死亡遊戯で幼馴染を買う。   作:たたたった

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第10話

 草木も眠る丑三つ時、幽鬼は幼馴染の枕元に立っていた。

 上体を大きく傾け、幼馴染の顔を覗き見る幽鬼の表情は恐ろしく冷たい。人形のように感情が抜け落ちような表情、ガラス玉のような無機質な輝きを宿した碧い瞳、死人のように生気のない顔はまさに幽霊。彼女は互いの吐息の掛かる距離で、身動ぎもせずに佇んでいる。

 

『俺たちの関係も、あと1年で終わりか……』

 

 幽鬼の心の中は、幼馴染の呟いた言葉で満たされていた。

 幼馴染が関係を切ろうとしてる事実、それが幽鬼の心に激情が迸る。自分は東京に行った後でも、例えその先の将来でも、ずっと憑いていくつもりでいる。それなのに幽鬼のことを簡単に諦めようとする幼馴染に、どうしようなく恨めしい思いを抱く。

 

「私を置いていくなんて、許さないですよ」

 

 眠りの深い幼馴染は、そんな幽鬼の恨み言なんて届いていない。安らかな顔で眠り、怨嗟にも似た声音で執着する彼女の存在に気付くことなく静かな吐息を立てている。荒れ狂うような彼女の心とは正反対の、凪のように静かな心で眠っている幼馴染。まるでこれでは自分が馬鹿みたいだと、自嘲する幽鬼はそれでも情念の火は消えるどころか、猛るような炎となっていた。

 本当はあと1年と、幼馴染が諦めてなんて欲しくなかった。憑りつく影を、どこまでも背負って、どこへでも連れって、いつまでも傍に置いて欲しかった。

 

「求めてください……この気持ちを、私の独り相撲で終わらせる気ですか?」

 

 懇願のように縋り付く幽鬼の声に、眠っている幼馴染は答えることはない。

 呑気に寝てんじゃねぇ、と胸倉を掴んで幽鬼は叫びたかった。身勝手な感情のままに、幼馴染に自分の思いをぶちまけたら、どれだけ気持ちが楽だったろうと彼女は内心で自虐する。分かっていた、本心では答えを求めてないことに、幼馴染の本音を聞くことを誰よりも恐れているのは、幽鬼自身であることを。

 

 きっと望めば幽鬼の気持ちに正直に答えてくれるだろう。だが、もしその答えが、彼女の望むものではなかったら、幼馴染との関係に亀裂が入ることが堪らなく怖かった。

 

「憑りつく幽霊を置いて行ったら、私は強硬手段に出ますからね」

 

 意識のない幼馴染に無意味な警告をする幽鬼。これは自分に対する免罪符、もし手段を問わずに幼馴染を引き留めようとした時、あの時に警告したという事実だけを彼女は残しておきたかった。幼馴染の眠り深さが異常であることは知っている。だから、それをどう利用すれば良いかなんて、幽鬼にとって考えなくても分かることだった。

 

 夢魔のように幼馴染のお腹に馬乗りになる幽鬼は、これでも目を覚まさない姿に口端が少し吊り上がる。幽鬼の陶器のように白い手が、幼馴染の胸元を掴む。最終手段であり、最低の方法だと知っているが、それでも予行練習くらいはしても良いだろう。眠りの深さを確かめるように、ゆっくりと幼馴染の顔に近付いて吐息を感じる距離まで詰める。

 

 10年間もずっと傍で見ていた幼馴染、付かず離れず関わらずという幽鬼が望んだ距離感を自ら侵し、躊躇わずに踏み込んだ。

 

「――――ッ?!……ッ!っ~~~~~~~~~~~~~~~~!」

 

 初めての感触は幽鬼の想像以上だった。

 跳ねるように上体をあげ、幽鬼は緊張と興奮で震える手で唇に触れる。ただの粘膜の接触、それだけであるはずなのに彼女の心は喜びで満ちていた。心臓が早鐘のように鼓動を打って煩くて仕方ない。それでいて、心地の良い陶酔がじんわりと脳内に広がり、腰の抜けた身体で這うようにベッドから転がり落ちる。

 

「これは……刺激が強すぎます。世の中の男女はこんな気持ちを人前で憚らずに味わっているのですね」

 

 勇み足で踏み込んで、幽鬼は呆気なく返り討ちに遭って放心していた。

 色恋とは無縁、短い人生であるが興味の対象である異性は幼馴染しかいない幽鬼にとって、初めて味わう刺激はまさに劇薬そのもの。爆発する感情の整理の仕方も分からずに困惑して、煩い心臓を鎮めるように胸を掴みながら、呼吸を整えることで必死で思考が纏まらない。

 

 本当に混乱すると、自虐も自嘲すらもできないことを初めて知った。それだけ幽鬼にとっては、あまりにも刺激が強すぎる代物。幼馴染のお腹の上で跨るような行為なんて、もう出来なくなっていた。彼女は想像するだけで、心臓が高鳴って仕方なくなり、そして今更になって幼馴染に対する自分の思いを正しく自覚する。

 

「これが、恋という感情ですか……言葉にすると陳腐ですが、こんな感情が本当にあるなんて……」

 

 体験するまで信じられないような気持ち。幽鬼は幼馴染に対する見方が変わった。憑りつくだけで物足りない、自分のことを見て欲しいという感情が強く芽生え、今までの醜態が脳裏に浮かび死にたくなるような気持ちを味わう。

 

 風呂にも入らずに汚れた身体で……今までずっと会っていた……?死亡遊戯(デスゲーム)に参加するまで、腐臭の漂う体臭で接していたなんて、これではユウタが私のことを異性として見ないのは当然ですね……。

 

 幼馴染に求められ、執着されることを望みながら、幽鬼はその努力を怠っていたことを初めて自覚した。

 部屋にある鏡で、幽鬼は身嗜みにおかしなところがないか確認する。求めるだけではなく、求められるような存在になろうという向上心が彼女に芽生え。間違いから得た知見であるが、幽鬼は着実に年頃の少女の精神へと変わろうとしている。幼馴染の異性に好かれる努力という人並みの情動を覚えたのだ。

 

 

 死亡遊戯(デスゲーム)の状況次第では、他者の命を切り捨てることを厭わない少女から、幼馴染との恋を育もうとする普通の少女へと幽鬼は変わろうとしていた。

 それが本当に彼女にとって良い変化であるのか、まだ分からない。

 

 

 

 

「どうしたんだ、急に色気付いて」

 

 幽鬼は幼馴染の言葉が堪らなく嬉しかった。()()()()、なんて言葉は、自分に異性としての感情を抱いていなければ向けられない。

 

「私はもう15歳ですよ。女の子としての自覚だって芽生えます」

「そりゃ、そうだけど……風呂にも入らないようなユウキが、いきなりイメチェンしたら反応に困る」

 

 銀髪に映える白いワンピースの姿で、幽鬼は幼馴染の部屋を訪れていた。洋服店に通うことは彼女にとって苦痛を伴う行為だったが、お洒落をして変わった自分を見てもらうためには必要な代償として耐えた。足もビーチで履くようなサンダルではなく、レディース物のちゃんとしたブランド、爪の先も切って磨いて、化粧はまだ失敗が怖くてしていない。

 幼馴染は本当に困惑が隠せない様子で、幽鬼はその狼狽える姿がとても愛おしいと感じた。

 

「私はもう置いて行かれるような幽霊ではなく、連れて行きたくなるような女性になりますね」

「そうか……つまり恋をしたんだな」

 

 幽鬼はその言葉に心臓が跳ねる。幼馴染が自分の気持ちに気付いてくれたと思ったから。だから、彼女は真剣な表情で頷いて言葉の続きを期待して待ち――――

 

「俺も年上の真実(まなみ)さんって人と付き合い始めたんだ。良かったら、その好きな人と上手く行ったら、ダブルデートでもしないか」

「あっ?」

 

――――幼馴染に恋人ができたことは心底どうでもよかった。誰が相手でも幽鬼は略奪するつもりだったから。だが、ここまで来て、自分の気持ちに気付かない幼馴染に、感情の沸点を超えた幽鬼は渾身の右ストレートをその顔面にぶち込んだ。

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