を潰せば最上級。それでなくともビースト討伐の力添えにはなる」
ナローの発言にアルトリアは何故抑止力の契約が中途なのかを理解した。彼女こそ、抑止力が派遣した対ビーストの兵士なのだ。
「それは結果なのではないか?アサシン…否、ナローよ」
ナローの予測にイスカンダルが不満げに髭を撫でた。
「汚染目的とてアンリマユを召喚するのはあれど、結局はいちサーヴァント。魔力があろうと霊基までは変貌せんだろう」
「…
ナローは何処からか取り出したリモコンをアンリマユが映るTVに向けた。映像は拡大され、やがて背後にある泥中の顔達を映し出した。その顔を見て、イスカンダルは閉口した。
その顔は、明らかに日本人の塩顔だった。
「確かに、聖杯の中にいるアンリマユは何処まで逝かれてもサーヴァント。
魔術師である彼らは冬木の住民を無関係として踏み台にしていた。しかし、それは違うことに彼らは気付いた。冬木こそ、魔術師が払わなければならない負債そのものだったのだ。
「魂喰い。魔力徴収。あるいは単なる殺戮の犠牲者。英霊に比べたらそりゃ誤差だ。年間一万人は死ぬ冬木市の何%が聖杯戦争に関わるかって言えばね。まあ精々一千人超えたら多いくらいで大した量じゃない──それが百年以上遺されていなければ」
大聖杯は高純度の魂、即ち英霊を溜め込む機能が存在するが、それは逆説的に七回行う回収処理のために無作為に冬木住民の魂が入る結果となった。魂を区別する技術など御三家の技術にない。あるいはそれこそが御三家の凋落を招いたのかもしれない。無関係な無辜の魂の犠牲は純粋なる怨みを募らせる。正しい怒りこそ止まることはあり得ない。
アンリマユはただ純粋に大聖杯が溜め込んでいた自然魔力を以て肥大化したサーヴァントに過ぎない。しかし、冬木の住民と『悪』の方向性は余りにも一致していた。本来ならば殺戮
「結界は一日持たせる」
ナローは魔術師を、とりわけ御三家を見下しながら言った。寝入った
「大聖杯とアンリマユは直結している。アンリマユによって活性化した彼らは魔術師を怨んでおられる。翌日二十時、アンリマユは
ナローは魔術師を信用していない。
「お、おい!」
後ろからの声は無視した。ナローにとって、迷惑をかけながら無知を貫く彼らの罪は非常に重かった。道中で分離した静謐にナローはキスをかました。彼女が見ていた雑誌の付箋に書かれていたアンケートを見習ったのだ。
我慢しているであろう彼女へのお礼のつもりだったが、ナローが思う以上に静謐の感動は深い。無口となった彼女に首を傾げつつ、ナローはアンリマユに対して疑問をこぼした。
「──ここまで
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「あは!あは!あははは!!」
アンリマユは人類最古の善悪二元論と言われる拝火教に伝わる悪魔の王である。しかし、サーヴァントとしての彼は大悪魔とは程遠い普通の人間であった。憂さ晴らしに村から排斥された哀れな弱者が彼の本質である。
「ガチャァアア!! 10連ガチャア!! いっぱいっぱい回すのぉぉ!! 溶けるぅう!! 溶けちゃうう!!」
困窮から必要悪として生贄となった
「残念で・す・が!遠坂さんの
だからこそ、冬木の生贄は容易く彼と同化した。生贄には愛がある。情がある。倫理がある。信仰がある。彼は真の意味で
今の彼が女性体なのも『巫女』としての性質を反映したに過ぎない。溢れ出る怨みつらみを発散
「早くしないと聖杯使っちゃうよー?出来ないけど。あはは」
以上の特性を以て彼女のクラスは決定された。
アンリマユなど仮初の名。
其は人間が捨て置いた、苦痛を引き受けた排泄物の成れの果て。
その名をビースト
人類悪の
アンリマユ「一八〇年頑張っていた人の為…バ美肉デビュー、挑戦します」