暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
それは意外すぎる形で、ライザ達に関わって来るのです。
まずは到達しなければなりませんが……
渓谷の地形は当たり前の話だが奧に行くにつれて坂道になっていて、進むのは大変だった。小川の流れは緩やかだが、昇れば昇るほど、それの本来の姿が明らかになってくる。
此処は、戦場だ。
平らにされていた入口付近だったが、少し奥に入ると、そうではない地形も見えてくる。
これは、何かの柵の残骸か。
砕かれて吹き飛ばされたようだが。
それでも、元々木材ではないらしく、形が残っていた。
これは、鎧の残骸か。
踏み砕かれて、何も残っていない。
フィルフサにやられたのだと一目で分かる。そして、鎧を調べていると、うっと声が漏れていた。
「どうしたのライザ」
「タオ、これ……」
「!」
タオが口を押さえて、真っ青になる。
それもそうだろう。
クラウディアにはみないでと声を掛けた。リラさんは、平然とそれを見やっていた。
「中身入りだな」
「……」
鎧はグシャグシャに粉砕されて、中身もへし潰されていた。そして、中身は骨になっていた。
肉がついていても、年月が経つ間に虫やら獣やらに食い荒らされたのだろう。
だが、分かっているのは。
この辺りの鎧は、彼方此方で見かける「幽霊鎧」ではなくて。
中に人間が入っていた、ということだ。
そして殺された。
この殺され方、フィルフサ以外には考えられない。
びりびりと、魔力を感じる。
幾つも強い魔力があるが、奥にある一つはあからさまに此方をターゲッティングしている。
つまり、気分次第では姿を見せるか、或いは狙撃してくるか。
あたしは常に気を張っておく。
対策用の魔術は幾つかあるが、こっちを探っている奴の魔力量がヤバイ。今のあたし数人分は間違いなくあると見て良い。
それも最低限に見積もって、の話だ。
油断なんか、させてくれる相手では無い。
「ライザ、こっち!」
タオが手を振る。
激しく何かがぶつかり合った跡が残されている。
大きな質量同士がぶつかり合ったようで。かなり激しく地面が抉られ、池になっていた。
無言でその池を見やる。
散らばっている残骸。
金属らしいが、それでも容赦なく拉げていた。
リラさんが、錆びていないその金属を軽々持ち上げると、じっと見つめる。
「リラさん、何か分かりそうか」
「さあな。 アンペルなら分かるだろうが、あいつはまだいじけているはずだ」
「そんな言い方……」
「いじけるときはいじければいい。 その後立ち直れば、それでいい」
リラさんは言葉を一切飾らないんだな。
そしてアンペルさんは、立ち直れると信じてもいる筈だ。
いずれにしても、リラさんは咳払いして、見解を述べてくれる。
「鎧では無いな」
「確かに鎧にするには分厚すぎますね」
「ライザ、持ち帰って分析だ。 ……どうも奧にいる奴は我々のことが気にくわないらしい。 一度引き上げて、アンペルと合流する方が良いだろう。 この辺りを調べたら、今日は引き上げるぞ」
「分かりました」
周囲の魔物はあらかた片付いている。タオが彼方此方興味深そうに見て回るが。
この辺りになると、明らかに魔物のものでは無い骨がたくさんあって。それが粉々に踏み砕かれて散らばっていた。無論、埋葬などされてもいない。
複雑な気分だ。
古代クリント王国の阿呆どもは、フィルフサの大侵攻を招いた。それも身勝手なエゴと、資源目的の侵略の結果で、だ。
だとすると、此処でフィルフサと戦ったのは、多分古代クリント王国のアーミーだろう。
古代クリント王国の連中は許されないと思う。
だが、軍隊とかいう組織は、あたしもよく分からない。
何も知らないままかり出されて、そのまま此処で戦わされて。フィルフサに蹂躙された人もいるかも知れない。
侵略を主導した連中は地獄に落ちて永遠に苦しめばいいとあたしも思うけれども。
此処で死んだ人達は、果たしてみんな同罪なのだろうか。
何カ所かに、防塁らしいものの残骸を見かけるが。
この辺りのものは、殆ど踏み砕かれていて、残骸が残るばかり。
点々と散らばる骨。
中には大きな骨もあった。
将軍フィルフサは、対空攻撃を持っていた。或いはだが、ドラゴンだけでは無く、他の魔物も古代クリント王国は戦闘に投入し。
フィルフサに叩き落とされて、踏み砕かれたのかも知れない。
いたたまれない気持ちになる。
ただ、こう言う場所でも、植物は生えている。
今更血肉を吸って育った、と言う事もないだろう。
水の質が良いからだろうか、とても品質が良い。デルフィローズはないが、ローゼンリーフは多数見かけた。
「見て、あっちに通れそうな場所があるよ」
「おお……本当だ」
崖の左右の比較的高い場所に、回廊みたいになっている所がある。
だが、其処からじっと此方を見ているのは鼬の群れだ。視線が合うと、明らかに警戒の視線を向けてきていることが分かる。
それに、彼処に行くには、かなりアクロバティックな狭い道を行かなければならないだろう。
この荷車をどうするか、少し考えないといけない。
しかも、時間があまりない。
フィルフサだって、将軍一体を失った程度で、侵攻を諦めるとはとても思えないからだ。
ただでさえ、普通の倍は規模がある群れだと言う話だ。
楽観は許されない。
周囲を探った後、太陽の高さを見る。
確かに、そろそろ危ない時間帯だ。戻る事にする。
戻る最中も、ずっと背後から監視しているらしい強い魔力を感じる。
余程警戒されているらしい。
何が相手かは分からないけれども。
とにかく、今はアンペルさんにも来て貰って。
連携して動くしかないと、判断する他はなかった。
アトリエに戻る。
レントは一度島に戻ると言う事だ。家に用事があるのではなくて、鼬の毛皮を売りに行くという。
ついでに、薬などが必要な人についても聞いて来てくれるそうだ。
有り難い話である。
クラウディアも、それに同道してくれるとか。
これについては、更に実利的な意味があるらしく。バレンツ商会としても、人脈を作っておきたいらしい。
クラウディアはルベルトさんとその辺りを話して。
ルベルトさんが、納得するように動いているのだとか。
「クラウディア、しっかりしてるね……」
「ううん、違うの。 しっかりしているように見せておかないと、お父さんが翻意するかもしれないから」
「ああ、なるほどね……」
「それにね、バレンツ商会のコネを作っておくのも事実だよ。 今は「お嬢さん」だから良くしてくれているだけの人も多いし、そういう人にはコネを作っておかないと、良い関係を持続できないと思うから」
なるほど、そういう事か。
何というか、やっぱりしっかりしている。
まあ、それはいい。
二人がクーケン島に行くのを見送ると、まずは回収してきたものをコンテナに。コンテナは冷却魔術を掛けてあるから、入れておいたものが腐る事もない。
アンペルさんはまだむくれていたが。
流石にあたしが笑顔で成果について告げると。
ため息をついて、どうやらやる気を出してくれたようだった。
「状況からして、私も出なければならないようだな」
「お願いします」
「ドラゴンらしい影もみました。 手助けは何人でも必要だと思います」
「分かった。 とはいっても、ドラゴンの鱗を貫通するのは私でも厳しいぞ」
義手をつけたアンペルさん。
頷くと、あたしは釜をもう一つ持ってくる。
このくらいの大きさの釜は、他にもある。ただ問題は、ある程度頑強さがないと、エーテルで釜ごと溶けてしまう事だ。
これについては、あたしの今の釜はどうして大丈夫なのかは分からない。
まあそれはそれとして。
この釜は、実は古城から回収してきたものだ。
ドラゴンを倒した後、古城を物色したのだが。
その時に見つけた。
今になって思うと、恐らく古代クリント王国の時代の錬金術師が使ったものだろう。
外道どもが使った道具だ。余計に色々と使う事には抵抗があるが。
それでも、今は活用しなければならない。
「アンペルさん、使ってください。 もしいやなら、あたしが使います。 その場合は、あたしの釜を譲ります」
「アンペル」
「分かっている。 弟子に此処まで言われたら、私も折れざるを得ないさ」
リラさんにたしなめられて、アンペルさんは頷く。
釜を置くスペースは充分にある。家をしっかり立てたから。みんなでくつろげるくらいの広さにはなっているのだ。
それに、である。
今の時代は、はっきりいって人のいる場所は有り余っている。
古代クリント王国の時代は、今の何十倍も人がいたらしいから。その時は話が違ったかも知れないが。
今の時代はそうではない。
みんな、余裕を持って過ごす事が出来る。
ここも、それは例外では無かった。
「では、今日の成果を軽くまとめてみます」
一段落した所で、タオが話を始める。
タオが見た所、あの渓谷は古戦場で間違いないという。
戦争なんて、ロテスヴァッサが出来たとき以外起きていない。少なくとも、あたしが知る限りでは。
その戦争だって、ロテスヴァッサの城壁の内部で起きたもので。
規模は限定的だったという話だ。
「多数の人骨の残骸、それ以外にも砕かれた骨の残骸を多数見かけました。 ほぼ間違いなく、あそこでたくさんの人がフィルフサと戦って、踏みにじられたんだと思います」
「なるほどな……」
「アンペルさん、何かあるんですか?」
「うむ。 リラと一緒にこの辺りを調べて回ったんだがな。 彼方此方に戦闘の跡はあるんだが、大規模なものはない。 街道の辺りの防衛線は、恐らくドラゴンなどに任せて、殆ど人は回していなかったと見て良い。 フィルフサを本格的に迎え撃ったのは、その渓谷なのだろうな」
タオは俯く。
タオは帰路に言っていた。
何千、下手をするとその何倍も人が死んだはずだと。
クーケン島には、今全部あわせて何百人しかすんでいない。護り手なんて、二十数人程度しかいない。
護り手の何百倍もの戦士があそこに集められて散って行ったのだとすると。
他にもフィルフサとの戦いは何カ所でも起きただろう事を思えば。
古代クリント王国の愚劣さは、文字通り犯罪的だと言う事がわかる。
「それで奧から感じる強烈な気配は何だと思う。 ドラゴンがいる可能性はあるが、他にも恐らくいるぞ」
「分からないが、古代クリント王国は複数の防衛システムを用意していたはずだ。 恐らくゴーレムもその一つと見て良い。 だとすると……」
凶悪なゴーレムがいても不思議では無い。
そういう話だ。
後は、錬金術の勉強と、幾つかの事前準備に時間を費やす。
護り手用に、クリミネアの武器を幾つか作っておく。それだけではない。皆のために、アクセサリを作っておく。
淡々と作業をしているうちに、レントとクラウディアが戻ってくる。
クラウディアがメモをくれるので、頷いてそれに沿ってお薬を作る。
傷を溶かすように消し去る薬だけではない。化膿止め、熱冷まし、毒消し。色々な薬がいる。
疫病の特効薬についても、参考書にあるので、今のうちに作っておく。
こればかりは試す方法がないのでどうしようもないのだが。
腐るようなものではないので、今のうちに蓄えておいて、エドワード先生に引き渡すしかないだろう。
クラウディアが、六人分の夕食を持って帰ってくれる。
オーブンもあるので、温めは任せる。
その間に、あたしはアンペルさんと話をしていた。
「これも、渡しておこう」
「ええとこれは、確かトラベルボトルでしたね」
「そうだ。 内部に擬似的な世界を作り出し、貴重な素材を量産する事が出来る。 今のライザになら渡しても良いだろう。 使いようによっては、何もかものバランスを破壊しかねないから、気を付けるんだぞ」
「分かりました!」
そうか、これも修理が終わったか。
アンペルさんが、これを任せてもくれるか。
嬉しいと同時に、重い責任が背に乗ったこともそれは示している。
あたしは頬を叩くと。
使い方について、細かく聞いておく。
これはいずれ、とても大事な場面で役に立つ。
魔術使いとしては、あたしはいっぱしだ。
そして魔力が多い人間の勘は、馬鹿にしてはならないと昔から言われている。
あたしも、肝心なところで勘に助けられたことは何度もある。
夕食を済ませた後、内部を一度確認して見る。
使い方は簡単。
広い場所に配置して。そして魔法陣を描き。全員でそれに入るだけだ。
気がつくと、別の場所にいた。
魔法陣はある。此処から、いつでも出られると言う訳だ。
周囲は薄暗い空の、狭い世界。狭いというのが。すぐに分かる。遠くにあるのは。なんだか分からない壁。
そして辺りには、触手のように、何かよく分からないものが蠢いていた。
「うえっ……なんだよこれ……」
「この世界は未完成だからな。 未完成な世界には、こういったよく分からない魔物が湧くらしい。 ただ、戦力はそれほど高くは無い。 相手にしなければ襲ってくる事もない」
「流石に詳しいなアンペルさん」
「稼働するトラベルボトルを以前試したことがあってな。 ただ、作る世界によっては人間が息ができないような場所も出来る。 だから、一度深呼吸するか、何人かで同時に入るかして、油断だけは絶対にするなよ」
アンペルさん、結構色々体当たりで調べて行くタイプなんだな。
そう思って、あたしはちょっと感心した。
とりあえず、周囲を確認。あたしがほしかったものは。ある。
たくさん咲いているのは、デルフィローズ。ただし、正直品質はあの渓谷で取ったものほどではない。
手分けして、採取する。その間、触手に触らないように、皆に促す。
「ちょっと、ライザ!」
怯えたタオの声。
顔を上げると、ああなるほど。
空にたくさん目がある。
それも眼球剥き出しのが、じっとこっちを見ている。これは、気が弱い奴だったら、耐えられないかも知れない。
「タオ、みないみない」
「いや、無理無理無理!」
「でも触手に弄ばれるよりはましでしょ」
「何言ってるんだよ! ライザなんで平気なの!?」
タオが半泣きになっているので、まあやむを得ないか。
出来るだけ早めにデルフィローズを回収して、引き上げる事にする。
魔法陣に踏み込むと、嘘のように世界が変転する。ただ。ぐっと皆はつかれているようだったが。
「はあ、たまったもんじゃねえぞ。 なんか空気も甘ったるいし、メイプルデルタを思い出すなあ……」
「なんというか、私の世界の空気に近かったな。 調整をすれば、フィルフサの作りあげた環境や、或いはオーリムの空気を再現出来るかもしれん」
「へえ……」
なるほど、異世界の空気に近いのか。
それは、ちょっと研究をしてみたいが。ただ、それをしている時間が今はない。
とりあえず。貴重なデルフィローズは回収出来た。
ただ、もう今日は時間がない。
各自、風呂に入って、それで眠る事にする。
今後は野宿も増える。
風呂がなくても耐えられるように、それぞれ鍛えておけ。
そうリラさんが言うので。
あたしも、苦笑いをするしかなかった。
やはり。一番にあたしが起きだす。
多分これは、農家の娘として仕込まれているから、なのだろう。どうしても農家の娘だと、朝は早い。
最近は、お薬を作ってそれが極めて実用的だという事もあり。お父さんとお母さんも、あまり文句を言わなくなってきた。
それ以外でも、ドラゴンを倒したり。
島に押し寄せた巨大な外海の魔物を倒したという実績も作っている。
ただお母さんはずっとあたしを心配そうに見ているし。
島に戻ると、常に小言を言われる。
まあ、あたしの年はまだ小娘と言われる年齢だし、仕方がないのかも知れない。
だがお母さんだって、若い頃はお父さんやザムエルさんと一緒に冒険をしていた筈だ。それで痛い目にあったという話もきかない。
今は安定した生活をしていて、それが幸せなのかも知れないが。
あたしだって冒険をしたいのだ。
それがどうして理解出来ないのかはあたしには分からない。
ただ。人は子供が出来たり、年を重ねると変わるという話も聞く。
お母さんは、そうなのかも知れない。
だとすると、いずれあたしも。
いや、それは。今考える事では無かった。
軽く体を動かし、魔力を練る。皆起きて来て、めいめい体をほぐしているのを横目に、あたしは先に切り上げて食事に。朝ご飯はだいたいクラウディアが作ってくれる。甘いものが喰いたいとアンペルさんは良く言うのだが。
流石に、クラウディアもいつも甘いお菓子を作ってはくれなかった。
「では出るぞ」
朝食を終えると、リラさんが立ち上がる。
アンペルさんはどうも朝に弱いらしく、こう言うときはリラさんが音頭を取ってくれると助かる。
ただしリラさんは、あたしを見る。
「ライザ、戦闘の指揮そのものはお前が取れ」
「分かりました。 でも、良いんですか?」
「リラは当然として、私もどちらかというと一戦士だ。 錬金術師でもあるが、現場での指揮能力はライザの方が高い」
「……では、指揮はあたしがとりますね」
頷く二人。
また、責任が重くなる。
だけれども、戦闘指揮そのものはそれほど苦手では無い。
先にハンドサインの確認をして。
すぐにアトリエを出る。
禁足地までまっすぐ。今日も護り手は出ているようだが、やはり街道を中心に警備する様子だ。
ただ、やはり街道を行く行商に警告しているようである。
これはモリッツさんが、率先してやるように言ってくれているのだろう。
危険な魔物が出る。
それだけで、行商は慎重になる。
それは分かっているのだ誰も。
そして、王都近辺ですら、危険な魔物が出るとどうにも出来ない。クーケン島みたいな、まともな戦力なんてないに等しい場所なんて、なおさらである。
軽く情報交換をした後、アガーテ姉さんと別れて。禁足地に入る。その時、幾つかのクリミネアで作った剣や槍も引き渡しておいた。これで、多少は護り手の戦力も増強される筈である。
禁足地から出てくる魔物を、怖れている護り手は多いが。
これだけの良い武器を渡しておけば、それでも少しはマシになる筈。
禁足地に入ると、アンペルさんは周囲を警戒しつつも言う。
「渓谷で感じていた魔力に、心当たりはないか」
「あたしはちょっと分からないですね」
「私は……分析した感じでは、エレメンタルが近いと思ったな」
「エレメンタルって……あの魔力量だよ。 あんな魔力量のエレメンタルなんて」
そこまで言って、あたしは気付く。
どっと冷や汗が出る。
そうだ。一つだけ該当例がある。
ほとんど伝説になっている魔物。だけれども、伝説の域を超えていない存在。何しろ遭遇して生き延びた人間がほとんどいないからだ。
精霊王。
だが、ドラゴンを駆使する古代クリント王国だ。
ひょっとしたら、ありうるのかも知れない。
ドラゴンも、基本的には倒せる人間がいない魔物だ。ドラゴンスレイヤーを自称する人間は彼方此方にいるが、それらが本当にドラゴンを倒したかというと本人達ですら名言を避ける。
あたしだって、単騎でドラゴンを倒したわけではない。
いずれにしても、もしも精霊王がいたならば。
かなり力を抑えた状況で、あれだけの威圧感があった、ということだ。
「アンペルさん。 ひょっとすると、精霊王じゃ……」
「なっ……確かに可能性はあるか……」
「おいおいおい、もしそうだとすると……」
強い相手との戦闘を好むレントすら、あからさまに腰が引ける。
それくらい危険な相手なのだ。
ただ、精霊王は基本的に、積極的に人間を襲うことはないと聞く。無意味に刺激しなければ大丈夫の筈だが。
問題は、明らかに精霊王が此方に意識を向けていることだ。
渓谷を通らないとまずいのは確定。
さて、どうするか。
渓谷の前まで来る。
間違いない。この気配。リラさんに言われて気付いたが、確かに精霊王のものだ。
そしてあからさまに、此方を威嚇している。
生唾を飲み込む。
この魔力量、実力は恐らく、あの将軍数体を束にしたよりも上だと見て良い。もしも戦闘になった場合。
死者が出る可能性は、極めて高い。
生きて帰れるだけで御の字だろう。更に言うと、勝てる見込みなんて、天文学的な可能性の先になる筈だ。
だが、それでもいかなければならない。
あたしは心を奮い立たせる。
此処で立ちすくんだら、確定で何もかもが終わるのだ。クーケン島は或いは生き残るかも知れないが、それだけしか生き残らない。異界も大ダメージを受けるだろう。そうなれば、ただでさえ押されに押されているオーレン族は滅びるかも知れない。
顔を上げると、皆を鼓舞する。
「とにかく、精霊王がいるとしても、まずは接触して様子を見よう! 魔物としてはそれほど好戦的ではないって聞くから。 逆に、此方からは手を出さないで!」
皆、頷く。
あたしの様子からして、とんでもない相手だと言う事は理解出来ているようである。
問題は、その先だが。
ともかく、今は。
進む以外に、選択肢は無い。
時には逃げる事、引くことも大事だが。
今はその時ではなかった。