暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
また武芸の師匠となりうる存在、超格上の戦士であるリラさんと出会ったレントやタオ。
そして初めての対等の友達と出会えたクラウディア。
それぞれの道が動き始めます。
序、錬金術とは
最初にあたしがアンペルさんに指示されたのは、釜の確保だった。それも、大きいものの方が良い。
そう言われたので、あたしはすぐに思い当たった。
もう死んでしまったけれど、魔術の名手だったお婆さんがいた。その人が大釜で、薬草を煮込んでいる事があって。
護り手の方でも、いざという時はそのお婆さんを頼りにしていた。
後継者も子孫もいなくて、今は廃屋になってしまっているが。
その家のものは、荒らされていない筈だ。
幼い頃、そのお婆さんの家に遊びに行って。みんなで話を聞くことが多かった。
タオなんかは伝承を知りたがった。
これは恐らくだが、例の本の解読をしたかったから、なのだろう。
そういえば、その頃は。
まだ悪ガキは四人で行動していたっけ。
そんなことを思い出しながら、崩れかけている廃屋に。
金目のものは、あらかた持ち出されている。
遺産もなにもなかったが。本人が、使えそうなものは使っておくれといって。護り手が中心になって持ち出したのだ。
元々魔術の使い手として優れていた事もあって、強力な杖とかもあった筈。あたしが今使っているのは、それではないが。いずれそれを持ちたいなあと、思う事はあるのだった。
ともかく、家の中に。
久しぶりだね、おばあちゃん。
そう言って、家の中に。しんとした崩れかけの家の中。棚は空。蜘蛛の巣はたくさんはられているが、それだけだ。
そんななか、釜がある。
実家にも釜があったのだけれども、言われているものよりも小さすぎて、使えないと判断した。
それで、これを持ち出すことにしたのだ。
釜の中は蜘蛛の巣だらけ虫だらけ。
虫が苦手なタオが見たら悲鳴を上げただろうが。それはそれとして、これは金属としては何なのだろう。
錆びている様子もない。
不思議な釜だった。
この釜は、使い路もないということで、放っておかれたのを覚えている。
あの時は、わんわん泣くだけだったあたしも。
今では、こうやって割切るように動けている。
ここに来る前に、お墓にいって、お花を供えてきた。
それくらいの筋は通すべきだ。
そう思ったからである。
普段だったらレントに手伝って貰う力仕事だが。レントは今、リラさんに座学を受けている最中だ。
だったら、邪魔はできない。
あたしが。
ライザリン=シュタウトが、最初にやるべきこと。
それこそがこの釜の確保なのだとしたら、それをしなければならなかった。
釜を崩れかけの廃屋から引きずり出すと。
先に用意しておいた水を湧かして。石鹸も混ぜて、釜を洗う。
一抱えもある大きな釜だから、すぐには終わらない。かわいそうだけれども、ここを住処にしていた蜘蛛たちには出ていってもらった。ごめんねと、一言だけ呟く。これでも畑をやっているのだ。
蜘蛛がどれだけ大事な存在かなんて、分かりきっている。
見た目で拒否する人も多いかも知れないが。
実際には、蜘蛛には農家で感謝しない人間なんていない。
もっと未来に、機械とかで農業をする時代になったら話は違ってくるかも知れないが。
少なくとも、あたしは蜘蛛を嫌ったことは一度もない。
釜を、しっかり洗う。
煤も落とす。
本当になんの金属か分からないが、とにかく錆びている様子がない。汚れはこびりついているが。
こういった汚れと格闘するのは、農家の娘なんだから慣れっこだ。
それに熱魔術を使って、あまりしつこい汚れは剥いでしまう事も出来る。
熱魔術は、応用が効く。
あたしも農家を手伝う過程で、散々応用してきた。
とにかく、徹底的に鍋をぴかぴかにした後。
おばあちゃんに、もう一度礼をして。乾かしたばかりの鍋を担いで、アンペルさんの所に向かう。
これをどう使うのかは分からない。
タオは、明らかに本を見て目の色を変えていた。
レントとクラウディアは、あれほどの戦士に教われば、きっと違う段階に踏み込めるはずだ。
あたしだって、負けていられない。
みんな先に進もうとしているのだ。
あたしも、その先駆けになりたい。
そう思って、釜をかついで急ぐ。旧市街だから人はそれほど多く無いけれども、それでもまたライザが変な事をしている、という視線を向ける人はそれなりにいるのだった。
アンペルさんとリラさんが泊まっている借家に到着。
足腰も鍛えているし、別に問題はない。
そのまま、釜を持ち込む。
アンペルさんが、ほうと呟き。
釜を見せてくれというので、任せる。
釜を上から下から見ていたアンペルさんだが、とても良い釜だと言ってくれたので。あのみんな大好きだったおばあちゃんが褒められたような気がして、あたしも嬉しくなった。
「それで、これからどうするんですか?」
「魔力の物質化……エーテル化、特に液体化は出来るか?」
「はい、それならなんとか」
魔力の単純物質化。
エーテルと言われる物質にする行為である。あまり上手じゃない人だと気体化が精一杯だが。
この島の人間だったら、量は人によって違うか、基本的に誰でも出来る。そもそも実体化させたエーテルを通して、魔力を桶などに伝導させて湯を沸かすのだ。色々手間だが、自分からひねり出せることを考えると、薪などを焚くよりも遙かにマシなのである。あっちは資源として有限だからだ。
釜にエーテルを満たすように。
そう言われたので、私は詠唱を開始。流石にこの釜を満たすエーテルを出すとなると、詠唱しないと厳しい。
逆に言えば、詠唱さえすれば大して苦労はしない。
呪文詠唱というのは、それくらい魔術の火力を跳ね上げるし、人間の魔力を有効活用するのだ。だから魔物も、詠唱している人間を容赦なく殺しに来る。
この世界が、どれくらい前からあるのかあたしは知らない。
だけれども、魔物の行動からして。人間と長い間魔物は争ってきたことくらいは分かる。
魔物の定義は、毒などの搦め手無しで人間を殺せる事、だから。人間になついたり、飼い慣らされている魔物もいるのだが。
そういった魔物だって、人間の殺し方を知っているし。
特に人間でも反抗期なんて形である巣立ちのタイミングでは、人間の飼い主に牙を剥くことが珍しく無い。
そういう事もあって、魔物に対する知識は、どこでも叩き込まれると聞いている。行商人からも聞いたし、クラウディアからも聞いているから間違いないだろう。
詠唱を終えると、パンと手を合わせる。
全身から迸った魔力が、エーテル化し。指向性を持って鍋に注がれていく。
うむと、頷くアンペルさん。
「錬金術師の中には、魔術があまり使えないものもいる。 そう言った者達は、この作業を苦手としていてね。 君は全く問題無さそうだな」
「魔力の扱いは得意です」
「よし、その分量で充分だ。 おっと、一瞬でとめられるんだな」
「これでも、魔力の扱いと魔術の技量はこの島一です」
戦闘力という観念ではアガーテ姉さんや、多分ザムエルさんにもかなわないけれども。単純な魔術の火力でだったら、ライザの方が上だ。
最近では、実家でも風呂焚きはライザの仕事になっている。
技量の問題や、魔力量が少ない人の家の風呂焚きを手伝って、それで小遣いをもらうのは。私にとっての日課になっている程だ。
「よし、その釜のエーテル量を覚えておくんだ。 そして、次はこれを使う」
渡して貰ったのは、棒のようなものだ。
錬金術で必ず使うものだという。
特に貴重なものではなく、魔力の伝導率がいい木を削りだしただけのものらしい。なるほど。
これを遣って、まずはエーテルを均一化するように。
そう言われたので、頷いてそのまま実行する。
エーテルの均一化が終わる。
これも早いと褒めて貰った。
「魔力の扱いに関しては本当に優れているな」
「ありがとうございます」
「それでは、これを、内部でゆっくり分解して見てくれ。 その素材の、根元までだ」
「分解、ですか。 分かりました」
エーテルの中に落としたものを溶かす、か。
今貰ったのは、確かセキネツ鉱とか言われる、火で炙っていると爆発する鉱石だ。ただ、そこまで火力は大きくなく、そのまま投げてもまず爆発する事はない。
エーテルの中で、溶かすのでは無い。分解する。今までやった事がない作業だが、どうにかやってみるしかない。
あたしも此処は気合いを入れる必要があるだろう。
丁寧に混ぜながら、エーテルを操作して、少しずつ今のセキネツ鉱を分解する。
分解していくと、少しずつそれが溶けて行き。
やがて、粒子のような光となっていった。
普通の魔術の使い手だと、この時点で相当疲弊するはずだ。
頷くと、あたしは出来たと答える。
続いてアンペルさんに指示を受ける。
「そうしたら、今のものを要素ごとに分別できるか? 出来るだけ細かくだ」
「はい、やってみます」
冷や汗が流れそうになる。
この辺りまで来ると、魔術の領域を完全に超えてしまっている。
この先に、あの。
格上で、勝てそうにもなかった鼬を倒せる「錬金術」があると思うと、絶対に習得したい。
無言でかき混ぜながら、要素ごとに分別していく。
そして、更に幾つかのものを渡される。
「混ざらないように、分解し、分別できるか?」
「やってみます」
丁寧に、釜を混ぜる。
おばあちゃんは、どう思うだろう。でも、この釜が蜘蛛の住処になっていた事を考えると。
きっと、使ってくれてありがとうとあのおばあちゃんなら言ってくれるはずだ。
無言で釜をかき混ぜ続け、全ての投入したものを、要素ごとに切り分ける。
「上出来だ」
「はい!」
「よし、次だ。 セキネツ鉱から抽出した「火の要素」を中心に……」
ものすごく高度な注文が来た。
でも、なんとかやってみせる。
冷や汗が流れそうになるが、絶対に汗をエーテルに落とすなと注意される。頷いて、何度かハンカチを使って途中で汗を拭う。
エーテルは水と同様に、かなりの抵抗がある上に。
混ぜていて分かったが、多数の要素を内包していくと。かなり手応えが出てくる。
まああたしは農作業で鍛えているからいいが。
それでも、出来ない人は厳しいだろう。
かなりの腕力仕事だな、と感じる。
だが、それでもものにしたい。
「よし、出来上がったな。 では、形にまとめてくれ」
「どういう形ですか?」
「魔力を送って投擲後、一定時間で爆発する形だ。 私の場合、小型の樽をイメージしたものとしている」
「……分かりました」
あたしなら。
投げやすい、小型の果実型か。
クーケン島では、子供が悪戯で投げて良いのは出来損ないのクーケンフルーツまでと決まっている。
小石だと死人が出かねないからだ。
これを破った子供は、百叩き程度では済まない。
また、この教育を受ける際に、人間の頭と同等の堅さまで育って食べられなくなったクーケンフルーツを用い。
投石がどれだけ破壊力があるのかを、大人……主に護り手が実習する。
投げ方次第では、子供でも同じ事が出来る。
そう聞かされて、誰もが粉々になったクーケンフルーツを見て震え上がる。
そこまでが、教育のセットだ。
タオは勿論、ガタイには自信がありそうなレントや、すかしているボオスですら恐怖していたな。
そう思って、最終的にはクーケンフルーツの形に成形していく。
そこまで、かなり時間が掛かったが。
それでも、成形は完了した。
後は、崩れないように気を付けながら取りだす。
取りだすと、思わず溜息が出ていた。
こんな長時間、集中し続けたのはいつぶりだろう。
リラさんが、家に戻ってきた。
レントとクラウディアの訓練が一段落したのだろうか。タオはと言うと、凄まじい集中力で、ずっと本を読んでいて。
こっちに気付く様子もない。
タオはああなると、無理矢理引っ張り戻さないと、食事の時間すら忘れて本を読み続ける。
タオは頭の強化に魔術を用いているのもあるが、とにかく頭が動き出すととんでもない。それは、タオを優先的に虐めているボオスですら認めている事だった。
「どうだアンペル」
「大当たりだ。 倫理観がしっかりしている上に、才能のある錬金術師は滅多にみない」
「そうか」
「ライザ、これを渡しておく」
頷いて、受け取る。
初級錬金術の手引きらしい。今、分からないところがあったら聞くように。そう言われたので、すぐに目を通して中身を確認する。
あんまり難しい本を読めないあたしでも、分かる程度に簡単に記されている。
これだったら、大丈夫だ。
「平気です、これなら分かります」
「よし。 この島を私は既に見て回ったが、この島で採取できる材料で、此処にある道具を全て作れる筈だ。 まずは、順番に一つずつやっていきなさい」
「分かりましたっ!」
ばしっと頭を下げるあたしに。
アンペルさんは、少し考え込んでから言う。リラさんは、相変わらず冷たい目でその様子を見ていたが。
「錬金術とは、無から有を作り出す学問だ。 才能に依存する部分が大きいのは、釜に満たしたエーテルの操作が極めて才能に依存するからだ。 エーテルへの素材の分解、要素の抽出、更には要素ごとの隔離。 これが出来る時点で錬金術師としての才能は充分にある。 大半の錬金術師はこれらのどれかが出来なくて、何人かで共同で釜を回すような有様でな」
そうなのか。
でも、ライザの場合は、魔術が生活に密着していたから出来た事だとも思う。
頷いて聞いていると、アンペルさんは右手を見せる。
「これは義手でな。 それもかなり出来が悪い」
「!」
「昔色々あってな、私自身は最低限の錬金術しかこなせない身だ。 だから教える事は出来るが、自分では錬金術を殆ど……高度なものはほぼ出来ない状態だ。 ライザ、お前が間違った方向に行かないようにしか、私は導く事は出来ない。 それは今のうちに話しておこう」
「分かりました。 ご指導お願いいたします」
もう少し口調を崩していい。
そう言われたので、恐縮してしまう。
この人が、尊敬できる人で。
苦労もたんまりしていることを、もうあたしは理解していた。
まずは、エーテルを切り上げる。
かなりの要素が無駄になってしまったが。錬金術をする際に、全ての要素を活用出来る事はまずないという。
しばらくは、屋根裏で。
あたしが秘密基地として使っている、改造した自分の部屋である屋根裏で錬金術をするしかないか。
アンペルさんは、小さな釜を持っているようだが。
これは本当に最小限の事しか出来ないものらしい。
普段はアンペルさんは、凄まじい内在している魔力を用いて自衛するらしく。先ほどの爆弾……フラムというそうだが。フラムを用いるのは、殆ど最終手段であるらしかった。
助けて貰った時は、間に合わないと判断してフラムを用いたらしく。
要するに、それだけ判断力も優れていると言う事だ。
見た目は正直、得体が知れないそこそこ若い男性、くらいな印象しかない。失礼な話だが。
だが、内在している練りに練られた魔力といい。
この相当な実戦慣れといい。
この人は、戦士としても多分島にいる誰よりも強いだろう。魔力込みでの戦闘では、アガーテ姉さんでも及ばない筈だ。
「では、引き替えに。 この島の伝承などを教えてくれるか」
「はい、任せてください」
「まずは童歌など何か伝わっていないだろうか」
「あります」
島に伝わる童歌を順番に歌っていく。
あたしは歌い手としてはとにかく酷いらしいが、こんなものは楽しければいいのである。順番に歌っていくと、ある童歌で待て、と声が掛かる。
「それが重要かも知れない。 メモを取るから、最初からもう一度歌ってくれるか」
「はい、でもこの歌……」
「あれをするなこれをするな、というのがこういった島では堅苦しく感じるのは分かるが、私達にはその歌が重要でな」
「分かりました。 歌ってみます」
それから、苦手な童歌をもう一度歌った。
「南に向かう旅人は、街道を決して外れるな。 西は悪魔の野が迫り、東の城は龍の住処ぞ。 嗚呼怖い嗚呼怖い、取って食われたくなければ、禁足地には入るでないぞ」
「なるほどな。 大いに分かった」
リラさんとアンペルさんは頷くと、咳払いされた。
基本的に二人とも、夕方から夜に掛けては出かけるという。船については、既に一隻借り受ける許可を得ているそうだ。
家にいる場合は、家の前に紋章を掲げておく。
それを見て、何かあったら修練を受けに来るといい。
レントとクラウディアも訓練が終わって、ヘトヘトになりながらも家に入ってきて。それで、話を聞かされる。タオも、あたしが無理矢理引き戻した。
全員で、はいと返事をする。
この時。
あたしの時間が動き出す。
いや、みんなの時間がだ。
あたしの夏が。今、始まったのかも知れない。