暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
しかしながら敵は雨という条件であってなお圧倒的大軍を有しています。
これを崩すには、普通の戦略では不可能です。
過酷な作戦が開始されます。
序、下準備
あたしは敵の動きが止まっている間に、土砂降りの聖地グリムドルを見て回る。
既に湖が出来はじめている場所が一つ。
おぞましい紫に染まった地面からは、どんどん毒素が流出しているようで。彼方此方で骨が地面から露出していた。
或いは倒されたオーレン族のものかもしれない。
今は、弔っている暇すらなかった。
キロさんの案内を受けながら、彼方此方を見て回る。
川がごうごうと流れている。
コンパスを見る限り、この世界でも極はあるようだ。きちんとコンパスは動いてくれている。
それを頼りに、急いで地図を作って回る。
大まかな地形だけだ。
これだけ激しく水が流れていると、すぐに水害に発生する可能性も大きいのだから。
「畑の類は、ないですよね」
「ないわ。 安全な土そのものがないのだから」
「そうですよね……」
「僅かに生えている雑草や虫を食べて生きてきたわ。 蜂蜜なんて、何年ぶりに食べたのかしらね」
そうか。この世界にも、蜜を集める蜂がいた。
そして蜜があると言う事は。
安全な蜜を出す花もあったということだ。
無言で俯くと、センチな気分を追い払う。そして、周囲を順番に見て回る。
ここだ。
フィルフサの群れは、大雨と門を包囲するようにして陣形を作っている。本当に地平の果てまで埋め尽くす数だ。
将軍はまた、侵攻軍を再編しているのだろう。敵の群れは一糸乱れぬ陣形を保ったまま。
そして雨として降らせる事が出来る水には、常に限界量がある。
ただし、である。
既にこの世界からの水の吸い上げはとめている。
その時点で、今まで不自然に奪われていた水の循環が、動き始めているかも知れない。
このグリムドルから不自然に奪われていた水が、全て戻っているのだとすると。
何か、水に関する天変地異が起きてもおかしくは無い。
そもそも、以前タオに聞かされた話だが。
川というのは、実際に見えているものよりも、遙かに地下まで拡がっているものなのだという。
確かにそれはありそうだとも思う。
畑をやっていると、どうしても水まきの知識が増える。
父さんが畑と会話しているのを横目に。色々な事も一緒に学んだ。
だから、それが真実だというのは何となく分かる。
もしも、この地の地下にある水も奪われ続けていたのだとしたら。
そこに、水が戻った時。
何が起きても、不思議ではない。
見回りながら、手をかざす。
少しずつ、敵の配置を把握できてきた。
「戻ります」
「分かったわ。 敵が再編制を終えるまで、そう時間がないわよ」
「大丈夫。 ……やって見せます」
キロさんは頷く。
信頼してくれている。
隠れ家に戻ると、皆と合流。アトリエにひとっ走りして、コンテナから保存食などを補給してきてくれたクラウディアとタオと合流。
軽く、作戦について話す。
作戦そのものはシンプルだ。
アンペルさんも、呆れながらそれで良いと言ってくれた。まあ、効果があるなら作戦なんか単純な方が良いのである。
複雑な作戦を立てたところで。
それが実施できなければ意味がない。
これについては、アガーテ姉さんにも教わった事だ。
誰でも分かりやすい作戦を立てる。
作戦なんか、簡単な方が良い。
それでこそ混乱も生じないし。失敗した場合にもリカバリが効く。
それが事実という事だった。
「敵の将軍達の位置は」
「概ね掴めました。 地図だと……」
「なるほどな。 予定通り、鉄砲水になりそうな地点を避けて布陣しているな。 これは最初の将軍達と同じか」
「これから、水を散布する方向をこう変えます」
既に湖が出来ている方向は、もう水を撒かなくてもいいだろう。数日くらい雨が降らなくても、水が引く状態ではないからだ。
それに、だ。
水を出している量が同じなのに、降っている雨が少しずつ激しくなってきているように思う。
何度か地面にヘブンズクエーサーをぶち込んで、クラウディアが空に粉塵を巻き上げているのだけれども。
それを加味しても、ちょっと雨の量が多いように思うのである。
或いはだけれども。
今はもう下から見えないけれど、雨雲が無茶苦茶発達しているのかも知れない。
ドカンと雷が近くに落ちたので、あたしは首をすくめていた。
一度水をとめても良いかも知れないが。
ただそうなると、また雨が降り出すまで、時間が掛かる可能性もある。しばらくはこのままで良いだろう。
「敵は当然対応して来るが、そこでライザの作戦を実施すると」
「はい。 今度の敵も、雨で弱体化しているとは言え、将軍が数体纏まっていると見て良いでしょう。 全力で倒すべく、突貫するべきです」
「分かっている」
リラさんが、突破口は任せろと言ってくれる。
アンペルさんも頷く。
レントは、剣を無言で研いでいた。クラウディアは、服の一部を繕っている。気にしなくても、なんぼでもあたしが作るのに。
タオが挙手。
「最悪の場合の時に備えて、退路は確保しよう」
「いや、しない」
「なんで!」
「もしも敵が罠をはってくるようなら、真正面から喰い破るしかない。 それくらい、状況がまずいし、そもそも先手を敵に回したらもう終わりと考えるしかないよ」
後手に回る。その時点で此処は負けだ。
タオも少し考え込むと。敵を見て。
その圧倒的な数と、今は雨で此方が先手を取れているだけの事実に気付いたのだろう。
タオも疲れているんだ。
そう思う。
普段だったら、こんなこと。あたしが言うまでもなく気付きそうなのに。それとも、今になって臆病風が出たか。
これほど戦闘経験を積んだのに。
既に聞いている。
タオは、この戦いが終わったら、ボオスと王都に留学するという。
良い機会かも知れない。
一人暮らしをすれば成長するとか言うのは大嘘だ。子供が出来れば成長するとかいうのと同じ大嘘話だ。
そんなもの、実際間近にザムエルさんという悪例があるし。
ザムエルさんにしても、そもそも周りに迫害も同然の行動を受けたと言う事があるにしても。
それでも一人暮らしで成長するなんて話はあり得ない。
タオがすべきは、自信をつけること。
多分だけれども、今のタオだったら生半可な学者よりずっと出来る筈だ。しかも実地でこれだけ経験を積んでいる。
王都の城壁の中で、出来もしないことをああだこうだほざき合っている連中よりも、ずっとマシだろう。
タオも、頷く。
これで、戦闘の準備は整った。
あたしは、装置の操作に入る。
意図的に雨の分布をずらす行動だ。湖になっている地点は、フィルフサも突破出来ないし、陣容は薄め。
もう其処に、雨は必要ない。
ただし、湖を無理矢理乗り越えようとしてくる可能性は大いにある。
故に、それも作戦に加味する。
無言で、雨雲の動きを見る。
思ったよりもずっと雨雲の動きが鈍い。というよりも、今までなかった水を得て、無作為に大雨が拡がっている印象だ。
フィルフサがこのままだと、自暴自棄の突撃を開始する可能性もある。そうなると、将軍に仕掛けるどころではなくなるだろう。
いや、それを誘うべきか。
ただ、あまりにも雨が激しくなりすぎると、水害で何もかもが押し流されていく可能性もある。
そうなったら、フィルフサは倒せる可能性が大きいが。
この辺り全てが、水没して。
文字通り何もかもがなくなるかも知れない。
ぞっとするあたしだが、キロさんが助言してくれる。
「大丈夫。 この辺りは元々大河があって、海に水が流れていたの。 今、あの辺りがそうよ」
「まだ川としては復活していないようですね」
「数百年、様々な土砂などの堆積物が溜まったもの。 恐らく、フィルフサも川の地形を見て、意図的に地形を弄っていたのでしょうね」
「思った以上に頭が回るんですねフィルフサ……」
キロさんが寂しそうに笑う。
フィルフサは水を苦手としているから。とにかく水を避ける本能を徹底的に発達させているというわけだ。
図体がでかいだけの生物なんて、自然ではただの的。
それもオーレン族がいるこの世界ではなおさらだろう。
故に本能で、水を防ぐあらゆる知識を身に付けていると。生物として、当たり前の事ではあるが。
手をかざしてみていると、雨雲がようやく更に拡大し始める。
思った以上に湖方面の雨雲が弱まるのが弱いが。
浸透圧だとかいうやつの影響だろうか。
更に雨脚が強くなり、彼方此方で稲妻も落ちている。そんななか、フィルフサが行動を開始する。
小型のフィルフサを傘にするように、中型以上のフィルフサが背負い始めたのである。
強行突破の構えだ。それも、想定通り、湖とは逆方向に戦力を集め始めた。
当たり前の行動だが。
貰った。
これを、待っていたのだ。
フィルフサが真社会性だとかいうものを持つ生物であることは、もう分かっている。
全体のために、個を犠牲にすることを何とも思わない生物と言う事だ。
自己犠牲精神云々の話では無い。
全体として一つの生物なのだ。
だから、こういう行動を取る。それを予想できていた。
だからこそ、あたしは準備をしていたのである。わざわざ、隙まで作って、だ。
ロックを解除。
同時に、湖の堰が一気に崩れる。
爆弾を仕込んでおいたのだ。それも爆裂に特化したローゼフラムを八発も。
その結果、一気に湖になっていた部分の堰が崩れ、フィルフサの群れに襲いかかる。突撃の態勢を取っていたフィルフサは。小物のフィルフサを傘代わりに背負っている事もある。
文字通り、身動きできず、対応できず。
押し流されていく。
あたし達は、その時既に濁流の上流へ。
この濁流で、将軍が流されているようだったらよし。
流されていないようだったら、その時仕留めてしまう。将軍が見えた。多数の小型フィルフサを傘にして。
一匹が飛んで。
一匹を抱えている。
間違いない、あいつだ。
「将軍発見!」
「門は私が守るわ。 皆、突撃して」
「分かった! ライザ、道を開く! 頼むぜ!」
「うん!」
レントが真っ先に突撃。ふっと笑うと、リラさんもそれに続いた。
混乱するフィルフサ。至近に雷が落ちるが、怖れて何ていられない。そのままあたしも、皆と一緒に突撃する。
反撃を試みてくるフィルフサもいるが。
泥に足を取られ。
それ自体が、体を傷つける事につながる。濁流に突っ込んだフィルフサは更に悲惨で、中型以上のものも流され、溶けて行く。
水に弱いというのが、本当なのだと一目で分かる。
哀れな程悲惨な壊滅を、信じられないような数のフィルフサが遂げていく。
鉄砲水はイカや蛸のように、彼方此方に手足を拡げて拡がっていく。その合間にフィルフサが逃げ込もうとするが。
あたしが次々に爆弾を投擲。
作戦開始前に、栄養剤を飲み下しながら、コアクリスタルを使って増やしておいたのだ。
そのまま次々投擲される爆弾が、大雨で弱っているフィルフサを次々爆破していく。どんだけ魔力に強かろうが、これではどうしようもない。
更に踏みとどまろうとするフィルフサも、レントとリラさんが片っ端から叩き潰し。クラウディアが撃ち抜き。タオがハンマーで吹き飛ばす。
水に気を付けて。
あたしは叫びながら、アンペルさんが空間切断を連射するのを横目に、詠唱を開始。
フィルフサの将軍が、こっちに気付く。
この距離。爆弾が届くことはないが。それでも、高度を下げ始める。想定通りの行動だ。
全て正しい行動ではあるのだが。
それが、何もかも裏目に出る。
あたしは爆弾を投擲すると、ごくごく弱くした熱槍……しかも氷の方を放つ。これは単に、推進力として使うためだ。
槍は爆弾をつけたまま勢いよくすっ飛んでいき、フィルフサ将軍の上に出ると。
其処で、爆裂していた。
文字通り地面に叩き落とされるフィルフサ将軍。更に群れの混乱が波及していく。あたしは突貫して、敵を片っ端から蹴り砕きながら更に前進。
敵の将軍とその護衛は滅茶苦茶だ。
今の落下で、一体が潰れ。護衛の大型は、リラさんとレントが抑え込んでいる。大きなフィルフサだが、猛毒に等しい雨に濡れ続けて動きが鈍い。レントの大剣が、小山のような巨体に食い込んで、切り裂いている。
コアが見えた瞬間、クラウディアが撃ち抜く。
凄まじい断末魔が周囲の雨粒を吹き飛ばすようだ。
あたしは突貫。
見えてきたフィルフサの将軍に、文字通り躍りかかっていた。
二時間ほどの戦闘で、一旦後退する。
フィルフサの将軍六体を撃破。
これで先の戦いに加えて、十二体を葬った。本格的な交戦開始前に六十体以上いたフィルフサの将軍だが、それでも二割がいなくなった。
その上、見ていて良く分かる。
フィルフサの群れが、離散していく。
右往左往しながら水に流される奴はまだ良い方。それどころか、雨にその場で立ち尽くしたまま溶けてしまう奴もいる。
鉄砲水に気を付けながら、キロさんの洞窟まで一度後退。
後方でキロさんも戦闘していたようだが、散発的だったようで。殆ど怪我もしていなかった。
周囲は、真夜中のように暗い。
キロさんの話によると、今は昼の筈。
そうなってくると、本当に今まで水を奪われていたこの辺りが。水を得て、荒れ狂っているということなのだろう。
文字通りの、原初の荒神の姿だ。
古代に信仰を集めた自然の力というのは、こういうものなんだろうな。
あたしはそう思って。
それを引き起こした水に、改めて敬意を抱く。
あたしの装置とか、空に土煙を巻き上げる行動なんて、些細なことだ。
水。
その存在が。
これだけの大規模な自然現象を引き起こしている主体。
それを勘違いしたから、古代クリント王国の錬金術師達は、どうしようもない存在になったのだろう。
洞窟で、一息つく。
辛そうにしているクラウディアに告げる。
「敵は再編制どころじゃないはず。 今のうちに休んでくる?」
「いや、ここで勝負を付けるわ。 トイレとかも平気」
「そう。 分かった。 あたしはちょっとトイレ借りる。 使ったら言って。 あたしが熱魔術で綺麗にしておくから」
「はは、ちょっとそれはなんというか、恥ずかしいな」
レントまでそういうか。
まあ、あたしもちょっと野性的になりすぎているかも知れない。
風呂に入れないのはちょっと辛いが。
リラさんに言われている。
野外では風呂なんか、一月も入れないことだってよくある。
そういうときに備えておけと。
クラウディアも言っていたっけ。
まずしい地域になると、別にそんな大した技量もない魔術の使い手がすごく偉そうにしていて。貧しくて力が出無い人は湯を沸かすことも、水を汲んでくることも出来ないって。本来は習うことを習えず、出せる魔力も出せないからだ。
そういう地域では、風呂どころではなく。
危険な川などで水浴びをするしかなく。
女性や子供はそれで魔物や、それにならず者に襲われたり。それどころか、最悪攫われたりしてしまうことまであるとか。
クーケン島は、まだましなんだ。
そう思いながら、トイレから戻る。そして、栄養剤を口に入れる。
敵の戦力は、これで二割減った。
そして乾燥していない以上、「蝕みの女王」だろうがなんだろうが、手下を増やす事は出来ないはずだ。
そもそもこの地域に移動してきたのも、他のフィルフサの群れと占領地を分け合うためなのか、それとも新天地を求めてなのか。
どっちにしても、フィルフサはどんどん新天地を求めて移動して行く生物のようだ。
新天地をあたしたちの世界に定めた以上。
簡単にあきらめはしないだろう。
それに二割を失った所で、まだ以前この地で大侵攻を引き起こした群れよりも、ずっと強大な筈。
戦いは、まだこれからだと言えた。
交代で休憩を取る。クラウディアが見張りに立つと真っ先に言ったので、驚く。先の戦いでも、狙撃に徹して奮戦してくれていたのに。
好意は有り難く受け取る。
まだまだ、敵が圧倒的有利。
人間の戦いだったら、二割も失ったら負け確定だろうが。
相手は人間では無く真社会性生物。
頭を潰さない限り、滅びる事はないのだから。