後日ナローのステータスを追加します。
カドックとゴルドルフがカルデアに決意を証明している頃。
モリアーティ・ナロー・エレナの三人は茶番を止めてナローの処分部屋で一つの髑髏と向き合っていた。
「これが本体のナローかね。頭しかないが、随分と綺麗な骨じゃないか」
「せやろ?」
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」
声帯も何もない頭骨だけの死体が明瞭に発した声にモリアーティは叫んだ。エレナは頭蓋骨だけの彼に死んだ目で唇を噛んだ。横目で見たナローは静かにドン引きしていた。
「死霊魔術の応用だよ…大したことしてないぞ?」
「魔力なしはおかしいのだがネ!…まあいい。黒幕は君かネ?」
「どうも黒幕です」
本体は頭を揺らして器用にうなずいた。
「元々はゆっくり処分するつもりだったんだけど、そこの元妻が前回レイシフト未遂を犯してたからね。流石に人理に悪いと思ったから黒幕したよ」
「『逃げたら一つ、進めば二つ、奪えば全部ゥ!!』ってコロンブスが言ってたから…」
「君のコロンブスに対する全幅の信頼は何だネ?」
さめざめと泣くエレナにナローとモリアーティの目線は冷たかった。想定した内容と異なることに本体は困惑して顎をカチカチと鳴らした。
「あ、あれ?座の俺と再婚したんじゃないの???」
「過去のこと忘れたんか本体ィ!」
「いや、流石に数世紀経てば過去の笑い話だし…」
もがもが篭る本体の解説から、元々は彼が黒幕を乗っ取ったことから始まったようだ。自身の死体を悪用する輩を排除した彼は現在がエレナが生存している時期だと理解した。つまり、黒幕をエレナの尖兵と勘違いしたのだ。
彼女達の追っ手を防ぐため、現役のナローを召喚したは良いものの、本体が死んだ後の処分は遅々として進まなかった。神秘の召喚体であるナローの霊基は本体を処分するのに格が足りていなかったのだ。戯れに死体の神秘をコストに石像を創造してもまるで足りていない。集めた灰を聖杯に固めつつ処分に困っている時に来たのがカルデアだった。
現地のナローはエレナ対策としてナローに霊基を渡した。ナローは霊基に存在した現状から、処分を完遂する為に今回の騒動を起こした。我々は無事騒動を解決し、残った頭蓋骨に出会ったわけか。
「しかし、運命力の譲渡などやり過ぎではないかネ?」
「あー、その…まあ、うん」
「幾らカルデアの襲撃一味とはいえ、仲違いの可能性も一応あった。確かにこんな機会でもなければ出来ないことだが…些か過激だと思うが」
モリアーティはナローに苦言を呈した。ナローは気まずげに目を逸らしたが、その耳は赤い。本体が小刻みに震えてその様子を楽しんでいた。
「削ったのは
頭骨だけの本体はカタカタと笑った。
「
ナローがこの死体を処分するのに思いついたのが、対費用に見合わないコストとして使い潰すことだった。シャドウサーヴァントの大量召喚に加えて一時的な霊基強化の後宝具の乱射。最終的にマスター達カルデアのすり減った運命力を補充するための偽神の創造。使い潰された本人はにやにやが止まらなかった。
「万能の聖杯なんてのはくだらない使い方が一番なんだよ」
ナローの口ぶりに本体は一層笑った。過去の青臭さを懐かしんだ、孫の自慢話を揶揄う姿だった。それはこのモリアーティが知るナローとは似つかない存在だった。
「随分変わったな、お互い」
「ズレがあるなら成長してるってことだろ?」
「で、ナロー。何で頭だけ残したのかネ?」
「ああ、死んだ時の半日分の記憶が無くて。多分座の録人ミスだと思うけど」
「何やってたかな…(素)」
ナローは無言で本体をリフティングした。本体も謝罪はするものの一向に思い出せない。彼は死後神様の手元でこちらでいう守護者をこなしていたらしく、朦朧としていた当時の記憶など既に忘却の彼方だった。
「知っているわ」
唯一、エレナだけはその出来事を鮮明に覚えていた。
覚えさせられた、ともいう。
「ええ。ええ。あの日は忘れられない。魔法の栄誉と私の馬鹿さと無能さが露呈した最悪で最高な日。ひひっ。よくって、よくってよ、ええ」
「えっ。あれ。何でこのエレナさんメンヘラってんの?」
「そりゃあ本体。普通に懲役五十六億年されれば多少はね?」
「本人なの!?」
今までのらりくらりしていた本体は本心から驚愕の叫びをあげた。
「今まで複製体だと思ってたんかネ!君は!!節穴!!」
「ビッグバンガチャ有償確定したよ!?根源いったろ!?全能で魔法くらい何とでもなるだろ!?」
「確かに。何でへばり付いてんの?」
「節穴ども!!」
モリアーティは自身の力をまともに把握出来ない馬鹿どもに乱射した。放たれた銃弾はナローのナイフに全て弾かれた。本体は擦りすらしていない。実力だけは無駄にある間抜けにモリアーティは青筋が浮かんでいた。
「ナロー。君はアリバイトリックをこなすのは完璧なのにトリックはいつもガバるな」
思い出すのはホームズの監視下で行った殺人事件だ。トリカブトの毒を喰らった被害者にフグ毒をナローに投与させて中和し容疑者全員にアリバイを成立させ、ホームズの解決後に責任の擦り付けを勃発させたあの事件。
何故かナローが侵入した際に既に首を切られて死亡してたからと雑に蘇生させたのには流石のモリアーティも苦笑いだった。まあ、真犯人を他所にどいつもこいつもホームズに賄賂を差し上げる光景は非常にエンタメの高い内容だったので良い思い出と言える。
「…そうよ!」
馬鹿話に耐えきれないとばかりにエレナは叫んだ。
「私なんか運だけの放蕩女よ!見捨てられて当然の!今更ナローの勉強をする間抜け女よ!あなたの魔法なんかこれっぽっちも制御出来てない!」
「えっ俺そんな理由で閉じ込められてたの?」
思い出すのはあの時の事だ。魔法を受け、まともに制御出来ずに失神した私は高熱に魘されて倒れ込んだ。ようやく気がついて起きた時に見たのは、丁寧にベッドに包まれた私と。
その側で眠るように死んでいた、一人の夫だった。
「
モリアーティは憮然としてエレナを見た。ナローは半ば納得して本体を見据えた。本体は死体のように静かに沈黙していた。
「あなたの寿命は僅かだったのに!いつもわたしは無視してたのに!モリアーティのとこは形見分けで私の看病で死んで…ばかじゃないの!!ばか!ばか!ばかばかばか!!」
「そこまで言う?」
等価交換。魔術の世界における基本原則であり、一部の英霊が壮絶に無視している概念である。一般人の視点からすればいかに非常識な現象であろうと、魔術はその為に相応の代価を支払っている故に、彼の魔法はエレナが知り得る全ての法則に一致しなかった。
彼女のプライドは崩れた。いらん要らないと我儘をしていたモノは、あるいは全てを賄える存在だった。生粋の
「なら、なぜ!?」
「知らんよ。そんなこと。
ナローは何処までも超越者だった。エレナの全てを子供扱いとして赦し、やり返した復讐も彼女の力量次第で取り返せる算段をつけた内容だった。死をステータスとして割り切れる男は、只管に優しく彼女に諭していた。
「俺はおまえと結婚した。合う合わないはどうしようもないか?ちがうだろ?」
合わなくとも、理解できなくとも、面と会い、会話をして、意思疎通に努めれば。
どれほどの間柄も近づくことはできるのだ。
「俺もおまえも
「…座の俺は…!?」
「めんご」
ナローが本体の頭を蹴飛ばし、モリアーティとパス回しを行った。本体は珍妙な唸り声をあげて無様に転がり飛ばされた。その光景を目にして、エレナはようやく彼のことを知れたと笑った。
「馬鹿じゃないの、ふふ、あはは」
「──ほんと、ばかみたい」
何の負担もない彼女の笑みを見て、モリアーティはナローが何故彼女を気に入ったのか何となく理解できた。
ゴウン、と部屋が揺れた。
偽りの神は打ち砕かれ、本体の体─骨にヒビが入る。
「もうそろそろ
本体は爽やかに自身のお別れを告げた。
「モリアーティ。座の俺をよろしく」
「私の腰くらい治せないかネ?」
「出来なくはないけど逸話再現だし…再発するよ?」
「おのれホームズ…!!」
「座の俺。…がんばっ!」
「ぶっ殺すぞ…!」
「い、一応エレナとの接続は切るから…切るので…」
「じゃあ、これで離婚。さよならだ。エレナ」
本体は再度ぐずりだしたエレナに突き放すように言った。エレナは子供のように地べたで身体をバタバタさせて暴れた。
「ヤダー!」
「『死がふたりを分かつまで』だし、離婚したし」
「死んでない!」
本体はエレナの指摘に一瞬固まった。それに目敏く気付いたエレナは畳み掛けるように捲し立てた。
「私達、自意識あって。死んでも会えて。こうして話せる」
「…!!」
「ノット離婚、ではないかしら?」
「…騙されんぞ!」
本体の自答は震えていた。
「はぁ〜?事実ではないかしらぁ〜?」
「モ、モリアーティ!エレナが魔法を制御出来てない理由は何だい!?」
「はぁ…君は…本当に残念だネ…」
「モーリーみたいな頭してないんだよー」
「ワトソンでも分かるヨ…全能、すべてをあたうだ」
「うん」
ナロー達と合わせてエレナすら正座してモリアーティの答えを待っていた。その光景にモリアーティはため息をついた。くそ真面目の癖に能力だけはある馬鹿夫婦。神がコイツらをマッチングした理由も分かるものだ。この二人は馬鹿で、世間知らずで、自分が一番だと信じていた。要は似たもの同士だったのだ。
「
「「「……。あ、ああ〜!!」」」
馬鹿夫婦達の間抜けな叫びが部屋を占領した。
「…ま、しょうがないかな」
本体は諦めたようにため息をついた。適当な復讐の結果がこの始末だ。後始末を彼らに、ひいてはカルデアに押し付けるのもおかしいだろう。本体はエレナの人形に向けて魔法を放った。人形は赤く輝き、ラメ加工された鎖がエレナの新しい鎖として新たに巻き付いた。
「人形と俺を繋げた。暇なら教授してやるよ」
「…!頑張る、頑張るから!!」
現金な女だな、とナロー達は思わず苦笑いをした。
「ま、頑張って付いて来るんだな。離婚協議は──その後だ」
頭骨は輝いて粉となり、特異点は終了した。
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カルデア、ストームボーダー食堂にて。
「このメカ義顎凄い。凄いけど、これ歯を磨くのは普通にやっていいのかな?なんか鉄分口から飲み込まない?」
「サーヴァント体に病気はないヨ。まあ気になるなら医者達に相談したまえ」
お叱りから解放されたナローはモリアーティと久方ぶりの食事を堪能していた。言峰印の麻婆豆腐を堪能していたナローは腰に衝撃を受けて麻婆をモリアーティへ吹き出した。モリアーティは必死でそれを避けた。麻婆が目を刺激するのにモリアーティは冷や汗が止まらなかった。
「ナロー!!」
バタバタとエレナが泣いてナロー達へ突入していた。
『ただいま留守にし──』
「アイツ!着信拒否した!!」
エレナは人形をブンブンと振り回して泣いた。人形からは機械的な音声が流れ続け、やがてエレナはへたりこんで手足を子供のようにバタバタと動かした。
「ちょっと32時間電話しただけなのに!ひどい!!」
「拷問かな?」
「馬鹿じゃないのかね君は」
相変わらず成長が小さい彼女に二人は笑った。そんな二人を尻目にエレナは叫んだ。諦め悪く、意地と気合が入った、輝いた目のままで。
「ぜったい!ぜ〜〜ったいに!!追いついてやるんだから!!!」