暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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3、先手を打つべく動け

メイプル峡谷に足を運ぶ。

 

街道の安全がある程度確保できた。

 

アンペルさんに言われたのだ。

 

優先順位をつけて動くように、と。

 

例の魔物を誘引するものを、最優先で作ってほしい、ということだった。

 

アンペルさんの腕が悲惨な事になっているのは、既にあたしも知っている。そばで調合を見たからだ。

 

リラさん曰く、戦士としては今でも存分に働けるらしいのだが。

 

錬金術師としては、もうすっかりあたしの方が上だとか。

 

勿論知識とか、色々な事もある。アンペルさんの方が、錬金術師としては総合的に上だとあたしは思うが。

 

いずれにしても、アンペルさんの汚い計画を実行するためにも。

 

先に、魔物を誘き寄せる薬は必要だと言う事だった。

 

それには。とにかく強烈な臭いを発するものがいる。

 

この近辺で臭いといえば。このメイプル峡谷しかない。

 

特に深部のメイプルデルタと呼ばれる地域は、周囲から腐った甘い液が流れ込んで、地獄のような有様である。

 

此処でしか採れない茸などもあるのだが。

 

とにかくいびつに歪んでいて。

 

毒キノコとしての性質が強い。

 

間違っても食べるなと言われているが。

 

臭いといい見かけと良い、食べる気がしなかった。

 

ワイバーンがいる。

 

ドラゴンよりだいぶ小さいが、どうするか。

 

街道を我が物顔に飛んでいる。

 

多分以前目撃されたというのは、こいつと見て良いだろう。先に処分しておくべきだ。そう、あたしは判断していた。

 

ワイバーンも此方に気付く。

 

どの道、街道に溢れていた魔物を食い散らかし。

 

気が大きくなっている個体だ。

 

放っておけば、街道を通る人だって襲う。

 

飽食の魔物、滅ぶべし。

 

そうあたしは判断して、声を張り上げた。

 

「いくよ!」

 

「おうっ!」

 

ワイバーンは火こそ吐くことはないが、その代わり魔術は一丁前に使ってくる。この辺りは、小さくてもドラゴンによく似ているだけの事はある。

 

それに小さいといっても、人間の三倍から四倍はある。

 

ドラゴンが大きすぎて、感覚が麻痺してしまうだけだ。

 

その大きさで、羽ばたいて飛べるのは。魔術を使っているかららしく。翼には強い魔力が篭もっている。

 

本来なら、死を覚悟して、それでやっと倒せる相手だ。

 

だが今なら。

 

まずは先手を打つ。

 

レヘルンを投擲して、ワイバーンに致命的な冷気を叩き込んでやる。

 

ドラゴンに効くとしたら、炎よりこっちだろう。

 

そうあたしは睨んでいる。

 

故に何度か改良し、今は二連結のレヘルンを使うようにしていた。

 

地面から噴き出した霜柱が、ワイバーンを文字通り突き上げる。ワイバーンが甲高い悲鳴を上げるが、空中で立て直し。その全身に纏った鱗が強い禍々しい光を放つ。氷が、見る間に消えていく。

 

クラウディアの放った矢が、ワイバーンの顔面を直撃。

 

火力も上がっているし、顔を思い切り逸らせるワイバーンだが。詠唱無しでの魔術の行使だ。

 

ワイバーンの体を覆っていた氷が、間もなく爆ぜ割れていた。

 

此方に向けて、魔術を何か放とうとするワイバーンだが、あわてて避ける。タオが突貫して、ハンマーで空を斬っていた。

 

だが、それは囮。

 

本命のレントが後ろに回りこみ。

 

ワイバーンの背中から、一撃を叩き込んでいた。

 

鋼鉄以上と言われるワイバーンの鱗に、刃が食い込む。やはり全く効いていないと言う事はない様子で、火花を散らしながらも、刃は確実にワイバーンに傷をつけていた。

 

ハンドサインを出しつつ、あたしは続いて次の爆弾を投擲。

 

ワイバーンを抉った剣を手放し、飛び離れるレント。

 

其処に炸裂したのは、雷撃爆弾プラジグだ。

 

文字通り、雷が落ちたような凄まじい音とともに、周囲が一瞬暗くなる。

 

ワイバーンが、明確な悲鳴を上げた。

 

それはそうだろう。

 

もろに通ったはずだからだ。

 

地面に落ちてくるワイバーン。剣が抜けて、それをレントが空中でキャッチする。

 

器用な事をするなあ。

 

そう思いながら、あたしは続けて新しい爆弾を取りだす。

 

風を巻き起こす草がある。

 

それ自体が強い魔力を帯びている、種をまき散らすために空を飛んで遠い地方まで飛んでいく草。

 

ウィングプラントだ。

 

どこにでも生えている草なのだけれども。強い魔力を持っていることもあって、農家では休作中の畑に植えたりすることもある。痩せてきた畑に生やすことで、来年は強い魔力を帯びた土が、作物を育ててくれるからだ。

 

これが爆弾になると知ったときはあたしも驚いたが。

 

ともかく、今は爆弾を投擲。

 

凶悪な風圧で、相手を無茶苦茶にする爆弾、ルフトである。

 

炸裂。

 

ルフトの風圧が、文字通りワイバーンを地面に叩き付け、翼を抉る。これで、とどめと見て良いだろう。

 

血を吐きながらもがいていたワイバーンだが。レントが近付くと、不意に尻尾を振るって最後の反撃に出る。

 

ワイバーンの尻尾には強い毒素が含まれていて、擦るだけで死を覚悟しなければならないほどだ。

 

剣を盾にして、必死に一撃を防ぐレント。

 

ワイバーンは、あれだけ傷ついていたのに浮き上がると。

 

かっと口を開いて、何かよく分からないものを叩き込んでくる。

 

思わず膝を突きかける。

 

なんだこれ。

 

ひょっとして、概念としての死そのものか。あたしが攻撃の主軸になっているのを見て、ワイバーンもピンポイントで狙って来た。

 

それは分かるが、それはそれとして、意識が持って行かれる。

 

顔を上げる。

 

杖を手に、必死に背を伸ばす。

 

そして、息を吸い込むと。

 

全力で、ワイバーン最後の攻撃を、弾き返していた。

 

「喝!」

 

全魔力を収束させて、叩き込まれた死の概念を押し返す。

 

それを見たワイバーンが、満身創痍のまま逃げようとするがそうはいくか。

 

クラウディアが立て続けに放った矢が、折れている翼を撃ち抜く。ついに翼が完全に千切れて、ワイバーンが悲鳴を上げながら落下する。

 

レントが、首を刎ねて。

 

そして、それがとどめとなった。

 

巨体が力無く横たわる。

 

あたしは、なんとか呼吸を整えて、全身の魔力の流れを調整する。あんな隠し札を持っていたなんて。

 

流石にワイバーンだ。侮れない相手だ。

 

火や氷といった分かりやすい魔術では無くて、死の概念なんて面倒なのを直接ぶつけて来るとは。

 

その辺りの魔物とは、使う魔術も格が違うという事だ。

 

ワイバーンを解体する。

 

まだ若いワイバーンであるようで、肉なんかも少ない。ただこの肉は、とても栄養があると聞いている。

 

みんな疲れ果てている。

 

だから、一度小休止にする。

 

羨ましそうに魔物が見ているが、流石にワイバーンを斃した相手に仕掛ける勇気は無いのだろう。

 

そいつらは後回しだ。まずはワイバーンを解体する。

 

ワイバーンほど大きな魔物を解体するのは一苦労だが。

 

何とか吊して捌いて。血を抜く。

 

血そのものも強い魔力を帯びている。これは、血も使えるかも知れない。

 

荷車に、分別して載せていく。

 

最近は水を材料に使うこともあるから、よく乾燥させたツボも持ち込んでいるのだけれども。

 

それが早速一杯になってしまった。

 

毒針がたくさん生えている尻尾は、残念ながら放棄。捌き方が分からないのに、これに触れるわけにはいかない。

 

爪なども、石で叩いて骨から外し、全て荷車に詰め込む。

 

鱗も無事なものは全て回収。

 

この鱗だけで、今使われているような鎖鎧や皮鎧なんて、問題にもならない防御力を発揮できる筈だ。

 

骨も凄い。

 

恐ろしく硬くて、割るのに一苦労だ。

 

髄なども出して、全て保管しておく。その間にレントが火を起こして、タオが傷ついたり痛んでいる肉を率先して切り分けてくれていた。

 

持ち帰るのは、状態が良い肉。

 

状態が悪い肉は、この場で食べてしまう。

 

内臓なども切り分けて確認する。ちいさな袋状の器官を確認。内部に入っていた液を撒くと、発火したのでびっくり。

 

それもぼんと、凄い勢いでである。

 

あわてて魔術で防御したから良かったが、そうしなかったら危なかったかも知れない。

 

ワイバーンはこの様子だと、火を吐けたのかも知れない。

 

だとすると、何かしらの理由で火を吐かなかったのだろう。

 

或いは、まだ体が火を吐くのに適した構造になっていないのかもしれなかった。

 

肉を捌いた所で、一段落。

 

あたしも血まみれになったけれど、それ以上に虚脱感が酷い。座ると、比較的無事だったクラウディアが拭き拭きしてくれる。まあ自分でやると言いたいのだが。疲れているし、好きにしてもらう。

 

既に肉は焼け始めていて。

 

その臭いの魅力は、嗅いでいるだけで殺人的だった。

 

すぐに皆で食べる。

 

いただきます。

 

そう言ってから食べ始めるが。一口口に入れると、しばらくみんな無言になった。

 

最初に口を開いたのはクラウディアである。

 

「びっくりだわ。 ワイバーンのお肉って、こんなにまろやかで柔らかいのね」

 

「寿命が延びるって聞いていたけれど、これは納得だよ。 こんなに美味しい肉、食べるの初めてだ」

 

「確かに凄く美味いな。 俺はどっちかっていうと歯ごたえのある肉の方が好きなんだが、これは柔らかくても好きだ」

 

「確かに高級品としてこれは扱われるわ。 でも、なんども戦うのはちょーっと勘弁かなあ」

 

残念だが。

 

美味しいが、命を賭けて戦うほどの相手でもない。それも事実だった。

 

黙々と、皆の分のお肉を食べると、一度アトリエに戻る。

 

街道を徘徊していた魔物の中で、最強の個体を黙らせたのだ。

 

流石に当面は大丈夫だと信じたい。

 

リラさんが「将軍」と呼んでいたあの化け物みたいな魔物が大挙して姿を見せたりしなければ、大丈夫だ。

 

アトリエに戻った後、皆で傷の手当てとかをする。

 

あたしは、魔力を派手に消耗したけれど。

 

さっきワイバーンから回収した分で、充分に補えたと思う。あの肉は、それだけ凄い品だったのだ。

 

休憩をしている間に、軽く話をしておく。

 

「ライザの爆弾、火力上がってたな」

 

「うん。 ドラゴンにも「将軍」とかいう奴にも通じなかったでしょ。 今回のをベースに、更に上げるつもりだよ。 近いうちにドラゴンと戦う可能性があるからね」

 

「厄介だね。 ドラゴンなんて、彼方此方旅をしてきたのに、殆ど噂でしか聞いていないよ」

 

「それはそうと、「将軍」って言葉について調べておいたんだ」

 

タオが、話し始める。

 

タオの研究成果は、基本的に役に立つ。

 

話し始めると止まらなくなるから、適当なタイミングでとめなければならないけれども。

 

「そういえばなんだ将軍って。 聞いたこともないぞ」

 

「うん。 古代クリント王国の時代って、今より人間が何十倍もいたらしくてね。 彼方此方に、今で言う王都くらいの規模の街があったらしいんだ。 それもたくさん」

 

「ちょっと信じられないね……」

 

「それでね、各地の街の今で言う警備隊とかクーケン島の護り手みたいな人が、もっと大規模に集まって集団になっていたんだって。 それをアーミーとか、軍隊とか呼んだらしいんだよ」

 

そういえば、今では意味がわからない言葉はたくさんあると聞いている。

 

タオがそういうのを調べてきたとしたら、興味深い。

 

「将軍ってのは、その「軍隊」って組織で、たくさんの戦士や騎士を従える立場にいた、偉い人だったみたいだよ」

 

「凄いねタオくん。 どうやってそれ調べたの?」

 

「あ、ええと。 うちにあった本を調べていて、記述を見つけたんだ。 それで詳しく百科事典とか引いていたら、そういうものだって分かってさ」

 

「しかし、今とは規模が比較にならない戦士の集団の長ねえ……」

 

あたしは、そこまでいって気付く。

 

あれが将軍と言う事は。

 

手下がわんさかいる、ということではないのか。

 

ぞっとする。

 

魔術は基本的に通用しない。頭を撃ち抜かれても死なない。そんなのが、わんさか。

 

それも、将軍というのは、人間が今の何十倍もいた時代の言葉だ。

 

「軍隊」というのがどれくらいの規模だったのかは分からないけれども。

 

もしそれを束ねる化け物だったとしたら。

 

青ざめているあたしに、クラウディアが大丈夫と聞いてくる。

 

大丈夫と応えながら、思考を進める。

 

そもそもだ。

 

アンペルさんとリラさんが、それについて話をしていたような気がする。確かに、「将軍」というのは格上の化け物だという雰囲気だった。

 

人間は、必ずしも強い人間が偉いわけでは無い。

 

クーケン島で言えばモリッツさんと古老だが。古老は魔術がかなり得意だが。それはそれで別に強い訳ではない。

 

モリッツさんなんて論外だ。

 

一応昔は剣を振るったこともあるらしいが。

 

今ではすっかりおとろえている。

 

毎日戦っているあたしから見れば一目瞭然だ。モリッツさんを殺すんだったら、五秒あれば充分である。

 

ただ、それは人間の都合。

 

あの「将軍」が魔物の都合で動いている場合、当然巨大な群れを率いるのに相応しい戦闘力を備えている可能性が高い。

 

ぞっとする話だった。

 

今は、それは話さない方が良いだろう。

 

ともかく、優先順位が高い事から、順番にやっていく。

 

休憩を終えたら、すぐにアトリエを出る。

 

まずはメイプル峡谷に向かう。

 

魔物が多少まだいるが、殆どは東に去った様子だ。ただ、死んだ魔物の残骸を、動物が漁っているのはたまに見かける。

 

容赦は必要ない。

 

殺さなければ、ああやって漁られていたのは人間になっていたのだから。

 

街道を北上して、昼過ぎにはメイプル峡谷の入口に到着。

 

相変わらず、もの凄い臭いである。

 

奥の方に溜まりがある。

 

甘いものはあまり腐らないらしいと言う話は聞いたことがあるが、それにも限度というものがある。

 

蜜に墜ちて腐った生物の死体やら、たかった虫の死体やらが溶け込んでいて。近付いただけで失神しかねない状態である。

 

事実、近付いただけで。

 

甘いものに慣れている筈のクラウディアでさえ、青ざめて口を押さえていたほどだった。

 

甘くて良い香りと。

 

甘くて危険な香りがある。

 

特に腐乱死体なんかは後者の臭いを出す事があるのだが。此処に満ちている臭いは、それに近い。

 

事前に、話はしてある。

 

出来るだけガスが溜まりそうな低い場所には近寄らない。もしも誰かが倒れたら、息を止めて即座に引っ張り挙げる。

 

幸い、猛毒のガスは発生していないが。

 

甘みの濃度が濃くなっている奥の方。メイプルデルタの溜まりになってくると。

 

ちょっとこれは、無理かも知れない。

 

入口付近でも、ちょっと低めの所には溜まりが出来ていて。大量の死体がつけ込まれていて、腐っていた。

 

それも虫だのなんだのが山ほど入っている。

 

中には、それらが固まって、琥珀という鉱石になってしまっているものも見受けられる。

 

レントが口を押さえながら。指でくいくいと指す。

 

琥珀だ。

 

しかも、巨大な結晶である。

 

中に詰まっているのは、なんだか腐って崩れた死体だろうか。

 

琥珀というのは、何かの死体とかを中心に出来ると聞いている。だとすると、死体なのかもしれない。

 

レントが剣を振るって、琥珀を砕く。

 

そして、内部に腐った肉とか詰まっていない部分をくれた。

 

クラウディアを見る。

 

口を押さえたまま、クラウディアがうんうんと頷く。これは、もっと急ぐ方が良いだろう。

 

比較的、やばくなさそうな溜まりを見つけた。

 

彼方此方でどろりとした流れすら作っている、おぞましい甘い匂い。

 

それらが近くにいる虫とかを、片っ端から引き寄せて。引きずり込んで。文字通りの蜜漬けにしてしまう。

 

だから、低いところにある池みたいな所は、文字通りの地獄だが。

 

流れの中にある中州みたいな部分には、虫とか死体とか流れ着いていない蜜だまりが出来ている。

 

そこに柄杓を伸ばして、すくう。

 

それだけでも、もの凄い臭いがして、あたしでもちょっとうげっとか言いたくなってしまう。

 

とにかく、それなりの量が必要だ。

 

タオは失神寸前。

 

レントも、口を押さえて出来るだけ急いでくれと視線で促している。

 

分かっている。

 

甘いというのは、本来とても魅力的な筈なのに。

 

どうしてこう、限度を超えると危険な代物になってしまうのか。

 

普通に人が死ぬぞ此処。

 

見ていると、足下とかでたくさん虫が死んでいる。とくに此処は蜂殺しとして有名な場所で。

 

甘さに釣られた蜂が、たくさん入口で死んでいると聞いたけれど。

 

本当だ。踏む度にじゃりじゃり嫌な感触がある。

 

全部死体だ。虫の。

 

溜息をつきたいが。

 

こんなところで深呼吸したら、そのままバタンと行くだろう。絶対にやってはいけないことだ。

 

とにかく、柄杓で掬う。専用の柄杓とツボをわざわざ作って持って来たくらいである。勿論、此処での作業以降は使えない。

 

便壺よりある意味ヤバイかも知れない。

 

肥を掻き回して、肥料が出来ているか確認するときも、失神しそうな臭いがするけれども。

 

とにかく耐えて、それから必死にメイプル峡谷から脱出する。

 

強烈な瘴気に近い甘い匂いが、ようやく途絶えるまで、全員で必死に支えあいながら歩き。

 

それを抜けてから、街道で座り込んで深呼吸する。

 

深呼吸なんていいものじゃない。なんどもぜーはー息をして、まともな空気を吸い込む。クラウディアは、口を押さえてずっとぶるぶるしていた。

 

幸いメイプル峡谷へは、どういう仕組みか風が吹き込みやすくなっている。故に、このおぞましい圧縮した甘さのが、外に漏れてくることは……勿論ゼロとはいわないが、少なめである。

 

壺と柄杓を確認。

 

これを見るだけでげんなりする。

 

タオが吐きそうになっていたが、何とか持ち堪えたようだ。クラウディアはぐったりしていたので、水を渡す。

 

甘い匂いは、しばらく嗅ぎたくなかった。

 

「大丈夫、クラウディア。 今朝氷から溶かしておいた沸かし済の水」

 

「ありがとうライザ。 生き返るわ。 甘い匂いって素敵なものだと思っていたのに、度が過ぎるとああなるのね……」

 

「正直思い出したくもねえ……」

 

「そうも言っていられないよ。 実はあそこ、珍しい固有の植物や茸がたくさんあってさ」

 

あんな環境だ。

 

外来種が迂闊に入り込めないのだろう。

 

だから、かなり珍しい植物が普通に残っているのである。

 

ただ、はっきりいって生身で入り込むのは無理だ。何か工夫をしていかないと、次は無理だろう。

 

空気で体の周囲を覆うか。

 

正常な空気が供給されるものを作るか。

 

今のうちに、考えておかなければならなかった。

 

いずれにしても、アンペルさんの言った魔物寄せは、早い内に作らないとまずいのである。

 

クーケン島はそれほど余裕がある状態で動いていない。

 

漁師が動けないとなると、今後何が起きるか分かったものではないのだ。

 

古い時代はクーケンフルーツしか殆ど作れず。

 

島はもっともっと貧しかったと聞いている。

 

それも今よりもクーケンフルーツはずっとまずかったらしい。

 

そんな状態に戻るのは、正直誰も望まないし。

 

無理に戻ったとしても。

 

その過程で多数の血が流れるだろう。

 

とにかくげんなりしながらアトリエに戻る。途中でレントが最後の気力を振り絞って、周囲を警戒してくれていたが。

 

タオは完全に伸びていて。

 

荷車に乗せて、そのまま撤退する。

 

「ごめんライザ……」

 

「いいって。 その代わり、頭がしっかりしたらちゃんとそれを使ってね」

 

「うん。 分かってる……うええ、吐きそう……」

 

「ただでさえ虫が苦手なのに、あの有様だもんね……」

 

ちなみにあたしは虫は平気。

 

というか、そもそもとして虫が苦手だったら農業なんかやっていられない、というのが事実だ。

 

クラウディアも、虫は全然平気らしい。

 

タオは全くという程駄目。レントも敢えて触りたいとは思わないらしい。

 

アトリエに到着。

 

作ったばかりのベッドで、タオが伸びている。少し寝た方が良いと告げると、クラウディアもふらふらとベッドに消えた。

 

レントも、限界だと言ってベッドに向かう。

 

あたしは、無言で一人になると。

 

コンテナにまずは収穫物をしまい。

 

頬を叩いていた。

 

帰路の内に、甘いあの強烈な臭いから復帰は果たしていた。そもそも肥と格闘している身である。

 

臭いには耐性くらいある。

 

農業に真剣に取り組んでいなかったのは事実だが。

 

それはそれとして、最低限の事はしているし、仕込まれてもいる。

 

多分四人の中で、もっともあたしは悪臭に強い。

 

「じゃ、やるか……」

 

それでも、ちょっとしばらくは、甘い匂いは嗅ぎたくないなと言うのが、あたしの本音である。

 

だから、敢えて自分に言い聞かせながら作業をする。

 

今回作るのは、任意のタイミングで臭いを拡散させる道具だ。

 

タオが既に計算済。

 

湖に外海の魔物が入り込み。それが餌に満足出来なくなるまで。

 

白髭が確認した魔物の大きさ、湖の大きさ、住んでいると推察される魚の数などから分析をした結果、一週間ほどで魔物はターゲットを人間に切り替える。

 

アンペルさんとリラさんは、しばらくは忙しいらしく、殆ど協力どころではないとも聞いている。

 

外海の魔物となると、その大きさは非常に危険。

 

多分だが、陸上でも活動が出来るだろう。

 

勿論水中での戦闘は論外。

 

ならば地上に引きずり出すためにも、魔物を引き寄せる餌の臭いを、任意で放つ道具は必須だ。

 

無言で調合をしていく。

 

手に入れてある魚の干物を、エーテルで分解。

 

更に其処に、濃縮しきった蜜をエーテルに分解して追加。

 

作業の際も、うえっとなるほどの甘さだが。

 

それでも我慢する。

 

深呼吸しながら、調合を続ける。幸いエーテルに溶かしてしまえば、臭いは途絶える。

 

この蜜、何かに使えるかも知れないが。

 

今は、正直もう見たくもなかった。

 

更に小麦粉を追加。

 

虫も追加する。

 

この虫は、メイプル峡谷付近に住んでいる虫で。体内に蜜を蓄える蟻の一種だ。普通は地中に住んでいるのだけれども。

 

メイプル峡谷は生態系も独自だ。

 

そもそも殆ど生物が入り込めないので、地上に堂々と徘徊している。

 

タオはそれを見てひいっと声を上げた。

 

まあ、無理もない。

 

掌ほどもある大きさの上に、腹が異常に膨らんでいる蟻で。はっきりいって異形というのが相応しい。

 

勿論、蟻に責任は無い。

 

蟻からすれば、その姿が合理的なのであって、異形だのなんだのは人間の主観からの理屈だ。

 

タオもそれは分かっている筈だけれども。

 

それでも感情を優先して動くのが人間というもので。

 

あたしも感情が先に沸騰して、怒りにまかせて動く事はある。だから、タオを責めるわけにもいかない。

 

いずれにしても、蟻には謝りつつしめる。

 

そして死体をエーテルに。

 

まだ試していないが、生きた生物をエーテルに溶かすのはリスクが大きいとあたしは判断している。

 

一応手帳を見て確認したが。

 

熟練すれば、生きた生物をエーテルに溶かす事も出来るようだが。

 

できれば、そんなことはしたくなかった。

 

せめて、安らかに死なせてやりたい。

 

あたしだって、農家の人間だ。

 

益虫や害虫という概念のもとに命を選別もするが。

 

それ以上に、生き物に世話になるのが農業だ。

 

だから、せめて殺すのは一瞬でやってやらないと、不憫だった。

 

そのままエーテル内で要素を分配していく。

 

もう少しこれが熟練したら、アンペルさんが更に高等技術を教えてくれるらしいのだけれども。

 

まだ、今はとにかく数をこなすことだ。

 

エーテルの内部で、要素を混ぜて。

 

まずは臭いを兎に角圧縮していく。

 

その後は。その臭いを複数の壁で包んでいく。

 

小麦粉は基本的に臭いの素を扱いやすいようにするため、である。

 

これはとにかく、人間が持って使うには危険すぎるので。

 

遠隔で爆破するのだ。

 

爆破のための仕組みを作っていく。

 

それらを済ませて、出来上がったのはちいさな手投げ弾だ。

 

この形がどうもあたしにはお気に入りらしい。

 

嘆息すると、念入りに袋にしまう。この袋も皮で作ったもので、ちょっとやそっとの事で臭いが漏れる事はないが。

 

一応念の為、魔術で臭いを漏れないように更に外から封印をした。

 

やっとどうにかなったか。

 

エーテルを揮発させて、それからアトリエの外に出る。

 

多少耐性はあっても、それでもきつい。しばらく強い臭いは嗅ぎたくないな。そう思って、何度か深呼吸する。

 

起きだしてきたタオ。

 

外で吐き出すのではないかと思ったが、流石にそんなことはなかった。

 

「ライザ、服に甘い匂いついていない?」

 

「大丈夫。 気になるんだったら、洗濯だったらあたしがしておくよ。 服は出しておいて」

 

「うん、頼むかも知れない。 それよりクラウディアは大丈夫かな。 髪とか服とかについていないかな。 絹服なんて洗濯できる?」

 

「それは大丈夫。 エーテルの扱いには慣れてきてるし。 ただ問題は髪に臭いがついていたらかな」

 

タオを引き寄せると、頭の臭いを嗅いでみる。

 

タオは抵抗する気力もないようだったが。

 

幸い、臭いはついていなかった。

 

「タオは大丈夫そうだね」

 

「鼻バカになってない?」

 

「大丈夫、ちゃんと周囲の臭いも分かるし」

 

「そっか。 でもなんというか、仲間以外にそれやったら駄目だよ」

 

また眠りに行くタオ。

 

このアトリエには、風呂も作ってある。まあ順番で使うのと、一人用なのが玉に瑕なのだが。

 

何より、どうしても水をいちいちくみ置きしないといけないのが厳しい。

 

もう一つ風呂を作るべきだったかなと、今になってちょっと後悔している。

 

まあ、このアトリエはまだ拡張性がある。なんなら、男女用で風呂を分けても良いだろう。

 

クラウディアも起きて来た。流石にフラフラだ。

 

服の臭いは大丈夫かと確認するが。

 

特に問題はないと言う。

 

一応、メイプル峡谷のことは聞いていたらしく。先に消臭剤をつけておいたそうだ。

 

確かに甘い匂いとかはしない。

 

あたしは安心すると、疲れているならもう少し寝てくるといいと勧めて。頷くと、クラウディアはタオよりもフラフラな様子でベッドに向かう。

 

こうしてみると、やっぱり綺麗なのに子供っぽいなあと思う。

 

色んな場所で色んな人間とあって、色んな知識を得ているのだろうけれども。

 

それで人間的に成長するかとなると、話が別なのだとよく分かる。

 

レントは一度眠り出すと、中々起きない。

 

これは昔からそうだ。

 

ザムエルさんの所で散々苦しい思いをしているからだろう。アトリエに移り住んでからは、更にその傾向が強くなった。

 

それにザムエルさんも、レントがいなくなって探している様子もないようだ。あたしに会った時も、特にどうこうというつもりはないらしい。

 

本当に家族仲が冷え切っているんだな。

 

そう思うと、そういう家もあると思って、ちょっと複雑だった。

 

さて、休んだ。

 

体力は、あたしの自慢できる事の一つだ。

 

まずは、フラムやレヘルンの更なる強化を試す。

 

破壊力を上げるだけではだめだ。

 

威力を一点に凝縮する必要があるだろう。

 

そういえば。

 

虫とか潰す時、中身が一点に集中して、ぶっと中身が出る事がある。

 

さっきは綺麗にしめる事が出来たから、そうはならなかったけれど。

 

嫌な光景ではあるが。

 

フラムの火力をああやって一点集中できれば。他の爆弾にも、それらを応用できるかも知れなかった。

 

ドラゴンや。

 

あの将軍とか言う魔物には、多分そうやって火力を圧縮しないと対抗できないと思う。

 

だとしたら、早速試してみるしかない。

 

実際問題、現状の手持ちの爆弾では、ワイバーン相手でも決定打にならなかったのだ。それどころか、ワイバーンですら魔術の超高等技術である死の概念を使用してきた。ドラゴンが本気になったら、何をしでかすか。

 

思いついたら吉日だ。

 

すぐに調合を開始する。

 

あたしは黙々と調合をしていく。

 

色々危ない目にあってはいるが。

 

みんな充実しているのは確かだ。それを、こんな所で途切れさせる訳にはいかなかった。

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