暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
クラウディアが島を離れる時が近付いて来た。
今でも、島の人達はクラウディアに明らかにいい顔をしている。それはそうだろう。バレンツ商会との関係は、クーケン島の生命線だ。
あたしが色々整備して、島で生きていく事が可能になったのとは別。
それは、あくまで生きていけるだけの事。
島が豊かになるには、外からの資本の流入と、物資の流通が必須である。
恐らくは、その過程で新しい技術だって入ってくる。
あたしから言わせると、それが本当に新しいかは疑問だが。
ともかく、島の今あるものより便利なものが入ってくるのは確定である。
それだけで、充分過ぎるほどなのだ。
クラウディアの仕事ぶりを見に行く。
普段とは別人のように厳しい顔で、下っ端らしい商人達に訓戒していた。舐められたら終わりの仕事というのもあるのだろう。
都会を知っているだろう商人は、明らかに最初クラウディアを舐め腐っている奴もいたし。
あわよくば手をつけて。
それでいいなりにしようと考えている下衆もいたようだった。
それらに対して、クラウディアはまずはいきなり火山に連れて行き。レントとあたしと一緒に、魔物と戦う様子を見せつけた。
商人どもは悲鳴を上げて逃げ惑うばかりで。
何度も魔物の牙にかかり掛けた。
ワイバーンをあたしたちが仕留めたのを見て、悲鳴を上げ。
平気で吊して捌くのを見て、気絶するものまでいた。
肉を燻製にしてわけ。残りは皆で食べる。
火を通している間に、大きな寄生虫が内臓から這い出してくるのを見て、それでまた絶叫して気絶する商人。
そいつが、クラウディアを手込めにして、バレンツ商会を乗っ取ろうとしていた奴だとあたしは知っているので。
はっきりいって、苦笑いである。
そのまま、皆でワイバーンを食べる。商人共はゲロゲロ吐いていたが、見苦しい事この上ない。
ワイバーンの素材の幾らかを、クラウディアに譲渡。
それをクラウディアは、バレンツ商会として買い取って。
あたしの懐は、ちょっと温かくなった。
その商談を間近で見たからだろう。
以降、下っ端の商人どもは、クラウディアを舐めるのは辞めたようだった。
「また計算違いをしたようですね。 我々が扱っているお金は、多くの人の間を動いている事を忘れて貰っては困ります。 もしもこれが意図的なものだとしたら、解雇も視野にいれる失態です」
「ひっ! す、すみません! 間違っても粉飾とかしていません!」
「もしもそのような事をしていたら、二度と商人はやれないと思い知りなさい」
「わ、分かりました……」
半泣きになっている下っ端の商人。
あれがクラウディアを最初、いやらしい目で見ていて。どう掌の上で転がしてやろうかと考えていたような奴だとは、あたしもとても思えない。
此処は、バレンツ商会に貸した屋敷の一室。
ルベルトさんの執務室と違って、クラウディアがお仕置き部屋として設定した場所だ。
なお、クラウディアはあたしが渡した装備を身に付けているので。
単純な腕力でも、こんなモヤシには負けない。
弓矢をぶっ放す時の音を聞いて、それだけで絶対に勝てないと判断したのだろう。
以降、クラウディアを恐れおののきながら此奴らが見るのを、あたしは確認して安心した。
あたしにいたっては、商人達はもう恐怖の視線だけを向けている。魔物をあたしが蹴り砕く様子を見て、それだけで失神していた有様である。
もう魔王かなにかとしか思えていないようで。
あたしを見ると、青ざめて礼をして、そそくさと去って行く有様だ。
お仕置き部屋から、半泣きの商人が出ていく。
あたしが、入れ替わりに部屋に入ると。
クラウディアは、表情を崩していた。
「ライザ!」
「短時間で凄くしっかりしてきたね、クラウディア」
「商人って、詐欺師ともっとも近い職業でもあるの。 だから、常にこれくらいでいないと、何をしでかすかわからないの」
そう言って、寂しそうにするクラウディアは。
いつもみんなが見ていたクラウディアのままだ。
書類の片付けを手伝う。
なお、あたし本人と、バレンツ商会で幾つかの商談を既に済ませている。
幾つかの都市にある、製紙のための機械は、殆どが壊れかけてしまっているらしい。
それもあって、あたしが作る紙……ゼッテルの品質は図抜けたものとして扱えるらしく。
一定数をいつも納品してほしいと依頼が来ていた。
クーケンフルーツの販路開拓だったら、実はこれほどの長期間、クーケン島にいなかっただろうとクラウディアは種明かしする。
ルベルトさんがあたしを認めて。
あたしの実力を理解してくれて。
更には、あたしが作るものがとてもお金になると判断したからこそ、販路をがっちり固めたのだそうだ。
あたしも、ルベルトさんには話をしてある。
古代の錬金術師は、無責任に力をひけらかした。
その結果、とんでもない災厄を彼方此方に引き起こしたのだと。
だからあたしは、責任が取れる範囲のものしか作らない。
それでも良いのなら、商談を受けると。
ルベルトさんは快諾してくれた。
今はゼッテル、それに幾つかのお薬を少量だけ納品するようにしている。それだけでも、うちのお父さんとお母さんが一年で稼ぐお金を、十日で稼ぐほどの稼ぎになっている。
ただそれを見て、お父さんとお母さんはあまりいい顔をしない。
やっぱり今でも農婦になってほしいのだろう。
どれだけ錬金術が凄いのかを散々見せた後なのに。
それでも二人にとっては、それはどこか遊びにしか見えないのかも知れない。
頭が固い。
二人だって、ザムエルさんと一緒に、ずっと外を旅してきて。それでクーケン島に戻ってきた筈なのに。
それがとても悲しかった。
「えっと、此処を発つのって三日後だっけ?」
「うん。 実はもう荷物はまとめ始めているの。 明日の夜が、事実上の最後かな。 明後日の早朝には、もう島を離れているわ」
「そっか。 早朝だと、見送りはちょっと色々周りに迷惑かな」
「うん。 だから、明日の夜に、何か思い出を作ろう」
クラウディアは中身が子供だから、こう言うときは本当に嬉しそうにする。子供が剥き出しになる。
ただ、それでもそもそもとして商人の子だ。
あの下劣な下っ端商人共のようなのとは、常に接してきているだろうし。
ずっと世界の業だって見てきている筈だ。
だからこそに、よそ行きの顔を上手に作れる。
もう、何も心配はないだろう。
「ね、ライザ。 ゴルドテリオンは駄目だろうけれど、ブロンズアイゼンくらいだったら、大丈夫じゃない?」
「そうだね。 最後に商談しておこうか。 ブロンズアイゼンだったら、はっきりいってそこまでのオーバーテクノロジーじゃないからね」
「決まりだね」
すぐにルベルトさんを呼ぶ。
あたしも、アトリエからブロンズアイゼンのインゴットを持ってくる。
ブロンズアイゼンについては、確かルベルトさんにも見せた事があったはず。すぐに、質の高さは理解してくれたようだった。
何度もうんうんと頷きながら、ルベルトさんは品質の高さを褒めてくれる。少し嬉しくなるが。
どうしてだろう。
あたしは、これ以上今は進めない気がする。
そうなってくると、今やるのは。
腕が衰えないように、しっかり基礎をこなし続ける事。
それくらいしか、思い当たらなかった。
「このインゴット一つだけで、家が建つ代物だ。 色々な場所の基幹になる部品を作り出せるだろう」
「逆に心配になりますね。 王都とかだと、どれだけものや技術が劣化しているんですか」
「此処だけの話だが……王都にある機械の半分が既に動かないと言われている。 予備の部品もないし、直す事も不可能なのだ」
ルベルトさんが、悔しそうに言う。
今着ているスーツだって、いつまで生産出来るか分からない、そうだ。
まあそれもそうか。
ロテスヴァッサ王国は、古代クリント王国の技術的な遺産を食い潰しながら今に至っている。その技術遺産だって、そもそももっと前の時代のものかもしれない。
この世界は、錬金術師が出現したことによって、オーバーテクノロジーに溢れた。
魔術も機械技術も、とても錬金術にはかなわなかった。
だから長期的に見て、錬金術に依存していた分。
それが失せた今は、彼方此方で崩壊が始まっているのだろう。
或いは、ロテスヴァッサで錬金術師を集めたのも、最初はそれに対策するためだったのかも知れない。
だが、すぐにそんな基本的な事は忘れ去られ。
異界への侵略やら。
資源の搾取やら。
できもしないことを考え。過去と同じ過ちを犯そうとする集団へと変わってしまった訳だが。
今、するべきなのは、技術の再興なのかも知れない。
錬金術だけに頼るのではなく、本来の技術をどうにかして再生する。
それが、人間がやるべき事なのかも知れなかった。
「ライザくん。 君はこの島の地下にある巨大な過去の装置を修復した。 いずれ、各地の都市で、似たような商談を受けて貰うかも知れない」
「別にかまわないですけど。 あたしがいなくなったら、もとの木阿弥ですよ」
「分かっている。 その時の為……時間を今は稼がないといけないんだ」
「……分かりました」
まあ、それもそうか。
一礼すると、クラウディアと一緒に部屋を出る。
更にこれであたしが動かせるお金は増える。いずれは、彼方此方に支部を作り出せるかもしれない。
ただ、今は。
クラウディアと一緒にいられる時間を、もう少し楽しみたい。
ただ、それだけだった。
翌朝。
アガーテ姉さんが来た。クラウディアも連れてきてほしいと言われる。急いで、対岸に渡りながら、話を聞かされた。
「魔物だ。 隊商が一つ、消息を絶っている。 この辺りで盗賊が出るとは考えにくい」
「恐らくラプトルでしょうか」
「可能性は高いが、ワイバーンかも知れない。 とにかく急ぐぞ」
「はいっ!」
何人かの護り手が、一緒にいる。
クラウディアは弦を張っていない弓を持っていて。それを不思議そうに若い護り手が見たが。
他の者が説明する。
魔力で弦を作ると聞いて、そうなのかと、若い護り手も納得した。
そういえば見た事がない人だ。
話しかけて話を聞くと、この間の船……タオとボオスが島を去るときに使った船に乗って、クーケン島に来たと言う。
傭兵業で生計を立て……といえば聞こえはいいのだが。
実際の所、そういう人間はだいたいが与太者だ。
そんな人生から、ある程度ましな生活に切り替えたかったのだろう。
人員が足りないこの島の護り手という制度を知って、入りたいと志願したらしかった。
まあ、島に新しい血が入るのは良い事だ。
「魔術の矢か……。 俺のいた場所だと、戦闘で魔術を使える奴じたいが希だったからなあ」
「それは、大変なところから来たな」
「はは。 まあ、そうっすね。 いつ魔物に滅ぼされてもおかしくないような集落から、逃げるように出て来て。 それからはずっと雇われの身で」
「それなら、此処で功績を挙げろ。 護り手として実績をあげれば、相応の待遇もするし給料も出す」
アガーテ姉さんが、顎をしゃくる。
もう、対岸が見えてきていた。
あたしは、コアクリスタルに爆弾が格納されているのを確認。
船が接舷すると同時に、即座に展開。周囲を確認。
クラウディアの動きも、ここに来たときの頃とは完全に別物。既に歴戦の勇者のものである。
即座に展開して、ハンドサインをアガーテ姉さんが出し。
全員で、小走りで移動する。
あたしについては、既に話を聞いていたのかも知れない。
例の新入りは、何も言わなかった。
街道を急ぐ。
途中、クラウディアが魔術で笛を具現化。即座に音魔術を展開。周囲を警戒してくれる。
手慣れていて、とても助かる。
安心して背中を預けられる。
「左、少し奧にラプトルの群れ。 右、もう少し先に鼬の群れ。 いずれも、此方を伺っているだけです」
「助かる。 今の時点では無視。 もしも商隊が襲われているなら、もう少し先だ」
アガーテ姉さんも、クラウディアの音魔術については周知だ。
なお、アガーテ姉さんにはクリミネア製の剣を渡したまま。
残念だけれども、ゴルドテリオンの剣は渡せない。
それくらい、あれは危ないものなのだ。
再び、クラウディアが魔物を見つける。
ワイバーンだ。ただしかなり遠い。無視と、アガーテ姉さんが叫ぶ。そのまま走り続ける。
息が上がっている護り手もいる。
だが、今は一秒が惜しいのだ。
「鍛え方が足りないぞ!」
「す、すみません姐さん!」
「四人、此処に残れ。 残り、全員ついてこい!」
へばっている四人を残して、その先に行く。流石に四人固まっていて、しかも街道だったら、襲われる事もないだろう。
クラウディアを怪訝そうに見た男も残った。
あの様子だと、幼少期にまともな栄養を取れなかったのだろう。
だとしたら、仕方が無い事だ。
魔術を使う人間も殆ど見かけないような場所というと、クーケン島なんて比較にもならない僻地だ。
そう言った場所だと、どうしても子供の発育は悪くなるのである。
走る。
やがて、クラウディアが顔を上げた。
「見つけました。 馬車の周囲に、ラプトル数体! 馬車から離れて、数人が洞窟で必死に防戦中!」
「よし、総員抜剣! 行くぞ!」
「おおっ!」
雄叫びを上げる護り手達。
あたしは足に魔力を込めて、跳躍。
上空から、視認。
防戦中のは、恐らく商隊の護りを買って出た傭兵だろう。ただ、今にも崩されそうである。
襲っているのはラプトルだ。
やはり。
鼬は縄張り意識が強く、余程腹でも減っていない限り商隊の馬車なんか襲わない。ただし、腹が減っていると群れで怒濤のように襲い掛かる。
厄介なのはラプトルで、群れで人間を襲い。しかも組織的に狩る。丁度今のように、である。
あたしは無詠唱のまま、熱槍を作り出し、ぶっ放す。
全てがホーミングしながら、完璧に襲撃中のラプトルを頭上から貫いていた。
火柱になったラプトルが、悲鳴を上げながらのたうち廻る所に、アガーテ姉さんが最初に到着。
ばったばったと斬り伏せる。
流石の剣腕。
更にあたしは第二射。馬車に群がっていたラプトルも一掃する。
だが、群れのボスらしい大きいのが出てくる。
着地。急いで現地にいかないと。
だが、クラウディアが、総力での矢をぶっ放したらしい。
群れのボスらしい大型のラプトルは、消し飛んだようだった。
それはそうだ。
対フィルフサを想定して、強化に強化を重ねたクラウディアの弓術。
街道の周辺に出るラプトルなんて、敵になりようがない。
あたしが辿りついた時には、既に戦いは終わっていたし。
あたしがするべき事も変わっていた。
即座に薬を取りだして、怪我人の手当てを始める。かなり酷い手傷を受けている人も多く。
傭兵の一人は、腕の骨が見える程酷い噛み傷を受けていた。
商人達は、ショック状態でふるえるばかり。
馬車の方も、護り手の皆が安全を確保。
商品が無事かは分からないが、とにかく傭兵達はみな助かったようだ。点呼を冷静に取るアガーテ姉さん。
護り手達は、怪我が見る間に消えていくのを見て、目を見張っていた。
「あれがうわさの……」
「俺はあれのおかげで助かった。 ライザ様々だぜ」
「回復魔術が、子供の遊びに見えてくるな」
「しっ。 そういうことはいうんじゃない」
古老がまだまだ大きな力を持っていて。
護り手の中にも、弱みを握られている者がいる。だから、こういうこともおおっぴらには言えないのだ。
クラウディアが来る。
そして、遅れていた四人も、やっと追いついてきた。
あたしは冷や汗を拭う。
上空からの奇襲熱槍よりも、薬をコアクリスタルから複製する方がよっぽど疲れた。どうも頭にもやが掛かっているようなのだけれども。
それでも、戦闘時はしっかり頭も動いてくれる。
それだけは、助かる。
「血の割りには傷が少ないな」
「ライザの薬だよ。 もう傷が治ってる。 一人なんて手がぶらんぶらんになってたのにな」
「……すげえな」
新入りがぼやく。
あたしはそれを無視して、軽傷の傭兵の傷も治していく。大げさに悲鳴を上げる者もいたけれども。
鉄火場ではそんな事も言っていられない。
やがて、血を洗う。
そばに合った水をクラウディアが汲んできたので、即座に煮沸。クラウディアも、自分で桶の水を温めてくれた。
温めた湯を冷やすのは力量が何倍もいるので、あたしがやる。
血を落として、そして馬車を回収。
馬は完全に食い荒らされて、可哀想だが骨しか残っていなかった。
馬も今の時代は、地力で人間を殺せる生物と言う事で、広義では魔物に分類されている。これは牛や豚も同じ。
馬車の商品は、クラウディアが確認。
やがて、クラウディアは非常に険しい顔をしていた。
アガーテ姉さんとあたしが荷車の側に呼ばれる。
クラウディア曰く、商品の一つに、許しがたいものがあったという。
それは何かの、白い粉に見えた。小麦粉や砂糖とは違う。なんだろうと思っていると、クラウディアは聞いたこともない事を言った。
「これ、恐らくは覚醒物質です」
「覚醒物質?」
「簡単に言うと、興奮状態を強制的に作り出すお薬です。 煙草とかお酒とかと似ていますけれど、段違いの依存性と効果があって、危険な薬物です」
「噂には聞いたことがあるが、まさかこれが」
王都では既にかなり前から出回っているとか。
激しい労働をする人間が口に入れることがあるが、だいたいの場合体を壊してしまい。更には依存性が強いために薬を手放せなくなり、死んでしまうそうだ。
それでも明日も知れない生活をしている人間が手を出す事があり。
犯罪組織が財源にし始めているという。
もっとも、王都くらいにしか犯罪組織なんてものは存在しないとか。
この覚醒物質は、組織的に作られているものではなく。
恐らくは、それこそ何の娯楽もない辺境向けに売りに行かれるものなのだろう。勿論、吸った人間は数年であの世行きだ。
一時期、この手の薬物が肯定される風潮があったという。
特に芸術家は、これらを吸って芸術をするとかいう阿呆なデマが流れたのだとか。
実際には、大物の芸術家が芸術をするのにはむしろ邪魔とはっきり言い切ったが。それに謎の反発をして食いつく連中もいたとか。
その辺りの事を、クラウディアが説明すると。
アガーテ姉さんが、あたしに言う。
「良い機会だ。 ライザ、跡形もなく消し去れるか」
「おやすい御用で」
「ラプトルに食い荒らされたという事にすれば問題あるまい。 やってしまえ」
頷くと、あたしはそのまんま覚醒物質とやらをこの世から消し去る。
簡単だ。
あのフィルフサの王種、蝕みの女王にも通ったほどの熱魔術である。こんな粉、何一つ痕跡も残さず焼き尽くせる。
やがて、馬車の所に商人が戻ってくる。でっぷり太ったおじさんだ。魔の薬を扱うような外道にも見えない。
或いはだけれども。
その邪悪な性質を知らず、ただ扱っていただけなのかも知れないが。
クラウディアが言っていた通り、詐欺師と最も近いのが商人だとすると。
この容姿も、計算尽くなのかも知れなかった。
商人は馬がやられてしまったのを見て、大きく嘆息。
商品も、かなりやられているようだった。
「助けていただき、ありがとうございます。 ただこれでは大赤字です」
「バレンツ商会の方から、低利でお金をかしてもいいですが」
「なんと、バレンツ商会の関係者の方でしたか」
「ただし、お金を貸し出すには幾つか条件がありますが」
いずれにしても、クーケン島に連行する。
アガーテ姉さんがハンドサインを出す。
あの商人には気を付けろ。場合によっては容赦なく取り押さえろ。
そういう合図だ。
いずれにしても、後はあたしがやる事はなにもない。
クラウディアも、この商人に対して、非常に厳しい処置を執るだろう。
何より、人を壊す魔の薬がこの世から消滅した。それもまた、いい事だった。
いずれ製造元を探し出して、犯罪組織とやらごとまとめて焼き払ってやるとしよう。そうあたしは決めていた。
色々な事があったが、クラウディアとの別れの日が来た。
夜に、ドレスを着込んで来たクラウディアと、会食をする。夜の間に船が来るので、夕方くらいから会食をはじめて。
それにはレントとアンペルさん、リラさんも立ち会って貰った。
痛飲しているルベルトさん。
兎に角嬉しそうだ。
想像を絶するほどの成果が、この島で得られたかららしい。メイドのフロディアさんに、どんどんワインを持ってこさせている。
「お父さん、そんなに飲んで大丈夫?」
「問題ない問題ない。 それにしてもいい商談だった。 後はライザくんが男だったら、本当に言う事なかったのだがなあ」
「はい?」
「男だったら、クラウディアを嫁にやっていたよ。 本当に惜しい。 本当に……」
どんと机を叩いてクラウディアが立ち上がったが。べろべろになっているルベルトさんは、もうそれも分かっていないようだった。
やがて完全に潰れたルベルトさん。
生真面目な人に思えたのだが、こんな一面もあったのだなと思って苦笑い。或いはだけれども。
あたし達のことを、それだけ認めてくれているのかも知れなかった。
「酒の力ってこええな……」
「レントも、旅先で酒には気を付けろ。 酒で酔わせて盗みを働くものや、場合によっては殺して追いはぎをする者もいる」
「……了解。 恐ろしいぜ」
クラウディアが完全にブチ切れたのがあたしにも分かった。そのまま、別室に行ってしまう。
これは、ルベルトさん、数日は口を利いて貰えないかも知れないな。
そうあたしは思って、苦笑いしていた。
夕食が進むと、フロディアさんがルベルトさんをつれて行く。というか、軽々と担いで運んでいった。
もう船の中に運んでしまうのだろう。
何人かの商人は船に向かい。二人だけが、此処に残るようだ。
既に荷物の運び入れは開始されているが、フロディアさんが残像を作りながらさくさくさくと働いていたので。
多分あたしたちが手伝うことは何もない。
クラウディアが戻ってくる。
さてどうしようかと思っているあたしに、クラウディアは咳払いしていた。
「お父さんの言う事は気にしないで。 お酒が入るといつもああなるんだから」
「意外に酒癖が悪いんだねルベルトさん……」
「正確には、お酒を飲むと隙が出来るの。 だから昔から、下戸で通しているのよ」
「大変だね商売の世界」
まあ、それもそうだろう。
そういえば、食事や酒を一緒にするのは、口を滑らせやすくなるからだという話を聞いたことがある。
確かにそういう人もいるだろう。
事実、ルベルトさんは多分他人と酒を飲んでは絶対にいけない人だ。
咳払いすると、あたしはいう。
「いずれにしても、クラウディアを嫌いになったりはしないよ。 これからも、ずっとあたしの友達」
「有難うライザ」
「俺も例の連絡網を使って手紙とかは読むよ。 何かあったら行くから、手伝いなら声を掛けてくれよ」
「うんレントくん。 本当に頼りになるね」
やっと表情が明るくなるクラウディア。
アンペルさんとリラさんも、それぞれ声を掛ける。
アンペルさんは、自分が知っている危険な遺跡と、その見分け方について。
今後隊商としてクラウディアは彼方此方に出向くのだ。
アンペルさんの話は、もの凄く実用的だ。
「王都の近くにも、そんな危険な遺跡が……」
「王都は警備の部隊がとにかく弱くてな、本当に壁の中を守る事しか出来ていない。 人間が作り出した遺跡は、今や完全に魔物の巣だ」
「分かりました。 此方でも気を付けます」
リラさんも、実用的な話をする。
虫食についての話や、後は戦術面の話。虫食については、あたしは蜂蜜を食べるくらいなら全然問題ない。
あれだって蜂が蜜を吸って、巣の中で戻しているのである。
受けつけない人は無理だろう。
クラウディアは元々虫は全然平気で、レントなんかもびっくりしていたので。今後、実際に虫を食べる風習がある地方で、試すのかも知れない。
なお文化が違うならそれはそれ。
違うと言うだけで、劣っているなどという事はないのである。
食事が終わると、名残惜しいけれどここまでだ。クラウディアが、フロディアさんに言われて、そのまま船に向かう。
船で今晩は過ごす。そして、船は忙しいし、夜中に出港するから、ここまでだ。
「ライザ!」
クラウディアが甲板から叫ぶ。
何度か、目を擦っているのが見えた。
「怖い目にも痛い目にもあったけど、最高の冒険だったよ! また、いつかきっとクーケン島に来るね!」
「あたしも、旅に出ることがあったらバレンツ商会を訪ねるよ! また、一緒に冒険をしよう!」
手を振る。
同年代の女友達は、あたしは殆どいなかった。だから、この出会いは本当に嬉しかった。
忙しく動いている人達の邪魔をする訳にもいかない。
ここまでだ。
少し寂しいけれど。
最高の友達との別れは、これで済まさなければならなかった。
ちょっと、悲しかったかも知れない。
でも、いずれまた会える。それはあたしの、魔術師としての方の勘が告げているのだった。