暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
他のフィルフサとは速さも重さも全てが違う。
レントが前に出ると、全力でその突撃を受け止めるが、即座にずり下がる。レントの怪力でも通じないか。体格そのものは、城のドラゴンより小柄なくらいなのに。
「ぐっ、重いっ!」
「力で対抗するのは厳しそうだね……!」
「分かった、外すぞっ!」
レントが、突撃から外れて、横っ飛びに逃れる。
将軍の背中が展開すると、何かが上空に射出される。針が降り注いでくるかと思ったが、違う。
上空に展開したそれらは、空気を振るわせ始めた。
まずい。
あれは呪文詠唱だ。
だが、冷静にクラウディアが動く。
上空に向けて、矢を放つと同時に。その多数いるのが、一瞬動きを止める。撃ち抜くまでにはいたらなかったが。
将軍が向き直ると同時に、タオが横っ腹にハンマーの一撃を叩き込む。
凄い音がしたが、将軍は小揺るぎもしない。
レントも斬り付けるが、将軍は角で弾いて見せた。
前に交戦した奴よりも、アグレッシブだ。
あたしはその間にタオの逆側に回り込むと、そのまま爆弾を投擲。
強化型のレヘルンで、一気に勝負を掛けに行く。
炸裂。
将軍の全身が、瞬時に凍結。しかもドラゴンを仕留めたときの強化改良型だ。つららで押し潰すようにした、ということだ。
だが、これで倒せる程甘くは無いだろう。
ぐっと、文字通り無理矢理態勢を立て直す将軍。
体を反らすと、ぞくりと全身に危険を感じる。
「逃げて!」
あたしが横っ飛びに離れると同時に。将軍が口から、真っ黒の光を放っていた。それが地面を抉りつつ、フィルフサも巻き込んで地平の彼方まで届き。そして空に。爆発はしなかったが。地面が赤熱している。
こんなの、喰らったらひとたまりもない。
古代クリント王国の連中は、ドラゴンをフィルフサとの戦いに無理矢理参加させたようだが。
それも納得だ。
将軍は、対空戦闘術も持ち合わせているのか。
「ライザ!」
「!」
クラウディアの警告に、横っ飛び。
上空から降り注いだのは、禍々しい光の光弾だ。辺りを蹂躙するそれは、さっき将軍が展開した奴が放ったものに違いなかった。
向き直ると将軍は、冷え切っている装甲を気にする様子もなく、また突撃を開始する。
狙っているのはクラウディアか。
させるか。
雄叫びと共に、レントが一撃を叩き込む。
がんと弾き返された。
装甲を操作して、一瞬逆立てた。
それをあたしはしっかり見ていた。
なるほど、此奴は以前の奴よりも弱いけれど、その分気を抜かずに最初から全力と言う事か。
だから、あらゆる手管を駆使してくると言う訳だ。
上空に躍り出たタオが、結晶体をハンマーで打ち砕こうと叩き付けるが。
それも弾き返されてタオがあわてる。
あたしはクラウディアの前に走り込むと、爆弾を投擲。そして、クラウディアを抱え。足に魔力を集中させて跳躍。
間一髪の差でクラウディアを抱えて、将軍の突進から逃れていたが。
掠りでもしたら、二人とも助からなかっただろう。
上空から、再びあの魔術弾が飛んでくる。
上空に自動展開した子分が周囲を制圧射撃し続け、本体はあの大火力攻撃と、超がつくほどのタフネスで押してくると言う訳だ。
クラウディアを降ろすと、二人はなれて走る。
一瞬でも足を止めたらおしまいだ。
将軍が此方に向けて、跳んでくるのが見えた。
今度はボディプレスか。
狙っているのはあたしだな。
だが、好都合。
さっき投擲した爆弾は、結晶体に引っ掛かっている。角度も確認した。
起爆。
さっきと同じ改良型レヘルンが。今度は斜め下に叩き付けるようにして、将軍を地面に追いやる。
強烈な冷気の圧力に吹き飛ばされて、将軍が地面に突っ込み、かなりずり下がる。
これだけ冷凍してやっているのに、まるで応えないのは流石だ。
どんな場所でも、此奴らは水さえなければ蹂躙していくのだろう。
あの人間を上回る戦力を持つオーレン族が大苦戦するわけだ。
キロさん、リラさんアンペルさんも、長くはもたないはず。将軍が大暴れしているのである。
周囲のフィルフサが、大挙して集まってくるだろう。
将軍が立ち上がると、無理矢理背中の装甲をこじ開けて、更に上空に子分を撃ち出す。あたしの収束熱線より火力がある攻撃が、上空から来る。
だが、クラウディアが即応。
上空に、何か放った。
あれは、矢じゃない。
笛だ。
びいいんと、鋭い音がして。詠唱がかき消される。将軍が、冷静にクラウディアの方を見る。
そうだろうな。クラウディアが詠唱阻害まで出来るのはあたしも初めて知ったけれども。それでも、真っ先に潰すべきだという判断は間違っていない。
ただ、あの将軍が使っているのは、フィルフサそのものではなくて。将軍が遠隔操作している木偶とみた。
だからこそ、できる事なのかも知れないが。
いずれにしても、将軍も冷気による打撃を鬱陶しがっているのは分かる。
不意に、将軍が突貫してくる。
レントが前に。タオも。
二人が雄叫びを上げて、全力で一撃を叩き込む。
将軍が、二人を弾くが、一瞬だけ動きを止める。
その瞬間。
あたしが投擲した改良型フラムが。将軍を熱の檻に閉じ込めて、瞬時に超高熱に炙っていた。
「レント、タオ!」
「ぐっ、やべえ……一撃でこんなに……からだが壊れそうだ……」
「もう長くは動けそうにないよ……!」
「分かってる!」
あたしは移動しながら叫ぶ。
ばつんと音がして。
熱の檻を、将軍が内側からブチ砕くのが見えた。
化け物か彼奴は。流石にオーレン族がなかなか倒せないだけの事はある。手練れが複数でどうにか対処すると言っていたが。それも納得の実力だ。
それでも、装甲が赤熱しているのが見えた。
好機だ。
あたしは、全魔力を足に集中。
突貫と同時に、肺から全ての空気を絞り出す勢いで叫ぶ。
「いっ、っけええええええっ!」
どんと、地面を踏み砕き。
そして跳躍。
フィルフサが狙いに気付いて、あわてて跳びさがろうとするが。足をがくんと折る。それはそうだろう。
あれだけの冷気と質量攻撃。
それに石材を瞬時に溶かす超高熱を立て続けに浴びて。
しかもそれらを、強引に吹っ飛ばしたのだ。
魔力による攻撃だったらともかく、それらは純粋な熱による攻撃。フィルフサがどれだけ魔力に強かろうが関係無い。
それに耐える装甲を持っていようが、以前此奴より格上の将軍がそれで装甲を弱らせたのを見た。
それで、まだ今より未熟だったレントが、今より出来が悪い剣で頭を貫いたのだって見た。
だったら、装甲を打ち砕けない筈がない。
それでも、装甲を無理矢理動かして、足を補填し。無理に立ち上がろうとするフィルフサだが。あたしの方が早い。
上空から将軍の手下が一斉に魔力弾を叩き込んできて。
何発かがあたしを擦るが。
それも、あたしは耐え抜く。
蹴りが、フィルフサの装甲。上部を全部まとめて抉り、吹っ飛ばす。
粉々に砕けた装甲。結晶体が、全部まとめて飛んで行く。
それと同時に、上空にいた手下が。力を失ったようにして、全て落ちてくる。
なるほど、将軍の弱点はあの結晶体か。
覚えた!
「レント、タオ!」
「任せろ! 行ってこい、タオっ!」
「行ってくるっ!」
レントが。フルパワーでタオを上空に投擲。
上空で態勢を立て直したタオが、フィルフサに落下攻撃を仕掛ける。
上半分を消し飛ばしてやったのだ。
コアは、絶対に露出しているはず。
タオは空中で魔力を使って上手に姿勢制御すると、完璧に恐らく狙い通りの位置に、直撃を叩き込んでいた。
凄まじい絶叫を、将軍が挙げる。
これは、コアに入った。
だが、タオが吹き飛ばされるのが見えた。
将軍クラスになると、コアに直接あれだけの打撃を加えても倒せないのか。流石に戦慄するあたしだが。
それでも、将軍が動きを止めるのを見る。
後一押し。
着地したあたしは、最後の力を振り絞る。
将軍の周囲は、地面が赤熱している。だが、どうにかやるしかない。
もう一度、突貫。
将軍が、ダメージを受けてもなおも向き直る。
これで、此奴が誇り高い指導者だったらどれだけ良かっただろう。
此奴はただの破壊の権化。
ただの終焉の悪魔だ。
滅びをもたらすだけの悪魔、滅ぶべし。
あたしは、最後の力込めて、突貫。
将軍も、何かの魔術を放とうと。体の上半分を消し飛ばされなおも、抵抗しようとする。
全身の装甲をボロボロなのにもかかわらず展開して、激しく振動させているのは。あれが呪文詠唱なのだろう。
見る間に、凄まじい魔力が将軍の前面に集まっていくが、残念だが遅い。
あたしの突貫が、詠唱完了前に届く。
「はああああああっ! くだけろおっ!」
横っ飛びの蹴りが、タオが大きく傷を入れていたコアを。脆くなっていた装甲もろともブチ砕く。
それが、将軍の最後になった。
着地。
あたしが、流石に貧血を起こして片膝を突くのと。
将軍が、砕け落ちるのは殆ど同時。
クラウディアが走り寄ってくる。全員、無傷とはとても言えない状態だった。
呼吸を整えながら、クラウディアに肩を借りて、将軍の方を見る。
破壊の悪魔とはいえ。
最後まで、勝負を捨てようとしなかった事だけは認める。
凄い戦士だった。絶対に相容れないけれど、それは確かだ。
既に動かなくなったそれと。
散り散りバラバラに、逃げ出していく多数のフィルフサの姿が、今更ながらに見えていた。
先に蓄えておいた薬を使って、まずは手当てから行う。
案の場だが、クラウディアの絹服は破いてしまった。だが、クラウディアは、この戦闘では仕方がないと笑うのだった。
島に戻る時に、マントでも着せて誤魔化すか。
後は、あたしが土下座してルベルトさんに謝るしかないだろう。仕立てが良い服だったのだが。これではどうしようもない。
レントとタオもかなり手傷が酷かったが、手指を失うようなことはなかった。
あたしもそれは同じ。
キロさんとリラさん、アンペルさんも来る。
皆、ボロボロだったが無事だった。
それはそうだろう。
あたしがもっと迅速に将軍を倒せていれば、こんなに傷つくこともなかったのだろうと思うと、忸怩たるものもあるが。
一度、洞窟に戻る。
キロさんお手製の薬草よりも、遙かに効くお薬。流石にキロさんも驚いて、そして目を伏せる。
「クリント王国の人間は、傷ついたドレイ達を死ぬままにしていたわ。 少しでも彼らが慈しみを持っていたら、こんな事にはならなかったのかも知れない」
「奴隷は……今でも地方に行くとあります。 王都でも、表向きは禁じられていますが、使う貴族はいるそうです」
悲しそうにクラウディアが言う。
そうと、キロさんは悲しげに応えた。
人間の能力には、それぞれ差があるかも知れない。
だが、奴隷制なんてものが良くない事は、絶対に分かりそうなものなのだが。
富の格差が広がると、どうしてもそういう考えが出てくるのだろうか。
富を持っているといえばモリッツさんだが。
別にモリッツさんが、他の人に比べて凄く優秀だなんて、あたしは感じない。
あたしだってがさつだって雑だしで、他の人に負けている部分なんて幾らでもある。
自分を優れた人間だなんてうそぶいて。
劣っているとしている人間を道具として使うなんて。
あたしには、どうしても理解出来なかった。
クリント王国時代では当たり前だったのかも知れないが。
そんな時代に生まれなくて良かったと、あたしはとことんまでに思う。
アンペルさんが、咳払いしてキロさんに告げる。
「これから我々は、奪われた水を取り返しに向こうに戻ります。 キロ殿は、少しでも敵の侵攻を遅らせるべく此方で努力を続けてくれますか」
「分かったわ。 ただし、それほどの時間は耐えられないでしょうね」
「出来るだけ急いで此方に戻る。 霊祈の戦士が残って戦っているのだ。 一人にはしておけない」
「ありがとう白牙の戦士。 絶対に、これ以上の暴虐は許さないわ」
あたしは、できるだけ薬を残していく。
改良したお薬は、今では以前と比較にならない効果がある。
ただし、薬効成分を引き出すのにも限界が見えてきている。
もっと凄い素材とかを使わないと、これ以上のお薬を作るのは無理だろう。それも、あたしは理解していた。
「ありがとう良き錬金術師ライザ。 貴方は暴と勇、剛と優をそれぞれ備えた、素晴らしい錬金術師だわ。 人を騙す事ばかり考えて、どうやって私達から資源を奪い取るかだけにしか錬金術を使わなかったクリント王国の者達とは別の存在ね」
「ありがとうございます。 戦士としても、少しでも貴方に追いつけるように努力をします」
「ふふ。 貴方なら、きっと私を超える事も難しく無いわ」
「ライザなら確かにそうなりそうだな」
レントがぼやく。
あたしは、なんだかちょっと馬鹿にされたというか。
化け物でもみているかのように思われて。
ちょっとだけ、反論したくなったが。キロさんがにこにこ……恐らく屈託のない本当の笑みを浮かべているのを見て。
それで、反論は止めた。
一度、門から戻る。本当にフィルフサは離散していて、帰路では一度も遭遇しなかったし。
更に言うと、あの将軍の砕けたコアや装甲を回収していく余裕もあった。
とんでもない魔力を秘めている。粉々になった結晶体も、それは同じだ。
まさかと思うが。古代クリント王国の錬金術師は、フィルフサからこれらの素材も取ろうとしたのか。
馬鹿馬鹿しい話である。
こんなもの、余程条件が揃わないと採れない。まさか戦士を……当時はアーミーだったか軍隊だったか。それを湯水のようにぶつければ、得られると思っていたのか。そうだとすれば、奴隷だけではなく、戦士も使い捨ての道具だと考えていたと言う事になる。
フィルフサよりも悪魔じみている。
そうあたしは思って。更に強い嫌悪感を抱く。
他にも、見た事がない草などが僅かに残っている。それらは外では見られない地面に生えているからか、まったく違う構造をしている。採取していく。
ただ、ほどほどにするようにと皆に言われて。
勿論その通りにした。
門を潜ると、ボオスがぼやく。
「キロ=シャイナス。 凄い人だった」
「死んだりしていないよ」
「ああ、そうだな。 過去形ではなく、現在進行形での話だ。 凄い人だ、が正しいな」
「ボオスが其処まで他人を絶賛するのも珍しい」
レントが言うと、うるさいとボオスが照れる。
やっと、本調子に戻って来たか。
というよりも、距離感がなくなった。
相変わらずしゃべり方はぶっきらぼうだが。あのトゲトゲがなくなった。
もう、昔の関係に戻る事が出来た。
それは確かだと思う。
「決めた。 俺も地力で鍛えて、いずれお前達と一緒に冒険するぞ」
「あれ、クーケン島はいいの?」
「いずれ、だ。 今の俺では、遠くから支援するのが精一杯だからな。 それに、ブルネン家の伝統だけが全てじゃない。 まずは……王都に留学して、この国の実態を確認しておきたい」
「王都かあ。 住んでいる人はともかく、残されている資料には僕も興味があるんだよね……。 どうせ歴史資料とかは散々改ざんされているだろうけれど、遺跡とかを探索すれば、面白い結果が出てくるかも」
はははと、笑い声が漏れた。
アンペルさんが、手を叩いて皆を引き締める。
「聖堂は一度閉じてしまうと、開けるのに年単位の時間が掛かる。 残念だが、今回は根本的に問題を解決しなければならない。 だから、此処はそのままにしておく。 次は更に強力なフィルフサの戦闘部隊を相手に、此処まで突破し、更に異界オーリムに足を踏み入れなければならない。 それを皆、忘れるな」
「はいっ!」
「よし。 一度クーケン島に戻るぞ」
「クーケン島に戻ったら、例の件は俺が調べる。 今から手段を考えるから、少しだけ待ってほしい」
ボオスが、率先してそんな事を言ってくれるのは嬉しい事だ。
うんと、あたしが頷くと。
ボオスはちょっときまりが悪そうに、頭を掻き回すのだった。
最初、キロは。
アンペルという人間も、ライザという人間も、殺すつもりだった。
錬金術師というだけで、絶対に許せない。
それは確かだった。
リラというあの娘は気付いていたようだったが。それでもだ。だが、リラという娘は誇り高き白牙氏族の生き残り。
顔を立てるためにも、見極めなければならなかった。
そして、考えを改めた。
アンペルという錬金術師。
あの者は、クリント王国の、知恵をひけらかして、自分の利益だけを求めていた連中とは違う。
文字通り、知恵を生かすこと。
自分より優れている事を、素直に認める事が出来る者だった。
ライザという錬金術師。
感情に突き動かされる部分はあるものの。暴と勇、剛と優をそれぞれ兼ね備えた、素晴らしい人物だった。
あんな人物達が、一人でもいたら。クリント王国は少しでも違う行動をしていたのだろうか。
大きなため息をつく。
笑顔を作って近づいて来たクリント王国の者達に、戦う事、森とともに生きる事だけしか知らなかった霊祈氏族の者は簡単に騙された。
共存の石碑だの、それっぽいものを作って見せて。
クリント王国は、牙を剥くまでは友好的な顔をしていた。
ドレイを使い潰すなどという非道を働いている事に眉をひそめる者もいたが。
それも、文化の違いだと、霊祈氏族の長老は皆をなだめた。
一部の者は、クリント王国の者達が持ち込んだ便利な道具にほだされて、それで信頼してしまう事もあった。
今になって思えば、全てが悪意につながっていたのだろう。
そして油断しきった隙に。
クリント王国の者達が、水を奪った。
大繁殖したフィルフサに全てが蹂躙される前に、クリント王国の者どもと霊祈氏族は激突した。
その時に、奴らが言い放ったのだ。
騙される方が悪い。
こんな見え見えの罠に引っ掛かる方が悪い。
オーレン族の戦力は、クリント王国の武装や数に勝ったが。それでも死者は出た。真っ先に死んだのは、クリント王国のものをまだ信じていて、悩みがあった者達だった。
キロの両親もそうだった。
長老も。
やがてフィルフサが全てを踏みつぶした時、蹂躙される中、クリント王国の者達がわめき散らしていた。
この未開の猿どもが、と。
全てお前達のせいだ、と。
最後まで、連中は自分が正しいと信じて疑わなかったし。
騙す事を悪いとも。
罪悪感というものも。
備えていないようだった。
その時に抱いた凄まじい怒りは、今でも胸の中で燻っている。だが、クリント王国が既に滅びた事は、何となく分かっていた。
人間の寿命は短い。
それに、気まぐれで助けたボオスという若者。
あれが、クリント王国を過去の存在としてしか知らず。
その所業を聞いて、明らかに動揺するのは、しっかり感じ取った。
その後に来た者達は、既に感じ取ったとおり。
クリント王国の外道共の行為に、素直に怒り、命を賭けてフィルフサの将軍と戦ってこの土地のためにあろうとした。
だから、殺すのはやめた。
もしも口だけの行動だったら、そのまま殺すつもりだったのだが。
そうではなかった。
一瞥する。
薬だ。
この薬は、とんでもなく良く効く。水を取り戻す。そうあの者達は言っていた。それならば、多少の間前線を維持してやるくらいは、しなければならないだろう。
フィルフサの繁殖能力はおぞましい程高いが、しかしながら実を言うと王種や将軍などの個体は、替えが効かない。
それも分かっている事なので、心配することは無い。
数年程度で将軍を新しく作り出す事は出来ない。離散した、今回討ち取った将軍麾下のフィルフサは、混乱の末にやがてバラバラに溶けて大地に帰っていくだろう。
勿論フィルフサも、すぐに別の将軍の群れを此処に向けてくる。
そしてまずは制圧行動から開始するだろう。
それを叩きながら、敵の行動を遅らせる。
もしも大侵攻を目論んでいるのなら、本隊が来る筈。
おおよそ100万と言ったか。
その数となると、全てのオーレン族が揃っても戦えるかどうか。
だが、聖地に水が戻れば。
一気にフィルフサを押し流し、その首魁たる王種……恐らくは「蝕みの女王」と言われる、各地の氏族を滅ぼして回っている邪悪な個体の下に迫る事も可能となる筈である。
それだけではない。
汚染された土地を、何世代か掛ければ、元に戻していくことも不可能ではないのかも知れない。
踏みとどまる価値はある。
霊祈氏族最後の生き残りとして。
空を見る。
フィルフサの汚染は、空までも曇らせる。空の色までも変えてしまう。
だが、キロは既にその汚染に対抗できるように、体の構造を変えている。
キロ以外の氏族が全滅する前。抗戦をしている最中、風羽氏族の者達の伝令が何度か来た。
霊祈氏族が守るこの土地の重要性は彼らも知っているらしく、オーレン族の総長老である存在も此処を気にしているようだった。
だが、オーレン族の総本山とも言える其処すらも、今は防戦で手一杯。
複数の王種が常に周囲に貼り付いて、守るだけで攻勢に出ることも人を回す事も不可能という事だった。
話を聞く限り、キロ達より若い世代のオーレン族は、生まれながらにして、フィルフサのまき散らす毒への耐性があるそうだ。
そう思うと、必ずしも絶望的なだけではないのだろう。
そして今。
明確な希望を、キロは目にした。
だから、戦う事が出来る。
数日は、フィルフサも混乱が続いて、この土地に戦力を派遣するどころでは無いだろう。オーレン族は体の構造的に、殆ど眠る必要がない。キロもそれは例外では無いが。
久々に眠って、じっくり休んで英気を養おう。
そう思うのだった。