暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
それぞれの旅立ちの時が迫っています。
一夏の冒険は終わり。
それぞれの人生が始まるのです。
序、最初に島を離れる二人
クーケン島の港に、大きな船が来る。
バレンツ商会のものほど大きくは無いが、それでも時々来る交易船だ。幾つかの商会が、羽振りが良くなっているクーケン島に目をつけているので。乗っているのは商人も目立つ。
ただ、此処での主導権を握っているのはバレンツ商会だ。
モリッツさんが、しっかりまともな商会を選んで誘致してくれた。実際タチが悪い商人に食い物にされる寒村は珍しくもないという。
モリッツさんは憶病だが、この辺りはしっかり島の代表をやれている。とてもではないが、頭が固いだけの古老にこれだけの事は出来なかっただろう。
アガーテ姉さん達護り手が目を光らせている中。
心配そうにしているモリッツさんと。やっと厄介払いができると顔に書いているタオの両親が来ているのを、あたしは一瞥。
タオの両親は、最後までタオのことを認めなかった。
留学と聞いて、最初に金は出さないと言い放った程で。あたしが思わず立ち上がりかけたのを、ボオスが引き留めたくらいだった。
いずれにしても、タオは或いは王都に腰を据えるのが良いかも知れない。
タオの家に保管されていた書物はあたしが引き取って、コンテナで保管している。理解がないというよりも、根本的に興味がない人間の所では、これは暖を取るための燃料くらいにしかならない。
タオが守りきらなければ、島は詰んでいた。
島の中枢の制御機構の話をボオスがしても、タオの両親は知った事かと顔に書いていて。どこまで無責任になれるのかと、あたしは呆れたけれど。
逆に、その呆れが。
怒りを収めた。
こんな人間に呆れたり怒るだけ無駄。
放置しておけば無害なのだから、それでいい。
そう判断した。
いうならば、完全に存在として興味を失った。
いずれ、あたしに何か頼んで来たとしても、完全に他人として接するだけだ。あたしの仲間であるタオの家族という肩書きは、何の意味もない。
タオとボオスが、旅支度のまま、世話になった人達と話している。
モリッツさんは心配そうにしていたが。
そもそも心配してもどうにもならない。
クーケン島では最高権力者のモリッツさんだけれども。それはあくまで島の中での話であって。
島の外に出たら、なんの権威も権力もないのだから。
「アガーテをつけようか? 道も知っているし、護身もできるだろうし」
「父さん。 アガーテ護り手長は島のために仕事をしなければならないんだ。 それが分からない訳でもないだろう」
「し、しかし王都に行くには危険が……」
「タオもいる。 タオははっきりいって、もう護り手が束になったより強い。 ライザが作ってくれた護身用の装備もある。 だから安心してくれ」
モリッツさんが、それでも何か言おうとしたが。
あたしが助け船を出していた。
「モリッツさん。 こう言うとき、親として言うべきことを言ってあげてください」
「えっ? そ、そうだな……」
そわそわするモリッツさん。
子供か。
だが、まあそれでもいいか。
どうでもいい。さっさと帰りたい。そう顔に書いているタオの血縁上の両親よりはずっとマシだ。
「あー、おほんおほん。 ボオス、行ってきなさい。 学問を修めて、この島のためになる力を身に付けたら、戻ってくるようにな」
「ああ。 任せておいてくれ、父さん」
さて、タオだ。
レントと一緒に最近はずっと剣の訓練をしていた。それでもお守り代わりにハンマーは持っていくそうだが。
それでも、剣がしっかりふるえるようになったら、完全に切り替えるそうだ。
レントの話によると、もう剣もだいぶふるえるようになっているそうで。
後はタッパの問題を解決できれば。
特に何もなく、剣士としてやっていけるという事だった。
タオは意図的に多めに食べるようになっている。そういえば、最近背が伸び始めたような気もする。
皆と、タオは順番に話す。
あたしとも。
「タオ、島に連絡は寄越しなさいよ。 ボオスも連絡はくれるらしいけれど、タオは多分こう言っておかないと絶対手紙書かないでしょ」
「うん、まあそうだね。 今、どんな勉強をしているか、そういう話をして寄越すよ」
「それはそうだけど、例の」
「あ、うん」
タオも頷く。
王都に出たら、遺跡などの情報を可能な限り調べてほしいと頼んであるのだ。
もちろん学生だからできる事には限界があるが。
それでも、やっておくべきことはやっておくべきだ。
この情報を、アンペルさんやリラさんと共有できれば、対応が絶対に早くなる。アンペルさんは流石にもう追われてはいないと思うが。
王都の中枢に忍び込むのは、色々と厳しいだろうから。
島への荷物の積み込みが行われている。
これは稼ぎ時なので、島の人間がかなり手伝いをしている。
また、島を出て行くものも乗り込んでいく。
逆に、島に住むことを考えて来た人もいる。そういった人は。しばらくは様子見をして。状況次第で家をプレゼントされる。
島に新しい血を入れることは、もう古老ですら認めている事だ。
そうしないと、いずれ島は体がおかしい人間だらけになる。
今回も、何人か様子を見に来た人がいるようだ。
それと入れ替わりに、出て行く人もいるが。クーケン島が過疎化するほど、人は出ていかない。
一日がかりで荷物の積み卸しをして。
それで、タオとボオスは、島を出て行った。
仲間が、いなくなった。
アトリエが少し寂しくなる。
タオもボオスも、幼い頃から見知った仲だ。
これで、二人がそれぞれ自分の道を歩き始めたこと。ある意味自立した大人になった事はあたしも分かる。
だが、それはそれで。
少し、寂しいとも思った。
アトリエに戻る。
此処に常駐気味のアンペルさんとリラさんは、今日はオーリムに行っている。流石に別れには慣れたもので。タオとボオスを見送ると、すぐにオーリムに向かって、キロさんの手伝いをしているようだ。
あたしは、そこまですぐに気持ちを切り替えられない。
ふと、机の上を見る。
タオが残したマニュアルだ。あたしの分である三つ目。ざっと目を通す。前に目を通して、大丈夫だとタオに言ったのにな。
気付く。
幾つかの場所に、注釈が入っている。
ものを教えるのには、三倍の知識がいると言われている。タオの場合は、それを持っている。
制御盤の操作方法について、細かい所が記されているだけではない。いわゆる問題が起きたときの対処法や、やってはいけないこと等も書かれていた。
なるほど、タオらしいな。
最悪の場合、王都にいる自分に手紙を送ってほしい。
そんな事も書かれていた。
地図もおかれている。
この辺りの地図についてだ。
みんなで持ち寄って、色々書きこんだっけ。特にアンペルさんは、専門的な観点から非常に色々な興味深い記載をしてくれた。タオの書いている内容は学術的な興味に溢れていて。
戦闘をあれほど怖がっていたのに。
冒険を徹底的に楽しんでもいたのだという事が、よく分かる内容になっていた。
みんな、クーケン島を離れる。
久遠の別れではないことは分かっている。
それでも、これらを見ると色々と思うところもある。
あたしはふうと嘆息すると。
ベッドに腰掛けて。
リラさんみたいに、ベッドでしばし猫になった。
あの剣。二本用意したもの。
次に会ったときには、使いこなせているかな。
剣の重心の替え方とかは、レントが教え込んでいる筈だ。覚えが良いタオである。忘れるとは思えない。
次に凱旋するときは、背がぐっと伸びて。
王都で捕まえた嫁さんでもつれているのかな。
そう思うと、まるで別の人のようで、ちょっとおかしい。
王都での結婚可能年齢は知らない。クラウディアが色々と話してくれたが、場所によっても違うし。
貴族や王族やらも、また別のルールで動いていると言う。
貧しい人ほど結婚は早い傾向があり。
文字通り命がけで子供を産むそうだ。まあ、一昔前までのクーケン島がそうだったから、言われる通りである。
貴族は時代によって違うらしいと、アンペルさんは言っていた。
基本的に安定していない時代だと子供を早く作る傾向があり。そうでない時代はじっくり時間を掛けて結婚するそうだ。
今は後者らしく。
まあ井戸の中のカエルの安定ではあっても。
連中にとっては安定なのだろうなと、あたしは思うだけである。
中にはマシな貴族もいるかも知れないが。
それは今の時点で、あたしの知った事ではない。
無言で横になっていると、疲れが溜まっているのか、いつの間にか眠ってしまっていた。
アンペルさんとリラさんが戻って来たことに気付いて、起きる。
流石にソファでうたた寝すると、あまり深くは眠れないようだった。
「ライザ、昼寝していたのか」
「すみません、気が抜けていたみたいです」
「今までの人生をあわせた以上の経験を積んだんだ。 まあ、仕方はないだろう。 だが、いつまでもだらけるなよ」
「はい」
リラさんの厳しい言葉。
リラさんは休む時と動く時を完全に見極めていて。戦う時はだからあの竜巻のような動きが出来るのだろう。
あたしもそうなるべきなのか。
この一夏は、本当に忙しすぎた。
だから、忙しい中で体が悪い意味で慣れてしまったのかも知れない。
確かに、休むべき時と、動くべき時の見極めは大事だ。
そしてメリハリをつけて動かなければならないだろう。
「オーリムはどうでした?」
「少しずつ状況を見ながら植物を移植している。 雨が適度に降るから、後は土地を作っていくことからだな」
「フィルフサに汚染されたとは言え、一度全部押し流してしまいましたしね」
「いや、元々普通だったら土壌が全部流れることはない。 フィルフサに汚染された時点で、土地は死んでいた。 ああするしかなかったんだ」
リラさんが、少しだけ寂しそうに言う。
そして、咳払いすると、話をしてくれる。
「キロ=シャイナスと手分けして、歌って回っている」
「歌ですか」
「そうだ。 歌には幾つもの用途があるが、今使っているのは遠くまで届かせるためのものだな」
「ほうほう」
アンペルさんが補足してくれる。
此方の世界でも、山などに住んでいる人は同じような事をするらしい。
山の間にてこだまが起きるのはあたしも知っているが。それを利用して、遠くに声を届けて。
隣の山などにいる人間と、意思疎通をするそうだ。
今リラさんとキロさんでやっているのは、遠くに歌を届けることによって、生存者を探す事。
雨が降って、フィルフサが避けるようになった土地は想像以上に広く。
二人の機動力でギリギリを回りながら。歌って回っているらしい。
それに、遠くから雨が降っているのも見えているはず。
フィルフサの攻撃から潜伏して隠れている者がいれば、姿を見せてもおかしくはないだろう。
何よりも、生き残るために。
どんな未熟なオーレン族でも、傷ついた老人であっても、今は一人でも人手がほしいし。
何より、オーレン族も一人では子を作ることも。
増える事もできないらしい。
動物によっては、メスだけで子供を作ることができる生物もいるらしいのだけれども。オーレン族は違うようだった。
この辺りは人間と同じ。
お互い不便な種族である。
「あたしも手伝います。 何か動いていたい気分でして」
「そうか。 だが、少し気が抜けていないか。 今は気が抜けていてもいいのだがな、ただ危険な場所で気が抜けていると死ぬぞ」
「……そうですね。 なんかふわっとすると言うか、集中が途切れているというか」
調合などは普通にできる。それは確認している。
だけれども、どういうわけなのだろう。
みんなが別離すると分かった後。自分の脳が理解したからだろうか。
どうにも、今の季節で当たり前だった。一を聞いて十を知る状態だった脳が、動きが鈍いのだ。
腑抜けているというわけではないのだろうが。
どうにもぼやっとしているのである。
リラさんの厳しい言葉にも、へへと苦笑いして返す事しか出来なかった。
いずれにしても、二人とともにオーリムに行く。
クラウディアはもうアトリエには殆どこない。
レントは一人で小妖精の森に寝泊まりして、遠くに旅に出るための準備と練習をしているようだ。
リラさんが時々出向いては、色々とアドバイスをしているようで。
本格的に、一人旅のための準備をしている。
オーリムに出向くと、まずは水源を見に行く。
成長が早い野草らしく、もう根を張っていた。
迂闊に肥料とかを作れないのが厳しい。
下手な肥料を作ると、オーリムに侵略性外来生物を持ち込む事になりかねないし。よかれとして持ち込んだ生物が、どんな災厄をもたらすか分かったものではない。
キロさんの歌が、遠くで聞こえる。
あれを聞いたオーレン族が、誰か来てくれないだろうか。
ふと、殺気。
即座に備えるが、リラさんが飛び出して、一撃を受け止めていた。
ボロボロのオーレン族の女性だ。
牙を剥いて、あたしに威嚇している。それは当然だろう。リラさんが、粗末な棒で殴りかかってきたそのオーレン族の女性の攻撃を受け止めると、冷静に言った。
「何処の氏族のものだ」
「土跳氏族のシリ」
「そうか。 私は白牙氏族のリラだ。 この者は、この土地にいたフィルフサを追い払った良き錬金術師達。 以前来た錬金術師とは違う」
「武名高い白牙の者が其処まで言うのか……」
棒を収めるシリさん。
あたしは即座に薬を取りだすと、怪我を見せて欲しいと言う。まだ警戒している様子だったシリさんだが。
大丈夫だとリラさんがいうと。
むっとした様子で視線を逸らし。あたしは、それも当然だろうなと思って、傷の様子を確認した。
錬金術の薬で、すぐに手当てをする。
体中、傷だらけだ。
フィルフサにずっと追われていたのだろう。リラさんからも、フィルフサとの戦いがずっと続いていた時の話は聞いている。
辛かっただろう事は、一目で分かった。
傷が溶けるように消える。痛みも。増血剤も念の為に渡しておく。それだけではない。幾つか、他にも対病用の措置をしておく。
「……私達の土地に来た錬金術師も、最初は便利な道具で懐柔しに来た。 そして油断したところで牙を剥いた」
「ライザは私達とともに、あの蝕みの女王を討ち取った」
「なんだと……」
「事実だ。 白牙の誇りにかけて誓おう」
手当て、終わり。
痛いところがないか、確認する。
立ち上がると、シリさんは悔しそうにそっぽを向く。そして、口笛を吹いていた。
幼いオーレン族の子供二人が姿を見せる。
やっぱりあたしには強い警戒の目を向けていた。オーレン族は五十六十でも幼い姿のままだと聞いている。性成熟するまでに最低でも数百年かかる種族らしく、リラさんも種族の基準ではまだまだとても若いらしい。
そういう点では、非常に人間に比べると不利だ。
その分個の能力は非常に高いが、フィルフサの暴力的な数に追われ続けているのがよく分かる。
「この土地にいる霊祈の戦士とはもうあったのか」
「いや、私は歌に呼ばれて来た」
「そうか。 ならば、私が呼び戻そう」
「すまない。 疲れきっていて、もう歌う余力も残っていない」
三人、か。
一月程度では、生存者は一人も見つからない事も、あたしは覚悟していた。
三人も見つかったのは僥倖だ。
良かったと思う。
まだ、シリさん含めた三人のオーレン族は、こっちをあからさまに警戒している。それでもいい。
また一つ。
ここに来た、古代クリント王国の錬金術師がやらかした事から、人を救えたのだ。
雨が降り始める。
ひょっとしたら、雨を見た事すらないのかも知れない。
子供のオーレン族二人が、不思議そうに空を見上げていた。
この土地に、オーレン族が戻ってくる日は、近いのかも知れなかった。