暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
ライザの超火力を余裕を持って耐え抜いた怪物
雨で弱体化してなお偉容を誇るその将軍は
己の責務を果たすべく立ちはだかります。
そこには、他のフィルフサと違う誇りが確かにあったのでした。例え他の生物全てと相容れないとしても。
地面に向けて、総力で貫く。
全力での魔術に続けての、全力での体術。総力での攻撃で弱らせてからの、とどめの一撃。
教本にあるような戦術の展開だが。
それでも、あたしはし損ねたかと、一瞬焦った。
地面を蹴り砕いて、そして飛び離れる。将軍が、回転を止め。竿立ちしていた。そして、どうと倒れる。
呼吸を整える。
手応えは、あったにはあった。
魔力の核は幾つも見てきた。フィルフサの体内にあるそれを砕けば倒せる。それは分かっていた。
アンペルさんは、それで幾体もの、本来は魔術で倒せないフィルフサを倒して来ているし。
あたしだって、それは同じ。
フィルフサとの戦闘の過程で、幾体のフィルフサの核を蹴り砕いた。
だが、だからこそにどうにもおかしいと感じたのである。
「倒したのか?」
「いや、様子がおかしいよ。 距離を取って!」
「分かった!」
レントの言葉にあたしが応じる。戦闘指揮は任されている。それに誰かが異議を唱えたことはない。
あたしの戦闘における勘は、魔力に裏打ちされたものだ。錬金術師としては才覚をアンペルさんが褒めてくれることはあっても、頂点だなんてあたしは思っていない。魔術師としてもそれは同じだが。
多分あたしは、魔術師の方が頂点に近いと思う。
膨大な魔力が告げてきている。
まだ終わりではないと言っているのだ。
皆、距離を取る。
あたしも、栄養剤を飲み下す。
死んだ虫のようにひっくり返っている将軍が、不意に立ち上がる。人間のように、二足でだ。
「なんだと!」
「……」
二足は。元々生物として、それほど優れた体型ではない。
人間のように手を使ったり。ラプトルや大型の陸上鳥などのように二足だけで走る生物もいるが。
やっぱり多足で地面についている方が力が基本的に強い。
生物として安定しているからだ。力比べをしてみれば分かるが、人間よりずっと小さい四足獣の方が、遙かに力が強いのだ。魔術で強化してようやく勝負出来る。無論四足獣もその辺りは理解しているから、当然自身を魔力で強化しに来る。
いずれにしても、武器を使うわけでもないのに、二足になる利点はない。
それが、どうして二足で立ち上がり直す。
その答えは、すぐに分かった。
将軍の全身が分離する。
文字通りの粉々に砕けると、それぞれがヒュンヒュンと音を立てて、胴体部分の周りを飛び始める。
胴体部分は浮いている。
そもそも胴体には大穴を空けてやった。
それに確かに核は打ち砕いた。それでも、凄まじい魔力を感じる。これは、どういうことか。
レントが、避けろと叫ぶ。
自らも、剣で一撃を弾いた。
とんでもない速度で、全身を打ち出し始める将軍。あたしも、掠めた一撃で、脇腹が熱くなる。
周囲の地面が次々に爆散する。
これは、まずい。急いで何とかしないと、抉り殺される。
肩に痛み。続いて膝に。激しい攻撃。見ると、将軍はバラバラになった全身を、容赦なく射出してきている。
これは、どう考えても死ぬはずだ。
それなのに死んでいないのは、どういうことだ。
フィルフサは、やはり。
生物とは、何かが決定的に違うのか。
駄目だ、体中に軽くはない手傷を受けている。酷い痛み。戦いの最中で、痛みがやわらいでいる筈なのに。
ずしりと、重い一撃。
多分、肋骨を擦った。ぐっと呻きながら、必死に考える。どうすればいい。こんな飽和攻撃、耐えるなら。
必死にコアクリスタルから爆弾を生じさせ、中空に投じる。
その爆弾を集中的に狙ってくる将軍フィルフサ。
だが、それが狙い。
一瞬だけでも、猶予が出来る。顔を上げて、相手を観察。なんてことだ。核すらも相手には残っていない。
やっぱり貫いたときに、砕いたのだ。
だったらどうして、あの将軍は動いているのか。
ギンと鋭い音がして、将軍の頭に突き刺さっていた剣の残骸が外れて、地面に突き刺さる。
もはや全身全てを射出し尽くした将軍の体が、地面に落ちたのは、その次の瞬間だった。
呼吸を整える。
いつの間にか、攻撃はやんでいた。
膝から崩れ落ちる。
これほどの殺意。久々に感じた。絶対に殺してやるという、凄まじい怨念と執念の塊だった。
いや、違う。
これは、あたしが向けた感情が、そのまま帰ってきたのだ。
人間は鏡を見るということをしない。勿論化粧だののために鏡は見るが、それ以上でも以下でもない。
自分の事を見て、反省するとか。
良くないところを改めるとか。
そういう事はほぼ絶対にしない。
他人にはそう言ったことを強要する輩ほどしない。そもそも、それを相手を屈服させるための方便として使う事が多いくらいだ。
それはあたしも分かっている。だから、悪しき連中と同じにならないように、自省は常にするようにしていたが。
だから気付けたとも言えた。
呼吸を整えながら、周囲を見る。
どうして、将軍フィルフサが動いたのかは分からない。兎に角、薬だ。取りだすと、傷口に塗りこむ。
まずは動けるようにならないと。
リラさんが、荷車に這っていって辿りついていて。薬を使って傷を治し始めていた。
血を吐き捨てる。
やっと、それで大声を出せるようになっていた。
「手ぇ上げて! 致命傷、受けてない!?」
「……」
クラウディアが、手を弱々しく上げる。
タオも。
レントは、苦笑いしながら、傷だらけの手を上げた。ちょっとまずい。あれ、動脈をやられてる。
アンペルさんは、空間切断の魔術を防御に使って。どうにか今の猛攻をやり過ごしたようだった。
錬金術の薬は即効性だ。
文字通り傷が溶けるように消える。
クーケン島の人間ですら、この凄まじい薬効を見て。あのつるし上げが起きた頃には、何割かの人間があたし達の方に着いたくらいだ。実際に、それで助かった人は、エドワード先生の医院で何人も見たくらいなのだから。
レントの傷口に、薬を塗り込む。
「うぎっ……! い、いてえっ」
「本当だったらエドワード先生の所に行くべきだろうけど!」
傷口を縛って、薬で一瞬で止血する。増血剤も持ってきてある。意識がもうろうとしているレントに無理矢理に飲ませる。
クラウディアは、ボロボロになって気絶している。さっき手を上げたのが、最後の気力を振り絞った行動だったのだろう。
薬を塗り込んでいく。
タオは、伏せていたこともあって軽傷だが、足の方で動脈スレスレの傷を幾つか受けている。
下手に動かすべきじゃない。
薬を、コアクリスタルから無理矢理に取りだす。
リラさんは、もう回復を済ませたようだ。流石というか。でも、リラさんの場合、無理をしてでも平気で動きそうで怖い。
いずれにしても、はっきりしたことがある。
しばらく休憩しないと、動くのは自殺行為だ。
女王が此処で仕掛けて来たり、逃げ出したりしたら。それこそ打つ手がない。あの将軍、命がけで自分達の勝機を作ったのだ。
いや、そもそも本当に勝ったのか。
倒しきったのか。
彼方此方に散らばっている、将軍の破片を見る。これが、高速で飛んできてあたしや、みんなを抉った。
死んでいるはずの将軍から射出されて、だ。
どういう仕組みだ。
ひょっとしてだが、核はフィルフサの命ではないのか。あれは動力源に過ぎず、他の何かしらの命があるのだろうか。
だが、今まで戦って来て。核を貫けば、フィルフサは死んだ。
それに違いはない。
タオの手当てを続ける。ざっくり抉られている傷がとにかく痛々しい。一部、骨まで見えていた。
気絶しかけていたタオをどうにか治療し終えると、魔力を無理矢理絞ってコアクリスタルから回復薬を作り出す。
一気に魔力を失って、うっとあたしも呻く。
呼吸が乱れて、視界が不安定になるが。
それでも、どうにか顔を上げると、クラウディアの治療に入る。
本来だったら一生ものだった傷が幾つもある。だが、何となく分かる。矢を連射して、致命傷になる傷を幾つも防ぎ抜いたのだ。
もう、クラウディアは射手として。音魔術の使い手としても。
どこでもやっていける。
それは、確実だった。
あたしは冷や汗を拭いながら、傷の手当てをする。レントは容態がもう落ち着いている。リラさんが、皆を横にしながら、散らばっているフィルフサの殻を水場に放り込んで捨てていた。
一つだけ、殻を貰っておく。
ひょっとしてだけれども。
これが何かしらの役に立つかも知れない。
少なくとも、これからあたしは当面クーケン島に残る。異界に戻した水の調整とか、研究とかもしなければならない。
また、異界への門を管理して。ろくでもない連中が入り込むのを防がなければならないだろう。
何より、またフィルフサによる大侵攻が起きるのを防ぐ必要がある。
そのためには、キロさんと連携して。
この土地の回復を手伝わなければならない。
或いは、オーレン族が戻ってくるかもしれない。その時に、話をして連携をしておかなければならないだろう。
「全員、死は免れたな」
「リラさんは大丈夫ですか」
「私はこの程度の修羅場、何度でも潜ってきている。 ただ、倒したフィルフサがここまで動くのは初めて見たが……」
「リラさんでもですか」
昆虫なんかは、殺しても動く事は結構ある。
これは生物として単純な構造をしているから、という話は聞く。頭を落としても体をちぎっても、しばらく動いている事はある。
もっと凄いのは百足で。
体を半分にしても、一週間くらいは平気で動いていたりする。
フィルフサは、恐らく多数の生物の強みを取り込んでいると思われるけれど。中身はがらんどうだ。
虫ですら、もう少し中には色々と入っていると思うくらいには。
やはりこの生物は、もっと調査する必要があると思う。
勿論、増えたりしないように、細心の注意を払いながら、だが。
フィルフサ将軍の欠片を油紙で包んだ後、持ってきてある水に突っ込んでおく。これでもしもまだこの欠片が生きていても、勝手に動くことは出来ないだろう。
辺りの欠片は、雨に濡れて急速に柔らかくなっているようだ。
これらは、放っておけば完全に溶けてなくなる。
あたしは岩に背中を預けると、大きな溜息をついていた。
自分の手を見ると、血と泥で激しく汚れていた。
苦笑いすると、休憩を出来るだけする。
今のうちに休まないと、どうにもならない。それは、リラさんに戦士として劣っているあたしでも、嫌と言うほど分かる事だった。
古代クリント王国の連中が作り出したらしい施設から放たれている気配は、弱まる様子もない。
つまり王種、「蝕みの女王」はそこから動くつもりはないということだ。
仕掛けて来る気も、逃げる気も。
人間だったら、血統だけでボンクラがトップについたりする事はある。そんな器ではなくても、金があるだけで周囲から持ち上げられることもある。
だが、こういった真社会性生物は違う筈だ。
いや、違うと思い込んでいたか。
あの将軍は強かった。
今まで戦ったどの将軍よりも、確実に上の実力だった。長雨でダメージが蓄積していなければ、万が一だって勝てなかっただろう。
その将軍が、命を捨てて作ってくれた勝機をなんでドブに捨てた。
あたし達なら、確実に倒せるという驕りか。
それとも、何も考えていないのか。
ただのアホなのか。
それはちょっと何とも言えない。
意識を取り戻した皆に、まずは食事をと頼む。それに、あたしが見逃している傷もあるかも知れない。
痛い場所はないかも、聞いておく。
案の定、細かい手傷はまだまだ見逃しがあった。薬を増やしておいて良かっただろう。あたし自身も、そうして手当てしている間に、ざっくり切られている場所に気付いたりして。
薬を塗り込んで、治したりした。
レントなんて、指がぶらんぶらんになったりしていたが。それでも短時間で回復する。
これは、バカが使ったら確かに万能感を拗らせるかも知れない。
そう思いながら、あたしは冷や汗を何度も拭った。
「よし、大丈夫だ。 もう痛いところはないぜ」
「歩いて見て。 それで気付いたりするかも知れない」
「分かった。 少し動いてみて、おかしいところがあったら言う」
「頼むよ」
「蝕みの女王」との戦闘で、レントはタンクとしてもっとも大事な存在になる。だからというのも当然あるが。
それ以上に、ずっと苦楽を共にした仲間だからと言うのもある。
クラウディアもタオも、とりあえず動いて貰う。
クラウディアが眉をひそめた。やっぱり、動いてみると傷が残っているのに気付くのだろう。
今まで痛みで気絶同然の状態だったから、分からなかった傷もあったということだ。それも結構えぐい奴が、である。
リラさんには、増血剤を渡しておく。
オーレン族に傷薬も、他の人間に効果的な薬も効くことは分かっている。
リラさんも頷くと、薬を一気に飲み干してくれた。
錬金術の産物なんて、見るのも嫌と言ってもおかしくないのに。リラさんはあたしを信用してくれていると言う事だ。
有り難い話である。
アンペルさんが、軽く体を動かして、大丈夫だと頷いて見せる。
食事を始める。
雨の中だから、どうしても暖かいご飯をとはいかない。
持ち込んでいる干し肉を、あたしが炙って皆に渡す。熱魔術はあたしが得意だし、この程度の消耗なら平気だ。
みんなで肉に舌鼓をうつが。
ワイバーン肉はこれで在庫が尽きた。
結構あったのに、六人で食べると在庫が尽きるのも早いもんだな。そう思って、あたしは苦笑していた。
「よし、皆大丈夫だな。 食事が終わり次第、彼方で休息する」
「はい!」
リラさんが指定したのは、「蝕みの女王」が潜んでいるらしい施設が見える岩陰だ。近くを水がまだ流れているのが気になるが、それでも敵の奇襲を察知できる方が利点が大きいと言える。
傷は塞いだが、これはちょっと、休憩を入れないとまともに戦えない。
それに薬だってもっとたくさんいる。
今の内に薬は増やしておく。
将軍であの実力だったのだ。
あれが恐らく、最強の将軍だったとしてもである。
しばらく、無心に休む。トイレはもう、こう言うときは野宿でするしかないが。幸い、それほど時間も経過していない。
戦闘時に困るほどの排泄欲はなかった。
仮眠を交代で取る。
敵の目の前でということで、タオはとても眠れそうにないとぼやいたが。それでも、実際に横になるとすぐに意識が飛んだ。
まあ、分からないでもない。
二交代で休憩をして、そしてなんとか戦闘出来る態勢を整える。あたしは、魔力全回復とまではいかないが。
それでも、どうにか戦える。
爆弾も、相応に増やしておいた。
これで、後は戦うだけだ。
これ以上、時間を費やすわけにはいかない。どうしてか「蝕みの女王」は動かなかったが。
何かしら理由がある可能性がある。
もたついていると、相手が動かなかった何かしらのトラブルだのを、フイにする可能性が高い。
だから、仕掛ける。
もう、敵には、あの将軍ほどの護衛はいない筈だ。
皆で、頷く。
出かける前に、号令は掛けた。だから、これ以上ああだこうだの言葉はいらない。
後は、皆で戦い。
そして勝ち。
「蝕みの女王」の首を叩き落として。
凱歌とともに、帰るだけだった。