「こんばんわ。反省したので、身体は綺麗に洗ってきましたよ」
「夜中に家に来るんじゃねぇよ……ただですら、世の中は物騒なのに」
上下ジャージというファッションセンスの死んだ幼馴染が家にやってきて思わずため息を吐く。
この世界は前世と違って物騒なのだ。学校で1年に3、4人くらいが平然と行方不明になる事件が多発していて、十代、二十代の女性の行方不明者の数は、俺が知識として知っている限りでは前世の10倍以上にも昇る。原因は調べる限りだと不明。なぜ、十代の少女なのかと疑問に浮かぶがその答えは間近にあった。
俺は雨樋を伝って2階の俺の部屋へと侵入したユウキを見つめて。
この世界の顔面偏差値は高いからな……前世だったら俳優やモデル並みの美人が、クラスに1人は居ると考えると、そりゃ華の女子中学生や高校生を誘拐する輩も増えるか。それにしたって、数値を見ると異常なんだが。
美容に対する意識などゼロに近いユウキですら、完璧な美少女として君臨できる世界なのだ。
化粧もせずに地肌を晒していても肌に荒れなど見られない。風呂に入らず、コンビニ弁当生活という終わった食習慣、それなのに太ることも髪質すら手入れが行届いているかのように艶やか。加えて美容院にすら行かない癖に、髪も眉も整っており野暮ったさがない。
なんでこんな奴が、このレベルの美貌を保ってるんだよぉ……ッ!俺の知る限りの究極のダメ人間だぞ!
世界の理不尽を呪いながら、部屋に置いてある漫画を読み始めて床に転がるユウキを見る。
ここを漫画喫茶と勘違いしているのか、部屋のミニ冷蔵庫からジュースを取り出し勝手に寛ぎ始め、そしてこの憎悪に満ちた俺の視線に気付いて、顔をこちらに向けながら不思議そうな表情を浮かべ。
「どうかしたんですか?」
「幼馴染の取り柄は容姿だけだな、と思ってな。その面の良さで早いうちに良い男を捕まえて、人生勝ち組コースに乗っかるんだぞ」
「ユウタに人生の道筋を勝手に決めて欲しくないのですが、まぁ……私は平均すると顔立ちは整っている方でしょうね」
容姿しか取り柄がないと言ったのに、それでもどこか褒められたと勘違いして頬が緩むユウキ。
「物騒……で思い出したのですが、ユウタはあの都市伝説を知っていますか?」
「藪から棒になんだよ……というか、『あの』だけでお前の言いたいこと分かったらエスパーだろ」
熟年の夫婦でも無理なコミュニケーションを求める幼馴染に呆れながらも話の続きを促す。ユウキも失礼しました、と短く謝罪の言葉を述べて都市伝説の内容を語り始めるのだが、俺からすると、いかにも子供が好みそうな話に吹き出してしまった。
「十代の少女たちが巻き込まれるデスゲーム?このSNSとスマホが発達した現代でそんなこと不可能だろ。いや、単発ならば廃墟とかを利用すれば可能か……?『イカゲーム』みたいに、舞台を孤島にするとか……うーん」
現代日本で定期的に開催されるデスゲーム。
聞く限りだと『イカゲーム』や『賭博黙示録カイジ』のように、ゲームへの参加自体は強制ではなく本人の意思によって決定される。生き残ったプレイヤーへの報酬は賞金という都市伝説にしては俗物的であるが、生き死にの懸かった状況そのものに価値を見出すプレイヤーも居るのだとか。
「まさに都市伝説って感じだなぁ……そもそもゲームの機密性を維持するなら、生き残ったプレイヤーも処分しちまった方が世間に露見するリスクは低いだろうに。または監禁して死ぬまでゲームを回し続けるか。どっちにしろ存在すると仮定するなら、そのデスゲームの主催者?いや、運営側の目的は少女たちの生き死にを見世物にすることが狙いじゃないだろう」
「デスゲームにそれ以外の価値なんてありますか?」
「映画の『キャビン』のように、デスゲームを行うこと自体が儀式的な意味合いを持つとかだな。そうじゃなきゃ、興行としてどうやって成立させるのか気になるところだ」
機密性を維持するのならば、プレイヤーを生かして帰すメリットが皆無。
デスゲームの運営側の思惑はともかく、そのゲームを鑑賞する顧客たちにとって、生き残ったプレイヤーから情報が漏洩することを何よりも恐れるはず。なにせ現代で人の生き死にを見世物にしたことがバレれば、社会的に抹殺どころか生涯を牢獄で過ごすハメになる。生き残りはまさに生きた証拠、いくら口止めをしたとしてもリスクを考えれば、顧客の立場からすれば絶対に始末しておかなければならない。
つまり運営はプレイヤーに命を懸けさせるのと同時に、顧客たちからその身元を保護しているようなものだ。
「まぁ、都市伝説だから深く考えても仕方ないし。ユウキにしては珍しいな。こんなゴシップ話をするなんて」
「行方不明者の話をユウタから聞いて、私もその点に疑問を持つようになりましたから」
この世界では十代少女の失踪事件の多さは、半ば常識となりすぎていて話題にすらならない。
マスコミも、SNSでも取り上げられないのは不自然な気もするが、髪色や瞳の色が多彩なように前世との違いとしてなんとなく俺は受け入れていた。とはいえ、日頃からの疑問に思っていることなので、深夜徘徊をするユウキが漫画喫茶代わりに立ち寄った時に、この話をしたことがあったので、彼女も疑問に感じ始めたのだろう。
床に転がりながら、サンダルを履いた足をパタパタと動かしているユウキは――――
「おい、部屋の中で外履きを履いてるんじゃねぇ!絨毯が汚れるだろ!」
「知ってましたか?絨毯はあえて汚すことで、その価値が上がるとされているんですよ?」
「それ『こち亀』の知識だろ!なに漫画知識をひけらかすんだ!ほら、靴を脱いでくれ」
「いえ、もうそろそろ深夜徘徊を始めるので、お暇させてもらいますね。ジュースご馳走様でした」
――――自由人というよりも常識がない。普通なら部屋に入る時は靴を脱ぐもの。不法侵入の如く、2階から侵入するユウキであっても、そういうところには気付いてくれと思わずにはいられなかった。そしてお猿さんのように、雨樋に絡み付くユウキは最後に別れの手を振りながら、ふと何かを思い出したのかフリーズしたあと。
「『イカゲーム』『キャビン』『こち亀』って何ですか?私の知る限りではそんな作品は存在しないのですが」
常識が欠落した社会不適合者であっても、こういう無駄なところは勘が良い。
平時はダメな人間だか、肝心な時になると本領を発揮する金髪の鬼狩りの少年のようなタイプだ。もし、デスゲームが存在するならば巻き込まれても平然と生き残るような、切羽詰まった土壇場で活きる才能、だが現代では輝かない才能の持ち主。そんな鋭いような鈍いような感性の銀髪少女に手を振りかえしながら。
「俺の頭の中には存在するんだよ。さっさと帰れ、俺はアプリの開発で忙しいんだ」
「そうですか……では帰りますね。あと、部屋に置いている漫画ですが、続きが出てるので次に来る時には用意して欲しいのですが」
「分かった、買っとくから早く帰ってくれ……こちらから見るとめっちゃ怖いんだよお前」
ベランダの下から頭だけがニョッキと生えているように見えるユウキ。ただでさえ、死人のように生気がないのだから、そんなお化けみたいな体勢のままでこちらを見つめないで欲しい。そして俺の返事に満足したのか、親指をグッと立てて、この世界には『ターミネーター2』は存在しないはずなのに、溶鉱炉に沈むように視界からフェードアウトしていく。
普通の人ならば、存在しない作品を例えに出す俺の言葉を問い詰めたりするだろうが、気になることでも相手が望まないなら必要以上に踏み込まないのがユウキの良いところだ。人によってはそれが冷たいと思うのだろうが。
「この果物のぷよぷよみたいなゲームを完成させるかぁ……なんでこれ前世で流行ったんだろうな」
前世の記憶から流行したアプリゲームの開発。それが中学生でありながら、ゲーム会社を経営する俺の仕事。この世界の人間も、前世の人間との感性に大きな違いはないので、安定的にヒットを飛ばせるのが知識チートの強みだろうか。仮想通貨も順調に値上がりして、成人する頃には大富豪確定ルートが決まったようなもので、心配なのは幼馴染のユウキの将来だけ。
風呂にも入らず、腐った臭いのする身体。学校にも行かず、社会的な適応能力は致命的。
幼稚園からともに過ごし、10年は経過しようという仲であるが、ユウキが社会で生きていく未来は想像できない。社員として雇おうにも、その基本的なスキルが欠落しているので雇うのも躊躇われる社会不適合者。
「最後は生活保護コースだな。まぁ、野垂れ死にするよりずっといい」
――――そんな幼馴染から刺激的で不快な臭いが漂わなくなったのは、それからしばらくした後だった。