テーブルに置いたスマホを眺めながら、幽鬼は今朝に起きた出来事を恋人にどう伝えるべきか悩んでいた。
だが、内容が内容だけに幽鬼は、恋人に伝えるべき言葉は慎重に選ばなくてはならない。
「頭のおかしい女たちが、ユウタを狙っている……駄目ですね、これでは日常でよくある出来事。かといって、
幽鬼の頭を悩ませているのは、
初めて参加したゲームの規模は、ただの金持ちの主催する悪趣味な見世物とは訳が違う。<プレイヤー>たちの肉体に施す改造手術、捥げた手足すら即日には治療可能な未来の医療、ゲームの出し物に用意される高価な機械類、勝者に渡される賞金に精巧すぎる衣装、そしてなによりも、用済みになって殺されるどころか送迎されて帰宅を許される歪さ。
傷が付いて血が出れば、幽鬼の肉体はまるでぬいぐるみの中身のように白い綿が現れる。もこもことした白いものになる血液、
この情報化社会、インターネットやSNSと疎遠な幽鬼ですら異常と理解できる。個人で情報を発信する手軽さ、その主な発信者であり<プレイヤー>である10代の少女たちの肉体を弄っても、口封じするまでもなく隠蔽できる程の権力を有している証。
例えば、マスコミや警察に改造された肉体を証拠に訴える可能性、SNSで自分の体験したことを発信する可能性、<プレイヤー>が家族や友人に相談するかもしれない。ましてや、この
――――これだけのリスクを孕みながらも
「話せない……ユウタに、
恋人がそんな強大な権力を有している運営に狙われていることは、幽鬼にとっては悪夢のような出来事だった。
火遊びの代償のように、幽鬼が<プレイヤー>として
初めての
そんな地獄の責め苦のような、罪に苛まれる日々を愛している恋人には送って欲しくなかった。
「ユウタには秘密にしなくちゃ……
ここまできて自分のことか!と幽鬼を罵倒する心の声が聞こえる。
『生き残る為に必要だった』『あの時はああするしかなかった』心の中では言い訳は際限なく浮かぶが、あのゲームの顛末を知った恋人の心が、自分から離れてしまうことを何よりも恐れた。本当は気付かれているかもしれない、でも幽鬼の犯した大罪までは理解していないと彼女は信じている。
「過去のゲームの記録を見られたら……?嫌です……それだけは絶対に……嫌」
恋人には罪を背負ってほしくない。幽鬼の秘密にしてる罰を暴いてほしくない。
「――――ッ!しばらく、発作なんて起きてなかったのに……ッ!身体が震えて……ぁっ、あぁぁあぁぁぁ!!」
――――
「ユウタ……ユウタぁ……助けて、助けてください……私は……――――ッ!!」
恋人に助けを求めて握ったスマホの手が、血に塗れているように見えて幽鬼は目を開く。
助けを求める資格なんてお前にはない、そんな囁きが耳元で聞こえてくる。幽鬼の心はもう限界であった。朝には
『もしもし?どうしたユウキ?』
スマホから聞こえてくる恋人の声に、幽鬼の瞳に僅かな光が灯る。心に染み入るような、小さな種火がもたらす温かさが、ゆっくりと身体に広がっていく。震えてまともに握れない手でも、それでも恋人に繋げることが出来たようだった。彼女は灯りに縋り抱えるようにスマホを握り、胎児のように丸まったままに、伝えるべきたった一つの言葉を絞り出すように紡ぐ。
「助けて」
『すぐ行く。待ってろ、ユウキ』
救いを求めれば、必ず手を差し伸べる幽鬼の恋人。
短い返事であるが、それだけでも頼もしく温かい。繋がったスマホから聞こえる恋人の声だけが、今の幽鬼の心の全てだった。励ますように、優しく元気づけてくれる愛しい声音が、それだけで彼女の恐怖に苛まれて震える身体と心を静めてくれる。ただ静かに耳を傾け、その闇夜に嵐に見舞われた船が見つけた灯台の光のように、暗闇に沈む幽鬼が進むべき道標を恋人は示す。
「ユウタ……お願いがあります」
『なんだ?なんでも言ってくれ』
「帰ってきたら……特別を私に与えてください。必要なんです」
『必要なんだな。なら、任せろ』
際限なく心が甘えていく自分の悪いところに気付きながらも、幽鬼の頼みを聞いてくれる恋人が嬉しかった。
劇薬を幽鬼は望んでいた。この死にかけた心を蘇らせるほどの特別な刺激。味わえば、何もかもを忘れ、どうでもよくなるような激しい陶酔。震える身体に鞭を打って、彼女はソファの上に横になる。
「ユウキ!」
「ユウタ!」
――――開かれる玄関の音とともに響く、恋人が自分を求める声に幽鬼は反射的に声をあげる。瞬間、世界が色付き、この血の通ったとは言い難い肉体の心臓が強く跳ねた。