暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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異界オーリムの聖地グリムドル。

そこは、既に地獄と化していました。

フィルフサに取っては天国の……他の生物にとっての地獄です。


1、死の世界死の森

足下には、何かの細かい骨。

 

それが何なのかさえも分からない。古い骨だが、或いは人骨かも知れなかった。

 

フィルフサが彼方此方を我が物顔にうろつき回っているが。

 

そのフィルフサの残骸も点々としている。

 

これが、その霊祈氏族によるものなのか。それとも、蟻のように。役に立たなくなった古い個体がうち捨てられたのかも分からない。

 

将軍が死んでいた。

 

あたし達が戦った奴ほどではないけれども、やはり重厚な姿をした奴だ。

 

リラさんが教えてくれる。

 

「将軍くらいになると、体内には分かりやすい「核」が出来る。 ただし、それは生物の急所とは別の場所にな」

 

「頭をブチ抜いても死ななかったって事は……」

 

「その将軍の核は頭にはなかったのだろうな。 核は強力な魔力吸収能力を持ち、魔術での攻撃は元気にさせるだけだ。 まずは装甲を粉砕して露出させ、必ず物理攻撃で破壊しろ」

 

「はい。 これをやった人は、一人で将軍を斃したんでしょうか」

 

リラさんは無言だ。

 

分からないのだろう。

 

将軍が寿命で死んだのか、誰かが斃したのか。

 

レントが手を振って来る。

 

「来てくれ!」

 

「どうした!」

 

「足跡だ!」

 

思わず、走り出す。

 

フィルフサの数が多すぎる。周囲全てがフィルフサで、出来るだけ刺激しないように動くしかない。

 

幸い、フィルフサは探知能力は大した事がない様子で。

 

余程近寄らない限りは襲いかかってこない。

 

いや。既に此処はフィルフサの領土で。

 

それこそ、自分達を脅かす強大な存在でもない限り、どうでも良いのかも知れなかった。

 

だが、その驕りを後悔させてやる。

 

あたしは、無茶苦茶に踏みにじられた世界を見て、そう誓う。

 

古代クリント王国の錬金術師達が、この地獄を造り出した。

 

それも話に聞く限り、何カ所も、でだ。

 

其奴らが地獄で今でもしばき倒されていることを祈るしかない。

 

足跡は、二人分。

 

一つは、大きさがボオスに一致していた。

 

「ボオスかも知れない……」

 

「確かにこれはお前達の世界の人間の靴跡だ。 ボオスの可能性はある。 しかも、かなり新しいぞ」

 

「みんな!」

 

クラウディアが叫ぶ。

 

空から来るのは、なんだかおぞましい動きで飛んでいるフィルフサだ。どうしてあれで浮いているのか。

 

魔術師の中には、魔力が強力すぎて。魔術をぶっ放す時に浮く奴がいる。

 

ドラゴンなども、魔術を利用して飛んでいる。

 

あれもそうなのかも知れないが。

 

魔力はまったく感じ取れない。

 

魔力がないのではなく、さっきのリラさんの説明からして、魔力を吸い込んでいるから感じ取れないのかも知れないが。

 

ともかく、襲ってくる。

 

鳥のようにも見えるが、そうではないようにも見える。それが、四本もある足で、地面を抉りに来る。

 

総員が散って、フィルフサが着弾した周囲が爆散する。地面を吹き飛ばした鳥っぽいフィルフサが、全身から鋭い棘を生やす。

 

かなりの大物だ。

 

「「見張り」だ! 逃がすな!」

 

「おうっ!」

 

「レント、気を付けて! 棘が……!」

 

「分かってる!」

 

気合いとともに、その棘そのものを叩きに行くレント。フィルフサは今まで見た中で、将軍に次ぐくらい大きい。

 

棘が、レントの一撃で傷つくが。全身を揺すって体当たりに来るフィルフサ。動きも巨体の割りに、速い。

 

タオが冷や汗を掻きながら、棘だらけの鳥の周囲を回って隙を探す。クラウディアが音魔術を展開しようとして、弓矢を構え直した。何か考えがあるのか。

 

アンペルさんの放った黒い光が、何回かフィルフサを貫く。装甲の合間に穴を穿っているが、何だろうあれは。

 

魔術が効かないフィルフサ相手に、有効打になっている。

 

ただ、連射はきかないようだし、何よりも敵にちいさな穴を開けるのがやっとのようだが。

 

リラさんが仕掛けるが。

 

その凄まじいクローでの一撃を、フィルフサが横っ飛びにかわす。

 

とんでもないすばしっこさだ。

 

だが、それは、作ってくれた好機。

 

あたしが、レヘルンを投擲。

 

フィルフサの全身が凍り付く。

 

だがそれも、内側から一瞬でフィルフサが砕く。それも想定済。その一瞬で、今度はフラムを叩き込む。

 

熱で体の一部を抉り取る。

 

この瞬間を待っていた。

 

レントが斬り込み、脆くなった棘をざっくりと粉砕。更には、レントに体当たりをしようとしたフィルフサの反対から、タオがハンマーで殴りつける。

 

装甲が、明らかに歪む。

 

この見張りというフィルフサ、明らかに他とは違う。

 

高速で動くのもそうだが、タオの攻撃で装甲を抉られると、あからさまに動きを変える。上空に跳び上がろうとするが。

 

その時、あたしが投擲したルフトが、フィルフサの翼をへし折る。

 

こっちを見るフィルフサ。

 

その顔面に、クラウディアが放った魔術矢が炸裂。

 

勿論効かないが、視界を一瞬だけ塞ぐことには成功していた。

 

「はあっ!」

 

リラさんが上空に躍り出ていた。

 

あたしも、態勢を低くして。そのまま地面を蹴ると、全身弾丸になって躍り出る。

 

そして、リラさんが真上から切りおとすのと交錯するようにして、

 

フィルフサの土手っ腹を、蹴りで撃ち抜いていた。

 

装甲が、両断され。更には吹っ飛ぶ。

 

あたしとリラさんが着地すると、ぐらりと傾いたフィルフサ。振り返ると、見える。禍々しい赤いコアが。

 

レントが、気合いとともに切り裂く。

 

同時に、ばつんと。

 

恐ろしい音がして、フィルフサが動きを止めていた。

 

呼吸を整える。

 

こんなのが、わんさかいるのか。

 

「ライザ、薬を!」

 

「分かっています!」

 

すぐに荷車に走って、先に出しておいた薬をレントとタオに。二人が最前衛を務めてくれていた。

 

リラさんにも渡す。

 

リラさんも頷くと、戦闘で擦った傷に、薬を塗り込んでいた。呼吸を整えると、すぐに移動を開始する。

 

「リラさん、あのフィルフサは……」

 

「見張りといってな。 上空から敵対する存在を探して、自分で潰す。 もしも手に負えない場合は、将軍などの上位存在に知らせる」

 

「ひえっ……あれでもまだ下っ端なの!?」

 

「将軍麾下に普通は三十体ほどが存在している。 この周囲の群れは見た所非常に大きいから、或いはその倍はいるかも知れないな。 聖地を踏み荒らすどころか、繁殖地にするとは……!」

 

リラさんが完全にブチ切れている。

 

確かに、故郷をこんなにされたら、許せないと思うのも当然だろう。

 

なお、この辺りの空は、昔は青く美しかったという。

 

空が紫に染まっているのをみると。

 

その言葉は、とにかくもの悲しく聞こえた。

 

レントが手を振って来る。

 

今の戦闘で踏み荒らされたが、それでも足跡が残っているという。急いでその場を離れる。

 

将軍に比べると小物だろうが。

 

今まで戦った雑魚フィルフサとは別物だと、あたしにも即座に分かる程の相手だった。

 

そんなのが潰されたのだ。

 

フィルフサも、もう加減はしてくれない可能性が高かった。

 

 

 

空気が良くない。

 

時々クラウディアが、辛そうにしている。

 

こればかりは、どうにもならない。

 

異界に攻めこむ時は、新鮮な空気を出す道具でも必要になるかも知れなかった。

 

数度の戦闘を経て、跡を追う。

 

何度か小規模な群れが仕掛けて来たが、どれも巡回しているちいさなフィルフサの群れに過ぎず。

 

はっきりいって、大した相手ではなかった。

 

ただ、見張りが何度か上空を通過した。その時には、すぐに身を隠すしかない。

 

木もなにもないから、そういうときは物陰にいくしかなく。

 

或いは川だったらしい側溝や。

 

岩陰などに、分散して隠れるしかなかった。

 

「索敵能力はそれほど高く無さそうだな」

 

「彼奴らが探しているのは、恐らくはオーレン族だ」

 

「そうなのかリラさん」

 

「ああ。 フィルフサにもっとも頑強に抵抗してきたのが我々だからな。 こうやって水が奪われなければ、普段はフィルフサを抑え込む事さえ出来ていた。 フィルフサにしてみれば、警戒するべき相手なのだろう」

 

そうか。こんな化け物相手に、ずっと戦い続けて来たんだな。

 

無言で足跡を追う。

 

やがて、大きな気配が現れる。

 

それは、幸いフィルフサではなかった。

 

フードを被った、女性らしい。

 

前髪で目元を隠していて、フードで全身を隠している。フードは何かの動物の皮製とみた。恐らく外の人間ではないだろう。

 

リラさんが挨拶をする。

 

オーレン族式の挨拶であるらしい。

 

手を胸の前で交錯して、それで名乗る。

 

「白牙氏族のリラ=ディザイアスだ。 続いている者達は、外でフィルフサと交戦している者達で、クリント王国の関係者では無い」

 

「霊祈氏族のキロ=シャイナスよ。 勇名高き白牙氏族の戦士に会えるのは光栄だわ。 それに白牙の戦士が認めたのなら信頼出来る者達でしょう」

 

「此方こそ、霊祈氏族の戦士に出会えるとは運が良い。 貴方は近衛か」

 

「その言葉も既に虚しいわ。 もう霊祈氏族で、この地に残ったのは私だけよ」

 

そうか。

 

オーレン族と異界で出会えただけよしとするべきだろう。

 

周囲はフィルフサに平らにされている。出来るだけ、急いで移動をした方が良いだろう。

 

あたし達はそれぞれに名乗ると。

 

最後にあたしが聞く。

 

「ボオスって人間を知りませんか」

 

「知っているわ。 少し前に保護したのよ」

 

「おおっ!」

 

「良かった……!」

 

クラウディアが、一番嬉しそうに胸をなで下ろす。

 

素直に嬉しそうにするレント。

 

あんなにぶん殴ってやるとか言っていたのに。

 

タオが、奇蹟だと呟く

 

それについては、あたしも同感だった。

 

「少し前から、フィルフサが侵攻……いやこの規模からして大侵攻でしょうね。 その気配を見せていたから、調べていたの。 そうしたら、クリント王国の者達が作った「門」が開いていた。 偵察がてらに外の様子を確認して、それで襲われている所を見つけたのよ」

 

「ボオスは無事なんですか!?」

 

「ええ。 ただ、本人は死にたがっていたようだったけれど」

 

「あの馬鹿……!」

 

あたしは唇を噛む。

 

だけれども、ボオスを追い詰めたのが自分だと言う事も分かっている。

 

だから、どうやって接したらいいのか、分からない。

 

「ボオス君は怪我とかはしていませんか?」

 

「細かい手傷は少し受けていたけれど、命に別状は無いわ。 既に調合した薬草も効いている筈よ」

 

「良かった……」

 

「ただ、この聖地の有様は……」

 

リラさんが呻く。

 

クリント王国の錬金術師は、異界で資源採掘のために水を奪った。それでフィルフサが大繁殖した。

 

それは聞いている。

 

此処も、同じと言う事なのだろう。

 

キロさんに申し訳が立たない。

 

そう目を伏せると、キロさんは静かに言う。

 

「いいのよ。 貴方たちはクリント王国の錬金術師ではない。 同じ過ちを繰り返さなければ、それで」

 

「ただ、現実問題として、このままでは門を閉じたところで対処療法にしかならないという事もある」

 

アンペルさんが、助け船を出してくれた。

 

少なくとも、此処に水を取り戻す方法を探さないと、と。

 

程なくして、洞窟のような場所に出た。

 

此処は、霊祈氏族が最後に立てこもった場所の一つだという。フィルフサの大軍を、此処でどうにか防ぎ続けたのだそうだ。

 

地形を無視して何もかも蹂躙するフィルフサは、この洞窟の地形すらも変えたそうで。

 

最終的には、キロさんだけしか生き残れなかったそうである。

 

酷い話だ。

 

人間同士も、昔は軍隊というので戦争というのをしていたらしい。

 

タオに将軍という言葉について確認したとき、話は聞いた。

 

だが、それにしても、これはあんまりだろう。

 

絶滅するまで殺し合うなんて、いくら何でも。

 

畜生と言うのはそういうものなのかも知れないが。そういう事をしていて、滅びないのだろうか。

 

自分以外の全てを滅ぼしてしまえば、後に待っているのは自身の滅びだけなのに。

 

フィルフサとはなんだ。

 

こんな生物が、本当に自然発生するものなのだろうか。

 

蟻ですら、もう少し色々と違う生態を持っている。

 

フィルフサは色々と異常すぎる。

 

あたしには、それが疑問でならなかった。

 

洞窟の奧には、墓。

 

それに、生活するための区画があった。

 

クラウディアが、手伝うというので、キロさんが何処に何があるというような説明をする。

 

茶をてきぱきと淹れ始めるクラウディア。

 

持ち込んだ荷車に、茶葉があるのだ。

 

良い香りがする。

 

「おくちにあうかは分かりませんが……」

 

「オーレン族の味覚はあまりお前達と変わらない。 心配はしなくても大丈夫だ、クラウディア」

 

「ありがとうございます、リラさん」

 

その間にあたしは湯沸かしをする。

 

温度についても、お茶に丁度良いものを既に肌であたしは理解している。

 

伊達に風呂を沸かして回って、それで小遣いを稼いでいたわけではない。

 

だいたいどのくらいの温度にすればいいかは、全身に染みついているのだ。

 

茶を沸かすと、クラウディアが皆に振る舞う。

 

茶器はそれほど良いものがなかったが、それでも人心地ついた。

 

キロさんも、美味しいと言っている。そう聞くと、あたしのことのように誇らしかった。

 

少し休憩して、人心地つく。とにかくこのオーリムという異界に来てから、気が気ではなかったのだ。

 

キロさんが、ボオスを呼んでくると言って、その場を離れる。

 

恐らくだが。話す時間をくれたのだろう。

 

クラウディアが、咳払いをする。

 

茶を飲んで。安全な場所に来て。そしてボオスが来るまでに時間が出来た。

 

あたしの前で、クラウディアはばんと机を……木から切り出したらしい豪快なの造りのものを叩いていた。

 

「ボオス君と何があったのか、話して。 此処まで拗らせたのも、それが原因なんでしょう」

 

「クラウディア、怖い」

 

「本当だったら、こんな事にはならなかった筈よタオ君。 タオ君だって、無駄にボオス君と衝突する事はなかったでしょう」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

タオが俯く。

 

レントが視線を向けてくる。

 

話すのは任せる。そういう表情だった。

 

ため息をつくと、あたしは話す。

 

もう、八年も前の話だ。

 

 

 

あれは、アガーテ姉さんが王都から戻って来た直後だったか、あたし達はボオスも加えて、悪ガキ四人組だった。

 

クーケン島から出ることは許されていなかったから主に活動の場は旧市街の水没地域だったが。

 

それでも、毎日冒険に明け暮れていた。

 

「あたし達四人はずっと仲良しでね。 あの日まで、それは同じだったんだ。 だけれどね、その日あたしは、ドジふんでさ」

 

完全に水没している旧市街の南と違って、東は半分水没している、くらいの土地が多い。そこで、その辺りを探検して、色々探すのが楽しかった。珍しいものを見つければタオがうれしがるし。

 

小さい魔物がいれば、みんなでやっつけて。レントが戦闘訓練が積めて嬉しいと言ったっけ。

 

ボオスはその頃からちょっと引いて見ている感触があって。

 

それでも、冒険を一緒にするのは悪く無さそうだった。

 

ボオスがあたし達と連むようになった切っ掛けは覚えていないけれども。それでも、あの日までは仲良しだったのだ。

 

その日、あたし達はいつもの水没地区に出向いて。

 

あたしがドジを踏んだ。

 

何が原因かはわからないが。ともかく落ちた。

 

水泳は昔から出来た。

 

だけれども、服を着るだけであんなに水が、体が重くなるとは知らなかった。最初笑っていたレントも、すぐにあたしの様子を見て、ただ事じゃないと理解した。

 

レントとタオが引っ張る。

 

当時はレントもそれほど体格が良くなかった。タオなんて、あたしより頭一つ小さかった。

 

ボオスが、逃げていくのが見えた。

 

水に体を掴まれて、離してくれない。

 

それだけじゃない。

 

全身が冷たくて、まるで、死がその場で纏わり付いているようで。

 

着衣泳を知らなかったあたしは、完全にパニックになって、悲鳴を上げて。

 

そして気付いた。

 

普段は全く此方に興味を示さない連中が、動き出したことを。

 

全身が痛い。

 

魚が噛みついて来る。

 

そう、餌が落ちてきたと思って。魚が襲いかかってきたのだ。

 

魔物の残骸を湖に捨てると群がってくる魚たち。あれがどれだけ恐ろしい代物か、身を以て知る事になった。

 

痛い痛い。

 

叫んでいるあたし。

 

血が拡がっていく中、どぼんと体が沈みかける。

 

そして、見てしまう。

 

向こうから、大口を開けてやってくる巨大な魔物。水場は、こんなに恐ろしかったのか。なれていて、すっかり知らなかった。

 

それを思い知らされたあたしは。恐怖で失神しかけた。

 

がっと、襲いかかってくる巨大な魚。

 

人間を小細工無しで殺せる動物を魔物と定義するから。それは間違いなく魔物。

 

一噛みで、あたしなんてバラバラにされる所だった。

 

一瞬早く。

 

何かが飛び込んだのが分かって。

 

それで、あたしは恐怖と痛みで気を失った。

 

「目を覚ますと、ウラノスさんが怒鳴ってて、それで周囲に護り手がたくさんいてさ、アガーテ姉さんが、水浸しで、剣を振るって水を落としてた。 アガーテ姉さんが飛び込んで、衝撃波で魚を全滅させて、魔物も水中だっていうのに一刀両断したんだよ」

 

「……」

 

「レントがボオスと口論しているのがぼんやり見えた。 どうして逃げたんだよ。 そう言うレントに、ボオスが大人を呼びに行ったんだって叫び返してた。 タオはおろおろして、泣くだけ。 あたしはそれから、水場には絶対に冒険しにいかなくなった。 全身の傷が治るまで三ヶ月もかかって、指とかなくなりかけたからね」

 

左手を見せる。

 

普段はグローブをしているが、左手の小指は大きな痣が今でも出来ている。

 

肉食の魚についばまれた跡だ。あの時、骨まで露出していたのである。

 

それから、着衣泳をアガーテ姉さんに叩き込まれた。一応、理屈では出来るようになったけれども。

 

エリプス湖では、絶対にやりたくない。

 

水場にも、出来るだけ近付きたくない。

 

それが今のあたしのトラウマ。

 

それから、ずっとボオスとは疎遠になった。レントとの口論が原因じゃない。

 

あの時、ボオスが一緒に引っ張っていたら、迅速に助かったかも知れない。それがずっと心に残った。

 

でも、ボオスも正しかったことはあたしには分かる。

 

どっちも、子供だったのだ。

 

アガーテ姉さんの勇敢な行動がなければ、あたしどころか引っ張っていたレントやタオまで魔物に喰われていたかも知れない。

 

いずれにしても、それから明確な壁が出来た。

 

ボオスは孤独になった。

 

ランバーを取り巻きとして側に置くようになったのは、二年か三年くらい前からだ。

 

それまでは、多少お高くとまってるけど、良い奴という評価だったボオスは。

 

嫌な奴に、明確に変わった。

 

あたしを見捨てた。

 

それが、悪い意味で田舎であっと言う間に広まったのだ。ボオスも、それに対して、一歩も引けなかったのだろう。

 

「そう……」

 

クラウディアが悲しそうにまつげを伏せた。

 

アンペルさんやリラさんは、笑う事はしなかった。

 

子供のぶつかり合い。

 

それからの意固地な意地の張り合い。

 

そうやって笑うのは簡単かも知れないが。

 

あたしは全身を魚に食われ掛けて。魔物に食い千切られ掛けて。もう少し遅れていれば多分骨になっていた。

 

今でも幾つか、傷が残っている。

 

それを思うと、どうしても忸怩たるものはある。

 

「ライザの言い分は分かった。 でも、ボオス君の言い分も正しいよ」

 

「分かってる。 それは分かってるけれど……どうしても素直になれなかった」

 

「駄目だな俺たち。 やっぱりまだガキだ」

 

「僕はあの時、本当に役に立たなかった。 だから、それからずっとボオスなりのやり方で発破を掛けられていたんだろうね」

 

咳払いするクラウディア。

 

そして、いつもの温厚で心優しい彼女とは思えない、厳しい口調で言うのだった。

 

「ライザらしくないよ! 悪い事を許せなくて、いつも真っ先に進んで、みんなを引っ張って、それで私も深窓から連れ出してくれたのに! 今は子供じゃなくなって、もう自分も悪かった事にも気付いてる! だったらもう仲直りしようよ!」

 

「……そう、だね」

 

「クラウディアがそんな風に怒るんだな。 でも、俺たちを認めてくれたから、そんな風に怒ってくれているんだな」

 

「確かに、僕も色々悪かった。 反省してる」

 

リラさんが、咳払い。

 

皆が顔を上げると、其処には。

 

完全に青ざめて、キロさんにつれられ。そして苦虫を噛み潰したような表情のボオスが立っていた。

 

「ボオス!」

 

「……俺も悪かった。 確かにあの時、最善手を選んだのは事実だ。 それを認めない皆に認められない事が頭に来た。 だけれども、確かにライザを一緒に引っ張って、それで迅速に解決するかも知れなかった。 その可能性をずっと否定して、自分が正しい事に固執してきた。 その結果意固地になって、愚かな事をずっと続けて来た。 ランバーが命を張って俺を助けてくれた時、俺がどれだけ周囲に助けられていたのか理解出来た。 本当に……すまなかった」

 

この時。

 

すっと、ずっと長い間。

 

この四人の中で、作られてきた。

 

呪い。

 

心に生じるもの。呪詛にちかいもの。

 

その呪いが、砕けるのが分かった。

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