暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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レントの昔の話。

レントがライザ達の所に加わったのには、色々と事情がありました。

暴れ者の毒親であるザムエルが、ライザの両親には顔が上がらないのも理由があるように。


3、凄い奴らが側にいて

レントは幼い頃から孤独だった。

 

母の記憶は殆ど残っていない。残ってはいるが、それは美化されたものだと、自分でも理解していた。

 

物心ついた頃には、父は酒浸りになっていて、島の鼻つまみもの。

 

勿論荒事では活躍するが、それもアガーテ姉さんが村の希望としてもてはやされるようになると。

 

立場は危うくなり。

 

ますます目に見えて腐った。

 

父は母に暴力を振るうことはなかった。まああの父が母を殴ったりしたら、それだけで死んでしまっただろうが。

 

母は優れた医療魔術の使い手で、エドワード先生が来るまでは、島で本当に大事にされていた。

 

母がいなくなって、父の酒量は更に増えた。

 

護り手に混じって魔物を片付けて。

 

たまにチンピラめいた奴を制圧して。

 

そういう仕事で金は稼いでくるのだが。その金は、残らず酒に消えてしまう。そんな毎日だった。

 

レントも幼い頃から殆ど放置されていて。見かねたライザの両親。ミオおばさんとカールおじさんが世話をしてくれたが。

 

だからこそ、ライザにはまったく恋愛感情を抱かなかったのかも知れない。

 

いずれにしても、肉しか焼かない父に代わって、まともな料理を食わせてくれたのは二人だったし。

 

人望がある二人が声を掛けたからだろう。

 

鼻つまみ者の息子、としてレントは扱われなかった。

 

いずれにしても、年下のライザには幼い頃から振り回されてきたし。

 

それに同じように家であまり良く扱われていないタオと。

 

ライザとは仲良くしておけと親に言われたらしいボオスが加わって。四人で悪ガキ軍団になって。

 

彼方此方で悪戯や冒険の限りを尽くした。

 

楽しい時間だった。

 

それはそうだ。

 

家に戻れば。泥酔して寝ているか、レントの体が出来てきてからは殴ってくるようになった父が待っていたからだ。

 

父は酔っている間は、完全に意味不明な思考をしていて。とにかくいつ暴力が飛んでくるか分からなかったし。

 

その力は、ラプトルを素手で絞め殺したとか、巨大な走る鳥の魔物の脳天を拳でブチ割ったとか言われるものだ。

 

とても幼いレントで、勝てるものではなかった。

 

母は戻ってこない。

 

それは分かっていても、どうにも出来ず。

 

仲間がいなければ、とんでもない不良少年に育っていたかも知れない。

 

まあ、不良は不良だっただろう。ライザと仲間という時点で、島一番の悪童集団だったのだから。

 

ただ、悪童をしていただけではなかった。護り手に混じって初陣に出たのは十三の頃だったか。その頃はもうボオスは仲間から離れていて。偉そうにし始めて、周囲の反発を買い始めていたっけ。

 

ライザも確か、同じ年で護り手に混じって魔物討伐に出た。

 

ライザが魔術の優れた素養を持っていることは、とにかくしきたりだの祟りだの言っている古老すら認めていて。

 

熱魔術を使って湯沸かしなどで小遣い稼ぎをしているのは、レントも知っていた。

 

ライザは金にあまり執着がないようで、小遣いを稼ぐと、それでお菓子を買ってレントやタオに振る舞ってくれたし。

 

何より、レントでもびっくりするくらい食べた。

 

それで太らなかったのは。食べた分全部動いているからだったのだろう。

 

きらきらと輝く思い出だ。

 

今は。思い出より先に行こうと思っている。

 

レントは、この冒険が一段落したら、一人で旅に出ることに決めている。

 

ライザに女としての魅力を感じるようだったら、島に残ることも良いかと思っていたのだが。

 

やっぱり幼い頃から一緒に過ごした仲だ。

 

タオもそうらしいのだが、どうしてもライザには女としての魅力は感じなかった。

 

おかしな話で、ボオスもそうだ。

 

別にライザは醜女でもなんでもない。平均的な容姿を持っているとは思うが。まあ産まれ育った環境が環境だからだろう。

 

それに、大人が決めた相手と一緒になるくらいなら。

 

自分で世界を旅して、なんでも自分で見つけたい。嫁でも生き方でもだ。

 

そう判断するくらいに、レントはここしばらくの冒険で、手応えを感じていた。

 

剣の腕はめきめき上がっている。

 

まだ父に勝てるかは分からないが。以前は勝てる気がしなかったアガーテ姉さんが、確実に手の届く範囲に見えてきている。

 

なんなら、形だけでも王都で資格を受けて、騎士になっておくのも良いかも知れない。

 

アガーテ姉さんがくだらない場所だと一刀両断した王都だが。

 

それでも、一応資格を取っておけば、それをありがたがる人間だっているだろう。

 

だからレントとしては、一人旅をするためにも。

 

今のうちに、何でもやっておこうと思っていた。

 

荷車を引くライザを後ろに確認しながら、最前衛で周囲を警戒する。

 

これから、またあの恐ろしい精霊王と直接接する。

 

確かに遠回りになってしまうけれども、精霊王を敵に回すよりずっとマシだ。それに精霊王がしっかり集結しておけば。フィルフサとの戦いでもしもレント達が負けても、被害を最小限に減らせる可能性が高い。

 

それだけで充分だ。

 

今の時点で、周囲に警戒すべき魔物はいない。

 

一応此方を伺っている小物はいるが、ライザの魔力がばかでかくなっている今。下手に仕掛けたら殺される事は、本能的に分かるのだろう。

 

近寄ってくる奴はいなかった。

 

それでも、大剣を抜いたまま、警戒は怠らない。足下にも気を付ける。

 

リラさんに言われている。

 

人間の急所は、上と下だと。

 

特に頭上は最大の危険箇所で、上を取られてしまうと基本的には絶対に勝てないとも言われた。

 

リラさんみたいに、そのままぽんと飛んで鳥を手づかみで捕まえて。焼き鳥にして食べ始めるような身体能力があれば別なのだろうが。

 

確かにレントも、色んな魔物と命のやりとりをしてみて、それは思った。

 

その内対空技も作っておくように。

 

そうリラさんには言われている。

 

同感だ。

 

対空技の一つや二つ作っておかないと、凶暴な鳥の魔物や。場合によってはドラゴンとやりあうようになった場合。

 

対応できないだろうから。

 

洞窟が見えてきた。

 

「洞窟だ。 どうやら精霊王、もうこっちを察知しているようだぜ」

 

「ああ、びりびりと感じるな」

 

敢えて、分かりきったことを言う。

 

それで、皆に警戒を促すためだ。

 

それをアンペルさんも受けてくれる。皆が、それで気を引き締める。

 

集団戦のイロハは、リラさんから叩き込まれた。敢えて分かりきっている事を点呼する。これが重要だ。

 

同時に、指揮官であるライザの言う事はその場で受ける。

 

もしも言葉が聞き取れなかったら、何度でも聞き返せ。

 

そう、徹底されていた。

 

「此処からはハンドサイン。 洞窟内でどんな魔物が待ち伏せしているか分からないからね」

 

「了解だ」

 

精霊王のこの強烈な魔力。

 

普通の魔物だったら、すっとんで逃げているだろうが。

 

狡猾な奴は、この魔力に逆に潜んで、獲物を狙っているかも知れない。

 

それは、どうあってもレントが防ぐ。

 

リラさんも側にいるが、レントが対応するつもりで常に心を研ぐ。邪念はいらない。雑念は払え。

 

無言でじっくり歩きながら、周囲を警戒。

 

徹底的に、奇襲を防ぐべく動く。

 

目だけでは無く、耳も使え。

 

鼻もだ。

 

動物の糞便は、それそのものが動物の状態や、どこにいるかを示す指標にもなる。抵抗はあるだろうが、みるくらいはしておけ。

 

そう言われていた。

 

今の時点で、足跡、魔物の糞便などはない。また、そういった生物が隠れているような音も聞こえない。

 

ただ、奧から、呼吸のように魔力が一定のリズムで流れてきている。これは間違いなく、精霊王のものだ。

 

凄まじい魔力で、冷や汗が流れる。

 

こんな相手とまともにやりあうのは、流石にまだ一年早いか。

 

ライザは天井知らずの成長を続けているが、それはそれ。精霊王との戦闘では、まだちょっとまともにやりあえるか自信がない。

 

誰もが無言になるなか。潮が完全に引いている洞窟を行く。

 

ほぼ丸一日をロスしている。一週間後か、二週間後か。フィルフサがいつ来てもおかしくない状況下で。

 

それでもライザは焦っている様子がない。

 

幼なじみながら、とんでもない胆力である。

 

男共をいつもぐいぐい引っ張って行っただけの事はある。レントも、年下の筈のライザにリーダーシップを取られることは全く不愉快ではなかったし。いつもそれで、しっくり来ていた。

 

レントはずっと冷や汗だらだらだが。

 

それでも、踏みとどまる。

 

前衛の仕事がそれだ。タオは憶病なくらいでいい。クラウディアも、それは同じだろう。

 

レントは勇敢である必要はなく。

 

冷静でなければならない。

 

常に恐怖を制御して、場合によっては体を張って壁になる。

 

だいぶ色々な事を覚えてきているが、頭の出来は絶対にタオには勝てない。それはもう分かっている。

 

多分ライザにも勝てないだろう。

 

ライザは雑なように見えて、いわゆるマルチタスク思考の達人だ。錬金術の説明はレントも聞いたが、とても真似できるとは思えなかった。

 

ライザにしかできない事だ。

 

それが分かっているから、レントは自分にしか出来ない事をこなす。

 

洞窟の中を進む。

 

他の皆にも常に気を配れ。

 

最前衛が通り抜けた後、奇襲してくる魔物もいる。

 

リラさんに教わり。そして実際に味わった事だ。幸いうちは皆が手練れだから対応できているが。

 

今後はそうも言っていられなくなる。

 

もしも隊商の護衛とか引き受けた場合、他の護衛の傭兵が全員素人、なんて事態もありうるのだ。

 

腕自慢だから傭兵になるわけでもない。

 

お金がなくて、傭兵しかやれない。そういう人もいるのだから。

 

幸い、魔物は出ない。

 

精霊王が見えてきた。

 

相変わらず、偉そうに座っている。女性の姿をしているが、色気とかそういうのは感じない。

 

高嶺の花と言われる女性は、結婚相手を見つけるのに苦労するとか聞く。

 

理屈としては同じなのかも知れない。

 

あの超越的な魔力を目の前にすると、まずは恐怖と警戒が来る。

 

このまま成長すると。

 

ライザも同じかも知れなかった。

 

即座に展開。精霊王と話すのは、ライザの仕事だ。レントは周囲を警戒。クラウディアも、音魔術を使い始めた。

 

「枷を壊すための道具、作ってきました!」

 

「ほう。 では早速やってみよ」

 

「はい。 その前に、少し移動をお願いします。 巻き込むと無事で済む保証はありません」

 

「面白い奴、私にそれほどの危険を促す道具というか。 クリント王国の阿呆どもと、技量では同格に思えるが……それでいながら、随分と違う事だ」

 

ぺこりと一礼すると。

 

ライザはタオと一緒に、ローゼフラムを仕掛けに行く。

 

あれの火力は既に三度も目にしているが、とにかくとんでもない。巻き込まれたら一巻の終わりだ。

 

まて。

 

ひょっとしたら、使いようによってはあの精霊王にも手が届くのか。

 

いや、それは命がけの賭になる。そんなことをしても意味がない。ただ、ちょっと興味はあった。

 

今後一人で旅をすることになった場合。

 

格上の敵と、逃げられない状態で相対する事はあるはずだ。

 

その時勝つためにはどうすればいいか。

 

少しでも、戦術を学び。

 

経験を積んでおきたかった。

 

精霊王は、素直に言われた辺りにどく。超越存在に、ああやって動いて貰うというのは大したものである。

 

普通だったら、拒否されるか。

 

それだけで不敬だのなんだのと、キレ散らかされるかも知れない。

 

精霊王がライザを面白がっているのが分かる。

 

或いは観察しているのかも知れない。

 

気を入れ直して、周囲を警戒。恐らく魔物はいないが。精霊王の魔力が強すぎて、ちょっと感じ取ることがやりづらい。

 

タオが手を振っている。

 

クラウディアがずっと音魔術に集中している。

 

皆、自分の仕事をできている。

 

レントもやらなければならない。位置をずらして、邪魔にならないように警戒を続けておく。

 

まあこんな死地に潜む魔物がいるとは思えないが。

 

それでも、万全を期す必要があるからだ。

 

警戒を続けていると、ライザがローゼフラムを仕掛けるのが見えた。ちょっと不安がある。

 

天井にあの薔薇の爆発が突き刺さった場合、崩落しないだろうか。

 

いや、天井も削ってしまうだけか。

 

一応警告しておく。

 

「ライザ、天井をあの爆発が抉らないか」

 

「天井……おっと。 レント、ありがと。 確かにちょっとずらした方が良いかも知れないね」

 

「マジか。 素人意見でも出しておくもんだな」

 

「いいんだよそんな事。 視点を変えて何でもみてみないと、どうとも判断出来ない事は多いからね」

 

ライザは丁寧に調整している。

 

精霊王がわざわざ動いてくれたのだ。更に動かないで済むように、である。

 

この辺りの遺跡は水に浸かっていて、しかもそれが塩水だった事もある。かなり痛んでいる筈だが。

 

それでも枷が外れなかったのは、どういうことなのだろう。

 

まあ、レントが考えても仕方がないか。

 

ライザが設置を完了。次に行く。

 

皆の位置を確認しながら、立ち位置をかえる。不意に、耳元に声が聞こえた。

 

「面白い者達だなお前達は。 人間はすぐに発情して腫れた惚れただの口にするのに、一切その様子が見られない」

 

「精霊王?」

 

「ああそうだ。 お前も丁度繁殖時期だろうに、全く他の異性に興味を見せる様子がないな」

 

「幼なじみなもんでね。 そういう目ではちょっと見られないさ」

 

これは本音だ。

 

精霊王も暇つぶしに話しかけて来ただけだろうし。

 

そうかと言うと、後は黙り込んでいた。

 

まあ暇つぶしだったのだろう。ライザにはやりとりは聞こえなかった。一応ライザも、女扱いされないと怒る事がある。

 

自分に女としての魅力がない事は理解しているようなのだが。

 

それはそれで、難しい所だ。

 

ライザが仕掛け終えたようだ。すぐに離れる。どういう風に薔薇の花が咲くか、ライザが説明している。

 

どうやら天井にはギリギリ届かないように。薔薇が若干交錯するようにして炸裂させるようだ。

 

薔薇が咲くと聞いて、興味深そうに精霊王がほうと呟いていた。

 

「錬金術師ライザリンよ。 薔薇が咲くことによって枷が破壊されるのか」

 

「そういう形に熱量を閉じ込めて、枷を作りあげている魔法陣を破壊します。 正確には竜脈からの力の供給を絶ちます。 以降は魔法陣に蓄えられた魔力が、勝手に拡散していきますが……枷も同時に機能しなくなります」

 

「ふむ、雅なことだな」

 

「形だけは雅ですが、火力はちょっと尋常ではないので……危ないので、触ったりはしないでください」

 

分かった分かったと、苦笑気味に精霊王が返す。

 

だが、危険な事は察知したのだろう。

 

近付くような真似はしなかった。

 

レントも所定の位置までさがる。クラウディアはしっかりこの状態でも警戒を続けてくれている。

 

タオが警告してきた。

 

「遺跡のあの辺り、崩れるかも知れないよ。 レント、その場合はお願い」

 

「分かった。 任せとけ」

 

「起爆行くよ!」

 

ライザが警告して、それで気が引き締まる。

 

実験も含めて三度の爆発をみているのだ。

 

あのゴミ掃除の時に使ったフラムと原理は同じだと分かっている。その火力が桁筈だなだけだとも。

 

だが火力が桁外れと言うだけでも、警戒するには充分過ぎる程だ。

 

あの時、積み上げられていた石材などが、一瞬で消し飛んだのをみている。

 

島の連中は何かの見世物くらいに思っていたかも知れないが。実際には冗談じゃあない。

 

兵器として使ったときの破壊力を想像して、背筋が寒くなったのはレントだけだったのだろうか。

 

ともかくさがる。

 

全員の安全を確保したところで、ライザがローゼフラムを起爆。

 

三回もセーフティを外す必要があり、セーフティを外さない場合は火に放り込んでも起爆しないらしいが。

 

それでも、ひやっとする。

 

薔薇の花が咲く。

 

熱風は吹き付けてこない。

 

ライザの全力魔術投射が、凄まじい爆発と熱を伴うのと対照的だ。熱で出来た破壊と殺戮の薔薇が、遺跡の一部を文字通り瞬時に溶かしきる。

 

おおと、精霊王が感嘆の声を上げて。

 

そして、薔薇の花に抉られた遺跡の柱が一つ、崩れ落ちる。

 

それをレントが突貫して、剣で弾き返す。

 

下手な弾き方をすれば折れるが。

 

ライザの作った剣。更に、リラさんに基礎から叩き直して貰った技術があれば、弾き返すのは難しく無い。

 

吹っ飛んだ柱が、遠くの水に落ちる。

 

すぐにライザがレヘルンを取りだして、赤熱している溶かした場所を冷やす。タオとアンペルさんも、魔法陣の様子を確認していた。

 

「よし、問題なし! 魔法陣、沈黙!」

 

「魔力はすぐに大気中に拡散します。 これ以上竜脈から力を吸い上げることもありません」

 

「ふむ、悪くない見世物であるな。 気に入ったぞ」

 

精霊王は、手元に何かを具現化させる。

 

それは青いが、トゲトゲの球体。そう、「風」の精霊王からもらったものと、同じような代物だ。

 

ライザは有難うございますとそれを受け取ってから。

 

しっかり聞くべき事は聞いていた。

 

「枷は、きちんと外れましたか?」

 

「うむ、外れておる。 良い気分だ」

 

「良かった。 精霊王「風」さんが待っています。 フィルフサとの戦いのためにも、すぐに渓谷に向かってください」

 

「分かっておる。 それは私が認めた証だ。 錬金術で使えば、驚天の道具を作り出す事も可能だろう。 だが、くれぐれも悪用するでないぞ」

 

「水」の人型が溶け、消えていく。

 

それで、周囲に充ち満ちていた威圧感も消えていった。

 

どっと冷や汗が出た。

 

レントは額の汗を拭うと、周囲を警戒。こう言うときが、一番危ないのである。リラさんが、最初に皆に指示をする。

 

「一度アトリエに戻るぞ。 今日はかなり前倒しで作業を進めることが出来た。 渓谷に再度挑むのは、明日万全の状態でやるべきだ」

 

「分かりました。 みな、準備して! 撤退!」

 

ライザが声を掛けて、すぐに撤退を開始する。ただタオが、急いで遺跡の状態を再確認していたが。

 

問題は無さそうだと言うことである。

 

タオはマメだな。

 

とても整理された頭脳。今はタッパの小ささがハンデになっているが、将来はこの頭脳が非常に有利になる筈だ。

 

レントは恐らくだが、今後は剣腕を振るっての仕事に就くしかなくなる。

 

クーケン島に残れば護り手。

 

そうでなければ傭兵が関の山か。

 

いずれにしても、戦略的にものを動かすライザやタオ、クラウディアやボオスとは決定的に違う道を行く事になる。

 

それが自分の選んだ道で。

 

分かっている限界の果てだとしてもだ。

 

そんな誇るべき友人の盾になれる。それを考えると、レントは今は誇らしいと思うし。それで充分だった。

 

 

 

アトリエに戻る途中で話をする。

 

「風」の精霊王も、きっと枷につながれているはずだとライザは言う。レントもそうだと思う。

 

ただ。此処はレントの意見は求められていないだろう。レントは帰路の警戒が主体。こう言うときが危ないのだと、リラさんに何度も言われている。

 

人間は一度の失敗で成長できるほど出来た生物じゃない。

 

普通何度か失敗して、ようやく身につく。

 

斬った張ったの世界ではこれがかなり致命的で、結果として戦場に生き残っている奴は逃げ上手、なんて事も多いらしい。

 

前に酔っ払った父が言っていた。

 

逃げるばかり上手い奴が、いつの間にかベテラン面していやがって。俺の顔を見たら、引きつって逃げやがったとか。

 

そんな奴がベテラン扱いされて、周囲から凄いとか言われているのをみると、大まじめに踏みとどまって戦った俺は何だったんだとか。

 

そうぼやいているのを聞いてしまって、いたたまれない気持ちになった。

 

父が泥酔しているとき。時々、そんな事を口走る。

 

父が傭兵をしている時に、決して報われなかった事が。それらの言葉から、明らかに分かる。

 

だからといって鼻つまみ者になるまで堕落するのは論外だが。

 

若い頃の父は、今みたいになりたいと思っていたのだろうか。どうも、そうとはレントには思えなくなってきていた。

 

とはいっても、散々ぶん殴られながら育ったのも事実だ。

 

父に良い印象は今も抱けていないが。

 

ライザが話しかけてくる。

 

もう安全圏だが。それでも警戒はしておいた方が良いだろう。湖に住んでいる恐ろしい魚どもや、水棲の魔物は侮れないのだ。

 

大きめの魔物の話は聞いていないが。それでもこの辺りだと、出くわす可能性はゼロじゃない。

 

「それでさレント」

 

「うん?」

 

「「風」の精霊王はこれで多分塔まで通してはくれるとは思う。 問題はその先だと思っててさ」

 

「ああ。 「土」の精霊王って奴は、多分友好的ではないって話だよな」

 

頷くライザ。

 

念の為、枷を外すためのローゼフラムは今日の内に増やしておくという。誘爆するような爆弾ではないのが有り難い。

 

実際問題、ライザは見せてくれた。焚き火に放り込んでも、ローゼフラムは多少表面が焦げるだけだった。

 

多分だけれども、製造技術だけで作った爆弾よりも色々な意味で性能は上だと思う。様々な製造機械は遺物としてまだ残っていて、それらで人々は暮らしているわけで。昔はアーミーが使う武器などもそれらの技術で作られていたらしいから。レントにもそれくらいの判断は出来る。

 

「最悪の場合は、皆を庇って逃げる事になるかな。 ただ……戦うんだったら、今までの比にならない苦しい戦いになるし、周囲にもかまっていられないと思う」

 

「分かってる。 その場合は、俺が逃げ切れない奴とかを抱えて立ち回る」

 

「よろしくね」

 

「いつものことだぜ」

 

そう、いつものことだ。

 

ライザが危うく魚や水中に住む魔物の餌になりかけてから、ずっとそう思ってきた。

 

あの時不甲斐なかったのはみんなだ。

 

だからレントは、あの日以来鍛えた。

 

誰かを守りたいから、ではない。ライザ自身はあの時たまたまへまを踏んだだけで、はっきり言ってレントが守らなくても全く問題ない。昔っから、年齢離れした強さだったのだ。

 

レントがほしいのは、守る事が出来る実力。

 

それは何も特定の誰かでは無い。

 

アトリエに到着。

 

これで一息つけた。ライザは早速釜に向かう。レントは、クラウディアに声を掛ける。

 

「島に戻るが、来るか?」

 

「そうだね、お願いしようかな。 ライザ、メモを貰ってくるから」

 

「うん、お願いね」

 

ライザは今は無料で薬やら道具を配っている。

 

ただ本人曰く、これは先行投資、ということだった。

 

まずは錬金術への偏見と誤解を解く。

 

アンペルさんがつるし上げられたあの事件の教訓は、ライザも強く身に染みているらしい。

 

だから、ライザ無しでは回らない島の状態を作っておく。

 

ライザのおかげで助かった人を増やして人脈を作っておく。

 

それで、その内現実的に払える範囲での報酬を貰うようにする。やがて、ライザの事よりも、錬金術のすごさをみんな理解する。

 

年単位でやっていく事を、ライザは今やっているというわけだ。

 

最初はほぼ無料で奉仕するのも先行投資故。

 

逆に、ものの価値を知っている相手には、最初からお金を取るつもりだという。例えばルベルトさんのような。或いはエドワード先生のような。

 

この辺り、ライザは雑な性格の割りには考えている。レントも負けてはいられなかった。

 

クラウディアを載せて、船でクーケン島に。自分の家に戻るつもりはない。島に戻ると、クラウディアと手分けして色々回る。

 

途中でボオスと合流。クラウディアとも、そのタイミングで合流した。

 

ボオスはランバーをつれていない。ランバーはランバーで、今は秘書官のような仕事をさせているそうだ。

 

今までの支配者ごっこでなく。本当に良き指導者になるべく、ボオスも考えているということだ。

 

「なるほどな。 精霊王の話は聞いていたが、確かに悪くない判断だ。 フィルフサという共通の敵がいる以上、今は味方になっておくべきだろう。 ただその後は大丈夫か?」

 

「精霊王達の話を聞く限り、高度な会話はするけれど人間よりずっと思考は単純なように思えたわ。 恐らく自然を守ることにしか興味はないし、それを守らなければ誰でも敵と見なすのだと思う」

 

「おっかない相手だ。 今後島が豊かになったら、話をつけにいかないといけなくなるかも知れないな。 その場合は俺の仕事になるだろう。 今後のためにも、一度顔合わせをしておきたい」

 

「了解だ。 ライザに話しておく」

 

クラウディアも、無邪気でいつもにこにこしているが。時々こうやって恐ろしく過激な事を口にしたり、シャープな思考を覗かせる。しかもライザとその仲間。つまりレントも信頼してくれているから、この顔を見せてくれていると言う事だ。

 

男に都合がいい女なんていないという実例をクラウディアが見せてくれるので。

 

変な夢を見なくて助かる。

 

まあライザという実例をみて、散々思い知らされているので。レントとしては、再確認するだけだが。

 

「一度、俺もその精霊王というのと会っておくべきだろうな。 明日出るんだったら、明日の朝に対岸に行く」

 

「また急だな」

 

「今までが惰眠を貪っていただけだ。 俺としても、そろそろ父さんの後をしっかり継げるように変わらないとならん。 それにお前達といずれ見聞を広めるためにも冒険に出たいしな」

 

「わあ。 楽しそうだね」

 

クラウディアが本当に楽しそうに言う。

 

命の危険は当然あるのに。

 

それでもやっぱりクラウディアは楽しそうだ。

 

やはりというか何というか。

 

クラウディアは元々猛禽だったのだろう。鳥籠に入れておくのはちょっと無理があったのだ。

 

優美かも知れないが、それはそれとして鋭い爪も牙もあって。

 

それもまた、らしいとレントは思うのだった。

 

ボオスと一旦別れて、そしてアトリエに戻る。一応両者確認して、ライザのお得意さんと話し忘れていないかどうかをしっかりチェックする。

 

問題ない。前に二三回、話忘れがあったので。そういうときはアトリエに戻る前に聞きに行った。その反省があるので、相互でチェックをして。漏れがないかを確認するようにしている。

 

ライザほどおおざっぱではないにしても、どんな人間でも絶対にミスはするし忘れ物もする。

 

それを理解しているからこそ。

 

レントは、別にそれで他人を責めるつもりは無い。勿論ミスがあったら指摘するが、それだけだ。

 

船を漕いで島を離れる。

 

クラウディアも魔術で具現化した櫂を使って、船を漕ぐのを手伝ってくれる。勿論腕力はレントに遠く及ばないが。

 

それでも、船がくるくる回ってしまうような事はなく。

 

操船技術も、毎回向上しているのが分かった。

 

アトリエに到着。

 

まったく落ち着かない場所になった実家と違い、此処の方が過ごしやすくなった。

 

そしていずれは旅に出るときも。

 

一人になってから、此処を思い出すのだろうなと、レントは思った。

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