暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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歴戦の魔術師ウラノスさんの残りの戦士生命を失って、それで辛くもドラゴンは撃ち倒す事が出来ました。

しかし大きな問題が多数残っています。

クーケン島の暗雲は晴れません。


3、侵略者の影

あたしの薬で、どうにか死者が出るのは食い止めたが。ウラノスさんが失った力までは戻らない。

 

ドラゴンは討伐したが。まだクーケン島の周囲には、外海の魔物もいれば。

 

「将軍」とかいう危険極まりない魔物だっている。

 

島に戻るという話が出たのは、翌朝の事。その時には、何とかあたしがコアクリスタルを駆使して、魔力と引き替えにたくさん薬を作って。護り手全員が動けるようになっていた。

 

それに、ドラゴン戦に参加しなかった、途中脱落した護り手達はみんな体力を温存していた事もある。

 

帰路は、どうにかなりそうだった。

 

「では、お前達はここを調査してから戻るんだな」

 

「はい。 ドラゴンの様子、明らかに妙でした。 最後にあたしを見た時の目、覚えています。 明らかにあたしに感謝しているものでした。 狂気から解放してくれて、と」

 

「そうか……。 人一倍の魔力を持つお前だ。 その見立ては間違っていないと判断しよう」

 

「恐縮です」

 

アガーテ姉さんが、戻るぞと皆に声を掛けて、撤収を開始する。ボオスは、こっちを見もしなかった。別に感謝してほしいとは思わないが、もう少しどうにかならないのか。

 

あたし達は、一度集まる。

 

そして、城の探索を開始する事にした。

 

散々酷い目にあったのだ。これくらいの役得はほしい。それが分かっているから、アガーテ姉さんも苦笑いで見逃してくれたのだろう。

 

此処は古老達からして見れば聖地だろうが。

 

それでも、ドラゴンを仕留めたあたし達には、探索する権利がある筈だった。

 

まずは、城を見て回る。

 

ドラゴンが破壊の限りを尽くしたような事もない。戦闘の中心になった辺りは粉々の滅茶苦茶だが。

 

そもそもこの城、潰れて天井も落ちていて。

 

城としての役割は、果たしていなかったようである。

 

これでは、城どころか。

 

家としても使えない。

 

ただ、彼方此方に錬金術で使えそうな素材がある。石畳の間から生えてきている草などは、生命力に充ち満ちている。

 

「ライザ、見て! 鎧だよ!」

 

クラウディアが声を上げる。

 

散らばっているのは、鎧だ。中に死体が入っているのかも知れないと思って、少し緊張したが。

 

どれも中身は空っぽだ。

 

それでいながら、強い魔力も感じる。

 

「気を付けて、迂闊に触らない方が良いかも」

 

「これ……大きさがおかしいよ」

 

タオが言う。

 

とりあえず動く気配はないので調べて見る。確かに、人間が着ていたとは思えない大きさだ。

 

それに、である。

 

この破壊されっぷりはなんだ。

 

何に壊された。

 

人間と戦ったとは思えない。ドラゴンが相手だったら、文字通りぺしゃんこにされているだろう。

 

この鎧は、ひょっとしてだが。

 

島の周辺に出る魔物の一種とされる、幽霊鎧か。

 

腕組みして、少し考え込む。

 

これは一体、なんだ。

 

魔物とか幽霊とかと噂される存在だが。これは近くで見て理解出来た。多分魔物でも幽霊でもない。

 

初めて殺されている状態のものと接したのだが。

 

違和感が一瞬で膨れあがる。

 

「部品の一部、持って帰ろう。 調べておきたい」

 

「分かった。 動き出した場合は俺がすぐに斬り伏せる」

 

「よろしくね」

 

剣など、無事な部分を回収する。剣も強い魔力が篭もっている。これは研究すれば、皆の武器を更に強化出来るかも知れない。

 

更に、だ。

 

城の彼方此方を見て回ると、どうも妙な器具や、魔術を行使した痕跡が残っていた。城の一部しか無事では無いから、ほんの一部だけだが。

 

書庫らしい場所があった。

 

だが、残念ながら風雨にさらされて、殆どの本が駄目だ。わずかな一部だけは読めるようで、タオがすぐに手に取っていた。

 

「どうだ、何か分かるか?」

 

「ボロボロでちょっとすぐには……一度戻って、修復してみたい」

 

「じゃあ、荷車に入れておいて。 アトリエでじっくりそうしてよ」

 

「分かった。 悪いねライザ、本をただでさえたくさん持ち込んでいるのに」

 

みんなのアトリエだ。だからいい。

 

タオにとって本が何より大事なものなのだ。下手をすると、本を親に全部処分されかねなかった事も分かっている。

 

これらはあたし達の間では、共通の認識だ。

 

だから、読めそうな本は、協力して回収しておく。また、分からないものも回収は全てしておいた。

 

ひょっとして、何か重要なものがあるかも知れないからだ。

 

城の中を回っていくと、一際魔力が強い場所に出る。

 

石碑みたいなものがある。

 

周囲には。まだ生きている魔物避け。ドラゴンの足跡がある。間違いなく、あの斃したドラゴンだ。

 

此処に時々足を運んでいたのだろう。

 

此処は、ドラゴンにとって大事な場所だったのだろうか。

 

いや、あの目。

 

ドラゴンを狂気に染めたのは、此処だと判断していい。

 

「気を付けて。 多分これがドラゴンが狂った原因だと思う」

 

「ちょっと調べさせて」

 

「気を付けろよタオ」

 

「分かってる」

 

タオが、紙を取り出して、チョークでメモを取っていく。

 

同時に、手帳を取りだして、中身を急いでめくっているようだった。

 

「タオくん、何か分かりそう?」

 

「ええとね、古代クリント王国の文字だってのは確かだよ。 ……四つの言葉をずっと繰り返している所からして……多分、魔術を大規模に行うための装置だと見て良いと思う」

 

「古代クリント王国か。 時々話に出てくる、何百年か前に栄えていたって国だよな」

 

「そうだよ。 その時代には、人間は今の何十倍もいて……。 ええとね。 最初の文字は……鱗、翼……炎? ええと抽象的だけれども、ドラゴンの事だと思う」

 

やはりこれが。

 

ドラゴンを狂気に落としたのか。

 

場合によってはブチ砕いてやる。

 

そう思っているあたしの前で、タオは順番に解析を進めていく。

 

「二つ目は……恐らく召喚だね」

 

「召喚っていうとあれか。 魔術と普通の言葉で意味が変わる」

 

「そうだね。 普通の意味だと、強制的に呼び出すくらいの意味だね。 魔術的な意味だと、違う地点にいる存在を、自分の手元に呼び出して行使するくらいの意味だったはずだよ。 ただ、実際に出来る人を見た事がないけど」

 

「あたしもウラノスさんに話を聞いたことがあるけど、ウラノスさん程の魔術師でも、何十年か生きてきて見たのは一度だけだって」

 

古代クリント王国時代は、召喚は当たり前にある魔術だったのかも知れない。

 

今の何十倍も人間がいた時代だという話だ。

 

まあ、不思議な事ではないだろう。

 

そのまま、タオが順番に解読をしていく。

 

「三つ目は固有名詞だと思う。 どこにも該当する言葉がないや」

 

「固有名詞か……なんなんだろうな」

 

「それで四つ目だけど、これはすぐに分かった。 前に街道にあったのと同じ言葉だよ」

 

「確か防衛線、守る、殺せ、だったよね」

 

クラウディアがしっかり覚えている。

 

タオは、それに対して頷いていた。

 

「そう。 その「殺せ」、だよ。 要するに、ドラゴンを呼び出して、何かを殺させようとしているものだと思う」

 

「……似ているね」

 

あたしの言葉に、タオも頷く。

 

街道にあった奴と極めて似ている。

 

つまりこの石碑。

 

街道にあったものと、連動していると言う事か。

 

確かにドラゴンがあんなところに姿を現したのも。この城を拠点にしていたのも、それで説明がつく。

 

古代クリント王国とやらは、何をしていたのだろう。

 

今までは、漠然と古くにあった文明、くらいにしか考えていなかった。だが今では、明確な不快感を覚え始めている。

 

ちょっとよく分からないが。

 

いずれにしても、大迷惑だ。あやうくドラゴンによって、集落が滅ぶ寸前にまでいったのだ。

 

集落が滅んだなんて話は、今の時代いくらでもある。

 

禁足地の近くにあったそこそこに大きな村も、何十年か前に滅びたという。クーケン島と大して規模も違わなかったのに。

 

滅びたときは、クーケン島に住民を受け入れたそうで。

 

ウラノスさんは、その時まだ幼い子供だったらしく。大人同士の醜い争いを散々見たそうだ。

 

だから、その悲劇は生々しくウラノスさんから聞いた。

 

何かが滅ぶというのは、とても悲しい事なのだ。

 

それをわざと起こそうとしたのなら、許しがたい。

 

とめられるか、と聞いてみる。タオは止めた方が良いと即答した。

 

この石碑にどうやって動力が供給されているかもわからないし、半端に砕いても動くのである。街道のものを見ても分かるように。

 

そうなると、アンペルさんに相談するしかない。あたしも原理が分からない装置を、考え無しに破壊するほど頭に血は昇っていなかった。

 

「しかしなんだその固有名詞ってのは。 タオ、何か見当はつかないか?」

 

「なんとも……。 一応発音は出来るよ」

 

「どういう言葉なの?」

 

「ええと……フィル、フ、サ?」

 

その言葉を聞いたとき。

 

何とも言えない。もの凄く嫌な予感がした。

 

ともかく、持ち込んでいる物資は無限では無い。調査を終えたら、一度戻るべきだとあたしは思う。

 

そう提案すると、タオですら反対しなかった。

 

「一度アンペルさんとリラさんと合流して、この件について相談しよう。 それと、クーケン島にも戻って、一度モリッツさんと話はしないとね」

 

「分かった。 凄く嫌な予感がする。 フィルフサ?なんて魔物、聞いたこともないのにね」

 

「あの「将軍」とかいうのがそうだったりしてな」

 

「可能性は低くないと思うわ。 もしもドラゴンを呼び出して戦わせるような相手となると……生半可な魔物ではないと思うもの」

 

同感だ。

 

あのドラゴン、正直四人だけでは勝てなかった。それにだ。

 

あのドラゴンは、決して強い個体ではなかったと思う。

 

あれから色々と調べたのだが。伝承に出てくるドラゴンになると、山のような大きさのものがいるという。

 

古代竜と言われる奴で、そういう個体になるとそれこそ魔術を自在に操るどころか、人間の言葉も自在に使うのだとか。

 

そういう竜になってくると、人間と友好的な関係を構築したり、場合によっては支配者になる事を請われたりするらしいが。

 

あのドラゴンは。そんな超越個体にはとても見えなかった。

 

ともかく、山道から戻る。

 

帰路はアガーテ姉さん達がしっかり掃除してくれていたらしく、魔物の姿もない。

 

そして、時間があるからこそ分かる。

 

かなり優良な鉱石がぼろぼろと落ちている。途中、ある程度回収していく。ひょっとすると、ブロンズアイゼンより更に上のインゴットを作れるかも知れない。

 

ブロンズアイゼンだと、ドラゴン……それも若い個体とやりあうのがやっとだった。

 

だが、更に上の金属となると、結果はわからない。

 

とりあえず、今回は疲弊もある。戻るのを優先するから、鉱石の回収は最小限だ。

 

後は、戻る。

 

みんな改めて見ると、ボロボロだ。

 

クラウディアが攻撃の直撃を受けなかった事だけはよかったけれど。そんなクラウディアも煤だらけになっている。

 

絹服が駄目になったら大変である。

 

やはり、戦闘用の服を作るべきだろう。

 

今なら、服を作る事は難しく無い。少なくとも、今の絹服のまま戦わせるよりはずっといい。

 

街道に出ると、ほっとする。

 

だけれども、まだ帰路は残っている。

 

途中、看板が立てられていた。

 

急造のものだが、あたし達に向けられたものとして間違いなかった。

 

「ライザ達へ。 明日に村会が行われる。 その時に必ず顔を出すように。 読んだらこの看板は処理しておくように。 アガーテ」

 

そもそも木の看板を作った上に、剣で文字を掘っている。

 

アガーテ姉さんらしい豪快な看板で、苦笑いである。

 

そして村会に出ろというのは強制だ。

 

いずれにしても、早めにアトリエに戻った方が良いだろう。

 

今回は、ウラノスさんの事はあったけれども。

 

それでも、何とか誰も死なずに済んだのだ。

 

それでよしとするしかない。

 

ただ、ボオスが今回の件で更に拗らせないか、それが不安だ。

 

アトリエに到着。昼少し過ぎである。

 

アンペルさんとリラさんがいて。ボロボロのあたし達を見越してか、お湯とか用意してくれていた。

 

クラウディアに、先にお風呂に入るように言う。

 

あたしは後でいい。

 

風呂を増やす必要があるな。

 

そう、あたしは考えながら。何が起きたのか、順番にアンペルさんとリラさんに、説明を始めていた。

 

 

 

何が起きたのか、何を見たのか。説明が終わると。

 

アンペルさんは、考え込み。リラさんは、大きな溜息をついていた。

 

「これはもう、情報を共有すべきだろうなアンペル」

 

「分かっている。 まさか地力で奴らに辿りつくとはな……」

 

「前から、二人で分からない話をしていましたよね。 「将軍」というのも含めて、フィルフサだったりするんですか?」

 

クラウディアは比較的早めにお風呂から上がってきていた。

 

体力が一番ないのだから別に良い。クラウディアも、遠慮して風呂は少しで済ませたようだ。

 

戦闘では、他に負けない活躍をしていたし。最後の一押しになったのも、クラウディアの支援魔術だ。

 

だから、足りないぶんは皆で補うだけだ。

 

ともかく。フィルフサという名前を出すと、二人は頷いていた。

 

「……順番に話していくか。 古代クリント王国が滅びたときのことを知っているか」

 

「ええと……なんだかとても大きな混乱が起きたとか?」

 

「僕もその辺りは詳しくは分からないです。 色々な老人や行商に話を聞いたんですけれど、みんな詳しくは知らないようで。 ただ大きな混乱があったという事だけは聞いています」

 

「そうだろうな。 古代クリント王国は滅亡の時に、何が起きたのかを隠蔽した。 最終的にその残党がロテスヴァッサの今の王都に集まり、王を血なまぐさい争いの末に決めた頃には、真相は闇に消えていた」

 

アンペルさんの話を聞く。

 

皆、既に黙り込んでいる。

 

どうしてそんな事を知っているのかは、誰も聞かない。この人は、ただ者では無い。それは既に周知。

 

此処からは、恐ろしい話になる。

 

それが分かりきっていたからだ。

 

「ぼかしていても仕方が無いから、まず事実を言おう。 古代クリント王国を滅ぼしたものこそ、フィルフサだ」

 

「!」

 

「今の何十倍の人口と、魔術も現在とは比較にならない技術を持ち、錬金術すら現役だった国家をな」

 

「そんな。 どんなとんでもない奴なんだよ」

 

レントが。

 

怖いもの知らずの筈のレントが、明らかに怖れている。

 

あたしだって、それは怖い。

 

「古代クリント王国は、異世界……「異界」への穴を開ける技術を持っていた。 それが「門」だ。 その門を通じて、古代クリント王国は、異界の資源を貪り尽くした。 だが、それには大きな代償を伴ったのさ。 それがフィルフサの存在だ」

 

「異世界!?」

 

「なんでそんな事を知っているんですか?」

 

「私がその異世界……異界の出身だからな」

 

リラさんが言う。

 

それについては、あんまり驚きはなかった。

 

だって色々人間としては不思議すぎるし。

 

咳払いすると、リラさんは驚かれなかったことに対して、若干心外だという様子で続けた。

 

「フィルフサについては、私の世界の魔物らしい……ということしか分からない。 古くから存在しているからな。 少なくとも私が生まれたときには存在していた。 奴らの特徴は、此方の世界で言う蟻に似ているということだ。 アンペル、真社会性……とか言ったか?」

 

「ああ、そうだ。 フィルフサは典型的な真社会性を持ち、群れを構築する生物だ」

 

「だ、そうだ。 フィルフサは「王種」と呼ばれる強大な個体……私達の氏族を数十年前に破った群れの「王種」は「蝕みの女王」と言われていたが。 それら強大な個体を軸にして、巨大な群れを形成する。 将軍というのは、「王種」直下の精鋭個体だ。 その下に幾つかの階級が存在し、分業制で全ての生物を殺し尽くし、それこそ文字通り蟻のような数で押し寄せる。 しかも奴らは領土を確保すると、独特の毒素で汚染し尽くし、奴らに都合がいい環境に造り替えるんだ」

 

あんなのが。

 

蟻のような数で。

 

何もかも殺しながら押し寄せるというのか。

 

ぞっとするあたしに、リラさんは続けた。

 

「ただ、フィルフサには明確な弱点があってな。 奴らは水に極端に弱い。 水さえあれば、奴らはそこまで驚異的な存在ではなく、繁殖力にも限界があるから、我々で押さえ込めてはいたんだ。 しかし、古代クリント王国の連中は、我々の土地からあろうことか水を奪った。 資源の採掘に邪魔だという理由でな」

 

「なっ……」

 

「バカじゃねえのか其奴ら」

 

「利権は人の目を簡単に曇らせる。 余程古代クリント王国にとって利権になるものだったのだろう。 奴らは水を奪い、結果としてフィルフサは爆発的に繁殖し。 そして我々オーレンの民を蹂躙し、それどころか門を超えて此方の世界に襲来したのさ。 我々の言葉では、フィルフサの繁殖に伴う領地の拡張行動を侵攻……特に女王が巣ごと移動するような行動を、大侵攻と呼んでいた。 それが此方の世界に巻き起こった。 しかも複数のフィルフサの群れが同時に行う、とんでもない規模のものだった」

 

見て来たような言葉だ。

 

生唾を飲み込む。

 

リラさんは、更に続ける。

 

「ただフィルフサは雨に弱く、大侵攻が雨期で止まったのと。 それと我等の必死の交戦で、幾つかの群れの王種が斃されたこともあった。 他にも、何か理由があったのかもしれない。 数百年前の大侵攻は、それで止まった」

 

「待ってくれ。 そんなヤバイ奴が、どうして今姿を見せているんだ」

 

「簡単だ。 古代クリント王国は、負の遺産として門を残してきた。 門の中には、まだ開きっぱなしのものも多い。 制御装置が掛けられていたものもあるだろうが、それが経年劣化や風化、或いは無知な人間によって壊されたものもある。 この辺りで、門が稼働した。 そして、乾期が来ようとしている」

 

背筋を悪寒が駆け巡った。

 

この地方の乾期は、雨粒一つ降らない。

 

フィルフサという魔物が、動き始めたら。

 

文字通り、何もかも終わりだ。

 

クーケン島は、湖に浮かんでいるからなんとかなるかも知れない。だが、ただそれだけだ。

 

街道周辺には、まだ存在している集落だって幾らでもある。

 

今とは比較にもならない文明を有していた古代クリント王国というのが、手も足も出なかったとすると。

 

今のロテスヴァッサなんて、それこそ赤子の手を捻るよりも簡単に叩き潰され、食い尽くされてしまうだろう。

 

その程度の事は、あたしにも分かった。

 

「確か、大侵攻という話もしていましたよね。 そういうことだったんですね……」

 

「そうだ。 フィルフサの中でも近衛に位置する将軍が出て来ているということは、奴らはとんでもない規模での侵攻を仕掛けて来る可能性が高い。 王種の強さは千差万別だが、私の氏族を破った蝕みの女王などが出て来たら最悪だ。 今の私並みの戦士が千人いてもとめられるかどうか」

 

「すぐに島の人達に……!」

 

「やめておけ。 私は百年以上、リラも途中からそれに協力して数十年以上、門の封印を続けて来た。 大侵攻寸前までいったのをとめた事もある。 だが私は錬金術師としての贖罪としてそれをやっているし、リラは氏族の弔いのために戦っている。 それを誰かに理解させることは不可能だ。 それどころか、狂人扱いされて投獄されるのが関の山だろうな」

 

なんだかとんでもない言葉が出て来た気がするが。

 

いずれにしても、此処にいる六人で。

 

どうにかしなければならない、ということだ。

 

ぞっとする。

 

クラウディアが聞く。

 

「ええと……アンペルさんは何歳なんですか?」

 

「ちょっと理由があって、普通の人間より長生きなだけだ。 そんな私でも及びもつかない程リラ達……異界ではオーレンと自分達を呼んでいるそうだが、オーレンの民は長生きだがな」

 

「そういうことだ。 私は氏族が数十年前にフィルフサに敗れ、それで門を通って此方の世界に来た。 最初は錬金術師を皆殺しにしてやるつもりだったんだが……此方の世界の荒廃ぶりをみて、その気も失せた。 運良くアンペルに出会えて、以降は同士として、各地の門を封じている。 もう十数個は封じてきたが、まだまだ残っているな」

 

色々想像も出来ない話だ。

 

それにしてもクラウディア、意外に聞きにくいことにぶっ込んでいくなあと。あたしは感心する。

 

咳払い。

 

まず、順番にやる事を決めていかなければならない。

 

「最優先事項として、そのフィルフサの侵攻をどうにかしなければならないですね」

 

「そうなる。 門の位置だが、おおよそ見当はついている」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ。 お前達が言う西の禁足地、その南にある湖岸だ。 遠くからだが、そこに大きな古代クリント王国の遺跡があるのを確認している。 そして、フィルフサの偵察要員である「斥候」が出現しているのもな。 遠出してきている斥候は我々で今まで始末してきたが、それにも限界がある。 フィルフサに知能は無いが、その代わり異常に完成された群れの構造で動く。 既に奴らは、この地方に大侵攻の準備を始めているはずだ」

 

ドラゴンなんて、問題にもならない。

 

そんなの、鼻で笑うような危機が迫っている。

 

それを悟って。あたしは青ざめる。

 

とにかく、頭を切り換えなければならない。

 

「禁足地に足を運ぶ許可を得た方が良い。 それに……ブルネン家が何かを隠しているのを既に掴んだ」

 

「!」

 

「明日、村会に出ると言ったな。 私も出てもかまわないだろうか」

 

「はい。 是非来てください」

 

アンペルさんが頷く。

 

今まで、村会は面倒ごとしか起きない、本当に面倒なものだった。

 

だが、それもこれまでだ。

 

村の人達にも、協力して貰わないとこの危機を乗り越えるのは不可能だろう。問題はボオスだが。

 

ボオスをどうやって説得する。

 

多分、ボオスは今回のドラゴン狩りでの失態で、更に拗らせている筈だ。

 

あたしが何か言うのは逆効果ではあるまいか。

 

考え込むあたしに代わって、タオが幾つか質問をする。

 

まずドラゴンを呼んだらしい石碑だが。

 

アンペルさんも、手を出すなと即答していた。

 

「その石碑は、ドラゴンを呼んだもので間違いない。 しかも、フィルフサの出現に呼応して稼働したと見て良いだろう。 この地方で古代クリント王国がフィルフサと交戦した時、ドラゴンすらも走狗として使ったというわけだ」

 

「古代クリント王国の技術はとんでもないですね……」

 

「そうだ。 だが技術だけしかない連中だった。 だからこそ、今このような負の遺産を残している。 私は世界中で様々な場所にある門を見て来たが、いずれも古代クリント王国の者達が、如何に傲慢に振る舞い、愚かしい行動をしていたかを示していた。 反吐が出る連中だ」

 

「アンペル」

 

リラさんがたしなめて、アンペルさんがモノクルを直す。

 

不快感が抑えきれないのだろう。

 

だが、リラさんが、今怒っても仕方が無いとたしなめている訳だ。

 

何となく分かってきた。

 

本当にこの二人、利害が一致した同士なのだ。

 

夫婦のように見えて、そうでないのも納得である。

 

或いは、門を全て黙らせた後は話が分からないが。それも、いつになることやら。

 

「まずは村会だね。 だけど、エリプス湖に出ている外海の魔物の事もある……」

 

「そういうことだ。 最優先目標であるフィルフサの大侵攻阻止をするには、足下から固めていかないといけない。 ただ焦っても意味がない。 皆、それぞれできる事を伸ばしていけ。 今のお前達は、それぞれが充分に一人前の実力を手にしている。 だが、それでもまだ足りないんだ」

 

頷く。

 

そして、アンペルさんは、惜しげもなく。

 

高等錬金術が記された本をあたしにくれる。

 

錬金術は力だ。

 

だが、古い時代、これは間違った方向で使われた。

 

いや、違う。

 

今だって、渡る相手によっては、間違った方向で使われるはずだ。利権やら利害やら体面やらで、人間は簡単に変わる。

 

あっと言う間にねじ曲がる。

 

あたしは、そうはならない。

 

そう誓うけれども。

 

他の人はどうだかわからない。

 

保守的な思考のお母さんだって、昔はどちらかというとおてんばで、悪戯をしては叱られる方だったと聞いている。

 

今は穏やかなお父さんだって、保守的な思考を崩そうとしない。昔は保守的な大人に反発していたはずなのに。

 

身近な人だって、ちょっとした切っ掛けで考え方がぐるりと変わるのだ。

 

あたしだって、どうなるか分かったものではなかった。

 

「直近の問題として、まずはクーケン島の周辺にいる外海の魔物への対応だ。 ライザ、例のものを使う。 ドラゴンほどの相手では無いが、お前達がそれを斃すんだ。 問題ないな」

 

「はい。 自信があるとは言わないですけれども、斃します」

 

「よし……。 まずはブルネン家をどうにかして黙らせて、堂々と禁足地に入れるように許可を取るぞ。 禁足地には精霊王が出るという話もある。 だとすると、フィルフサの出現に呼応している可能性もある」

 

精霊王か。

 

エレメンタル達の親玉。言葉も喋ると言う。非常に強い力を持つと聞くが、フィルフサの出現にあわせて出現しているとしたら、どういう目的なのだろう。

 

人間を蹂躙して、領土を拡げるためか。

 

それとも、フィルフサを斃すのが目的なのか。

 

あたしには、なんとも分からなかった。

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