死亡遊戯で幼馴染を買う。   作:たたたった

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第7話

 幽鬼は勢いで幼馴染の部屋から飛び出したことを後悔していた。

 

 固いコンクリを踏みしめて裂けた皮膚から零れる()()綿()

 ぬいぐるみの布が千切れた跡のように、本来ならば赤い血が流れるはずの傷口は、もこもことした白いもので満たされている。これは防腐処理という、過度にスプラッターな光景を<観客>は望んでいないために、死亡遊戯《デスゲーム》に参加した少女たちに施された処置。ある意味では、幽鬼は血肉の通った人間ではなくなったのだ。

 

 安易に命を懸けた罰のように、幼馴染とは違う身体になってしまった幽鬼は自虐的な笑みを浮かべる。

 

 ユウタには……もう傷すらも見せられないのか。やっと私の生きる理由が出来たのに、神様が居るのなら酷いことをするもんだ。

 

 足裏の傷口を見た幽鬼の最初の感想は、私はユウタと違う存在になった、という絶望だった。

 人体改造された自分の心配より、幼馴染にこの姿を見られることの方が遥かに恐ろしい。背後を振り返ると、点々と零れ落ちている血の代わりの白いもこもこの跡を追うように、逃げ出した幽鬼を追いかけてきた幼馴染の姿を見つけた。咄嗟に前を向き、彼女は怖くて後ろをもう振り向くことが出来なくなる。

 

 ユウタにバレる……私が人間じゃなくなった、こんな姿を見られる……そんなの、嫌だ……。

 

 幽鬼と幼馴染では身体能力が違う。このまま走って逃げてもすぐに追いつかれ、その足裏から白い綿を零す光景を見られることを彼女は恐れていた。鼓動が早くなり、息が乱れていく揺れる身体、死亡遊戯《デスゲーム》でも味わったことのない、先にも後にも進めずに詰むという感覚。

 彼女はもう立ち竦むことしかできなかった。

 

『おい、待て!ユウキ!せめて靴を履け!素足でコンクリの上を走ったら、血だらけになるぞ……ッ!』

『――――ッ!うっ、あっ……動かないでください!』

 

 咄嗟に出た言葉は、静止を求める懇願。

 まるでだるまさんがころんだ、のように悲鳴を声を上げて振り返る幽鬼に合わせて、幼馴染はその場で凍り付いたかのように動かずにいてくれる。そして視界に入る光景に、彼女は心臓が止まるほどの衝撃を受けてしまう。

 

 幼馴染の足元は()()()()()()()。靴すら履かず、それなのに彼女が忘れたサンダルを手に持ち、足裏の皮膚が裂けても構わずに、飛び降りた幽鬼の後をすぐに追ったのだろう。痛ましかった、自分とは違う血を流す幼馴染の姿が、もう同じ人間でないことを嫌というほど分からせてくれる。

 

 幽鬼の足元は、もこもことした白いもので溢れていた。幼馴染の足元は、裂ける血で赤く滲んでいた。

 2人の関係は、たった1度の彼女の過ちで、取り返しのつかない溝を作り出してしまう。そして幼馴染は、足元に落ちている、幽鬼の血の代わりの白い綿を見つけて、その指先が彼女の血だったものへと、触れようとした瞬間にまた幽鬼は叫び声をあげる。

 

『それに触らないでください!』

『…………分かった。俺はユウキに怪我をして欲しくなくて、お前の靴を持ってきただけだ。それさえ受け取れば、俺はすぐに立ち去るよ』

 

 幼馴染は残酷なほどに幽鬼に優しかった。

 事情も何も言わず部屋から飛び出し、追いかけてくれた幼馴染に拒絶を示し、彼からしたら訳も分からない状況なのに、それでも彼女のことを最優先に考えて行動してくれる。もこもことして白いものを見ないように、視線を決して地面には向けずにサンダルを置き、近づいて欲しくないことを察して、刺激しないように一歩一歩と後ずさってくれる。

 

 それなのに、私はただ怯えて、幼馴染の好意に甘えることしかできない。

 

 『足……消毒しとけよ。こんな地面で裂けた傷じゃ、放っておくと化膿するぞ』

 『その……ユウタも……足が……』

 

 こんな状況になっても、幼馴染は幽鬼のことを心配してくれる。まるでその言葉で初めて、自分の負っている怪我に気付いたかのように、足をあげて皮膚が裂け血が滲む足裏を見ている。彼女から見える幼馴染の怪我は相当に酷いものだった。心配で思わず一歩足を前に出した後、改造された肉体が露見することを恐れて、その一歩を戻して前に進めずにいた。

 

 薄情者……薄情者……ッ!この薄情者!あんな怪我をした幼馴染より、自分がそんなに大事か、幽鬼!

 

 自責の念で握る拳は、血が滲まないように加減をして握る自分の計算高さが幽鬼は嫌いだった。こうすれば、幼馴染の同情を買えると、無意識で演じている自分が大嫌いだった。それでも彼女は幼馴染の言葉を求めてしまう。それに応えるかのように、心配させないように笑顔を作って、優しい声音で語り掛ける幼馴染が、どうしようもなく大好きだった。

 

『俺のは大丈夫。ちょっと皮膚が裂けただけで、見た目以上に痛みも傷も深くない。それより、俺なんかより柔な肌を持つユウキの方が心配だ。早く、家に帰って傷口を消毒しろよ』

 

 心配してくれて、幽鬼は心の底から喜んだ。

 

『…………はい。ユウタも傷を消毒して……あの、すいませんでした。私が取り乱して、部屋から飛び出なければ……』

『気にするな。俺も高校のことを告げるにしても、タイミングが悪かったことを反省してる』

 

 罪悪感を抱いている幼馴染の姿が、どうしようもなく愛おしい。

 

『東京に行ったからといって、俺たちの関係が終わる訳じゃない。定期的に帰ってくるし、ユウキだっていつでも会いにくれば良い』

 

 気遣う幼馴染の言葉に、幽鬼の心に悪魔の囁きが届いていた。

 

()()()()、本当に良いんですか?』

『問題ない。セキュリティの関係から、ちょっと高いマンションに住むから部屋は余っているしな。東京に遊びに来るなら、ホテルなんか泊まらずに俺のところで、()()()()()()()()()()()()()()

 

 言質は取った、という声を幽鬼は心にそっとしまう。

 

 どこまでも私を甘やかすから、だから、ユウタの優しさにつけ込みたくなるんです。もう私はユウタから離れません……ずっとずっと、いつか貴方が私に言った幽霊のように憑りつきます。居心地の良い場所、私のいるべき場所、傍にいるべき幼馴染、東京でも、海外でも、何処へでも――――私はユウタに憑いていきます。

 

『ありがとうございます。では、これからも私たちの関係は、いつも通りですね』

 

 幽鬼は生涯を幼馴染とともにあることを固く誓った。鏡があれば、この言質を取った時の自分の表情を見てみたくなる程に、心は喜びで満ち溢れている。

 死亡遊戯《デスゲーム》に参加したことも、人体改造されたことも、血肉の通った人間と言えなくなったことも、今の幽鬼には()()()()()()()()()()()()()()()生者に執着する()()のように、彼女にとって生きる理由である幼馴染を逃すつもりなんて絶対にない。

 

 ただ、この約束に気付かれる前に、幽鬼は小さく手を振りながら去る。

 

『色々と先行きが不安でしたが、ユウタの言葉で安心しました――――今日は、()()()()()()()()()

『お疲れ様。もしまた震えが止まらくなったら……すぐにでも部屋に来いよ』

『はい。お言葉に甘えさせてもらいます』

 

 お互いに背を向けて歩き出した時、幽鬼の足取りは軽やかだった。

 幼馴染が東京に引っ越すと言った時は、足元が崩れ去るような感覚を味わったが、過ぎ去ってしまえばどうということはない。最後は元の鞘に収まったのだ。これから中学を卒業しても、東京に行ったあとも幽鬼は憑いていく。社会人になっても、死がふたりを分かっても、本物の幽霊になっても、この世の終わりまで幼馴染は決して離さない。

 

 ()()のような妄執。本来ならば死亡遊戯《デスゲーム》で発揮される生を掴む才能が、幼馴染に全て向けられていた。

 

「死亡遊戯《デスゲーム》で稼いだ300万円。今日はお祝いに美味しいものを食べよう」

 

 勝利の祝杯をあげるべく、そして生きる意味を手に入れた記念に幽鬼は街に繰り出していく。

 

――――しかし、幽鬼は大切なことを失念していた。幼馴染の秘密を知らず、そしてその恩恵に授かっている彼の本当の価値を。

 

 

 

「初めまして、反町友樹(そりまち ゆうき)さん」

「誰ですか……?」

 

 幼馴染の部屋に知らない少女がいた。どこのお嬢様だよ、と言いたくなるような金髪縦ロールの髪に見慣れぬブレザーの制服。こちらを見下すような視線を隠そうともせず、それと同時に初対面であるのに何故か瞳に憎悪を滲ませている。

 

「わたくしは、来年から幽冥悠太(ゆうめい ゆうた)さんとご学友になる御城一美(みしろ かずみ)と申しますわ」

「ユウタはどこですか?それと……ここで何をしている?」

 

 幽鬼は不快感を隠そうともせず、棘のある口調で尋ねる。すると、御城という少女は薄く笑い。

 

「単刀直入に申します。今すぐに、幽冥さんとお別れなさい。()()()

「あっ?」

 

 鋭いナイフのような言葉が幽鬼を傷付けると同時に、地の底から湧きあがるような低い声音で、この御城という少女にドスを利かせてにらみ合うことになるのだった。

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