暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
「水」も、比較的物わかりは良い方です。古代クリント王国の所業を知っている者としては、ですが。
序、三度洞窟へ
クーケン島対岸。その西すぐにある洞窟。
リラさんがあたし達の試験に使った場所で、本来は危険でもなんでもない、狭くて小さい洞窟だが。
内部に足を踏み入れると。
空気が完全に変わっていた。
あたしは生唾を飲み込む。
びりびりと、全身が痺れる程の魔力が漂ってきている。これは、あの時感じた。ボオスを追うときに感じた魔力は、錯覚では無かったという事だ。
「いるな……」
レントが呟く。
とにかく、今勝てる相手じゃない。
それに、相手は悪党でもない。
ただ、精霊王はみんな性格が違う。そして古代クリント王国の連中は、凄まじい悪行を働き続けた。
それを考えると、いきなり仕掛けて来てもおかしくない。
冷や汗が流れるのを拭う。此処はむしろ涼しいほどなのに。全身がぶるぶると震える。冷や汗が流れているのに。
此処は、やばい。
全身が、それを伝えてきている。「風」や「火」の時よりも非常にやばい。明確に分かる。
魔力が、警戒に満ちている。
魔力は誰にでもある。
誰でもある程度察知できる。
この世界の人はみんなそう。魔力が全く無い人間は、あたしも一度も見たことがない。
それは動物も同じ。
魔物も全てそう。
ぷにぷにみたいな、食べる事だけ考えている本能の塊みたいな生物ですらそうなのである。
おそらくだが。この世界は魔力を基幹になりたっている。
それはあたしも分かるから。だからこそ、今の危機的状態についても、理解できるのだった。
魔物は既に一匹もいない。
それはそうだろう。
此処がまずいと、一発で分かる筈だ。水位が下がっているから、逃げられなかった魚もいるだろうか。
そいつらも不幸だな。
そう、あたしは思っていた。
それでも、足は止めるわけにはいかない。
生唾を飲み込むと、あたしは皆に号令した。
「いくよ」
「ほ、本気!? ライザ、これまずいよ! 多分奥に行ったら、確定で殺されるよ!」
「タオ、もう覚悟決めろ……」
レントが諦め気味に言う。
リラさんは平然としているようだが、それでも言う。
「最悪の場合は私が殿軍になる。 皆、後ろを見ずに逃げろ」
「そうならないように交渉を頼むぞ、ライザ」
「分かっています……」
足を踏み出す。
洞窟の中は、氷室のよう。
勿論本当に寒いのではなくて、拒む魔力が濃すぎて、体が恐怖を訴えてきているのである。
それだけの話だ。
前に進む。
ただ、ひたすらに。
無言で進んでいく。魔物はいない。ゴーレムは以前来た時に駆逐した。それもあって、生物の魔物もいないし、敵となりうるものは出てこない。
あたしはそれでも周囲を警戒する。
クラウディアが貧血を起こすのでは無いかと少し心配になったが、大丈夫だ。全く問題はない。
むしろ魔力が強い分。
耐性は、充分にあるようだった。
奧に。水は殆ど引いていて、突然潮位が上がり始めない限り、危険はないと見て良さそうである。
無言で歩き続ける。
レントが前列にいるが、緊張しているのが一発で分かる。時々石に躓きそうになっているからだ。
普段だったらあり得ない。
それだけ、奧から感じる魔力が強力なのである。
勿論、「風」や「火」も強力だった。この魔力に対しても、そうそう見劣りはしないだろう。
だが、これは明らかに拒絶の意思が魔力に籠もっている。
それだけでも、桁外れの脅威となっているのだ。
それでも。
意外にあっさり、奧へと到達出来てしまった。
奧は台座のようなものがある。
そこには、間違いない。
椅子に腰掛けた、しゅっとした人影があった。
「火」のように幼い容姿と言う事はない。「風」と殆ど同じ……いや、少し年上に見える。或いは化粧などの工夫からかも知れないが。
恐らく精霊王のリーダーシップを取っているのは「風」だ。「闇」が独自行動をしているという事もあって、それも絶対ではないようだが。
理由はわからないが、或いはだが。
それぞれ見分けがつくように、人間体の姿を変えているのかも知れない。
精神年齢についてはよく分からないが。或いは、生まれた順に色々工夫しているのかもしれない。
いずれにしても、姿が見えると、いっそう斥力が強烈になった。タオが吐きそうな顔をしている。
周囲には露骨な程の遺跡が山ほどある。
もしも調査できたらなあ。
そう思っているのだろうが。或いは、それすら考えられないほど、斥力がきついのかも知れない。
あたしはそれでも顔を上げて、前に進む。物理的圧力すら伴っている程である。風が吹き付けてきているようだが。
その魔力はどうも湿気っぽくて。
水だと言う事がわかる。
間違いない。前にいる椅子に座った人型に見えるもの。あれが「水」だろう。精霊王だ。
そして精霊王の実力は。
今でも、勝てる段階にはない。
勿論、これが邪悪な存在で。
クーケン島をフィルフサと同じように脅かすのであれば、退治しなければならないだろう。命に替えてもだ。
だが、今の時点で対話の可能性がある。
フィルフサとは、その点でも違っている。
だから、今は対話に力を注がなければならない。
「風」と「火」は会話が出来た。
きっと「水」と「土」だって。
一番骨が折れるだろう相手は、「土」だという事は想像がついている。「火」との感応夢からだ。
だからこそ、「水」で手間取るわけにはいかないし。
かといって、相手を侮る訳にもいかなかった。
深呼吸して、近づく。
タオが、古代クリント王国の言葉で、現在の言葉しかわかりませんと告げる。これも、事前の打ち合わせ通り。
ふっと、「水」が笑ったのが分かった。
或いは、もっと前に目が覚めていたのか。
「不埒なるクリント王国のものでは無い、か。 名乗れ」
「あたしはライザリン=シュタウト! そちらはあたしの師匠のアンペルさんです! それで……」
皆の名前を告げる。
そうすると、「水」と思われる精霊王は、値踏みするようにじっくり此方を見てから、名乗り返してきた。
「「精霊王」とも呼ばれる「水」だ。 星の都の連中によってそう呼ばれ、いつの間にか定着しただけだがな」
「その、星の都というのは何なんですか? 今まで遺跡調査して、全く見当たらなかったんですが……」
「それは古く空に浮かんでいた都よ。 とはいっても、既に陥落して久しいがな」
「……」
空にあった都。
火山にあった、浮いている岩の群れを思い出す。
ひょっとしてだけれども、あれらと同じような感じで、都市を空に浮かせていたのだろうか。
それならば、地上からみれば星と同じように見えるだろうし。
「星の都」と呼ばれるのも納得出来る。
だが、それよりも。
今は優先順位が高い話がある。
「ごめんタオ。 ええと、それよりも先に。 これを見てください」
「ほう、「風」の使いのようだな」
「現在フィルフサとの戦いの為に、貴方の仲間の精霊王達皆が此処から北の渓谷に集結しています。 既に「風」「土」はそこにいて、「火」にも声を掛けました。 貴方が「水」であるのなら、急いでください」
「その前に聞かせよ。 そなたらの目的は。 私は錬金術師という存在が、どれだけエゴイスティックで自己中心的な存在かずっと見て来た。 お前達が言う所の何百年も前からな。 例外はごく僅かだ。 今も詐術を疑わざるを得ないのよ」
まあ、そうだろうな。
あたしだって、その言葉には同意するしかない。
錬金術師は、殆ど存在を聞いたことがない。あたしはアンペルさんに出会って、初めて存在を知った。
それから調べたが、旅先で錬金術師を名乗る人間に出会ったという老人は何人かいたけれども。
具体的にどういう事をしていたかは、皆よく分からないと応えたし。
助けて貰ったという話もあったが、どういう手段でかは覚えていなかった。
行商人も、錬金術という単語は口にした事がなかったし。
ついでなので今島に逗留している、彼方此方を放浪して商売をしている行商人であるロミィさんにもレントに聞いてきて貰ったのだが。やはり錬金術師というのは、あたしやアンペルさん以外知らないそうだ。
クラウディアも、彼方此方バレンツ商会とともに出歩いて見て回ったそうだが。色々な人間の業を見てきている彼女でも、錬金術師についてはここに来るまで知らなかったらしいし。
今の世界では、まず錬金術師自体が殆どいないと結論出来る。
だとすると、過去の錬金術師の事を調べるしかないが。
アンペルさんの所属していた集団にしても。
それより古い時代の古代クリント王国にしても。
錬金術師は人でなしの集まりだ。
アンペルさんが例外だっただけで、実際問題あたしだって錬金術師と聞けば、良い人間だとは思えなくなっている。
だからこそ、良い人間であろうと思う。
あたし自身は昔からそうあろうと思っていた。悪戯ばっかりしていたのはまたそれは別として。
だから、此処で。
良き錬金術師、いやそうあろうとしている事を、示さなければならないのだ。
「疑うのはもっともです。 あたしも遺跡とかをタオに調べて貰って、オーリムでオーレン族に話を聞いて。 錬金術師がどれだけの悪行を積み重ねてきたか、既に知っています」
「それでも錬金術師を志すか」
「はい。 あたしは、そいつらとは一緒になりません」
「若いうちはそう正義の心を燃やせるかもしれん。 だが、お前が子を持ったり所帯を持ったり、年老いて衰えを感じ始めたとき、それはどうなるだろうな」
同じような事を、他の人にも言われた。
ウラノスさんのように、衰えを感じたとき。さっさと後続に今の地位を譲れる人間の方が希だ。
人間は積み重ねてきたものが、何もかも無に帰すと思うと恐怖する。
それが当たり前なのである。
プライドを持って仕事をしているような人間こそ、その傾向が強い。
だから老害なんて言われるような人間が出て来てしまうのだ。
それについては、あたしも分かっているし。
昔は奔放に各地をザムエルさんと一緒に冒険していたお父さんとお母さんが、今ではすっかり保守的になってしまっているのを思うと。他人事ではないなとも思う。
だけれども。それでもあたしは良き錬金術師でありたい。
それを聞くと、普通の人はガキだの幼稚だのと嗤うかも知れないが。
大人になる事が邪悪に染まることだというのならば。
あたしは大人になんぞならんでもいい。
あたしの目的は、フィルフサからオーリムの聖地を取り戻し。古代クリント王国の外道どもがオーリムの聖地から奪った水を戻し。そしてフィルフサの大侵攻を食い止めて不幸の連鎖を止める事だ。
順番に、それらを説明していくと。
アンペルさんは満足げに頷いてくれた。
「水」は、無言でじっとあたしをみていたが。
やがて、嘆息した。
「分かった。 少なくともよくあろうとしている事は理解出来た。 目的も、エゴに塗れていた古代クリント王国の錬金術師どもとは違うようだな」
「じゃあ……」
「だが、古代クリント王国の者どもは、詐術に長けていた。 そして詐術が通じないと分かると、暴力に訴えた。 私は何度も騙されるわけにはいかぬ」
「何か、対案があるならお願いします! いずれにしても、今は渓谷に集結して皆と協力しないとフィルフサと戦うのは厳しいです!」
正論もぶつけてみる。
精霊王の実力は激甚だ。間近に出て見れば、それは嫌と言うほど理解出来る。
だが、それはそれとして。
「水」の精霊王は、疑い深いようだ。
これくらいの実力者だったら、相手の頭の中を覗いたり。ある程度相手が邪悪かどうか判断出来ると思うのだが。
古代クリント王国の者達は、それすら騙しきるほどの詐術を持っていたのか。
或いは、相手を騙すための錬金術の産物を持っていたのかも知れない。
だとすると、許せない。
錬金術が破壊と殺戮に用いる事が出来るのは事実だ。
あたしはそれで、たくさん魔物を排除してきた。
だがそれ以上に、クーケン島の人々を助けても来たし。
建設的に動く事だって出来ることも事実なのだ。
それは分かっているから、あたしは食い下がる。
この力は。確かに幼稚な全能感を刺激するかも知れない。圧倒的な力を持てば、簡単に人間は壊れるかも知れない。
だが、アンペルさんはそうはならなかった。
ずっと罪悪感に苦しんできた。
あたしだって、同じ立場だったらそうなったと思う。
だからあたしは。
錬金術を捨てるつもりは無い。
「……そうさな。 では、妥協点を探そう。 此処で汝らを信じられるか信じられないか、論じても始まらぬ」
「はい。 出来る範囲の事ならします」
「我の足下をみよ」
この精霊王も。
椅子と、その台座ごと中空に浮かんでいる。
そしてその下には。
大きな遺跡があった。本来沈んでいたからだろう。とても汚れていたが。
「これは枷だ。 この枷を外すことが出来たら、汝を信用しよう。 何より動きづらくて仕方がないのでな」
「失礼します」
すぐに動く。
グロッキー気味のタオも急かして、急ぐ。アンペルさんにも勿論手伝って貰うし、レント達にも力仕事をして貰う。
みな、てきぱきと動く。
この辺り、みんなで冒険をはじめて日が浅いとは思えない。
これもリラさんが、皆に集団戦闘の何たるかを仕込んでくれたおかげだ。
まずしめってる台座を、あたしが熱魔術で乾かす。その後、クラウディアがてきぱきと棒を使って、ゴミを避けて行く。
更に、タオがゼッテルにチョークで辺りに刻まれている紋様や文字などを写し取る。
アンペルさんが、周囲の構造を調べ。
重そうなゴミは、リラさんとレントが。すぐに片付けていく。
熱魔術で周囲を乾かしながら。どいて様子を見ている「水」をみる。
やはり、じっと様子を見てくれている。
だとすると、話は通じるとみていい。
無理難題を言っているのだとは思えない。
試されているのだ。「風」と同じように。
それだけ古代クリント王国の外道共は、精霊王だけではなく何もかもを好き勝手に蹂躙したという事なのだろう。
精霊王達はむしろ超越存在としては公正な方だ。
ドラゴンだったら、縄張りに入っただけで攻撃してくるとか普通にあるし。
或いは生け贄を要求してくるかも知れない。
言葉が通じようと通じまいと、それは同じ事である。
そういうものなのだ。
そういうものなのだから、言葉が通じて、意思疎通も出来る相手は貴重だ。ましてやそれが、フィルフサと共同戦線を張る事が出来るのなら。
それに精霊王達は自然のバランスを取る事を何よりも大事だと考えているようである。
だとしたら、共存は。
人間の方がバカをやらかさない限り、可能な筈だ。
人間が今の何十倍もいたらしい古代クリント王国の頃だったら、それも話が別だったかも知れないが。
少なくとも、各地の集落で人間が孤立して生きている今の時代だったらそれは違っている。
それが分かるから、あたしは動ける。
「ライザ、遺跡をメモし終わったよ」
「ありがとタオ。 アンペルさんとあたしでみてみる」
「頼むよ。 文字の解読は今やってみる」
「焦らずとも良い。 必要な分の情報を得たのなら、根拠地で以降のことをせよ。 此処よりも安全な場所の方が、全てはかどるであろう」
気を遣ってくれるのはとても有り難い。
とりあえず、さっと魔法陣をみるが。一目でこれは即座に解読出来るものではないと分かる。
「火」は時間を掛けて、同じような枷を破壊したようだし。
簡単に壊せるものでもないだろう。
「なるほどな……」
「アンペルさん、分かりそうですか?」
「理屈はな。 ちょっと一度戻る必要がありそうだ」
「分かりました。 それでは一度戻って、再度準備をしてきます」
精霊王「水」は頷く。
そうなると、時間はあまり多く無い。
「火」は一日の作業で全て終わったが。「水」はそうも簡単にいきそうにないということか。
それは分かった。元々精霊王のような超越存在だ。簡単に説得できた方が幸運が過ぎたのである。
だから今は、その幸運の貯金を使うつもりで。
対応に当たらなければならなかった。