死亡遊戯で幼馴染を買う。   作:たたたった

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第12話

 昼食のお弁当を作っていた幽鬼は、そろそろ恋人が目覚める時間であることに気付く。

 

「時間ですね」

 

 時刻は午前6時15分、1年前の幽鬼ならば起きているのが考えられない時間帯。恋人を追いかけ居候として住むようになってから、彼女の生活習慣は劇的と言えるほどに改善された。

 夜型の生活から朝型の生活への切り替え、居候をさせてもらっている身分である為に、炊事、掃除、洗濯の基本的な家事を当然の如く行う。朝は恋人よりも早く起き、朝食と昼の弁当を作り、昼は家事を行い余暇は普段通りに、夜は夕飯の準備を初めて共に食事を摂る。中学すらまともに卒業していない社会不適合者とはいえ、日々の暮らしの中で着実に真っ当な人間の道を歩み始めている幽鬼。

 

 エプロンを外し、纏め上げた銀髪を後ろに流した姿のままで、眠りの深すぎる恋人の朝を迎える準備をする。

 

「おはようございます……いえ、この時間ではまだ起きられませんね」

 

 朝の陽ざしが差し込む部屋の中、ベッドで眠る恋人はまるで死んでいるように眠っていた――――否、ある意味では彼は本当に死んでいるのだ。

 幽鬼は時計に視線を向けて時刻を確認すると、起床の時間の6時30分まで時間は残っている。眠りの深い恋人は、目覚めの時間が来るまで決して意識が覚醒することはないだろう。彼女はベッドの縁に腕を組んで頭を乗せ、ただ静かに呼吸を繰り返す恋人の姿を愛おしそうに眺め続ける。

 

「ユウタの心はどこに行ってしまったのですか?」

 

 その問いに対する答えは当然ない。何故なら、幽冥悠太(ゆうめい ゆうた)の睡眠中の脳内では、生存に必要な部位以外の全てが活動していないのだ。

 彼の睡眠の異常性に気付いた家族が詳しく検査した結果判明した、非常に特異な体質。まるで魂が抜けてしまったかのように、寝ている最中では精神活動のほとんどが行われない。夢を見ない、刺激にも反応しない、そんな眠りに落ちる恋人に、幽鬼は寝るとはどういう感覚なのか聞くと、麻酔から覚めるようなものだと教えてくれた。

 

 瞳を閉じ、意識が沈んだ瞬間から、気付いたら朝になって目覚めている。瞬きの間に時間が過ぎる、それが恋人にとっての睡眠という体験。

 決められた時間に意識が消失し、まるで計ったかのように6時30分になると目覚める。体質を正しく理解し対策すれば日常生活に不便はなく、むしろ必要最低限の脳内活動で収められるので、睡眠の質は限りなく高い。

 恋人がこんな体質だからこそ、幽鬼が居候することには彼の家族は反対しなかった。医者からは特異であるが健康に問題はないと診断されたとはいえ、やはり両親からしたら僅かな不安を感じるもの。

 

「私が御目付け役なんですよ。ユウタがちゃんと目覚めるか見張って、寝ている間の問題に対処する。そうでなければ、こんな生活を送ることすら、あなたの両親は許可しなかったでしょうね」

 

 暗号資産の交換業、という幽鬼には理解できない次元の仕事をしている恋人の両親は、1人暮らしをしようとする息子の寝ている間に面倒を見てくれる存在を望んでいた。なにしろ、本当に睡眠中は無防備なのだ。爆音を鳴らそうと、頬を叩こうと、擽ろうと、何をしたって目覚めない。

 どれだけセキリュティの高いマンションでも、火事や地震などの災害は不可避。このことで恋人の両親たちはひと悶着あった末に、家事手伝いとして幽鬼が家族公認で居候することとなった。しかも、三食食事付きで給料も出る。

 

「おっと、そろそろ目覚めの時間ですね。それでは失礼しますよ、ユウタ」

 

 幽鬼にとって毎日の楽しみの一つ。目覚めるタイミングを見計らって、ベッドに身を乗り出した彼女は、静かに寝息を立てる恋人に顔を寄せる。吐息の掛かる距離、緊張と興奮で熱く荒くなる息、そして陶器のように白い手を彼の肩口に添えて――――

 

「んっ、おはよ――――――――――っん、ユウキ」

「――――――――――っ、おはようございます、ユウタ」

 

――――恋人の寝覚めは幽鬼の口付けから始まるのだ。春から続いた習慣、お互いに求めた訳ではないが、自然とこうするのが当たり前となった生活。

 

「今日もちゃんと目覚めましたね」

「そりゃ目覚めるさ。といっても、寝ている感覚がほとんどないんだがな」

「瞼を閉じた瞬間に朝になる。そんな感覚、とても気になりますが……それより朝食にしましょう」

 

 頷く恋人に幽鬼は朝食の準備のために部屋を出て、不意に彼と触れた唇を撫でる。

 あの瞬間の感覚は、幽鬼にとって堪らなく心地良いものだった。100回を超えても飽きることなく高鳴る鼓動、じんわりと脳内に広がる陶酔の痺れ、まだ15歳の身の上で、今ですらこれだけ幸福なのに、恋人として関係が発展したらどうなるのか期待すらしてしまう。

 

「いけませんね。気の緩みを感じます。しっかりしないと……よしっ」

 

 口元が緩み始めることに気付いて、意識して口を強く結ぶ。あまりこういう恥ずかしい姿は、共に暮らしているからこそ、恋人には見せられなかった。夏の蒸せるような熱い気温、エアコンの電源を点けながら、恋人がテーブルに座るのを待ってから幽鬼も着席をする。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 テーブルには簡素の料理。卵焼きにウィンナー、ごはんとコップに注がれた牛乳と、こんな食事すらかつての幽鬼は出来なかったことを思い出し、自分の成長を感じるとともに、女子力という言葉が皆無だった過去の己を呪った。

 料理も結局は恋人がいなければ上達しない技術だった。食べさせたい相手がいるからこそ、ちゃんとした料理を作ろうという気持ちが芽生える。幽鬼だけの生活ならば、栄養バランスも考えないコンビニ弁当生活だったと想像して、そんな自堕落な自分に背筋が少し冷たくなる。

 

「あっ、御城(みしろ)さんがニュースに出てる」

「…………本当ですね。起業した会社をもう売るみたいですよ。せっかくユウタが関わったのに」

「連絡は来てたし、話も聞いたけど、巨大資本には敵わないから仕方ないよ。というか、売れるのは早いな……まだ始まったばかりだろ……んー?なんかおかしい気がするけど……いや、それだけベンチャーのアイディア一発としては悪くないから……でもなぁ……」

「考えるのも良いですけど、そういうのは食事をしてからにしましょうね」

 

 行儀が悪いですよ、と窘めると恋人は思考を打ち切って食事を摂り始める。

 個人の位置情報を発信するSNSとして若年層に爆発的な人気の出たアプリ。幽鬼からすると狂気の沙汰と思える、ユーザー間での詳細な位置と状態の公開を行うという、社会性のない彼女にとっては苦痛としか思ないアプリの仕様だった。例えば、映画館に居れば、位置と建物の情報から状態(ステート)が映画鑑賞中に変化し、ショッピングモールに居れば買い物中と表示される。そこだけならまだしも、滞在時間からその日の移動ルートまで、個人の生活を丸裸にして友人間で共有するのだ。

 

 電子マネーと紐づけすれば、購入した物まで分かり、個人情報を凝縮して抽出したようなSNS。恋人は、成功すればビッグデータとしての価値は計り知れない、と御城(みしろ)を褒めていたが、これが大流行する段階になってドン引きしていたのが記憶に新しい。

 

「売れるのが早すぎる気がするけど、まぁ、これで御城(みしろ)さんも資金が潤沢になって次の事業を行えるだろう。本人は会社を手放したくなくて、色々と悔しそうな感じだったけど」

「彼女は自己顕示欲が強いですから、こんな風にニュースで注目を浴びて嬉しいんじゃないですか?」

「ゼロから創り上げた会社を、金と権力で巻き上げられたもんだから悔しさが勝ってるよ。この件で、壮行会を行うことになってる。俺と御城(みしろ)さんだけのささやかなもんだがな」

 

 また御城(みしろ)が恋人に粉を掛けようとしていることに気付いて幽鬼は呆れる。

 正式に交際を始めれば恋人を諦めるどころか、むしろ障害が大きければ燃える、言いたげに御城(みしろ)の恋慕の感情は猛り狂っていた。恋敵として認めてあげますわ!と勝負が付いているのに宣戦布告され、ここまでくると恋人を取られるという心配よりも、この女の情念が変な方向に暴走することの方が心配だった。

 

 あとで連絡をしましょう……情けは要りませんわ!と怒られそうですけど……。

 

 幽鬼にとっての数少ない連絡先を交換した仲であり、ガス抜きに話を聞いてあげようと思いながら、食べ終わった朝食の片づけをする。これでも家事手伝いとして、恋人の両親からお給料を貰っている身、手伝おうとする彼を頑なに断り、家事の全ては彼女の管理下に置かなければ義理を果たせない。

 

「ユウタ。はい、お弁当です。今日の帰りは遅いですか?」

「いつもありがとう。それと、少し遅れるかも。でも、7時までには帰ってくるから」

「分かりました。では、帰宅時間に合わせて料理を作りますね」

 

 恋人が学校を行く時間がやってきた。いつものように作ったお弁当を渡して、学生服に着替えた彼と夕食の話をする。

 

「今日は何を観ますか?」

「家で適当に傑作映画でも漁ろう。配信サイトで新着の映画が増えてるし」

 

 今日は映画の日。ソファーの上で映画鑑賞をする大切な行事であり、幽鬼の毎日の楽しみの一つ。

 玄関口で靴を履く恋人を見守りながら、手を振って出て行く姿を見送る。そして気配がなくなった頃に大きく息を吐いて、洗濯と掃除にまだやるべき家事はたくさんある。全てを片付ける頃にはお昼ごろだろうか、そんなことを考えていると――――

 

「あっ、今日はゴミ出しの日でしたね。危うく忘れるところでした」

 

――――ゴミ袋は絶対に溜めない。間違った癖が付くと、際限なくゴミ袋が部屋に増えていくのを、幽鬼の中にある自堕落への欲望が囁いて教えてくれる。慌ててゴミ袋を取り出して、マンションのごみ置き場へとサンダルを履いて赴く。

 

 

 

「初めまして、お前は幽鬼だな」

 

 その人は不思議の国のアリスに出てくる白ウサギのようだった。

 真っ白。最初に抱いた印象は、どこまでも白い姿をしていた。ウェーブのかかった柔らかな白い髪、私よりも血色のない白い肌、瞳はウサギのように朱くはなく白、そして痩身のようで身体の芯はしっかりとしているように見える。貫禄のある低い声音、人を惹き付けるカリスマとはこういうことを言うのかと、本物のカリスマ性を目撃して勝手に納得した。

 

「あ……初めまして。誰ですか?」

 

 幽鬼はゴミ袋を抱えたまま、腰を曲げて固まっているので間抜けに見えているかもしれない。とりあえず、名前で呼ばれたので反射的に反応する。この時の彼女の危機感はほとんどなかった。恋人との幸福な生活、死中に生を見出す才能の片鱗もなくなり、死亡遊戯(デスゲーム)のことなど忘れかけていた。

 

 白ウサギは笑った。蠱惑的な人の心を狂わすような狂気を帯びていて、それでいて視線を外せないほどに魅力を放っている。ただ次に開いた口から紡ぐ言葉は、幽鬼には到底許容できないものだった。

 

「私は白士(はくし)だ。面倒は嫌いだから要点を言う、幽冥悠太(ゆうめい ゆうた)を寄越せ」

「…………ユウタとはどういった関係ですか?」

 

 錆び付いてた才能が動き出す感覚。幽鬼の魂は最大限の警戒を強く促し、それに呼応するようにゴミ袋を手放した。視線が鋭くなり、姿勢は自然と低くなる。野生の本能を取り戻した獣のように、白士(はくし)という女に、彼女の意識の全てを集中させる。

 警戒する幽鬼を見ても、白士(はくし)の態度は変わらない。まるで相手をしていない、それどころか脅威ですらない、と言いたげに陶酔と敬虔な信徒のようにどこか盲信を宿した瞳で顔を上げ、両腕を大きく広げる。

 

「命の恩人であり、私という存在の魂を救済する男だ」

「は?」

 

 イカれてる、と思いながらも幽鬼は口に出すことはしなかった。相手は純度100%の狂人、それに加えて本能が絶対に勝てない存在であると教えてくれる。逃げ出したいが、ここで幽鬼が逃げれば、恋人の方に向かうかも知れないので相対するしかない。狂気に囚われた女を前にして、内心で叫び声をあげる――――

 

 なんでユウタは、頭のおかしい女ばかり引っ掛けてくるんですか!

 

――――こういう体験は幽鬼は指の数では足りないほどに経験している。ほとんどは無害、彼の資産と地位に目が眩んだ女ばかりであったが、ここにきて本物の狂人を引き当てた。御城(みしろ)が可愛く思えるほどの狂気、幸いにして会話が成立している気がするので、なんとしても舌戦に持ち込んで、この状況を打破する機会を幽鬼は窺う。

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