暗黒錬金術師伝説9 暗黒!ライザのアトリエ 作:dwwyakata@2024
あの誇り高い将軍が守ろうとした王は。
それに相応しい存在ではありませんでした……
恐ろしい程、ひんやりした場所だった。雨に晒されているという事もあるのだろうが。それにしても。
この石造りの建物、なんというか。
あたしは周囲を見回して、どうしても嫌な気配を感じる。クラウディアが、先に気付いていた。
「ライザ……」
「大丈夫。 後で葬ろう」
「うん……」
クラウディアが悲しそうにする。
まあ、それもそうだろうな。あたしも、これはとても悲しいと思う。
明らかに粗末な服を着た人間の死体。それも、骸骨ではなく、死蝋という奴だ。
此処で働かされた奴隷達の末路だ。
半分に切られたり、踏みつぶされたりして。彼方此方に散らばっている。死体は腐る事すらなかったのだろう。
フィルフサによって、蹂躙されたこの土地は。
おそらくものを腐らせる仕組みすら失ったのだ。
それに、ここは石造りの建物の中。
環境が安定しているから、腐らなかったという事もあるのだろう。
建物の中はそれほど大きな造りではない。
フィルフサも、もう潜んでいる様子はない。
彼方此方に、研究施設らしいものがある。殆どは徹底的に破壊されているようだが。書物もあるようだ。
後で回収して、調べておく必要がある。
内容次第では、そのまま焼き捨ててしまうべきだろう。
錬金術に使う釜。
やはり、古代クリント王国の錬金術師どもは。ここにいたのだ。フィルフサを従えられると考えて。
もくろみが外れて、奴隷を残して逃げたというわけだ。
救いようがないゴミクズ共だ。彼方此方でまとめてフィルフサに踏みにじられたのは当然。
だが、勿論生き残りもいたのだろう。
そいつらが、ロテスヴァッサに技術を伝えて、アンペルさんを。
いや、今は雑念を払え。
信じられないほどの強敵が、この先にいるのだから。
開けた場所に出る。
大きな広場だ。何に使う場所だったのかは分からない。分かっているのは、壁はなく、天井もなく。
空が見えると言うことだ。
辺りは驚くほど清潔で、雨水に濡れている以外汚れはない。
なるほど、分かった。此処が女王の座というわけだ。
水の供給を断ったからか。
それとも、今までの鬱憤をオーリムの空が晴らし終わったからだろうか。
まだ雨は止んでいないものの、一部で雲が晴れ。
晴れ間から、虹が見え始めている。
空の色も、心なしか変わったようだ。空までも紫色になっていたのに。今では、だいぶ紫色が薄まり、青に変わり始めている。
だが、そんな美しい虹を背に。
巨大な影が姿を見せる。
それは、着地する。あたし達は、無言で周囲に展開して。それに対して、陣形を即座に組んでいた。
間違いない。
「一対の鎌。 間違いない。 こいつだ。 こいつこそ、王種「蝕みの女王」……」
リラさんが呻く。
あの怖い者知らずのリラさんが、声に畏怖を含ませている。
それはそうだろう。分かる。
此奴から放たれる威圧感、尋常じゃない。さっきの将軍ですら、此奴に比べれば子供みたいなものだ。
なるほど、どうして逃げなかったのかよく分かった。
此奴にとって、人間なんて、オーレン族も含めて敵になった事が一度もなかったのだろう。
いや、それどころか。
多分だが、此奴が今まで交戦した相手に、「敵」が存在しなかったのかも知れなかった。
「蝕みの女王」の全身は薄黒い装甲に覆われていて。
一対の鎌は蟷螂に似ている。
全身は将軍を何周りも大きくしたような形状であるが、それでいながら二対の足は太く。
今の高機動を実現したのもよく分かる。
それ以上に、この装甲の分厚さ。
見ているだけで分かる。
これは、ただでさえ魔術なんて効かないフィルフサなのに。もう、魔術ではどうにもならないだろう。
これをどうして制御出来ると思ったのか。
古代クリント王国の錬金術師どもは、本当に才能はあったかもしれないが、根本的にバカだったんだな。
そうとしか、いいようがない。
或いはこの土地にいた、前の大侵攻を引き起こした王種は、こいつよりもずっと弱かったのかも知れないが。
それでも、このプレッシャー。
やはり、今までまったく感じたことがないもの。あの精霊王達ですら、及ぶかどうかである。
「こいつはとんでもねえ……。 まだガキだった頃、キレた親父に感じたプレッシャーよりやべえな」
「ああ、分かる。 最初にアガーテ姉さんが戦ってるのを見た時に感じた恐怖と似てる」
「私も……いろんな所でいろんな魔物みてきたけど、こんなに危ない気配は始めて感じるよ」
「ふっ。 どうやら私が今まで倒してきたフィルフサは、雑魚も良い所だったらしい。 王種がこれほどの怪物であったとはな……」
アンペルさんまで、そんなことを言う。
あたしは、前に出る。
威嚇するように、鋭い声を上げる蝕みの女王。
いや、違う。
威嚇なんて、此奴がする必要はない。体の何かの機構を、動かして音がしただけだろう。
杖を向ける。
相手は魔物とは言え、その王に限りなく近い存在。そして血統だので地位に就く人間の王族と違い。
その圧倒的戦闘力で王になっている存在だ。
女王と呼ばれているが、多分此奴に性別なんて存在していないだろう。
だからこそ、あたしは。
この猛き女王に、最大限の無礼を働く事にする。
「蝕みの女王。 あなたの首級、いただくよ」
「ライザ……!」
「みんな、今のプレッシャー、思い出して。 少なくとも、理解出来る範囲にある! だったら、それは今のあたしたちだったらどうにかできるってことだよ! 昔の自分と、今のあたしたちは違う! 人間は殆どの場合、変わる事なんてできやしない! でも、あたしたちは、他の人の人生の何十倍もこの一夏で経験した! だったら、もう昔のあたし達と同じじゃない!」
事実、あたしは恐怖なんて感じていない。
目の前にいるのは、今までのフィルフサの延長線上にあるだけの怪物だ。
そんなもの、おそれる理由がない。
皆、しばし黙り込んでいたが。
レントが、ふっと笑っていた。
「そうだな! よし、いっちょやってやる! どんな攻撃だって、このゴルドテリオンの大剣で受けきってやる!」
「頼もしくなったものだ。 あの右も左も分からなかった子供が。 だが、それでいい。 私も多少は頼りにさせて貰うぞ!」
レントとリラさんが、それぞれ構える。
クラウディアが弓をぎゅっと引いた。
アンペルさんが、魔術発動の構えを取る。
「勝たせて貰います、蝕みの女王! 貴方に恨みはないし、貴方はただ生物として生きているだけの存在だって分かっているけれど! それでも、貴方がいるだけで、なにもかもが終わってしまうから!」
「私も、全てを捨てたつもりだったが、まだまだそうでもなかったらしい。 同じく、勝たせて貰う!」
タオが、大きな溜息をついた。
そして、渡しておいた切り札を背負う。
「もう、怖いけど、みんなやるきなんじゃあやるしかないじゃないか。 援護しかできないけど、頼むよ!」
口上はそれで終わりか。
そう言わんばかりに、蝕みの女王が鎌を振り上げる。
戦いが、始まった。
キロは、門の側で周囲を警戒しながら、悟る。
始まった。
霊祈の氏族は、オーレン族の中でも中核に近い氏族であり、今まで多数の情報を集めてきた。
だから、フィルフサの危険性も。
王種が殆ど倒されたことがないことも知っていた。
今、王種と人間の。良き錬金術師との。始めてキロが見た、まともな錬金術師との。フィルフサとの戦いが始まった。
キロは、それを見届けなければならない。
誰かが、どんな結果になっても。後始末をしなければいけないからだ。
最悪の場合は、この聖地を去る必要だってあるだろう。
それでも、かまわない。
もう霊祈の氏族は滅んだのも同然。
最後の一人がいなくなろうと、関係無い。
それに、王種「蝕みの女王」が如何に強大でも。あの六人が、負けるとはどうしてか思えないのだ。
ふっと笑うと、キロは自身の住み着いてきた洞窟に戻る。
そして、野草をチェックする。
汚染されてきたこの土地で、必死に守り抜いてきた野草だ。この野草たちも、日が当たらない洞窟の中で、よく頑張ってくれた。
雨は上がり始めている。
完全に汚染された土壌は流された。最初にやらなければならないのは、土作りだ。
それから、少しずつこの聖地グリムドルに水を戻して。
そしてフィルフサがまた来ても、押し返せるように準備を整えていかなければならない。
まずは、地図を作り直すことから、だろうか。
幾つもやらなければならない事がある。
ほんの少し前までは、戦う事しかやる事がなかった。
この土地で我が物顔に増え続けるフィルフサを前に、死に場所をどうするかしか考えていなかった。
それなのに、今は幾つもやりたいこと。
やるべきこと。
たくさんある。
それだけで、どれほど幸せだろうか。
ふと、あのボオスという子供のことを思い出す。
あの子供も、オーレン族とは寿命が違っている。多分次に会うときは、きっと老いてしまっているだろう。
いや、そもそもあの子供の子孫と会うことになるかもしれない。
そう考えて、ふっとまた笑みが零れた。
あのライザという良き錬金術師が来てから、時間の流れが加速している。それは確実な事だ。
だから、そうならないかも知れないな。
キロは。そんな事を考えていた。
同胞達と一緒に指揮所にした廃屋で観測を開始する。クーケン島の一角にあるこの廃屋には、誰も基本的に入らない。
バレンツ商会の秘書としてクーケン島を周りながら、そう言ったことは全て調べ上げておいた。
今は、それを活用し。
何名かの同胞とともに、監視活動をしていた。
王種との戦闘は、フロディア達同胞でも決死の作戦となる。今までに何度も大侵攻を食い止めてきたが。
多くの同胞がそれで倒れてきた。
人間ではなかろうと関係無い。それほど、フィルフサの王種は危険な存在なのだ。
ましてや錬金術師どもは、フィルフサを資源としか見なしてこなかった。古代クリント王国の連中が失敗して以降も。
その僅かな残党は、そう考え続けて来たし。
ロテスヴァッサに其奴らが潜り込んだ後も如何にオーリムから資源を奪い取るかという事を真剣に話し合い。
それどころか、各自の分配まで話し合う始末だった。
出来もしないことをピーチクパーチク。主が殲滅を判断したのも、まあ当然だったのだろう。
殲滅を実行したのはコマンダーであるパミラだが。
それで、古代クリント王国からまだ細々と続いていた錬金術師どもは絶えた。
皮肉な話だ。
今、それとは関係無く天才が生じて。
同胞達でも手を焼くフィルフサ王種と、それも最も危険とされる一体である「蝕みの女王」とやりあっている。
その錬金術師は、世にも珍しい良き錬金術師で。
その実力は、文字通り驚天のものなのだから。
コマンダーが来る。同胞達が、みな敬礼するが。機器を弄っているフロディアはしない。こう言うときは、機器の操作を優先するように。同胞でもルールが決まっている。来たのがコマンダーでも関係はない。
「戦闘はどうなっているかしら-?」
「いい勝負をしていますね。 もっともまだ「蝕みの女王」は本気ではないようですが」
「本来はオーレン族の手練れ十人でも勝てるか怪しい相手よー。 それ相手に、六人でいい勝負が出来ているなら、どうやら本物と判断して良さそうねー」
「如何しますか」
判断を仰ぐ。
いっそ、共同作戦で、あの蝕みの女王を仕留めるか。
それとも、蝕みの女王とあのライザ達の勝負がついた後、弱り切った勝者を攻撃して仕留めるか。
だが、コマンダーは首を横に振る。
「あの子は観察を続けるように、と指示をして来たわ」
「主が」
「そう。 分かった? そういうこと」
「……分かりました」
悔しいが、主の言葉には絶対に従う。
コマンダーはまだ不満をこぼせるが、主は違う。主は同胞にとっての創造主。
人間との混血以外で同胞を増やすのは、主にしか出来ない事なのだ。
まあいい。
いずれにしても、最悪の場合は各個撃破するしかない。
同胞は命を惜しまない。
主が指示したことだったら何でもする。主は理不尽な命令を下さない。それは、ずっと昔からそうだった。
主はこの世界のために目覚めた。
錬金術師は危険な存在だと判断したのは、正しかったことが分かっている。勿論例外の可能性も主は探ってきた。
あのライザがそうなのかも知れない。だが、ライザが本当に例外なのかどうかは、まだわからない。
いずれにしても、主が決めたのなら従うだけ。
燻る不満はあるが、それはコマンダーに言われたからだろう。
今は、ただ。
その判断が正しいと、信じるしかなかった。
鎌が降り下ろされる。
レントが受け止めて、弾き返すが。立て続けに攻撃が来る。
見える。
ゴルドテリオンの大剣が、立て続けの攻撃で明らかに傷ついている。対して女王の鎌は、殆ど傷もついていない。
フィルフサが非常識な存在なのは分かりきっていたが。
あのゴルドテリオンを越える強度を持つのか甲殻は。
信じられない話だ。
しかも、今は雨が続いた結果、ずっとあの女王の装甲は普段より脆くなっている筈である。
それであの有様と言う事は。
本来だったら、勝ち目なんてなかったのか。
あたしは走り回りながら、爆弾を投擲。
鎌だけではない。
背中から複数の弾丸を上空に射出する蝕みの女王。それに、爆弾が粉砕される。かすっただけで粉々にされるような火力だ。
リラさんが仕掛けた。
完璧な一撃を、蝕みの女王の足に叩き込む。だが、傷がついても即座に修復されていく。
其処を、アンペルさんの空間切断の魔術が抉る。
こればっかりはどうにもできないだろうと思うのだが。なんと、これすらも効き目が薄い。
魔力が強すぎて。空間を切断する魔術そのものを、弱めていると言う事だ。
クラウディアが立て続けに矢を放つ。五月蠅そうに、目らしい箇所を光らせる蝕みの女王。
空中で爆散する矢。
防御と攻撃を同時に行い。
更には、防御も同時に複数行動が出来ている。
その上攻防共に今までに見た事がない次元だ。
どうすればこんな化け物を抑えられる。
いや、違う。
抑えるんじゃない。
打倒するんだ。
あたしは再び爆弾を投擲。即座に反応した蝕みの女王が、それを粉砕する。上空に射出された弾丸が、周囲に降り注ぐ。
古代クリント王国の錬金術師どもが実験場として作っただろうこの頑強な施設が、一秒ごとに破壊されて行く。
雄叫びを上げながら、あたしは突貫。レントもそれにあわせて斬り込む。リラさんも。
鎌を縦横無尽に振り回して抵抗する蝕みの女王。
こいつは、まだ本気を出していない可能性が高い。
切り札は先に切るとあまり良い結果にならない。
だが、幾つも切り札があるのだったら。
今まで、完全に死角に隠れていたタオが動いたのが、その時だった。
振りかぶったハンマー。
そのまま、上空から叩き降ろす。
これぞ、創世の鎚。
フラムと連動させたハンマーの火力を更に上げたことにより。創世神話に出てくるような、世界を粉砕するような破壊力を実現したハンマーだ。
完全にあたしとレント、リラさんに気を取られていた蝕みの女王が。今まで相手にしてもいなかったタオに痛打を貰う。
ハンマーによる一撃だけでは無い。
フラムによる大火力による一撃。更に、ハンマーの後方からも、衝撃吸収用の爆発が起こるようになっている。
その破壊力は。
生半可な地盤なら、文字通り粉砕するほどだ。
タオが、呻いて手を離す。
創世の鎚が、文字通り粉々に吹っ飛ぶ。ゴルドテリオンで要所を補強している道具なのに。
だが、それほどの破壊力と言う事だ。
タオが飛び離れると同時に、創世の槌が爆発四散。
蝕みの女王は、軋みを挙げながら、全身から煙を吹き出す。これは、間違いない。核に通った。
だが此奴は、内側にも人型を格納している可能性が高い。
王種が重ね着をしている様な存在。
だからこそ、あの処理能力だったのかも知れない。
「ひっ!」
タオが悲鳴を上げる。
蝕みの女王が、今まで見向きもしなかったタオを見たからだ。だが、その頭らしい部分を、即座にクラウディアが速射。
そして、生じている隙に。
あたしが、懐に潜り込む。
だんと、全力で音を立てて踏み込む。元々戦闘で此処の床が弱っていたこともあるのだろう。
床を踏み砕くが、別にどうでもいい。
むしろ、それで足が固定されてやりやすいほどだ。
そのまま、蹴りを叩き込む。
凄まじい手応えだ。鋼鉄の壁か何かを蹴ったかのような。いや、もっと固い。ゴルドテリオンを越える硬度の鎌だ。装甲だって、同じようなものだろう。
だが、その程度の事で勝利を諦めるか。
あたしの切り札は蹴り技だ。この間合いに入り込んだのだ。皆のおかげで。そして、敵は反撃を封じられている。
此処で決めてこそだ。
あたしは錬金術師であるけれど、同時に魔術師であり戦士でもある。
今は、何よりも。戦士としての本能を燃え上がらせ、敵を砕く。
全て滅ぼす魔性の女王、死すべし。
「はあっ!」
旋回しつつ、今度は回し蹴りを叩き込む。手応えは確かにある。更に、雄叫びと共に、連続で回転蹴りを叩き込む。
それで、装甲に罅が入る。
あたしは裂帛の気合いを込めながら、更に一撃。鎌が頭があった地点を抉ろうとするが、既にあたしは態勢を低くし、そして抉りあげるように地面に手を突き、上下逆さに蹴りを叩き込む。まわるまわる。そして、ありったけの蹴りをぶち込む。流石の女王の装甲が、悲鳴を上げていく。
合計八発、その場で蹴りを叩き込んだ。その間、鎌を必死に封じるレントとリラさん。
そして、八発目の蹴りが、大きな穴を蝕みの女王に穿つ。
それで、ついに蝕みの女王が、後ろに下がっていた。
引いたな。
部下達を全て失い。
必死に時間を稼ごうとしてくれたあの将軍までも失って、それでも傲慢に此処に居座っていた女王が。
ついに人間程度を相手に、さがったな。
あたしは、跳ね起きると、爆弾を投擲する。
勿論、防ぐために鎌で真っ二つにする女王だが。それが、大きな隙を作り出していた。
踵落としを、鎌に叩き込むリラさん。それとあわせるようにして、レントが突貫。女王が必死に態勢を立て直そうとする瞬間に。
あたしは跳躍しつつ。
無理に鎌に負荷が掛かるように、リラさんの踵落としとあわせて。
蹴り技を叩き込んでいた。
元々リラさんの猛烈な攻撃を受けて、無事で済むとはとても思えない。そこに、激甚な負荷が無理に掛かったのだ。
激しい摩擦音の後。
鎌が、へし砕けた。
正確には、鎌が着いていた足が、粉砕されていた。
あからさまに悲鳴に思える音を、蝕みの女王が上げる。もう一つの鎌に、レントが斬り込む。
がつんと、激しい音がして、二つの武器がぶつかり合うが。
今度はそこに、黒い光が連続して突き刺さる。
鎌も、空間ごと斬られてはどうにもならない。鎌が、切り裂かれてずれる。
そこに、レントが渾身の気迫を込めて。
地面から、ねじり上げるようにして、一撃を叩き込む。
凄い。
文字通りの絶技だ。多分極限状態から出せたのであって、今のレントの本来の力量で出来る技ではないのだろう。
いずれにしても、鎌が不自然に跳ね上げられ。
そこにタオが、創世の鎚を捨てて。手持ちのハンマーで全身ごとぶつかる。
やはり悲鳴に近い音を立てながら、蝕みの女王の鎌が砕けた。
あたしは、横っ飛びする。
不意な動きに、蝕みの女王が注意を逸らした瞬間。
完璧なタイミングで、クラウディアが。
極大まで音魔術で増幅した矢を、叩き込んでいた。それも、連続して三本立て続けにである。
音魔術と、具現化した魔力矢だけではどうにもならなかっただろう。
だがクラウディアは、ここに来るまでに拾っていた石や、フィルフサの殻の破片を矢に混ぜていた。
それが、蝕みの女王の体内に吸い込まれ。
体内を滅茶苦茶に傷つけながら反響する。ギャッ。確かに、そう鳴いたように聞こえた。だが、そんなものは。
今まで貴様が泣かせてきたものに比べれば、些細なものだ。
分かった。
フィルフサには。誇り高い戦士もいた。
わかり合えない存在だが、それは確かにあった。どれだけの苦境でも、最期まで戦おうとした尊敬すべき相手もいたし。
勝利のために、死んでなお全てを擲った者もいた。
だが、此奴は違う。
どうして違うのかは分からないが。はっきりいって悪い意味での人間に近い。
傲慢に驕り。
部下を使い捨て。
そして自分は勝てると信じ込んでふんぞり返っている。
こいつは、どういうわけか、古代クリント王国の錬金術師そっくりだ。だったら、容赦なんか微塵もいらない。
滅びろ。
呟くと、至近に。蝕みの女王は、明らかにあたしを避ける。跳んで避けようとする。だが、あたしは走りながら、上空に爆弾を投擲していた。
既に鎌を失った女王は、悲鳴を上げながら、それを背中の弾で迎撃しようとするが、爆破のが早い。
ローゼフラムの灼熱が、蝕みの女王を焼き尽くす。
そして、恐らく空気の熱が一線を越えたからだろう。
爆発していた。
皆、身を伏せる。
空気も熱くしすぎると爆発するのは、周知の事実だ。あたしは飛び退きながら、様子を確認する。
ばらばらと落ちてくる蝕みの女王の体の残骸。
呼吸を整えながら、栄養剤を飲み下す。
分かっている。
此奴は二重に装甲を纏っている存在。恐らく、ここからが本番だ。
着地したそれ。
明らかに、ヒトの形をしていた。
黒い装甲はそのまま。
だが、人間そのものの姿をしていて。ただ、顔はつるつるしていて、何もない。体にも、突起や毛などは見受けられなかった。
何というか、人形だろうか。それも極めて出来が悪い奴。
だが、その出来の悪い人形は。
手からブレードを生やす。手の甲から、装甲が変化して伸びたのだ。両手にそうやって武器を生じさせる蝕みの女王。
皆を確認。
今の短いが激しい攻防で、消耗は小さくない。
何よりも、あの将軍の最期の攻撃で、皆ダメージは受けている。あたしもそれは同じである。
がこんと音。先に爆破した、一番大きな蝕みの女王の「外側の」装甲が落ちてきて、転がったのだ。雨を浴びて、その装甲は煙を上げながら小さくなっていく。
雨がまだ降っている中、その人型は、態勢を低くする。突貫してくるつもりだ。此方の戦力は、もう半減というところか。
だが、負けるつもりはない。
負けてやるものか。
「事前の話通りだな。 内部に更なる形態を隠していたか」
「どうりで攻撃がぬるいわけだぜ。 ウォーミングアップにはなったかなあ!」
リラさんの言葉に、レントが明らかな強がりを返す。
レントが一番あの大鎌の攻撃を防いでいた。もう大剣はボロボロだ。
クラウディアが、音魔術を展開。
今までに聞いたことがないものだった。
「……勇気が出る」
これは、ある意味最後の戦い。
人生最後の戦いではないだろうが。それでも此処は人生の節目。そういう意味での最後の戦いだ。それを勝つためには。
恐らく、理屈だけでは足りない。
最後の一押しとなる何かが必要になる。
クラウディアが作ってくれるそれは、勇気を振り絞るための音魔術。
精神に作用して、勇気を振り絞ってくれるためのものだ。
ふうと、あたしは息を吐き出す。
思うと、全身彼方此方痛い。
それはそうだ。あんな蹴り技を連続して叩き込んだのだ。如何にあたしの切り札で、魔術で徹底的に強化している足とは言え。それは同じ事だ。
不安そうに周囲を見回す蝕みの女王。
理解したのだろう。
自分にはただの雑音にしかならない音で、周囲が沸き立つのを。そして、戦況が蝕みの女王に有利と言えない今。
それが、致命的になるくらいの判断は、蝕みの女王にも出来ている筈だった。
奴が、どれだけの下衆であっても。
それは同じ事だろう。
「勝負を付けるよ……蝕みの女王っ!」
あたしが声を張り上げる。
ここで、必ず此奴を。
逃がさず、仕留めなければならない。決意とともに。あたしは咆哮していた。