蠢動 作:瀬田薫だいすきクラブ
「……ねえ、薫。いつもありがとう。薫がいなきゃ、俺、とっくに死んでたよ」
この光のない残酷な世界の中で、君は唯一の光だ。君の放つ言葉、君の華やかな表情、君の柔らかい手のひら。その全てが、今までずっと真っ暗だった俺の世界に光をくれた。
今でも覚えている。あの春の日、ひとりぼっちでうずくまって、小さな世界に閉じこもっていた俺に君が優しく話しかけてくれたことを。生まれてこの方ずっと日陰にいた俺の人生に初めて日差しがさした日のことを。
──君も、詩を書くのが好きなのかい?奇遇だね、私もなんだ。
──君の口から紡がれる言葉は、いつも儚いね。ひとつひとつの言葉に君の優しさが詰まっていて、すごく好きだよ。
──私は君の味方だよ。たとえ君が君を否定したとしても、私は君の味方でありたいんだ。
君を、春光に例えよう。
君の笑顔は眩しくてあたたかかった。君の言葉は優しくてあたたかかった。君が俺に手を差し伸べてくれると同時に俺を覆い尽くしていた雪が溶け、春がやってくる。君は、春。俺にとっての、春。
それから、俺と薫は詩を通じて、会話を交わすようになった。薫の書く詩は、紡ぐ言葉は、まるで君の心のように綺麗で透き通っているものだから、思わず心を奪われてしまう。
行き場のないぐちゃぐちゃした感情をゴミ箱に捨てるように書き殴る俺の詩とはまるで正反対な、君の詩。俺はその感性に憧れていた。そんな君に俺の詩なんて見せようものなら、君の世界を汚してしまいそうで怖い。だから、今まで俺の詩を薫に見せたことはない。
でも、薫に出会ってから詩の内容も変わったんだよ。俺の中のぐちゃぐちゃもドロドロも、全部君に救われた。なぜかって? 薫はこんなどうしようもない俺ごと肯定してくれたから。薫が肯定してくれて初めて、俺はこんな俺でも生きていいと思えたんだ。
不純物だらけの雪が溶けていく。やわらかくあたたかな春がやってくる。
その眩い春光に吸い寄せられるように、俺は薫に恋をした。気づけばその淡い恋心はどんどん肥大化していって、今にも押しつぶされそうになるぐらい。
「フフ、私は何もしていないよ。私はただ、君の友人でいただけさ」
だけど、俺は臆病だ。この恋がきっかけで薫との関係が壊れることばかり恐れて、ただ一方的にこのどうしようとない感情を拗らせている。出会ってからずっと、これからもずっと。
それに、薫にとって、俺はたくさんいる分母の中のひとつでしかない。バンド仲間、同級生、演劇仲間、ファン、幼馴染だって。君には、たくさんの繋がりがある。君はたくさんの人に愛され、たくさんの人を愛す。俺はたまたまその博愛の下に置かれているだけ。
……それに対して俺はどうだろう。俺には、繋がりの分母もなければ君以外に愛情を渡してくれるような相手もいない。だからこそ、こんなにも薫に縋っている。たとえそれが大衆に向けられたレディメイドの愛だったとしても、俺は君に愛してもらうことに必死だった。
だから、もし薫との繋がりがプツンと切れてしまった日には、俺はその日のうちにどこかへ身を投げるだろう。それぐらい、君だけが俺の人生の救いなんだ。
でも、そんなことを伝えた日には気持ち悪がられて嫌われてしまうのがオチだろう。俺は、それが絶対に嫌だった。だから、こんな友人Aの立場でその役に似合わない感情を持て余している。
この役不足な独占欲も、役不足な執着も、君との関係にとってのノイズとなるのなら、ずっと秘めたままでいい。そう思っていたんだ、少し前までは。
そう、友人A。ただの友人Aでよかった。だけど、俺以外が友人Aになるのは、許せなかった。ここは、全て奪われてきた俺が、唯一手に入れた居場所だから。
それを奪おうとするひとなんて、いないと思っていた。そんな俺が馬鹿だった。俺が思う以上に、この世界は穢れているらしい。
そうだ。この穏やかな日々に、邪魔者が現れた。俺から春を奪おうとする、邪魔者が現れた。それもひとりじゃない。たくさんの邪魔者が現れた。
きっと、それは薫が大学生になったから。瀬田薫という人間が、民衆に認知されるきっかけが増えたから。認知されるだけなら、別によかったんだけどな。
ただ見ているだけでは飽き足らず、アイツらは俺から奪い取ろうとした。薫のことを。
僕も演劇が好きなんです? お前は薫の表面的な属性でしか薫を語れないんだね。
あ、俺、ギター弾けますよ? だからなんだ。たいして上手くもないくせに、驕るな。所詮、薫の足元にも及ばないくせに。
全員、薫に相応しくないんだよ。まあ、当たり前だろうね。俺から薫を奪おうとする時点で、薫の優しさを享受する資格なんてないんだ。
もう俺は呼吸するだけでいっぱいいっぱいで、その呼吸をするには薫が必要で、でも、そんな俺の呼吸器をみんな奪おうとするんだ。薫以外、みんな俺の敵なんだ。いや、そうなのかな、もうわかんないや。何もわからない。
……なんとなく、自分が嫌な奴になっていっていく自覚はある。それでもなお、薫に近付こうとする足音が、ノイズが、俺の耳から離れなかったから。ピーピーキーキー、不快な音ばかり鳴らすから。
ああ、うるさい。うるさい。いい加減、鳴り止んでくれないかなあ。おかげで、朝も昼も夜もずっと眠れないんだよ。お前らのせいだ。
でも、俺は我慢しないとだから。だって、俺がひとに優しくできなかったら、薫に、君は優しいねって言ってもらえなくなるでしょう。優しくなきゃ、薫は俺を見捨てるでしょう。俺には、優しいことしか取り柄がないんだから、それぐらいできないと。
優しくありたいな。あたたかくありたいな。君みたいに。きっと無理だろうな。もし俺が君みたいになれていたら、こんなことにはならなかった。
ああ、
……ふと、赤く透き通った君の高潔な血が恋しくなった。薫の血は赤い。赤くて綺麗だった。今でも覚えている。紙で切ってしまった薫の指先から溢れ出すそれを。その傷口から溢れ出す赤を。
綺麗だった。綺麗だったんだ。俺の濁った目にも、輝いて見えた。今、俺は何の話をしているんだろう。まあいっか。
そうだ、薫に会いに行こう。このままだと、グルグルと回る思考に脳みそが支配されてそのまま腐ってしまいそうだ。薫に、俺を肯定してもらおう。薫なら、俺を受け入れてくれるだろうから。
薫、薫、薫、薫。そうだ、俺には薫がいる。薫がいれば、それでいい。薫さえいれば、それ以外何もいらないんだ。
早く会いたいな、薫に。早くその声が聞きたいな。早くその手に触れたいな。早くその笑顔をこの目に焼き付けたいな。
あの紫が恋しい。紫に会いたい。紫で頭を埋め尽くして、もう何も考えたくない。全部君色に染めて欲しい。
「ねえ薫、最近俺、怖いんだ、だってさ、みんな、俺から薫を奪おうとしてる、きっとそうだ、そうに違いない、だっておかしいでしょう、今までアイツら、薫に興味すら示さなかったのに、俺が薫を求めたら、みんな薫を求めるようになったんだ、ああ、やっぱりこの世界は俺が幸せになることを望んでない、全部全部俺から奪おうとする、本当に寄生虫みたいで気味が悪い、早く死ねばいいのに、みんな死ねばいいのに、だからダメだよ、薫、俺以外の誰かのところになんか行かないで」
「……君は、何を言っているんだい? すまない、君が何に怯えているのか、私にはわからないよ」
「薫まで、アイツらの味方なの? 俺の世界は、薫しかいないのに」
ああ、だめだだめだだめだ。薫まで、アイツらの味方をする。そんなの、おかしい。薫は俺の味方じゃなかったんだ。じゃあこの世界は終わりだ。
ついに薫の脳みそは壊れてしまったのだろうか。脳みそのお医者さんなら、全部全部治せるかな。治せよ。おかしいだろ。この壊れた世界で、俺だけが正気だ。みんなみんな、狂ってるのに、俺だけが普通なんだ。
薫は、狂ってるのかな。いや、この世界では薫が正解なのだから狂っているはずもないか。うまく頭が回らない。
「大丈夫、私はどこにも行かないよ。君の心の中に、ずっと……」
「心の中とか、そういうのじゃなくて。俺は本物の薫が欲しい」
「……すまない。それは……できないかな。私がもうひとりいれば、よかったのだけど」
嘘つき。ほら吹き。虚言癖。俺にくれた言葉は全部嘘だったのか。薫は俺のことが好きじゃなかったの? 好きじゃないなら、悲しいよ。
でももう好きとかそういう話じゃないのかな、特別すぎてそんなこと考えられないのかな、俺は薫にとってノイズなのかな。
ああもうわからないわからない、どうしたらいいのかわからない、何をしたらいいのかもわからない、薫の気持ちがわからない。俺の気持ちもわからない。何が正しくて、何が間違っていて、何が本当なのかもわからない。
苦しい。苦しいよ。どうしたらいいんだよ。薫は、なんなんだよ。薫は、薫だけどさ。もう、俺を楽にしてよ。俺を救ってよ。俺を置いていかないでよ。ずっと、そばにいてよ。俺には、薫しかいないんだから。
「……今の君には、信じてもらえないかもしれないけれど。君が心配するようなことは、何ひとつないよ。私は君のことを大切に思っている。他の子猫ちゃんたちのことも、大切に思っている。その気持ちに優劣はつけられないし、これからつけることもない。みんな等しく、大切な私の子猫ちゃんだ」
そう言って、薫は俺を家に帰そうとする。俺はそれが、ひどく嫌だったのだと思う。だって、そうでしょう。俺って、アイツらと同列なんだ。俺も、ただの不特定多数なんだ。俺は、薫にとって、ただの子猫ちゃんでしかないんだ。
きっと薫は何もわかっていない俺がどれだけ薫だけなのかも俺が薫にどれだけ救われているのかも俺がどれだけ苦しかったのかも俺がどれだけ幸せだったのかもきっとみんなは到底理解できるはずがない薫の優しさも薫との思い出も薫の素晴らしさも薫のうつくしさも気高さもわからないような化け物たちが薫を穢そうとして俺はそれが嫌で俺はそれがひどく不快でああもう俺以外の誰も薫に近づくな薫を俺から奪うな薫は俺だけのものだ俺は薫だけのものだ薫は俺を救うために生まれて俺は薫に救われるために生まれてきたその意味がお前らにわかるかわからないだろうなだってお前らに心はない俺には心がある薫が俺に心を教えてくれたからそうだよ薫は太陽みたいな人だ俺みたいな日陰者すら照らして救ってくれるような太陽だその素晴らしさなんて常人には理解できないできるはずがない薫はそれぐらい特別で大切で愛おしくて俺の生きる意味で俺の存在意義で薫がいなければ俺は生きてなくて俺は薫のために生きていてずっとずっと苦しかった毎日は薫と出会うためにあって薫はその苦しみさえ受け入れてくれて初めて俺は肯定されて薫はどんな時も俺を肯定してくれて俺のいのちを肯定してくれて俺の存在を肯定してくれて初めて生きていいと思えたのは全部薫のおかげで俺の世界に春が来たのは薫が来てくれたからで俺の毎日に春風が吹いたのは薫が来たからで薫は俺にとっての春で俺が呼吸するために必要な酸素でそんな気持ちがお前らなんかにわかるはずがないお前らが薫の素晴らしさなんてわかるわけがない俺と薫は揺るぎない絶対で俺と薫は確立した俺のいのちの繋がりで、君は、瀬田薫は、俺の、存在意義で。
これは一種の気の迷いだと思った。あまりにも俺だけが報われないモノだから、少しだけ魔が刺したのだと思う。仕様がない話だ。
俺の一歩先を歩く薫の背中が、俺を置いて行こうとするその背中が、ひどく憎く思えてしまった。どこにも行かないで欲しいと、そう願ってしまった。だから、俺は階段を降りようとした薫の背中を強く押した。
いきなり背中を押されてバランスを崩した薫は、そのまま前に倒れ、投げ出された身体はころころと階段を転がっていく。
その姿が、とてもうつくしく見えた。俺の手で、薫が階段を転がる。コロコロと転がっていく。俺以外の誰でもない、紛れもなく俺の手で薫に傷をつけられたことが、どうしようもなく嬉しかった。
頭から血を流して倒れる薫の頭を優しく撫でると、俺は少しだけため息をついて救急車を呼んだ。我ながらすごい二面性だな、と笑ってしまう。病院に運ばれた薫は、しばらくベッドの上から動けなくなった。全治一ヶ月だそうだ。
そうか、薫もこうして怪我をすれば動けなくなるんだ。頭に包帯を巻かれて、脚はびくとも動かなくて。薫がこんな姿になっていることに、少しだけ高揚感を覚えてしまう。そうだよな、薫だって、ニンゲンだもんな。
……動けなくなった薫を見て、ようやくこころが落ち着いた。
「階段から薫を突き落としたのは、決して俺じゃないからね。俺にそうさせたこの世界のせいなんだ。ごめんね、薫。痛かったね。ごめんね、これからは俺が守ってあげるからね」
眠る薫に向かって、俺はこう繰り返す。何度も何度も繰り返す。君の脳みそに、俺の言葉が届くように、半分は、自分に言い聞かせるように。
こんな風に饒舌になれたのは、いつぶりだろう。今まで、大好きな薫と話す時もぽつり、ぽつりとしか喋れなかったのに。詩を書くわけでもないのに、こんなにもスラスラと言葉を並べられてしまう自分の口が、少しだけ怖くなった。まあ、それもこれも、アイツらの普段の行いが悪いせい、しょうがないことだ。
俺が歪んだのは、この世界のせいだ。俺は何も悪くなかったんだ。よかった、俺は正しかったんだね。薫の言う通りだったよ。
あーあ、このまま薫の脚を切り落とせたらいいのに。脚が動かなくなれば、薫はもうどこにも行けないから。今ちょうど寝てるし、切り落としちゃおうかな。あ、でもここ病院だし、すぐ見つかっちゃうからダメかあ。
大切なものが入った箱に鍵をかけるように、俺は薫をこの手の中に閉じ込められる。うん、やっぱり、宝物は宝箱にしまわなくちゃね。そうじゃなきゃ、誰かに奪われてしまうから。
君を閉じ込めておく宝箱は、どんな飾り付けがいいかな。これから、君と相談すればいいか。そうだね、たとえば窓際には君の好きな薔薇を飾ろう。大きな本棚に、シェイクスピアの本を並べよう。脚の長さが足りなくて手が届かない薫の代わりに、俺が本を取ってあげるんだ。今の俺たちは身長差があまりないけれど、これから身長差ができるんだ。
あーでも、薫の脚は綺麗だな。できることなら、残してあげたいな。やっぱり、好きな子のパーツは全部揃ってた方がお得だし。別に動かなければいいだけの話なんだから、やりようはいくらでもある。
動かなくなった君の脚を題材に、詩を書いてみたいな。もっといろんな題材で君を書いて、詩集を出してみるのもいいかなって思える。全部、薫のおかげだよ。タイトルは、薫も一緒に決めてね。
……その日の夜。俺は、ネットで毒の入った薬を買った。これを飲ませた相手を都合よく下半身付随にできる、夢みたいな薬。普段の俺なら鼻で笑っていただろうけど、もう手段を選ぶ暇なんて俺にはない。俺は、これで薫を俺のものにするんだ。
その薬は、買った翌日に届いた。ああ、嬉しいな。やっぱり、ネットの通販ってラクだなあ。これからも活用しようっと。
俺は薫が退院するのと同時に、薫を襲った。人気のない路地に連れ込んだ後、その脚に思い切り注射器を突き刺した。薫は声にならない悲鳴をあげた。今までで一度も聞いたことがない声だった。きっと、俺しか知らないんじゃないかな。また新しい薫が増えた。ふふ、嬉しいな。
「ねえ、びっくりした? あの注射で、薫の脚、びくとも動かなくなっちゃったね。あれはね、薬なんだ。薫から脚を奪って、どこにも行けないようにするための薬」
「いろいろやり方は考えたんだけどね。薫の脚、やっぱり綺麗だから切り落としたくなくてさ。やっぱり、好きな人のパーツはたくさんあったほうが嬉しいし。あ、今好きって言っちゃった。俺が薫のことを好きなこと、薫にバレちゃったなあ。もう隠さないよ、これからは毎日伝えてあげるね」
「薫の脚、すべすべで柔らかいね。初めて触ったよ。あ、でも今の薫は脚が触られてるかどうか、自分で見ないとわからないんだっけ? はは、かわいいね」
「別にいいよ、その動かない脚を引きずって大好きな「みんな」の元に帰っても。きっと、逃げる間もなく俺が捕まえちゃうだろうけどね」
動けなくなったお姫様をベッドに寝かせた後、ロマンチックに今までの経緯を語ってみる。初めて本当の気持ちを薫に伝えたものだから、少しだけ緊張してしまうな。
……薫からの返事はない。薫ったらさ、俺の家に来てから、俯いたまま何も喋ってくれないんだよ。でも、そうだよね。今までただの友人Aだった男がこんなことしてくるんだもんね。怖くて声も出せないよね。
薫、俺のこと嫌いになったかな。嫌われちゃったかな。嫌いにならないほうがおかしいよね。嫌いになってほしいよ。
ねえ、何か答えてよ。答えてくれないと、不安で死にそうになるよ。薫は、どこを見てるの? 俺を見てるの? 他の誰かを見てるの? それとも、違う何かを見てるの?
わからない。ずっとわからないよ。何が正解で、何が不正解とか。俺、心のどこかで思うんだ。薫と一緒にいる方法は、他にもあったんじゃないかって。もうちょっと平和的な方法も、少しぐらいあったんじゃないかって。でも、正しいハッピーエンドに向かう資格は俺にはない。
「ごめんね。こうすることでしか、俺は君と一緒にいられないから」
ごめんね。こんな俺でごめんね。こんなことでしか君を縛り付けられない俺でごめんね。
俺は王子様じゃない。俺は王子様になれない。俺には君を縛り付けられるほどの価値がない。俺には君に愛してもらえるほどの価値がない。だから、こうするしかないんだ。こうすることしかできないんだ。
もし俺が王子様だったら、薫を傷つけなくて済んだのかな。階段から落としたり、毒を盛ったりしなくても、薫に意識してもらえたのかな。
まあでも、薫みたいな優しい子が俺みたいな男を好きになってくれるわけないし、これでよかったのかな。もうわかんないよ。
薫のこと、傷つけたくなかったなあ。薫のこと大好きなんだもん。薫に痛い思いなんてしてほしくないよ。俺は薫を傷つけたいわけじゃない。ただ、一緒にいたいだけ。
だけど、結果論として俺はこんなことでしか君の気を引けなかった。だから俺は、自分のエゴで薫の未来を奪った最低のクズだ。
ああ、やだなあ。本当にいやだ。俺はいつもこうだ。結局、何もかも上手にできなくて、大切なものを壊してしまう。
頭がぐるぐるぐるぐる気持ち悪い。内臓がぐるぐるぐるぐる気持ち悪い。目から、口から、背中から、気持ち悪い体液がダラダラと流れていく。
こんな、穢い俺でごめんね。こんな姿を見せて、ごめんね。だけど。薫は、そんなドロドロの俺すらも抱きしめてくれた。自分がドロドロになることも構わず、ただ抱きしめてくれた。
俺は薫にこんなことをしたのに、薫が俺を抱きしめてくれる理由がよくわからなかった。俺がわかったのは、薫の身体がすごくあたたかかったことだけ。
俺、こんなに幸せでいいのかなあ。こんなクズでも、君に優しくされていいのかなあ。もしかしたら、これは俺が今際の際に見るような甘い夢なのかもしれない。だけど、それでもいいと思えた。全部、君のおかげだね。
ねえ。薫。こんな俺だけど、ずっと一緒にいてね。どんな時も、離れないでいようね。だってもう、そうすることしか俺たちにはできないんだから。