暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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それはライザ曰くの、「何て事のない田舎の何て事のない島」に思える場所でした。

豊かとも言えず乾期には水不足に苦しめられ

街の住民は水を抑えているブルネン家に不満を持ちながらも、反乱を起こすほどでもない。

優れた戦士はいるものの、周辺に闊歩する魔物を駆逐出来るほどでもない。

そんな場所に生まれたライザは、悪ガキ達のリーダーをしながら、自分をあまり高く評価せず、「なんてことがない」なんて自称していました。


1、クーケン島

 

クーケン島。

 

エリプス湖と言われる汽水湖に浮かぶ、小さな島である。交易の隊商が来る事はあるけれど、それも大規模なものは殆ど来ない僻地。

 

噂に聞く王都はずっと遠くで、もし行こうと思うなら、たまに来る交易船に乗っていくしかない。

 

それも、村の有力者であるブルネン家の当主であるモリッツさんが、積極的に販路を開拓するまでは。

 

数年に一度も来ず。

 

島を出ることすら、非常に困難なのだった。

 

今では、島に人が来ることもあるし、それはとても歓迎される。

 

それは当たり前だ。

 

新しい血を入れないと、あっと言う間に島は親戚だらけになる。親戚同士で結婚すると、子供があっと言う間に歪んだ体だらけになる。

 

その程度の知識は、こんな僻地の島でも知られている。

 

故に、島から出ることも。

 

島に新参を迎え入れることも、クーケン島では積極的に行われている。

 

どちらかというと頭の硬い人も多いクーケン島だけれども。

 

それだけは、評価できる事だと思う。

 

あたし、ライザリン=シュタウト。周囲からはライザと呼ばれている……は。

 

幼なじみの大柄な青年レント。背丈は小さいが、頭が良く回るタオと。今日も港に出て来ていた。

 

昔はどんな悪戯をしようかと、四人でいつも考えていたものだけれども。

 

それは今日も変わっていない。

 

このなんてことのない島で。

 

少しでも楽しく生きたい。

 

それが享楽主義者であるあたしの思想であり。

 

何より、わくわくがあるのなら、とめられないのだった。

 

見張りの大人達、此方に気付いていない。よしよし、おっけい。

 

頷くと、明らかに乗り気では無いタオと、若干呆れ気味のレントとともに、示し合わせている場所に向かう。

 

一番厄介な島の護衛部隊の隊長。

 

王都で騎士の試験に受かったこともあるらしい凄腕、「護り手」のリーダーであるアガーテ姉さんは、見張りのシフトで此処には来ていない。

 

それで充分。

 

他の護り手ははっきりいって力量一つとってもライザにも及ばない。

 

アガーテ姉さんは、あたしを護り手の次の世代のリーダーにしたかったらしいけれども。

 

今は、そのつもりはない。

 

昔も今も悪童と言われるあたしだが。

 

その性根は変わっていない。

 

ただ、悪戯をすることはあっても、人を傷つけたり、ものを盗んだりするつもりはない。

 

義賊を気取るつもりはないし、そんなのは嘘っぱちだとも分かっている。

 

ただ、このなんてことのない島の、なんてことのない村の。

 

なんてことのないあたしが、凄い冒険をする。

 

それにロマンを感じているだけだ。

 

三人で、こそこそと、家の裏手にある船着き場に出る。

 

タオが。既にげんなりしているのが分かった。

 

「ミオおばさんが、後でなんていうか。 僕達まで怒られるのかな。 下手をするとアガーテ姉さんも……」

 

「こうなったらライザはとめられねえから諦めろ」

 

「それは分かってるけどさあ……」

 

「ほら、二人とも。 それよりみなさい!」

 

ばばーんと口にして、それを見せる。

 

漁船だ。

 

古いが、かなりしっかりしている。

 

汽水湖という事もあって、木の葉のような船ではあっと言う間に沈められてしまう。当然魔物も出る。

 

この辺りで使う漁船は、前後十五歩ほど、幅二歩ほどのものが普通で。その気になれば十数人は乗れるものだ。

 

そうでないと、人間を小細工無しで殺傷できる獣、いわゆる魔物が襲ってきたときに、一瞬で噛み裂かれてしまうし。

 

そもそも荒波に耐えられないのである。

 

タオはいつも腰に本をぶら下げていて、眼鏡を掛けている。眼鏡そのものが結構貴重な品で。

 

この眼鏡は、タオの家に代々伝わっているものらしい。

 

昔は簡単に作る事が出来たとかいう話だけれども。

 

古代ナントカ王国とか言うのがなくなって数百年。

 

今では、そういった技術はどんどんなくなっていっている。

 

王都の方では、技術を復興しようと必死になっているらしいけれども。噂だ所詮。

 

享楽主義者で、冒険に心を躍らせるあたしも、そんなものが簡単に上手く行くとは思っていない。

 

「これ、大丈夫? 沈んだら本当に一巻の終わりだよ? それにライザ……」

 

「大丈夫、確認してある。 昔流された漁船が、今になって潮流に乗って戻って来たみたい。 旧市街の浅瀬に乗り上げてるのを回収するの大変だったんだから」

 

「どれ、確かに思ったより全然大丈夫そうだな。 これだったら、多分対岸くらいまでならいけるはずだぜ」

 

レントが。足で船を何度か踏む。

 

今は一歳あたしより年上のレントは、十四を超えたくらいからにょきにょき背が伸びて。昔はあたしと変わりなかったのに、今では頭一つ背が高い。村の大人達と比べても、もう遜色ない。レントより長身なのは、その親父さんであるザムエルさんくらいだろう。

 

それでもあたしがこの悪ガキ軍団のリーダーシップを取っているのは、昔からそうだったから、だろう。

 

あたしが魔術に関しては、クーケン島でも屈指の使い手であることや。

 

魔術を応用して相当な戦闘ができる事も理由の一つではあるだろうが。

 

単純な武器だけを使った戦闘だったら、あたしもちょっと今のレントと正面からやりたいとは思わない。そうなると、単純な戦闘力がリーダーシップの源泉ではないのかも知れなかった。

 

あたしは今は十七。

 

別に容姿が劣っている訳でもない。ごく普通の、なんてことない農家の娘。

 

なんであたし達が、親が決めた相手と結婚していないかというと。

 

いざという時は、護り手の支援としてかり出される、一線級の戦力が足りないからだ。

 

この小さな島は、周囲が全て汽水湖で。どこから魔物が上がってくるか知れたものではない。

 

だから、いつでも戦える人間は確保しておかなければならないのだ。

 

現在十五のタオはちょっと事情が違っていて。村の中でなんだかいう知識を司る家系の出らしい。

 

ただそれも、三代前だったかに知識の継承が失敗したらしく。

 

たくさんある古代文字で書かれた本を、タオは必死に解読しようと頑張っているが。それも上手く行っていない。

 

だから、本を「お守り」とか揶揄されて。

 

「彼奴ら」に虐められたりするのだが。

 

あたしがいる時は、それも許すつもりはない。

 

「よおし、しゅっぱあつ!」

 

「レント、ゆっくり漕いでよ。 落ちたら死んじゃうよ」

 

「分かってるよ。 俺も着衣泳出来るほど器用じゃないからな」

 

船が、動き出す。

 

ふんふんふーんと鼻歌が漏れる。

 

汽水湖であるエルプス湖は、機嫌次第で大波が荒れ狂うのだけれども。今日は空と同じく、彼女の機嫌も良いようだ。

 

漁師達が使う漁場も知っているから、それらから外れて対岸に向かう。

 

湖の真ん中近くに浮かんでいるクーケン島は、幸い視認できるほどに対岸が近い。そうでなければ、レントもタオも冒険には乗ってこないかも知れなかった。

 

途中で、話をする。

 

「タオ、本の解読、上手く行きそう?」

 

「駄目。 頻出する単語とかは書き留めたりしているんだけどさあ。 どうにも……」

 

「三代前だか四代前だかに事故があったんだろ。 なんか対岸の西側でなんか騒ぎがあったとかって聞いたぜ」

 

「ライザは喜びそうな話だよね。 100年くらい前に何かあったらしいのは事実みたいだけれど、それが本当に継承の失敗に影響したのかは僕にはなんとも言えないよ」

 

がくんと、船が揺れた。

 

そういえば、昨晩もちょっと島が揺れたっけ。

 

最近、たまに島が揺れる。

 

クーケン島の旧中心部、いわゆる旧市街がどんどん水没しているのと、関係しているのかも知れない。

 

今では農業区であるラーゼン地区と、人が住むボーデン地区に人は集中しており。

 

旧市街にある見栄えがいい屋敷などを客人に貸すことはあるが。それ以外では、旧市街に住んでいるのは老人ばかり。

 

旧市街には幾つかの施設が未だに動いているけれど。基本的にその全てが老人の家を除くと家屋ではなかった。宿などはあるが、恒久的に住む家ではない。

 

「まだ乾期まであるよな」

 

「うん。 まーたモリッツさんが威張る時期が来るよ……」

 

「でも、ライザはモリッツさんを認めてなかったか?」

 

「認めてはいるけどね、いやな人だってのは事実だよ。 それにボオスの親でしょあの人、性格が悪いに決まってるじゃん」

 

ボオスか。

 

昔は一緒に遊んでいたこともあったのにな。

 

面倒な事が起きてから、すっかり以降は壁が出来て。

 

今ではあたしと、その仲間と。

 

ボオスとその手下で。

 

街の子供達は真っ二つに割れている。

 

モリッツさんは、どんどん村に新しいものを取り入れてくれる。それについては、評価できる。

 

だけれども、乾期でみんな水に困っているときには偉そうにするし。

 

普段から何だか偉そうで、困っている人にいじわるしたりするしで、虫が好かない。

 

本人の業績を認めることと。

 

本人を認める事は、全く別の話だ。

 

実際問題、モリッツさんが気にくわない人やその子供達はたくさんいて。それでライザ派とでもいうべきものが出来ている。

 

それにボオスはとにかく高圧的で口が悪いこともある。

 

ボオスに取り入って今から将来の生活をどうにかして貰おうとしている奴もいる。ランバーなんかはその手の一人だ。

 

だけれども、あたしの見た所、ライザ派の方が現状では勢力があって。

 

どうもあたしは将来、モリッツさんのブルネン家に対して対抗する派閥を作ってほしいと期待されているらしい。

 

好き勝手が許されているのもそれが理由だそうで。

 

あたしとしても、色々と複雑だ。

 

そういう、村のくだらなくてせまっくるしい派閥や抗争なんか、まっぴらごめんだ。

 

空はあんなに青くて、どこまでも拡がっていて。

 

対岸に出れば、どこまでも続いている街道があるのに。

 

村の掟は、やれどこにいくな。なにをするな。

 

そんなことばっかりだ。

 

だから、いわゆる進歩的なモリッツさんは、嫌いだけれども認めざるを得ないし。

 

あたしにすり寄る大人達に対しては。

 

それでモリッツさんに対抗できるとは思う反面。

 

はっきりいって、あまり良い気分はしないのだった。

 

対岸に到着。

 

対岸についても、油断は出来ない。この辺りは浅瀬が多くて、油断するとすぐに座礁するのだ。

 

あたしは船の舳先に行くと、魔力を練る。

 

今の時代、魔術は誰でも使える。魔術を使えない人なんて、あたしは少なくとも見た事がない。

 

レントみたいな前衛戦闘を得意とするタイプは、殆どの場合魔術で肉体を強化している。それで地面をブチ割ったり、何倍も体格が違う魔物とやっとやり合える。

 

タオは変わり種で、強化を頭に全て使っているらしい。

 

気持ちはわかる。

 

ただ、戦闘をせざるを得ないときは、体の一部に魔力を集中させることで戦えるようにしている。

 

何しろ辺境の村だし。

 

昔、色々あった事もある。

 

あたし達三人は、魔術に対しては本当に真摯に勉強した。あたしの場合はやり過ぎて、それまで村一番の実力者であった古老を五年も前に超えてしまったくらいだ。

 

あたしの魔術は熱操作。

 

基本的に得意な魔術は人によって違っていて、あたしの場合は魔力を熱変換するのを得意としている。

 

魔物もよくしたもので、魔術を使う人間を基本的に優先的に狙って来る傾向がある。

 

だから今の時代は、威力を落としても詠唱をしないで魔術を放つのが主流になっている。そうしないと、魔物から集中砲火を喰らうからだ。対人戦の場合は更にそれが苛烈になってくる。

 

手元から、水面に魔力を垂らす。

 

熱操作が基本だが、熱感知も出来る。

 

それで、浅瀬の存在を感知するのだ。

 

「よーし、右に十五°!」

 

「了解。 右に行くから、左に舵を回すと」

 

「気を付けてよレント。 僕はいざという時は、船の重心管理くらいしか出来ないよ!」

 

「でもお前の頭の回転の速さなら、やってくれるだろ! 頼りにしてるぜ!」

 

ぐっと船が動く。更に、指示。

 

もう少し右。そのまままっすぐ。前と、ちょっと浅瀬が変わっているかもしれない。いや、これは水面に変動があるのだろうか。

 

集中。

 

魔物が出るかも知れない。

 

汽水域とはいえ、水の中の魔物は恐ろしく大きくて強いのだ。水に落ちた子供は諦めろ、なんて言葉があるくらいに。

 

それを引き合いに出されて、以前の事故では散々叱られた。

 

それであたしも、水の魔物にはちょっと苦手意識がある。

 

「よし、そのままずっとまっすぐ!」

 

「おう、任せろ!」

 

レントが力強く櫂を漕ぐ。

 

なんともまあ、筋肉がもりもりになって。この辺り、本人は怒るだろうけれど、ザムエルさんに似てきているとあたしも思う。

 

あの人も、お酒で頭が壊れなければ。今でもアガーテ姉さんと並ぶ凄腕なのに。

 

船が滑るようにして、対岸に到着。ゆっくり寄せながら、やがて停泊していた。

 

ロープを下ろして、近くにあった石柱につなぐ。

 

この辺りは、よく分からない石柱がたくさんあって。漁師もあたし達も。冒険の時には、使うようにしていた。

 

一方で、水没した遺跡らしいものに座礁する事もあるので。

 

有り難いだけのものでもないのだが。

 

「よおし、とうちゃーく!」

 

「ふう、生きて渡れた……。 本当に毎回、命が縮む思いだよ」

 

「まあ気持ちはわかる。 それで、どうすんだ?」

 

「まずは渡ってみた! それが大きい!」

 

ふふんと胸を張るあたしをみて、レントもタオも呆れた。

 

咳払いすると、向こうを見る。

 

「見てレント。 塔、ずっと近いよ」

 

「そうだな……」

 

レントの夢。

 

それは、クーケン島からは薄ぼんやりとしか見えない、塔に行く事。それを制覇することだ。

 

この塔は、ラーゼンボーデン村では禁足地とされている西の野を越えた先にあるので、大人には絶対に言えない。

 

だけれども、あたしは知っている。

 

ブルネン家の何代か前のバルバトスって当主が、その禁足地に足を踏み入れたらしいって事を。

 

小さな島だ。

 

噂は広がる。

 

ましてや、その代からブルネン家が水を確保したのだ。

 

何しろ孤島だ。しかも浮かんでいるのは汽水湖。真水はとても貴重なのである。

 

古い時代は水が湧いていたらしいクーケン島だが、それも最近ではブルネン家の持っている水源が頼り。

 

その水源には噂があって、禁足地の西の野になにかあったのではないか、という話がある。

 

あたしも何人かの大人から聞いたことがあるし。

 

多分村の大人の間では周知の事実の筈だ。

 

乾期に誰もが困るのに水を出し渋るブルネン家には、みんな反感を抱いているのである。

 

故に、こういう噂話は流れる。

 

そして、実際問題状況証拠もあるので。

 

あながち嘘とも言い切れなかった。

 

そんな禁足地の向こうに見えているのが塔だ。よく分からない代物で、禁足地のなかの禁足地である。

 

絶対に近付かないように。そう村では周知される。

 

実際街道から外れると、魔物も普通に出る。

 

護り手もそうだが、今の時代は基本的に三対一でチームを組んで魔物とは戦うように、幼い頃から訓練を受ける。

 

ライザもアガーテ姉さんから散々仕込まれたし。

 

実際魔物と戦って見て、三対一というのは合理的だとも思った。

 

それくらい強いのである。

 

的になって、魔物の攻撃を引き受けるタンク。

 

火力を担当して、敵に致命打を与えるアタッカー。

 

支援魔術を駆使して、敵の足を止めたり、味方の攻撃の隙を作るサポーター。

 

この役割を常に意識するように。

 

アガーテ姉さんは、そういつも口にしていたっけ。

 

王都の軟弱な騎士団は、この三対一の戦術もあまり上手にできないらしく。

 

アガーテ姉さんの言葉によると、ごく一部の例外を除くと「街の中の治安維持だけしかできない」そうだ。

 

それ以外にも色々理由があって、アガーテ姉さんは王都で騎士になるのをやめたそうだが。

 

口が重いので、あまり喋ってはくれない。

 

ただこれらの話は、あたしを後継者として見ていて。それで期待しているから話してくれたことだと思うので。

 

あたしもその信頼を裏切るような事をするつもりはない。

 

例え悪戯でアガーテ姉さんをいつも困らせるとしても。

 

冒険をして、アガーテ姉さんの負担を増やすとしても。

 

そういった仁義だけは、絶対に通す。

 

それがあたしのやり方だ。

 

「とりあえず、どこか移動しようよ。 砂浜でぼーっとしてても、魔物に襲われるだけだと思うし」

 

「賛成だ。 ライザ、どうする?」

 

「じゃあ、今日はあっちいってみよう」

 

「森ぃ!?」

 

タオが素っ頓狂な声を上げる。

 

街道の方は、この辺りまで出張してきている護り手がいる可能性が高く、見つかると面倒だ。

 

下手すると、アガーテ姉さんがいる可能性もある。

 

アガーテ姉さんはまだ20代前半で護り手をまとめている事からも分かるように、今のあたしよりも遙かに上の使い手で、剣腕は多分今が全盛期だ。

 

レントも稽古をつけて貰ったことがあるらしいが、とても勝てる相手では無いと零していたくらい。

 

クーケン島の護り手ははっきりいって大して強くもないのだが、アガーテ姉さんだけは話が別。

 

見つかったら、両手を挙げて降参するしかない。

 

というわけで、街道は論外。

 

それに今のは経験談だ。

 

前に別の所から上陸して、それで街道で見つかって、しこたま叱られた。

 

街道を少し北上して西に行くと禁足地なのだが。そもそも街道に入れないのだから、これもアウト。

 

そうなると、東に拡がる鬱蒼とした森くらいしか、選択肢が残っていないのである。

 

「ちょちょちょ、待って。 彼処、エレメンタルがわんさかいるんでしょ!」

 

「鼬もぷにぷにも、後はこの辺りでたまに見かける幽霊鎧もいるらしいな」

 

「ひええっ……」

 

分かりやすいタオの恐がり方。

 

そんなんだから、ボオス達につけいる隙を与えるんだが。

 

ともかく、咳払い。

 

「大物じゃなければ、あたし達でどうにか出来る!」

 

「その大物の目撃情報もある場所だよ。 本当にどうなるか分からないよ!」

 

「こうなったらとめられねえよ。 腹括れ」

 

「うぐゆ……」

 

レントの声にあきらめが篭もっている。

 

タオが、絞め殺される鶏みたいな声を上げていた。

 

この先は小妖精の森。

 

魔力をエサにして生きる、正体がよく分からない「エレメンタル」と呼ばれる人に近い形をした魔物がたくさんいる。

 

こいつらは殺すと消滅してしまうのだけれども、噂によると魔力を喰らう事で文字通り際限なく強くなって行くらしく。

 

大物になると、村の戦える人間が総出になってもかなわないらしい。

 

更に見かけと裏腹に獰猛極まりなく、魔力をエサにしている分、人間に対する攻撃性も残虐で。

 

もしも捕まったりすると、苗床のような扱いを受けて、絞り尽くされるとも聞く。ぞっとする話だ。

 

この他にも、水陸両用で、非常に獰猛な代表的な魔物「鼬」や。

 

あらゆる所に適応して、どんなものでも喰って栄養にする「ぷにぷに」。

 

そして、この近辺で時々見かけられる。

 

中身が存在していないのに動き回る、不可思議な「幽霊鎧」。

 

それらが見かけられる、と言う事だった。

 

護り手からの情報収集は、あたしも欠かしていない。

 

そもそも冒険に行くのだ。

 

危険に備えていくのは、当然の話である。

 

「レント、前衛。 あたしが焼き尽くす。 タオは支援に徹して」

 

「おう、いつも通りだな」

 

「もう、気を引くくらいしか出来ないよ?」

 

「そのばかでかいハンマー、直撃すれば結構効くじゃねえかよ」

 

タオが護身用に持ち歩いているのは、大型のハンマーだ。

 

とにかく背が低いレントは、これを遠心力で振り回して、質量攻撃で思わぬ一撃を入れる戦闘を得意としている。というかそれしか出来ない。

 

ハイリスクな戦闘方法だが、実際問題他にやれることがないのである。

 

頭脳としては期待できるが、それも戦闘時にキレッキレで働くタイプのものではない。

 

そういう意味で、戦いには向いていない。

 

だから、支援役で、出来る範囲で動いて貰う。

 

それ以外にはなかった。

 

森の中に入ると、音と雰囲気が変わる。

 

レントも、口を閉じた。

 

下手に音を出すと、何が出てもおかしくない。

 

だけれども、このぴりぴりした空気。高揚感。

 

これこそが。

 

あたしが求めているものだ。

 

勿論、レントやタオを危険にさらすわけにはいかない。だから最大限の注意を払い続ける。

 

周囲に展開している魔力は常に敵を探る。何かが接近して来れば、音や臭いがなくても探知出来る。

 

優れた力を持つ魔物になると、それらをかいくぐって奇襲をして来るらしいが。

 

今の時点では、そこまでの魔物がでているとは聞いていない。最低でも、あたしの能力で探れる範囲では問題はないようだった。

 

不意に、森を抜ける。

 

其処は、開けた場所だった。

 

更地になっていて、朽ちた家らしいものの残骸がある。誰も使っていない様子だ。というよりも、なんだここは。

 

森の中にあるのに、どうして植物に浸食されていない。

 

アガーテ姉さんに散々仕込まれているから知っている。森というのは、植物が激しい競争をしている場所で。

 

植物同士でも、動物顔負けの食い合いをして、場所の奪いあいをしているという。

 

畑仕事も手伝っているからあたしも知っているが、基本的に植物にも強い弱いはある。殆どの農作物は弱い方で、丁寧に邪魔になる雑草を抜かないとあっと言う間に畑というのは駄目になる。

 

そういった植物が。此処にはまるで手を出している様子がない。

 

やはりここはおかしい。水が足りないクーケン島だが、対岸は比較的水源も豊富だ。そういう場所が、荒野になるのには理由がある。ここは荒野と言う程荒れてはいないが、それでも森の中にこんな広間が出来るのはおかしい。

 

思わず、足を止めて周囲を見回す。レントはともかく、タオは多少緊張感がなかったが。

 

「ライザ、ここ……」

 

「気を付けよう。 何があるか、分かったもんじゃないし」

 

「うっ……」

 

タオが青ざめる。あたしがかなり緊張していることに気付いたのだろう。

 

石垣で、この空間は囲まれている。それにしても、たかが石垣で植物の浸食を防げるとも思えない。

 

石垣ごとのみこまれておしまい、というのが普通だ。

 

レントが呼んでくる。

 

「ライザ、こっち見てくれ」

 

「うん? おー。 タオ、来て来て」

 

「はいはい行きますよ」

 

レントもあたしも、考える事はタオに任せている節がある。タオも少し呆れ気味だけれども。

 

それでも取り柄がそれ以外にないと自嘲しているからだろうか。

 

すぐに来て、それを見た。

 

「この辺りは、畑の跡っぽいね」

 

「うーん、それでもせいぜい数人が食べられる程度の量しかこの作付面積だと取れないよ」

 

「それは分かってる。 残りはあっちで補ったとか?」

 

「そうなんだろうね……」

 

視線の先には、エルプス湖が拡がっている。魚は決して多い湖ではない。

 

何度か聞いたが、海や川に比べて、汽水湖というのは魚が少ないらしく。クーケン島の漁師も、中には海まで出る人がいる。

 

ただし海まで出ると魔物の危険度が跳ね上がるため、本当に腕がいい一部の漁師だけで、それも命がけである。

 

「辺りを見て来たが、魔物の足跡らしいのはないぞ。 ただ、エレメンタルどもがいるかもしれないけどな」

 

「あいつらがいる場所は基本的に植物が豊富だよ。 多分この辺りには近付かないと思うね」

 

「一体何があってこの辺りはこんなになってるんだろう」

 

「さあ。 でも、もうちょっと調べて見ようよ。 護り手の人達に貸して、休憩所にするって考えも出来るし。 そうなれば、私達を護り手達も多少見直すでしょ」

 

指でお金のマークを作ってみせるあたしに、レントもタオも呆れる。

 

だが、考えは二人とも分かる。

 

小さな島で、経済は閉じていても。それでも金は必要なのだから。

 

その時、鋭い悲鳴が聞こえる。

 

森の中から、である。

 

方角は、更に奧だ。

 

一斉に、あたしもレントもそれぞれ武器に手を掛け、タオは逃げ腰になる。レントは身の丈大のボロボロの大剣。あたしは魔術の高速化と打撃のために、杖を使っている。杖といっても、その気になれば人間の頭くらいは粉砕できる。あたしは農作業で鍛えた足腰があるので、本命は足技だが。それでも、上半身での戦闘能力を補助できるのであれば、それに言う事はない。

 

「行くよレント、タオ!」

 

「おうっ!」

 

「ちょっと待ってよ! 魔物が誘っている可能性とかは……」

 

「そんなの見てから考える!」

 

あたしは、昔からこんなだ。

 

基本的に、クリティカルな事があると、体の方が先に動く。

 

結果として、今回はそれで良かった。

 

後に仲間に、一番の同性の親友になる子を、それで救う事が出来たのだから。

 

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