死亡遊戯で幼馴染を買う。   作:たたたった

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第15話

 テーブルに置いたスマホを眺めながら、幽鬼は今朝に起きた出来事を恋人にどう伝えるべきか悩んでいた。

 死亡遊戯(デスゲーム)の<プレイヤー>である白士(はくし)の言葉。あまりに荒唐無稽すぎる内容で信じきれない気持ちもあるが、彼女の話を狂言で片付けるにはリスクが高すぎる。実際に、幽鬼に接触をしてきている以上、同じような狂気に侵された<プレイヤー>が恋人の身を狙っている可能性があるのだから。

 

 だが、内容が内容だけに幽鬼は、恋人に伝えるべき言葉は慎重に選ばなくてはならない。

 

「頭のおかしい女たちが、ユウタを狙っている……駄目ですね、これでは日常でよくある出来事。かといって、死亡遊戯(デスゲーム)に関することを伏せたまま、身の危険が迫っていることを理解させるには……」

 

 幽鬼の頭を悩ませているのは、死亡遊戯(デスゲーム)がこの件に関わっていることだった。

 初めて参加したゲームの規模は、ただの金持ちの主催する悪趣味な見世物とは訳が違う。<プレイヤー>たちの肉体に施す改造手術、捥げた手足すら即日には治療可能な未来の医療、ゲームの出し物に用意される高価な機械類、勝者に渡される賞金に精巧すぎる衣装、そしてなによりも、用済みになって殺されるどころか送迎されて帰宅を許される歪さ。

 

 傷が付いて血が出れば、幽鬼の肉体はまるでぬいぐるみの中身のように白い綿が現れる。もこもことした白いものになる血液、死亡遊戯(デスゲーム)の証明とまでは言わないが、あり得ない肉体改造の結果として世間に訴える可能性すら、運営側は気にも掛けていない。

 この情報化社会、インターネットやSNSと疎遠な幽鬼ですら異常と理解できる。個人で情報を発信する手軽さ、その主な発信者であり<プレイヤー>である10代の少女たちの肉体を弄っても、口封じするまでもなく隠蔽できる程の権力を有している証。

 

 例えば、マスコミや警察に改造された肉体を証拠に訴える可能性、SNSで自分の体験したことを発信する可能性、<プレイヤー>が家族や友人に相談するかもしれない。ましてや、この死亡遊戯(デスゲーム)の<観客>ですら、見世物で殺される少女たちの姿に罪悪感に駆られて警察に自首する可能性だって大いにあり得る。

 

 

――――これだけのリスクを孕みながらも死亡遊戯(デスゲーム)の運営は、世間に露呈させることなく興行として悪趣味な見世物を成立させている。その恐ろしい現実が、幽鬼を恐怖で震えあがらせるには十分な材料であった。

 

 

「話せない……ユウタに、死亡遊戯(デスゲーム)のことは絶対に……」

 

 恋人がそんな強大な権力を有している運営に狙われていることは、幽鬼にとっては悪夢のような出来事だった。

 火遊びの代償のように、幽鬼が<プレイヤー>として死亡遊戯(デスゲーム)を強要されるのならば耐えられた。自分の犯した罪を思えば、一度は踏み込んだ地獄からは抜け出せずに咎を背負い罰を受けることは当然だろう。だが、恋人は違う。愚かにも命懸けのゲームで身を晒し、他者の命すら陥れるような、最低な幽鬼とは絶対に違う。

 

 初めての死亡遊戯(デスゲーム)。今でも悪夢としてのあの日のことを思い出し、深い眠りに落ちた恋人の身体に幽鬼が縋ったことは指では数えきれない。犯した罪に溺れ、背負った咎に心を潰され、裁きを望みながらも、本心では罰を恐れ怯えている自分の卑怯な心の内側。

 そんな地獄の責め苦のような、罪に苛まれる日々を愛している恋人には送って欲しくなかった。

 

「ユウタには秘密にしなくちゃ……死亡遊戯(デスゲーム)のことも、それに私のことも……」

 

 ここまできて自分のことか!と幽鬼を罵倒する心の声が聞こえる。

 死亡遊戯(デスゲーム)という狂気の世界に居たことを、幽鬼は恋人には言えずにいた。<プレイヤー>としてゲームに参加した事実、改造された肉体、なによりもゲーム内で起こしてしまった彼女の凶行。それら全てを知られてしまえば、間違いなく今までの関係で居られなくなる気がしたから。

 

 『生き残る為に必要だった』『あの時はああするしかなかった』心の中では言い訳は際限なく浮かぶが、あのゲームの顛末を知った恋人の心が、自分から離れてしまうことを何よりも恐れた。本当は気付かれているかもしれない、でも幽鬼の犯した大罪までは理解していないと彼女は信じている。

 

「過去のゲームの記録を見られたら……?嫌です……それだけは絶対に……嫌」

 

 恋人には罪を背負ってほしくない。幽鬼の秘密にしてる罰を暴いてほしくない。死亡遊戯(デスゲーム)の<観客>となってしまった未来は、幽鬼にとっては考えうる限りの最悪の未来。そしてその想像は彼女のトラウマを刺激し――――

 

「――――ッ!しばらく、発作なんて起きてなかったのに……ッ!身体が震えて……ぁっ、あぁぁあぁぁぁ!!」

 

――――死亡遊戯(デスゲーム)の恐怖が蘇る。弱った幽鬼の心につけ込むように、全身の震えで椅子から転げ落ち、立つことすらままならない。あの日の地獄がフラッシュバックし、恋人に過去を暴かれる未来が浮かび、彼女は幼子のように頭を抱えて叫び声を上げていた。

 

「ユウタ……ユウタぁ……助けて、助けてください……私は……――――ッ!!」

 

 恋人に助けを求めて握ったスマホの手が、血に塗れているように見えて幽鬼は目を開く。

 助けを求める資格なんてお前にはない、そんな囁きが耳元で聞こえてくる。幽鬼の心はもう限界であった。朝には死亡遊戯(デスゲーム)の<プレイヤー>と相対して死の危険を感じ、恋人がその運営に狙われている事実を告げられ、過去に犯した大罪を思い出す。彼女の心を引き裂くには十分なストレスが加わり、碧眼の瞳は暗く沈み、嗚咽を零してすすり泣くことしかできない。

 

『もしもし?どうしたユウキ?』

 

 スマホから聞こえてくる恋人の声に、幽鬼の瞳に僅かな光が灯る。心に染み入るような、小さな種火がもたらす温かさが、ゆっくりと身体に広がっていく。震えてまともに握れない手でも、それでも恋人に繋げることが出来たようだった。彼女は灯りに縋り抱えるようにスマホを握り、胎児のように丸まったままに、伝えるべきたった一つの言葉を絞り出すように紡ぐ。

 

「助けて」

『すぐ行く。待ってろ、ユウキ』

 

 救いを求めれば、必ず手を差し伸べる幽鬼の恋人。

 短い返事であるが、それだけでも頼もしく温かい。繋がったスマホから聞こえる恋人の声だけが、今の幽鬼の心の全てだった。励ますように、優しく元気づけてくれる愛しい声音が、それだけで彼女の恐怖に苛まれて震える身体と心を静めてくれる。ただ静かに耳を傾け、その闇夜に嵐に見舞われた船が見つけた灯台の光のように、暗闇に沈む幽鬼が進むべき道標を恋人は示す。

 

「ユウタ……お願いがあります」

『なんだ?なんでも言ってくれ』

「帰ってきたら……特別を私に与えてください。必要なんです」

『必要なんだな。なら、任せろ』

 

 際限なく心が甘えていく自分の悪いところに気付きながらも、幽鬼の頼みを聞いてくれる恋人が嬉しかった。

 劇薬を幽鬼は望んでいた。この死にかけた心を蘇らせるほどの特別な刺激。味わえば、何もかもを忘れ、どうでもよくなるような激しい陶酔。震える身体に鞭を打って、彼女はソファの上に横になる。御城(みしろ)のアプリに登録した、恋人の現在地が徐々に自分に迫ってくる画面を見ながら、玄関が開く音を心待ちにしていると――――

 

「ユウキ!」

「ユウタ!」

 

――――開かれる玄関の音とともに響く、恋人が自分を求める声に幽鬼は反射的に声をあげる。瞬間、世界が色付き、この血の通ったとは言い難い肉体の心臓が強く跳ねた。

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