結局のところ、ナローが人類守護に献身的な以上、時計塔陣営には唯々諾々と従うしか方法はなかった。
ケイネスとウェイバーは半日かけてやれるべき全ての引き継ぎを成し遂げた。ケイネスのホテルには手荷物程度の物品しかなく、彼らは遺書を認めてアーチボルト一族の使いにそれを託した。
彼らがやるべきことはやり切った。イスカンダルと、意外にもディルムッドの提案により行われた景気付けの宴会は、思ったよりも全員の素顔を曝け出していた。
「なんとも華のない飲みだ」
「戦場前だ、仕方あるまい!余の部下に酌でもさせるか?」
快活に笑うイスカンダルにケイネスは鼻で笑った。日本風のピザにかぶりつきながらケイネスは豪快にワインを飲み干す。味わいもない飲み方を否定する者は誰もいなかった。誰かがついでに注いだ酒を回してケイネスは答えた。
「馬鹿を言え…ソラウ以外の
「うむ………。うむ、何も否定できん」
「ブブッ…言い負かされてるぞ、ライダー!」
「喧しいわ坊主!」
イスカンダルは乱暴にウェイバーをベッドへ放り投げた。数メートルの浮遊にウェイバーは情けない声と共に手に持っていた缶チューハイを取り落とす。回転する缶をディルムッドは苦も無く掴み取り、少々飛び出た水飛沫をゴミ袋に収めた。掴んだそれを彼は一気に飲み干し、ゴミ回収のついでとばかりに散らばったツマミ類を集めた。
ケイネスは何も言わない。ただ彼の行動を見ていただけだった。ゴミ掃除が終わったディルムッドは新たに酒を杯に入れてケイネスの対面に座った。
「ケイネス殿」
「何だ、ランサー」
「我が望みを叶えて下さり──本当にありがとうございます」
忠義の儀は取らず、ディルムッドは日本酒の杯を持ってケイネスの杯に合わせた。ケイネスは酒を一気に呷り、肺の中を出しつくすように嘲笑した。
「お前の望みなど知らんよ、
「それでもです。貴方は俺の欲しいものをくれた。信頼を裏切らないでくれた。死に際の水なんてどうでも良かった。…私は、本心を語って欲しかったんだ」
ディルムッドの胸中の暴露にケイネスは今更かと中指を立てた。ケイネスは年若い新進気鋭のエリートである。幾ら魑魅魍魎の蔓延る時計塔の教授と言えど腹芸には限界がある。何も本心を露わに語らない異文化の男に対して配慮などする価値はないのだ。
ケイネスは博識である。ディルムッドの経歴を熟知している。彼が死に際に上司に見捨てられて謀殺されたことも重々承知だ。それでもケイネスは彼を馬鹿にするのをやめなかった。ソラウの初恋を奪った憎い仇には当然の末路である。
「は!ソラウのお気に入りになったイケメンにはお似合いの末路だ!私との騎士ごっこは楽しんだか!?」
「ははは!─はい、とても」
「ならば我がランサーに命じる!その手でもって故郷の料理を作ってこい!」
「かしこまりました、我がマスター。ダーカ・ドナラの館で食いそびれたツマミを作りましょう。あまり自信は有りませんが…」
主従というより悪友と称すべきランサー陣営を、ウェイバーはアルコールが入った頭で、複雑な気持ちを抱えていた。
「何も知らなかったんだな、僕」
「あの若造のことがか?」
イスカンダルからの若造という言葉にウェイバーはハッとした。絶対的な先達と嫉妬していたケイネスは弱冠二十代前半の若い男であることにようやく頭が回った。
ウェイバーが反骨心を発揮する理由となったのは彼に論文を破棄されたからだ。だが、こうしてケイネスの人となりを理解すると、それも当然だと感じた。視野が浅い。考えが足りない。資料が曖昧だ。ウェイバーの論文は穴だらけであった。読まなかったのではなく、読む
身の丈知らずの愚かな盗人が今のウェイバーの価値だった。
「先生がマッケンジーさんに頭を下げたのも、カタコトの日本語で謝罪したのも、ああやって飯が不味いとか馬鹿話してるのも、何にも知らなかった」
「悔しいか、坊主」
「うん」
十も離れていない男に完全に負けている。命を賭けた程度で対等にみられたのはあちらの度量が大きいからだ。才能ではない。器の大きさが違っていた。
「僕は、男としてではなくて、魔術師としてあの人に認められたい」
酒に溺れた戯言に、イスカンダルは口元を緩めた。少年が夢を持ち大人になる。その瞬間を間近で見られた幸運に感謝した。
敵は邪悪で悍ましい。だが、漢となった彼らと肩を並べられるなら負けはしない。固有結界で蹴散らしたアンリマユの様に、ただ情熱のままに夢を駆け抜けるだけだ。
イスカンダルは楽しげに缶ビールを飲み干した。
◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎
正義とは、肯定されて初めて胸を張れる行為だと衛宮切嗣は思う。
衛宮切嗣は魔術師殺しである。幼馴染を天秤にかけて幼馴染を取った結果大量の死者を作り上げ、師匠と多数の他人を比較して師匠を殺した。
死ぬしかない者が殺され、死ぬ理由のない者たちが救われた。それが『正義』でなくてなんなのか。今更止まれない、止まったら追い求めたものは無になる。支払った代価も積み上げた犠牲も無価値になる。だからこれからも自身の理想を憎み、呪いながら、理想に従うのだろうと彼は悟った。
そして、今回の聖杯戦争もその天秤が乗っていた。
どちらが重いか比べるべくもない。切嗣の理性は夢を諦めることを選択した。しかし、今までに払った何かが彼にのしかかった。思い詰めながら手の甲にある令呪を見る。
「キリツグ」
暗い考えが浮かんだ彼にアルトリアが声をかけた。座るテーブルには大量のハンバーガーが置かれており、さながらフードファイターと称すべきスピードでガツガツと食べている。コミカルな内容とは裏腹に、彼女の瞳は非常に冷めていた。
「ビーストの討伐ですが、基本的にアーチャーを指揮官として対応します。詳しくは彼の差配次第ですが、おそらく私は中衛でしょう」
「…は?」
「令呪のタイミングはアサシンの解析次第となりますが、私達に選択肢はないと考えてください。遠坂が聖堂教会の残令呪を引っ張り出せれば宝具の乱射も視野に入ります。
「ま、まってくれセイバー」
立て続けに語り出すアルトリアに切嗣は停止を呼びかけたが、彼女は知ったことではないと新たなハンバーガーに齧り付いた。彼女の内容は確定的で、つまり決定事項を切嗣に伝えている。彼の考えなど入る余地がないとばかりに。
「ああ、そういえば貴方とはまともに話してませんでしたね」
さも今気付いたとばかりにアルトリアは惚けた。何かを言いかけた切嗣の口は彼女を真正面からみたために止まった。
「場を乱す賊とまともに話す価値はないと決めつけるのは軽率でした」
その目は見覚えがあった。犯罪者を見下すゴミを見る視線。彼が最も受け入れ難い正しさの否定が彼を固めた。
「どうしました、キリツグ。血も涙もない王様の腐った価値観など無視すれば良いのでは?…ああ、今は強盗殺人犯と称すのでしたね」
正義とは仲間を作ることである。切嗣は他人を殺し、見下し、軽蔑する度にそれを忘れてしまった。味方という最古であり最新の道具をメンテナンスしないツケは今まさにここで支払うこととなった。
衛宮切嗣は獣の脅威を理解していない。
アルトリア・ペンドラゴンは彼を見抜いた。だからこそ、見逃していた精神に荒療治を入れる必要があると機械的に判断した。一致団結でも怪しい人類悪の討伐を勝ち取るためには余計な心配事は減らさなければならない。
「賊の戯言を許すと勝ち目が無くなりますからね」
切嗣が何かを仕出かす隙もなかった。魔力放出を併せたアルトリアのビンタは容易く音速を超えた。如何なる絶技か、背中に当てたはずの衝撃は切嗣のスーツを破かず、痛みだけを通した。
「私も王として
苦悶に倒れた切嗣にアルトリアは雑にマウントポジションをとった。彼が何かを動かしたが、その前にアルトリアの拳がその顔面を優しく潰した。鼻が潰れ、切嗣の言葉が血と混じり濁音塗れになった。
「私は確かに貴方が蔑む蛮族の王です。血で血を洗う争いを繰り広げました」
ガッ。ガッ。ガッ。
「蛮族ですからね。兵に学などありません。貴方のように功績だけを狙ったお猿さんが大量に居ました」
ガッ。ガッ。ガッ。ゴキっ。ガッ。ガッ。ぐちゅ。
「村のため、家族のため、我が正義のため。法に従わない癖に道徳に甘える塵ども。文化の何某も理解できない知能で背中を刺す無能は後を断ちません。統制には
ゴキっ。バキッ。パキッ。ぐちゅ。ぐちゃ。ガッ。ぐちゃ。
「大体キリツグ。貴方時勢読めてますか。他の陣営は享楽で此処に来てます。つまり、
無関心で拳を振り下ろすアルトリアに側にいるアイリは手が出せない。直感で切嗣の
「願うなら乞食になりなさい」
「対価なら労働を支払いなさい」
「護るなら無辜の民を助けなさい」
正義とは、社会が円滑に動くための多数決の道理である。切嗣の思想は彼が選び取るための方針だった。抑止のために力だけを追い求めた彼の人生は、それ以上の力によって無理矢理に押さえつけられた。正しく、義として、機械的に、どうでもいいと。
「貴様の作り上げた
悪に成りかけた衛宮切嗣は彼が望むがままに正義の味方に防がれた。
「わ"、わ"がり"…まじだ」
「ああ、貴方ならわかってくれると信じていました─我がマスター、キリツグ」
感動的に涙さえ流し、アルトリアは情熱的に切嗣を抱きしめた。その手の先は彼の背骨と後頭部を正確に添えていた。戦場ではよくある兵士の教育に、カリスマによる信仰心の生産。切嗣は抱きしめる存在が強大な
裏切ることは出来ない。正義の味方は誰もいない。全ての責任は英霊達が持って行った。切嗣には存在以外の必要性がない。正しい選択肢を選ばされて、彼は目を逸らしていた己の因果を正面から受け止めさせられた。
「う"、あ〜!あ!あああ!!ああああ!!」
アイリを抱えたアルトリアは無言で部屋を出た。程のいい優しさに切嗣は子供に戻った。泣いて、喚いて、後悔して、そして、それでも衛宮切嗣は誰かのために戦いを選ぶのだ。
──犠牲にした己の人生のために。
◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎
冬の季節は義顎が冷え込んで良くない。
ビーストを完全に封じ込めた偉業を果たしているナローは手慰みに謎金属で作られた保護具を撫で付けた。生前のナローの顎は外付けの真鍮が無ければ歪んで開きっぱなしだった。漏れ出す涎を拭き取るために布巾を調達した父。食事ごとに汚れる服を嬉々として洗ってくれた母。彼らの為に初めてした
ナローは神秘の無い
神秘に溺れた存在の末路を彼の眼は何処までも把握していた。
「岸波白野。我が親愛なるマスター。君には二つの選択肢がある」
夕食を食べ終えた彼女に対してナローは胡座をして目線を合わせた。決して彼女が掲げた令呪の動きにビビったわけではない。困り顔の静謐を他所にナローは白野の頬を両手で触れた。膨れっ面の彼女の口から空気が漏れ出た。
「くちゃい」
「えっそんなよだれくさい*1?い、いやいや!騙されないよ白野ちゃん!君の未来がかかってるんだから!」
子供と
「一つ。このまま逃げてロシアの『ハクノ・椿』として一生を過ごす」
寝ずの晩で内職に勤しんだことでナローは割と現行法に強くなった。戸籍も何もかも揃えたそれはいつでも利用できる。
「俺のおすすめはこれだ。著作権侵害される彼女はちょっと知識方面で苦労するかもしれないが、正直誤差だ。俺もハサンちゃんも一緒に暮らせる。不自由なく過ごせると約束しよう」
「…おじちゃん」
「なんだい?」
「
ナローの飄々とした顔が初めて歪んだ。平時であればただの意思の固い善人が吐き気のする非現実に対処する。ナローが抑えられなかった力を持つものが好き勝手した結果が彼女に貧乏籤を引かせるのだ。
前世を知るナローにとって、
神秘が衰退しているのは、世界がそもそも神秘を持たないからだとナローは考えている。古代ならば死んで当然の人間が生き残るのは神秘を使うしかない。当人は幸せだろう。子を作りそのまま死ぬだろう。だが、世界にとっては
ズルにはズルがツケとして残る。神秘は前世と現世の人のズレが生み出した摩擦熱だとナローは推測していた。
だからこそ、ナローは魔術師が嫌いなのだ。無駄な神秘を生み出すから。故に、ナローは人外が嫌いなのだ。まともにモノも見れない
「
「ぐべっ」
うだうだとくだらないことを考えていたナローに、静謐はハートブレイクショットを打ち当てた。ぶるぶると打ち砕かれたナローを足蹴にした静謐はその背中に白野を乗せた。
「子供を見下してはいけません。この子は無力ではあっても無責任ではない。そもそも、人生に目標を持たせて何が悪いのですか」
静謐の人生観として、仲間に
「私は
ナローは答えない。彼の人生は今こそが生だから。それを知る静謐は呆れた顔で彼の尻を撫でた。中指が危険な位置に移動したのを感じたナローは乙女の如く短く甲高い声を上げた。
「貴方は
本当の意味で経緯を曝け出すナローの眼は他人に無情を行えない。誰もが見下げ果てるような悪人も、ナローにとっては憐れな弱者だ。他人を比較出来ない背景の雑音が彼を節穴にしていた。
「
「い、いいえ。俺の心が弱いだけだった。ごめん」
ふんす、と静謐はナローの謝罪に頷いた。白野を抱えてナロー椅子へと座る。白野の上目遣いに彼女は安心させるために笑いかけた。
「ならば構いません。
「なんだこの良い女…!聖女過ぎんだろ…!!」
「『真実などない。すべては許されている』。我らの山の翁による格言です」
「あの鎧の爺、ちょくちょく会うけど許されたことない…(´・ω・)」
直近の
一拍おいて、ナローは白野の人生を決める手法を白状した。
「二つ目は、
呻くようにナローは呟いた。
「俺が見た限り、あのビーストは負け犬の集合体だ。いやだいやだと喚き立てるお子ちゃまの権化だ。さて、そんな弱者を凄い能力者が超凄い使い魔を差し向けて倒したらどうなると思う?」
「ママにやっつけてもらう!」
「はい、
「甦りますね」
魂だけの怨念達に肉体の損失など意味が薄い。サーヴァントシステムを介してアンリマユが顕現している以上、冬木の住民はサーヴァントの本霊と言える。格の低さを踏まえれば聖杯から漏れ出る魔力だけで彼らは永遠に戦えるであろうことは想像に難くなかった。
「殺すことは可能でしょう。ですが、『打倒』することはおそらく出来ません。
「どうやっても俺が関わればアウトな以上何もできない」
ナローも把握していないことだが、彼らの予測は一致していた。被害者に呑まれたアンリマユは英霊が何をしようと納得しない。どれほどの聖人でも、恐るべき殺戮者だろうが関係ない。理不尽で殺された彼らは理不尽では決して死なない耐久性のみが傑出したビーストだった。
「冬木生まれ冬木育ちの一般人が独力で魔術教育を介さずに聖杯戦争に参加してアンリマユを倒せば
「それは最早英霊では?」
ナローは一息ついた。四つん這いとなった手足を器用に跳ね上げ、静謐と白野を宙へ浮かび上げた。静謐が姿勢を整える余裕もなく彼女達はナローの両腕にお姫様抱っこをされた。
「さて、どちらを選ぶ?マスター」
「まほうしょうじょは、まちをみすてない!」
「多分俺は死ぬし、次回は六十年後…お婆ちゃんだぞ?馬鹿の尻拭いに人生を費やす必要はないんだ」
「わたしはうまれない」
意志の強い目を見て、ナローは本心から屈服した。静謐を降ろし、彼女に抱えられた白野の令呪を撫で付ける。彼は凪いだ眼を通して彼女を見据えた。
「マスター。貴女に本当の
ナローが無言で発動した宝具は彼女を寝かしつけた。彼女の
「じゃあ、勝ってくる」
「待ってます。…子供を忘れないでくださいね」
「こんな良い女性達に俺は勿体ないなぁ」
中々婚活は難しいとナローは自嘲の笑みを浮かべた。
◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎
「綺礼。君には感謝の気持ちを込めてコレを贈呈したい」
このひと月の間、遠坂と聖堂教会は事後処理に明け暮れていた。
英霊による魔法の現物は瞬く間に各地へと広がり、冬木市にあった円蔵山近くの家屋の大半が魔術師により
「…これは…アゾット剣ですか」
「君が遠坂の魔術を修め、見習いの過程を終えた事を証明するものだよ、綺礼。──君には凛を連れて海外に逃げて貰いたい」
「海外に?」
木箱を開けた綺礼は薄紅色に輝く短剣に触れつつ時臣に疑問を呈した。今の冬木は比喩抜きに人手が足りていない。父と師だけでは潰れるのが目に見えて分かるほどに。
「──妻が、禅城家が襲撃された」
「─!」
「幸い凛は無事だったが、葵は重体だ。…脳死はほぼ確実らしい」
時臣は立ち上がり応接間から窓の外を見つめた。時折堪えきれないように目元を指で摘みながら、綺礼に背中で話しかけた。
「ビーストが誕生した今、冬木は爆弾そのものと言っていい。君の父にも許可はとってある。君には、これからの凛の人生を支えていて欲しい」
「そう、ですか」
鼻声で応じた綺礼に時臣が振り向けば、彼は嬉しさから涙を流してアゾット剣を撫で回していた。普段は鉄面皮が服を着た男の痴態に、時臣は空元気を出しながら綺礼に肩を回した。
「師よ。私は、私は──今まで一番の幸福者だと確信しています」
「嬉しいよ。私も妻が無事だったら素直に祝福できたのだがね」
「だから、だから───」
「─貴方に仇をなすこと私をどうか恨んでください」
言峰綺礼は泣きながら時臣に手に持っていたアゾット剣を突き刺した。
「────ゴ──パ…ッ…!?」
ごぷり、と時臣の臓腑から漏れ出た血が口までせり上がる。肋骨を断ち切り気管竜骨を貫いたアゾット剣を綺礼は魔力を以て強引に捻り回した。その勢いは彼の内臓ばかりではなく背骨の一部を粉砕し、時臣は無様な姿勢で仰向けに倒れた。
その血塗られた右手には刻印があった。
令呪に見せかけた
綺礼は時臣の意図を理解しなかった。胸元の十字架を血塗れの手で握りしめ、時臣ではない何処かの何かに祈っていた。
「神よ。私はあなたを疑ってしまいました」
それは懺悔だった。死人を
「私は狂おしいほどに『普通』を知りたかった。集合知による完全な感性を学びたかった」
言峰綺礼は生粋の破綻者だった。
美しいモノに感動を感じ得ない。罵倒をすべき行為に好感を持ち得る。芯からの天邪鬼が彼だった。破綻した感性を持ち得た
そう、残酷なことに感性以外は彼に問題はなかった。むしろ優秀と言って差し支えないレベルであった。糞尿を汚物として忌避し、暗闇を危機として恐怖することも出来る。ただ、それに反応する人間への加害心が異常なのだ。
言峰綺礼は善を善として正しく把握していた。だからこそ、腐った己を
「だが、そこにいたのはルールだけでは無かった。反応しない彼らに落胆した私にアンリマユは契約を持ちかけた。新たに追加されたルールを並べ立てて」
時臣達がいない隙を見計らったのは純粋に私事ゆえにだった。彼が求めたのは対話であり、武装は何一つしていなかった。如何に最弱のサーヴァントとはいえアンリマユも一端の英霊。なす術もなく取り込まれた彼に対して冬木の死者達は意外にも友好的だった。思うところはあれど、聖堂協会が行ったことは被害者の軽減である。アンリマユは当然の結論として綺礼に救いの手を差し伸べた。
「ナローが神の如き目線を有しているのは痛いほど知っていた。
ナローは聖堂教会にとって悪魔か聖人かの二極となる男だった。原罪すら引き受ける力を持った存在の扱いを決めかねている中、彼はあっさりと逝った(それ故に聖人扱いする層が一定数ある訳だが)。教会が遺品から解析した結論として、彼は神の言葉を読み解くことができたのではないかと予測した。
それは肉体に埋め込まれた運命すら読み書き変える無法の力。極一部の罪の意識のある夜属の吸血鬼達が大人しく収監され、安らかに老衰できる定命監獄アズカバンの礎となった
「迷いはなかった」
起源とはまた別の更なる深淵の中心。我が身の
「私は、破綻者ではあるが異常者では無かった。神は私を感性の違うものとして作り上げていた」
その一文だけで彼は今までに費やした何もかもを取り戻せたと確信した。綺礼は子供のように地団駄を踏んで全身で喜びを示した。その途中で時臣の右手がへし折れようと、何一つ気づかなかった。
「私は、祝福されていたのだ…!!」
言峰綺礼は幸福の絶頂だった。己が正しく生まれ落ちた所作を知って喜びに溢れていた。顔からこぼれ落ちる涙は時臣の出血に匹敵すると錯覚できた。彼は手に持つアゾット剣が身体を傷付けるのを構わず身体を掻き抱いた。
「そして、嗚呼!確信を理解した神は試練を齎した!邪悪に屈した私に素晴らしき罰を!罰をお与えになった!!」
返事はない。遠坂時臣は既に死んでいた。出血した血が肺に溜まったことによる窒息死だった。優雅たれ、魔術師の規範であれと努力したひとでなしの、醜い最期であった。
脈を確認した綺礼の顔から更なる涙が溢れ落ちる。恩知らずの己に胸が痛む。狂いそうなほどに後悔が募る。そして、それを嘲笑う己が確実に横にいることを自覚する。何という罰だ。神はこんなにも素晴らしいのか。
「
ビーストクラスに転じたアンリマユのスキル『ネガ・コミュニケーション』は綺礼に対して効果的な罰を与えた。アンリマユは冬木市民の一部である。取り込んだ綺礼も同様に一員として鎖がついた。彼らが死ぬ時、言峰綺礼もまた死ぬであろう、そんな契約だった。
そして、それは精神も同様だった。言峰綺礼は時臣の死を悲しめない。しかし、
彼は確信犯として、正しく悪の道を歩み出した。
「神よ!我が邪悪を誅罰せし尖兵よ!私は全力で恩を返し!
ビーストのマスター、言峰綺礼は
「─さて、アンリマユは宝石を御所望だったな。虹色の宝玉は…まあ無いだろうが、飾り立てくらいにはあると良いのだが…」
◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎
「───となっている故*2、
「斬新な命乞いだなオイ」
・型月wikiを見て「ワイの役目はラスボスかあ!」とはっちゃけた神父
・バ美肉人類悪アンリマユ
・公害被害者団体冬木市民
以上がラスボスの陣営となります。