暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ   作:dwwyakata@2024

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クーケン島の問題を解決したライザ。

侵攻を開始するフィルフサ。

血戦が始まります。

負ければ人類は……終わりです。


雷雨の下で
序、雨を降らせるために


ゴルドテリオンをあたしは調合。そのまま、装置を作っていく。

 

作る装置は、オーリムから水を奪い格納している玉と連動して、水を高高度に撃ち出すもの。それも、かなりの広さに拡散するようにもする。

 

指向性を持たせすぎると、多分上手く行かない。

 

この範囲を調整するのも、装置の仕事だ。

 

ただ、仕組みは正直それほど難しく無い。装置の内部にエーテルとかを満たす必要とかもないからだ。

 

むしろ、もっと荒っぽい造りになる。

 

大量の水にさらされても壊れないこと。それだけが、目的となる装置だからである。

 

あたしは淡々と装置をくみ上げながら、制御システムも作る。

 

恐らくだが。

 

オーリムの空は、カラッカラだと判断して良い。

 

雨が降らないというのは異常すぎる。

 

水というのは、基本的には余程の内陸でもない限りは、どんどん染みていくものなのだとアンペルさんはいう。

 

浸透圧だとかいう言葉を古くは使っていたそうだ。

 

元々あの門の向こうの土地は、普通に水が豊かで。近くには複数の水源もあり。更には水が入り込む環境であったという。

 

今やるべき事は。

 

まずは玉の操作。

 

操作で、オーリムからの水の吸い上げを全停止する。

 

これは既にアンペルさんがやってくれた。

 

元々水の存在する確率を操作するとか言う超凄い錬金術の産物であるらしく。本当にそれをこんな事に使っているのが惜しい。

 

乾燥地帯の緑化とか。

 

もっと幾らでも、人のためになる使い方があっただろうに。

 

古代クリント王国のクズ共は。本当にエゴのためだけにしか動かなかったのだ。

 

とりあえず、これで少しずつ水はオーリムの、聖地グリムドルに戻り始めている筈である。

 

ただそれでも、少しずつだ。

 

数百年間簒奪した水の量は凄まじく、一度に解放するとグリムドルに湖が出来る程だと言うし。

 

解放できる水の量にはストッパーが掛かっていて、一度に全て解放することも出来ないらしい。

 

だったら、まずは雨を降らせるしかない。

 

それも、雷がどっかんどっかん落ちるような豪雨をだ。

 

調合を続けて行く。

 

素材はクラウディアとリラさんが持ち帰ってきてくれる。アンペルさんとレントとタオは、門の前に待機。

 

斥候を始末しつつ、あたし達の到着を待つという事だった。

 

急がないといけない。

 

もう、徹夜で過ごすしかない。

 

フィルフサは、既に大侵攻の準備を最終段階にまで進めているはず。

 

百万を超える数を想定すると、流石にそれを雑に侵攻させるわけにはいかないのだろう。

 

人間でも、数十人になると管理が大変だ。

 

あたしも幼い頃は学問所で軽く基礎的な学問を習ったけれども。

 

確かに、子供達数十人の面倒を見ている先生は、みんな大変そうにしていた。

 

それが百万だ。

 

如何にフィルフサが単純な思考を持つ生物でも、尋常では無く制御が大変だろう。それが、今は逆に救いになっている。

 

クラウディアとリラさんが戻って来た。

 

クラウディアも働き詰めだが、それでもどうにか踏ん張ってくれている。

 

敵の侵攻の第一歩を挫けば、少し時間が作れる。それまで、どうにかするしかない。

 

「魔石とか、持ち帰ってきたよ!」

 

「ありがとう!」

 

「今の進捗は」

 

「75……76!」

 

「分かった。 素材が足りるかだけ、確認してくれるか」

 

あたしは調合を一度とめると、素材を確認。

 

よし。

 

後はジェムを加味すれば、ギリギリ足りる。

 

足りると告げると、二人は門へすっ飛んでいった。レントとタオとアンペルさんが心配である。同時に、必要な物資を持っていって貰う。

 

一週間くらい、異界で過ごす可能性がある。その間に必要とするものだ。

 

荷車は、昨日のうちに一つ予備を貰っておいた。

 

その予備の荷車である。

 

後は、あたしが調合を終えて。

 

荷車を引いて、現地に到着すればそれでいい。

 

戦術も考えてある。

 

初手の第一撃は、地面に叩き込む事になる。この装置は、雨を降らせるまで時間が掛かるのだ。

 

まずは空に、雨の元を満たさなければならないのである。

 

無言で調合を続けて。

 

時間が容赦なく過ぎていく。

 

もう、いつフィルフサの群れが動き出してもおかしくない。それがどんどんひりついた焦りに変わるが。

 

それでも、内臓を握られるようなプレッシャーに。

 

あたしは耐える。

 

最後の調合を終える。装置としては、生物の心臓みたいな形状をした金色の塊だ。それほど大きくは無く、現地にそのまま持っていく事が出来る。

 

一通りの動作確認実施。

 

更には、例の玉。オーリムから略奪した水を蓄えている玉を、内部に格納する。そして、機能を一通り表示して、動かせるかを確認。

 

大丈夫だ。いける。

 

そう判断した瞬間、あたしは崩れ落ちそうになっていた。

 

緊張が解けた。

 

クラウディアが作ってくれていた蜂蜜菓子がある。それを囓って、少しずつ脳に糖分を入れていく。

 

深呼吸しながら、必死に立ち上がろうとして。一回失敗する。

 

此処を離れると、当分トイレもいけない。

 

そう思って、トイレに行く。

 

水も飲む。

 

そして、やっと体が動くようになって。アトリエを出ると。アガーテ姉さんが待っていた。

 

「ライザ。 どうやら時間通りのようだな」

 

「アガーテ姉さん、此処をどうして」

 

「特例でな。 こんな凄い建物を、自分達だけで作ったのか」

 

「まあ……へへ」

 

アガーテ姉さんは、目を細めてアトリエを見る。

 

勿論不作法に足を踏み入れるようなこともなかった。此処は、皆の隠れ家。流石に招かれない人は足を踏み入れてはいけない。

 

子供の時とは違う秘密基地。

 

これを拠点に、どれだけの事を成し遂げたか、分からない程だ。

 

「それにしてもどうして?」

 

「レントに此処を指定された。 ライザがどうせくたばりかけだろうから、護衛をしてくれとな」

 

「すみません。 ちょっと限界近いです」

 

「そうだろうな。 だが、急ぐんだろう」

 

頷く。

 

そして、あたしは自分の頬を叩いた。気合いを入れ直す。どうにかまだ動ける。

 

アガーテ姉さんは、あたしが動けるようになるまで待ってくれた。この辺り、散々怒られた相手だけれども。優しいなと感じる。

 

現地に向け走る。走りながら話す。

 

「信号弾は上がっていない。 まだみんなは乾きの悪魔と戦っていないようですね」

 

「乾きの悪魔というのは、それほどに多いのか」

 

「百万を超えるってタオは言っていました。 もし此方に来るとなると、何もかもを蹂躙しながら生き物も地形も建物も全部平らにされます。 しかもそいつらが一度こっちに根付いてしまうと、際限なく増殖して、環境まで好きなようにされます」

 

「それでいて戦闘力も高く魔術もほとんど通じないか」

 

アガーテ姉さんの表情は険しい。

 

それはそうだ。

 

アガーテ姉さんにしても、高い魔力量を生かして、身体能力を強化している人間だ。魔力量で言うと、あたしに並ぶかも知れない。レントがまだ自分よりだいぶ強いという話をしているが。

 

それはそれくらい、基礎能力に魔術で倍率が掛かっているからである。

 

レントの方が現在戦力として計上できるのは、装備品があるからで。

 

同じ装備を渡せば、アガーテ姉さんはレントを凌ぐかもしれない。

 

ただアンペルさんに言われている。

 

ゴルドテリオンは出来るだけ存在を伏せろと。

 

この辺りの魔物相手だったら、クリミネアの装備で充分。

 

クリミネアですらこの辺りにたくさんあるのは不自然だと言う事で。

 

残念だけれど、今アガーテ姉さんにゴルドテリオンの武装を渡すわけにはいかないのである。

 

洞窟に突入。

 

もう精霊王「水」の気配はない。

 

枷を外して、行ってしまったんだな。

 

そう思って、ちょっとだけ心配になる。

 

今、精霊王達は、フィルフサ迎撃のために準備をしているはず。枷があっても、多少のハンデくらいにしかならないのだろう。

 

どうやって迎撃するつもりか。

 

それがちょっと分からない。

 

門ごと消し飛ばすつもりかもしれない。

 

もしそうなったら、門を無くすとなると……クーケン島ごと吹き飛ばすような火力を使うかもしれない。

 

あまりそうなることは、考えたくない。

 

とにかく、あたし達で奴らを食い止める。

 

それからなのだ。

 

洞窟を突破。

 

これでも健脚で鳴らしているのだ。

 

これくらいはなんでもない。

 

ただ、とにかく休憩を一切入れずの連続の行動だ。流石に頭の方が悲鳴を上げてきている。

 

周囲が歪んで見える。

 

ちょっと不安だ。

 

アガーテ姉さんが、止まれと叫ぶ。

 

あたしが足を止める。

 

どうやら、あたしがフラフラなのを見て取ったのだろう。多数の魔物が、周囲を囲んできていた。

 

イラッとくるあたしの前で、アガーテ姉さんが剣を抜く。

 

鼬が多数。その少し後方で、ラプトルがこっちを見ている。

 

いずれにしても小物ばかり。

 

大物は、フィルフサの気配を感じ取って逃げ去ったばかりである。

 

シャッと叫ぶと、鼬が一斉に襲いかかってくる。いずれもが人間大くらいの大きさはあるが。

 

相手が悪すぎる。

 

縦横無尽にアガーテ姉さんが切り伏せる。クリミネアの剣は敵を斬る度に更に鋭さを増すようで。

 

全く刃こぼれする様子もない。

 

剣を振るって血を落としながら、背後から来た相手に残像を抉らせ。

 

更には三枚に下ろしてしまう。

 

あたしは詠唱を開始。

 

それを見て、鼬が一斉にこっちに来ようとするが。

 

意識を逸らした瞬間に、アガーテ姉さんが首をまとめて刎ね飛ばしていた。

 

ラプトルの群れは、きびすを返して去って行く。

 

小物だから一目で此方の実力を理解出来なかったが。

 

逆に、理解出来れば狡猾さを発揮して。そのままさっさと逃げるくらいの知恵はあるということだ。

 

アガーテ姉さんが剣を鞘に収める。

 

勿論一発も貰っていなかった。

 

「少しは休めたか」

 

「へへ、すみません」

 

「あれがくだんの門か」

 

「はい。 正確には、その門の制御装置……聖堂と言うそうです」

 

聖堂ね。

 

アガーテ姉さんがほろ苦そうに言う。元々厳しい顔ばかりしているアガーテ姉さんだが。それでも、露骨な嫌悪を感じ取れた。

 

クーケン島の年寄りにも、怪しい神様を拝んでいるような者はいるが。それは珍しい事ではない。

 

人間は心が弱くなると、どうしてもそういうものにすがりたくなっていくそうだ。それだけではなく、酒に溺れたものなどが現実逃避としてそういった淫祠邪教にすがることもあるらしい。

 

アガーテ姉さんは、王都へ向かう途中でそういうのをみたらしく。

 

あまり良い印象を持っていないそうだ。

 

勿論素朴な信仰を持ち。それを他人に押しつけず。静かに自分の心の神殿で、信仰を大切にするのはありだろう。

 

だが、それを他者に押しつけたり。ましてや仰々しく飾り立てるのはどうなのだろう。あたしには、確かにそれがよい事だとは思えない。

 

聖堂に向かう。

 

途中の通路は何カ所か戦闘の跡が増えていたが。これは時々此方の様子を見に行っていた皆が、小物のフィルフサと交戦した結果だろう。

 

エリプス湖の中に、うっすら浮かんで見えるフィルフサの死体。

 

アガーテ姉さんは、それをみて口を引き結んでいた。

 

「水に弱いと聞いていたが……」

 

「恐らく、この足場が弱いのを見越しているんだと思います。 最悪の場合、雑魚の死体を土台にして、無理矢理湖を越えてくるつもりでしょう」

 

「恐るべき魔物だ……」

 

「とんでもなく強い蟻みたいなものらしいです。 群れ全部で一つの個体みたいな生物なので、末端が死ぬ事を何とも思っていないとか」

 

橋になっている遺跡を走り、奧へ。

 

アガーテ姉さんに、聖堂に着いたら戻ってほしいと告げる。

 

戦力外云々の話では無い。

 

あたし達が失敗したときの備えである。

 

最悪の場合には、島からみんな出ないようにしてもらう。街道などへの立ち入りは禁止と伝達してもらう。近隣集落の住民受け入れをしてもらう。

 

アガーテ姉さんにやってもらうことは、幾らでもあるのだから。

 

聖堂に到達。周りを見回す。

 

みんなの姿はない。

 

ただ、石などは前のまま。

 

此処でやられてしまった、ということは無さそうだ。もしもやられるような状況だったら、とっくに大侵攻が始まっている。

 

門がある。

 

まだ、禍々しく蠢いていた。

 

空間の穴。

 

文字通り、魔界への門だ。そしてみんながいないという事は、既に向こうにいると言うことだ。

 

「あれが……くだんの門か」

 

「必ず戻ります。 アガーテ姉さん、武運を!」

 

「ああ。 気を付けろライザ。 確かに凄まじい気配が此処まで漂っている。 やはり私も行くべきではないのか」

 

「クーケン島をお願いします。 これはアガーテ姉さんにしか頼めないことです」

 

ウラノスさんが前線にいられなくなった今。

 

島で最強の戦士は、あたし達を除くと間違いなくアガーテ姉さんだ。

 

ザムエルさんはブランクもあるし、何より指導者に向いていない。

 

年上の戦士相手にも、実力で黙らせることが出来るアガーテ姉さんは、文字通り島の至宝。

 

本来だったら、クーケン島なんかにいる人じゃあない。

 

「分かった。 ……今の発言通り、必ず戻れ」

 

「はいっ!」

 

敬礼をかわすと、アガーテ姉さんが戻っていく。

 

あの人は一人で大丈夫だ。この辺りの雑魚なんて、何匹束になっても死体の山になるだけである。

 

さて、頬をもう一度叩く。

 

気合いを入れ直す。そして、栄養剤を口にする。

 

あたしは荷車を掴むと、門の中に飛び込む。

 

瞬時に気配が変わった。既に戦闘が開始されている。門の周囲では、既にバラバラのフィルフサが散らばっていて。

 

流石にあたしも、足を止めていた。

 

「ライザ!」

 

「お待たせ!」

 

タオが、飛びついてきたフィルフサをハンマーで吹っ飛ばす。あたしも回し蹴りを叩き込んで。

 

上空から襲いかかってきた中型のフィルフサを、地平の果てまで吹っ飛ばしていた。

 

門の周囲が凄まじい有様だ。

 

竜巻のように荒れ狂うリラさん。

 

既に合流しているキロさん。

 

二人が激しく暴れ回る中、レントが必死に門に飛び込もうとするフィルフサを切り捨て。クラウディアが、接近を試みる小型個体を矢で撃ち抜いている。以前は矢が決定打にならなかったが。

 

矢の核に石を使うようになってから、しっかり攻撃が通るようになっている。小型個体も生物急所を貫かれても死なない。それでも、頭から尻まで矢で貫かれると、流石に衝撃で内側から粉々になるし。

 

なによりも、核を撃ち抜かれたのか。

 

その場で足を止めて崩れ落ちる。

 

アンペルさんが、例の空間切断を駆使して、次々にフィルフサを仕留めている。

 

そのアンペルさんをタオが護衛。

 

全身でハンマーを振るって。

 

ぶつかりながら、フィルフサの大軍を撃退し続けていた。

 

この門は、少し小高い所にあるが。

 

いずれにしても、守るにはあまり適していない地形だ。急がないといけない。

 

荷車から、装置を降ろす。

 

すぐに、作業をしなければならない。

 

「クラウディア! 打ち合わせ通りに! みんな時間を稼いで!」

 

「おうっ!」

 

「任せて!」

 

あたしは全力で詠唱を開始。

 

それを見て、フィルフサが嘲笑うようにきちきちと音を立てる。

 

魔術なんぞ通用するか。

 

そう言っているかのようだ。

 

勿論そんな事は分かりきっている。

 

誰も、フィルフサ相手に直接魔術を使うなんて言っていない。

 

詠唱完了。

 

あたしは足下に魔力を集中すると、跳ぶ。

 

そして、およそ14000に達する熱槍を出現させる。文字通り、空が真っ白になる程の光と熱だ。

 

一発ずつの威力は、昔と殆ど変わらない。一つずつが、石造りの家を吹っ飛ばす程度。

 

この数を出現させるのは難しく無いのだが。

 

問題はコントロールだ。

 

今回は、敢えて千の槍を密集させず。一斉に周囲全域へと叩き込む。

 

狙うのはフィルフサではない。その合間にある地面である。

 

「天界の鼓動、超新星の波動! 熱よ集まり、そして悪しきものを貫き崩せ! 今日の天気は、晴れのち隕石っ!」

 

ごっと、全身から魔力が噴き出す。

 

中々に快調。

 

初手から、全力でぶっ放させて貰う。

 

「打ち砕け神の星! ヘブンズっ……! クエーサーぁああああッ!」

 

空から地上に向け、多数の熱槍が叩き込まれる。

 

隕石というものが、空から降る石で。凄まじい破壊をもたらすように。

 

周囲の地面が、一斉に粉砕され。熱の海が作り出される。

 

フィルフサが嘲笑うように、だからなんだと蠢いている。そうだろう。狙ったのは、あんたたちじゃあない。

 

クラウディアが、空に向ける。矢を。

 

ぐんと踏みとどまると、背中に翼が出来る程の強力な魔力を放ちながら。クラウディアは、上空に渾身の一矢を放っていた。

 

あたしが着地すると同時に、その矢が文字通り、何もかも巻き込みながら空へと光の一筋を作る。

 

爆風が吹き荒れたのは直後。

 

激しい一矢が、何もかもを上空に巻き上げる。

 

あたしは即座に装置に飛びつくと。

 

操作を完了。

 

同時に、とんでもない量の水が、空に向けて放たれていた。

 

フィルフサが、距離を取る。

 

馬鹿な連中だ。本能に従ったんだろうが。もし今飛びつかれていたら。全力詠唱魔術をぶっ放したばかりのあたしは身動きできず、仕留められていたかも知れないのに。本能で動く生物は、生物としての経験値をそれと変えているらしいが。

 

既に遅い。

 

大量の水が、上空で大量の地面の残骸と混じり合う。一瞬で、空に真っ黒な雲が広がっていく。

 

フィルフサが、悲鳴を上げる。

 

逃げようと離れ始めるが、遅かった。

 

凄まじい雷雨が、辺りを殴り始める。あたしも、大慌てで魔術で盾を作り。アンペルさんがもっと大きな盾を作ったほどだ。

 

大粒を通り越して、雹かと思う程の雨が、辺りに群がっていたフィルフサを薙ぎ払って行く。

 

足を止めたキロさんが、ああと感動の声を上げていた。

 

ずっとなかった雨。

 

恵みの、そしてフィルフサを抑え込む切り札の雨。

 

それが今、ついに戻って来たのだ。

 

キロさんが被っていたフードが取れる。濡れるのもかまわず、キロさんは手を掲げて、空を潤んだ目で見ていた。

 

フィルフサが一度逃げ出す。見ると、雑魚フィルフサはその場で崩れ、溶けてしまっている。

 

中型以上はもがきながら逃げているが。それでも逃げるのがやっとのようだった。

 

ようやく、あたしも周囲をじっくり確認する余裕が出来てくる。

 

見渡す限り。

 

全てフィルフサだ。

 

本当に、ギリギリだった。この状況で、皆門を守り抜くべく時間を稼いでくれていたのだ。

 

あれらひしめいているフィルフサが一斉に襲いかかってきたら、どうにもならなかっただろう。

 

アガーテ姉さんのおかげで間に合った。

 

あたしは、へへと笑いながら。崩れ、逃げていく敵の先鋒を見やる。

 

だが、まだ先鋒を崩しただけだ。雨はそれほど広範囲で降っているわけでもないのである。

 

ここからが。

 

本番。

 

決戦の始まりだ。

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