今までありがとうございました。
「うわ──すごいな、これ」
第四次聖杯戦争から十年後。
第五次聖杯戦争にて、セイバーのマスターとなった衛宮士郎は高台のほとんどを敷地にした豪勢な教会を見て思わず声を発した。
「あの子は──監督人は礼拝堂にいるわ。付いてきて」
同じくアーチャーのマスターとなる遠坂凛についていけば、その教会の中を拝見することができた。広い、荘厳な礼拝堂は綺麗に清掃はしてあるが椅子に僅かなへこみがある。長年人々が利用した経年劣化の後だ。日中に訪れる人の数が想像できる、人気を伺える傷跡だった。
「遠坂。ここの神父さんっていうのはどんな人なんだ?」
「正確に言えば、神父代行ね。昨年亡くなった言峰神父の後を引き継いだの。まあ、どんな人かって、あなたも知っている人よ、衛宮君」
かつん、かつん、と足音を立てる彼女に遠慮の文字はない。夜間の、それも夜更けに近い時間帯に私室に訪れる様は彼女達の仲の良さを感じられた。
「名前は岸波白野。一流の代行者であり、自称世界の敵を封印せしもの。私に言わせれば、化け物の頂点ね」
「それは酷いですね、遠坂先輩」
ふと、気づけば一人の少女が礼拝堂を歩く衛宮達の目の前に存在していた。
表情が乏しく、明け透けに言えば愛想のない風貌。衛宮達と同じく学生服を身につけた上で無造作にウィンプルを被る姿に信仰心はまるで見えない。顔だけは見知っていた彼女の姿にギョッとする衛宮を他所に、遠坂は気にした様子もなくため息をついた。
「それが嫌なら大人しくすることね。あなたの望んだ七人目よ、白野」
「…。ふむ」
「一応魔術師だけど、中身はてんで素人だから見てられなくて。マスターはここに届出を出す決まりなんでしょ?」
「守って頂けるとは思わなかったです」
「あなたにサーヴァントごと殺されるよりマシよ」
何処か確信を持った遠坂の一言に衛宮は内心で驚いた。脳裏に浮かぶのはランサーにより心臓を貫かれた記憶。気に食わないマスターとやらの命令で対峙した彼の強さは到底敵わないものであった。遠坂のアーチャーが自己申告したのであるとすれば、それはどれほどの強さとなるのか。
「さて、先輩。いえ、
白野が目を輝かせてじっと衛宮を見据えた。
「…ッ」
知らず、足が後退した。恐ろしいわけでも、敵意を受けたわけでもない好奇心による目線が何故だか不気味に衛宮は感じた。
「なるほど、なるほど。──なるほど」
期待の重圧は悪寒に変わった。彼女が喜ばしいように浮かべた笑みが衛宮には恐ろしい事態に陥ったと感じられた。例えようもなく、犠牲に選ばれたと自覚するような、生贄の羊を連想させた。
「さて、問答といきましょう」
いつの間にか、衛宮は祭壇の前で白野と向き合っていた。自然と足が動いたと称するほかない、思考の外の動作を支配されたことに衛宮は冷や汗をかいた。
「貴方はセイバーのマスターですか?」
「それは違う。確かに俺はセイバーと契約したが、聖杯戦争なんて殺し合いには興味はない」
「聖杯にかける望みは無いと?」
「無い、とは言えない。だが、それを叶えるのは自力を尽くしてからだ。今の俺には必要ない」
「この戦争をどう思いますか?」
「何でも叶えるのが本当なら、全員の願いを叶えろって思っちゃだめか?」
「ダメじゃないですが、優先度があるので」
この問答に何の価値があるのが衛宮にはわからない。そもそも、岸波白野に関しても彼は友人である間桐慎二からの噂程度にしか知らないのだ。天才肌の彼は一部の人間に対して辛辣なことで有名で、その誰もが彼の行為に反発することなく不思議と無視していた。
その中で、妹である間桐桜以外に言葉を選んでいたただ一人が岸波白野だった。慎二は彼女に対して苦虫を噛み潰した顔を三回は披露し、ようやく出した単語は『不干渉』。価値以前の扱えないという結論だった。
裕福であるが、何かと黒い噂が流れる社長令嬢。運動神経は部活の教師がスカウトするほどに卓越している。衛宮が知る知識はその程度であった。
「聖堂教会が認定した七百二十六の聖杯のうち、果たして幾つが本物であるかはさておき。言峰綺礼がアズカバンから脱出しました」
「言峰──綺礼ですって!?」
傍観者となっていた遠坂が衛宮を押しのけて白野に食いつく。血気盛んな彼女に対して白野は微動だにしない。とん、と衛宮と合わせて掌を彼らの首筋に合わせると、サーヴァントの維持コストで減少していた彼らの魔力が最大まで回復した。非効率な魔力譲渡、それを行える魔力の無尽蔵さに遠坂がひくりとした。
「はい。貴方の父の仇であり、第四次聖杯戦争にて不死者となりし元代行者。イギリスの神秘を封印される監獄に封じられた彼は脱獄して日本へ密入国したと。おそらく、彼もまた参加するでしょう」
「あなたが応対するのも警告のため?」
「彼の呼ぶビーストに対応するのが私の使命なので」
思うところがあるのか、衛宮が見てわかるほど白野が隙を見せた。目を瞑り、祈りを捧げる姿は敬虔なシスターに見えた。
「前回の聖杯戦争は火災により決着しました」
「死者五百名。被害規模百三十四棟。山火事が原因の大火災は、聖杯戦争によるサーヴァントの闘争で発生しました」
「─────」
衛宮士郎の脳裏に浮かぶのは、あの地獄と思えた始まりの記憶。
全てが燃え、苦しみの呻き声がそこかしこから響いてはたち消える、赤い空の風景。◼︎◼︎士郎を灰にした元凶。
それが人災だと知って、衛宮の中に白状しがたい何かが込み上げるのを感じた。
「ソイツは、また殺戮をするのか」
「それを聞いて、どうするつもりですか?」
「マスターとして戦う。十年前の火事の原因が聖杯戦争だっていうんなら、俺は、あんな出来事を二度も起こさせるわけにはいかない」
衛宮の答えが気に入らないのか、白野は気怠げにウィンプルを取り外した。
「残念です」
含みのある一言だった。
「知らぬ、という理由は幸せに繋がります。責任感の欠如は他責と詰られますが、そんな戯言は本人には届きません。水槽の中で一生を終える金魚を不幸と評する人はそのガラスの頑強さを理解していない。努力の果ての理想と現実の艱難は分けて考えなければならない。私はまだまだ未熟故に」
衛宮士郎に話しかけるようで、それは自分に語り聞かせているように見えた。衛宮が壊れたロボットなら、彼女は仕立て上げられた令嬢だった。加算された能力がボーダーに触れすらしないように作られたオーダーメイド。
「言わなければ、それで良いと考えていました。しかし、貴方がそれを望むなら私は否定しません。貧乏籤を引く権利は誰にも在るべきです。たとえそれがどれほど拵えられた出来レースだとしても」
彼女の眼が一瞬だけ虹色に煌めいたのを見たのは衛宮だけだった。この価値が何を示すのかの重大性を理解する者は白野を除いて存在しない。父から受け継いだ遺品を、彼女は漸く遺言通りに使い倒すことに決めた。
「貴方の意思を尊重します。衛宮士郎、神の犠牲者よ」
「
それは、神からの神託であると衛宮士郎は直感した。
「正義の味方が暴力を振るう時。それは明確な悪の存在があってこそ。貴方が無意識に、あるいは自覚的に
目を逸らさず、衛宮に警告するように語りかける彼女は誰よりも彼を憐れんでいた。
「
彼女が歩んだ十年の歳月は彼女を女王にするには十分な時間であった。この聖杯戦争が終わった後に複製される月の王は優勝候補としてダークホースに上がるほど、それは完璧なる存在へ鍛え上げられていた。
「私は十年間迷いました。父を呼ぶべきか、王を呼ぶべきか、若しくは縁に従って抑止力にお任せするか」
遠坂は未熟故に隙が減り、間桐は力故に余裕が無く、アインツベルンは道がある故暴走出来ない。掻き回せるのは抑止力の後押しを受けたただ唯一の一般人であり、白野が望んでいたキーマンであった。
「結果として、私は抑止に媚びることにしました。その結果は説明しません。
彼女の歩みは止まらない。那由多の先にある道も、道中で力尽きても諦める理由にはならない。成し遂げると誓ったなら成し遂げてみせる。神ではなく、自分に誓ったからこそ、彼女の意思は無限にあるのだ。
「
下地は整え、アンリマユはどう足掻いても殺せる算段が付いた。犠牲の可能性は彼らだけであり、白野は彼らの幸せを願って全力を尽くすと決めた。
そう、彼女を全てをかけて救った血の繋がらない父のように。
「始めましょう。貴方が想い描く、ただ一つの
・セイバールート
・遠坂凛ルート
・間桐桜ルート
・バゼットルート
・岸波白野ルート