色々足りない馬鹿な文章を見ていただきありがとうございます。
アンリマユは第五次聖杯戦争にて消滅する。
ナローがアンリマユを見て勝ちを捨てた理由は神の一文だった。
神の設定は彼にとって書かれたものの人生の根幹をなす内容であり、それを変えることは殺すこと以上に非効率な改変を行う必要がある。その内容を妨げることは書き換え以外は決して出来ない。それが行う文章は世界に決められた事象そのものであり、世界の命令と等しいからだ。
事実、生前にモリアーティとやった実験では彼自身が神を信じざるを得ない解法まで結論がついた。ありとあらゆる手段を用いて殺した首なしの男が
ナローはマスターである岸波白野を彼自身が思う以上に溺愛していた。彼自身が生まれた元である超人の生育に関われた行為は代償行為として思うがままに昇華されていた。死を受け入れたナローに一般的な
アンリマユという神霊の出現により、活発化した抑止力をナローは利用した。聖杯戦争を知る日本中の魔術師をかき集めて被害範囲へ束縛し、生存しかねない反社会的なサーヴァントを体よく脱落させる。六十年の安寧を拵えたナローは当然の様に死にかけで、つまりはいつもの死神を待つばかりだった。
「─いつもいつも殺しにくる男はお前ばかりだな、爺」
壁に背を預けたナローは皮肉げに笑う。冠位サーヴァントを馬鹿にした嘲りは山の翁に通りはしない。彼はただ静かにナローへ歩み寄った。
「神託の詠み手よ。此度は静謐の馬鹿者の序でに参った」
「優先順位を間違えないようで何より。そして、彼女が馬鹿ならお前は産廃だ。撒き散らす匂いに鼻が潰れたか?」
「野に咲く花すら守れぬ孤独を放れと」
「毒を糧に生きのびた虫を踏み潰すな。死体が喋るんじゃねぇ」
「我が歩みに終わり無し。晩鐘は汝の名を指し示している」
「
「然り。故にこそ、汝を斬るのだ。我が信仰の結末として」
「平行線だな、我が義祖父候補」
「その通りだ、新たなハサンの後継者候補よ」
ナローは教団の腐敗を断罪する監視者としての人生を選んだ山の翁を老害と断じた。
山の翁は全てを誰かに任せるその姿勢を曲げないナローを怠惰と叱咤した。
山の翁も、ナローも死を特別と感じていない。死は結末であり、生は過程である。己の結末として殉じた信仰だけが分岐だった。
「お主のように過去を探しに来る者は少なくない。何処かで途切れた道をただ眺める。選ぶ道を違えたと。己が盲目となったと気付けずに」
「自虐か?」
「或いは。新しい景色を見逃すほど愚かには──なりたくはないものだ」
ナローは不貞腐れた顔で沈黙した。長く息を吐いた。やがて、役割を果たすために徐に宝具を発動した。それに合わせて、山の翁は死を放った。
「更なる苦難を貴様に。─
「
ナローの首が落とされ、彼の最期の宝具が発動する。その効果は彼を殺した者を死地へと追いやるだけの、令呪程度の産廃宝具。
だからこそ、
「───は?」
「聴くがよい」
ギルガメッシュの千里眼。ナローの書き換え。そして生身故にアルトリアが身を削ることで発揮したマスター不在の奮闘。アルトリアを泥に沈めて勝利に浸っていたアンリマユは、無から出た伏兵に全く対応できなかった。
「晩鐘は汝の名を指し示した。告死の羽。首を断つか」
見上げたアンリマユの細い首が山の翁の剣筋を定める。死すべき死体を正しく殺すために、冠位称号を持つグランドアサシンは完璧を成し遂げた。
「
信仰の果てに肉を換えた山の翁に毒は通じない。憐れみを入れた彼の宝具はそのままアンリマユの首を掻き切り、彼の首も同様に落ちた。突然の急襲にアンリマユは目を見開くが、彼女達はその程度では死にようがない。現世から退去した山の翁が死んでないので当然であるが、彼らはそれに気付けない。狡い、酷い、あり得ない。負の共感があれば彼女達は容赦なく再生してしまう。
それ故に、翁が繋げた
「ガァ!あゝ!あアアアァア!!!」
アンリマユの統制が崩れる。毒は。熱かった。冷たかった。痛かった。気持ちよかった。怖気がした。エトセトラ、エトセトラ。万人が体感する『毒』の概念は群体であるビーストには天敵だった。
かろうじて毒に知識のある有識者が生贄を切り離すことで毒を捨てた。しかし、群体のアンリマユにはそれは明確な弱体化だった。思考力も、泥の操作も、スキルしか専念できない時間は墓穴を掘るのに十分な代物だった。
「──辿り着いたぞ」
そして、思考の隙は致命的な時間を作り出した。
「しまっ」
アルトリアの聖剣が彼女にある霊基の核を切り捨てた。
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誰かの骨を言峰綺礼は武器として投擲する。武器である黒鍵はとうの昔に破壊され、代価に衛宮切嗣の起源弾を使い切らせた。死徒を容易く貫く投擲は切嗣のトンプソン・コンテンダーを盾として明後日の方向へ逸らされた。
その動きが戻る間もなく、綺礼は弾丸並みの速さで切嗣の懐に飛び入る。ビーストから改造された彼の肉体は内臓からして別物へと改良されている。テセウスの船ならぬ肉体の廃棄に彼が発狂しないのは、己の存在が神に肯定されている故の肯定感からだった。
「
対する切嗣も、札を捨てて反撃する。時間の加速により認識した拳は音速の壁を破っていた。綺礼の拳を耳一つでかろうじて避け、コートの裾から取り出したナイフにより彼の頸動脈を掻き切らんと振り抜いた。綺礼の目はその動きを見逃さない。お返しと言わんばかりの手刀が切嗣の肝臓を潰した。
衝撃波により互いの距離が離れる。都合八回目の交差は徐々に綺礼へ情勢を傾けていた。柄だけとなったナイフを切嗣は苛立ち混じりに綺礼へ投げ捨てる。彼の鋼鉄と化した血管を切るには切嗣の腕力では到底足りなかった。血は出る。皮膚も突き破れる。しかし、致命傷には至らない。化け物となった綺礼を殺すには彼の攻撃は些か貧弱すぎた。
「さて、衛宮切嗣。貴方には尋ねたいことがある」
「…今更、なんだ?お前の腐った内臓を取り出してくれるのか?」
「冥土の土産だ。私が隙を晒すだけだからな」
体質か魔術か綺礼の知識では判断がつかないが、交差する度に破裂した内臓が即座に治る治癒能力。加減速が自在な時間加速。大口径の魔銃にありとあらゆる近代武器。正に正義の味方とかけ離れた存在だと綺礼は嗤った。
「戦場を横行し、何かを探し求めた貴方に私は同情している。自らの命を賭けて、アインツベルンの茶番に騙され、しかしあてがわれた静寂の日々は貴方の空虚な心を確かに埋めたはずだ」
切嗣は目を伏せる。明確な隙となった行為に綺礼は蛮行を働かない。ただ神父として、あるいは同類への共感として彼に心を開いていた。
「何故、聖杯戦争に参加した。手にした平穏を捨てた。貴方には──幾らでも救われた道はあっただろう」
「──かも知れない、だけど、それは死んだ道だ」
切嗣は立ち上がり、無言で綺礼に歩み寄る。綺礼も同様に歩いた。泥を踏み、血を流し、やがて殴り合える距離まで近づいた彼らは互いの為に睨み合った。
「逃げれば良かった」
「納得こそ必要だった」
「家族を捨て去って求める道など糞にも劣る」
「自分の人生を笑うためにケリをつけたかった」
「─他人の為に自分を捨てるべきだった」
「─自分の為に切り捨てた人を慰撫するべきだった」
共感はしない。納得はできない。互いに互いを嫌い合い、同担を拒否した彼らにアンリマユの立ち入る余地はありえない。互いに流した涙は誰かのためだった。睨み合い、理解した二人は互いに最後の切り札を切った。
言峰綺礼が使ったのは辺りに無数にあるアンリマユの泥だった。切嗣を囲うために固められたそれはナローの死と合わせて効果を喪っていた。芸のない、ただ悪役を目指す故に放たれたそれは、切嗣を吹き飛ばすことは無かった。
「───何?」
不意をつく為に一切の操作を行わなかったことが仇となった。泥は静謐の宝具を取り込んだ時点でマスターを救う為に切り離しが行われていた。使用できたのは取り囲んだ視界を遮る泥のみで、綺礼は完全に無防備となった。
全てを飲み込むはずの悪意の泥は明らかに量が足りていなかった。切嗣の腰ほどしかない濁流が彼を襲った。悪意の泥が彼を汚染する。怒り、憎しみ、殺意。だが、全てがぬるい。誰もが不条理な死を憎んでいる。魔術師程度の人災など、規模が足りていない。お前ら如きが他人の被害者として代表面するなと切嗣は息を吐いた。切嗣はその全てを乗り越えて綺礼の胸ぐらを掴んだ。
息が切れる。口から出る音は病人の掠れ音だ。綺礼はその美しさに思わず見惚れてしまった。感嘆の息を出す頃には、切嗣の隙は既になかった。直の接触により切嗣と綺礼の肉体ダメージが共有され、綺礼は内臓が消えた錯覚に陥った。
言峰綺礼が身体を改造したのと同様に、衛宮切嗣はアインツベルンより受け取った聖遺物を身体に埋め込んでいた。それはアインツベルンがコーンウォールより発掘し、アーサー王を召喚する触媒となった聖なる鞘。真名解放の有無に関わらず所有者に法外な治癒を発揮する、実在する宝具そのもの。
「起源、解放」
綺礼の身体が切嗣の聖鞘が取り出されるのに合わせて開かれた。何もない空洞を開かれた綺礼が苦悶に呻いた。傷口から溢れ出る泥に彼は目を瞑って耐える。切嗣はその中身に手を突き出して、やおらに握りしめた。視界は泥で何も見えない。掴んだ手の握力は心許ない。だが、それでも、只管に祈りつつ、志は胸を張って。
濁流が切嗣の身体を押し流す。壁に叩きつけられた彼の身体は瀕死だった。からからと聖鞘が落ち、切嗣は掴み取ったそれを見た。
「さよならだ、人類悪の愚かな友」
切嗣の折れた指に突き刺さっていたのは、血に塗れた綺礼の心臓だった。
倒れ込んだ彼を切嗣は一望すらしなかった。溢れる決意が彼を駆り立てていた。泥の犠牲者を助けんと、切嗣は鞘を杖に下山を始めた。
救いを求めて、ゆっくりと。
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「決着だ」
荒げる息を整えないまま、アルトリアはアンリマユに宣言した。
「いいや、まだだ」
溢れる内臓を愛しく抱き抱えながら、アンリマユはアルトリアに宣言した。
泥が溶ける中、アンリマユとアルトリアは血塗れで対峙していた。アンリマユの右脚が弾ける。左腕が飛ぶ。体中が沸騰したように気泡と毒煙が溢れ出す。アンリマユのリソースは尽き、アルトリアの聖剣は解放を可能としていた。
「聖杯は此処に…ある。…どう?ほシくない?」
アンリマユは何処までも浅ましく交渉した。穢れ切った聖杯を、アイリスフィールの内臓がへばり付いたソレをアルトリアに差し上げながらふらりと膝をついた。アルトリアは無慈悲に右腕を切り落とす。泥と化した腕と共に、聖杯がからからと乾いた音を立てた。
「あああ!!」
アンリマユの叫びにアルトリアは応じない。応じられない。共感の獣に強者が同情するのは死を意味する。比較の果てに切り捨てる行為はアルトリアの得意とすることだった。
アンリマユは演技を止めない。止められない。ぜいぜいと死にかけの虫のような彼女は青褪めた顔でニタニタと笑いを崩さない。新たに生えた左腕を切り飛ばされても、彼女は破綻した笑顔を貼り付けていた。
「ねえ、セイバー。聖杯戦争は…御三家だけじゃなく…代々…魔術師が劣化してるのよ」
「…」
「本来なら…サーヴァントの魂が…あるなら…儀式は必要なかった。この冬木には
「───束ねるは星の息吹」
べじゃりと崩れ落ちたアンリマユが聖杯を舌で舐める。淫靡な光景は敵への媚び売りで。無意味に、無価値に彼女は道化として働いていた。
「輝ける命の奔流」
「
ぴくりとアルトリアの剣先が揺らいだ。
「根源の道を…二百年見過ごした…時計塔に…有能は?継承が…途絶えた…御三家に…ノウハウは?殺人鬼を選ぶ…破綻した聖杯に…未来は…ああ、うん」
壊れた生贄はふと思い出して乾いた自嘲を浮かべた。
「やっぱり上から目線の生贄は生理的に無理だわ」
その犠牲者の笑みに、アルトリアは初めて明確に動揺した。微かな躊躇をアンリマユは見逃さなかった。否、ランク差が少ない幸運が彼女の運命を奇跡的に後押しした。
「私は、負けるなら──因果応報こそ」
アンリマユは手にある小聖杯を胎内に収めて捕獲した全ての霊基を解放する。その光景は過去に負けが確定した聖杯戦争の参加者達と酷似していた。過剰な魂はアンリマユの制御で抑え切れるものではなく、彼女はそのまま膨張して
「!!─受けるが良い!」
半壊した小聖杯から濁流のように泥が吐き出される。ご丁寧にアルトリアを無視して逃げるように流れる泥は、見えない不幸として円蔵山を下山し、街中へと繰り出した。
「
遅れて発動したアルトリアの宝具は小聖杯を跡形もなく吹き飛ばした。アルトリアの目の前にある泥は全て消し去り、下山した泥は本体からのフィードバックとして炎上した。宝具により過剰発熱した泥は街中のあらゆる場所に暴れ回り、冬木の一部で大火災が発生した。
報復の焔は彼らが憎む関連する全てを焼き広げる。魔術師が燃える。魔術の遺産が溶け落ちる。魔術師が燃えた。魔力を犯罪に利用したヤクザが燃えた。詐欺に騙された老人のツボが爆発した。生きるために魔術師に金銭を払った母親の内臓が焦げ付いた。おまじないとして家庭円満を祈った家が発火した。酸素が無かろうが関係無い。彼らが憎くて耐えきれなかった怒りの本露が冬木を犠牲に巻き込んだ。
黒き焔が辺りを燃やす。やってきた消防士の周りにある焔は彼らを巻き込ませないと逃げ回る。道中に残った炎は自然法則に従って延焼し、微かな残火は冬木市に刻まれる大火災として規模を広げていた。
「あ、ああ!くそ、畜生!私は!私はまた!!」
令呪のバックアップも切れたアルトリアはその結末を見届けることしか出来なかった。マスターもおらず、魔力切れにより既に下半身は光へと変わっている。涙を流して、彼女は誰にも聞こえない叫びをただ繰り返していた。
「やってやる!次は、あるいは次も、もしくはその果てまで!」
目の前の冬木がまた犠牲になる。アルトリアが積み重ねた因果が更に上乗せされる。それでも彼女の歩みは止まらない。死者も、生者も、何もかも、納得してアルトリアは人生を終わらせたいのだ。惨めで、愚かで、どんなに苦しい道のりでも。
「勝つのは──私だ!!」
聖杯戦争が、終結した。
次回、エピローグで完結。