転生チートオリ主が性格で無惨に離婚された話   作:ややや

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婚活失敗記録/Zero⑩

 冬木レジデンスは所謂富裕層が購入するマンションである。

 

 セキュリティに強く、町内会ではセレブの認識をされ、マンションの住民は皆がマナーを弁えなければならない立場である。新たに入った住民の挨拶に警戒はしつつも不躾には扱わない。貿易会社の社長は入居の挨拶に伺った静謐から受け取った名刺を見て感心した声を上げた。

 

月王(ムーンキング)株式会社ですか。些か聞き覚えの無い名前ですが、独立でもされたので?」

「はい。ロシアのガス会社から独立した形です。今後は物販も含めたIT業を嗜んでいく予定です」

「冷戦の煽りは恐ろしいですな。ご主人は御在宅で?」

「今は円蔵山で調査業務を…後日夫と改めて挨拶させていただきます」

「ああ、揶揄したわけでは。『情報』という商材が気になったのですよ。そういったものは所謂新聞記者(ものかき)の仕事だと認識していましたので」

「夫はリスク情報を専門としてまして、近々に山ガスによる炎上の恐れがあると夜分に出掛けました、死んだらよろしく頼むと」

「ひ、ひきとめなかったのかい!?君の大切な人だろう!?」

「かも知れません。ですが、あの人は私達の為に全てを賭けました」

 

「なら、私も全力で応えたいと、そう思ってしまったんです」

 

 寝入った白野をベッドに運んだ静謐は食器を洗いながら口の軽い自身を諫める。サーヴァントとして召喚されて長年経ち、随分と嘘の代わりに口が甘くなったと静謐は思う。これを成長とみなすか劣化と笑うかは判断に困るが、変化を自覚する時間は静謐にとって好ましいものだった。

 

 静謐にとって、彼に会うまでのサーヴァントの時代は虚無であった。

 

 比較しない、何もない、語ることのない。いち使い魔としての、あるいは人理のための記録のみが散り積もる。そこに静謐の望みを叶えた記録はない。彼女は恋の成否に関わらず純粋な気持ちでそれを持ち帰らない。恋をしたのは静謐(本体)ではなく静謐(サーヴァント)ゆえに、恋心は捨て置かれる。虫食いだらけの記録はつまり恋の形跡で、静謐は不変の存在だった。

 

『や っ た ぜ 。糞マスター引いたかと思ったがアサシンちゃん素晴らしいじゃんかー。キス?いいよいいよやろうやろうアッ死ぬ』

『はいキース!はっはー!毒耐性を得た俺に宝具は無駄あっちょっと待ってそこで全力だしたらマスターが死んじゃう…。…。し、死んでる…』

『おう久しぶりだなアサシンちゃん。今回は…』

『ごめ 糞ます サヨナラ!』

『聖杯大戦イェーイ。キャスタークラスウェーイ。我が世なのに動けないゼェーイ。…あの鎧爺マスターなしで動くのズルくね?』

 

 記憶を持ち帰ったのは、随分と遅く生まれてきた英霊(こうはい)のおかげだった。

 

 かちゃりと食器を水切り台に移し、静謐は衣服類を整理する為にダンボールを開く。配送票に書かれた名前はナローの偽名ではなく、静謐の偽名。椿メアリーと記載されたそれに、彼女は思わずくすりと笑った。

 

「そういえば、挨拶した方々は魅了されていませんでしたね」

 

 ハサンの彼らはそれを衰退と呼ぶのだろう。しかし、平和ボケならぬ恋愛ボケは本日が最後になるのは理解していた。玄関に現れたそれに応対するために静謐はペットボトルのお茶を取り出したが、その前に玄関の扉が開かれる。擦れる音に紛れて聞こえた暗号はマンションの裏庭の草むらだった。

 

 天命は、ハサンにとって鐘の音に等しい。

 

 玄関から出て鍵を閉めた静謐はエントランスにある窓を開けて十二階のマンションから飛び降りた。地面に当たる寸前に猫のように回転して着地した彼女は完璧に見えるアサシンだった。茂みに隠れた十メートルもない小さな空き地で、静謐は聳え立つ彼を見た。

 

「──英雄王は己の契約者に託すことを選んだ」

「己の霊基を糧にして召喚せし我が冠位(グランド)の身体はされど不安定。託されし剣を振るう余地は()()

 

 それは、死を具現化した鎧だった。髑髏の意匠が頭部と胸部に拵えた甲冑は佇まいと合わせて見えない威圧感を纏っている。語る口調は静かで寡黙さが目立つが、言葉足らずではない。

 

 静謐は彼が何者なのかを知っている。生前も、死後サーヴァントとして彼と懇意になろうとしている時も、この人は何時も厳しく我らハサンを見据えていた。

 

「お久しぶりです、初代様」

 

 山の翁。ビーストを狩るための冠位(グランド)の称号を持つアサシンの頂点。静謐の最期を看取った恩人が彼女の聖杯戦争を見定めに来ていた。

 

 草むらにいる冬に備える虫や動物はその全てが息を潜めて隠密した。物音一つしない静寂の中で闇に浮き出るのは二人のハサン。静謐は構え、翁は不動だった。両者の姿勢はそのまま形勢と等しく。静謐は死の淵に立っていた。

 

「汝には釘を刺しに参った」

「…首では、なく?」

 

 毒の汗を揮発させる静謐が呟く。あたりの草木は瑞々しさを失い、地面からは耐えきれないミミズが這い出てのたうち回る。死の空気を浴びてなお不動の翁はゆっくりと首を振った。

 

「教義を違えず。己が天命の足るを知り。その上で汝の人生に彩を求めるのは当然。…なればこそ、我が誠意の慰めとして」

 

 ゆらりと、本当にゆっくりと山の翁が一歩だけ進んだ。静謐は意を決して同じく歩を刻んだ。死地が狭まり圏内から外れた生物が静謐側から離れ逃げた。風が死を収束させるべく辺りを廻った。台風の目の中、山の翁だけが静寂を支配していた。

 

「ナローの天命は尽きた」

 

 静謐は態と表情を崩して唇を噛み締めた。山の翁に対しての甘えであり、ナローへの餞別に近い悔やみだった。彼は特殊であるが特別では無い。ズルを行える魂には相応のリスクが存在していた。

 

「汝の夫は世界に負担をかけすぎた。法則変換。二体の獣を討伐する女傑の改造。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。奴は世界にとって異物にしかならず、その特異性ゆえにハサンである我らが呼び出される」

 

 死と生を取り替える異物を複製した魂は当然の如く異常だった。死の維持を知るナローは霊核を失い魂だけになっても滅びることが出来ない。魂喰いも、精神汚染も、魂だけが特別な彼は環境で変化することは決してない。もしくは、変化出来ない。だからこそ抑止力によってサーヴァントが派遣される。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「彼奴を本当の意味で殺せるのは殺しを極めし者(ハサン・サッバーハ)のみ。彼奴の魂の安寧を捨てたか、静謐よ」

 

 ナローが本当の意味でサーヴァントとして死ぬには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アンリマユがビーストとして羽化できたのも彼の魂を劣化模倣(エミュレート)したからだ。

 

 山の翁の目が青白く輝いた。断罪の目線だ。死の目線だ。愛の目線だ。信仰の目線だ。或いはそれ以外の全てを見る視線だった。風すら死んだ空間には張り詰めるほどの無音が充満していた。

 

 静謐は天を少しだけ見上げた。曇り空が目立つ、星の見えない夜だった。左手を翳し、月の光を見るように開いた手の薬指には魔術の無い指輪があった。偽装のためにナローが唸りつつ拵えた宝物は、一つの輝きとして静謐の魂を照らした。

 

 山の翁は無言無反応の信仰者だった。彼がその気になれば如何とでもなる時間が静謐に注がれていた。猶予は彼の愛であり、静謐は指輪を見せびらかすようにして子供らしく笑った。

 

「この指輪はあの人が偽装の為に渡してくれた記念品です。ビースト退治のために次を育てる私に作り上げた、私を暗殺者以外にする…新たな武器になります」

「そのためにアレは天命を縮めた。死地に追いやる妻が貴様の理想か?」

「あの人は二人分働くと宣言しました。ならば私はそれを信じて『次』に備えます。信仰(りそう)とは、利用するべきです」

「貴様が居れば獣を討伐できるとしてもか」

「初代様こそ、働いてください」

 

 一瞬だけ、山の翁が彫像となった。戸惑いか、怒りか、それとも軽蔑か。髑髏の中で隠された本意は静謐の腕を以てしても不可能であった。

 

「私事を優先したのはどちらでしょう。私は自家中毒で長たる役目を失い、裏切りを図って貴方様に殺されました。私は反省を糧にする女ですので」

 

 ──愛のための裏切りは決してしません。

 

 圧力が増す。霊基が軋むほどの迫力が覆われる。静謐は何もないかのように悠長に肩を回した。ハサンの中のハサンに彼女が指し示したのは、中指。

 

「子育ての邪魔です」

 

 回答を待たずに静謐は不意を信じて突貫した。込めるのは中指。祈りを賭けるのは薬指。熱く、熱く、蕩けるほどに。我が身と心を焼き付けた全てを悪意に込めて。

 

妄想毒身(ザバーニーヤ)

 

 中指が麗しく煌めいた。

 

 死が撹拌されるべく強風が吹き荒れた。撒き散らす静謐の血と汗は無毒だった。全てを一()に捧げた彼女の技は、山の翁に回避を許さなかった。

 

「──」

 

 その指はハサンの王へと到達した。鎧を容易く貫通し、その胴体に数センチだけ埋め込んだ。過剰な毒は静謐自身の身体を容易く緩やかに崩させ、その結果中指は腐り落ちた。大量の汗を流す静謐は、口惜しげにそれを睨んだ。

 

「どう生きながらえたのか理解していませんでしたが…。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…!」

「信仰の果て故に」

 

 人体改造に通じている静謐すら理解を拒む異端の肉体は毒による死を赦しはしない。苦痛はある。病苦も可能だ。しかし、翁の信念には敵わない。静謐の信念を受け入れた彼は納得して背を向けた。

 

「汝の信仰。確かに受け取った」

 

 山の翁の姿が薄くなる。霊体化ではない、純粋な気配遮断による技術は空気と一体化するほどの練度だ。髑髏の意匠が消え去り、何もない空間に残されし声は、静謐の耳に不思議と残った。

 

「然らばだ。静謐よ」

 

 消えた彼を静謐が捉えることは出来ない。日常が戻った草むらは様々な生活音でごった煮と化していた。身体的にも、精神的にも静謐は全てを出し尽くし、そして敗者として取り残された。

 

「やっぱり、くやしいな…!」

 

 死ぬ彼を想って、静謐はただ静かに泣き腫らした。

 

 ◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎◼︎▫︎

 

 ランスロットを見たアルトリアはその有様に無表情となった。

 

「Arrrthurrrrrr!!」

「私のネガ・コミュニケーションは繋がりが全て!さあ、円卓の騎士さん、彼女を道連れに死なせなさい!」

 

 十二のうち誰か一人か、あるいは全員が彼女の王の名を呼んだ。生前にてサー・ランスロットと呼ばれし湖の騎士は、思い思い自分勝手にアルトリアへ突進した。

 

 はじめに近くにいただけのランスロットの二人が正面から応対する。互いに互いを主張した斬撃は肩を擦り合わせた振り方となり、アルトリアは大した労力もなく剣筋をずらした。

 

 空振り、大仰に隙を晒した彼を切る場所は太腿の外側。アルトリアが直感に任せて選択した箇所はアンリマユのスキルにより微かな痛みを与えた。

 

「血筋、人種、環境、感情、或いは才能!生物なら必ずある繋がりに私は住まう!どれだけ遠くても、どれほど無慈悲でも、日本に繋がる何かがあれば!私と同じく生贄を共感させる!」

 

 蹴り飛ばし、吹き飛んだ二体は切り傷から広がった出血により泥へと返る。焦らずにアンリマユが指を鳴らせば現れるのは五体のランスロット。分霊を分割する形で作り出す肉塊に制限など実質無い。彼女がコントロールできるのは一体につき一人分の魂であり、数十万の魂の塊であるランスロットは最高級の生贄だった。

 

 しかし、アンリマユがアルトリアに敵う強さは用いていない。令呪の残量は甚だ予想がつかないが、顕現時間は想定がつく。共感のスキルを応用して得たアンリマユの眼には、彼女のマスターである切嗣の魔力がはっきりと把握できていた。

 

 時間にして凡そ十分。アルトリアが知らないマスクデータをアンリマユはただ静かに待ち受ければ、粘り勝ちを得られる。

 

「円卓の騎士で最強の男も王様の前ではかたなしね。やっぱり性欲で国を傾けた男は違うわ」

 

 アルトリアの国が崩壊した一因に、ランスロットの不倫が存在した。

 

 元から滅びが決まった国の環境が良いわけもなく、乱世に荒れ果てた国を救うには理想の王が必要で、王の傍らには気高く貞淑な后が必要だった。他国の要人であったランスロットは食糧調達のための必要不可欠な歯車であり、彼が王妃と不倫したことは致命的な裏切りだった。

 

 唐竹割りの斬撃に肩を当てて逸らし、別のランスロットの剣を後押しして一回転する。いなくなった空間には新たな剣が差し込まれ、ランスロットの四人が合わせて自滅する。突きつけ合った頭を踏みつけたアルトリアはくるりと半回転して全貌を把握する。二十四のランスロットに向け、彼女は長い息を吐いて姿勢を下げて走り寄った。

 

「国民と不倫を比較した脅し、しかも王妃は子なし?貴方の性別を考えたら…見事な国の乗っ取りね。そりゃあ他の騎士も告発する。ガチャは爆死したけど」

 

 ランスロット自体は非常に清廉な好漢である。本来のクラスであるセイバーとして現界した場合、正義を愛し、女性を敬い、邪悪を憎む『理想の騎士』そのものが召喚される。だがしかし、その性格故にランスロット自身はセイバーであることを皮肉に考えていた。だからこそ、バーサーカーとして召喚されることを何よりも自分にふさわしいと確信し、こうして新たに迷惑を振りまいている。

 

 力だけを持つ人間が頭を持たない危険性を、本人だけがまともに理解していない。才能のある無頼人が彼の本質であった。

 

「しかも彼!この召喚に応じた願いがなんだったと思う?」

 

 アルトリアは物量に押されて無為に十の分を費やした。魔力消費を抑えて七十のランスロットを駆逐するその力量にアンリマユは恐れをなした。勝ちを確信したその場のテンションによって、漸く彼女はアルトリアに馬鹿らしい煽りを付け加えることができた。

 

()()()()()()()()()()()()()!ほんと、傍迷惑な男ね!」

 

「──ハァ?」

 

「…あれ、…???」

 

 嘲りのつもりでアンリマユが話したランスロットの事情に、アルトリアは別の意味で怒った。抑えていた魔力放出を解放し、目の前のランスロット一体を聖剣で串刺しにし、魔力変換により中から消毒する。崩壊して崩れ落ちた鎧を殴り壊した彼女は、その死体の首を乱暴に噛みちぎった。

 

 魂喰いである。ランスロットの十二分の一を魔力として還元した彼女はその魔力を駆使して更なる捕食を行う。慌てて更なるランスロットを召喚するアンリマユだが、アルトリアへのランスロットの攻撃が鈍い。残量が減るばかりの光景に彼女は冷や汗をかいた。

 

「い、いやいやいや!?マスターなしで何で現界できるの!?魔力を補充しても器自体が存在しないのに!?抑止力は何を──」

 

 呟き、アンリマユは呆けた声で正解にたどり着いた。

 

「…抑止?」

 

 アルトリア・ペンドラゴンは抑止と契約した結果召喚されたサーヴァントである。彼女の本体は未だに死の淵に瀕して存在している。つまり、座からの産物ではない。魂が呼ばれた未来を保証しているのは抑止力そのもので、なればこそ、彼女に魔力以外の楔など不要だった。

 

「どいつもこいつも自分勝手な行為を正当化する」

 

 舌打ちしたアルトリアは魔力放出で操る風でランスロット達を目の前に圧縮した。十把一絡げの扱いで魔力の糧にする行為に彼への敬意は存在しない。ランスロットの苦しみからの行動を、アルトリアは敢えて無視した。

 

「私は男社会に対して女を捨てて王になった。生まれは人外に改造されて、子など腹から産めていない。そして私は国民のために抑止と契約をした。どうだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 睨んだ彼女に、殺された泥は何も返さない。返すことはない。彼らの魂は特別でもなんでもない。ただの人間は二度殺されて自我を保つことなど出来はしない。おまけに納得して死んだ彼らに、意思を保つことなど到底できず、数少ない生き残りと、増え残る恨みと憎しみだけの純粋な感情がアンリマユの部下であり、スキルの限界だった。

 

「甘えるな」

 

 アルトリアはこの極地において完璧にアンリマユのネガ・コミュニケーションを攻略した。人外の血を持ち、日本に連なるものではなく、性別を無視した人生を熟し、そして大衆の支持を完全に受けた存在に付け入る余地はない。

 

 他殺を殺した。自殺を無視した。犠牲を眺めた。被害者を打ち砕いた。凡ゆる理由を、全ての言い訳をアルトリアは暴力で応えた。一キロはあった長い距離が百メートルを切った。

 

「や、やだやだやだ。う、ゥワー!泥!みんな!あー!あー、ああ!!」

 

 ランスロットはもはやカカシ同然だった。人型すら成形が惜しい状況にアンリマユの肉壁の精度が甘くなり、更なる不利を生み出す。アンリマユは涙を流した。鼻水を垂らした。乙女の色々な箇所が大変な様相だった。五十メートルを切って、アンリマユは背を向けてヤケクソに叫んだ。

 

()()()()()()()!」

 

 勝機を見たアルトリアは全力でアンリマユに突貫し、()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…へっ…?」

 

 アンリマユは全てのステータスでアルトリアに敵わないが、一つだけ対抗できるものがあった。

 

 それは幸運。アンリマユのE+はアルトリアのDと大差なく、弱者となりアンリマユ本来の意地汚さによる倍加した幸運はアルトリアを上回った。これは、本来ありえない快挙であり、戦闘に恨みを抱いていた冬木市民の成仏に貢献するほどであった。

 

 呆然とした彼女が我に返るまでおよそ三分。信仰者たる冬木の住民は全員が自意識を失い、隙だらけの彼女を守るものは誰一人いない。敵はおらず、立っているのはアンリマユのみで、じわじわくる実感だけが彼女を高揚させた。

 

「勝った!…………。……え、嘘でしょ!?」

 

 自らの勝ちを信じきれないアンリマユがアイリスフィールから鹵獲した小聖杯の(なかみ)を精査する。

 

 キャスター、バーサーカー、アーチャー、ランサー、ライダー、そして今しがた入ってきたアサシン。埋まったセイバーはまだ辛うじて生存しているが、透明な剣で脱出など出来はしない。

 

「つまり、I'm、ウィナー!」

 

 アンリマユは一応、念の為、多分ある奇跡をへし折るために残りの泥を全てアルトリアに与えた。総重量にして約八十トン。体積を踏まえれば間違いなく彼女に脱出は出来ない。確信したアンリマユは両手を上げて喜んだ。

 

「ヤッター!バンザーイ!!」

 

 虐げられたアンリマユの人生にて初の快挙である。捨て駒にした冬木の彼らも浮かばれることは間違いない。感涙に咽び泣いた彼女はハッとした顔で手にある小聖杯を見た。

 

「なら、願いは()()()のもの!?ひひひ…何叶えよっかー。冬木を復活させる、護国の結界もあり、あるいは魔術師の根絶とか?いやー!夢があるなぁ!!」

 

 アンリマユは完全に油断した。敵などいないから当然であるが、彼女はビーストがどれだけ忌み嫌われているのかを実感していなかった。油断は隙を生み、隙は好機を作り出し、それは死の崖淵へと進む道のりだった。

 

「ライダーを生贄に『アンリマユに敵が出来た』。そして抑止力も動いた」

「セイバーもライダーも魔術師も。そして俺も。どいつも皆クソッタレだ。欲をかいてバチが来たなら、それは神の仕置きだ」

「災厄の前に私を優先する死者は落第だ。愚かさを理由に殺戮を許容するギルガメッシュ。忠義を糧に死んだディルムッド。配下の未来に捨て石を決めたイスカンダル。お前らの順番は私欲の量だ。そして俺も含まれる」

白野(マスター)に忠誠の無いサーヴァントなんて化け物を冬木に在住させるとでも思ったのか、莫迦どもめ。遵法すら出来ない奴らが甘えた口を垂れるな」

「さあ、アンリマユ。死体を起こした愚か者。お前に落ちる罰は悪神程度のチンケな()()では無い。神とは無慈悲で、効率的な、◼︎◼︎◼︎なのだから」

「全ては蜘蛛の糸。モリアーティには赤点を喰らいそうだが。()()()()()()()()()()()()、これにて完了だ」

 

 その頭上に、災厄が落ちてきた。




山→マンション→山をさりげなく往復するハサンの鏡。
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