具体的にはガス会社倒産で自殺した社長はカウントされますが、その余波で餓死した子供はカウント外です。
魂とは、物体の記録であり、世界その物の記憶体である。肉体と異なり永劫不滅の存在だが、肉を持たない魂は現世での維持は行えない。犠牲者達が現世で干渉力を維持できているのは、大聖杯に溜まる英霊の魂が原因だった。
英霊の魂は冬木の彼らと違い比重に膨大な差があった。例えるならコップに浮かんだ氷と水だろうか。彼らが体感して十万倍はある比重の差に、水滴以下の彼らは大聖杯の中で安定することは出来なかった。
長い時をかけて大聖杯の中で彼らは混ざり合い、徐々に純化した。昇天も出来ず、時折堕ちる無辜の民によって同胞が増える。彼らは災害への対策として各々の才能と呼べる記録をやり取りすることを可能にした。
外部からの魂を慰撫する担当。接触に対応する担当。痛みを耐える担当。溜まるストレスを解消する
総計して一万人にも満たない七千四百二十三人の彼らは魂の扱いだけがそれなりに上手い弱兵であった。戦闘などまともに行えるものなど戦死した軍人程度で、殺し合いに参戦できるのは千でも桁が余裕だった。
やり返すならどうすればいいか。
外道どもの英霊兵器は強大だ。我らに敵う肉体無し。
ならば、我らも最強を目指せば宜しいのではないか。
長い期間をかけた妄想話は彼らにとっていい暇つぶしだった。正確には、することが他になかった。英霊に裏切られでもしたのか、その魂がバラバラになったまま一向に繋がらない
筈である。魂だけの彼らに立証する術はない。百年も経ち、堕ちた赤子が流暢に弁論を捲し立てるエースとなる頃には、それは一定の形となった。
鍛えた軍人の五倍の剛力。八厘の反射速度。岩に等しき頑健なる肌。魔力は遠坂何某の二倍はある。一里先を見渡す眼は斥候としては最上であろう。いつの間にやら追加された間桐に嫁いだ蟲糞に化け物と称される程度には人智を超えた存在を作り上げた。
つまり誤差である。
遠坂何某が戦闘機レベルと称したのでシミュレートを行ったが、鋼鉄を切り裂く武芸者は何も出来ず(彼の誇りから数発は防ぎ切ったと付け加える)にブランク五十年の零戦乗りに撃ち殺された。遠坂何某は累計八十回目の解体刑を受けた。
ブレイクスルーはアンリマユが堕ちてきたことだった。今までの英霊が軍用犬とするならばその中に現れた鼠は彼らの保護区となった。
成功してしまった。
「喜ぶべきことではないかね?」
「復讐は決意あっての物よ。己が武器を竹槍と自覚したら哀しみに変わる」
九百人程度の蠢く肉塊達の集まる中、軍服を着た男が綺礼の入れた紅茶に舌鼓を打った。男は己を『戦死兵曹』と名乗った。置き去りにされた彼らにとって、本名は価値のないものに成り下がっていた。
「怒りはある。負の思いも飽きるほど。だが鬼子共には餌でしかない。所詮、我々は政に翻弄される愚物でしかないのだ」
「悲しいことだな」
「…ふむ。つまらない対応だったか」
綺礼の月並みな返答に兵曹は顎をさすった。
「ますた殿が患っている狐憑きは
「いや、割と愉しめている。勝つ気はないのかと思っただけだ」
「無論、特進すら授からなかった私も勝つ道筋は提案したい。…したいのだが、どうにも。のらくろと化しても欲しがりな我が身よ」
自嘲し、はっはと笑う軍曹を綺礼は静かに受け止めた。茶菓子を掴む腕は綺礼の胴よりも太く。地面に胡座をしてなお身長より高く。喰らう牙は鉄をも砕けそうだ。のらくろとよく例えたものだ、頭を
「イスカンダルとディルムッドに負けたのが悔しいのか」
「む、むむむ。わんちゃんすはあると信じたかったのだ。…昔の異人はあんなにも化け物だったのか?間近で殺されても理解出来ぬのだが」
軍曹は犬耳を伏せて落胆した。なんだかんだと言葉を並べていたが、軍曹自身数に任せれば一矢程度は報いられると考えていたのだ。実情は謎の牛に天から雷を堕とされ、二槍の美丈夫が軍曹達をバラバラのめちゃめちゃに切り裂いた。御伽話のやられ役とはこのようなものかと別れた頭で考えたものだ。
「憎い、よりも…恐ろしいが先に来た。恩師殺しをけしかけた身で語るが、魔術師もさあばんとも、人型の化生にしか見えなんだ。彼奴等は…本当に、人間なのか?」
「定義的には人間だな」
「ますた殿が隠蔽で使った暗示も、尊厳を幾らでも冒涜できる恐るべき技よ。常人なら堕落し、逸人なら人ではない。国に仕えた身からすれば、彼奴等は
「……」
社会とは、人間が生存を効率的に維持する為のシステムである。
彼らは人類悪であり、世界を脅かす存在であるが、感性は一般人と大差ない。人体改造も狂うほどには成れず、不老のメリットを政治面で活かすことも考えず、魔術を理不尽として忌避する感情が強い。彼らは純粋に悪霊な存在だけで、だからこそ獣として成り立っていた。
「気前のいいことだが、勝ち目は?」
「………
二人は肉塊達が蠢く中心部を見た。サークル型に何らかの魔法陣を敷かれた中に、一人の肉塊がぼとりと載せられた。肉塊は青年の声ではきはきとした仕草で触手を頭にペチリと叩いた。敬礼のつもりらしい。
『死因、【跳弾】であります!ドタマぶち抜こうと撃ったら弾き返されました!』
「あらら。お相手は…エリザベートですか。…そんな技術が!?」
『よくわかりませんが蜥蜴の尾にやられました』
アンリマユは人格を持たないサーヴァントである。今の彼女はナローが拵えた弱体化用の
「じゃあ行くよ!概念礼装ガチャ!起動!」
ビーストのスキル、ネガ・コミュニケーションは存在の共有化である。彼らと行為を共有した存在は全て共有のものとして流用される。それを悪用してアンリマユが提案したのが、大聖杯に眠るサーヴァント能力の窃盗だった。
青色の円が三重となって肉塊を囲む。一瞬金色に光った後に現れたのは
「あれぇ!?タマがない!?」
「男の子よ…なんと優しき、甘ったるい良き者よ…!」
「汝の麗しさ、我が民として誉高く…!護国出来ぬ私の不甲斐ないことよ…!」
「うるせぇぞそこの同類爺ども!見た目だけ美女になっても内臓が腐ってんだよあんたら!」
「ああん!?何言っとる小童!この
「分かっとるに朝食。…せんな(笑)」
「ぶっ殺してやんよジジイ!!」
同類の誕生に喜び勇むキャスター組に跳弾は殴り込みにかかる。その速度は軍曹がランサーへと突貫した全速より遥かに速かった。雑兵の召喚がひと段落ついたアンリマユはその光景をニコニコと笑って受け入れた。その真意を理解している軍曹は諦め気味のため息をついた。
「
綺礼の返答を軍曹は意図して聞かなかった。席を立ち上がった彼は召喚された九百二十一名の同胞に向き合った。学もなく、才も乏しい我々に出来ることは何もない。整列すらままならない仲間を見据えて、軍曹は手を大仰に広げた。
「皆!哀れに見捨てられた我々よ!これは抗議である!!」
本人は大将軍のように宣誓したい筈が、彼らに差はない。ざわざわと群衆の会話を上書きするためにがなりたてた大声で叫んだ。
「サーヴァントに喰われ、巻き込まれ、使われ、或いは雑魚として処分された我々の!」
「もしくは魔術師に騙され、奪われ、陵辱され、或いは動物として無視された我々の!」
「掃き溜めの不純物が香らせる
ヤジが飛ぶ。笑いが溢れる。綺礼はそれをじっと観察した。そばにいるアンリマユはただ笑いかけるのみだった。民衆として成り立たせようと理性を堪えている彼らの内心を、静かに見ていた。
「彼奴等は國を喰らう悪鬼羅刹の修羅化身なり!!政治すら変えられぬ我ら悪霊に敵う術なし!!ならば諦める可きか!」
「否、否、否!否である!!」
彼らの死因が溢れる。死んでからもなお癒えようもない傷が泥を血として垂れ流す。それはアンリマユの足元から胎内に流れ上がり、彼女の規模を広げていた。
「
ビーストに取り込まれた彼らは、おそらくは取り込まれる前から、あるいは死ぬ前の瞬間から、ずっとずっと前に狂い切っていた。
彼らは魔術師が
善意を元に悪と化し、犠牲を無視して救済が与えられる。神が望む理想のやられ役に、綺礼は愉悦の笑みを浮かべた。
「足掻き、そして消えるが良い。愚かしく相応しい復讐の獣達よ。餌として尽くしたおまえ達に報いるものは、その身を浸す絶望だけだ」
聖職者が嗤う。全ては予定調和だった。神の記した内容に間違いなど無く。時を刻む運命は、狂う事無く
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「えー、残念でもないことに遠坂時臣氏が暗殺された。犯人はアンリマユに縛られた言峰綺礼。ビーストの要石を担っていると思われる」
大聖杯が隠された円蔵山の麓で開口一番にナローは訃報を告げた。
「王様が持ち寄った情報によるとアンリマユに単独顕現のスキルは無い。王様自体はマスターが契約して保たせてはいるが、ちょいと魔力が厳しい。俺と揃ってスキルだけの置物だと認識してくれ」
「令呪は…と、いうよりは言峰とやらを仕留められなかったのか?」
「
端的に答えたギルガメッシュにディルムッドは首を傾げた。元より敵前逃亡に近いギルガメッシュの行動が好ましく無かったのもあるが、かの王が分かりやすい恥を晒すタマとは思えなかったからだ。
「千里眼か」
「言峰を殺すと手法は問わず死んだ。時臣を手足にしても、果ては自害さえ見据えたが全て同じだ。ならば、獣討伐に鞍替えするのは当然であろう」
「情けない逃走を偉そうに語るなこの金ピカ」
ギルガメッシュは知らぬとばかりに胸を張った。ナローの茶々もガン無視だった。実際どうしようも無かった故に。間桐より譲り受けた大聖杯への古地図は洞窟を突き抜けた先にあった。不自然に光る洞窟は、明らかにビーストの支配地である。
彼らは気にするまでもなく足を踏み入れた。
「どちらにせよ、
「思想も、立場も、なんなら才能もダメだったか。どうせなら爆弾にするつもりだったんだが」
「
さらりと出された爆破予告に切嗣は内心で動揺した。ちらりと
「止めておくのが賢明だ。人道を問うには主らは少々…社会を軽視しすぎた」
「…なら、アイツらは人を何だと思っているんだ…!」
「それはアタシらが聞きたいねぇ…!」
声は壁から発せられた。イスカンダルがライダーの代名詞となる乗り物の
「エントリーナンバー!一番!【陵辱】!」
ボコボコと気泡の音と合わせて泥から産まれたのは不恰好な巨漢だった。顔は大正乙女に相応しい麗しさにも関わらず、首から下ははち切れんばかりの筋肉と血管で浮き上がっている。
「
「答え合わせだ。ランサー。
全てを無視して魔術師達に突貫するその姿は正にバーサーカーだった。涎を垂らして猛進する先は切嗣を向いている。その進行方向にディルムッドは割入り、その腰を片手で押し留めつつ指示通りに二の腕の皮膚を切り裂いた。
「ッ!?」
「─なるほど、そういう絡繰か。セイバー、貴様が切れ」
タタラを踏む巨漢に対し、アルトリアに被害はない。巨漢は口から歯を吐き捨てて苛立たしげに舌打ちした。
「美人だねぇ、あんた。アタシも死ぬ前はちやほやのモテモテだったよ。
「…腹を痛めてはいないが、いた」
「そうかい。なら答えな。娼婦すら買わない貧乏人の外国人が家に入り込んで好き勝手犯しやがる。そいつをどう称すればいい」
「外道」
「ハズレだ。それなら憲兵に捕まる」
挑発するために巨漢は大袈裟に手脚をブンブンと振り回すが、アルトリアには通じない。どたばたと走り寄って殴りかかる彼女に併せて幾人もの女性が刃物を腰に据えて突貫する。
「正解は─魔術師だよ!!」
十の刃物を一振りで七にし、肩でかちあげた一を同士討ちさせ、足払いで二を退け、魔力放出で加速した回し斬りは三を切り捨てた。巨漢の拳をアルトリアは地面に這いつくばった生き残りの二名を踏みつけながら受け止める。首の骨がへし折れた二名に動揺した彼女の首をアルトリアの聖剣は容易く刎ねた。
「─チッ。やっぱバケモンかぁ…」
彼女達のぼやきをアルトリアは哀しい顔をして聞き流した。目を瞑り、為政者の顔を作った彼女は一部始終を見据えていたナローとギルガメッシュに向き合った。
「何故ランサーに傷がついた」
「獣のスキルよ。時臣の件を踏まえるに、効果は
「俺も読み取った。ネガ・コミュニケーション。ビーストの固有スキルだ」
被害者が一番の納得を求めるならば、加害者こそ同様に陥れなければならない。迷惑をかける一番の加害者が、被害者を盾にやりたい放題を陥れさせる。狂った巫女の獣が創り出した楽園は悪辣だった。
「──面倒くさいな」
攻略にややこしい手間暇を想定したナローはかちゃかちゃと手持ちの電話を取り出した。
「
人海戦術。人を人として扱わない手法に魔術師達が顔を青くする。手元の電話らしき何かを弄り回していたナローはリストアップが完了したのかそれをしまった。
「約三百人。まあ致命的な死因はつぶせるだろ」
「も、戻って人を生贄にするのか!?」
「人じゃないぞ?魔術師だ」
絶句した彼らにナローは首を傾げた。掴みかかるウェイバーに優しく肩を差し伸べる程度には。彼はウェイバーに聞き分けのない子供を見た扱いで語りかけた。
「いやいや。魔術なんて人間に存在しないモノを使う輩を人間にするのは失礼だろ。無辜の民が最優先。当然だろ?」
「ひ、人をなんだと─」
「洗脳やら殺人やら人体実験やらを恒常的にする人間は死刑相当の犯罪者だ。公式に裁けない死刑囚をどう扱っても
ノブレス・オブリージュという単語がウェイバーに浮かんだ。ナローは本気で魔術師を人外だと考えている。そして、その上で使い潰す資源として利用しているのを理解した。
ウェイバーの頭に浮かんだのは彼が暗示をかけて住み着いたマッケンジー夫妻だった。自身が悪人ならば彼らをどのように扱えただろうか。魔術がある、それだけで上下関係が決まる存在が果たして人間と呼ばれるべきなのか。
黙ったウェイバーにナローは理解してもらえたと安心の息を吐いた。
「分かってくれたならそれで良い。なあに、戻って取り寄せるのは本当の犯罪者だけだ。君のよ──」
「貴様らの権利はねぇ!!」
轟音が鳴り、洞窟の入り口が物理的に閉じられる。塞いだのは人の顔を持った塗り壁と称すべき存在だった。それは憤怒の表情を浮かべながらもニタニタと閉じ込めに成功した侵入者達を嘲笑っていた。
「ばぁぁあ…!貴様らには逃げる選択肢はねぇ…!」
「何とまあ。酷い肉体だ」
「はっきり言って図体だけがデカい木偶だが…」
「退路は開かんのか金ピカよ」
「…行くぞ、雑種共」
「あー。ああ、はい。まあ無理だわな」
「─俺の死因は、言ってしまえば一言になる──」
「【ガス会社】!!」
聖杯戦争御一行は無言で洞窟内部へ走った。
ネガ・コミュニケーション
究極の共感の果て。ビーストに完全に取り込まれた生物は他者の五感・魔力・その他全ての肉体情報・精神情報を共有する。また、領域内のビーストが関連するダメージは全て共有される。攻撃も、回復も何もかもを同一視する彼らは、事実上相打ちのみが許される。その性質上、アーラシュのステラで死ぬ。