暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
何百年も、一人でフィルフサと戦い続けた、一人の異界の戦士でした。
ボオスは、飲めと言われて出された薬草茶を口にする。とんでもなく苦いが、それでも体が温まった。
周りは地獄というのも生やさしい様相。
青紫、赤紫の植物ともなんとも分からないものが生え。
生き物かもよく分からない存在が、周囲を徘徊して回っている。
ため息をつくと。
どうして生き残ってしまったのだろうかと、自分を責める。
あの白……今になって冷静に見ると、灰色とかに近かった気がするが。そんな装甲が集まって出来たような存在。
姿は千差万別だったが。
いずれもが、とても生物とは思えない動きで。壊されることを何とも思わず向かってきていた。
あれはまるで。
本当に、いにしえの昔話に出てくる不死の軍隊だ。
いや、ボオスが聞いた不死の軍隊は、中に人間のなれ果てが入った鎧で。
それが勝手に動いて殺戮の限りを尽くす、というような代物だった筈。
あれは違う。
それすらも笑えるような、文字通りの冒涜的な代物だったように思えた。
キロと名乗った女が戻ってくる。
とんでもない強さだ。今のボオスなんて到底問題外。アガーテが、何百年も修練を重ねたような領域にいる。
あの化け物どもを、竜巻のように踏み蹴散らして戻って来た。
ただ体力に限界はあるようで、化け物の群れを奇襲しては崩し、奇襲しては崩しているようだったが。
「周囲のフィルフサを減らしてきたわ。 これで当面は大丈夫でしょう」
「そうか……」
「貴方の目は知っている。 何もかもを失って、焼け鉢になった目。 まだ其方の世界では若いだろうに、何があったの」
「俺は……」
ただ無能で、愚かだっただけだ。
あのまま死んでいれば良かったのに、どうして生き延びてしまったのか。
ボオスが吐き出すのは、血の塊に等しかった。
キロという女は。
若い見かけと裏腹に、あらゆる全てを見透かしているかのようだ。
「死に場所と生き場所を選べるというのは、とても幸せな事よ」
キロは周囲を見るようにいう。
空までもが赤紫に濃く染まった、悪夢のような土地だ。
何だか分からないうちに、湖岸からここに来ていた。
キロというのに助けられなかったら、今頃体は微塵も残っていなかっただろう。
「私達霊祈氏族は、ここに来た貴方たちの先祖によって、騙され、全てを奪われた。 命や仲間だけではない。 土地も空も地面も、そして生き方すらもね」
「俺たちの先祖だって!?」
「クリント王国と名乗っていたわ」
「クリント王国……!」
まさか、ここでその名前を聞くことになるとは。
しかも生き証人のようにその言葉を口にするという事は。
この女。
ひょっとして、その時代から生きているのか。
促されて、歩く。
丘のような場所に出た。ずっと拡がっている紫の世界。しかも、色がおぞましく濃い。空も地面も、地平線までもが。紫の世界。生命を拒絶しているかのような、恐ろしい場所だ。
そして見えるのは、白い何か。
フィルフサとキロが呼んだ魔物に間違いなかった。
「水がないでしょう」
「そういえば、土地の広さの割りには水が少なすぎるな」
「フィルフサは獰猛で邪悪な存在だけれども、水に弱くてね。 本来だったら、私達霊祈氏族の手で押さえ込めていたの。 だけれどもあの日、クリント王国の錬金術師達は、水を奪った」
見なさいと、キロが言う。
指さした先には、此処には不釣り合いな石碑があった。
キロの手が、鳥のような鋭い爪を持ち、羽毛のような毛に覆われている事など、どうでも良かった。
「クリント王国の錬金術師は最初、友好的な顔をして此方にやってきた。 あの石碑は、「共存の象徴」だとかで、クリント王国の者達が笑顔で作ったものよ。 クリント王国の錬金術師達は、どうも人間に明確な階級を作り、一部の人間を使い捨てにしているようで少し不安はあったけれど。 それも友好的な顔をしてやってきた相手であるし、何より違う文化の持ち主だからと誰もが目をつぶった。 それにフィルフサに苦しんでいた我々も、友好的な顔をする相手と対立する理由が無かった。 石碑を共に作った。 しかしクリント王国の目的は、この地に眠る資源だったらしいわ。 やがて彼らは、突然にして水を奪ったのよ。 資源採掘に、水が邪魔だったかららしいわ」
ボオスは息を呑む。
支配者なら当然だ。腹芸を身に付けろ。
そんな声が聞こえる気もしたが。
その腹芸の挙げ句、此処まで邪悪な事を平然とするようになったら。
人間は、文字通り終わりだ。
「後はこの通り。 フィルフサは大挙して貴方たちの世界にも攻めこんだようだけれども……それは貴方がいるということは。 人は全滅しなかったのね。 クリント王国の錬金術師達は滅びるべきだったと思うけれども、死ぬまで酷使されていた「ドレイ」と呼ばれていた者達は気の毒だったから、滅びなかったのは良かったのかもね」
「あんたは、まさか……」
「生き残りの霊祈氏族として、ここを一人で護り、フィルフサから取り返すために戦い続けたわ。 もう、何百年にもなるわね」
キロの声は物静かで。
穏やかで。
ずっと幼い頃、老人から聞かされているように落ち着いた。
自分がとんでもなく小さい存在に見えてきて。
ボオスは目を拭っていた。
悔しくて、何度目を拭っても涙が溢れてくる。
ライザに負けた。
それをどうして素直に認められなかったのか。
だから散々醜態を重ね。
挙げ句に死で責任を取ろうなどと言う考えに至ったのではないか。
ランバーだって、ボオスのためにバカを演じていたのは明らかだった。それも、命まで張って。
ドラゴン戦で真っ先にやられたのも、ボオスを奮起させるためだっただろう。
悔しくて、言葉も出てこなかった。
「拠点に戻りましょう。 遠くで戦う気配がしたわ」
「……」
「あれは貴方の仲間かも知れないわね。 戦う気配は少しずつ近付いていた。 迎えに来るかも知れないから、此処で待ちましょう。 相手が探しているときは、動かないのが一番よ」
「……分かった」
この人の言う事は、聞く気になる。
ライザとの決裂以降、どうしても拗らせてしまったボオスは。
随分と久しぶりに。
素直に、事態を受け入れる気になっていた。
(続)
ついに本格的に姿を見せるフィルフサ、そして異界の存在。
次回、ボオスとの因縁が決着します。