暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
・白髭
漁師のリーダー。
島の規模が小さく、更には漁業中心と言う事もないので、そこまでの権力はない。
ライザの理解者の一人で、熟練した漁師。
・ウラノス
護り手のまとめ役をしていた魔術師。単純な魔術に関してはライザに与えた影響がもっとも大きい。
現役を引退した現在でも、時々護り手に要請されて荒事にかり出されるほどの技量を持つ老練。
白髭が戻ってくる。文字通りの凱旋という雰囲気だ。
白髭だけじゃない。
あたしの渡した薬を。魚の誘引剤を渡した人間は、みんないつもと同じような漁獲をひっさげて戻って来ていた。
それを見て、他の漁師達も目を丸くする。
白髭は何も言わない。
むしろ、半信半疑だった様子の、他の漁師達がまくし立てていた。
「ライザが錬金術だとかいうので作った薬の効果だ、間違いない。 ここしばらくの不漁が嘘のようだ」
「マジかよおい……」
「みな、良いか」
集まっていた漁師達が。
流石に白髭の言葉には黙る。
滅多に無駄口を叩かない、島の漁師の長といっても良い人物。
戦士ではないが。それはそれとして、島に欠かせない人間の一人であり。漁業という観点からみれば。
古老以上の発言権を持つ存在だ。
「ライザの話をまとめておく。 この薬は対処療法に過ぎないらしい。 魚そのものが、何かしらの理由で減っている。 その根本的な理由を突き止めない限り、漁獲は戻らないということだ。 わしも同じ意見だな」
「し、しかしどうやって……」
「潮の匂いが変わった事にわしは気付いた。 他にも、潮の流れが変わっているともわしは思う」
影に隠れて、話をする白髭の様子を見守る。
確かに白髭が言う事は、色々と理にかなっている。
血の気が多い漁師達も、黙って話を聞いていた。
「わしは原因を突き止めるために、辺りを見回っていた。 そうすると、どうにもおかしな影が湖の底の辺りを動いているのを見てな」
「な……」
「外海の魔物だ。 魚はあれを怖れて逃げたと見て良い。 魚が捕れなくなったら、今度は人間を襲いに来るだろうな」
「くっ……冗談がきついぞ」
漁師達が怖れる中。
ボオスが姿を見せる。
相変わらずぼんやりしているランバーも一緒だ。ランバーは、しかしながら。もうやめようよと、顔に書いていた。
ランバーは剣を抜けば達人、剣を抜かなければでくの坊として知られているが。
それはそれとして、悪党ではない。
あたしがタオに聞いているが、ボオスがタオを虐めるときも。ランバーが加わる様子はないという。
むしろ困り果てているような顔で、様子を見ていた、とも聞いている。
だとすると、ランバーは。
別に、あたし達に敵意はないのかも知れない。
傲慢な指導者は、部下に全肯定を求めると聞いている。
怒りや憎しみなども共有するように、とも。
今のボオスはそれに成り掛かっているが。
ランバーはそんな相手の腰巾着をしながらも。意外にも、自我をしっかり保てているのかも知れなかった。
「何があった」
「これはブルネンのぼっちゃん」
「坊ちゃんは止せ。 白髭老、詳しく聞かせてくれるか」
ボオスも、少し態度が柔らかくなっているか。
この間まで、誰であろうと呼び捨てにしていたのだが。
最近は折衷をしているのか、白髭やウラノスさんのような年上の尊敬すべき人間に対しては、敬称のようなものをつけて喋るようになっている。
ドラゴンに殺され掛けて、思うところがあったのかも知れない。
だとしたら、こんな馬鹿な事は止めてほしいのだが。
あたしの隠行の技術は、アガーテ姉さん以外には看破されない自信もある。
まあ、様子を見ているとする。
白髭から話を聞き終えると、ボオスは考え込む。
「魔物の姿を見たんだな」
「ああ。 ライザに頼まれていてな。 この強力な餌をやれば、必ず魚が集まる。 もし魚を減らしている要因が何かしらの生物だったら、絶対にそこに姿を見せると。 それで危険を承知で、大型の船を暗礁にこうつけてな……」
「それは分かった。 アンタほどの名人だ。 恐らく嘘はついていないし、見間違いでもないんだろう」
「わしが名人かはともかく、あれは魚影の類ではないなあ。 放置しておけば、必ず人間を襲いに来るぞ」
舌打ちするボオス。
しばらく、漁は中止。
その代わり、麦などの食糧を此方から供給する。
そう言い残すと、港を後にする。
意外だな。
あたしのせいにして、もっと事態を拗らせるのかと思ったのだが。
いずれにしても、あたしも一旦引くとする。
これはちょっとばかり、面倒な事になりそうだと判断したからである。
対岸に渡り、そこのアトリエに集まる。
アンペルさんとリラさんも、丁度戻って来たようだった。かなり血の臭いがしているが、どうみても返り血だ。
かなり魔物を殺してきたのだろう。
あの恐ろしい魔物も倒して来たのだろうか。ちょっとそればかりは、なんとも今のあたしの技量では分からないが。
まず、軽く話をする。
漁師の一部を信用させることに成功したとあたしが胸を張ると。
アンペルさんが苦笑する。
「それで安心していては、足下を掬われるだろうな」
「そうなの!?」
「話によると、ボオスというその子供は錬金術を貶める隙を狙っている。 今の時点では手の打ちようがないからさがっているだけだ。 何かの問題が起きれば、必ず反撃に出てくるぞ」
「うーん……どうしてそんなに錬金術を嫌うんだろう」
ボオスだって、あの時。ドラゴンに襲われた時、錬金術の薬がなければ死んでいたのである。
それなのに、どうして心を動かせないのか。
リラさんが咳払い。
全員が、一斉に注目する。
「ボオスという子供は、どうもライザに執着しているようだな。 異性として認識しているようには思えないのだが、何かあったのか」
「ええっ!?」
「困惑しきった声だな。 その様子だと異性関係はないのか」
「ないない。 そもそもあたし達、ずっと幼い頃から一緒に走り回っていたし……」
レントやタオと同じだ。
異性として認識しようがない。
芸がなければ、十五になる頃にはそれでも無理矢理結婚させられていたかも知れないけれども。
あたしの場合は、護り手の次期リーダー候補。
レントやタオも、それぞれ芸があったから、それもなかった。
というか、あたし達はこんな閉鎖的な村に暮らしているから、誰が誰を好きだのという話は、嫌と言うほど耳にする。
ボオスは基本的に浮いた話がなく。
多分だが、村にいる女に魅力を感じていないと見て良い。
美男美女がなんぼでもいる村だ。ボオスのようにえり好みできる立場なら、そうなっても不思議ではないだろう。
「というわけで、多分ボオスがあたしを好きとかそういうことはないですはい」
「俺も同感だな。 確かボオスの初恋は行商人のなんとかいう女だっていう事を聞いたことがある。 ただその行商人が酷い淫売だったとかで、以降はしばらく女なんて見たくないとか愚痴ってたとか聞いてるぜ」
「ああ、僕も聞いた」
「田舎らしい馬鹿馬鹿しい人間関係と情報網だな……」
アンペルさんが呆れた。クラウディアは苦笑い。
いずれにしても、だ。
執着とは、どうしてなのだろう。
「あの、いいですか?」
「なんだクラウディア」
「ボオスくんは、ライザを嫌っているようには思えないんです。 異性として好きというのとは違うかも知れないけれど……」
「そういえば、前もそう言っていたね」
ちょっとよく分からないが、クラウディアがわざわざ嘘をつく理由がない。
レントやタオは退屈そうだが。
リラさんは、大事な話だと。二人に言い聞かせる。
「もしもライザに執着している……素のライザに執着しているのだとしたら、恐らくそれが故に、錬金術が邪魔なのかも知れない」
「なんで!?」
「昔の自分が知っていた頃のライザに戻ってほしいのではないのかな」
「はあ……あたしは昔からこんなですけどね……」
アンペルさんの言葉に小首を傾げるあたしだが。
いずれにしても、よく分からない。
ともかく、漁は中止になった。
アンペルさんは咳払いすると、幾つか準備をしてほしいと言ってくる。
まず第一にやるのが。
今までとは比較にならない程の餌の臭いを撒く薬剤の作成だ。
そんなもん、どうするのかちょっと心配になったが。
リラさんが咳払いする。
「少し前から、この村の周囲を探っていた。 実は外海の魔物が湖に入り込んでいる事は、私は知っていた」
「えっ……」
「湖の魔物について、先に退治してしまっても良かったのだが、ちょっときな臭い事が分かってきていてな。 それで、魔物そのものをカードとして使う事にする。 そのための準備が必要だ」
「……」
汚い大人のやり口だ。
そう思って呆れているあたしに、アンペルさんは苦笑する。
「これから、事態が大きくなれば、ブルネン家を中心としたもっと汚い大人の様子を嫌でも見る事になる」
「ええ……」
「だから、今のうちに備えておくんだ。 何を見ても、不快感で胃が煮えくりかえらないようにな」
少し不満はあるが、それで頷く。
一旦、解散とする。
少し街道を北上して、その辺りの掃討作戦を行う。
ブロンズアイゼンの装備の性能は前とは別物で、今までと同格くらいの魔物だったらざくざく斬り倒すことが出来る。
あたしも詠唱無しで二十発以上熱の槍を放てるので、とにかく楽でいい。
これに加えて、錬金術によって身体能力を上げる装備を今後どんどん増やして行きたいと考えている。
ドラゴンといずれ戦うのだ。
それだけの準備は、必須と言えた。
街道の北の方は分岐していて。そのまま北に行くと、メイプル峡谷という場所に突入する事になる。
植生の問題だかで、その辺りはとにかく蜜を多く出す植物が密集していて、凄い甘い匂いがする。
このため蟻だらけなのだ。
足下も甘い匂いが腐ったようなちょっと身の危険を感じる腐敗臭が満ちているし。
魔物も、あまりこのメイプル峡谷には近付かない。
一部の物好きな魔物が足を運ぶくらい。後はエレメンタルがいるくらいか。
街道を往復しながら、地図をタオに描いて貰う。
一応この辺りの地図はあるにはあるのだけれども。どうにもいい加減なのである。
そもそも街道からは外れるなと、子供の頃から徹底的に仕込まれるのがクーケン島なのである。
だからメイプル峡谷の辺りは、どうなっているかよく分からないのだ。
あたしも二三回足を運んだことはあるのだが(悪戯の過程で)。
なんというか、もの凄い甘い匂いで。
甘いもの大好きなあたしでも、流石に悪い意味でくらっと来て。しばらく甘いものは見たくもなくなった。
この辺りの街道は、周囲に大きめの丘が幾つもある。
魔物の掃討を続けながら、そういった場所を確保して、安全な視界を作っていく。
西から大挙していた魔物は一段落したようだ。
殆どが東に去ったか。
或いはだが。
西にいた、何かに追われた魔物達は。
そもそも、全てが去ったのかも知れない。
鼬を中心に魔物を狩って、そしてクーケン島に皮やら肉やらを持ち帰る。草食獣の魔物もいたが、どの魔物も例外なく傷ついていた。
状態がいいものは、アトリエにしまう。
途中、何度か巡回中のアガーテ姉さんに遭遇したので、状況を説明。肉などが必要な場合はその場で分けたし。
薬が必要な場合も、別に惜しむこともない。
その場で渡した。
まだ不安がある護り手もいるようだが。
あたしの薬が効くことは、既にみんな周知している。
アガーテ姉さんも躊躇なく使うし。他の護り手も、特にこの間エドワードさんの所に怪我人として運び込まれたような人は、みんな信用して使ってくれている。
それは、ありがたい。
もしも島を挙げて錬金術の排斥運動とかが起きたとしても。
味方になってくれる人は、絶対にいる筈だ。
アガーテ姉さんには、更に話をしておく。
タオが分析した魔物の動き。
やはり、西に何かいる。それ以外の結論はなかった。
「西に何かがいる可能性が高い、か」
「多分禁足地の先だと思う。 とにかく気を付けて」
「分かった。 お前達、間違っても禁足地には入るなよ。 あそこは島の掟関係無く危険なんだ」
周囲を見回してから。
アガーテ姉さんは言う。
護り手の中でも、精鋭のごく一部は、たまに禁足地に入って偵察行動を行っているという。
これは古老も承知の上での行動だそうだ。
何それ、ずるい。
そう言いたくなったが、今はとにかく我慢する。
続いて、アガーテ姉さんの話を丁寧に聞く。
「タオは特に安易に足を運ぶなよ」
「え、どうしてですか!?」
「お前が喜びそうな遺跡らしいものも、街道の比ではない数がある。 もうお前達は、それぞれが護り手十人分くらいの力はあるが、それでも不意を打たれたら危ないだろう」
頷くが。
それを聞いて、タオが目を輝かせるのをあたしはしっかり確認した。
まあそうだろうな。
タオからすれば、危険さえなければ天国みたいな場所だ。
「住み着いている魔物も大きいのが多く、力も強い。 メイプル峡谷にいるような変わり種ではなくて、単純に強い魔物だ。 噂だが……精霊王が姿を見せる事があると聞く」
「!」
精霊王。
噂に聞くエレメンタル達の王。
圧倒的な力を持ち、ドラゴンすら歯牙に掛けないとか、古代竜と同格くらいの力を持つとか。
怖い噂ばかり聞く相手だ。
もしそれらがいるのだとしたら、それこそ本当に命がけでいかなければならない場所であるだろう。
確かに、「禁足地」だ。
元々島の掟だのにあまり興味が無さそうなアガーテ姉さんが、絶対に足を運ぶなと言う訳である。
だが、レントはむしろ闘志を刺激されたようである。
それはそうだろう。
剣腕を求めているレントからしてみれば、精霊王なんて最高の相手、それは手合わせしてみたいに決まっている。
「それともう一つ。 近々、ドラゴンを退治するために遠征するかも知れない」
「えっ……とうとうですか。 明らかに無謀です。 たくさん死人が出ますよ」
「分かっているが、ついにブルネン家がその結論で押し切りそうなんだ。 念の為に、お前達にも声を掛けておく。 最悪の事態が起きた場合は、島を頼むぞ」
「分かりました……」
無事で済む筈がない。
あのドラゴンの実力、はっきりいってクーケン島の戦士全員を合わせても及ぶかどうか。
もしも護り手達を総動員したとしても、それでも無事ではすまないだろう。大勢死人が出る。
モリッツさんは、どうしてそんな危険な事を。
或いはだが。
長期的な島の安全を考えての事か。
だとすると、ボオスも参加する可能性が高い。
モリッツさんの一番大事な跡取りだ。それを参加させると言う事で、本気である事を示せるからだ。
そうなると、モリッツさんも引くに引けないのか。
あたしは少し考え込むと、分かりましたと応えて。
護り手達と離れる。
クラウディアが。周囲を警戒しながら言う。
「やっぱりボオス君が心配なんだね」
「ボオスだけじゃないよ。 あんなのとまともにやりあったら、死人が大勢でるに決まってる。 島の人は、みんな知り合いなんだよ」
「うん……そうだよね」
クラウディアが寂しそうにまつげを伏せるので。
あたしは罪悪感を刺激されて、咳払いしていた。
一度クーケン島に戻って、肉やらを分配する。
どうやら漁の禁止が正式に交付されたようで、漁師達はみんな腐った様子で退屈そうにしていたが。
あたしが対岸で採れた肉やらを持ち込むと。
みんな満面の笑みで飛びついていた。
「ひゃっほう! 肉だ肉!」
「ありがてえ! 護り手よりも、たくさん採ってくるんじゃねえかライザ!」
「それはいいから、早く食べて食べて」
「おう! 支給される麦がどうもまずくてなあ。 長期保存されてる奴だろうから仕方がないんだけどよ! こういう肉がくいたかったんだよ!」
がっつがつと筋肉ムキムキの漁師達が肉を食べ始める様子を見て、呆れるが。
クラウディアは、むしろ嬉しそうだった。
ちょっとその辺りは、よく分からない。
レントが、あたしより先に聞く。
「クラウディア、誰かが食べてるのを見るのが好きなのか?」
「うん。 あのお肉、私達がとってきたものでしょ。 私やフロディアが焼いたお菓子を食べるのと同じ感覚かな……」
「クラウディアって、時々面白い感性だよね」
タオも、こればっかりは理解出来ないらしい。
あたしも、それについては同意だった。