暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
しかしながら問題は山積み。
その一つがボオスとの問題です。
ボオスもボオスで苦悩しています。
その辺りのお話です。
序、空回りの果てに
ライザと仲良くしておけ。
女としては興味が持てなくとも、人間としてのやり方は全て学んでおけ。
そう、父に言われた。
ボオスはそれを今でも覚えているし。それが事実だったとも感じている。だが、ライザも人間だったのだ。
だから、あの時から。
関係の修復が出来ないでいる。
今でもライザの事は認めている。
分かっているのだ。
自分がやっているのは支配者ごっこに過ぎないと。全て父の権勢があってこそ、周囲も顔役として扱ってくれる。
だが、裏では笑われている。
そんな事は知っていた。
ランバーは剣術師範として以外は無能の極地だが。それでもボオスを裏切らない事が分かっている。
だから、腰巾着にしかならないことを理解していても。
側には、ランバー以外を置く選択肢が無かった。
怪我が治った。
この怪我も、ライザの薬のおかげですぐに治ったのだ。
本来だったら頭を下げるのが筋だろう。
父だったら。モリッツだったらそれができた筈だ。
だが、それがボオスには出来ない。
昔の事が原因で、どうしても頭を下げられない。
意地になってしまっている。
それは分かっているのに。どうしても、頭を下げる事が出来なかった。
自分の器が小さい。
それをよく理解している。
だからこそ、ボオスは自分に腹が立つ。
だが同時に、どうして正論をライザ達は聞かなかったのか。
それも腹立たしくもあるのだった。
ぼんやりと港を歩く。
感覚が鋭くなったのだろうか。
陰口が聞こえてきていた。
「ブルネンの坊ちゃんだぜ」
「ああ、手酷くやられて、ライザに助けられたみたいだな」
「いい気味だ。 少しは反省してくれないかな」
「無理だろ。 性根が腐っていやがるからな」
ランバーに聞こえている様子はない。
だとすると、あの時。
ドラゴンのブレスが飛んでくるのが、嫌にゆっくり見えて。文字通り吹っ飛ばされた時に。
体の何かが開いたのかも知れない。
いずれにしても、聞かないフリをして先に行く。
いちいちキレていても仕方が無い。
ただでさえ支配者ごっこである事は、ボオス自身が理解しているのだ。
島の支配者はブルネン家だ。
古老は権力を持っているが、所詮権力を持っている、以上でも以下でもない。
ブルネン家が抑えているのは生命線。
それだけで、ブルネン家の力は絶対だ。
だが、それも何処かで虚しく感じる。
このまま、ボオスがブルネン家の跡を継いだらクーケン島は終わりだ。
そういう声も上がって来ているらしい。
分かっている。
ボオスも、そう思っていた。
敢えて強い言葉を使って、年上の顔役に接している。それが板についてしまっている。
それで相手が屈服するか。
答えは否だ。
最近は、反発が明確になって来ている。
水の利権を持っているから。
ただそれだけで偉そうにしている。
そう、ボオスは思われている。
父のモリッツは違う。
島に新しいものをどんどん取り入れている。人も。新しく島に移住してきた人と結婚した者も多い。そうして新しい血を入れることが、どれだけ島に大事かは、誰も……古老ですら分かっている。
このままではまずい。
ボオスはそれが分かっているのに。
どうしても、動く事が出来ずにいた。
港を歩いて回ると、漁師が騒いでいる。
どうしたと、声を掛けに行くと。数人は視線を逸らし。何人かが困り果てた様子で答えはする。
心底嫌そうに、だ。
「穴場で魚が全く捕れないんでね。 危険を冒して外海の側まで行っているのにでさあ」
「何だと……」
「これからの時期は乾期で、知っての通り魚がとても大事な栄養になる。 捕れないと、とんでもないことになる。 モリッツさんに知らせてくれないですかね、ぼっちゃん」
「俺の事を……」
坊ちゃんと言うな。
そう言おうとしたが、止める。
状況の切迫については、すぐに理解していた。
まずい。
言われた通りで、クーケン島の産業は限られている。特産品のクーケンフルーツは悪くない品だが、それでも量が限られている。他に自作できるのは痩せた土地に強い麦をはじめとした、幾つかの作物だけだ。
だから栄養が偏らないようにするために、魚や肉は必須になる。
魚の不作は、それだけで乳幼児や子供を産んだばかりの母親の命に関わってくる。
「たかが栄養」ではない。
しっかり子供の面倒を見る仕組みが出来るまでは、子供の半分が死んでいた。それは何もずっと遠い昔の事では無い。
子供が一人死ぬだけで、母親は壊れる事だって多い。小さな島に、無駄な人間なんて一人だっていない。
労働力が一人いなくなるだけで、それだけ損失が大きいのだ。そのくらいのことは、ボオスだって一発で分かる。
すぐに丘の上にあるブルネン家に戻る。途中、幾つかの水源から、水がきらきらと溢れていた。
暑くなってくると、この水が生命線になる。
だが、それがブルネン家に対する反感にも直結する。
ボオスに対する視線は、あまりよろしくない。
父は家で右往左往していた。
やはりドラゴンが人を襲ったという事もある。護り手による魔物の駆逐も、上手く行っていない。
護り手に無理を言っている事は、父だって分かっているのだろう。
父の気が小さい事は、ボオスだって知っていた。
「親父、少しいいか」
「どうしたボオス。 今考え事を……」
「魚が捕れなくなってきている。 対策が必要だ」
「なんだと……」
父だって、それが如何に危険な事くらいは分かる。というか、反感を浴びつつも村の顔役を降ろされていないのも、父に一定の手腕があるからだ。
先代はもっと手腕があったらしいのだが。
それは仕方が無い。
ともかく、父も港に行く。
ボオスもそれについていくしかない。
漁師達が、話し合いをしている。ボオスに対しては坊ちゃん呼ばわりの漁師達だが、父には一目置いている。
「ああ、モリッツさん。 来てくれたか」
「状況を聞かせてくれ」
「分かった。 手分けして彼方此方回ってみた。 年寄りに聞いた穴場にまで行ってみたんだが、それでも殆ど魚がとれねえ」
「どういうことだ? 何か皆で原因は思い当たらないか」
分からないと皆が首を横に降る中。
「白髭」と言われる、漁師の長老格の人間が、挙手する。
年老いているが、漁で生計を立てている人間だ。
まだ筋骨は充分にたくましい。
「いいか、ブルネンの」
「なんだ白髭どの」
父もこの老人は無碍に出来ないのだろう。何しろ、村の漁業に関する生き字引みたいな人間である。
周囲の漁場については殆ど全て知っていて、たまに外海にふらっと出ていっては、とんでもない大物を担いで戻ってくる。
普段はほぼ喋る事もないのだが。
漁師全員が尊敬している人物で。
喋ったときには、古老ですら黙る程の存在感がこの小さな村ではある。
「潮の匂いがいつもと違う」
「潮の匂いだって……?」
「ああ。 季節によって潮の匂いが変わるものなんだがな。 今回の臭いは、わしが生まれてこの方嗅いだこともないものだ。 多分漁場を変えたりしたくらいでは、どうにもならないだろうな。 外海の様子も少しおかしいように思う。 何があるか分からないから、漁には出ない方が良いかも知れないな」
父が黙り込み。
腕組みして考え込む。
魚が捕れなくなるのは、文字通りの死活問題だ。
ボオスに、視線を向ける父。
「ボオス、見回りをしてこい。 混乱が起きていないか、波及する気配がないか、目で確認してくるんだ」
「分かった」
「いきやしょう」
ランバーと一緒に、ボーデン地区に出向く。
悔しいが、今のボオスにはそれくらいしかできる事がないか。
人望がない。
自分自身のせいで。
それについては、ボオスも理解している。だが悔しい事に、それをどうすれば解消できるか分からないのだった。
対岸での魔物掃討作業に、クラウディアも加わる。
戦闘は怖い。
血の臭いは、意識が飛びそうになる。
それでも、音魔術と、魔術を駆使した弓術を用いて、皆の支援に徹する。
慣れてくれば、多分矢を複数同時に出現させる事が出来るはずだ。
少し前に戦闘したあの恐ろしい魔物との戦いで。ライザは千を遙かに超える熱の矢を出現させ、それを一斉に叩き付けていた。
結果としては魔物に殆どダメージを与えられなかったが。
あれが破壊力を発揮していたら、小さな村くらいは消し飛んでいたのだと思う。
あそこまでの魔力と技量は、クラウディアにはない。
だけれども。
アトリエで、ライザにフルートの演奏を披露してから。
どうしてか、魔力が簡単に練れるようになってきている。
勇気を出したから、だろうか。
いずれにしても、矢を放つ事。
敵に当てること。
それに、敵にとどめを刺すこと。
これらは、苦にならなくなりつつあった。
呼吸を整える。
島の対岸に群れている魔物が、不利を悟って逃げ出す。ライザ達は、怪我もしていない。ただ、流石に斃した数が数だ。
新しく作られたばかりの大剣を振るって、レントくんが肩で息をついていた。
「とんでもねえ数だ。 ちょっと洒落にならねえぞ」
「あの魔物の影響かもね。 見て、鼬だけじゃない。 普段見た事がないような魔物まで混じってる」
タオくんがハンマーで頭を事務的に叩き潰して、瀕死の魔物にとどめを刺す。
今殺したのは、「ラプトル」と言われる大きなトカゲの魔物だ。
大きくて俊敏で、凶暴でそれでいて頭も良い危険な魔物で。
だけれども、「ラプトル」と呼ぶ理由はまったく分かっていないらしい。
そのラプトルも、傷ついて此方に流れてきた挙げ句。
うろうろしている所を、クラウディア達に遭遇。
ライザの熱魔術の直撃を受けてバタバタと倒れた。普段の力の三割も発揮できていなかったのだと思う。
アンペルさんとリラさんは、二人でこの場を離れている。
多分西の……禁足地に向かったのだと思う。
護り手の人達は、周辺で魔物を掃討していたけれど。数が多すぎて尻込みしている有様だ。
とくに経験が浅い人達は、大暴れするライザの様子を見て、青ざめている程である。
この村の基準でも。
ライザの戦力は、図抜けている。
それが、客観的に見てクラウディアにも分かった。
「クラウディア、手伝って。 一段落したから、魔物の処理をするよ」
「うん。 任せて」
「羊まで……」
ライザが呻く。
大型化した羊は、人間の手を放れて野外で凶暴化するケースがある。ただ、人間の手を離れて好き勝手に生活している雰囲気が強く、そこまで邪悪な魔物とはならないのだけれども。
そういった羊も、周囲に点々と死んでいた。
食べられる魔物は、てきぱきと解体してお肉を捕っていく。
ただ、肉食の魔物のハラワタを開けると、凄い臭いで気絶しそうになったりする。まだ線が細い。
あの恐ろしい、ライザの魔術でも錬金術でさえもどうにもならなかった魔物。
リラさんが「将軍」と呼んでいた者と、いずれ戦う時が来るかも知れない。
そうでなくとも、ドラゴンが無差別に人を襲っているのだ。
何が来ても不思議では無いのに。
この線の細さが、クラウディアには情けなかった。
二時間ほど掛けて、魔物の死体を処理する。
護り手はもう一旦アガーテさんと一緒に撤退。ウラノスさんのようなベテランもいるが、何しろもうお年寄りだ。連戦で疲れ果てて、今は後方で指揮を執っているらしい。若い護り手は技量も経験も浅く、束になってもライザ一人にも及ばないようにクラウディアには見える。
事実、魔物の処理も殆どライザ達とクラウディアでやることになったし。
それで、数十体は片付けたのだから、充分だろう。
魔物を処理し終えて、肉やら皮やら。それに羊毛やらを満載して、それこそ海賊のように島に戻る。
アンペルさんとリラさんは、アトリエにしばらく泊まると言う事なので、気にしなくて良いだろう。
ふと、タオくんが眼鏡を直す。
「あれ。 なんだかいつもと潮の流れ、違わない?」
「そうか? 俺は全然分からないけど」
「私にも分からないわ。 ライザ、どう?」
「うーん、変な魔力とかは感じないけど。 確かになんだか、船の周りに魚がいつもほどいないような気も」
そういえば、さっき魔物の残骸を湖に捨てたときも。
いつもばしゃばしゃと凄い音を立てて魔物の残骸を食べて行くお魚さん達が、いつもよりだいぶ静かだった気がする。
何より、タオくんはとても頭が良くて、クラウディアも感心するほどだ。
今は小さくてあまりぴんと来ない人も多いだろうが。
もしもこれから背がぐっと伸びたりしたら、何年かあとにはとてももてるようになるかも知れなかった。
「いずれにしてもタオがいい加減な事をいうとは思えねえ。 あの魔物の事もあるし、注意は必要かもな」
「とりあえず、しっかり舵を取って。 あたしが熱魔術で水面下を探るよ。 潮の流れが変わっているなら、暗礁に引っ掛かる可能性もあるし」
「おう、任せとけ」
「私が前で舵を支援するわ」
矢の具現化の練習だ。
前にいて、舵を取ればそれだけ更に船は安定するだろう。
ライザもお願いねと言ってくれたので、クラウディアには嬉しい。
そのまま、クーケン島にまで戻る。
港に戦利品を、荷車に載せて運んでいくと、漁師達が、おっと声を上げていた。
「すげえ量の肉だな! ちょっとすまないが、売ってくれるか」
「そもそも売るつもりで持って帰ってきたんですが、それはそれとして何かあったんですか?」
「魚がとれねえんだよ。 白髭のじいさんは、潮の匂いがいつもと違うなんていう話をしていてな」
「そういえば、タオもそんな事言ってたよね」
お金は幾らでも必要だ。
気前よくライザは、肉を漁師に売り分ける。
対岸の方はまだ魚がいるかも知れないと言う話をすると、漁師は申し訳なさそうに頭を掻いていた。
「あー、それは分かっているんだ。 だがあの辺りは、本当に最後の手段でな」
「なるほど……」
漁は、農業と同じ。
穴場で取り尽くせば、そこに魚が戻るまで相当に時間が掛かると言う。
陸だけでは無い。
エリプス湖や、外海にまで異変が起きているのだとしたら。
これは、何かとんでもない事が起きようとしているのかも知れない。
あの恐ろしい「将軍」という魔物の事を思い出して、クラウディアは身震いしていた。