暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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調査だけはさせてくれましたが。

精霊王「土」はもっとも人間の業を間近で見ています。

当然、機嫌は芳しくありません。

対応次第では、即座に戦闘になります。ただ、ライザはそれを選択しない。それだけです。


2、歓迎はされない

精霊王「土」の気配が、塔の外でも感じられる。あたしが手にしたゴルドテリオンをふんだんに使った杖。

 

これのおかげで、あたしも鋭くなっている。それもあって、なのだろう。

 

魔力量が上がれば、魔術師としての技量は上がる。当然だが、勘だって鋭くなるものである。

 

皆に注意を促す。

 

こればっかりは、クラウディアの音魔術でも探知は出来ないからだ。

 

「土」は多分、昨日あたし達が塔に入って来たことを悟っている。この気配は、バリバリに認知しているぞと知らせてきている。

 

だからこそに、どう出るか分からない。

 

最悪の場合、中に入ればいきなり出会い頭に襲ってくるだろう。

 

昨日と同じように、まずは塔の下部分に。其処から、貯水槽を経由して、上に上がっていく。

 

扉はこのままでいいだろう。

 

いずれ、下側の通路も封じてしまうべきだ。

 

此処は誰かが、興味本位で入って良い場所じゃない。それについては、昨日の調査でよく分かった。

 

ましてや古代クリント王国の技術や知識を目当てに入るような人間は、あってはならないのだ。

 

実際それで、今話がとんでもなくややこしい事になっているのだから。

 

塔の中に入ると、ひんやりした空気がある。

 

クーケン島にも似たような場所がある。

 

墓地だ。

 

旧市街地の一部に作られた墓地は。昼間でも空気が冷たい。

 

いちいち墓地に棺桶を埋めていたら土地が幾らあっても足りない事もある。基本的に墓地は家族単位で作られていて。

 

死んだら燃やして灰だけ埋葬するようにしている。

 

それなのに、死人に会ったという話が後を絶たない。事実こういう異様にひんやりした空気が、彼処にも満ちている。

 

周囲を警戒しながら、まずは一階を抜ける。

 

一階には大した魔物がいないが。問題は此処からだ。

 

二階というものは厳密にはなくて、大きな階段が其処にある。階段の脇に連なるようにして、小部屋が連鎖している。

 

この階段で、上から迎え撃たれたら骨だが。

 

レントとリラさんが前衛に立つ。

 

二人が進み始めるのをみて、あたしは荷車を引く。

 

荷車には、ストッパーをつけた。

 

レバーを倒すと、荷車は進みも戻りもしなくなる。これで、坂道での事故とかはなくなる筈だ。

 

後、車輪にも柔らかい部材を取り入れている。消耗品になってしまうが、これについては今後改良が必要だろう。

 

スプリングだけだと、どうしても荷車が跳ねる。

 

こうすることにより、かなり荷車を楽に動かし。更には滑らかに進ませることが出来るし。

 

逆にストップも掛けられる。

 

あたしは荷車を引いて、少しずつ階段を上がる。どれだけ警戒しても、しすぎることはないだろう。

 

クラウディアが音魔術をとめる。

 

何かあったのか。

 

「いる。 エレメンタル数体。 それと鎧……」

 

「稼働中の幽霊鎧か?」

 

「分かりません。 とにかく、こっちに来るみたいです」

 

すぐに戦闘態勢を取る。

 

エレメンタルは魔力が強すぎて、白く発光している。此奴らが何なのかはよく分からないけれど、信仰心が強い老人がみたら神の御使いとかと勘違いするかも知れない。

 

それと、歩いて降りてくる鎧。

 

酷い有様だ。

 

壊れかけているのが分かる。

 

死体が歩いているのと同じだ。中身入りかも知れないと、あたしはちょっとだけ思う。

 

いずれにしても、排除しなければならないだろう。

 

幸い、それほど大きいものはいない。敵意を見せたら即座に排除する。だが、予想とはちょっと違っていた。

 

「貴様ら、昨日一階に来た人間だな。 盗賊か」

 

「! ひょっとして、精霊王「土」ですか」

 

声が聞こえる。

 

精霊王「風」と比べると、かなり幼い声だ。「火」程幼くはないが、強烈な敵意を感じ取れる。

 

やっぱり、良くは思っていないか。

 

どうやら、エレメンタルを経由して喋っているようである。

 

咳払いすると、用件を伝える。

 

順番に説明をする。隠すこともないからだ。しばしして、考え込んだ「土」(姿は見せてくれないが)は、エレメンタル経由で返事をして来る。

 

「「風」達の枷が消えたのは感じていた。 貴様の仕業か」

 

「はい。 フィルフサとの決戦を前に、争っている場合ではありません。 此方も守るべきものがあります。 古代クリント王国の遺物を調査させてください。 望むのであれば枷も外します」

 

「信用すると思うか?」

 

「そうですよね……」

 

まあ、そうだ。

 

この塔に陣取っていると言う事は、恐らく「土」は最後の防壁だったのだ。雷撃を使う分かりやすい強力な能力。

 

直前に渓谷を作りあげて疲弊していた「火」よりも、相性が悪いとはいえフィルフサ相手に一番奮戦したはずだ。

 

魔術で作った雷はフィルフサに通らなかっただろうが、それでも出力が次元違い。恐らく王種ではなければ、通ったと思う。将軍以上の実力を持つらしい王種だと、はっきりいって魔術そのものがまず通らないだろう。どれだけの魔力出力があってもだ。

 

そして、此処にいたからこそ、全てを知っている。

 

好意的に考えてくれる筈が無い。

 

「ライザ、妥協点を探せ。 相手も此方にいきなり仕掛けて来てはいない」

 

「分かりました、アンペルさん。 あたしに出来る範囲の事をします」

 

「どうした、私に何かして見せるつもりか?」

 

「精霊王「土」。 まずどうすれば、無害だと信じてくれますか? 武器を置きましょうか」

 

えっとレントが顔に書く。

 

確かに魔物と普通呼ばれる者に半ば囲まれている状況で、武器を置くのはちょっと最後の手段にしたい。

 

精霊王の事をあたしは何にも知らないに等しい。

 

相手が人間と同じように考えるかも知れないし。嘘をつくかも知れない。そういった事が、分からないのだ。

 

だから、無抵抗だと示すのは最後の手段になるが。それでも、この場ではそれくらいしないと駄目だ。

 

感情的にわめき散らした所で、相手の反感を買うだけである。

 

そもそも「土」を極めて不愉快な手段で此処に拘束して戦わせたのは、古代クリント王国の人間。

 

あたし達もその子孫だと言う事がわかっている。

 

相手からして見れば、同じに見えても不思議では無い。

 

「風」が思うに、友好的過ぎたのだろう。人間が100年も生きられない生物で、ずっと代替わりした後だと素直に理解出来ていたのかも知れない。

 

だがそれは、「風」や、他の精霊王がとても優しかったからに過ぎない。

 

彼女らは古代クリント王国の所業を、間近でみているのだ。

 

だったら此方は、相応に対応しなければならないだろう。

 

こちらは、本来、彼女らからして見れば同じ人間。

 

何も古代クリント王国の頃と変わらない存在なのだから。

 

実際現在のロテスヴァッサの腐敗も、アンペルさんを経由であたしは知っている。今は違うとか、間違っても言えない。

 

もう一度過ちを繰り返さないとだって断言できない。

 

あたしだって、今は絶対に変わらないと言える。

 

だけどそれは今だからだ。

 

精霊王達が言ったように、今後あたしが何かしらの理由で「良き錬金術師」でなくなった時。恐らく世界にとっての最大の脅威になる。

 

それは誰に言われるまでもなく、肌で分かっている事だった。

 

だからこそ、冷静にならなければならないのだ。

 

しばし「土」は黙り込んだ後。

 

静かに聞いてくる。

 

「名前をいえ」

 

「ライザリン=シュタウト。 皆は……」

 

「ふむ、把握した。 それで貴様がやりたいことも理解した。 だが私は、古代クリント王国の錬金術師どもが、表向きは笑顔を取り繕って相手に近付き、機を見るや世界を滅茶苦茶にしたのを知っている。 この世界もオーリムもな」

 

「あたしも知っています」

 

ならば、話は早いと「土」は言う。

 

半ば呆れながら。

 

まあそうだろう。

 

だけれども。此方だって、諦める訳にはいかないのだ。

 

精霊王達は、もう三人が自由になっている。「土」だって、枷は時間を掛ければ外せる筈だ。

 

フィルフサの侵攻を精霊王だけで食い止める事は可能かも知れない。

 

だけれども。

 

それを簡単にできるとはとても思えないのだ。

 

とんでもない破滅と引き替えになるのではないのか。

 

あたしはそれを懸念している。

 

順番に話をしていく。

 

「利害の話はしたくありません。 感情での話もしたくありません」

 

「……」

 

「今、異界の門は経年劣化で開いてしまっていて、古代クリント王国の時代に水を奪われた土地がすぐ側にあります。 その土地では、前回の侵攻の何倍もの規模のフィルフサの群れがいて、いつ侵攻してきてもおかしくありません。 古代クリント王国はあたしにとっても敵です。 オーリムの人達にも、精霊王、貴方達にとっても。 利害が一致しているから協力しろという論法は使いません。 ただ、ベストをあたしはつくしたいんです」

 

「古代クリント王国の錬金術師どもも、似たような事を言っておったわ」

 

そうだろうな。

 

あたし如きの拙い交渉なんて、騙す事が本職の人間からしてみれば、児戯に等しいだろう事も分かる。

 

クーケン島にも、時々本当に悪い人が来る。

 

以前アガーテ姉さんが斬った山師の一団とかもそうだったが。それ以外の、何年かにぽつんとやってくる悪辣な人間も、それぞれ大差が無かった。

 

いずれもが表向きは良い商売人を装って、如何に此方を騙して稼ぐかだけを考えていたし。

 

場合によっては、盗むために物色するためだけにクーケン島に来ているような輩も珍しくなかった。

 

だから分かるのだ。

 

そういう連中でも、特にタチが悪い輩に滅茶苦茶にされたのだから。

 

「土」が怒るのは当たり前だ。

 

だけれども、今は怒っている場合では無い。

 

目の前に迫る破滅を、どうにかするときだ。

 

悔しい事に、どうやら似たような論法を古代クリント王国の者達も使っていた、と言う事である。

 

それはそうだろう。

 

あたしは。必死にない頭を使う。

 

あたしは錬金術師としては才能があるかも知れないが、ネゴの類なんてできっこない。ふと、クラウディアが耳打ちしてくる。

 

あたしは、そうかと思って。

 

単純に頷いていた。

 

「分かりました。 それではこれではどうでしょうか」

 

「なんだ」

 

「土」の声が苛立ち始めている。

 

だが、今のやりとりで理解出来た。「土」は凄まじい程の憎悪を向けてきているが、それで暴発はしない。

 

そして何となく分かってきた。

 

精霊王はキャラを変えているだけで、恐らく内面的な精神はほとんど同じだ。

 

だったら、前とは違う方法で。

 

徹底的に誠実に尽くすしかない。

 

それで、衝突は避けられる。

 

今は。とにかく衝突を避けなければならないのである。

 

「この塔で用があるのは情報だけです」

 

「そういえば、書物を持ち帰っていたようだな」

 

「はい。 情報以外には、一切手をつけないと約束します。 もし約束を破った場合は、即座に攻撃を仕掛けてきてもかまいません」

 

「……」

 

精霊王「土」が考え始める。

 

よし。

 

後一押し、とは思わない。ただでさえ、相手が翻意する可能性とかもある。何よりこっちは先人のやらかしが致命的過ぎるのだ。

 

この塔で死んでいったアーミーの戦士達に罪はない。

 

悪いのは、古代クリント王国時代の錬金術師と。錬金術師達にいいように飼い慣らされていた、王族やら貴族やらだろう。王国というのだから少なくとも王族はいたはずだ。それらがいいように飼い慣らされたこと。

 

これも、この悲劇につながっているとみていい。

 

そんな連中、一匹残らず死に絶えているといいのだけれど。

 

あたしは普段人の死なんて望まないけれど。

 

ここのところは、古代クリント王国の者達の所業を聞けば聞くほど、死罪にするしかないと思っている。

 

事実錬金術師や王族の子孫を名乗る輩が現れたら。

 

あたしは躊躇無く頭を蹴り砕くと思う。

 

ほどなくして。

 

大きな溜息を、精霊王「土」はついていた。

 

「分かった。 ただしこれ以上の譲歩はしない」

 

「枷は、いいんですか」

 

「こんなもの、その気になれば時間を掛けて自分で外せる」

 

「……分かりました」

 

事実、精霊王「火」はそうして枷を外したのだ。その言葉に嘘は無いと見て良いだろう。

 

精霊王はみんな嘘をつかなかった。

 

人間はどれだけ愚かしいんだか。

 

嘘ばっかりついて。

 

それでいて、これほどの悲惨な災害を引き起こして。のうのうと未だに「万物の霊長」だとかを気取る奴もいる。

 

本当は、この世で最も愚かな生物ではないのか。

 

そうあたしは思って、やりきれなかった。

 

 

 

見張りがいる中で、調査を開始する。順番に一部屋ずつ回って、確認していく。螺旋階段の外側内側に部屋があって、階段そのものが十数人手を拡げて並べるほどの広さがある事もある。

 

部屋も大きく、塔の中にぶら下がるようにして構造としてつくられているにも関わらず。落ちる気配もない。

 

階段の彼方此方には、鎧の残骸や、フィルフサの残骸も散らばっている。

 

ここでも多くの人が亡くなったんだ。

 

そう思って、黙祷を捧げてから行く。

 

部屋の中も、蹂躙され尽くしていた。手記などの情報を見つけると、タオやアンペルさんが飛びついて、即座にメモを取っていく。

 

レントとリラさんは、ずっと周囲を警戒。

 

精霊王「土」が翻意するかも知れないし。麾下にいない魔物が襲ってくるかも知れないからだ。

 

部屋の奥に倒れている、巨大な人型。

 

あれも渓谷でみたのと同じタイプだろう。

 

中に人は入っていない。或いは魔物が入っているかも知れないが。いずれにしても、あの形でフィルフサと戦うためだけに動いていた。

 

グチャグチャに破損しているから、もう役には立たないだろう。

 

ただ、壁際に背を預けて、動かなくなっている。

 

その様子が、みていて悲しかった。

 

「みてライザ」

 

クラウディアが指さす。階段の中層まできただろうか。塔の真ん中編に、変な構造物が浮いている。

 

球体があって、その周囲をたくさんの球体が回っている。球体の間には線があって。それらの線は、魔術で浮いているようだった。

 

アンペルさんも、それを見て解説してくれた。

 

「あれは天球図だな」

 

「ええと、なんですか?」

 

「簡単に言うと、空の星の図の動きを現したものだ。 我々がいる大地は後で説明するが、あの球体だな。 真ん中の球体は陽だ」

 

「地面が球体なのか?」

 

レントが不思議そうに言う。

 

実はタオが昔言っていた事がある。どうもこの世界、丸いらしいって。漁師の人達も言っていたのだけれども。海に出ると、水平線がゆっくり円形にひずんでいるそうである。また遠めがねを使うと、水平線の向こうから来る大きめの船は、帆から見え始めるのだとか。

 

漁師の間では、この世界は丸いか、それとも半球なのではないか。それは噂になっていたとか。

 

アンペルさんは、タオとその話をしていたっけ。皆が休んでいて。あたしが調合をしている時だ。

 

その時、アンペルさんはほろ苦い表情で苦笑していた。

 

そんな事も、説明しないといけないくらい、人間の文明は退化し続けているんだな、と。

 

確かに嘆かわしい話なのかもしれない。

 

いずれにしても、あたしはそれらのことを馬鹿にするつもりはない。

 

古代クリント王国の錬金術師はこの場で八つ裂きにしてやりたいくらい不愉快だが。技術だけは今より進んでいたのだ。

 

だとすると、天球図とやらも本当なのだろう。

 

「それでアンペルさん、天球図というのはどういう意味があるの?」

 

「高度な魔術などになると使う事があるな。 ただ古代クリント王国や神代の錬金術師は、殆どの場合自分達の力を誇示したり、知恵を見せつけるためにあれを作っていた節がある」

 

「技術が泣いていますね」

 

「そうだな……。 いずれにしても、天球図は高度な観測技術が無いと作る事は出来ないし、いずれ錬金術とは別系統のものとして発展するだろう技術で重要になるだろう。 ライザ、お前もいずれ作れるようになっておくといい」

 

分かりましたと頷く。

 

こうしている間も、「土」は此方を監視している。鎧やエレメンタル達も、動くものはじっと此方を見ている。

 

当然だろう。どんな詐欺師や盗賊よりもタチが悪いかも知れない相手なのだ。

 

あたしは言い返すつもりはないし、やり返すつもりもない。ただ、淡々と言った通りに調査をしていく。

 

「レント、倒れている本棚起こしてくれる?」

 

「おう、任せておけ。 本はばっと散らばっちまうぞ」

 

「それは仕方が無いよ。 ……学術書ばかりで、破損が酷いね」

 

「今は学術書はいい。 信頼を得られたら、その時に回収すれば良い。 重要な本は恐らくだが……最上階までいかないとないだろうな」

 

部屋を調査しながら、タオやアンペルさんがそんな話をしている。

 

リラさんは、じっと天井をみていた。

 

恐らく、其方にいる精霊王「土」を注視しているのだろう。何かあった時に、対応するために。

 

リラさんは、何十年も前からアンペルさんと門を閉じる旅をしていて、それで姿が変わっていない。

 

ということは、何百年も生きている可能性が極めて高いし。古代クリント王国の凶行も間近で見ていた筈だ。

 

だからこそに。そんな人が協力してくれるのは本当に嬉しい。

 

あたしは順番に階を巡る。いずれも、錬金術師が技術を誇るために作ったような道具の残骸やら。

 

或いは死体の成れの果てやらが散らばっていて。

 

とても悲しい気持ちになる。

 

クラウディアが、気分を紛らわせるためか、フルートで演奏してくれる。最初は警戒したエレメンタル達だが。

 

やがて、特に問題は無いだろうと判断したのか。

 

クラウディアを警戒しつつも。

 

攻撃しようというそぶりは見せなかった。

 

クラウディアの演奏は、それこそ空の音楽のようだ。ずっと色々あって、沈んでいた心がぐっと楽になる。

 

あたしは頬を叩いて気合いを入れ直すと。

 

皆を促して、先に行く。

 

タオとアンペルさんは、すごく手際よく二人で手分けして調査していく。手記の類を見つけると、すぐにアンペルさんはタオに回し。

 

専門書は、アンペルさんがチェックする。

 

専門用語が頻出する専門書は、流石に現状でもタオにはきついのだろう。

 

だけれども、手記だったら全然問題は無い。むしろタオの方が、要点を押さえるのが早いとアンペルさんは絶賛している。

 

二人がいてくれて助かる。

 

あたしは周囲を警戒しながら、少しずつ荷車を引いて、階段を上がっていくしかない。

 

最後の部屋に入る。

 

この上は、最上階。つまりは、精霊王「土」がいる場所だ。

 

一旦手を叩いて、今まで集まった情報のまとめをする。

 

タオが咳払いすると、順番に話してくれた。

 

「手記は幾つかあったけれど、どれも此処に集められたアーミーの人のものだね。 フィルフサの恐怖を綴ったり、錬金術師への恨み事が書き連ねられてた。 一つ興味深いものがあって、オーリムでオーレン族とコネをしたらしい人のものがあったよ」

 

「詳しく」

 

リラさんが食いつく。

 

それはそうだろう。オーレン族の一人として、これ以上もないほど不愉快だからだろうから。

 

タオも頷く。

 

リラさんの事情は、知っているのだろう。

 

「錬金術師は、オーレン族の事を酷い差別的な言葉で呼んでいたらしいんだ。 それで、最初はオーレン族を指しているって分からなかった」

 

「どんな言葉だ」

 

「ええと……いいの」

 

「私の所に現れた古代クリント王国の連中の言葉と同じか確認すれば、信憑性が上がる」

 

タオもしばらく皆を見回して。

 

少しだけ躊躇してから、言う。

 

「その、森の凶暴な猿……だって」

 

「! おいおい、巫山戯やがって……!」

 

「本当に古代クリント王国の人達、どうしようもないね……」

 

レントとクラウディアがむしろ噴き上がる。

 

アンペルさんは恐らく知っていたのか、黙り込む。リラさんは、大きな溜息をついていた。

 

「間違いない。 私の所に現れた連中も、そう言っていた。 最初はオーレン族の勇敢な戦士よとか言いながら。 水を奪った後はそのように馬鹿にした言葉を投げかけてきたな」

 

「ごめん、リラさん」

 

「いいんだ。 それで?」

 

「そのネゴをした人は、大まじめにやっていたみたい。 勿論差別意識はあったみたいだけれども、どうにか融和できないかと本気で心を砕いていたみたいだよ。 あくまで「文明人」が「野蛮人」を諭すという視点からだけどね。 恐らくだけれども、錬金術師達はそうオーリムの人々の事を認識していて、それをそのままネゴ役の人に伝えたんだろうね」

 

リラさんが静かに怒っている。

 

アンペルさんだって。

 

それに、あたしもだ。

 

そんな連中が、この世界も、オーリムも、滅茶苦茶にしたっていうのか。

 

神なんてこの世に存在しないとよく分かる。神がいたのなら、そんな連中まとめて粉々に消し飛ばしているはずだ。

 

老人達の素朴な信仰まで奪うつもりはない。

 

だけれども、神はいないのだと、今はっきり確信できた。いたとしても、不公正極まりない存在なのだろう。

 

全部まとめて、地獄の釜で煮られてしまえ。

 

そう思いながら、あたしは続きを頼む。

 

タオが、びくりとするのが分かった。アンペルさんが、流石に年長者らしくフォローを入れてくれる。

 

「タオを威圧するな。 タオに責任はない」

 

「う、うん。 分かってる、アンペルさん。 でもこうさ、古代クリント王国の錬金術師やその操り人形になってた支配者階級の連中を今すぐ全員蹴り殺したいって怒りが、ふつふつと湧いてきて、抑えるのが難しいよ」

 

「ライザがガチギレしてる時の反応だね。 ひ、久しぶりにみる……」

 

「ライザ」

 

アンペルさんがもう一度いうので、あたしは大きく深呼吸。

 

本当に情けない。

 

これをやらかした連中は、自分を「大人」だとか、「社会的に常識がある」だとか口にしていたのだろう。

 

そう思うと、なおさら反吐が出そうになるのをどうしようもできなかった。

 

「ええと、続けるよ。 ネゴ役の人は、最初は大まじめにネゴをしていて、幾つかの事業をしてオーレン族の……恐らくキロさんの霊祈氏族の信頼を得ていったんだろうね。 だから、錬金術師がもう必要ないと言い出したときは驚いたみたい。 水を聖地から奪った翌日は、泣きながら日記を書いたみたいだ。 自分は騙されていた。 こんな非道をして、絶対に無事で済む筈が無いと。 アーミーが聖地に入って、オーレン族と争い始めて、そしてフィルフサが大繁殖して。 そして、フィルフサの所に何かをしに向かった連中が皆殺しにされて。 錬金術師が焦り始めて。 それで、当然の報いだって恨み事とともに呟いてる」

 

「……板挟みか。 いずれにしても、苦しかっただろうな」

 

「うん……。 その後は、フィルフサに何もかも蹂躙されていく中で逃げ遅れて、塔に立てこもったらしい。 魔術が少しは使えるから、何かの役に立てるかも知れないと、最後の日に書いてる。 多分それで、戦死したんだろうね」

 

「どこまで卑劣な連中なんだよ……」

 

レントも流石に怒りを通り越して呆れている。古代クリント王国の錬金術師の行動は、此方の予想の遙か最低を更に下回ってくる。

 

幼稚な全能感を拗らせた人間は、ここまで醜悪になるのか。

 

そう思うと、もう相手を人間とさえ認識出来なくなりそうだ。

 

だが、それでは古代クリント王国のものどもと同じだ。

 

人間が相手で。人間の凶行だから怒りが湧いてくる。そう考えなければ、いずれ奴らと同じになってしまう。

 

それだけは、絶対に避けなければならなかった。

 

深呼吸して、あたしは気持ちを落ち着かせる。クラウディアが静かな曲を流してくれているけれども。それでも怒りがふつふつとわき上がるのをどうにか抑えるのがやっとだ。

 

「アンペルさんは、何か重要なものはあった?」

 

「ああ。 まとめると、どうやら人工島についてだ。 人工島は未完成だったらしく、最低限の機能しか用意できなかったようだ。 人工島が出来ていれば、さっさと空に退避できたのにとか、勝手な事を錬金術師がほざいていたな」

 

「怒りは分かるが、皆抑えろ」

 

「分かってる……」

 

当事者のリラさんにそう言われると、怒りを抑える他ない。

 

何しろリラさんが、一番被害を受けているオーレン族なのである。そんなリラさんがたしなめるのだ。

 

あたしが怒る訳にはいかない。

 

「人工島は空に浮かせるための動力どころか、どうにか数百年程度の動力しか確保できなかったとか書いている。 その動力として使ったのが……フィルフサの体内から抽出出来るコアのようだな」

 

「なんだって……!?」

 

「そうだ。 古代クリント王国の者達は、水をなくして資源を漁った。 その資源には、多分フィルフサも含まれていたんだ。 古代クリント王国の錬金術師は、どうなるか分かっていて意図的に水を異界から奪った。 フィルフサを制御出来る自信があったんだろうな。 家畜兼、生物兵器として」

 

そして、蹂躙された。

 

馬鹿すぎて言葉もでない。

 

そんなバカに、二つの世界が破滅に追いやられようとしたのか。それもたった数百年前だ。

 

リラさんもキロさんも、本当に冷静に話をしてくれて助かった。

 

あたしは自分にさえ怒りが向くのが分かる。

 

こんな連中と同じ生物で、恥ずかしくないのかと。恥ずかしい。はっきりいって。

 

だが今は、古代クリント王国の錬金術師と同じ人間とか言う恥ずかしい生物であってもだ。

 

全ての事態を収束させる責任を、背負わなければならない。

 

この様子だと、古代クリント王国の連中は、くだらない我欲かエゴで行動していたのだろう。

 

フィルフサを制御する事に成功して、何もかも蹂躙したりしたら。

 

今度は錬金術師どうしで争いでも始めるつもりだったのだろうか。

 

それが容易に想像できて、あたしはまた大きな溜息が零れていた。

 

だが、やるべきことがある。此奴らの尻ぬぐいだ。幸い、此奴らはとっくに地獄の最下層で煮られているはず。そうでなければ、あたしがいずれ必ず蹴り殺しに行く。

 

「人工島の状態は分かった。 後は、人工島についての詳細がわかる設計図か何かがほしい所だな」

 

「それを得てどうするつもりか」

 

不意に話に割り込んでくる精霊王「土」。

 

上を向くと、アンペルさんは続ける。

 

「精霊王「土」。 私達は、オーリムの聖地に水を戻し、更にはいま生きている人々の生活も守らなければならない。 人工島はもうあるもので、それについてははっきり言ってどうしようもない。 だから人工島にいる人々のためにも、水を戻した後の生活も担保しなければならないんだ」

 

「その言葉だけは立派だ。 だが、それをあやつらのように我欲を隠す嘘として使っていない保証などない」

 

「もうこの様子だと、人工島に戦略的な価値は存在していない。 我欲を満たそうにも、何もできない」

 

「理屈で言い含めようとするな! いい加減、その手の屁理屈を振りかざして煙に巻く論法は聞き飽きている!」

 

精霊王「土」もお冠だ。

 

あたし達だってそう。

 

しばらくして、精霊王「土」は、上がってくるように言う。

 

あたしは、無言でそれに従う事にした。こんな非道の山盛り、最悪の詰め合わせをみて。

 

冷静でいられるようなのを大人というのであれば。

 

やっぱりあたしは、大人になんかならなくていい。それが本音で、結論だった。

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